ドリーム☆はうす【買い取り編】

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月02日〜08月09日

リプレイ公開日:2004年08月09日

●オープニング

 英国の文化は、古いものを大切にする。たとえ、何百年たっていようが、元の通りになるよう修繕しつつ、長く使っていく事が伝統だ。
 そんな英国の一画で、事件は起こった。
「しっかし、いっくら急な話つったって、もう何百年も使ってない屋敷を、今更掃除しろってなぁ‥‥」
 古びた大きな屋敷の前に立つ、作業員3人。その屋敷のオーナーに、掃除と補修を済ませるように依頼され、こうしてやってきたのだが、やはり何年も使っていないと、痛みも激しいと言うもので、仕事の多さにため息をついている。
「たかが百年、されど百年。それでも、うちの持ち家じゃ、新しい方だろ? もっと古い家だってあるわけだし。とっとと仕事始めねーと、オーナーが角出すぜ」
「おっかねぇからなぁ。すーぐ雷落としやがるし」
 ぼやく作業員達。その屋敷のオーナーは、昔ウィザードとして、冒険に同行していた事があるらしく、本当に雷が落ちてくる。
 しかし、生活費の為には、仕方のない事。そう思い、彼らは屋敷の中へ入ろうとしたのだが。
「あ、あれ?」
「どうした?」
 鍵が開いている。いや、壊れていると言った方が正しいだろう。何度か鍵を回してみるが、まったく手ごたえがない。
「誰か来てるんじゃないのかよ」
「いや、作業員は俺たちだけのはずだぜ」
 顔を見合わせる彼ら。しかし、そうは言っても、中から人の気配がする事は確かだ。
「まさか‥‥泥棒とか?」
「アンティーク狙いの奴らなら、もっと郊外の古い屋敷を狙うだろ。きっと、事前に見に来たオーナーが、鍵を閉め忘れてっただけだって!」
「だといいけどなー」
 一抹の不安を抱えながらも、扉を開く作業員達。数十年の時の重みが、一気に流れだし‥‥。
「あでっ」
 作業員の頭の上に落ちた。
「な、何でこんなものが上から‥‥」
 いや、よく見ると、洗濯桶である。頭にたんこぶを作りながら、室内を見回す作業員。
「くすす‥‥」
 と、中央にしつらえられた階段から、笑い声が聞こえてきた。
「人の声‥‥? んなバカな‥‥おわぁっ!」
 振り返った直後、天井裏から足元に、鼻先を掠めるようにして、屋根裏にあったらしき角材が、落ちてくる。
「し、心臓に悪いぞ! コラァ!」
 てっきり、痛んだ柱あたりが、同行している作業員のせいで落ちたと思った彼。
「俺、何もやってねぇッスよ」
「え? そ、それじゃあ、いったい‥‥」
 当人に首を横に振られ、きょろきょろと見回してしまう。
 と。
「ふふふ、やっぱり、人間って、間抜けな種族だねぇ‥‥」
 いつの間にか、踊り場に浮かぶ羽を生やした少年が現れていた。
「シフール?」
「いや、それにしては、羽が妙だが‥‥」
 確かに蝶の様な羽をもってはいるが、微妙にシフールのそれとは違っている。と、その少年は、くすくす笑いながら、こう言った。
「やだなぁ。僕を、あんなお気楽種族と、一緒にしないでくれたまえ」
「じゃ、じゃあなんなんだよ!」
 肩を竦められ、作業員が警戒しながらそう言った。と、彼は眉1つ動かさず、自己紹介。
「僕はエレメンタラーフェアリー。ここは、キミタチが使わなくなってから、ずっと僕が住んでたんだ。今更出て行けっつったって、そうはいかないからね‥‥」
 そう言いきると、少年の姿は、文字通りかき消える。確かに、人前に姿を現すエレメンタラー・フェアリーと言うのは、聞いた事がない。おそらく、本物はどこかに隠れ潜んでいて、ファンタズムの魔法か何かを使ったのだろう。
「ど、どうしよう‥‥」
「俺に言うなッ!」
 とりあえず2人は、それを報告する為、雇い主の元へと戻るのだった。
「ふむ‥‥。やはり出たか‥‥」
「知ってたんすか!? ボス!」
 あごひげを撫でながら、そう呟く雇い主に、『分かってて送り込んだんかいッ!』と、文句たらたらの作業員達。
「実際に見た事はないが、そんな話を聞いた事はある。眉唾かもしれんと、たかをくくってたんだが、まさか本当だったとはなー」
 もっとも、お気楽に頬を掻いている辺り、よもやそんな重大事件に発展しているとは、思わなかっただけのようだ。
「どーすんです? このままじゃ、掃除も出来ませんよー」
