【妖精王国】ゴグマゴクの丘へ!〜陽動編〜

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:7〜13lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月20日〜09月25日

リプレイ公開日:2005年09月30日

●オープニング

 グランタの墓所で、ギャリー・ジャックの死体が消えてしばらくした夜の事である。
「寒くなってきたか‥‥。少し窓閉めましょ」
 イギリスも9月中盤になると、だいぶ気温が下がってくる。ことに、夜ともなれば、なおさらだ。職員寮で、吹き込んだ風に、両肩を抱え込んだミス・パープル女史は、そう言うと、木戸を降ろしに行った。
「空が明るいわね‥‥。何か、嫌な事が起きなきゃ良いけれど‥‥」
 その外に広がる光景に、そう呟く彼女。窓の外に広がる夜空は、まるで何か儀式を行っている時の様に明るく、どこからともかく流れる音が、不吉な予感をさらに煽りたてていた。
「誰?」
 彼女が、その思いを抱えながら、生徒達が上げてきた、『暗躍するギャリー・ジャック関係者についての報告』と言う名のレポートを読んでいると、閉めた木戸に小石の当たる音。あけて見ると、一人のディナ・シーが、緊張した面持ちで膝をついていた。
「し、失礼いたしますっ。あ、あのっ、ミス・パープル様と仰る方の寝所は、こちらでございましょうか‥‥?」
 見れば、衣装こそ違うものの、いつだったか、ローズガーデンに現れた少年である。口調が違うのは、何か、用事を言い使ってきた為だろう。
「あら、ポピィくんだっけ? ディナ・シーの」
「よかったぁ。あってたぁ。あのっ。女王様から、重要な言伝を預かってきたんだ」
 その証拠に、パープル女史が名前を言い当てると、ほっとした様子で、口調を普段のそれに戻し、ぺたんと尻餅をついてしまう。
「女王って、妖精王国の?」
「うん。実はね‥‥」
 彼女が確かめる様にそう言うと、ポピィくんは、女王の所で起きた事件を話し始めた。それによると、こうである。
「隣人の方々は、ギャリー・ジャックを止められたのでしょうか‥‥」
 仮住まいの館で、遥か遠い場所にある墓を思い起こしながら、女王が不安げにそう言った。
「女王様、少しお休みになったほうが‥‥」
「いいえ。方々が戦っておられるのに、私一人、休んでいるわけには参りません」
 既に、月は中空を回っている。事件が起こったのは、かなり遅い時間に、ポピィがそう促した直後の事。
「あれ? 何か、聞こえる‥‥?」
 遠くから響くベルの音。何らかの呪詛を繰り返す様な声。そして‥‥まだ夜明けには早いと言うのに明るくなる空。
「女王様っ!?」
 その瞬間、女王が倒れてしまっていた。慌てて助け起こすと、ただでさえ白い顔面が蒼ざめていて、小刻みに震えている。
「あれは‥‥ベルの音‥‥と、呪文の声‥‥。ゴグマゴクの丘‥‥」
「そんなっ! じゃあ!」
 墓に言った人達はどうなったんだろう‥‥。途中までは無事だったけど‥‥と、不安の伝染するポピィくん。と、女王は身を起こし、こう頼んだ。
「ポピィ、急ぎ学園に使者に立って下さい。人の子らに、この事を知らせねば‥‥。大変な事に‥‥!!」
 そして、ベルの音、呪詛の声、空の明るさの意味を、彼に伝える。
 それは、ジャックがゴグマゴクの丘で行っている儀式。ジャックが儀式を終えれば、それらが動き出してしまうかもしれない。その前に、ジャックを祭壇から引き剥がさなければならないそうだ。偵察に行ったディナ・シー騎士の話では、すでに、岩から震えたりうめき声をあげたりするものが現れているとの事。もし、蘇れば、彼らが妖精王国ばかりではなく、ケンブリッジまで襲うは、充分に考えられる事だ。
「わかりました! 行って来ます!」
 それが、一大事だと認識したポピィくんは、急いでパープル女史の下にはせ参じるのだった。
「‥‥と言うわけなんだ」
 事情を聞いた彼女、上着を羽織り、報告書を手に、頷いてみせる。
