●リプレイ本文
●学園内にて
さて、ゴグマゴクの丘に向かった面々が、ギャリー・ジャックと対峙している頃、ケンブリッジでは。
「ここがケンブリッジか‥‥」
フリーウィル校舎に姿を見せるアルカーシャ・ファラン(ea9337)。目深に被ったローブ、露出する肌は顔のみと言う格好ではあったが、依頼で来た事を告げると、大人しくパープル女史のクラスへ案内してくれた。
「ようレディ。久しぶりだな‥‥」
「ここしばらく姿見せないと思ってたら‥‥どこ行ってたのよ」
そこでは、ここの所なりを潜めていた東雲辰巳(ea8110)が、いつもの通りそっぽを向いたパープル女史に、軽く毒づかれている。
「いや、ちょっと仕事が忙しくて‥‥」
「まぁいいわ。借りは後で返してもらうから。今はそれどころじゃないし」
顔を引きつらせる彼に、彼女は『不問にしておいて上げる』と言わんばかりに、話題を変えてしまった。
「それで、先生。この辺の地下って、どうなってるんですか?」
「地図は‥‥今授業で使っている分しかないけど、こんな感じよ。赤い所は通行止め。黒いバツ印は、以前は繋がってたけど、崩れて通れなくなっている所ね」
セラが尋ねると、彼女はそう言って、持ってきた羊皮紙を広げる。そこには、『フリーウィル地下訓練所概略図』と書いてあり、訓練所周辺の抜け穴の事が書いてあった。
「何か、大変な事になっているようだな‥‥。噂を聞いて、手伝いに来たんだが」
そんな、彼女と旧知の者達の姿を見ていたアルカーシャ、フードを被ったまま、パープル女史に声をかける。
「ああ、そう。今は手が足りない時だから、助かるわ。とりあえず、話はだいたいわかってるのね?」
「ヘイドリックとか言う奴が、襲撃してくると言う話だった気がするが‥‥」
彼女の問いに、アルカーシャはそう答えた。と、パープル女史は「ご名答」と頷いてくれる。
「ああ、こちらに居ましたか。友人の代理で参加しにきたんですが」
そこへ、もう1人現れた御仁。ワケギ・ハルハラ(ea9957)。彼は、怪訝そうな表情を見せる女史に、こう告げる。
「えぇと、なんでも、キャメロットの聖人探索に赴いているとの事で、こちらに来れないそうなんですよ」
そう言って、彼は生徒番号を告げる。
「まぁ、向こうも向こうで大変って聞いてるから、お役目頑張ってとでも言っといて頂戴」
「はい。伝えておきます」
聖人探索が大変な事は、彼女も伝え聞いているらしい。励ましの言葉を受けて、ワケギは続けてこう問うた。
「それで、地下迷宮の事は、ヘイドリック達にも知られているんですか?」
「学園に在籍している生徒なら、ある程度は分かっているんじゃないかしら。他所からの申請だって、来ないわけでもないし」
そう答えるパープル女史。フォレストオブローズの生徒は、スパイ養成クラスと違い、正々堂々とした戦い方を仕込まれるものだが、人によっては、『訓練の為に使いたい』と申し込まれる場合もあるとの事。
「だが、完全に把握していると言うわけでもあるまい。ふむ‥‥この図だと、閉鎖して水か毒煙でも注入したら一発だな‥‥」
エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が、相変わらず仏頂面のまま、怖い事を言い出す。
「そう言うのは、向こうも考えてると思うわよ。頭は回るみたいだから」
おまけにパープル女史、なんとか対処出来ると思っているのか、止めようとしない。
「大変。じゃあ学園内に残ってる人達に、地下道に下りる場所付近に、近付かないように警告しておかないと」
挙句にセラフィマ・レオーノフ(eb2554)、すっかり『ヘイドリック達をおびき寄せて、何か流し込む』と思ったらしく、そう言って外へと出て行く。その後を、山本修一郎(eb1293)が「俺も行きますよ。1人じゃ大変だし」と、手伝いに行った。
