【聖杯戦争】幽霊船団を撃沈せよ!
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■ショートシナリオ
担当:姫野里美
対応レベル:7〜13lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 55 C
参加人数:10人
サポート参加人数:4人
冒険期間:07月28日〜08月02日
リプレイ公開日:2005年08月06日
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●オープニング
レオンが、王室への伝令に旅立ってより数日。議長の元には、状況を知らせる伝令や手紙が、続々と集まっていた。
ドーバーの街から、一通の書状と‥‥そして、立ち込める暗雲を象徴するかのような報告を持って、ハイランドが議長の屋敷を訪ねたのは、そんな折である。
「議長にはご機嫌麗しく‥‥」
「社交辞令的挨拶は後にしてくれたまえ、ハイランド。それに、あまり時間もないしな」
ハイランドが、頭を垂れた刹那、議長はそう言った。と、彼は「はい。では、早速ですが、この手紙を」と言って、羊皮紙に記された書状を差し出す。
「ふむ。さすがは、今回の反乱の元締めと噂されるだけはあるな‥‥」
議長が読んでいる手紙。それには、オクスフォード侯爵側への参戦を促す親書とは別に、モルゴースの信書が同封されている。それを読んで、何やら思案する表情の彼。
「それと、単刀直入に申し上げます。海峡に、幽霊船団が現れました」
ハイランドの報告に、議長の表情が険しいものとなった。だが、それ以上は何も言わず、逆にこう尋ねてくる。
「‥‥なるほどな。バンブーデンはどうしている?」
「配下の船乗りを擁して、警戒に当たっております。が、相手の船足が早く、中々思う通りには行きませぬ。その上、船団は海賊達と共闘しているらしく」
ドーバーの街を、事実上仕切ってい貿易商バンブーデン氏は、自ら船に乗り込み、見回りに赴いている模様。だが、元は自身の船子で故、手を出しあぐねているらしい。
「なるほど。確か‥‥トゥイン嬢のご両親も、海で亡くなられたとか‥‥」
「さすがに、連れて行くわけにはいきませぬ故‥‥。気にかけてはおられるようですが‥‥」
おまけに、世話係として雇っているトゥインの両親も、その中に混ざってしまっているらしい。さすがに、手をかけづらいというものだ。
「それはともかく、まさか海賊と手を組んでいるとはな‥‥」
身内の少女の不遇よりも、もっと重要な問題がある。ドーバーは、元々海賊の多い海域。彼らとて、縄張りを荒らされる面白くないはずだが、何故か船団に協力しているらしい。
「私どもには、そこはわかりません。ただ、船団が現れたのは、オクスフォード侯の配下らしき者が、ドーバーに現れ始めた後の事。なにやら関連がありそうなのですが‥‥」
ハイランドは、議長のセリフに、首を横に振りながらそう言った。うかつに手を出すわけには行かない以上、それ以上は調べようがないらしい。
「幽霊と言えば、アンデッド‥‥か。閣下は、まだ諦めてはおられないようだしな‥‥。船団は、どちらへ向かっている?」
「はい。海賊共は周囲の村で略奪を行い、幽霊船はキャメロットへと向かっております」
今は、ドーバー付近に出没しているようだが、次第に目撃情報、そして襲撃された村が、キャメロットに近付いているらしい。
「本隊と合流するつもりだな‥‥。ハイランド、来たばかりですまぬが、急ぎ、バンブーデンに繋ぎを取ってくれ」
「では、やはり‥‥」
冒険者達を雇い、戦力を投入するつもりなのだろう。と、議長はこう言ってきた。
「海深く眠った者達を、無理に起こしてしまったようだしな。ここは、再び眠りに付かせるが上策と言う者だろう。戦力を削ぐ事にもなるしな‥‥」
