【聖杯戦争】メレアガンス侯慰霊祭

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月11日〜08月18日

リプレイ公開日:2005年08月19日

●オープニング

 その夜、議長はキャメロット滞在先の定宿で、荒れていた。
「議長、そのくらいになさってください。身体に毒ですよ」
「‥‥放っておけ。私とて、深酒したい時はある‥‥」
 空になった小樽が、数個、転がっている。レオンに応えた議長の伏せた横顔は、不機嫌そうに目の据わったものだ。
「何か、あったのですか‥‥?」
「‥‥先日、メレアガンス候の処刑に立ち会わされた‥‥」
 その理由は、先日の公開処刑。反逆の首謀者とされたオクスフォード候、メレアガンスの斬首である。
「候の‥‥」
「アーサー王、自らの手でな‥‥」
 王としては、最大限の敬意を払ったつもりなのだろう。しかし、王が自ら刑を下すと言う稀な行為は、逆に諸侯に対するパフォーマンスとも取れる。理由に納得はしているが、感情が追いつかない。それが、今日の深酒の理由だった。
「そう‥‥ですか‥‥」
 それがわかったレオンは、逆に、少しでも気晴らしになればと、聞き手に回る。
「別に、処刑に関しては、極当然の処置だとは思っている。おそらく、私でもそうはしただろう。ただ‥‥、その後の事がな‥‥」
 議長はそこで言葉を濁した。そう言えば、妙に王宮があわただしかったような気もする。お付の者でしかない彼は、その現場に立ち会う事は出来なかったが、雰囲気だけは占い師の直感力で、感じる事が出来た。
「陛下が、オクスフォード攻略を決定し、手の開いていた円卓の騎士殿に、命じていた‥‥。攻め込む理由は、モルゴース軍が、街を占拠しているから‥‥だそうだ」
 手を上げたのは、ガヴェイン卿に、パーシ卿。そして、トリスタン卿だったと言う。だが、その決定が性急すぎる‥‥と思ったレオンは、こう尋ねた。
「停戦交渉はなかったのですか?」
「あったさ。だが、相手はそれに応じなかったそうだ。手駒も領主も失ったかの街に、それだけの力が残っているとは思えないし、モルゴース妃の事だ。さっさと見捨てるとは思っていたが‥‥引渡しに応じないとは、何を考えているのやら‥‥」
 いくら、キャメロット防衛に手を貸した議長とは言え、円卓の騎士ではない彼、そのあたりの深い事情は、憶測の域を出ないのだろう。
「貴族達には、なんと言われてるのですか?」
「領地も賠償金もあまり要求しないそうだ。だが、それでは何故、モルゴース殿を匿う理由がある? この辺りを根気よく説得すれば、犠牲者を出さずに決着させる事も出来そうな気がするんだがな‥‥」
