【真・カンタベリー物語】劇場を作ろう・1
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■ショートシナリオ
担当:姫野里美
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 40 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月25日〜05月30日
リプレイ公開日:2005年05月30日
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●オープニング
事件は、ドーバーの港で起きた。
「あーっ! またやられたっ!」
工事中と立て札のある一画で、作業員と思しき青年が、積み上げられた材料の前で、頭を抱えて呻いている。
「くそぉ、これで何度目だ!?」
「数えちゃいねぇよ。やっとここまでこぎつけたってのに‥‥」
他の作業員達も、皆一様に浮かぬ顔だ。その視線の先に、目を向けてみれば、黒く変色した木材と、崩れたコンクリート。そして、赤く錆びた針金がある。
「何とかならねーのかよー」
「仕方ない。ハイランド殿に相談してみるか‥‥。皆、楽しみにしてるんだもんな」
ため息をつきながら、お屋敷へと向かう現場監督。その背中には、『ドーバー劇場(仮名)建築中!』と、宣伝するかのように、縫い取られていた‥‥。
そして、数日後。
「議長殿にはご機嫌麗しく‥‥」
カンタベリーはギルバード・ヨシュアの邸宅で、うやうやしく挨拶するバンブーデン家使用人、ハイランドの姿があった。
「堅苦しい挨拶は良い。それで、バンブーデン殿のご用向きとは?」
そう答える議長こと、ギルバード・ヨシュア。レオンの持ってきた上質のハーブティを、使者にも勧めながら、まるで茶飲み話の様に、そう尋ねていた。
「はい。実はもうすぐ、ドーバーに、劇場が完成する予定でございまして。それに関して、議長殿のお力をお借りしようかと」
ガーデンテーブルに同席しながら、そう答えるハイランド。彼が言うには、近々同市に、訪れる船員や旅人相手に、固定劇場をオープンさせる予定だとの事である。イギリス国内の伝承歌はもちろんだが、それ以外にも各国からイギリスを訪れている旅芸人や踊り子などにも解放し、彼らを喜ばせるような施設にするようだ。
「ふむ‥‥。劇場か‥‥」
「お館様には、すでに許可を取り付けてございます。ノルマンから衣装を輸入するのでは、コストが掛かりすぎます。かと言って、ジャパンはもっと遠い。そこで、カンタベリーのお力をお借りしようかと」
どうやら、彼が訪れたのは、その劇場に、カンタベリー謹製の舞台衣装を卸して貰う為のようだ。
「採算は取れるんだろうな?」
商売人らしく、まずは収支を尋ねる議長。出資したはいいが、元が取れなければ意味はないと考えているのだろうか。このあたりは、決して彼がボランティアで動いているわけではない事を、暗示していた。
「既に、別の街では、実用化されておりますし、実現不可能な話ではございませんでしょう。それに、酒場では何やら衣装に関わる催しも行われている模様。ドーバーは、船人達の溜まり場。落とす金も、キャメロットに引けを取らないものと自負しております」
我が州を訪れる冒険者の中には、お祭り好きな者達も少なくないでしょうからね。と続けるハイランド。今回の劇場建設は、その景気の良い若者たちを当て込んでのようだ。
「なるほど。面白そうな話だな。宣伝場所としても利用で出来るか‥‥。許可は取ってあるな?」
「無論です。ただ、現場にやっかいな問題がありまして」
ハイランドは、そこで言葉を切った。そして‥‥ややあって、その内情を吐露する。
「シェリーキャンが住み着いたらしく、運び込んだ建築資材を、片っ端から腐らせて行くのです。ただの貴腐妖精ならば、こちらでも手を打つ事が出来るのですが、どうやら、頭の良い妖精らしく、軒並み他の面々がやられております」
ただのシェリーキャンならば、かけだしの冒険者でも捕まえられる話だ。だが、今回の妖精は、中々に頭が切れる上、強力な月魔法の使い手だとの事。姿を見たものはいないが、その行動範囲が狭くない事から、普通のシェリーキャンより、かなりすばしっこいのだろうと予測がつく。それで、手をやいているようだ。