「かしこまりました。それで、議長ご自身はどうなされます?」
そして、ハイランドの問いに答えるように、暖炉の上に飾ってあった剣を取る。
「キャメロットへ向かうつもりだ。船団が、本隊に合流してもしなくても、閣下を抑えるのは、我が役目。それに、まさか、私一人、のうのうとここで待っているわけにはいかないしな」
鍔を鳴らす彼。柄に、自らの名前が彫られたそれは、手入れはされているのか、錆びついてもいず、かえって歴戦の騎士たるそれを、髣髴とさせるのだった。
その頃、海上では。
「野郎ども! 準備はいいかい!?」
「おーー!」
海賊の首領らしき女性が、配下をずらりと並べ、こう激を飛ばしている。
「今回は、黒の御前が全面バックアップだ! 遠慮するこたぁねぇ! 焼いて燃やして奪っちまいな!」
「あいあいさーーーー!」
その半分は生身だが、残り半分は、生きた瞳をしていない者だ。
「元気だねぇ。あいつら」
「それがとりえなんでしょ」
そんな、彼らの様子に、呆れた顔をしつつ、船の縁に座っている2人。一人はリリィベル。もう1人は、政略結婚騒動の際、何やら吹き込んでいた御仁だ。
「さーて、あたしはゴルちゃんの所戻らないと。色々保険かけとかないと、ねぇ」
わーわーと血気盛んな海賊達を尻目に、リリィベルはそう言うと、船を下りようとする。
「おいおい。お前がいなくなっちまったら、誰が船団の指揮を取るんだよ」
「ゴルちゃん本人」
彼女の返答に、「何ぃ?」と眉根を曇らす青年。と、リリィベルはケタケタと大笑いしながら、こう言ってくる。
「うっそぴょーん。ホントは、途中でゴルちゃんの部隊と合流する予定なんだ。じゃ、そーゆー事だから☆」
そのまま、姿を消す彼女。
「そう言う事か‥‥。んじゃ、俺はこのまま船団に居残ってた方が良さそうだな。おもしろそーだし」
彼が注いだ視線の先には、生きた瞳をしていないわけでもないが、海賊とは違った雰囲気の者達が、映っているのだった。
そして。
『沖合いに現れた幽霊船団を撃沈し、本隊に合流させないようにして欲しい』
キャメロットギルドに張り出された依頼。それを差し出したのは、自ら赴いた議長である。
「と言うわけだ。相手の兵力より、かなり少ない手勢だが、諸君らの働きに期待する。以上だ」
その衣装は、普段の商人めいたローブ姿ではなく、濃緑色の軍装めいた装束だったと言う‥‥。
●リプレイ本文
●機会の意味
ドーバーに現れたと言う幽霊船団と海賊。それを激破する為、港には続々と冒険者達が現れていた。
「海に落ちないよう気をつけてな‥‥。あ、可愛くない後輩は守らなくていいぞ」
そこでは、戦に向かう者達に、船乗りのお守りを贈ったり、ひと時の別れを惜しんだりする声が、見送りに出た友人連中から聞こえている。
「海戦は初めてだな‥‥。ま、どうせやることはいつもと大して変わらないけど」
緊張した賑わいを見せる港の様子を見ながら、そう言うロット・グレナム(ea0923)。
「海戦か、わしも初体験だ」
アルフェール・オルレイド(ea7522)も、海は初めてらしい。周囲を海に囲まれたイギリスではあるが、諸外国との仲が悪いわけではない為、本格的な海戦と言う機会は少ない。闘技場の勇者でも、経験は少ないのだろう。
「皆様、頑張りましょうね〜」
「ええ。まずは議長にご挨拶にいきませんと」
だからこそ、やりがいもある。フェイテル・ファウスト(ea2730)がそう言う中、一行は、その船団の指揮を取るバンブーデン伯がいる場所へと向かっていたのだが。
「議長のお話は、お聞きしていました、お会い出来て光栄です」
今まで何度も依頼を受けた者の知り合いらしく、ジャパンの礼儀作法に則って、にこりと一礼する沖田光(ea0029)。
「ああ、彼の知り合いか‥‥。いや、そんな事を言われるほど、大した事はしていないから」