「手分けして、周知はしてきてくれ。その間に、色々と装備を整えておく」
まぁ、水攻め煙攻めは、学生の手前、自粛せざるを得ないとしても、関係ない生徒達を巻き込むわけにはいかない。そう思ったエルンストは、残りの生徒+関係者に、そう指示を出すのだった。
●迎撃準備
さて、皆が生徒に色々と警告している間、東雲とパープル女史、ワケギは、ヘイドリック達を引っ掛ける為の罠を作成していた。
「よし。設置はこんなもんでいいな」
桶に入れた物体を流し込んだ東雲がそう言った。罠とは言え、転がっているのは、生徒達でもわかるような微妙に発見しやすい水溜りのようなものである、小麦粉で作った糊が混ぜてあり、見た目にはジェルが潜んでいるように見える。他にも、わざわざ解除したり、通過したりするよりも、スルーした方が無難な罠が、あちこちに設置してある。
「壁はこれくらい強化しておけば大丈夫ですね。えぇと、スコップは‥‥」
そんな中、パープル女史の指示で、アイスコフィンを使って、バリケードの強化をしていたワケギが、持ち込んだスコップを探す。
「悪ぃ、借りてた」
と、東雲が土のついたそれを返してきた。見れば、彼の足元には、とても深い穴が掘られている。しかも、1つだけではない。まるで、モグラが開けた穴の様に、複数のものが、彼の戦場工作の腕によって、巧妙に設置されていた。
「これだけ深ければ、簡単には上がってこれないだろ」
「少なくとも、片腕では無理ね」
はしごで上がってきた東雲に、右手を差し出しながら、パープル女史がそう言った。確かに、人の背丈ほどあるそれは、登るには中々にやっかいな深さだ。
「では、ここはこのくらいで良いですね。あと先生、手持ちのスクロールで、役に立ちそうなものあります? 数が多いんで、絞り込みたいんですけど」
そう申し出るワケギ。だが、パープル女史は、荷物の中に詰め込まれたスクロールを見て、こう言った。
「そうねぇ。あたしよりエルンストの方が詳しいんじゃないかしら。あたしには、どれも役に立ちそうに見えるわよ」
「呪文と頭は使いようと言うわけですか。わかりました、ちょっと聞いてきます」
アドバイスに従い、ワケギはスクロールのリストを持って、地上へと戻る。その彼はと言うと、生徒を集めて、色々と指示を飛ばしていた。本来、ケンブリッジ在住の考古学者でしかないわけだが、パープル女史が罠設置の指示に回っている為、その代理と言う形である。
「お義姉さま、救出以来お元気でしたか? あ、これ魔よけだそうです。お兄様から」
その中に、ランスの姿もあった。それを見たセラは、持っていた品を、彼へと渡す。
「良いんですか? これ‥‥」
「どうぞどうぞ。指輪は間に合わなかったとの事ですから」
丁寧に梱包されたそれは、なんだかとても高価そうだ。だが、セラは不必要ににこやかな表情で、彼にそれを押し付けている。きっと、頭の中では、文芸部長に相応しい煩悩が絵になっている事だろう。
「ありがとうございます。お兄様に、よろしくとお伝え下さい」
申し訳なさそうな表情をしながらも、それを受け取るランスくん。深々と丁寧に礼をする姿は、花嫁修業をしているだけはある。
「はい、承りましたわ。あ、こんにちわ、アルヴィン君」
そこへ、やっぱりエルンストの手伝いをしていたアルヴィンが通りかかり、彼女の目に止まる。声をかけられ、軽く会釈をする彼に、セラはつつつつつつっと近付き、こう囁いた。
「で、そ、その後先生との進展状況は!?」
「しししし進展って。特に何もありませんよぅ。その‥‥時々本を読ませに行かせてもらっているだけで‥‥」
思いっきりうろたえるアルヴィン。ただ、憧れの先生と一緒にいるだけなのだが、それがちょっと照れくさい模様。
「こら、人の生徒に何をやってるか」
