●リプレイ本文
●まずはご挨拶
そんなわけで、呼び集められた冒険者達は、劇場のあるドーバーの港町へと向かっていた。
「さてと。今回で何回目だ? この街に来るのは。相変わらず、賑やかな場所だが」
船から港へと降り立ったリュイス・クラウディオス(ea8765)がそう呟く。荷物を満載した馬車や船、つかの間の休息を味わう船乗り達、見送りと思しき女性達が行き来する町は、キャメロットの港にも負けない活気を見せていた。
「すみません、お客様にお手伝い頂くなんて」
指定された劇場のお食事所へ向かうと、そこでは既に、料理用の汚れ防止服を身に着けたトゥイン嬢が、忙しく立ち働いている。
「気にしないで欲しいのじゃ。わしも早くパイが食べたいし☆」
「手伝えば、その分早く終わりますし」
もっとも、その後ろには、先日の鯉騒動で仲良くなったらしいユラヴィカ・クドゥス(ea1704)とディアッカ・ディアボロス(ea5597)が、楽しそうにパイ運びを手伝っていたのだが。
「賑やかさは、どこでも変わらんな‥‥。まぁ、その方が良いかもしれんが」
一応、楽団員のリュイス、そんな光景を、微笑ましく見守りながら、そう呟く。と、ほどなくして準備を整えたトゥイン嬢は、集まった参加者達に、カップを渡し、こう挨拶する。
「本日はお集まりしていただきまして、まことにありがとうございます。主人、バンブーデン伯爵夫人に成り代わりまして、あつく御礼申し上げます。此度の茶会は、皆様ごゆるりと楽しまれますよう、改めて申し上げます」
ぺこりっと頭を下げる彼女。その衣装は、いつの間に着替えたのか、きちんとパーティ用のものになっていた。
「それでは、カップを拝借いたします。えーと、合図はギルバード様にお願いいたしますわ」
ちらちらと手のひらを見ながらそう言っているのは、そこにメモが収まっているせいだろう。と、話をふられて、今回は『招待客その1』だった議長が、席を立つ。
「ああ、では‥‥乾杯」
「「「「「「「「「「かんぱーい」」」」」」」」」
かちんっと木製の杯が鳴らされた。なんだか、お茶会と言うよりは、ミニパーティに様相を呈する中、アラン・ハリファックス(ea4295)は楽器を片手に、ホストであるバンブーデンの元に向かい、優雅に方膝を付く。
「俺は、蒼穹楽団団長のアラン・ハリファックスという者。どうかお見知りおきを、バンブーデン伯爵」
「これはご丁寧に痛みいる。この辺りで海運業を生業としているバンブーデンだ。いつも、うちのトゥインが世話になっているそうで、感謝する」
船乗りの頭目ではあるが、それなりに礼儀は心得ているのだろう。帽子を取って挨拶してくる伯に、アランはやや言葉を崩し、こう答えた。
「いや、大した事はしていない。それに、世話をしているのは、俺じゃなくて、向こうの2人のようだしな」
彼が指し示したのは、司会の大役を終えて、「えへへへ。美味しいですぅ」とか言いながら、果実酒なんぞを飲んでいるトゥイン嬢の姿だ。
「あまり飲み過ぎるでないぞ」
「そうそう。悪酔いしちゃいますからね」
側にいた、ユラヴィカとディアッカがそう言っている。昼餉のお供に使うような、極々軽いジュースのような果実酒なので、彼らもうるさくは言わない模様。
「トゥインめ、当初の予定をすっかり忘れておるな」
「まぁ、あれはあれで楽しんでいるようだし、放っておけば良いのでは?」
苦笑するバンブーデンに、アランがそう言った。ユラヴィカもディアッカも、なりは小さいが、充分に頼れる『大人の』冒険者である。暴走する前に、止めてくれるだろうと。
「ふむ。んで、上演のネタねぇ‥‥」
「繰り返しになるが、公衆の面前に上演出来るようなものを頼む」
リュイスが『何かないかな』と言った表情で、そう呟いたのを見て、バンブーデンがそう言った。と、それを聞いて、お茶会に参加していた伊達和正(ea2388)が、紅茶をすすりながら、こう話しかけてくる。
