●リプレイ本文
●御仕事ってなんだっけ
「パリから久々に来て見れば、イギリスも面白いところを作ってんですねぇ」
ジャパンからやってきたと言う、とれすいくす虎真(ea1322)。賑やかな町並みを眺めてそう言いながら、ぱちりと扇子を開いた。
「こんな劇場の近くで、屋台でも開けば、儲かるでしょうなぁ」
そのまま、扇でパタパタと扇ぎながら、酒場へと向かう虎真。そこでは、ちょうどヴルーロウ・ライヴェン(eb0117)が、仕事を受ける傍ら、自身の宣伝の真っ最中だった。
「俺はヴルー。吟遊詩人だ。『旋律のヴルー』と呼んでくれ」
困惑する客。それも当然で、ヴルーは、ハーフエルフの特徴である耳を隠していない。
「何だその顔は。俺は高貴なる貴族と、清廉なるエルフの血を引く、高貴かつ清廉なる者だ! そんな呆けた顔をしてるんじゃない」
ハーフエルフである事に誇りを持っているらしい彼は、不機嫌そうにそう言って、客に食って掛かっている。
「そんな風に毛嫌いするものじゃないよ」
「そうそう。劇場命名に浪漫を感じるのに、ハーフエルフも何もないだろ」
そんな彼に、カウンターの反対側で気の抜けたエールをすすっていたエリック・レニアートン(ea2059)とジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)が、仲介に入る。大人しくなる客とヴルー。
「話は済みました? それで、何をすればよろしいんですかね‥‥?」
「酒場で名前を取りまとめて、バンブーデンさん家に持って行って、集計するんだよ」
虎真の問いに、そう答えるエリク。既にその手元には、木の板が用意されている。
「名前かぁ。いっとくけど俺は、ネーミングセンスはあまりよくないぞ」
JJが、苦笑いをしながらそう言った。なぞかけやミステリーは大好きだが、だからと言って自分にセンスがあったら、違う職業についている。
(「何しろ、生業やるときも、そのまんまイニシャルで活動しちゃってるくらいだからなぁ。ま、あれはあれで気に入ってるんだけどね」)
いまや、裏社会ではキャメロットに知れ渡る名声と言っても過言ではない彼‥‥JJ。
「その辺は〜。我らで名前をつければ良いのです〜」
そんなJJをたきつけるように、樽の上で竪琴を爪弾くユーリユーラス・リグリット(ea3071)。
「完成おめでとうなのですぅ〜〜♪ 劇場の名前決定戦なのですよねぇ〜♪ 張り切ってアンケートを答えてくれる人、大募集中ですよぉ〜♪」
歌詞はともかく、その見事ともいえる演奏に、客の何人かが興味を引かれたようだ。
「はーい。名前書く人は、こちらの板に記入して下さいね。あ、皆さんもどうですか? 素敵な名前があれば、遠慮なく申し出て下さいね」
この機に乗じない手段はない。そう思い、一般の客と混同しないように、自らの体を割り込ませて、人員整理を始めるエリク。その1人に尋ねられて、そう答えている。
「ついでに、現状の造りや、希望する演目とかのアンケートも答えてくれると嬉しいです」
同じ様に、アンケートの取りまとめに当たっていたアルフレッド・アルビオン(ea8583)は、書きにきた面々に、違う項目の書かれた板を見せた。
「あ、それに関しては、難しく考えないで、好き嫌いだけで構いませんよ〜。あと、他の宣伝になるような名前はお止めくださいね」
それにフォローと注釈を入れるバーゼリオ・バレルスキー(eb0753)。と、お客達は『ロマンス』『女の子がいっぱい』『耽美』『腹の底から笑わせてくれるやつ』『音楽劇』など、好き勝手な要望を書き加えて行く。
「僕の投票も書かないとですよね〜。えぇと、フェアベスコ劇場に3票、フェアリー・ガーデンに二票、リグヴェーグに1票っと」
演奏を終えたユーリが、自分の分を書き加えようとするが、どこで計算を間違っていたのか、一票多い。
「ならば、それは私の連れからの1票にしておいてくれ」
良く似た女性を腕からぶら下げたリュイス・クラウディオス(ea8765)が現れ、彼女のオーバーした分を、自分の連れの分にしてくれた。
「私が考えた他には‥‥リノス‥‥と言うのもある。これは、旋律やリズムをあらわす。ここで、演奏すれば、上手くなるかもしれない? と言う理由でだ。大きな劇場だし、下手な名前をつけるわけには行かないだろ」
楽士らしく、色々と考えてきた模様。見れば、バーゼリオが感銘を受けたのか、リノスに4票入れている。
「よし、俺の提案する名前は‥‥聖なる林にちなんで、セント・トゥリーだ」