そこへ、話題のエルンスト先生、軽くセラちゃんの後頭部をはたく。
「痛いー。良いじゃありませんかぁ、部活の参考にしようとしただけなのに〜」
「後にしろ」
ぴしゃりとそう言って、彼は生徒達への指示作業を進めた。学生同士に、クラスごとに分かれて、印を付け、常に名前と所属を確認するよう、注意を促す、と言うものである。行動する時は、出来るだけ複数で、としめくくると、生徒達は、それぞれ仲の良い者と、帰る算段を始めたわけだが。
「先生、どうしよう‥‥。やっぱり僕、嫌われてるのかな‥‥」
ハーフエルフのアルヴィン、編入学と言う事もあってか、一緒に行動する者がいない様子。悲しそうにそう言う彼に、エルンストは相変わらずの表情ながら、こう言ってくれた。
「いや、それなら俺の手伝いをしてくれればいい。ヘイドリックや、市場で見かけた連中の顔は、覚えているな?」
「はい‥‥!」
ぱっと嬉しそうに表情の明るくなるアルヴィン。セラが後ろで『やっぱり』と、確信めいた表情になっている。
「よし、ならそれを人相書きにして、皆に配ってくれ。描くのはセラ、お前だ。普段部活でやってる程度の絵で充分だからな」
「わかりましたっ。そういう事なら、喜んでっ!」
その要請に、彼女は目を輝かせて、ペンを握る。
「しかし、ヘイドリックと言ったか‥‥。以前にも何度かちょっかいを出してきたらしいが‥‥。確か学園を首になったと聞く。いったい何をやったんだろうな」
出来上がった似顔絵を、しげしげと見たアルカーシャがそう疑問を口にする。目付きの悪い吟遊詩人風の青年だが、それだけなら、ケンブリッジには腐るほど居そうだ。
「知らん。だが、アルヴィンに余計な事を吹き込んでる所を見ると、騎士に相応しくない性格である事は、間違いないだろう」
「なるほど。学園を追い出されたのも、ろくな事をやらなかったからだろうと言う事ですね」
要は、退学になるほど、捻じ曲がった根性の持ち主だと言う事。
「だが、聞きたい事は山ほどある。生け捕りにはしたいものだ」
全ては、本人に確かめれば良い事。エルンストはそう言って、似顔絵を生徒達に覚えさせるのだった。
●そこで罠
数時間後。
「これでOK。ガラクタ積み上げての応急処置ですが、まぁ大丈夫でしょう。助かりました、ワケギさん」
出来上がったバリケードと言う名の迷路を前に、セラがワケギに感謝の意を表していた。
「いや、これも仕事だからな」
気にしなくて良い‥‥と言った風情の彼。その目の前には、地下の空気にあわせるように、がちがちに固められたガラクタがある。
「いいですか。こっちは閉鎖してあります。間違えないようにして下さいね」
その強度を確かめたセラが、班分けを済ました生徒達にそう注意している。手には、そのバリケードが記された地図があった。その殆どは、東雲が立案・作成したものだ。流石にこの辺りは戦場工作のプロとして、手馴れているらしい。
「見張りは忘れるなよ。何かあったら、テレパシーの魔法で、俺かパープルに連絡をすること。絶対に1人で動くな。いいな!」
で、そのエルンスト、クレバスセンサーで、塞ぎ残しをチェックしながら、生徒達に念を押している。各自、1人はテレパシーが使えるものを配置してはある。と、そのセリフに付け加えるように、パープル女史が「見張りは2人で行ってね。必ずよ」と続けていた。
「さて、生徒達が追い立ててる間、こっちも待ち伏せをするか‥‥」
その指示が終わり、生徒達が出発した後、そう呟く彼。念入りにチェックはしたが、まだ確認されていない出入り口があるかもしれない。可能な限り取りこぼしがないようにと、移動を開始する一行。
「道の選択肢を少なくすれば、おのずからこちらが残した道に入っていかざるを得ませんから」
「追っ手をやりすごし、罠を回避したと思った所で、本命の罠に誘い込む。慢心が油断を生むと言うわけだな」