対照的に、ギルバード・ヨシュア(ez1014)の顔色はどこかさえない。いや、冒険者達はよく働いてくれている。彼の心を悩ませているのは、別の何かだった。
「何か複雑な所もあるようですね‥‥」
「うぅむ。あの何でも首をツッコみたがる性格さえなければのぅ‥‥。おかげで、婿探しにも苦労するわい」
その一方で、カレン・ロスト(ea4358)のセリフに応えているのは、船主‥‥バンブーデン。2人が頭を抱えているのは、密航しようとしたある女性の事だった。
「はーなーしーてくーだーさーいのー。とーさまとかーさまに会いに行きますのー」
軍事物資の積み込みに紛れて、ついていこうとしたトゥインが、見張り役の冒険者につまみ出されている。そんな彼女に、カレンは、少々気の毒そうな表情を浮かべながら、こう言った。
「お嬢様のご両親にも、安らかに‥‥手向けを」
じたばたと暴れていたトゥイン、彼女にそう言われて、急に大人しくなる。
「あ、ありがと‥‥。あの‥‥そしたら、もし両親に会えたら‥‥、これ、渡して下さい‥‥」
彼女がバックパックの中から取り出したのは、最近の事を綴った手紙だ。濡れても消えないように、油に浸してある。「ええ、喜んで」と、それを受け取ったカレンは、バンブーデンにも、こう言った。
「他にも、わたくしに出来る事がありましたら、何なりとお言いつけ下さいな」
「では、クレリック殿は、我が水兵に、祝福を与えてやってくれ。神のご加護があるとなれば、士気も違うゆえな」
かしこまりました、と頷いて、彼女は言われた通りの行動に出る。もっとも、都合で相手に触れてもらわなければならないのだが。
「議長、荷物の積み込み、終了しました」
「ご苦労だった。下がって良い」
その一方では、厳しい表情を崩さないままの議長に、ファラ・ルシェイメア(ea4112)が事情を聞きたそうな顔を浮かべていた。
「話、聞きに行っても大丈夫かな」
「いや、じきにこちらに来るじゃろう。色々と相談しなければならん事もあるゆえな」
バンブーデンのセリフどおり、程なくして、体が開いた様子の議長。それを見計らって、彼はこう尋ねた。
「ご苦労様です、議長。あの、対ゴルロイス戦の準備状況はどうなっています?」
「ああ。今は、キャメロットの周辺に、兵を集めている所だ。公が狙うとすれば、オクスフォード侯討伐で、手薄になった王都だろうからな‥‥」
いつも、依頼を受けてくれるメンバーがいないのは、そのせいだろうと、議長は言う。
「なるほど。では、その為にも、船団を食い止めなければなりませんね」
そうして‥‥防備を固めている間、出来るだけ量を減らすのも、重要な役目だと、彼は決意を新たにする。
「‥‥本当はみんな、平和に暮らせる世の中を望んでいると思うのに、どうして争いは無くならないんでしょう」
そんな‥‥戦いの準備が進む様子を眺めながら、ぽつりと呟く光。と、議長は彼にこう言った。
「平和を望まない者もいると言う事だよ。君はまだ、若いから分からないかもしれないけどね」
嫌な事を思い出すような横顔。その姿を見て、同種族のファラは、気持ちは分かると言いたげに、呟く。
「エルフの議長‥‥か。人間の方が勢力は大きいし、大変なんじゃないかな‥‥」
「うむ。ここに現れた当初は、それなりに揉めたもんじゃ」
ゴルロイス公と関わりがあった事は、報告書に書いてあった。今でこそ、地域のリーダーめいているものの、昔は色々とあったようだ。
「やっぱり、種族の壁‥‥って奴なのかな‥‥」
「教会と揉めておるのも、その関係じゃろうな」
今、カンタベリーの教会勢力と、あまりしっくりいっていないのも、そのせいだろうと、バンブーデン伯は言う。
「あの、それで‥‥どの辺りで、海戦を?」
「それは、バンブーデンに一任してある」