JJはそう言いながら、自ら思いついた名前に3票。他は、フェアベスコ劇場と、ほろ酔いベルモットに1票づつ投票する。
「僕はこっちに全部。やっぱり、分かりやすい名前が良いですしね。カイザルの物はカイザルに、と言うじゃありませんか」
アルフレッドが入れたのは、ほろ酔いベルモットに5票。
「分かりやすい名前か‥‥。んじゃ、俺はこっちに5票っと。なんと言っても、イギリスで一番親しまれている飲み物だしな」
ミルクを飲みながら、それを眺めていたキット・ファゼータ(ea2307)、エール劇場に、持ち点を全て叩きこんでいた。
「ふーむ。点数を分けて投票するより、一番気に入った名前に、全部入れた方が通りやすいみたいだなぁ」
人員整理をしながら、その様子を見ていたエリク。口ではそう言っているものの、顔にはどっちに入れようと言った表情になっている。
こうして、名前候補には、続々と投票が集まって行くのだった。
●妖精に捧げる献上歌
「とりあえず、候補はいくつか出たようだが‥‥?」
バンブーデン家に集められた名前候補と集計票を眺めながら、そう言うリュイス。
「反応がいまひとつですね。もしかしたら、名前の採用者に賞金でも出した方が、反響があったかもしれませんね」
それでも、まだ票は少ない。本当は、この倍くらいは欲しいところですが、とそうこぼすバーゼリオ。
「それをやったら、欲得根性丸出しで、変な名前を考える奴もでかねないと思ったんだろう。こう言うのは、大切に祝福の名を与えなければ」
「その意見には私も同意だ。音楽と言うのは、元来、天上の神々へ捧げるもの‥‥だしな」
ヴルーの意見に、うんうんと頷くリュイス。
「でも、集まらないとどうしようもありませんよ。ちょっと良いですか?」
そんな彼らに、バーゼリオは苦言を呈しながら、募集の羊皮紙に、こう書き加えた。
『投票者から、抽選で一名様に、豪華賞品をプレゼント。採用された劇場名に投票された方々の姓名が劇場の壁に刻まれます』
壁に名前を刻むくらいなら、許されるだろうし、その豪華賞品と言うのは、演奏会のタダ鑑賞権。あまり迷惑は掛からないと踏んだ模様。
その結果、票が10倍に増えた。
「だー! こんな地味な仕事苦手だ。少し休憩して、気分切り替えよう。おーい、お茶する奴いるか?」
増える記録版に、リュイスがいらいらした様子で、仕事を投げている。
「では、気分がすっきりする飲み物でも持ってきましょうか」
エリクがそう聞いて、席を立った。程なくして、彼が運んできたのは、アップルビネガーに蜂蜜を混ぜ、冷水で割った爽やかジュースだ。
「あれぇ、これ、お酒になってますよ?」
ところが、一口のんだユーリィが、そう言う。と、JJがその理由を告げた。それは、アンケートを集めていた時に遡る。
まずは劇場の守護妖精に会いに行こうと言うわけで、ヴルーとエリク、JJは、舞台の方へ向かっていた。話を聞くと、既に先客が、シェリーキャンの為の祭壇へ、楽器とお酒を持って、会いに行ったらしい。
「俺達も会えるのか?」
ヴルーの問いに、その人は、妖精はきまぐれで、いつも会いに来てくれるとは限らない事、彼の喜ぶような話や、おいしい酒でも差し入れれば、会いに出てきてくれる可能性は高いと教えてくれた。
「そう言う事なら任してくれ。興味を引きそうな話なら、この間仕入れたばかりだ」
面白い話と言うのならば、彼ら吟遊詩人の十八番だ。自信たっぷりにそう答えたヴルーは、柱に設けられた祭壇へと向かう。
「あれか。祭壇と言うのは‥‥」
その柱には、シェリーキャンに上演演目を捧げると言った意味の詩と、葡萄の模様が刻まれている。
「名前はベルモット、だったか?」
「そうだよ。あ、出てきたみたいだ」
3人が祭壇の元へ向かうと、上のほうではその先客‥‥シフールのディアッカ・ディアボロス(ea5597)が、彼の為の笛を奏でており、隣で機嫌よさそうに鼻歌をあわせているベルモットの姿があった。
「よぅ。元気にやってるかい?」
下から大声を上げるJJに、ベルモットは驚いたらしく、ディアッカの後ろへ隠れてしまう。
「あまり驚かすな。怯えるだろう」
せっかく良い機嫌で歌っていたのに。と、当然のように文句をつけるディアッカ。
「そいつはすまねぇな。今日はちょっと様子を見に来たんだ。んで、御挨拶といっちゃあなんだが、ハーブワインってのがあるんだって? ちょーっと飲ませて見てくれないかなー?」
JJの少々あつかましいと思える申し出。だが、以前世話になった者だとは気付いたのだろう。ちょっと考える仕草を見せた彼は、竪琴を弾く真似をしてみせる。