「そう。わかったわ。女王陛下に伝えなさい。依頼、確かに承りました‥‥とね」
「はいっ!」
 嬉しそうに答えるポピィくん。女史が、生徒会長がいる女子寮へ向かったのは、それから程なくしての事である。

 そして。
「あたしが集めてきた情報によるとね」
 妖精女王、曰く。
 ゴグマゴク達が封じられた、『ゴグマゴクの丘』の中央部には、大小の石を組み合わせて作られた祭壇がある。これまでは、ただの丈夫なモニュメントだったのだが、妖精達の話では、ジャックは、強力な手下に守られながら、ここで儀式を行っているそうだ。そして、丘の周囲には、結界が張られている。まずはこれを突破し、祭壇から引き剥がさねばならないそうだ。
「墓に行った報告書は、上がっているわ。ベルを奪われた事もね」
 報告書を指先でつつくパープル女史。確かにそれには、倒した筈のジャックが、女の声と同時に消えてしまった事が記されている。
「と言う事は、やはりギャリー・ジャックは生きて‥‥」
「ええ。そして、手に入れたベルを使って、いよいよゴグマゴク達を蘇らせようとしている‥‥」
 ベルの音は、その音。そして、呪詛の声は、蘇らせる為の呪文。伝承によれば、ゴグマゴクの丘に立つ岩は、ジャックの同族達が封印された姿だと言う。もし、彼が儀式を完成させれば、その矛先が、妖精王国に向かうは必定だ。
「なるほど。それは早急に手を打たなければなりませんね」
「おまけに、良く分からないけど、奴は不死身らしいし。そうそう。祭壇の破壊の方は、別ルートで魔法学園の生徒に頼んであるわ」
 パープル女史のセリフに、「わかりました」と頷くユリア嬢。祭壇自体の事は、考えなくても良さそうだ。もっとも、連絡はしておくべきかもしれないが。
「それで、この間に、作戦が上手く行くよう、戦力をひきつける連中が必要なんだけど‥‥。ゴグマゴクの丘には、結界が張られてるし、奴は回りを配下でがっちがちに固めて、儀式を行っているはず。正面から挑むには、手が足りないわ。それに、私は学校を留守にするわけにはいかないし。だからあんた達は、その間に、ギャリー・ジャックを止めてきなさい」
 高飛車気味にそう言うパープル女史だったが、その直後、真摯な表情になって、こう告げる。
「これはもはや、王国だけの問題や、うちのクラスがテスト出来ないだけじゃない。妖精王国の事件が解決しないと、今年のハロウィン祭が中止になる可能性がある。心してかかりなさい」
「わかりました。そういう事なら、早速人を集めてきます」
 頷くユリア嬢。

『ギャリージャック討伐部隊急募! ゴグマゴクの丘へ向かう勇者募集!!』

 こうして、ギルドの壁には、ギャリー・ジャックを倒す為の依頼が、張り出されるのだった。

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3827 ウォル・レヴィン(19歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4665 レジーナ・オーウェン(29歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea8870 マカール・レオーノフ(27歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

●耳栓必須
 ゴグマゴクの丘へ向かう生徒と冒険者達は、準備に追われていた。とは言っても、丘へ向かう道中に必要な保存食と飲み物、そして、ギャリー・ジャックを倒せそうな武器を用意するだけなのだが。
「メシと耳栓は、ちゃんと持ったな? 忘れると、操られちまうぜ」
 そう言うキット・ファゼータ(ea2307)。そうそう。忘れてはいけない物が1つ。ジャックの操る妖精王の笛の音を聞かない為の耳栓である。これがないと、思わぬピンチを招いてしまうかもしれないから。
「大丈夫です‥‥」
 頷く大宗院透(ea0050)。本日も、相変わらず可愛らしい西洋風衣装に身を包んでおいでである。