 それに、モルゴースを匿っている連中の行動理由も、いまいち不明だ。占拠しているモルゴース軍の士気は低いと言う。普通、そんな場所に『金も領地も没収しないから、ボスを引き渡せ』と持ちかけたら、いくら相手が美人でも、デビルと親交があると言われていても、とりあえず引き渡す方向から検討する筈だと。それなのに、既に市街戦は決定してしまったのだ。
「メレアガンス侯は、その野心を焚きつけられただけ。本当は、悪い者ではないのも、分かっているはずなのに‥‥」
 勝敗が決しただけで、充分ではないのだろうか。ただ、彼は騙されただけだったと言うのに。そんな、やりきれない思いを吐露する議長。やり方が気に食わないわけではない。ただ、主を失い、疲弊した町。その上、そこかしこを破壊される。反逆の代償としては、あまりにも重すぎやしないだろうか。
「今からでも遅くは‥‥」
「残念ながら、遅いんだよ。それに、パーシ卿や、ガヴェイン卿の邪魔をするわけにもいくまい。トリスタン殿が、救援に回るとの事だが‥‥、それとてどこまで救えるか‥‥」
 停戦交渉に赴く事は、議長とて進言はした。だが、だったらモルゴース軍が押さえている民はどうなると、既に攻略戦が決定しており、引き下がらずを得なかったそうだ。
「円卓の騎士ともあろう方が、そうそう町を壊すとも思えませんが‥‥」
「血の気が多いのは、彼らばかりではないさ。モルゴース軍も、占拠している以上、無傷では町を返さんだろうな‥‥」
 パーシ卿も、ガヴェイン卿も、出来るだけ被害は出さぬと約束はしてくれた。だが、彼ら自身がそう思っていても、相手がわざと町を壊す可能性はある。
「いかに納得しているとは言え、それでは、処刑されたメレアガンス殿が、あまりに不憫だと思ってな‥‥。たきつけられた代償としては、あまりに大きすぎる‥‥。すでに苛めの領域に入っている事に、陛下は気付いていないかもしれんがな‥‥」
 現場にいけない議長にとっては、それを知ったとしても、止めようがない話なのだが。
「陛下は、なんと‥‥」
「ドーバーに劇場があるのを聞いて、そこで慰霊祭を行って欲しいそうだ‥‥。陛下自身は来れないが、ラーンス殿を名代としての、上覧公演を行うのが決まった‥‥」
 その王が、議長に命じたのは、自分の代わりに、メレアガンスの慰霊を行って欲しいとの事。ちょうど、完成したばかりの劇場があると聞いて、行う事にしたらしい。
「どうなさるおつもりですか?」
「私はそこに、オクスフォードの者達を呼び寄せようと思っている‥‥。処刑の際、泣き顔を見せていた、公の側近が、哀れでならん‥‥」
 側近達は、決してメレアガンスが悪人ではないと、そう信じている事だろう。なのに、なぜ殺されなければならないのか。残された者達の事を思う議長。
「戦は、お嫌いですか‥‥」
「こんな戦いはな。そなたのような、悲しい子を量産するばかり故な‥‥」
 レオンも、部族間のいさかいで追い出され、ここに流れ着いた少年。気付いた彼は、それ以上飲酒をとめようとはしないのだった‥‥。