ピリピリとした雰囲気が流れていても、必要な事は聞きださなければならない。思い切って、そう尋ねてくるアクテ・シュラウヴェル(ea4137)に、議長はそう答えた。
「わかりました。メンバーを見ていただければ分かるでしょうが、こちらは魔法攻撃が主になると思います。なので、有効に活かせる場所をお願いします」
餅は餅屋。そう言って、希望を伝えるアクテに、バンブーデンは「心得た。任せておけ」と、胸を張る。
「議長、問題がなければ、船に同行してほしい。来てくれるだけで、士気が上がる」
「いえ、そこは一筆書いていただければ、充分ですわ。議長さんには、幽霊船の件は、私達に任せて、キャメロットでの戦いに集中して欲しいし」
そんな中、議長を海上へ連れ出そうとしたファラに、サリュ・エーシア(ea3542)が首を横に振った。と、船団の構成を指示していたクウェル・グッドウェザー(ea0447)も、賛成の意見を述べる。
「議長も、はやる気持ちがおありかと思いますが、今回は迎撃準備に専念して頂きたいのです。こちらは、お任せ下さい」
あわせるようにサリュが「必ず、良い結果を報告します」と、自信を見せる中、一度、ゴルロイスに会った事のあるソフィア・ファーリーフ(ea3972)が、ひと呼吸置くようにして、こう宣言する。
「ゴルロイス公の面前に立つ為にも、です。聖杯探索の折に、公より与えられた機会、私はそれを、今は彼と彼の軍勢の前に立ちふさがり、阻止する事だと信じていますから」
皆の主張を聞いた議長、少しだけ表情を柔らかくして、こう答えてくれた。
「‥‥そこまで言うのなら、海は貴殿らに任せよう。くれぐれも、よろしく頼む。レオン、旗を」
「かしこまりました」
彼が、先にキャメロット入りをしていたレオンに持ってこさせたのは、赤地の布に、金の刺繍が施された、立派な旗だ。
「これは、我がヨシュア家伝来のものだ。これを掲げていれば、我が旗下だとすぐに分かるだろう」
「はい! みんなの笑顔を守れる事、それが僕の望みですから。だから、絶対に負けません!」
ソフィアが、それを受け取る中、光は声高にそう言い切って見せるのだった。
●出航
船団は、当初の予定通り10隻となった。内訳は、クウェルの提案により、船足の早い小型船が2隻、バランスの取れた中型船が6隻、バンブーデン達が乗る大型船が2隻である。
「かの船団がゴルロイス候と合流する事だけは、絶対に避けなければなりません。皆さん、大変でしょうが共に死霊船団を打ち破りましょう。大丈夫、僕達にはこの国を想う、様々な人々の想いが付いています!」
議長から託された赤い旗を掲げた光、全体を見渡せる甲板に陣取り、水兵達を鼓舞している。別に光が偉い地位についたわけではなく、作戦の都合上、魔法を撃つ係りの彼は、見晴らしの良い場所にいなければならない為、なんだか偉そうな位置になってしまっただけなのだが。
「A番隊、櫂を下ろせ! B番隊は沖田艦を筆頭に、布陣展開せよ! C番隊、しんがりを頼みます!」
「「ヨーソロー!」」
割とノリの良いバンブーデンの配下らしく、なり切って指示を飛ばす光に、水兵さんは苦笑いしながらも、調子を合わせてくれる。
「出航!!」
水を蹴立て、海へと繰り出す船団。折よく吹いて来た風に乗り、帆を膨らませて、目的の海域を目指す。思いのほか、日ざしの強い海面。煌く飛沫は、陽の光を反射して、まるで彼らを祝福しているようではあった。
「壮観な眺めだな‥‥」
A番隊2番艦の甲板で、そう言うロット。10台の船が、これでも、相手戦力の半分と言うのですから、どれだけ強力か分かると言うもの。
「ドーバーの海を、皆さんイギリスの海の男達で守り撃退する事が、彼ら死者の軍勢に対する弔いですよ」
その間に、ソフィアがそう言って、水兵達を鼓舞している。
「これだけの人数で、略奪行為など、許しておくわけには行きませんね‥‥」