「でも、これ使ったら、相手の声も聞こえませんね」
 困ったようにマカール・レオーノフ(ea8870)がそう言った。水で塗らしたそれを、試しに耳へ突っ込んでみたが、相当な大声でないと、相手の声がわからない。
「安心しろ。俺もそう思って、ハンドサインってのを調べてきたんだ」
 と、そんな彼に、キットがそう言った。どこで聞いてきたのかは知らないが、作戦に必要な動作とその意味を、皆に教えている。
「結構、大変だな‥‥」
 レインフォルス・フォルナード(ea7641)が、動きと意味を頭に叩き込みながら、そう言った。ギャリー・ジャックと戦う為に、わざわざキャメロットから強行移動して来たのだ。役立たずに終わるわけにはいかない。
「大丈夫じゃ。もし、覚えきれておらなんだら、わしがどうにかするのじゃ」
 そんなレインに、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)がそう言った。そして、その証拠に、『了解』とか『心得た』とか言う意味の、胸にグーを当てる仕草をしてみせる。それに、親指を上向きにして答える彼。
「それに、ベルを渡してしまったのは、わしらの失敗じゃから、放置したままでは、寝覚めが悪いのじゃ」
「ああ。墓から昔の巨人が蘇ってくる‥‥。それは、妖精王国やケンブリの問題じゃない。それに、困っている人を助けるのは、騎士の務めだしな!」
 ユラヴィカの言葉に、そう答えるウォル・レヴィン(ea3827)。
「大魔術師グランタの意志を継ぐ誓い、妖精王国‥‥ひいては、ケンブリッジの平和の為にも、果たす時です!」
 高らかに宣言するソフィア・ファーリーフ(ea3972)。
「いざ参りましょう。ゴグマゴクの丘へ!」
 妖精王国だけではなく、ケンブリッジ‥‥いや、イギリスの危機を見過ごすわけにはいかないと考えたレジーナ・オーウェン(ea4665)が、高々とシルバースピアを掲げるのだった。

●結界を越えて
 2日後。
 一行は、ゴグマゴクの丘を取り囲む結界があると言う、森へやってきていた。
「このあたりに、ほころびがあるとの話ですが‥‥。こうも同じ光景では、場所がわかりませんね‥‥。敵でもいれば、移動経路でも予測して、ついていけるのですが‥‥」
 しかし、透が見る限り、その光景はどこでも同じ様に見える。結界のけの字も分からないような状況だ。と、それを聞いたマカール、こうきり出す。
「先生の話では、結界と言うのは、目に見えるものではなく、いつの間にか同じ所を回ってしまう、迷いの森の魔法みたいなものだそうです」
 出発前に、パープル女史を通じて妖精女王に尋ねた所、結界は目に見える形や、見えない壁のようなものではなく、彼の説明する通り、地の精霊魔法にあるようなものだそうだ。
「分かりやすい形はないのですか?」
「そこまでは‥‥。魔法、得意じゃありませんので‥‥」
 透の問いに、首を横に振るマカール。得意だったら、ブラックホーリー以外の魔法だって覚えている。だが、実際は魔法より棒状武器の方が得意な事は、分かっていること。
「じゃあ、得意な人が一肌脱ぎましょうか。森は私には馴染み深い場所。森の知恵をお借りして、古い住人さんに、聞いてみますね」
 その話を聞いて、同じ地の精霊魔法使いであるソフィアが、グリーンワードを唱えた。森の木々と会話するその魔法で、彼女は端的な答えしか言わない古い住人達から、根気良く話を聞き出す。
「どうでした?」
「要約すると、霧に囲まれた時、人は同じ所をぐるぐると回ってしまうそうです」
 その結果、結界と言うのは、霧のようなもので、人や妖精は、その中をぐるぐると彷徨い、いつの間にか外へ向かって行くとの事だ。確かに、透明な水に色を付けて分かりやすくするのは、良くある話。
「霧ですか‥‥難しいっすね」
「スクロールはないしな」
 キットのセリフに、がさごそと荷物の中を探りながら、そう答えるウォル。他の面々も、首を横に降る。と、そんな彼らに、透がこう言った。