 そして、翌朝。ギルバード・ヨシュア議長の名で、こんな依頼が、打ち出された。

『ドーバー劇場【ほろ酔いベルモット】、第1回記念公演開催のお知らせ。アーサー王の名代として、ラーンス・ロッド様がご上覧になりますので、腕に覚えのある吟遊詩人、踊り子、軽業師等々の方々は、芸を披露するまたとない機会です』

『また、メレアガンス公の慰霊祭を兼ねますので、オクスフォードの者達も、多数招待しております。公の御霊を弔う為にも、多数のご参加をおまちしております』

 だが、その依頼が、ギルドを通して、冒険者達に告げられた頃。

『そこにいるのは、誰?』
『帰る町もなくした、哀れな罪人さ‥‥』

 ドーバーの劇場では、時折目撃されるシェリーキャンの他、線の細い、高い身分らしき青年の幽霊が、目撃されたと言う‥‥。

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1060 フローラ・タナー(37歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2059 エリック・レニアートン(29歳・♂・バード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2388 伊達 和正(28歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3747 リスフィア・マーセナル(31歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea7487 ガイン・ハイリロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8765 リュイス・クラウディオス(25歳・♂・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1298 フアナ・ゴドイ(24歳・♀・バード・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

ミーファ・リリム(ea1860

●リプレイ本文

●せめて、役に立てば
 その日、ドーバーには各地から話を聞きつけた吟遊詩人や、物見高い船乗りなど、様々な人間がいた。おそらく、半分は劇場の公演よりも、王の名代として現れたラーンス卿を、ひと目見たいと言うミーハーな連中だろう。それでも、賑わっている事は事実だった。
「聖杯戦争では、役に立つ事が出来ませんでしたから、せめて、歌で何か出来れば‥‥と、参上した次第ですわ」
 内乱の時には、レベルの高い騎士や冒険者達に先を越され、あまり活躍出来なかったとこぼすフアナ・ゴドイ(eb1298)。今度こそはと思っているのか、そう言った。
「そうですね。どのような理由でも、人の心を癒せるならいいですね」
 すでに楽屋では、何人かの吟遊詩人や、出演者が集まり、演目の吟味に入っている。ケンイチ・ヤマモト(ea0760)もその1人だ。
「それにしても、広い舞台だね」
 楽屋から見えるアリーナ席を見ながら、エリック・レニアートン(ea2059)がそう言った。まだ開演前の為か、客席はあまり賑やかではない。それでも、見える範囲からは、立派な舞台が覗いている。
「俺も知り合いからは、話を聞いていたが、中々良さそうな所じゃないか」
「うむ。良い舞台なのは事実だ」
 ガイン・ハイリロード(ea7487)のセリフに、一度来た事のあるリュイス・クラウディオス(ea8765)が、そう答えた。
「そう言えば、他の奴は?」
「それが、本当は楽団の面々も誘いたかったんだが、皆忙しいようだし、俺1人でもしょうがないな〜と」
 今回、他の旅団員の姿がない事に気づいたガイン、リュイスに問いただすと、彼は『まぁ、そう言う事もあるさ』と言いたげに、ぽりぽりと頭を掻いている。
「残念ですね。せっかく、ラーンス卿がお見えになっていると言うのに‥‥」
「円卓の騎士か‥‥。まぁ、おえらいさんが来る事で。上手く行くと良いがね」
 フアナのセリフに、ガインはそう答えて、肩をすくめた。そんな彼に、彼女はこう続ける。
「ご覧になる方は、卿だけではございませんし。力強く生きていけるような舞台にしたいですね」
「そうだね。なんでも幽霊も楽しみにしているみたいだし、戦争で命を落とした人の魂と、残された人々を共に慰められる様な公演にしたいね」
 その想いは、エリクも同じだ。噂では、青年の幽霊が目撃されていると、依頼にもある。彼らを含めて、弔いの公演を行いたいと。
「んじゃ、やる気になったところで、今回の演目だが‥‥」
「俺、ストーリーを考えるのは苦手だから、後よろしくなー」
 ガインのセリフに、リュイスはそう言って席を立つ。
「どこへ?」
「一応、劇場の主に挨拶をと思ってな。まんざら、知らない仲じゃないし。上手くすると、青年の幽霊とやらにあえるかもしれんしな」
 彼の説明では、既に、必要な供え物を、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)に、お使いに行って貰っているらしい。それを持って、まずは劇場に宿る精霊に、挨拶に行こうというつもりのようだ。
「なるほど。では、私も行きます。せっかくの上覧公演ですから、ね」
 何か思う所のあるらしいエリク、そう言って、リュイスへとついていくのだった。