セラの言葉にそう答える東雲。彼女も、中々の策士だと思ったようだ。と、その時だった。
「何か、変化があったようだな」
ブレスセンサーで、地下の動きを確かめていたエルンストが、そう言った。彼の感覚が、本来無い場所を、人間大の大きさを持った者が通過している事を、訴えている。
「罠を避けてウォールホールを使ったようですね。確か、この辺りに‥‥」
同じ魔法を使えるアルカーシャが、そう言った。そして、荷物の中から、ストーンウォールのスクロールを取り出し、ヘイドリック達が向かった通路の先で、それを使う。
「よし。これでしばらく逃げ道は無くなるな。こっちの小さいのが、生徒達だから‥‥。ふむ、奴らは反対側に出たようだな」
再びブレスセンサーで、動きを確かめるエルンスト。道を失ったヘイドリック達は、来た道を戻り、生徒達に追い立てられるように、別の通路へ進んだようだ。
「出口は一緒にしてある。先へ進もうと思うんだが」
しかし、途中は分かれていても、仕掛けられた罠を回避すれば、同じ出口に出るように、通路は迷宮化してある。生徒達には地図を渡してあるので、先回りを主張する東雲。
「ヘイドリック達は、まだ道半ばだ。ちょうど、この壁の向こう辺りにいるな」
エックスレイビジョンを使っていたワケギが、位置を報告してくれる。そこでは、彼らが大騒ぎしながら、落ちてきた壷の中身に、ベタベタにされている所だった。
「引っかかったな」
「アレの中身は、半年前の油です。臭いもきつくて、よく滑りますわよ☆」
設置したのはセラらしい。いや、工作の設定をしたのは東雲なのだが、彼女は中身に色々と気を使った模様。他にも、ワケギの目には、足元に邪魔くさく置かれた壷や水差しを、おっかなびっくり避けているヘイドリック達の姿が映っていた。
「ふむ。あれがヘイドリック達ですね」
インフラビジョンで、暗闇を覗き見ていたワケギは、そう言った。油の臭いと、フリーウィルの生徒が通らないルートを通ってきた『生徒』。後ろに、やはり目付きの悪い取り巻きと思しき『生徒』が大勢いる所を見ると、間違いないだろう。「おそらく」と頷いたセラ、周囲に響く声で、こう言った。
「この辺りにはいませんねぇ。ちょっと待ち伏せてみましょうか」
壁に反響して、結構遠くまで聞こえるくらいの声である。止めようとするワケギに、彼女は人差し指を立ててみせた。
「しっ。私にちょっと考えがあるんです。えぇと‥‥ランタンがこの辺りに‥‥」
「こっちだ」
暗闇で良く分からないセラに、自分が持ってきた照明器具を差し出すアルカーシャ。
「ありがとうございます。えと、これとこれを‥‥こうして‥‥」
それを、セラは人が隠れられるほどの遮蔽物の後ろに、人間がうずくまっている食らいの箱に布を被せて、置いておく。
「まだこっちには来ないようだな。レディ、偽装は頼む」
「魔法はあたしに言うより、そこの大量スクロール持ちに言ってよ」
その間に、東雲は第2の罠を作成する。本当はパープルと協力して、何か仕掛けるつもりのようだったが、流石に彼女とて万能ではない。魔法があまり得意ではなさそうな女史に代わって、手数の多いアルカーシャが偽装を手伝っていた。
「来た」
近寄ってきた人影に、姿を潜める一行。
「ふん。隠れてるのがバレバレだぜ」
中の1人が、セラが設置したダミーに、忍び足で近付く。充分に引き寄せ、ギリギリまで近付いて、彼らの持つランタンが、彼女の隠れている場所まで、届かなくなった時だった。
「そこは、囮‥‥。本命は、こっち‥‥!」
暗闇から、姿を見せるセラ。持っていたレイピアで、攻めかかかる。
「なにっ! 待ち伏せか!」
一瞬、反応の遅れるヘイドリック。そこへ、彼女の一撃が命中したのだが。
「あ、あれ‥‥?」
膂力の小さいセラ、威力を増すCOを持っているわけではないので、ヘイドリックに、かすり傷程度しか与えられていない。