「煙では、代用できませんか‥‥?」
「そうか‥‥。あれも、白くて漂う物ですね」
 以前の依頼を思い出し、そう答えるマカール。確か、それで罠を潜り抜けた経験がある。そう思った一行は、近くから木の枝を集め、ユラヴィカのサンレーザーで火をつけて、辺り一帯に、煙を充満させた。
 その煙は、まるで霧のようにあたりに漂い、結界を浮かび上がらせる。いや、正確には、結界の‥‥流れを。
「アレですね‥‥綻びは」
 その一画にある『穴』。そこだけぽっかりと、森の向こう側が垣間見える。見極めた透の案内で、一行は迷いの森を抜け、ゴグマゴクの丘へと入ったのだが。
「うわ。そこかしこに妖精が‥‥」
「ウィル・オ・ザ・ウィスプに‥‥あの赤い帽子のは、パープル先生を襲ったレッドキャップですね‥‥」
 人型にも見える岩のあちこちに、まるで儀式の祭壇をパトロールするかのように、チームを組んだ妖精達が見える。その中には、以前からグランタのベルに関わってきた妖精の姿もある。
「数は‥‥50〜60と言ったところですか。会った事のない妖精もいるようですが‥‥」
「ふむ。しかし、全部を相手にする必要は無いんじゃないかの。他の生徒も結界を抜けたようじゃし」
 透がそう言うと、魔法で、丘の周囲を確かめていたユラヴィカが、そう指摘する。彼のテレスコープには、祭壇に向かおうとする生徒達の姿が、はっきりと映っていた。
「気を付けて下さい。月魔法を使う者や、接近戦に強い者もいますから」
 と、ソフィアが耳栓を詰め込みながら、見回っている妖精達の特徴を伝えている。例えば‥‥ウィル・オ・ザ・ウィスプは雷を纏っていて、金属の武器ではダメージを被ってしまう‥‥とか。
「なぁ、あの岩‥‥なんだか動いてないか?」
 彼女の『忠告』を受けながら、キットが目の前の岩をそう評した。良く見れば、岩はまるで流れてくる呪の音に、脈動しているようにも思える。
「おそらく、封印が解けかけているのでしょう。儀式が完成すれば、ここらへんの岩が、全て敵になりますよ‥‥」
 伝説を信じるなら‥‥と言う前提ですが、と透は言ったが、周囲に響くうめき声は、それが真実である事を、物が立っている。
「げっ。マジかよ‥‥。そいつは、蘇る前に叩かないと!」
 顔を青ざめさせるウォル。と、そこへ別の班からテレパシーを受け取ったらしいユラヴィカが、こう言った。
「奇襲班から連絡が来たのじゃ。全員、巨木の洞門に入ったそうじゃ」
「と言う事は、もう少ししたら、現れますね。その間に、連中を祭壇から引き剥がしておかないと‥‥」
 行動を確認しようと、その姿を探す透だったが、まだ祭壇の後ろ、抜け道の出口あたりに潜んでいるのだろう。まったく影も形も無い。
「連絡は、わしがやるのじゃ。透殿は、皆の力になって欲しいのじゃ」
「分かりました‥‥」
 ユラヴィカにそう言われ、頷く透。連絡は、彼に任せておいて問題はなさそうだ。その分、自分は彼が見てきた事を、他の面々に伝える役に徹する。
「ギャリー・ジャックは中々動きそうにないですね‥‥」
 大将がいるのは、丘の奥。引っ張り出すのは苦労しそうだ。
「一度、敵陣に切りこんだ後、交戦しつつ移動すればいい事だ。どうせなら、派手にやろうぜ」
 ユラヴィカの物見を伝えた透に、キットはそう答え、笛の音を防ぐ為、水でぬらした布切れを、耳へと突っ込む。
 それを見て、ソフィアが、白御幣+1を手に、レジストライトニングを唱えた。これで、多少はウィル・オ・ザ・ウィスプの攻撃に、多少は抵抗できる筈だ。
 一方、レジーナは、愛馬のウォーホースへとまたがり、障害物の動き難さをカバーしようと言う心積もりのようだ。
「前回の失敗は、ここで取り戻さねばなりません‥‥。何としても、奇襲組がベルと笛の奪還を達成できる様にせねば‥‥。学園と王国に、近寄らせるわけにもいきませんしね」
 マカールも、同じ様に耳栓を詰め込み、月桂樹の木剣をすらりと抜く。
 こうして、一行は言葉の交わされない戦場へと、なだれ込むのであった。

●引きつけろ!