●願い
 彼らが向かったのは、舞台の一部にある、ベルモットの為の祭壇である。
「流石に、公演前には誰もいませんね‥‥。これが、完成した緞帳ですか‥‥」
 柱には、刺繍を施された緞帳がしまわれている。幾人もの職人の手を経て作られたそれは、まるで精緻な絨毯細工のようだ。
「見事な刺繍だな‥‥」
「一時期、針子が行方不明になってたんですが、完成してよかったです」
 感嘆した様にそう言うリュイスに、合流したディアッカが、ほっとした調子で、そう言ってくる。
「さて、ではモデルになった御仁に、挨拶するかな‥‥」
 そんな中、リュイスは買ってきてもらった果物を、綺麗な水に浮かべて見せた。
「ベルモットー、ハーブワイン持って来ましたよー」
 よく冷えたその果物の隣へ、ディアッカも供物代わりのハーブワインを置く。だが、祭壇から返答はない。
「留守なんでしょうか‥‥」
 首を傾げるエリク。と、その供物に誘われるようにして、柱の向こうに現れる人影。
「今のは‥‥」
 気付けば、周囲には誰もいない。黄昏時の空気は、幽霊が出るにはもってこいだ。
「どうやら、ベルモットくん、出てこないんじゃなくて、出てこれないようですね」
 そう言うエリク。おそらく、その幽霊が怖くて、姿を見せられないのだろう。
「あれだな‥‥、噂になってる幽霊っていうのは」
「そのようです」
 一方、その揺らめいた人影を追いかける3人。影は、劇場を少し離れた裏のあたりで、動きを止めた。どこか懐かしい感じもする、閑静な住宅街で、リュイスは幽霊にこう声をかけた。
「ちょっと話してみるか‥‥。おい、そこのあんた」
 ぴたりと動きを止める彼。その間に、リュイスは彼の正面へと回りこむ。
「へぇ、あんたが‥‥。確かにメレアガンス侯そっくりだな‥‥。で、あんた、自分の名前、覚えているか?」
 反応はない。ただじっと、目の前のリュイスを、哀しげに見つめているのみだ。
「聞こえてないみたいですね」
「ディアッカ、何とかしてコンタクト出来そうか?」
 もしかしたら、人の言葉がわからないのかもしれない。そう思ったリュイス、ディアッカに通訳をお願いする。
「やってみます」
 彼も、もともと魔法を使って、意思の疎通を計ろうとしていた為か、素直に応じて、テレパシーの魔法を唱えた。そして、リュイスと同じセリフを問いかける。
『名前か‥‥。失われて久しいかもしれんな‥‥』
 時間の感覚はないのだろう。遠い目をして首を振る彼。
「心残りがありそうだが‥‥、なんで出てきたんだ? 恨みか?」
『いや、恨みなどはない‥‥。ただ、帰ろうとしたのに、どこをどう間違ったか‥‥帰れずにいる‥‥。まるで、私を拒否するかのように‥‥。まぁ、されても仕方がないがな‥‥』
 リュイスの問いに、その幽霊はそう答えた。話によると、彼が現れたのは、戦乱が一通りの集結を見た後。おそらく、その戦乱にかかわりのある者だろうと、リュイスたちは思う。
「それで、受け入れられる雰囲気だったこっちに、流れてきたと言うわけですか‥‥」
『ああ、そうだ‥‥』
 エリクの問いに、頷く幽霊。
「どうしたら、あなたの心残りを晴らせますか?」
『わからない‥‥。ただ、私は‥‥私を受け入れてくれる場所に還りたい‥‥。全て失った今となっては‥‥。ただ眠りたいだけなのに‥‥』
 ディアッカが望みを尋ねると、彼は首を横に振った。自分もどうして良いかわからないのだろう。その要望を聞き、彼はそれでもこう言った。
「わかりました。何とかしてみます」
「おいおい、ディアッカ‥‥」
 請け負って良いのか? と、問いたげなリュイスに、彼は「せっかくの上覧公演に、辛気臭すぎるのもどうかと思いますし」と、気分を上向きにさせれば良いと答えている。
『よろしく頼む‥‥』
 そう言い残し、幽霊は姿を消した。おそらく、一時的なものだろう。幽霊と言うのは、そう言うものだ。
『お化け、いなくなった?』
 その彼らが、劇場に戻ると、ベルモットが祭壇から、ぴょこりと顔を出す。どうやら、幽霊がいなくなるまで、隠れていた模様。
「よぉ、久しぶりだな。元気だったか? 毎日暑いだろうから、冷たいの持ってきたぞ」
『うん、あの人がいるから、それほど暑くはないけど‥‥。でも、美味しそうだから貰っておくね』
 リュイスが差し出した果物に、そう言ってかぶりつくベルモットくん。美味しそうにぱくつく姿を見て、エリクがこうきり出した。
「ねぇ、ベルモットくん。君も舞台に参加してみない?」
「でも‥‥。あの人が‥‥」
 渋るベルモットに、彼は先ほど見聞きした状況を伝え、こう誘いかける。
「あの人は、ただ安らかに眠りたいだけだよ。その為にも、いっしょに‥‥ね?」
『えぇと、綺麗な音がしたら、お手伝いするかもしれない。その時はよろしくね』
 しばし、考え込んでいたベルモットだったが、色々贈り物をされて、心が動いたらしく、そう言い出す。
「こんなもので良いかな」
「上出来だ」
 約定を取り付けたエリクに、リュイスが頷く。
「喜んでもらえるような、良い演奏が出来ると良いですね」
 妖精の為のワインを、杯に注ぎながら、ディアッカはそう口にするのだった。