「嬢ちゃん、まだまだ温いなぁ」
まったく平然とした表情で、そう言うヘイドリック。取り巻きの連中も、舌なめずり。セラの苦しむ姿が見たいと、顔に書いてある。
「うそ‥‥。逃げない‥‥?」
得意げだった表情が消える。騎士訓練校を退学になったのも、その辺りが理由だろう。
「ちっ。仕方がないな。レディ、骨は拾ってくれよ!」
中々引っかかりそうに無いヘイドリック達の姿に、業を煮やした東雲が、隠れ場所から出て行ってしまう。
「可愛がってやろうぜぇ!」
それはまさに、ヘイドリックがナイフを突きたてようとした刹那だった。だが、駆け込んだ東雲のソニックブームが、彼へと命中する。
「その手を離してもらおうか」
流石に、日本刀の威力をぶつけられては、かすり傷と言うわけにいかなかったヘイドリック、傷を押さえながら、舌を打つ。
「ふん。たった3人で何が出来る」
「色々。例えば‥‥こんな感じね」
それでもなお、強気の態度を崩さないヘイドリックに、パープル女史は、指を鳴らした。と、隠れていたワケギが、ムーンアローを放つ。
「うわっ!」
威力は大した事は無いが、暗闇の地下では、月の光は充分に目立つ。それこそが、ワケギの目的だった。
「増援かよ‥‥」
合図されたそれに、次々と集まってくる。
「冗談じゃねぇ、ここまで来て捕まるかよ!」
「意地でもとっ捕まえないといかんのでな! 悪いが落ちてもらうぜ!」
そう言って、くるりと踵を返すヘイドリックの背に、東雲がもう一度ソニックブームを放つ。
「逃がしはしませんよ!」
ケガで動きの鈍った彼に、アルカーシャがストーンウォールのスクロールを使った。現れた1m四方の壁が、またもヘイドリックの行く手を阻む。
「倒れろ!」
その上で、今度は壁をヘイドリック側へと倒すアルカーシャ。ところが。
「ふん。俺だって魔法使いに遅れを取るほど、弱かねーんだよ!」
意外と、身体能力は低くないらしい。そう言って、倒れ込む壁から逃れるヘイドリック。罠を潜り抜けた彼は、その足で、ワケギに一撃を食らわせていた。
「痛い‥‥。不安的中‥‥」
「なんて事。美形度を攻撃優先順にするなんて‥‥。本物ですわね」
身の危険を案じていた彼、その予想が的中してしまった模様。一方のセラは、魔法を食らわせたアルカーシャより、年少のワケギを選んだ事に、別の意味で油断のならない奴と言う認識をした模様。
「油断のならない奴なのは、分かりきっていた話です。前衛を無視するとは、いい度胸ですね」
アルカーシャを庇うように、前へと進み出る修一郎。
「どいつもこいつも! いっぺんに出てきやがれっての」
「そう言うわけにはいきませんでしたのでね。接近戦なら、お相手しますよ。手加減無用でね!」
既に、オーラパワーは唱え終わっている。相手がどれほどの力を持っているかは知らないが、彼の膂力なら、一撃で中傷を与える事も可能だろう。
「行きますよ!」
修一郎がそう言って、打ちかかろうとしたその時だった。
「そこまでだ」
一味の1人が、見せ付けるように引っ張ってきたもの。それは‥‥アルヴィンだった。
「人質ですか‥‥」
日本刀を握り締めたまま、止まってしまう修一郎。
「武器を捨てな。別嬪さんを血で染めたくなけりゃあな」
形勢逆転とばかり、そう言うヘイドリック。首根っこを押さえられたアルヴィンは、申し訳なさそうに「ご、ごめんなさい。先生とはぐれて‥‥」と謝っている。どうやら、うっかりエルンストとはぐれてしまった所を、捕らえられてしまったのだろう。
「なんて月並み‥‥いや、卑怯なっ」
「だーから、学校追い出されんのよ」
東雲の感想に、呆れた調子で答えるパープル女史。そのあまり危機感を感じていない調子に、ヘイドリックが怒鳴りつける。
「なんだと! てめぇはこいつがどうなっても良いってのかよ!」