 透が、その技能を使って、まるで大勢の人間が攻め込んできているかのような、掛け声を上げる。と、気付いた妖精達は、いっせいに彼らへと襲ってきた。
「ふん。歓迎にしては愛想がないな」
 無言で遅いかかってくる妖精達に、キットが毒づいた。もっとも、皆耳栓をしているので、自分にしか聞こえないのではあるが。
 その彼が、親指を下にして敵を示し、人差し指と中指で自分の目を指す。顔の横の拳を下げて、交戦の開始を告げた。
「当たりはしません‥‥!」
 既に、透は動いている。伊達に忍者稼業をしていない彼、持ち前の身の軽さを使って、妖精達の一撃を、まるで舞姫が如く避けていた。
「私の出る幕がないな‥‥」
 ウォルにオーラパワーをかけてもらったレインフォルスが、ヒット&アウェイを繰り返す透の盾になるべく、前へと進み出たものの、彼の身の軽さに、舌を巻いている。
「とにかく時間を稼がないと‥‥」
 それでも、何もしないよりはマシである。そう思った彼は、装備していたロングソードを抜き、一番手前にいた妖精へ、切り込んで行った。
「カムシン!」
 気付けば、キットが愛鷹をまるで鷹匠の様に使役しようとしている。
「わわっ」
 だが、驚いたカムシンは、彼の言う事を聞かず、安全と思しき森の方へ逃げてしまった。
「ちっ。まだ訓練が足りないか‥‥。うわっ」
 そこへ、隙が出来たと思った妖精が、襲いかかる。持ち前の素早さで、避けたもの、皆から孤立しかけてしまう。
「ほらほら、こっちだ!」
 しかし、レインフォレスが横合いからフェイントアタックをかけ、その注意を自分へとひきつける。間に、ハンドサインで、方向を示し、脱出を促す彼。
「無茶をしないで下さい。大丈夫ですか?」
「このくらい、平気だっつーの」
 マカールの所へ戻ってきたキット、そう言ってのける。身体は小さいが、技術は決して大人に劣ってはいないと。
「さすがに、中々出てきませんね‥‥」
「儀式に集中しているのか、はたまた私達に興味が無いか‥‥そんな所でしょうね」
 一方では、透と背中合わせになるような位置を取りながら、レジーナが冷静に状況を分析している。と、彼女は、徐々に近付いている祭壇を見据え、こう言った。
「いつでも儀式を潰しに行けると言うポーズを見せておかないと、祭壇の守りを固められてしまうやも知れませんね‥‥」
 何しろ、これだけの騒ぎだ。警戒される恐れは、充分にある。防御を固められて、奇襲が失敗しては、元も子もなかった。
「仕掛けます。順番は‥‥それとそれが先です」
 音の無い世界で、彼らはそれを、方向性を示す手の動きと、自身を示すサイン、そして、攻撃する順番で、示してゆく。
 と、その時だった。
「誰かと思ったら、あの時の奴だぎゃ。生まれ変わったわしの力、みせてやるだぎゃ」
 聞き覚えのある声と共に、冒険者達の前に現れたのは、今まで何度も、姿を見せてきたレッドキャップ。
「雑魚ばかりではないと言う事ですね」
「口調が変わっていますわ。何かありますわね‥‥」
 緊張の色を隠さないまま、マカールにそう答えるレジーナ。確かに、レッドキャップの顔色は、やや青ざめていて、どうみても生者のそれではない。濁った目を見れば、誰かに強化されたのは、一目瞭然だ。
「ちょうど良いじゃないか。雑魚ばっかりでつまんなかった所だ」
 だが、キットもウォルも、やる気は満々だ。それは、相手も同じだったようで、ひと回り大きくなった斧‥‥以前の様に錆びついては折らず、ぎらぎらと凶暴な輝きを見せている‥‥を振り下ろす。
「食らうだぎゃ!」
「うわっ」
 どんっと重々しい音がして、マカールの足元に転がっていた丸太が、ぶった切られる。