「それに、資材の調達もしなければなりませんし」
にやりと、意味ありげな様子で、ハイランドの口元に笑みが浮かんだ。含んだ様な物言いに、議長は同じ様な表情となり、こう指摘してみせる。
「国外から輸入するよりは、私に頼んだ方が、コストが掛からないと言うわけか」
「ええ、海のものや、海外製品に関してでしたら、自力調達が可能なのですが、建築資材となると、内陸のものですしね」
貿易を手がけているドーバーの海運主も、手に入らないものはある。それは、貴重すぎるものだったり、今回の様に、内陸から直接仕入れた方が良い場合もある。
「かと言って、うかつに森を切り出すわけにはいかないしな‥‥。どこぞの山から運ぶにしても、時間が掛かりすぎる‥‥」
しかし、依頼を受けた議長はあまり浮かぬ顔つきだ。確かに、時間と金をかければ、手に入らない代物ではないのだが、そこには多少なりとも、商売勘定が入るのだろう。その様子を見て、トレイを持ったまま、議長の後ろに控えていたレオンが、口を挟んだ。
「岸壁から、資材を運ぶ事は出来ないのですか?」
「残念ながら、海砂は資材には使えないんだよ。レオンくん。どんなに洗っても、残った塩分が、楔や釘を駄目にしてしまうのでね」
その問いに答えたのは、議長ではなくハイランドの方である。口調が変わっているのは、手のかかるお騒がせ娘よりは、扱いやすいせいだろう。
「いや、待て。確か、現場にはシェリーキャンが1匹住み着いていると言っていたな‥‥」
「はい、その通りですが‥‥」
思案していた表情の議長、何やら思いついたらしく、確かめる様に問うた。
「何とかして、その妖精殿に協力させれば、例え海砂を使ったとしても、腐敗はそう簡単には進むまい」
「なるほど。では、早速手配をいたしましょう」
普通のシェリーキャンならば、物を腐らせるだけだろうが、それだけ力を持つものならば、逆に腐敗を止める事も出来るかもしれない。彼はそう考えたらしい。
「議長、念の為、占って見たいのですが、構いませんでしょうか?」
「ああ、よろしく頼む」
こうして、冒険者達に、次のような依頼が出されたのだった。
『建築資材が到着するまでに、建築現場にいるシェリーキャンを、こちらの味方に引き入れて欲しい』
ところが。念の為にと占ったレオンに下された精霊の御託宣には。
「良くやったわよ。ベルモット」
「はい‥‥」
意識のぼんやりとした瞳で、闇の中、頭を垂れる30cmくらいの少年。その身を包んでいる葉をみると、シェリーキャンだろう。
「くくく‥‥。ものはやがて腐るが定め‥‥。いくら新しき物を作ろうと同じ事‥‥。あなたは、それを知らしめる塔‥‥。思うがまま、その力を振るいなさい‥‥。良いわね?」
「かしこまりました。お姉様‥‥」
どうやら、ここにもやはり、暗躍する存在があるようだった。
●リプレイ本文
「これだけの広い屋外劇場で演奏できたら、気持ち良いだろうなー‥‥」
「いずれ、蒼穹楽団も、こんな所で演奏したいですよねぇ〜」
それなり楽器演奏の心得があるエリック・レニアートン(ea2059)のセリフに、ユーリユーラス・リグリット(ea3071)が、自身が所属する楽団を引き合いに出して、そう答えた。同じ楽団のリュイス・クラウディオス(ea8765)も、うんうんと頷いている。
「ところで、この劇場。名前は決まっているのか?」
そのリュイス、劇場内を巡回しながら、いずれ自分達が演奏する事になるであろうそこの名前を尋ねた。と、作業員はこう答える。
「それが、まだなんスよ。オーナーは、船乗りや冒険者が利用する施設だから、彼らに決めさせたいって言ってたスがね」
「ふーん。他の楽団員にも、教えてやるか‥‥」
きっと、色々な名前を考えてくれることだろう。既にユーリは、妖精の国の意を持つ『フィアべスコ劇場』と言う名前を考えていたし、団員ではないフローラ・タナー(ea1060)も、『ほろ酔いベルモット』なんてどうですかねー。と、道すがら言っていた覚えがある。
「どいてどいてー。工事の資材が通るよーん♪」
そこへ、いつものようにニコニコと笑顔を張り付かせた表情で、トリア・サテッレウス(ea1716)が荷台を引いてきた。そこには、何やら樽みたいなものが、何個か乗っかっている。荷台から降ろしたそれを、作業場の片隅に積み上げるトリア。と、それを見た作業員が、困惑したようにこう言った。