1番艦に乗っていたクウェルも、決意を新たにしている。相手は火計が得意とも聞く。準備は怠らぬ方が良いだろうと思った彼は、荷物の中から、道返の石を取り出し、水兵達にこう申し出た。
「結界を張っておきます。相手はアンデッドです。シルバー武器の必要な方は、申し出て下さいね」
祈りを捧げる彼。多少は、役に立つ筈である。
「海賊‥‥この大変な時に火事場泥棒め」
「若いの。士気が高いのはよいが、腹が減っては戦は出来ん。まずは腹ごしらえじゃ」
一方、B番隊1番艦では、そのごつい膂力の割には、意外と家事や料理が達者なアルフェールが、船の上にある材料を使って、ごちそうを作っていた。
「わぁー、美味しそう☆」
光くん、お箸もって真っ先にすっ飛んでくる。
「うむ。今回は腕によりをかけて作って見たぞぃ。遠慮なく食うておけ」
「わーい。いただきまーーす」
大喜びでぱくつく彼を尻目に、ファラは持っていた剣を差し出した。
「アルフェールさん、これを」
「ん? 何じゃ、この剣は」
鎮魂剣フューナラル。長さ80cm位の、魔力をもった両刃の直刀。数多の死者を相手に果敢に戦ったとされる英雄が好んで使用したとされる、葬送の名がついた剣だ。
「アンデッドには有効だと思います」
「ありがたい。いや、連中相手では、こいつではいささか不安だったものでの」
そう言うと、アルフェールは、得物をモーニングスターから、剣へと持ち変える。そんな調子で、それぞれの船に分かれた冒険者達は、必要そうなものを交換し、ところどころに、道返の石を置き、準備を整えながら、幽霊船団が現れたと言う問題の海域へと向かったのだった。
●開戦〜朱に染まる海〜
数時間後、海峡では、出航の際の穏やかな天候は、影も形もなくなり、たちこめた靄が、視界を悪くし、帆を重く垂れさせていた。
「お館様ーーー! 居ましたーーー!」
そんな中、見張りの声が、甲板に響く。見れば、もやの向こうに、船団を思わせる黒い影が見え隠れしている。
「でてきたね。バンブーデン。野郎ども! やっちまいな!」
「あいあいさーー!!」
向こうにも、こちらの船は確認されたのだろう。甲板の上では、ばたばたと指示を飛ばす海賊の姿が見て取れた。
「全艦はこれより戦闘海域に入る。総員、配置につけ!」
焼いた魚をもぐもぐと飲み込んだ光くん、B番隊1番艦の甲板で、他の船にそう指示を出している。頷いたフェイテルが、伝令となる為、フライングブルームを出してきた。と、海図を眺めていたバンブーデン、慌てて彼を止める。
「いかん。ここは海が深い。落ちてしまうぞ」
フライングブルームは、『地面』から、30mの高さまで上昇できる。ここでの地面とは、海底のことを指す。確かに、ここは船が動き回るには安全な深さを誇っているが、その分、地上の乗り物は使えないと思った方が良さそうだ。仕方なく彼は、吟遊詩人稼業で鍛えた、自前の声量と、船に装備されていたランタンで、A番隊に合図を送る。
「合図? もしかして、フライングブルーム使えないんですか‥‥」
「ここは、水が深いッスからね。波も高いし」
A番隊1番艦のクウェル、船頭さんからそう聞いて、予定が狂った事を知る。だが、ここまで来て引き返せはしない。他の面々に、グットラックを付与し、足りない魔力をソルフの実で補った彼は、タートルシールドを掲げ、こう厳命する。
「く‥‥仕方ありませんね。いいですか! 絶対に後方には近付かせないで下さいよ!」
クウェルの指示に、水夫は「ヨーソロー!」と応じて、船を動かす。と、そんな彼の船を餌食にしようと、海賊の操る二隻が、襲いかかった。
「同型船か‥‥。回避!」
サイズはほぼ同じ。同時に襲いかかられては、如何にクウェルとは言え、対処しずらい。そう思い、船を回頭させる彼。それを追いかける相手の船。