「すごいパワーですわね‥‥」
「これは‥‥。先生が苦戦したのも、わかりますね‥‥」
 レジーナとマカールが、顔を引きつらせている。ボスクラスと言うに相応しいそれに、冒険者達に戦慄が走った。
「何を踊っているだぎゃ。それとも、わしの力に驚いているだぎゃか?」
「そう言う事にしておきましょうか!」
 無論、会話の殆どは、ハンドサインで行っている。その為、レッドキャップには踊っている様に見えたらしい。だが、サインの意味を気取られては、せっかく決めた意味がないと言うもの。
「やっぱり、木剣では、パワーが足りないかな」
「へへっ。痛くも痒くもないだぎゃ」
 月桂樹の木剣は、確かに魔力と威力を増したものではあるが、殺傷力はそう高くない。耐久力の上がったレッドキャップには、あまり効き目はなさそうだった。
「俺達の目的は、張り付いているあいつを、引き剥がす事だ」
 キットがハンドサインで、レッドキャップを指差し、森の方向へと指し示しながら、そう言った。手を顔の前で横に振ったのを見ると、『倒すのは考えるな』と言う意味のようだ。
「わかってますよ。そんな事!」
 マカールはそう言って、わざとレッドキャップに姿を見せ、正面から打ちかかる。
「ぎゃぎゃっ? 何をしようとしているだぎゃ!」
「鬼ごっこです‥‥よ!」
 マカールが、軽く一撃を与えた後、挑発するかのように、背中を見せる。
「おにょれっ。おにょれっ! こうなったら!」
 しかし、レッドキャップは、『手のなる方へ』と幻惑するかのごとき動きに、脳味噌がついていけなかったらしい。動きの鈍いソフィアの方が、ターゲットにされてしまう。
「いやぁんっ」
「させませんよ!」
 悲鳴を上げる彼女とレッドキャップの間に割り込むマカール。この為の前衛。この為に、神より授かりし騎士の役目。
「た、助かりました」
「ソフィアさんは下がっていてください」
 礼を言うソフィアを、岩の陰に隠れさせる彼。そんな彼女に、マカールは、相手と魔法を意味するサインを送りながら、こう言った。
「あのレッドキャップ、かなりパワーがありそうです。あれをどうにかすれば、他の妖精達も引き寄せられるでしょう」
「わかりました。私は援護に徹しさせていただきますわ」
 頷くソフィア。言葉は聞こえていないだろうが、続いて入った詠唱の光景に、マカールは頷いてくれる。
「ぎゃははっ! 逃げ回っているだけだぎゃか!? 人間も大した事ないだぎゃ!」
 そのまま、撹乱するように殴っては走りだすのを繰り返す彼。後ろに下がったり、また違う方向に向いたりするその姿に、レッドキャップはバカにしたように笑う。
 だが。
「果たして、そうですかね」
 それこそが、彼の思う壺。ニヤリと笑う彼に、レッドキャップが「ぎゃぎゃ!?」と、意味不明の声を上げた刹那だった。
「ここからは、帰しませんよ」
 レジーナのセリフに、はっと振り返るレッドキャップ。この時点でようやく、かなり戦場が祭壇から離れている事に気付く。
「おのれおのれっ。小癪な人間どもめっ。湧け! ウィスプ達!」
 地団太踏んで悔しがるレッドキャップ。彼が斧を振り回すと、四方八方から、光る玉が現れる。
「ちっ、新手か‥‥」
 名前は、ウィル・オ・ザ・ウィスプ。ばちばちと雷を纏ったその邪妖精は、何らかの強化がされているのだろう。報告書にあったそれよりも、大分光が強いように見えた。
「金属持ってると感電しますよ。奴は、俺が切っておきます。キットさんは、他のをお願いしますね」
 唯一、非金属の武器を持つマカール、率先してその大きな光の珠へと攻撃してみせる。
「ちっ。しょうがねぇな!」