「ふむ。この間の慰霊祭の時のような演目かな。俺も端役で舞台に立たせて貰いました」
確か、奥方様への伝令役で。と、以前ここに来た時の事を告げる彼。
「あの時は、中々に楽しませてもらった。のう? ギルバード殿」
「‥‥私に振らないで欲しいんだが」
観客席では、バンブーデン氏も鑑賞していたらしい。最も、議長のほうは少々顔をこわばらせながら、都合の悪そうな顔をしているのだが。
「ふむ。それなら報告書は読んだ。わくわくする冒険譚や、素敵なロマンス。お腹を抱えて笑える話か‥‥」
その様子を見て、考え込むルシフェル・クライム(ea0673)。実際に見てはいないが、関連する依頼と言う事で、目を通してはあるらしい。ロマンスなら、妹からの手紙で、うっとおしくなるほど聞かされている。
「ま、のんびりと考えるかな? 時間はあるんだし」
まだ、お茶会は始まったばかり。色々な事を話しながら、案を練れば、それなりに考え付くと言う物であろう。そう思い、リュイスは杯を傾けるのだった。
●で、何をやろうか。
とりあえず、候補を出す事になった。
「やはり、観客が飽きないような演目が良いんですかね?」
「そうだなぁ」
傾向を尋ねる和正に、バンブーデンは首をひねっている。そこで良案があれば、わざわざこうやってお茶会は開かない。やはり、自分で案を出すのが良さそうだと思った彼は、郷里の話を、バンブーデンに伝える。
「俺の国では、動物を舞台に上げるってのも、ありますね」
「動物か‥‥」
最近、ドーバーでもペットを飼う者が増えた。人によっては、鷹を飼い慣らしている者もいる。専門の技術と知識があれば、躾ける事が出来るのも、話には聞いている。実践できるかどうかは別にして。
「人間の思いも寄らない動きに、お客も驚くでしょうが、人の言葉が通じないので大変かなあ」
「うむ、かもしれんなぁ」
和正のセリフに、頷くバンブーデン。彼とて、鷹は飼っているが、動物調教の知識があるわけではない。いつもそれで苦労はしているので、このまま舞台に出すことの困難さは、良く分かっているつもりだ。
「ティイさんはどう思います?」
踊りに関しては、専門家に聞いたほうが無難だろう。そう思った和正は、すぐ側で談笑していたティイ・ミタンニ(ea2475)嬢に話をふる。
「魔法を使えば、意志の疎通は出来る様な気がしますが、こっちの踊りに合わせるのは、大変かもしれませんね。それだったら、私は自分で踊りたいです」
見た目にはそれらしい姿のティイ嬢だが、中身はそれなりにしっかりしていて、明るい性格らしい。踊り手らしい意見に、和正は、舞台で舞う彼女の姿を思い浮かべ、こう告げる。
「そうですか。ティイさんの踊りは、さぞかし美しいのでしょうね」
褒められて、悪い気はしない。「ありがとう」と微笑む彼女の姿に、和正の両頬に朱がさした。
(「やっぱり、ティイさんと一緒にいると、楽しい気分になれますね‥‥」)
自然に心がほぐれている感覚を覚える彼。人、それを恋と呼ぶ。
「なんなら、その時の話をした方が良いですか?」
「うむ。是非聞かせてくれ」
想いを捧げられている方のティイはと言えば、バンブーデンの求めに応じて、今まで参加した依頼の話を、色々と物色中。
「さて、一番印象に残っている出来事はマッチョ・ザ・リッパーですけど、あの件は舞台に向いていないから‥‥。一番華やかなミスコンで、誘拐犯と戦った時の話がいいですね」
「賑やかそうですわぁ」
いつの間にか、トゥインまで側に来て、華やかな世界に耳を傾けている。そんな2人に、ティイは、元々そのミスコンは美しさだけでなく強さも比べる最強プリンセスコンテストだったことや、ドサクサに紛れて娘達を浚っていく誘拐犯達に備えて自らも参加者に紛れて舞台に登った話をしてみせた。
「えぇっ、そんな事が?」
「ああ。あの手この手で、最強プリンセスをもぎ取ろうとしてましたねー」