「2番艦、援護に回ります!」
1番艦が狙われていると知った2番艦のソフィアが、割ってはいるように、3隻の追いかけっこへと加わる。それを妨害する為、もう2隻が近寄らせてたまるかとばかりに、2番艦を除去にかかる。
「ドーバーの海を、皆さんイギリスの海の男達で守り、撃退する事が、彼ら死者の軍勢に対する弔いですよ!」
2番艦の甲板で、彼女は船員達を鼓舞していた。自分達は切り込み役。これで撹乱をすれば、B番隊の面々が、戦いやすくなる。それを繋ぐ、重要な役割だと言って。
「眠ってた死者をわざわざ呼び起こしやがって‥‥。まぁいいや、俺達でちゃんともう一度眠らせてやる!」
檄に答える様に、ロットは言うと、ライトニングサンダーボルトの魔法を唱えた。既に、スクロールで持ってきたフレイムエリベイションは唱えてある。その効果で、いかに専門レベルとは言え、ミスらずに発動する魔法。
「死者と海賊なら、どっちにも手加減する必要は皆無だよな? これでも食らいやがれ!」
船の縁から、相手の船へ。ロットの稲妻が、一直線に飛んで行く。しかしそれは、船の舳先をかすめ、海の向こう側へと飛んで行った。
その姿に、相手の船からは、当てる気がないなら、すっこんでやがれと言わんばかりのウォーターボムが飛んで来る。
「当てる気がないのはどっちだよ‥‥」
ライトニングサンダーボルトより、かなりダメージが劣るそれに、ロットはそう呟く。もっとも、そこへアイスチャクラが飛んできて、黙らざるを得ないのだが。
「ダメです! 回りこまれました!」
「く‥‥。だったら相手の動きを止めるまでです!」
ぐるぐると追いかけっこの様相を呈してきた船の上で、クウェルは、コアギュレイトを使って、相手の動きを止めようとする。
「流石に無理があるか‥‥」
だが、彼のレベルでは、グットラックで神の祝福を受けても、3回に1回が限度だ。かと言って初級では、相手の船まで届かない。
「突っ込んできましたぁ!」
「わぁぁっ」
そうしている間に、相手の船が、クウェルの船へと突撃してきた。バランスを崩し、転がってしまう彼。慌てて起き上がってみれば、どてっぱらに強化された衝角が突き刺さっていた。
「やっちまいな!」
それと共に、船員達がなだれ込んでくる。
「させませんよ!」
船員達を庇うようにして、シルバーダガーを振るうクウェル。
「このまま、海に落としてあげます!」
タートルシールドで、船べりへと押しつける彼。何人かは、それで海へと叩き落とされたが、1人で戦うには限界がある。何しろ、相手は荒事に手馴れた海賊達と、恐れも痛みも知らぬアンデッド。対してこちらは、恐れも痛みもある人の子なのだから。
「ここまでか‥‥。各員、2番艦まで退避! 怪我をした人は、私の所まで連れて来て下さい!」
次から次へと現れるズゥンビ達から、船子を庇いつつ戦う事に限度を感じた彼は、船子達にそう言った。すでに、開けられた穴から、海水が流れ込んで来ており、船が傾きかけている。
「クウェルさんの船が!」
他の船に牽制され、近づけなかった2番艦の上で、1番艦が接舷されているのを見て、ソフィアがアグラベイションをかけ、アンデッドの動きを鈍らせた。
「船はまだ沈みません! 今のうちに! 聖なる光よ! 不死者を退ける灯火を!」
その間に、サリュがホーリーライトの魔法を使う。聖なる光は、アンデッドを近づけない。その間に、退艦して欲しいと指示する彼女。
「くっ。援護したいんだけど、この位置じゃ、ストームが撃てない‥‥」
その頃、B番隊旗艦では、あちこちから、魔法の光が見えているのに気付いたファラが、悔しそうな表情を見せた。だが、団子になった6隻に、この距離から魔法を撃てば、絶対に仲間を巻き込む事になる。
「ファイさん! 撃っちゃって下さい!」
手を出しあぐねている彼に、ソフィアがそう叫んだ。「しかし‥‥」と躊躇うファラに、彼女はこう続ける。