●祈りの舞い
 翌日。
 慰霊祭の演目は、議長が頼んだ1つだけではない。その為、出番のない冒険者は、それぞれ他の役目をこなしていた。
 楽屋では、出番を待つリスフィア・マーセナル(ea3747)が化粧と髪を結っている。普段、踊り子を生業にしているだけあって、彼女の髪は、舞台衣装によく映えていた。
「すみませんね。手伝ってもらっちゃって」
「いえ、どうせ出番までヒマですし、俺でよかったら何でも言って下さい」
 出番待ちの伊達和正(ea2388)も、何か役に立てばと、衣装の着付けを手伝っている。もっとも、あまり知識はないので、言われた通り動いているだけなのだが。
「じゃあ、ラーンス卿と観客席の様子を見てきてもらえますか?」
「分かりました。確か、フローラ殿が議長と一緒に、ラーンス卿の接待をなされているみたいですからね」
 和正のセリフに、「お願いします」と答える彼女。その依頼で彼は、観客席の方へと向かったのだが。
「えぇと、確かこの辺りだったな‥‥。うわ、すごい人だ」
 ラーンス卿が上覧する貴賓席の近くには、円卓の騎士様をひと目見ようと集まってきた連中でごったがえしていた。
「議長、何か顔色が優れないようですが‥‥」
 そんな中、接待役の議長が、あまり体調がよろしくない様子を気遣うフローラ・タナー(ea1060)。
「いや、夕べ少しな‥‥。あの程度で、心を乱すとは‥‥私もまだまだ修行が足りないようだな」
 何かあったらしい事はわかる。自嘲気味にそう言う議長に、彼女はこう申し出た。
「御気分が悪ければ、ラーンス様のお相手は私が‥‥」
「気遣いはありがたいが、そう言うわけにもいくまい。責任者だしな」
 もし、これが他のどこか有力貴族であったのなら、そのまま彼女に一任する所だが、さすがに王国のおえらいさんともなると、そうも行かないらしい。厳しい表情のまま、それを断る議長。
「レオン、議長‥‥何かあったんですか?」
 その固い表情に、引っかかるものを感じたフローラ、やはりお供をしているレオンに、そっと尋ねた。
「‥‥少し、気にかかる事があるようでして‥‥」
 最初、言い渋っていた彼だったが、やがて思い切ったように、数日前の出来事を話す。
「そうですか‥‥」
 議長が固い表情なのは、その辺りが原因なのだろう。そう思ったフローラは、彼にこう言った。
「あの‥‥議長。その様な顔をされていては、皆が心配します。せっかくの上覧公演なのですから」
「‥‥‥‥レオンに聞いたか」
 議長の不機嫌さが少しばかり増した。しかし、彼女に「いえ、気持ちはわかりますから‥‥」と言われて、表情をもとへと戻す。
「心配をかけてすまないな。私なら大丈夫だ。少なくとも、公式の場で、醜態をさらすような真似はしない」
「かしこまりました」
 議長が大丈夫と言うのなら、大丈夫なのだろう。心配ながらも、自身の仕事に徹するつもりにしたフローラに、議長はこう言った。
「そうだな、それと‥‥この事は、ラーンス卿には内密にな」
「‥‥‥‥は、はい」
 固かった表情が、少し柔らかくなって、思わずうろたえてしまう彼女。そうこうしているうちに、3人はラーンス卿の待つ応接室へと進む。
「こちらは?」
「フローラ・タナーと申します。以後、お見知りおき下さい」
 貴族としての礼儀にのっとり、深々と礼をするフローラ。自己紹介をする彼女を、議長はこう評してくれる。
「色々と、私の手助けをしてくれている有能な神聖騎士です。先の内乱でも、なかなかの活躍ぶりを見せてくれましてね」
「私は、自分のやるべき事をやっていただけですわ。今はその話よりも、上覧されるものを楽しみましょう」
 確かに、戦の功労者一覧に名前が挙がってはいたが、今は戦よりも癒しを優先するべきだと、彼女は言う。その通りだと納得したらしい議長は、ラーンス卿を貴賓席まで案内し、自身も相手をする為、そのやや後ろに座った。
「ほほぅ、中々見事な舞いですね‥‥。まるで、妖精のようです‥‥」
 舞台では、純白の貫頭衣を身に着けたリスフィアが、鎮魂の為の舞いを踊っている。スカートにはスリットが入り、手には鈴と純白の布。
「演目表では、メレアガンス侯を始め、今回の戦いで散った方々の冥福を祈るもの‥‥だそうです」
 鈴の音を響かせ、白布をたなびかせながら、ゆったりとしたリズムで舞い踊るリスフィア。
「まさに、鎮魂の舞姫だな」
 ラーンス卿かそう言う通り、彼女の踊る舞いは、情感と祈りが込められ、猛る魂達を鎮めるかの如く。ケンイチの奏でる伴奏が、その情感をより豊かに表現している。
 と。
 曲のクライマックスに合わせるかのように、舞台袖から、ムーンアローの矢が飛んだ。それは、放物線を描き、貴賓席の真下にある柱へと命中する。
「今のは‥‥?」
「演出でしょう。中々、派手な事をやっているようですね」
 魔法如きで顔色を変えるようなラーンス卿ではないが、議長は念の為と言わんばかりに、そう解説する。
「‥‥フローラ」
「ええ、気付いています。でも、出来るなら攻撃は最後の手段にしたいものですから」
 その議長の指示に、答えるフローラ。彼女達の力をもってすれば、レイスくらいなど朝飯前に浄化できるだろうが、状況を考えれば、見守りたい心境なのだろう。その返答に、議長は「‥‥わかった。任せる」と、処理を一任してくれる。
「おや、彼女はどこへ?」
「次の演目で、主役を張るそうですから、その準備に行ったのでしょう」
 かしこまりました。と一礼して姿を消す彼女を、議長はそう説明するのだった。