「商談日まで、一週間しかないしなー。仕方ない、経費はかさむが、ギルドに頼むか‥‥」
 修復費用がかさんだ分は、売り上げと賃貸料で、何とかしてもらおうと、頭の中で計算しているらしい商人。と、そんな彼に、作業員がこう言った。
「いーんですか? 確か、エレメンタラーフェリーを殺すと、恐ろしい災いが降りかかるって、死んだじーさんが言ってたんスが‥‥」
「俺もそれは聞いた事があるなー。よし、追い出すだけにしてもらおう」
 ギルドへ提出する依頼書をしたためながら、商人はそう言った。彼も、下手に手を出して、呪われてしまうのは、ごめん被りたいらしい。
「んじゃ、ひとっ走り、ギルド行ってきやす」
 書き終えたそれをもって、作業員が冒険者ギルドを訪れる。所定の手続きを経たそれは、ほどなくして、手薬煉引いて待っていた冒険者達へと、表示された。
「で、そのエレメンタラーフェアリー、何か弱点とかないのか?」
「商人宅に伝わる昔話によると、そのエレメンタラーフェアリーは、若かりし日の御先祖と、ある『約束』をしたようなのだ。話自体は、よくある恋物語なので、大方『思い出の残るあの家を守ってくれ』とか、その類だろう」
 新しい依頼には、状況把握の質問がつき物だ。担当の事務官は、そう言って、共に提出された資料‥‥と言う名の、小さな肖像画を見せてくれる。そこには、依頼人の祖父だと言う青年と一緒に、シフールによく似た少年が描かれていた。
「って、これどう見ても男の子‥‥」
「良くある話だと思うが?」
 平然とそう言う事務官。
「期間は一週間だ。その間に、彼をどうにかしてくれ」
「聞いてないし‥‥」
 冒険者達の「あってたまるかいっ!!」と言うもっともなツッコミは、脳みそに止まる前に、左の耳から垂れ流している。
 ところが。
「ふぅん‥‥。面白そうな話じゃないか‥‥。こりゃあ1つ、引っ掻き回してあげないとねぇ‥‥。くすくす‥‥」
 行列を作る冒険者達の後ろで、並べられた依頼を眺めるようにして、そう呟く影が1つあった事を、事務官は気付いちゃいなかった‥‥。

●今回の参加者

 ea0230 エリー・マクガイア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1060 フローラ・タナー(37歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1250 ジョン・スミス(36歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea2804 アルヴィス・スヴィバル(21歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea4200 栗花落 永萌(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5156 霧塚 姫乃(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea5163 フレイ・ブルームーン(28歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 と言うわけで、売主に雇われた冒険者御一行様は、『まずは背後関係を洗うのがセオリー』とばかりに、街中で聞き込みを開始していた。アラン・ハリファックス(ea4295)とエリー・マクガイア(ea0230)が、近所のジジィから聞き出した所によると、あの屋敷は、爺さんのそのまた爺さんの代くらいの頃からあったらしい。爺さんが若い頃には、お化け屋敷扱いされ、度胸試しに中に入るものもいた‥‥と、その人は教えてくれた。
「うーん。それが本当だとすると、あのエレメンタラーフェアリー、相当前から住んでいて、ずっと屋敷を『守っていた』ようですねぇ」
 持ち帰った情報を分析していた常葉一花(ea1123)がそう言った。彼女も、『屋敷の購入者の使い』と称して、周囲にそれとなく聞いてみたのだが、やはり同じような情報ばかりが集っている。
「あの話を御破算にして、利益を得る人っすか‥‥?」
「はい。ここの所、屋敷の売買を妨害する者が後を絶たないのものですから。それで、もしかしたら‥‥と思いまして。一種の信用調査ですわ」