依頼を受けた1人が、司会を買って出たこと、どっちかと言うと、競技の方に意識が向いていたやつがいた事、ゴブリンアタックの事、得意の舞踊を披露したり、誘拐犯を相手に剣を振るった大立ち回りの話に、トゥインはキラキラと目を輝かせていた。
「まぁ、それで剣を振るった彼女は、『最強』じゃなくて、『最凶』の称号を送られたんだけどね」
頑張った御仁は、満場一致で、別の称号を貰ったらしい。その称号を聞いて、「どこかで聞いたような気が‥‥」と言う顔をするバンブーデン氏。
「それで、結局プリンセス様には、どなたがなられましたの?」
トゥインには、そう言う称号よりも、素敵なプリンセスに誰がなったのかが、気になるらしい。と、ティイはくすくすと笑いながら、こう教えてくれた。
「ああ、それがね。結局、御姫様に選ばれたのは、実は女装した青年が選ばれたんですよ」
それを聞いて、今度はリュイスが顔を曇らせる。
「それ‥‥、確かうちの親戚だったよーな気が‥‥」
確か、報告書に名前があったと記憶していた彼が、名前を告げると、ティイは頷いてこう答えた。
「ええ、そうです。あ、これが、そのときの衣装です」
そして、やたら布の面積の少ない、ベリーダンサーのような衣装を見せる。
「わー、やっぱり踊り子さんの衣装は、ひらひらしてますのー」
薄絹のような踊り子の衣装に、トゥインは目を丸くしている。
「こ、これを着てティイさんが‥‥」
一方、和正の方は、その踊り子衣装の激しい露出に、顔を真っ赤にしている。
「あら、和正さん。大丈夫?」
「い、いえ何でもありませんっ」
当人に尋ねられて、慌てて取り繕う彼。だが、その赤さは一向に治っていない。
「具合が悪くなったら、言ってくださいね」
「は、はい。お気遣いなくっ」
うろたえているのが丸分かりである。その様子にルシフェルは、なんとなく心当たりがあるのか、こうツッコんできた。
「まぁ、その病は大人しくしてても治らんと思うがな」
「ルシフェルさんっ。まだ内緒にしててくださいよっ」
図星なのか、和正の顔が、てっぺんから根元まで赤くなる。
「ははは。若いモンはええのう。わしもノルマンにいた頃は‥‥」
「お館様」
恋する若人の姿に、うっかり自分の経験談を吐露しかけて、ハイランドにたしなめられるバンブーデン。と、かの人が国の名を聞いて、こう言った。
「ノルマンか‥‥。そう言えば以前、かの国の劇団が、公演に来たことがあるのだが、飛び入り参加自由という一風変わった劇団だった。私も参加してみたのだが、これがまた‥‥」
ルシフェルが話しているのは、ノルマンからの劇団に参加した時の話だ。ジャパンの話をモチーフにしたとの事らしい。元々の話を、和正がトゥインに話していた。
「まぁ、そんな素敵な話に、ルシフェル様もご出演を? では、立派な役者様ですわね〜」
どこがどうステキなのかは謎だが、彼女の頭の中では、その話が、御伽噺から、『ジャパンの素敵な騎士様が、お供の3人と共に、オーガ退治をして、貴婦人と結ばれる話』に変換されてしまっているようだ。
「い、いやそうでもない。その劇には‥‥私が想いを寄せる女性も‥‥参加していて‥‥な」
「えぇぇぇっ!?」
びっくりするトゥインちゃん。その大声に、ルシフェルが墓穴を掘っている事に、周囲は気付く。が、本人が全く気付いてない‥‥頬を朱に染めて、下を向いたままもぢもぢと、指先でのの字を書きながら喋っている‥‥のを見て、面白いから放置決定。
「そ、それで‥‥今でも自分自身よく分からぬのだが‥‥その、勢いというか‥‥舞台上で、その‥‥こ、告白をしてしまって」
「きゃぁぁぁ。ステキですわぁ。残念、是非見てみたかったですぅ」
頭がチェリーと化すルシフェルに、心底うらやましそうな顔をするトゥインちゃん。
「って、あぁ、何故このような話にっ!」
「振ったのはお前だろ」
どこかで見たような対応に、はっと我に返るルシフェルだったが、リュイスにツッコまれて、仕方なさそうに続きを話した。