「何か面白い話を聞かせてほしいみたいだね」
「なるほど。よし、そう言うことなら、任せておけ」
シェリーキャンが物語を見聞きするのが好きな事は、バードにとっては良く知られた話。そう言うと、ヴルーは竪琴を爪弾き、以前手を貸した依頼の事を、詩にし始めた。
それは、とある2人のが遺した物語。シェリーキャンの祝福を受けた果実は、人の子達に、悲しみを癒す恵みを与えるが如き。
「この場所も、君達の祝福を受けた場所なんだろう? さぁ、俺達も、この劇場に素晴らしい名前を与え、祝福してやろうじゃないか」
この世界には、まだそんな悲劇に浸されたカップルがいるかもしれない。その者達に、幸いあれと。そして、そうでないカップルには祝福を。
「気に入ってはくれたようだ」
詩を聞き終わったベルモットは、笑顔で頷いて、何やら手を飲み物を注ぐ形に傾けた。そして、ヴルーに感謝するように一礼して、姿を消してしまう。
「たぶん、今頃はジュースが酒になっている頃だ。さっそく飲みに行こうぜ♪」
JJがそう言って、酒場へ戻ってきた所、ちょうど休憩時間になっていたらしい。
「ふみぃ〜。どうせなら、皆で演奏して、盛り上げられたら良いですのに〜」
その話を聞いたユーリ、残念そうにそう言った。
「なんだ。なんかやるのか? やるなら、俺もなんかやらせてくれよ」
JJも、せっかくのチャンスを逃してなるものかと、そう申し出ている。
「あのー。発表の時、バックバンドやらせてもらえませんか〜?」
出張中のバンブーデン氏の代わりに、アンケートを受け取っていたハイランド、ユーリのお願いに、『式典なら、命名式と落成式、それに初演を兼ねて、盛大にやらないといけませんから、すぐには行かない』と、まだ予定が先な事を告げている。
「出来る事なら、総合エンターティメント団『MOONROSE』を、あの劇場で公演したいものですなぁ」
虎真も興味を惹かれている模様。まぁ、彼の言っているMOONROSE団は、どっちかと言うとサーカスみたいなものだったりするのだが、言わなきゃわかんない話である。
「ふっ。そう言う事なら、俺も一枚かませてもらおう。俺の歌が聞ける事を、幸せに思うが良い!」
「ここで弾けって言ってねぇよ」
ヴルーが竪琴を取ると、JJが即座にツッコミを入れてくる。今日もバード達は賑やかだった。
●刻まれた名前
そして。
「失礼するよ。名前の方は決まったかい?」
「ええ。この通り、集計結果は出たんですが‥‥」
バンブーデン家に、小鳥と鶴之介を連れて現れた議長に、エリクがそう言いながら、結果をまとめた羊皮紙を差し出している。
『劇場名:ほろ酔いベルモット』
そこには、そう書かれていた。残念ながら、作業員の出した名前は、劇場名にはならなかったが、これはこれで別口に使えそうだと、ハイランドは言っている。で、その作業員はと言うと。
「えーと。ユーリ、またまた歌いまぁす」
「そこで寝てる奴がいるから、今度は子守唄にしてやれ」
よっぱらったユーリが、リュイスの頭の上で、竪琴を奏でている。
「私は起きてますから、どんな曲でも構いませんよぉ」
ペットの猫の腹を枕にして、昼寝こいていたディアッカが、目をこしこしとこすりながら、そう言った。
「では、せっかく議長も起こしになったことだし‥‥」
と、リュイスが議長の姿を見かけて、一曲リクエスト。
「あの、名前は決まったんですけど。緞帳の柄って、今から変更できないんですか? せっかくだから、劇場名にちなんだものにしてもらってはどうかと思うんですど」
そんな中、ディアッカは議長にそう提案している。交渉の結果、制作した緞帳と交互に使う形で、ほろ酔いベルモットを意匠化した緞帳を作る事になった。
「あの、2〜3お聞きしたい事があるんですが‥‥」
議長には、まだまだ聞きたい事があるらしく、エリクもこう質問している。
「第一回の公演公園は、いつごろになるんですか? せっかくなんで、冒険者でも舞台に立てるチャンスを頂きたいんですけど‥‥」
気になる初演日程は、その緞帳が出来上がる7月末〜8月頭くらいの予定だそうだ。冒険者達の積極的に解放したいと考えているらしく、話を聞くに、一定以上の質を満たせば、JJの出番もある様子。
「よし。いずれ機会があったら、俺の華麗なアクロバットをご披露してやるぜ」
「‥‥とりあえず外国に行く時の、土産話にはなるか」
やる気満々のJJ。その姿に、虎真はぼそりと呟いて、扇子をぴしゃりと閉じるのだった。