「こんな所においといたら、明日の朝には腐らせちまうぜ」
「それなら大丈夫。今度の資材は、簡単には腐らないように、特殊な加工が施してあるんだって」
エリクが、先ほどから流していた話を、安心させるように告げる。多少声が大きいのは、どこかに隠れている筈のシェリーキャンに聞かせて、その出現率を高める為だろう。
「それにしたって、これじゃあなぁ。ちょいと貸してみな」
ところが、それに異を唱えた者がいた。JJこと、ジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)である。彼は、持ち前の手先をつかって、積み上げられたそれを、あっという間に小屋の形にしてしまった。これなら、人間様は無理だが、体の小さなシフール達なら、潜んでいられそうだ。早速、その簡易型潜入小屋に潜りこむディアッカ・ディアボロス(ea5597)。後は、月の出る夜まで待つだけである。
「それで、そのシェリーキャンが出てくる時間ってのは、わかったのかい?」
しかし、夜とは限らない。そう尋ねてくるエリクに、ユーリが首を横に振った。
「それが、まちまちなんですよー」
作業員や、周囲の人々に聞いて来た所、出没時間はほぼランダムのようである。
「参考程度に留めるしかないようだね」
それを聞いたトリア、肩をすくめるようにして、そう言った。だが、それには、やはり話を聞いていたリュイスが、こう指摘した。
「いや。時間はバラバラだが、新しい資材が搬入されてる所か、人の出入りが激しい所を狙っているらしい」
どうも、腐敗させやすそうな品か、興味を引くような行為をしている所に、良く出てくるらしい。
「まぁ、シェリーキャンの行動パターンを考えれば、当然だろうな」
モンスター知識に詳しいティアラ・サリバン(ea6118)がそう言った。シェリーキャンに気にいられるような行為をして、おいしいワインを手に入れたなんぞと言う話は、バードであれば聞いた事のある話である。
「ふむ‥‥。本能には忠実って事か‥‥」
力は強いが、その分、知能は猿レベルのようだ。それを聞いて、考え込むジョーイに、リュイスが疑わしげな視線を向けた。
「いや。もし俺がシェリーキャンだったとしたら、どうやって困らせるんだろう‥‥って、考えてみただけさ。敵の行動を、俺なりに予測してみようって事で、さ」
誤魔化した表情の彼。まさか、自分の『仕事』がやりやすいように、策をめぐらせているなんぞ、口が裂けても言えない。
「敵の立場に立って考えてみるのは、良い事かもしれませんね」
「そうだなー。シェリーキャンの本能なら、人の居ない場所に、真新しいものが転がってたら、何かいじってみたくなるのではと思うが」
フローラの背中で、ティアラもそう言った。
「よし。じゃあ張り込みでもしておくか。体の小さいのも、たくさんいる事だしよ」
彼が目を付けたのは、話を聞いていたユーリである。どうやら、体の小さな彼女達を、見張り役につけようと言う魂胆のようだ。渋々と言った調子で、資材の中に潜りこむユーリ。竪琴はしっかりと抱え込んだままで。
「向こうは任せておけば大丈夫そうね。それじゃ、私は別方面から、ベルモットくんにアプローチしてみましょうか。レオン、御託宣に感謝いたしますわ☆」
その様子を見た常葉一花(ea1123)、どこか別の場所へと向かうのだった。
夜になって、冒険者達は、シェリーキャンを呼び寄せる為の舞台をセッティングしていた。
「よし。これで準備は完了だな」
そのセッティングとは、持っている酒を全て並べた、宴会仕様。満足げなティアラ。そこには、ワインに日本酒、シェリーキャンリーゼ、スイートベルモットと、様々な種類のお酒が並んでいる。
「悪いなー。こんな良い酒貰っちゃって」
「いえいえ。楽しんでいただければ、私はそれで」
それだけではない。漆塗りの酒器で、リュイスがフローラから、杯を受けている。隠れるのが苦手なので、むしろ表面に出る方を選んだようだ。
「つまみが足らんのぅ。これもセットしておこう」
そんな中、村上琴音(ea3657)が藁束でくるんだ煮豆を、座の中心へ置いた。
「なぁに? これ」
「じゃぱん流の食料保存の方法じゃ。此度の依頼、長丁場になりそうじゃからのう」