●上覧公演『残されし者』
 それから、数分後。舞台では、メインとなる公演が行われようとしていた。
「ギルバード殿、次に上演されるのは、なんですか?」
「歌劇‥‥ですね。なんでも、悲恋だそうな‥‥」
 他の観覧者達にも見えるよう、あちこちに設置された公演案内には、タイトルと、導入部分のあらすじが示されている。同じものは、ラーンス卿の手元にも、出演者のリストと共に届いていた。
「出演者の7割が女性のようですけど、何か意図でも?」
「偶然でしょう」
 ラーンス卿の問いに、さらりとそう答える議長。そして『華やかでよいのではないでしょうか』と、その状況を肯定して見せる。
「いよいよ出番ですね」
「例の幽霊、これで成仏してくれればいいんだけどな‥‥」
 一方、楽隊演奏用のボックスの中では、ファナとリュイスが、喉を暖めている。やや緊張した面持ちで、2人が声を響かせる中、シェリーキャン『ベルモット』の刺繍が施された緞帳が、ゆっくりとその幕を上げた‥‥。
 場面は、とある民家。戦場に赴く夫を見送る妻のシーン。懐かしさの漂う曲を演奏するのは、エリク、ケンイチ、そしてディアッカである。
「ヨシュア‥‥。何故、貴方が戦いに行かなければならないの? 虫も殺せない位優しい貴方に、人殺しなんてできっこないじゃない‥‥」
「必ず帰る。フローラ、心配いたすな。大儀ある我らが負けるはずがない」
 舞台上で、常葉一花(ea1123)の腰を優しく抱き寄せるフローラ。その役名を聞いた瞬間、頭を抱える議長。
「中々、面白い趣向ですね」
「ま、まぁ、珍しい名前ではありませんから‥‥」
 ラーンス卿にそう答えている姿も、どこかぎこちない。キャストは、一花が妻・フローラ役、フローラが夫・ヨシュア役と書いてある。
「はいっ、これお守り‥‥」
「これは‥‥」
 舞台の中央では、フローラに一花が、指輪を渡している所だった。舞台からはあまり目立たないが、2人の演技にあわせ、歌で状況を表現するフアナとリュイスの声からも、その様子が伝わってくる。
「絶対に還ってきてね‥‥。この手に貴方がそれをはめてくれる日を待っているから」
 遠ざかる夫を涙で見送る一花。彼女だけが残る所を見ると、歌劇は主に、妻の視点で進行するようだ。白い布が、舞台袖から投げ込まれ、視界が隠される中、場面が転換する。
「ファンタズムを使うとは、凝った演出ですね。曲も勇ましいですし」
「幸いな事に、腕の良いバード達が多く参加してくれましたから」
 主役の消えた舞台では、騎士達がダンスを披露している。半分はディアッカがファンタズムを使って映し出した幻影だ。演奏をするエリクも、礼服を身につけ、竪琴をかき鳴らして、戦いの音楽を演奏している。
「あれは、さっきの舞姫殿ですか‥‥」
「そのようですね‥‥。今度は躍動的な踊りのようです」
 その中央で、敵将軍役として、騎士達を鼓舞する踊りを披露しているのは、先ほど、鎮魂の舞を踊ったリスフィアである。メリハリをつけたその舞いに、感嘆する議長とラーンス卿。
「あの人は、無事でいるのかしら‥‥。戦況も思わしくないって話だし‥‥」
 その騎士達の舞いが終わると、再び妻の待つ民家へと場面が転換した。待っている日々を表現しているのだろう。そんなセリフと共に、一花は左手を太陽にかざすような仕草をしてみせる。
『愛しい人、どうか無事で。勲功や勝利等望みはしない。願いはただ一つ、無事に私の元へ帰ってくるそれだけ』
 その動きにあわせ、大切な人を戦場へ送り出した者が、勝利勲功等でなく、ただ無事だけを祈り続ける姿を、歌い上げるファナ。綺麗なソロボイスが、観客席へと響き渡った。
 そんな歌に誘われるように、民家がゆっくりと姿を消し、変わって再び戦場の光景が映し出される。そこへ現れたのは、全身純白の衣装に身を包み、白いウォーホースに乗って現れる、騎士姿のフローラ。
「見事な姿ですな‥‥」
「ええ‥‥」
 その反対側からは、対照的に気品漂うナイトレッドに染め上げられたマントを身に着けたガインが、右腕に月桂樹の木剣を携え、左腕にライトシールドを装備した姿で現れる。本当は、芝居用小道具でもよかったのだが、ここは、本物の迫力でカバーしようと言う事になり、自前の武器防具を持ち込んでいた。
「名も知らぬ騎士よ! 御身に怨みはないが、私にも守るべき者がある! 倒させてもらうぞ!」
 互いに名乗り、ガインがまず斬りかかる。振り下ろされた木剣を、フローラのセントクロスソードが受け止めた。