 我ながら、よくもまぁここまで口からでまかせが出るもんねーと、一花は思ったが、その辺は、志士の家に生まれた故の賜物である。と、彼女の言葉を聞いた担当官の青年は、納得したのか、自分が聞いた事を教えてくれた。
「あの人が商売を始めたのは、ごく最近らしいの。世襲みたいなものだったから、昔からやっている人達の中には、『冒険者上がりが。あんな奴に、商売がわかるのか?』って事で、ねたんでいる人もいるだろうって。それに、屋敷を買った人も、ここで商売を始めるみたいなんだけど、そうすると、中には『お客を取られる!』って考える人も、いるんじゃないかって。そう言う人達に、デビル連中が目を付けても、なんら不思議はないと思うわ」
 その話を、自分の言葉で伝える一花。
「つまり、売主も買主も、周囲にあまり良く思われていない‥‥と言う事ですね」
 彼女の話に、姫乃がそう言った。
「そっちはどうだったの?」
「あまり、面白い話は聞けなかったわね」
 一花の問いに、彼女はそう答えた。屋敷周辺で、昨今の状況について聞いてみたのだが、狙う盗賊はその辺りの富豪の屋敷に泥棒が入るのと同確率‥‥いや、むしろ長い事使われていなかった屋敷と言う事で、その確率は少しばかり低め‥‥と言った所らしい。
「だったら、その売主だか買主だかをふんづかまえて、どうにかすりゃ良いじゃねーか」
 だが、アランの言葉に、一花は首を横に振る。
「それじゃあ面白くないですわ。それに、単純すぎますし。デビルが絡んでいるとなると、うかつに攻め込めば、気付かれる可能性もありますし。目には目を。陰謀には陰謀を。闇をくすぐる陰謀は、暴いて張り巡らせて、それ以上のものでお返しするのが、上策と言うものですわ‥‥。うふふふふふ‥‥」
 前髪の奥の瞳を、きゅぴーんっと輝かせて、そう言う彼女だった。

 さて、一方その頃‥‥。アルヴィス・スヴィバル(ea2804)達は、その屋敷の持ち主の下へと向かったのだが‥‥。
「まず、その先祖の青年が、どう言う方だったか、教えて欲しいんだけど」
 そうきり出したフレイに、屋敷の持ち主は困惑した表情を見せた。何しろ、肖像画でしか見た事のない御先祖である。
「ついでに、あのお屋敷の見取り図とか、もらえないかのぅ。あるとないとじゃ、大違いなのじゃ」
「分かりました。それは用意させましょう。ただし、使い終わったら、返してくださいね」
 ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の要請に、屋敷の持ち主はそう言った。そして、木版に彫られた平面図を、彼に手渡す。
「あと、ご先祖様の手記とか、日記とか、残ってない? あれば見せてほしいんだけど。ついでに写しとか取らせてもらえると、なお良しって感じなんだけどね」
「お役に立つかどうか分かりませんが、書庫ならあります。ただ、今は忙しくて整理がついていないので、散らかっていますから、その辺りは御了承くださいね」
 そう言って、屋敷の主は、屋敷の書庫へと案内させた。
「あった」
 文字では残っていなかったが、手がかりと言えそうなものは存在した。織り上げられた精緻なタペストリーには、御先祖と思しき青年が、その少年‥‥正確には、エレメンタラーフェアリーの作り出した幻の少年と出会い、どのように交流を持っていたのかが、描かれている。
「これを見る限りは、どこにでも転がっていそうな話だね」
「そうでもないんじゃないかな? 裏読みすれば、愛の物語と読めなくもないし。ほら、ここ見てごらん」
 フレイ・ブルームーン(ea5163)が指差した一箇所。そこには、青年と少年が同じペンダントをぶら下げている絵が織られている。
「なるほど〜。つまり2人は、今で言う結婚式のよーな儀式を経て、同じ物を共有していたと」
「そう言う事。でも、所詮精霊と人間じゃ、引き裂かれるしかないし。悲しい話だよね‥‥」
 ペンダント1つで、どうしてそこまで話がぶっとぶのかはわからないが、アルヴィスは彼女の説明に納得して、こう言った。と、途中で様子を見に来た屋敷の主に、今まで黙って2人の捜索に付き合っていた栗花落永萌(ea4200)が、こうきり出した。
「あの、これはお願いなんですが‥‥。もし、エレメンタラーフェアリーと、イタズラをしないと約束できたら、普段は姿を現さない者のようですので、そのまま邸に住み続ける事を、お許しいただきませんでしょうか? 追い出せと言う事でお願いした依頼ですし、是非にとは言いませんが‥‥」