ユーリの問いに答える彼女。材料の揃わないイギリスでは、納豆が出来るとは思わないが、シェリーキャンを呼び出す囮には使えそうだと考えたらしい。
「それに、釣りには、撒き餌が必要じゃからのう」
彼女の示した舞台には、水溜りが出来る程度の水がまかれている。そして、その周りには、真新しい桶があった。
「これだけ酒と新品が揃っていれば、奴も興味を引かれて出てくるだろう」
精霊に詳しいティアラがそう告げる。ところが。
「だ、だめですっ。僕には、この沈黙が耐えられないのですっ!」
「あっ! ダメだよ、ユーリ!」
静かになった途端、その静けさに耐え切れなくなってしまったユーリ、エリクの制止も聞かず、飛び出して行ってしまう。
「だって、飽きちゃったのです〜。だぁーれか、リクエストあります?」
「そうだなー。じゃあ、酒に関する歌でも」
こうなってしまっては仕方がない。リュイスの求めに、彼女はぽろろんと竪琴を鳴らした。
「お任せあれ。あ、ティアラさんも歌う?」
「面白そうだな。よし、一曲披露するとしようか」
結果、はじまるのは、どきっ! バードだらけのどんちゃん騒ぎ! である。まぁ、パーティ10名様のうち、6名が吟遊詩人の才を持ち合わせているのだから、当然の流れと言えば流れなのだが。
「今日は楽しい収穫祭♪ 腐らせてやろうと悪戯好きのシェリーキャン♪ 葡萄の汁に悪さした♪」
そんな感じで、シェリーキャンやベルモットの名を、巧みに織り込んでいるティアラ。
そんな中、響いてくる水音に、聞き耳を立てていたディアッカが、こう告げてきた。
「来たぞ。やっぱり引き寄せられて来た。今、柱の影から、こっちを見てる」
盗み見れば、舞台の後ろ、立てられた飾り柱の向こう側から、ぼんやりと宴会の風景を眺めている木の葉の衣装を纏った少年の姿があった。
「人と妖精の妙なる技♪ 赤き輝き、美酒の香り♪ シェリーキャンリーゼは豊かな大地の恵み♪」
ティアラは、相変わらず歌い続けている。気付いていないわけではない。ひきつけているのだ。
「OK、そのまま良い子でいてくれよ‥‥」
その間に、ジョーイがこっそりと後ろへ回りこんだ。昼間、色々と動き回っていたのが、役に立ったらしい。下調べは、怪盗の基本と言った所か。
「類稀なる芳醇さ♪ 香りも高きその酒は、世辞など不要のベルモット♪ 飲めば蕩けるプリックよ♪」
ティアラの歌声は、テンポ良く響く。自分の名前を織り込まれた歌を、楽しげに歌われて、少年はぼんやりとした表情のまま、誘われていく。
「くっ。そのまま、大人しくしてくれって言ったのに‥‥」
もう少しで届きそうになっていたジョーイ、捕まえそこねた腕が、空をきった。
「聞こえてないんだから、意味ないだろ」
そこへ、夜の闇に乗じて、エリクがシャドゥフィールドを唱えた。闇に閉ざされる舞台の上で、ばたばたと剣なり魔法なりを発動する音だけが響く。
「うふふ。なんだか大騒ぎになっちゃったわねぇ」
その様子を眺めて、1人満足げな道化師がいた。レオンの御託宣によれば、それはベルモットに暗示だか呪いだかをかけていた張本人である。
「でも、楽しそうじゃない」
彼女の隣には、一花がいる。作戦会議にも、今までにも姿を見せていなかった彼女、レオンの占いを元に、黒幕とも言える彼女にアプローチし、行動を共にしていたらしい。
「ねぇ、私もあの子に指示出してみたいんだけど、どうやるの?」
一花は、捕まえようとする彼らを見て、ここぞとばかりにそう切り出した。まるで、当たり前とも言えるセリフに、その道化師は、ケタケタと笑いながら、こう答えてくれる。
「んー、今、魔法で思考回路緩くなってるから、耳元で囁けば良いかな」
「‥‥だそうです! 皆さん! メロディーか何かで、ベルモットさんの意識をはっきりさせてください!」
そのセリフだけ聞けば充分だ。一花は、即座に大声をあげ、彼らにベルモットの暗示を解く方法を伝える。
「ちょっとなにすんのよ! 裏切ったわね!」
「表返りよっ!」
文句を付けてくる道化師の前で、彼女はクリスタルソードの魔法を唱えた。
「ちっ。失敗か。冗談じゃないわね。捕まってたまるかっての!」
僅かなタイムラグの間に、道化師は、そう言い残して、姿を消してしまう。
「レジストメンタルが効くかどうかわかりませんしね‥‥。仕方がありません。皆さん、ちょっと抵抗して下さいね!」