「それは我とて同じ事! 愛しい我が妻の為、そして殊勲の為! 剣を振るわせて頂く!」
 格闘は苦手な彼だったが、打ち合わせと、フローラの誘導で、なんとか形になっている。そのまま、まるでダンスを踊るように、殺陣を繰り広げる。
「これで終わりにしよう‥‥。いざ!」
「勝負!」
 エリクが、勇敢に戦う騎士達の姿を、横笛を吹き鳴らして表現する中、つばぜり合いをしていたガインとフローラは、いったん後方にとびすさり、同時に剣を突き入れる。
「ものすごい迫力ですな‥‥」
「2人とも、優秀な騎士でもありますから」
 互いの剣が胸に突き刺さるような格好で、お互いに崩折れる2人。むろん、本当に刺さっているわけではなく、よく見れば、お互いの脇と腕の間に剣が通っている。それでも、2人の迫力に、観客席から拍手が起こった。
 倒れた騎士を、ディアッカのファンタズマが、稲光の幻を出して、場面を転換させる。再び、妻の待つ民家が現れ、軽く扉をノックする音が響く。
「ヨシュア〜、無事だったのね!」
 現れた和正に抱きつこうとする一花。だが彼の方は、それを避け、困った声でこう言った。
「奥方様、私はご主人ではありませんよ」
「あ、ごめんなさい‥‥。てっきり主人だと思って‥‥」
 謝る彼女に、和正は膝をつき、深く頭を垂れながら、こう言った。
「追い討ちをかけるような真似して申し訳ありませんが、悲しいお知らせをあなたに届ける事をお許し下さい。私は、あなたの御夫君の戦死をお伝えに来た伝令です」
「死んだ‥‥? そんな‥‥!」
 ケンイチが、急転直下をあらわす効果音を入れる。そんな中、和正は一花に、「これを」と言いながら、ある品を捧げるように持った。
「この指輪は‥‥ああ‥‥!!」
 曲調が変わり、エリクが横笛から竪琴へと、楽器を変える。そして、しっとりとした曲調で、妻の悲しみを奏で始める。
「帰ってきてくれるって‥‥。この指にはめてくれるって‥‥。そう思って待っていたのに‥‥!!」
 訃報を聞き、泣き崩れる妻役の一花に合わせて、フアナがその心情を、朗々と歌い上げる。無事に戻ると約束したのに。何故夫が死なねばならなかったのか。
「ああ、私はどうすれば良いの‥‥。誰か‥‥、あの人を返して‥‥!」
 愛しい人を亡くし、涙する彼女の姿を、まるで遠く、オクスフォードの空に届くかのように。
「この曲は‥‥」
「オクスフォード近辺で歌われているもの‥‥ですね」
 そのベースになっているのは、かの町の近辺で歌われる民謡だ。幽霊を目撃したディアッカが、気を利かせて調べてきてくれたらしい。
「教会‥‥」
 その曲にあわせて、場面は教会へと変貌する。
「神よ‥‥。私はあの人がいなければ、生きて行く事は出来ません。どうか‥‥自らその命を投げ捨てる事を、お許し下さい‥‥」
 喪服を着た一花が、その祭壇に祈っている。流れるは、ケンイチが奏でる葬送曲だ。悲しげなメロディを流すそれに、舞台の袖から、動物達が現れる。
「小鳥‥‥?」
「猫もいるようです」
 殆どは幻影だが、一花に近寄ってくるのは冒険者が連れてきたペットだ。そのペット達の口を借りる形で、エリクが声を真似る。
「涙を拭いて。君が悲しむと、それを見て悲しむ人がいるから‥‥」
 教会から降り注ぐ光の様に。動物達の姿に重なるようにして現れる、天使の姿。
「悲しまないで‥‥」
 繰り返されるハーモニーに、崩折れていた一花はゆっくりと立ち上がる。
「神よ、あなたは私に生きろと言うのですね‥‥」
 十字を切り、祈る仕草をする彼女。その心情を、フアナが歌う。愛しい人を殺した誰か。けれど、その誰かの事を待っている人もいた筈。そう、自分の様に。そうして、憎しみの連鎖が続く事を、セーラ神は嘆いているに違いないと。
「ヨシュア、私は貴方の所にはいけない。神様が、そう仰ったから。これはきっと、私に課せられた試練。せめて、悲しみを生む戦が、これ以上起きないよう‥‥。私は祈り続けたい‥‥」
 せめて、その悲しい戦が怒らないよう、力なき女はただ祈る。そう、歌が響く。
『私は、何をしてきたのだろうな‥‥』
「今のは‥‥」
 終幕へと向かって行く歌劇。そんな中、観客席から聞こえた声に、ラーンス卿が振り返る。ここぞとばかりに、議長がこう言った。
「観客の中には、オクスフォードに所縁のある者も多うございます。おそらく、戦場で散った縁者が、涙を流しているのでしょう」
「ああ。そのようだな‥‥」
 見れば、舞台ではその浄化される魂を願うかのように、花吹雪が舞っているのだった‥‥」