「その風で海域を離脱します! 私達に構わず、海賊達を蹴散らしてください!」
このまま、乱戦を続けて、B部隊の足手まといになるよりは、ストームの余波を利用して、海上を駆け抜けようと言う心積もりのようだ。
「わかった。幸運を!」
すでに、その旨を2番艦の船頭へ伝えているソフィアを見て、ファラは心を決める。
「全艦はこの船より後方をキープ! 敵の戦列が乱れたのを合図に攻撃をしかけます‥‥! ファラさん、神風を頼みます。貴方に力を‥‥。フレイムエリベイション!」
その様子に、光が燐とした声でそう命じた。そして、ファラに火の加護を与える。高レベルになればなるほど、成功率は低くなるが、その加護と、カレンのかけたグットラックの効果により、確率は半々になった。
「ここは、僕の母校の国だ。好き勝手されてたまるか。ゴルロイスの元に行く前に、纏めて海に沈めてやる‥‥!」
魔力を惜しまず、魔法へと注ぎ込む。
「総員、対衝撃態勢を!」
「大いなる風よ! 亡霊の船を吹き飛ばせ!!」
2番艦の乗組員が、ロープや船べりにしっかりと捕まったのと同時に、ファラのストームが発動した。300mの半円に、盛大な暴風が吹き荒れ、敵を15mほど弾き飛ばす。
「今だ! 全艦隊突撃! 海賊どもを蹴散らせ!!」
隊列の崩れた相手の船団に、光の号令が飛んだ。刹那、B番隊6隻が、いっせいに節舷を開始する。
「わしの出番じゃ! 任せておけい!!」
自身のシルバースピアや、シルバーナイフを貸し出した面々と共に、相手の船へ乗り込むアルフェール。
「たった一人で何しようってんだい!」
「雑魚はどいておれ!」
迎え撃つズゥンビに対し、鎮魂の剣を振り下ろす彼。闘技場で鍛えた格闘術は、並の戦士を遥かに超越している。持ち前の膂力にものを言わせ、コナン流のスマッシュEXを打ち込むアル。アクテのバーニングソードで威力を増加させた剣は、雑魚を次々と黙らせていた。
「ふんっ。こっちは人数いるんだ。タカリ殺しちまいな!」
「おのれ! 卑怯なっ!」
しかし、一対一の戦いには慣れていても、多対一は、あまり経験のない彼、何人かでいっせいに襲いかかられて、さすがに避けきる事が出来ず、傷の数を増やしてしまう。
「援護するのです!」
アクテがサンレーザーのスクロールを広げた。雲ってはいるが、時刻はまだ夕方になっていない筈。その予想通り、彼女のスクロールから、太陽の光を湾曲させた光線が、相手の帆をを焼く。同時に、前衛の影に隠れていたカレンが、ズゥンビにピュアリファイをかけて、その存在を浄化していた。
「すみません、もう一度お眠り下さいー」
一方では、フェイテルが相手船のリーダー格を狙い、ムーンアローの魔法を唱えた。あまりダメージは無いが、遠距離なので、後方からでも充分に役に立つ。
「うっとぉしぃね! 振り落として、船ごと沈めちまいな!」
「ぬうっ!」
リーダーの命で、船が大きく揺れ動いた。踏ん張るアル。しかし、連れてきた他の面々は、こらえ切れずに、転がってしまっている。そこへ、船はB番隊1番艦に穴を開けようと、その船体を反転させる。
「させてたまるかぁ!」
「C番艦!?」
間に割り込んできたのは、大型船のC番隊1番艦。そう、バンブーデンの乗る船である。その体躯を活かし、B番隊の盾になる。
「そうか。船は横からには弱い‥‥。伯の犠牲、無駄にはしません!」
それを見て、フェイは船の弱点を見抜く。そして、光に何事か囁いた。頷く彼。
「やってくれるじゃないのさ! おい、にーさん! 見物してねーで、なんか手伝ったらどうだい!」
「仕方ねぇなぁー。そーれよっ!」
相手の船の上では、リーダーらしき女が、高みの見物をしていた男に、その苛立ちをぶつけている。と、彼はぱちりと指先を鳴らした。
「わわっ! 火が!」