「そうですねぇ‥‥。悪戯をしないで、ひっそりと我々を見守っているだけなら、御先祖と交流のあった精霊様ですし、私も無理にとは言えないのですが‥‥。問題は、向こうが首を盾に振るかと言う事と、買い手の方が何と言うかですね」
 永萌の要請に、彼はそう言った。つまり、自分は構わないが、相手の出方次第と言った所だろう。
「ありがとうございます。これで、向こうを説得できます」
「そう言う事なら、あたしがなんとかするよ。こう見えても、その子の気持ちは、わからないでもないしね」
 深々と頭を下げて、ジャパン式の礼をする永萌に、フレイがそう口添えしている。
(「ふふふ。皆、頑張りすぎて、から回りしていないと良いけど」)
 それを見て、アルヴィスは、くすりと笑いながら、不謹慎ともいえる思いを抱いていたり。その面には、「ああ、まったくもって面白そうだ」と、近付いてくるイベントに、違う意味の期待に胸を膨らませているのが伺える。
 こうして、持ち主のお膳立てを済ませた3人は、少年の待つ古い屋敷へと向かうのだった。

「まずは、人数を調べないと行けませんね」
 そう言って、エリーがブレスセンサーを唱えた。淡い緑色に包まれた彼女は、それが終わった瞬間、怪訝そうに首をかしげる。彼女の見た光景には、屋敷内で呼吸をする者の大体の大きさと、距離、数が映っていたのだが、それにしても、数が合わない。
「どっちにしろ、中に入らなきゃ、それも確かめられねーだろ。行くぜ」
 アランがそう言って、扉を乱暴に開く。本人としては、先陣をきったつもりなのだろうが、その頭に、洗濯桶が落下するのは、もはやお約束だ。
「お、おにょれ。エレメンタラーフェアりーめっ! もう勘弁ならねぇ! ふんずかまえて獄門だッ!」
 頭に盛大なたんこぶを作ったアラン、そう叫ぶや否や、後先考えず、屋敷の正面にある階段へと突っ込んでいく。だが、腐っていた床が抜け、哀れアランは地下室へまっしぐら。
「私が先に入るわ。何かあると困るから」
 そう言って、霧塚姫乃(ea5156)が部屋の扉に手をかける。フレイが気遣うように「気を付けて」と言う中、彼女はこくんと頷き、かちゃりとその向こうへ足を踏み入れた。
「きゃあっ」
 フレイが両腕で彼女を支えている。その姫乃の足元には、ぽっかりと落とし穴が開いている。
「大丈夫? 怪我はない?」
「え、ええ‥‥。あ、ありがと‥‥」
 やたらと心配症に見えるのは、姫乃限定らしい。後ろの方で、エリーがシフール程の大きさの蜘蛛を見つけて大騒ぎしているが、全く知らないふりだ。
「エリーさんは、本当に怖がりですねぇ。こんな大きな蜘蛛が、街中の屋敷にいるわけないじゃないですか」
 そう言って姿を見せるジョン・スミス(ea1250)。どうやら、先ほどの蜘蛛は、彼の悪戯だった模様。
「って、この落とし穴も君なの?」
 まるで我が事の様に怒るフレイに、彼は首を横に振った。
「違いますよ。こんな上品な紳士が、女性を困らせるわけないじゃないですか。ちょっとした試練ですよ。試練♪」
 そう言う割りには、悪戯を成功させて、とても嬉しそうだ。
「他の皆は?」
「先ほど、こっちに向かったのを見ましたから、もうすぐ来ると思いますよ」
 仏頂面の姫乃の問いに、スミスはそう言った。と、それを証明するように、玄関の扉が開く音が聞こえる。
「お邪魔致します」
 永萌がそう言いながら、屋敷に足を踏み入れた。とたん、洗礼の様に、洗濯桶が降ってくる。それを、持ち前の反射神経で避ける彼。
「ちっ、引っかからなかったですか‥‥」
「って、スミスさん。なんですか、その舌打ちは」
 じとーっとした目で、自身を睨んでくる永萌に、彼は相変わらず『試練ですから』と言い張っている。
「これで全員そろった事になるわね。怪我をしているのはいない?」
 フローラ・タナー(ea1060)がそう尋ねた。と、それにフレイがこう報告する。
「姫乃がかすり傷を。アランが、階段の下で、目を回しているはずだけど」
 見れば、肩のあたりから血が滲んでいる。手の辺りも少し打った様だ。そんな彼女に、フローラはリカバーの魔法をかける。と、その傍らで、一花がこう言った。
「そこの隠れてるの。出て来てくれません?」
「そんな事言わなくても、そのうちあちらから姿を現してくれますよ」
 永萌が止めようとする。しかし、その目の前にある階段の踊り場で、薄ぼんやりと輝く少年の姿が現れる。