「そ、その女性と言うのは、お菓子の家を守るという依頼で出会ったのだが、お菓子の家を食べようとしてしまう人でな‥‥」
そう言うと、依頼とかでの思い出などを、つらつらと話すルシフェル。この男も妹同様、充分な恋馬鹿のようである。
「なんだかどこかで聞いたような方ですわ〜。誰だったかしら〜」
ルシフェルの語る、『想い人』の話を聞いて、中々思い出せずに、首をひねるトゥインちゃん。
「ギルドのヒメニョ殿ではないかの。あやつも、似たようなぶっとび加減じゃし」
と、そこへユラヴィカが、そう言った。だが、彼女は『えぇー』と言う顔で、それを否定する。
「んー。でも、ルシフェル様が思いを寄せるような素敵な方が、ヒメニョ様みたいな、ぶっ飛んだ相手だとは思えませんの〜」
彼女の頭の中には、『ルシフェル様みたいな、素敵でカッコイイ騎士様のお相手だから、きっともっとステキ』と言う、変換が、デフォルトで備わっている模様。
「エラい言われようじゃな」
「まぁ、ヒメニョさんの性格を考えると、ある意味仕方がないかもしれませんね」
苦笑しながら、顔を見合わせるユラヴィカとディアッカ。と、その様子に、トゥインちゃんはこくびをかしげながら、こう尋ねてきた。
「そう言えば、そう言うユラヴィカ様は、何か面白い話をご存知ありませんか?」
「うーむ。わしも、知っている話と言えば、依頼に出てきたときの話なのじゃがー。あ、ちょっとこれ借りるのじゃ。ディアッカ、手伝って欲しいのじゃ」
と、ユラヴィカは、空いていた隣の席テーブルクロスを引っ張りながら、そう言った。
「何をするつもりですか」
「いや、この間の妖精王国話や、魚と戦った時の話を、この場で演じてみようと思うての」
イタズラでもやらかすつもりかと思ったディアッカだったが、ユラヴィカが首を横に振りながら、そう言った所をみると、そのテーブルクロスを使って、なにやら即興の踊りでも舞うつもりなのだろう。
「ああ、そう言う事ですか。じゃあちょっと待ってて下さいね」
踊り子がいるなら、舞台を用意するのが、裏方の務めと言うもの。そう言って、ディアッカは得意の魔法を使って、言われた通りの大海原の幻を映し出す。
だが。
「そこに、こんな大きなエイが現れ、わしらの方に向かってきたのじゃ!」
「きゃあんっ」
幻で手元が見えなかったのだろう。ラージレイと戦った時の話を語っていたユラヴィカの足が、トゥインの前にあった杯を蹴飛ばしてしまう。
「うぉう、すまんっ! 手が滑ってしもうた!」
慌てて、元に戻すものの、既に時遅く、彼女の衣装はびしょびしょだ。
「えぇん、ベタベタですのー‥‥」
「すまぬー。熱演しすぎたのじゃー」
申し訳なさそうな表情を浮かべて、いそいそと零れた飲み物をふき取るユラヴィカに、トゥインちゃんは『ボーっと見ていた私も悪いですの』と、すぐに許してくれる。
「まぁ、ちょうどここに衣装があるし」
そこへ、ディアッカがティイの舞台衣装をちょんちょんと突付いてみせた。確かに、このままでは風邪をひいてしまうし、服がダメになってしまう。そう思ったトゥインちゃんは、ひらひらのそれを手にとって、持ち主のティイに尋ねる。
「あの‥‥これ、ちょっと借りても良いですか?」
「どうぞ。構わないですよ」
快く了承してくれるティイ嬢。そこで、トゥイン嬢は一礼して、早速着替えに向かった。
だが。
「御方様ぁ、これ、胸が余りますの‥‥」
「トゥインちゃんには、ちょっと、大きすぎたみたいですね」
現れたトゥインは、胸は余るは、背丈は足りないわで、少々寸足らず。苦笑するティイ。
「うーみゅ。やっぱりわしには、ロマンスより、冒険とお笑い担当のようじゃなー」
「下手に演出を入れようとするからですよ。今日はお茶会ですから、歌に乗せて概要を話すのが良いのではないでしょうか」
頭を抱えるユラヴィカに、相方のディアッカがそう言って、楽器を弾き鳴らして見せた。
「しかしのう」
「私が弾き語りをしますから、演出をお願いしますね。何しろ‥‥王国の話ですから」