意外と動きの早いシェリーキャンに、ディアッカが自前の楽器を手に取った。そして、メロディーの魔法を唱える。
「動きが止まった? よし、今だ!」
とたん、一気に飛び出していくジョーイ。そのまま、傷つけないように、得意のお姫様抱っこで、ベルモットを抱え上げる。そこへ、リュイスが網を被せてしまった。
「ダメですよ〜。悪戯しちゃ〜あんまり悪戯するとこしょこしょ攻撃なのです♪」
何を勘違いしたのか、ユーリ、小麦粉をかけて、くすぐり倒している。ケタケタと笑い転げるベルモットくん。
「このままじゃ、話も出来ない。少し、眠っていろよ!」
そこへ、歌い終わったティアラが、高速詠唱のスリープをかけ、彼はようやく大人しくなったのだった。
翌朝。朝っぱらから、トリアのリュートの音が響いている。
「大丈夫かな」
「メロディーの効果で、落ち着いてはいるとは思います」
さわやかと言える光景の中、近くの宿で、シフール用のベッドですぴすぴと眠ってるベルモットくん。よほど疲れていたのか、スリープ一発で、翌朝までぐっすりとねこけていた。
「ダメだったら、フローラさん、よろしくお願いします」
トリアのセリフに、頷くフローラ。もし、何らかの呪いやデビル魔法が掛かっていたら、その時はその時だ。
「あ、目を覚ましたよ」
側にしゃがんでいたユーリが、ぼーっとした表情で起き上がるベルモットくんを見て、そう教えてくれる。
「そんなに驚くなよ。取って食おうってわけじゃねぇ」
しばらくきょろきょろと周囲を見回していた彼は、ジョーイのセリフに身を強張らせ、ベッドの隅に逃げてしまった。瞳には、はっきりとした意思の力がある。操られてはいないようだが、まるで捉えられた小動物のような状態だ。
「あれだけの目に合わされちゃったんですから、怯えるのも無理ありませんわ」
かわいそーに‥‥と、同情しきりの一花。黒幕の様子から察するに、相当いたぶられていたようだ。
「あなたを傷つけたくはないのです。叩き出すこともしたくありません」
フローラが優しく声をかけている。戸惑うベルモットくん。あまり人間の言葉は片言しか喋れないらしい。小首を傾げる彼の表情が、少し曇る。どうやら、どこか怪我をしてしまっているようだ。
「ああ、ちょっと待ってね」
その怪我をした部分に、リカバーをかける。
「ほら、もう大丈夫‥‥ね?」
にこっと笑って見せると、ベルモットは多少気を許したようだ。
「テレパシーの魔法をかけたぞ。これでOKだ」
そこへ、ティアラが通訳を申し出た。意思の疎通が図れるようになったベルモットくんへ、リュイスが呆れたようにこう告げる。
「お前さあ、もの腐らせて今の劇場建設の邪魔するなよな〜。その能力を別の事に使えないか? 俺達の仕事を手伝ってもらえれば、損には、ならないはずだぞ。力使えるし、上手く行けば感謝される可能性もある。悪い話じゃないと思うが?」
ベルモット、何を言っているのか分からない模様だ。
「あなたは、ある人に操られて、ここの工事を邪魔していたの。覚えている?」
一花が、そう言って事情を説明している。が、彼は殆ど覚えていない様子で、首を横に振った。
「ここは、これから劇場になるんですよ。面白い話、いっぱい見れますよ♪」
トリアの言葉に、興味を引かれた様子のベルモット君。そこに、エリクがこう尋ねた。
「月の魔法を使えるなら、音楽に関する技量もあるように思うんだけど。君、音楽は好き?」
こくんと頷く彼。そんなベルモットに、ジョーイがこう言った。
「そか。何が会ったか知らないけれど、こっちについてみるのも、面白いと思わないかい?」
「劇場ばかりではなく、ここのオーナー殿に、ぶどう酒の醸造所の建設も働きかけてみるゆえ、そこで働いてみぬかの? 人が集まる所では、お酒は売れるものと心得ておる」
続けて、琴音が話し好きなシェリーキャンとしての本能をくすぐるようなセリフを口に乗せる。そんな周囲の状況に、ベルモットくんは申し訳なさそうな表情で頷き、続けて謝る仕草を見せる。悪い事をした自覚はあるのだろう。
「それじゃ、これから出来る劇場で、一緒に劇や音楽を作っていきましょう」
誘うようにそう言うディアッカに、ベルモット君は、にこっと笑顔になって、劇場へと戻って行く。
その後、劇場に名物が1つ増えた。なんでも、ハーブワインが、数量限定で販売されるようになったらしい。