「話に聞いた通りですね」
「たぶん、この近くに、本物がいるんじゃろう。わし、ちょっと見てくるのじゃ」
 ユラヴィカがそう言いながら、反対側の廊下へと飛んで行く。
「あの‥‥、話を聞かせていただけませんか?」
 永萌の問いかけに、少年は黙って出口を指し示す。おそらく、出ていけと言いたいのだろう。
「聞く耳を持たないと言ったところですかね」
「私に考えがあるの。例の絵を見せてくれる?」
 フローラのセリフに、永萌は頷いて、屋敷から借りてきた例の肖像画を取り出した。それを、フローラは少年に見せながら、言葉を紡ぐ。
「私はフローラ・タナーと言うの。あなたの名前は何というの?」
 幻影の少年が掻き消える。そして、その代わりに姿を見せたのは、一輪の花。どうやら、名前はその花の名と同じらしい。そんな‥‥花の名を持つ少年に、彼女はこう続ける。
「この人のこと憶えてるわよね? あなたの力になりたいから、どんな約束をしたのか教えてくれないかしら?」
 答えはなかった。そんな彼に、今度はフレイが言う。
「あたしも、異性よりも、同性の方が好きなんだ。貴方の気持ちはわかる。好きだったんだよね? その人の事が」
 と。
「見つけたのじゃ〜! かくれんぼはおしまいなのじゃ〜」
「痛いな。ちゃんと出てくから、引っ張るなよ!」
 見れば、梁の上で、ぜぇはぁと息を乱しながら、頭にたんこぶを二つ三つ作ったユラヴィカが、エレメンタラーフェアリーの首根っこを、おさえ付けている。
「ったく。人の罠、片っ端から壊していくんだもんなー」
「あんな見え見えの罠、わしにかかれば、ちょちょいのちょいなのじゃ。頭脳の勝利なのじゃ!」
 自慢げなユラヴィカ。その割りに、ちょっとボロボロなのは、我を忘れてムキになって追い掛け回したせいだろうと、周囲は推測していた。
「ほら、観念してしゃべるのじゃ」
「べ、別に。ただ、一緒に遊んで、色んな話して、楽しかったから、そのお礼に、お揃いのペンダントとか作ってあげただけだよ。そんで、長い旅に出るから、その間、屋敷を守っていってあげるって約束しただけ。帰ってきたら、また会えるって言ってたし」
 だから、その間、変な奴に、屋敷を汚されたくなかった。それだけだと、彼は言う。
「あなた‥‥。もしかして、その人が死んじゃった事、知らないの?」
 フローラの言葉に、エレメンタラーフェアリーは意外そうな表情を見せた。どうやら彼は、もう何年どころか、何十年もたっていた事さえ、気付いていなかったらしい。
「だったらなおの事、屋敷は渡せない。大事な‥‥大事な場所だもん」
「いい加減にするのじゃっ」
 と、そんなエレメンタラーフェアリーを、ユラヴィカが怒鳴りつけた。
「なんだよっ。お前なんかに、僕の気持ちが分かってたまるかっ! お気楽種族!」
「お気楽種族だって、切ない気持ちは分かるのじゃっ! せっかく、今のまま住める様に、屋敷の持ち主に頼もうとしてたのにっ」
 そのまま、ぎゃあぎゃあと子供じみた言い争いをはじめる2人。と、そんな彼らの間に、『まぁまぁ』と割って入りながら、永萌がこう言った。
「ここは依頼人の方が譲り受けられて、新しい住人を迎えたいとおっしゃっています。邸も人が住まなければ、早く朽ちていくのではないでしょうか」
「百年から人の手が入らないままでは、屋敷だって痛む一方だと思うのじゃ。管理するのは、そなた1人の手では、力不足じゃろ」
 ユラヴィカも、エレメンタラーフェアリーを責めるのを止めて、そう言った。と、永萌はさらにこんな事も言う。
「悪戯をしなければ、このままこちらに住んでいただいても構わないといっていただけました。もし、新しい住人の方がお嫌でなければ、どうぞ住み続けください」
「そうすれば、エレメンタラーフェアリーが見守る屋敷と言う事で、売り出せるのじゃ。のぅ?」
 ええ、と頷くフローラ。
「‥‥わかったよ。あいつが死んじゃったんだったら、もうここを守る必要もないし」
 ぱちんと、彼は指を鳴らした。と、その瞬間、閉じられていた窓が開き、陽光が差し込んでくる。エレメンタルフェアリーは、その光に紛れるように、姿を消す。おそらくこれからは、屋敷に住まう精霊として、住人を見守ってくれるに違いない。
 かくして、屋敷を占拠していたエレメンタラーフェアリーの事件は解決した。屋敷の売主も買主も、フローラとユラヴィカの説得で、そのまま住み続ける事を了承してくれたのだった。