彼が、ぐいっとアルヴィンの首根っこを引き寄せたその時だった。
「どうにかなるのは貴様だ。馬鹿者」
すぐ後ろで、低く怒りを押さえた声がした。
「何!? うわっ」
振り返った彼に、エルンストのウインドスラッシュが炸裂する。ツッコミにしては痛すぎる魔法に、ヘイドリックは、思わずアルヴィンを離していた。よっぽど怖かったのだろう。エルンストへ抱きつくように駆け寄るアルヴィン。
「だから離れるなと言っただろうが」
「はい。ごめんなさい〜」
軽くお説教する彼に、平謝りのアルヴィンくん。そんな彼を、慰めるように撫でると、エルンストは、彼をパープルに預け、こう言った。
「謝るのは後だ。パープル、アルヴィンを頼むぞ」
「はいはーい。そう言うわけで、後顧の憂いはなくなったわ。遠慮なくやっちゃいなさい」
庇うように後ろへとおいやったパープル女史、ライトハルバードの切っ先で、『GO!』と命を下す。
「OK、レディ」
「キャメロットから来た分、働きますよ」
東雲と、そして修一郎が、ヘイドリックへと襲いかかった。特に修一郎は、この為にわざわざ強行移動してきたのだ。役立たずで終わっては悲しすぎる。
「な、何をする!」
「おしおきです! 大人しくやられて下さいね!」
既に、エルンストのウインドスラッシュで体力を削られたヘイドリック、ナイフを振るう間もなく、修一郎によって、強制的に穴に落とされてしまっている。
「よし、ようやく全員落ちたな」
一番深い穴に落ちた彼。見れば、他の取り巻き達も、東雲の手によって穴に落とされたまま、身動きが取れなくなっていた。
「とりあえず油でも注いで、蓋しとけ」
「しばらく反省してて下さいね!」
彼の指示で、穴に残りの油を注ぎ込んで、蓋してしまうセラ。どうやら彼女、大事な観察対象を傷つけられて、頭に来ているらしい。
教訓:因果応報。
●尋問、その目的
そして、数時間後。
「ようやくお目覚めのようだな。大人しくしていてもらおうか」」
目を覚ましたヘイドリックに浴びせかけられる、エルンストの冷たい声。
「じょ、冗談じゃねぇ‥‥あだっ!」
逃げ出そうとしたヘイドリックに、エルンストはそう言いながら、顔面に足蹴りを食らわせる。よほど痛かったらしく、顔を押さえたまま悶絶する彼。
「何も顔を蹴らなくたって‥‥」
「人の生徒にちょっかいを出した罰だ」
不機嫌さが増しているのは、大事な生徒を傷つけられそうになったせいらしい。
「それで、貴方は誰の下で働いていたんです? まさか、1人で計画したわけじゃないでしょう」
「背後関係を洗いざらい喋ってもらうか。何を狙ってきた? まさか、アルヴィンを襲う為とか言うわけじゃないだろう」
エルンストとアルカーシャが、交互にそう尋ねると、ヘイドリックは観念したのか、事情を話し始めた。と言っても、とある人から妖精王の石板を見つけ出し、内容を写し取った後、破壊するように命じられた事、ケンブリッジでの活動資金は全てとある人に用立ててもらった事くらいしか、わからないのだったが。
ところが。
「その先の尋問は、私がやるわ」
そこへ、姿を見せたのは‥‥パープル女史。
「しかしレディ‥‥」
東雲が、何か言いかけるが、彼女に睨まれ、部屋から叩きだされてしまう。
「何かおかしい‥‥気がする。いつものレディらしくなかった‥‥」
その直後、東雲はエルンストにそう言った。すれ違った時に微かな違和感を感じたと。その矢先、響き渡る悲鳴。慌てて扉を跳ね上げれば、そこにあったのは、不気味な血溜り。もちろん、ヘイドリックの姿も、パープル女史の姿さえ、そこにはない。後で聞くと、やはり女史は行った覚えがなかったそうだ。
「こう言う事か‥‥。本当に、油断もへったくれもないな‥‥」
煙の様に消えてしまった2人に、エルンストは悔しげにそう呟くのだった。