●幽霊の正体
 夜、片付けも終わり、観客達もいなくなった舞台から、出演者達が続々と引き上げていた。
「上手く行ってよかったわね」
「ああ。とりあえずはな」
 そう言いあうリスフィアと和正。今、彼らがいるのは、舞台にあるシェリーキャンの祭壇だ。
「お気に召しましたか? 侯」
『なんだ‥‥。やっぱり知っていたのか‥‥』
 ディアッカの問いに、姿を見せる侯爵。戦乱で踊らされ、その命まで落とすはめになった青年‥‥メレアガンス。
「でも‥‥。なんでここにいるのかしら」
 やっぱり‥‥と言った風情のリスフィアに、彼はこう告げる。
『言っただろ。帰りたくても、帰れなかったんだ‥‥』
 ずいぶん態度が軟化されているのは、やはり処刑された後だからだろうか。
「まさか、俺達に祟ろうって言うんじゃないだろうな。この人を傷つけさせるようなら、容赦はせんぞ」
『そんな力はないよ。僕はレイスじゃないしね‥‥』
 リスフィアを庇うように、オーラショットの構えをする和正に、メレアガンス侯は、自嘲気味に肩をすくめて見せる。
「どうやら、無害な奴みたいだな‥‥」
「レイスと違って、そこまでの力はないんでしょう」
 ガインのセリフに、そう答えるエリク。そんな中、リュイスがこう尋ねた。
「心残りは、晴れたか?」
『ああ。帰れなかったのは、ただ、故郷も僕を受け入れてなんてくれないと思ってたからなんだ‥‥』
 ずいぶん、酷い事をしたから。今も、故郷の戦乱は続いている。だからきっと、故郷の人々も、自分を憎んで、受け入れてくれないだろうと。立ち込める結界じみたそれは、その証なのだろうと、そう思い込んでいたらしい。
『帰ろう。僕の町に‥‥。きっと、神様も許してくれる‥‥。家に帰りたいと願うのを、止めやしないさ‥‥』
 だが、彼らの行った慰霊祭に、侯はそれが思い過ごしだったと悟ったのだろう。ゆっくりと形を崩していく、侯爵の体。まるで、光に溶け込むかのように。
「光に‥‥」
 程なくして、彼の体は、まるで天に還るかのように、消えて行った‥‥。
「後で、侯の墓に、花でも供えてやりたいな」
「議長に言えば、何とかしてくれると思いますよ」
 リュイスの申し出に、エリクがそう言った。今から、オクスフォード侯の墓に行くには、時間が足りないだろうが、言えば、名前つきの花束くらいは、送ってくれそうだと。
「そう言えば、噂のシェリーキャンって、どこにいるんだ? 珍しい妖精なんだろ」
「あの子なら、あそこに」
 ガインの問いに、ディアッカが祭壇を示した。見れば、こちらの様子を伺っていたベルモット、顔を真っ赤にして隠れてしまう。
「相当、恥ずかしがりやなんだな」
「きっと、宴会してれば、出てきますよ。お祭、好きみたいですから」
 ここに来たのが一度ではないディアッカ、そう言って横笛を吹く。その小さな笛には、何故か長い髪の毛が絡んでいた。
「それは?」
「いえ、ちょっと何本か、湖の騎士殿の髪の毛を‥‥」
 どうも、本物の『ラーンス・ロットの金髪』を手に入れられると思い、お守りとして何本か頂いてきちゃった模様。
「なぁこれ‥‥。色、違うような気がするんだが」
「あ、ホントだ。議長に聞いたんだけど‥‥」
 しかし、よく見れば、その色は銀。ラーンス卿のそれとは、少し違う。それ以前に、お守りに入っている長さとも、微妙に違う。
「危なく無礼討ちにされるところでしたね。議長」
「ラーンス卿なら、笑って済ましそうだが、流石に騒動の種は蒔きたくないからな‥‥」
 後で聞いた話なのだが、フローラと議長がそんな事を話していたとか。
「ちぇ、せっかく手に入れるチャンスだったのにー」
 偽ものだとわかったディアッカ、残念そうに、それをぽい捨てしてしまう。
 こうして、ほろ酔いベルモット第1回記念公演は、好評のうちに、その幕を下ろすのだった。