声を潜めて、そう頼んでくる友人に、「わかったのじゃ」と答える彼。まだ、完全に片付いた事件ではないし、公にしては困る事もあるかもしれない。そこを、ユラヴィカの脚色力で、カバーしてしまおうと言う魂胆のようだ。
「これから語るは、とある騎士と、捕らわれの王子の物語‥‥」
ディアッカの歌声に乗せて、幻が浮かび上がる。それは、迷いそうなほどの鬱蒼とした森。奥には、大木の姿もある。
「王子は騎士を慕い、騎士もまた、王子を護りたいと欲していた‥‥」
と、彼は歌うが、その実際は、現地でそのスジの話を作ってたり、依頼で一緒になった学生さん達から聞き出した、『学園生徒と教師のうわさあれこれ』をベースにしてある。それに、妖精王国事件の話を、色々と盛大な脚色つきで混ぜ込んだ所、面白い現象が発生した。
「妖精の王子様と、護衛の騎士様のロマンス‥‥。年上の素敵な方がリードしてくださるのも、ステキですわぁぁ」
目をとろーんとさせるトゥインちゃん。ディアッカが聞かせた『脚色つき妖精王国伝説』に、すっかりのぼせ上がって、妄想を炸裂させているようだ。見れば、端っこで関係ない振りをしている脚本係も、メモ速度が上がっている。
「微妙にキャスティングが変わっておりゃせんか?」
「良いんですよ。受け取り方は様々ですし」
こそこそとそう囁いてきたユラヴィカに、かまわないと答えるディアッカ。彼が話したのは、あくまでも『騎士と王子』の話。性別は指定していない。それを同性同士と受け取るか、ノーマルカップルだと受け取るかは、聞き手次第だと、ディアッカは語る。
「あとは、そうじゃな‥‥季節的にはどうかと思うが、幽霊屋敷の話とかどうなのじゃ?」
ぽーっとなっているトゥインをほったらかし、ユラヴィカはそう提案してきた。
「あれは、夏の風物詩じゃないんですか?」
ジャパン人の和正は、幽霊と言うのは、夏に出るものと思っているようだ。
「いや、イギリスでは、夏より冬に多く出ると聞いた気もするのじゃ。どうなんじゃ? その辺」
元々、エジプト出身の彼、他の西洋人に、そこらへんの事を尋ねている。
「出る時は出る。出ない時は出ない。幽霊なんぞ、そんなもんだ」
「ケンブリッジのお友達から、クリスマスの時に、遊びたい子供の幽霊が出たと言う話は、聞いた事がありますわ」
バンブーデンもトゥインも、イギリスの人間である。交互にそう言う2人に、ユラヴィカは「幽霊話もいけそうじゃのう」と答える。
「他には‥‥少し前に、凄く巨大なマンドラゴラを採りにいったな。一体どうすれば、あんなに大きく育つものかと思ったよ」
そこへ、ようやく元に戻ったルシフェルがそう言った。と、トゥイン嬢は、なるほどと言った顔になり、こう言い出す。
「あ、知ってますわ。この間のお話ですね。鯉さん達とは、仲良くなれまして?」
「うむ、ばっちりなのじゃ」
ユラヴィカがそう言って、その後の事を話してくれた。
「その前には禿をどうにかしてくれというものもあった。あれは‥‥ある意味伝説となったかもしれん」
思い出したくもない、と言った表情のルシフェル。何をやらかしたのかは、知るよしもないが、彼がそう言うなら、違う意味で伝説になってしまったのだろう。
「けど、上映ネタが勧善懲悪とか、伝わっているお伽話やら伝説とかは、ありきたりだから、客も見飽きていると思うんだよな〜。それだったら、オリジナルの話の方が、良くないか?」
「ふむ。演目係も、それに悩んでいた。確かに難しい所だな」
話をまとめるリュイスに、バンブーデンもそう言ってため息をつく。と、その様子に、彼はこう続ける。
「それに、同じ上映ネタだとあきると思うんだよな〜」
「だったら、戦闘主体の因縁悲劇物がいいんじゃないか。迫力ある戦闘で子供を、深いストーリーで大人を惹く。騎士やお姫様の勧善懲悪ものは、やり尽くされた感があるしな」
そこへ、アランが新たな話を提案した。