 その間、キットはウィスプ達と直接対峙する事は避け、他の邪妖精へと攻撃を仕掛けていた。まるで、敵の戦列を引っ掻き回す様に。
「どうした! こっちだぜ?」
「前に出すぎです! もう少し右へ!」
 今回の作戦は、奇襲組に気付かれないようにする事が目的。あまり突っ込んではいけないと思ったマカールは、そう言って、挑発しているキットを手前に引き寄せた。しかし、彼が気をとられている間に2方から攻撃され、二の腕に鮮血が走ってしまう。
「るっせぇ! んなヒマがあったら、早く回復しろ!」
「こんなのかすり傷です。まだ行けますから!」
 キットにそう返すマカール。伊達に、人より優れたポテンシャルの高さを誇ってはいない。確かに、彼の技量からすれば、かすり傷だろう。
「よし、今のうちですわ」
 ソフィアが、そう言ってこっそりと戦場を離脱し始めた。
「どこへ行くのです?」
 首を傾げるレジーナに、彼女はこう答える。
「祭壇です。今の内にベルを盗み出してしまえば、奇襲組の仕事が、やりやすくなりますから」
「あまり時間無いぞ。奇襲班は、すぐ近くまで来ているそうじゃ。それに、敵も増えておる」
 連絡を受け取ったユラヴィカがそう言った。と、彼女たちの護衛についていたウォルがこう提案する。
「いや、考え方としては、それもありだ。俺達の行動が見破られたら、意味が無くなる。奇襲の為の奇襲って奴だ」
「なるほどの」
 それはそれで名案かもしれない。そう思ったユラヴィカは、隙をついて祭壇へ近づけるルートを探す。程なくして見付かったそれを、レジーナへと伝える彼。
「心得ました。では、派手に行きますか」
 頷いて、愛馬を回頭させるレジーナ。
「わしは上から、どこに敵がいるのか見ておくのじゃ。見る事と踊る事なら任せるのじゃ!」
 その間に、上空へと上がり、ユラヴィカは奇襲班と連絡を取りながら、合図を送る。
「右!」「次は左じゃ!」
 声は無い。けれど、踊る様に戦場を駆け抜ける彼の姿は、神話に出てくる伝令の精霊が如く。
「今の内に」
「はい!」
 その間に、ソフィア、ウォル、透の3人は、ギャリー・ジャックの待つ祭壇へと向かうのだった。

●祭壇にて
 ユラヴィカの指示により、祭壇の方へと回りこんだ3人は、他の5人が護衛の妖精達をひきつけているだけあって、さほど労する事もなく、祭壇へと近付いていた。
「見つけた! ギャリー・ジャック!」
「‥‥」
 ソフィアがそう叫ぶが、ジャックは関心が無いかのように、答えない。
「何か、様子が変‥‥?」
「おそらく、アンデッドになっているせいでしょう。あの時、確実に倒したのに‥‥」
 よく見れば、ジャックの身体はぼんやりと光っている。心なしか、青ざめた姿に、既に一度手を合わせている透とソフィアは、背筋に冷たいものが走るのを、止められずにいた。
「どうする? 気を引くのは難しそうだぜ」
「仕掛けてしまえばよろしかろう。うっとおしさを堪えてまで、儀式に集中していられるとは、思えんのじゃ」
 ウォルのセリフに、ユラヴィカかがそう言った。飛び回る蝿を、叩き落としたくなる心理と同じ様に、と言うわけである。
「OK。それじゃ、指示よろしくな!」
 頷いた彼は、そう言うと持っていた小太刀に、オーラパワーを付与する。威力を上げるそれは、アンデッドに対して、ワンランク上の効果を発揮する筈だ。
「オーラショット!」
 挨拶代わりに、牽制を打ち込むウォル。振り向いたそこに、ソフィアがグラビティーキャノンを打ち込んでいた。
「おのれ‥‥冒険者‥‥どもめ‥‥」
 攻撃と後退を繰り返すウォルに、儀式の手を止め、振り返るギャリー・ジャック。その瞳は‥‥赤い。