とたん、空中に小さな炎が浮かび、船の帆へと引火する。
「安心しろ! こっちは風上だ!」
ソルフの実を惜しげもなく使い倒しながら、ストームの魔法を唱え続けていたフェイがそう言った。所々で燃えており、A番隊では、ロットがマントで火を打ち払ったり、サリュがバケツにくんだ海水をかけたり、棒で打ち払ったりして、消火に努めている為、船全面に燃え移る様子はなさそうだ。
「火傷をした方は、申し出て下さいね! ポーションもソルフの実も、まだありますから!」
それでも、無傷と言うわけには行かず、回復役のカレンは、十字架のネックレスと、ソルフの実を手に、怪我人一人一人を回って、リカバーを掛けるはめになる。効率は悪いが、ホーリーシンボルを持つ都合上、いたしかたない。その間に、アクテはこちらに燃え移った火を、ファイヤーコントロールで消火していた。
「得意なのは、そちらばかりではありません! 皆様、船の帆に火を!」
吟遊詩人として鍛えた声と、海戦の経験を生かして、水兵に細かな指示を与えていたフェイテル、兵に準備していた火矢を用意させる。
「アレがリーダーです!」
自身は、ムーンアローの魔法で、リーダーを特定して。
「ふっ、ようやくお出ましじゃな‥‥。雑魚ばかりで飽きておったところだ」
皮肉めいた一言を言って、ムーンアローを食らった相手に立ちはだかるアル。
「あんたが強すぎんだよ。あーあ、みーんな砕いちまいやがった」
周囲のスカルウォーリアーを見回しながら、その男はお気楽にそう言った。
「お前がこいつらを操っているのか?」
「まぁ、そんな所かな。だったら、どうする?」
にやりと笑ってみせる彼。
「御免なさい、死んで貰います〜」
「そーかいそーかい。んじゃ、とっとと失礼すっかね。殺されちゃ、たまんねーしよ!」
フェイテルが申し訳なさそうにそう言うと、彼はそう答えて、一歩、後ろに下がった。そして、躊躇う事無く、そのまま海へと飛び込んで見せる。
「逃げた!?」
いや、彼だけではない。形勢不利と悟ったのだろう。乱れた船団を整えようとする海賊達。その手には、同じ様に、火矢が番えられている。
「せめて旗艦だけでも‥‥!」
このままでは、紅蓮の炎が、双方を染め上げてしまう。そう思った光は、船の一番高いところに駆け上がり、その手を高く掲げる。
「みんなの笑顔を護る為にも、僕は絶対負けられない‥‥紅蓮の炎と共に安らかに眠れ! 発射!」
振り下ろす仕草で、ファイヤーボムの魔法が発動した。ソフィアのアグラベイションによって、行動を抑制された海賊達は動けない。その結果、ボムは相手旗艦に、盛大に炸裂していた。
「ちきしょう。覚えてやがれ! この借りは高くつくよ!」
それによって火傷を負わされた海賊達は、次々と海へ飛び込んで行く。見れば、マーメイドだったらしく、足が鰭になっていた。残された船団は、制御を失い、散り散りになって行く。
こうして、冒険者達の活躍により、船団の戦力は半減されたのだった‥‥。
●弔いの祈りを
そして。
「海戦はどうも、突撃ができなく、やりにくいわ」
港に戻ったバンブーデンが、お褒めの言葉を水兵達に投げかけている間、武器や装備を元に戻したアルが、少々不満そうにそう感想を言う。
「結局、トゥインさんのご両親には会えませんでしたわね」
「あの子の両親も、海で死んでおる。その手紙も、海に流せば、やがてあの子の両親の手元に届くじゃろう」
手紙を渡しそびれたカレンに、バンブーデンはそう言った。その助言を受けて彼女は、渡された手紙を広げ、静かに水面へと沈める。
「せめて、祝福の光に安らかな眠りを‥‥」
波に揺られ、徐々に姿を消す羊皮紙。それを見つめていたカレンは、この作戦において犠牲となった者達に対して、祈りを捧げる。
水夫にはその勇気と志に感謝し、海賊にはその罪が許される日を‥‥と、そう願いながら。