「後は、月ごとにテーマを決めてやる、俺も逆転‥‥良い人心情ばかりでもなく、敵の心情の方も描写のストーリが良いが、下手すると、どろどろした外道な演劇になりそうな気がしてならんのでな」
「別に構わないと思うぞ。登場する人物に明確な善悪をつけず、因縁に縛られた人の生き様を見せる‥‥という感じだ」
そこらへんは、演出の方法を工夫すれば、どうにかなりそうだと、アランはリュイスに言う。そして、『あくまで例だ』と前置きしながら、こう続けた。
「主人公と敵役には因縁があり、それを清算する為に戦い、ヒロインはそれを止めようとする‥‥とか。敵役がヒロインの元恋人だったりすると更に面白くなるかもしれん」
ニヤリと笑って、視線を送った先には、話を聞いていた議長の姿が。
「何故私を見る‥‥」
「いや、別に」
じと目でツッコミを入れてくる彼に、アランはイントネーションを微妙に変えながら、肩をすくめて見せる。
「あー、そういえば、この間の演目では、旦那様が、議長と同じ名前でしたねぇ」
何か、思う所のあるらしいディアッカ、彼に、慰霊祭の事をわざと言ってみた。
「あれは、演出が勝手に‥‥」
うろたえる議長。
「何を慌てているんです? もしかして、そう言う事が‥‥?」
「こらこら」
表情を引きつらせる彼に、ディアッカは貰い損ねたラーンス・ロットの金髪の返礼、と言わんばかりに、そう言ってみる。あの長さと色は、間違いなく議長のものだと踏んでの事だ。
「きゃあ、議長にもロマンスがあったのですね。どんなのですの?」
「実はですね‥‥」
思惑通り、反応してきたトゥインに、ディアッカはここぞとばかりに、ネタを吹き込んだ。そう、議長が主役のロマンスを、である。
「ディアッカ‥‥、でっち上げないでくれ。頼むから」
「ふふふ。浮名が多くても、困らないでしょう?」
そう言われては、返す言葉のない議長。商売柄、交流があるのに越した事はないのは、事実だから。
「まぁ、奴主役のロマンスも、上演リストに組み込んでみようか」
苦笑しながら、そう答えるリュイスに、「勘弁してくれ‥‥」と、頭を抱える彼。
「やってみるか? せっかくだから」
「アランさんは楽団ですけど、役者でも充分行けますしね」
しかも、あろう事か、アランまで悪乗りし、あんまり状況を理解していない和正が、その派手な顔立ちを、舞台向きだと指摘する。
「おいおい‥‥」
「そう言うな。時間があるんだし、楽しんで見るのも良いかもしれないんじゃないか?」
反対しようとする議長の肩を、ぽむと叩き、『諦めろ』と言わんばかりのルシフェル。
「ま、まぁ。やりたいと言うのを止める権利はないしな‥‥」
その姿に、議長はようやく、『茶会の余興』と割り切ってくれるのだった。
●ただいま売り込み中
そして。
急遽、舞台を借りて、演奏する事になった。お茶会を開いて、演目希望を聞こうと言う劇場なので、予定は開いている。その為、広い舞台をほぼ貸切で、演奏する事になった。
「楽団長〜。マジで、やるのか?」
「任せろ。こう言う話に合う歌を、一曲持ってきた。議長にも一度、聞いて欲しかったんでな」
あまり気の進まない様子のリュイスに、アランは自信たっぷりにそう言って、声の調子を整えている。やる気満々の団長に、彼は仕方なく愛用の竪琴を取り出し、メロディラインの確認と、高音パートの調整に入る。
「他の面々も連れてくればよかったな」
「皆、それぞれに忙しいしな。それに、ディアッカやユラヴィカも手伝ってくれると言うし、座興にはちょうど良いと思う」
広い舞台なのに、勿体無い事である。そうぼやくリュイスに、アランは、協力してくれる者がいないわけじゃないと、慰めた。
「まぁ、団長がそう言うなら‥‥」
気乗りはしないが、演奏は嫌いじゃない。渋々と行った調子で、弦の張り具合を確かめる。
「そうでなくとも、楽団のレベルを見極めていただければ、幸いだ。さ、気合入れて行くぞ、リュイス」
観客席には、議長がいる。スポンサーに気に入られる事は、楽団によっても重要な事だと、アランは説いた。