「なんだか効いていない気がするんだが」
「いえ。ダメージは入っている筈です! ほらほら、こっちですよ!」
 岩の陰に隠れながら、オーラショットを打ち込むウォルの目の前で、ソフィアがプラントコントロールで、足元をすくわせる。そこへ、ユラヴィカがサンレーザーで狙撃をかけ、微塵隠れで移動した透が、その卓越した隠密技能で、ジャックが持っていた笛を、スリ取っていた。
「ぬぅっ! 笛が!?」
「この程度で、盗まれるとは、大した事ありませんね!」
 そのまま、手裏剣をひらめかせつつ、挑発するように逃亡する透。
「おのれ‥‥! 我が笛を‥‥、返せ‥‥!」
 狙い通り、雑魚では取り返せないと思ったのだろう。誘い出されるギャリー・ジャック。
「嫌ですよ! 欲しかったら、追いかけてきなさいな!」
「この‥‥!」
 しかし、流石に動きの遅いジャックでは、中々追いつけない。次第に、祭壇から離れて行く彼。
「アグラベイション!」
 その瞬間、ソフィアが魔法をかけた。重くなる体に、ジャックの動きが遅くなる。
「か、体がっ?」
「ギャリー・ジャックよ! 我が槍の一撃を食らうが良い!!」
 そこへ、レジーナが馬に乗ったまま、シルバースピアでその腕へと一撃を食らわせる。しかし、あまり威力はない。
「ふ、はははは! 効かぬ! その程度など、効かぬぞぉ!」
 血を流すことさえせず、高く笑うジャック。
「ちっ。まだなのか‥‥」
 焦るウォル。事前に張ったダークの結界は、あまり役には立っていない。そもそも、地面に差し込まなければ効果が無い為、移動しながらの陽動には不向きのようだった。
「来た‥‥!」
 その時だ。ユラヴィカの頭の中に、奇襲班からの合図が届いたのは。
「何っ!? 奇襲だと!」
 うろたえるギャリー・ジャック。注意がそれたその間に、透は笛をさっさとしまいこんでしまう。
「よし、全軍総攻撃! 生かして返すな!」
 命を下すレジーナ。彼女の操る軍馬は、しっかりとした調教を受けているだけあって、彼女の思いに答え、威嚇するように妖精達に体当たりを食らわしている。
「わぁぁっ!!!」
 残った妖精達を、冒険者達が蹴散らしたのは、それからまもなくの事であった。

●ジャックの背後
 数時間後。
「何とか終わりましたね」
 ようやく、掃除の終わったマカールが、森で休みながらそう言った。
「後は、奇襲班の方々が、上手くやってくれればいいんですが‥‥」
「信じましょう。神様は、頑張った方の味方ですから」
 レジーナのセリフに、彼は持っていた十字架に触れてみせる。神聖騎士らしい言い方に、うなずく彼女。
「よう、どうなった、陽動作戦!」
「ああ、大丈夫。上手く行ったぜ‥‥って、誰!?」
 同じく休憩していたウォルに、後ろから明るい声と雰囲気で言う透。思わず振り返るものの、そこにそんな明るい声の持ち主は、どこにもいない。
「アレ」
「えぇぇぇ!?」
 キットが透を指差してご注進。その180度変化っぷりに、驚くウォル。
「いつもの事ですから、気にしないで下さいね」
「そ、そうか‥‥。知らない間に、色んな奴が入学してるんだな‥‥」
 ソフィアの解説に、後ろ頭から冷や汗を流す彼。当の透は、そ知らぬ顔だ。
「それにしても‥‥。妖精王国襲撃と、オクスフォード侯の乱のタイミング‥‥女性の声‥‥。私の杞憂なのかしらね」
「どんな奴が何を企んでるか知らないが、俺は叩き潰すだけさ。じゃ、次はハロウィンで会おうな!」
 彼女の危惧に、ウォルは明るく背中を叩いて約束してみせる。
「だと‥‥良いのですけれど‥‥」
 しかし、それでもソフィアは、不安感を拭いきれはしなかったのだった。