「本当は、こう言うのは、人数いた方が、迫力あるんだが‥‥ま、いいか」
気力の充実した彼の勢いに押されるようにして、リュイスは共に、舞台へと赴く。
メロディを奏でるディアッカとユラヴィカに合わせて、彼はまるで誘うような女声でコーラスを重ねる。その声に導かれるように、アランは中央に進み出て、低音のパートを緩やかに歌い上げ始めた‥‥。
舞台となるは、とある商家。メインの歌い手はこの屋の主で、ナイト。そこで、恋人を待ちわびると言うのが、今回のシチュエイションだ。
烈火の怒りと 永久の痛みを胸に秘め
消えぬ記憶に残された 罪の残火を消さんがため
余計な演出など入れない。ただ、暮れなずむ夕日にあわせるように、報われぬ想いを託すかのように、空へ、主なき貴賓席へ、歌い上げる。
「ん‥‥? あれは‥‥」
観客席で見ていたルシフェルが気付いて、そう言った。アランの低い声音に誘われるように、劇場に設えられた祭壇から、木の葉の服を纏った妖精が、ふわりと舞い降りてくる。
「綺麗な歌声ですから、ベルモットくんも聞きに来たんでしょう」
「観客が増えるのは、大歓迎だ」
ディアッカがこっそりと呟くと、リュイスもそう言って頷く。演奏する方も、自身の演奏を見てくれる者がいるのは、歓迎のようだった。
来よや 来よや 愛しの人よ
来ずば焦がれて死のうものを
アランの歌は、その命を捧げるほど恋焦がれている者に、切なさばかりが募る歌詞だ。その恋人の心情を示すかのように、ティイが周囲で、精霊の舞を踊る。
さぁ此処にきて
私に死を与えよ
想いを重ねるように、リュイスが女性パートを歌いながら、メロディを弾き語る。出番の終わったディアッカとユラヴィカは、祭壇の上で、人見知りする少年の様に、こっそりと鑑賞していたシェリー・キャンのベルモットへ、声をかけた。
「おいで」
誘うように、手を差し伸べれば、ベルモットは驚いた様な表情を浮かべていたが、意を決したように降りてくる。そして、ユラヴィカとディアッカの間へ座り、アランの美しい歌声に、目を閉じて耳を傾ける仕草を見せる。
「妖精にも、愛の歌を感じる心はあるんじゃな」
その様子に、ユラヴィカは感心したようにそう言った。
「そう言えば、ベルモットは、王国の事を知ってる?」
もしかしたら、何か関わりがあるのかもしれない。そう思ったディアッカは、テレパシーで、妖精王国のことを尋ねたが、ベルモットは首を横に振る。
「そうか、あそこには、もっと素敵な女王様がいるんだ。今度、話して上げるよ」
妖精は、1人じゃない。仲間がいると言う話に、ベルモットは目を輝かせた。
「ステキじゃない妖精もいるしのう。リリィベルめ。いつかきゅーきゅー言わせてやるのじゃ!」
反対側のユラヴィカは、悪い妖精代表格の存在に、新たな闘志を燃やしている様子。やたらムキになっているのは、同じサイズのライバルだからだろう。
衰微の両手に愛でられて
招きし定めは奇蹟か終焉か
アランの歌は、佳境に入っている。決して結ばれぬ定めの恋人達を歌うそれに、議長の表情が変わる。
「自ら滅びを望む恋人たちか‥‥」
それは、アランのそれが気に入らないわけではなく、その技量に裏打ちされて、歌い上げられた歌に、感銘を受けた様子だ。
「ま、たまにはこんな歌も良いだろう?」
切ない愛を語る歌。トゥインなんぞは、早くも頬を染め、うっとりと夢幻の世界へご招待されている。バンブーデンやハイランド、そして夫人も何か感じるところはあったらしい。その観客の反応は、鳴り止まぬ拍手を聞けば、一目瞭然だ。
「とりあえず、成功はしたようだな‥‥。楽団長、次はぶっつけ本番はなしにしてくれよ」
少々お疲れ気味のリュイスに、アランは満足げに「安心しろ。次は公演だ」と答えている。
「一番は見る客が楽しんでくれる事だ。立場や種族に関わりなく‥‥な」
プチ公演と化した劇場で、リュイスはメモを取っていた演出係に、そう呟いてみせるのだった。