【探求の獣探索】黒よりの奪還・1
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■ショートシナリオ
担当:姫野里美
対応レベル:7〜13lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月27日〜12月02日
リプレイ公開日:2005年12月04日
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●オープニング
「神の国アヴァロンか‥‥」
宮廷図書館長エリファス・ウッドマンより、先の聖人探索の報告を受けたアーサー・ペンドラゴンは、自室で一人ごちた。
『聖人』が今に伝える聖杯伝承によると、神の国とは『アヴァロン』の事を指していた。
アヴァロン、それはケルト神話に登場する、イギリスの遙か西、海の彼方にあるといわれている神の国だ。『聖杯』によって見出される神の国への道とは、アヴァロンへ至る道だと推測された。
「‥‥トリスタン・トリストラム、ただいま戻りました」
そこへ円卓の騎士の一人、トリスタンがやって来る。彼は『聖壁』に描かれていた、聖杯の在処を知るという蛇の頭部、豹の胴体、ライオンの尻尾、鹿の足を持つ獣『クエスティングビースト』が封じられている場所を調査してきたのだ。
その身体には戦いの痕が色濃く残っていた。
「‥‥イブスウィッチに遺跡がありました‥‥ただ」
ただ、遺跡は『聖杯騎士』と名乗る者達が護っていた。聖杯騎士達はトリスタンに手傷を負わせる程の実力の持ち主のようだ。
「かつてのイギリスの王ペリノアは、アヴァロンを目指してクエスティングビーストを追い続けたといわれている。そして今度は私達が、聖杯の在処を知るというクエスティングビーストを追うというのか‥‥まさに『探求の獣』だな」
だが、先の聖人探索では、デビルが聖人に成り代わろうとしていたり、聖壁の破壊を目論んでいた報告があった。デビルか、それともその背後にいる者もこの事に気付いているかもしれない。
そして、アーサー王より、新たな聖杯探索の号令が発せられるのだった。
トリスタンの名で、遺跡探索の命を受けた議長は、積み重なった問題事項に、頭を抱えていた。彼が向かったのは、街から少し離れた、小さな教会だ。
「お呼びたてして申し訳ない。実は‥‥是非、お会いしていただきたい子がいるのです」
出てきたのは、いつぞやの日誌を管理していた司祭。彼は、軽く会釈をすると、そう言って、議長を奥へと案内する。そこには、傷を手当てされた、1人の少年が横たわっていた。
「‥‥聖教会の近くで保護しました。首筋に、牙の跡があります。ギルドの報告書と照らし合わせたのですが‥‥アシュフォードの騎士の1人かと」
彼なりに、調べて置いてくれたらしい。聖教会へのアプローチをかけたのが、ここに来て功を奏したようだ。と、そう言った刹那、少年が目を覚ます。
「心配しなくていい。私達はキミの味方だ。何が起きたか、話してくれないかな?」」
聖職者らしく、微笑みかける司祭。同じ様な表情を浮かべる議長に、少年は、何か思い悩んでいた様子だったが、やがて、意を決したように、口を開く。
「あの‥‥領主様を助けてください! あの方は、悪い御方ではありません!」
その必死な様子に、顔を見合わせる2人に、少年は事情を言い募る。何でも、彼らは交代で、領主に血を捧げていたものの、隷属的な行為を強いられる事はななかったらしい。
「レオンの星読みと違うな‥‥。どうやら、かすんでいたのは、あの男の生い立ちには、何か裏があると言う事か‥‥」
そう話す議長。だが、頷ける部分はある。あの統率された動きは、ただ魅了されていたわけではなく、心から忠誠を誓ってこそ、できうるものだから。
「私も気になって、お預かりしていた先代の日記を読みなおしてみたのですが、この間頂いた肖像画‥‥。あれに映っていた少年の容姿と、日記に出てくる少年の姿が、一致しているのです‥‥」
議長にそう報告してくる司祭。と、少年‥‥ユキトと名乗った彼は、ベッドの上からこう申し出る。
「あの、その肖像画‥‥見せてください」
彼の申し出に頷き、彼は「これです」と、預かった肖像画を見せる。少年と、そして良く似た少女が描かれたそれを見て、ユキトは同じ肖像画を、屋敷で見たと証言してくれた。それは即ち、肖像画に描かれた人物‥‥即ち領主が、以前、前任の司祭に拾われた少年だ言う事。
「少年‥‥いや、ユキトくんだったかな。キミの領主様は、必ずキミ達の元に返そう。約束するよ」
繋がった糸に、彼はユキトに言った。「ありがとう」と、素直に礼を言う少年。呪縛のない時の彼は、ごく普通の性格をしているようだ。
「よろしいのですか?」
「操られていると分かっている者を、みすみす見殺しにはできんしな。奴の陰謀とすれば、なおさらだ」
鶴之助が問うと、議長はそう言った。罪はあるだろう。だが、それが黒の御前の陰謀だとすれば、話は別だ。
「行き先は、先だって見付かったと言う遺跡の辺りだろう。トリスタン殿からの書状にもあったしな。鶴之助、御苦労だがキャメロットのギルドへ連絡を入れて欲しい。黒の御前に心を捕らわれた、哀れな元領主を救ってくれ‥‥とな」
その議長の申し出に、鶴之助は「わかりました」と頷き、冒険者達の要請を申し出るのだった‥‥。
そして、彼らの矛先となっている‥‥黒の御前は。
「これが‥‥例の獣に繋がるものですか‥‥? 確かに背中の紋章と同じですが。まぁ、キラキラして綺麗ですけどねぇ」
クリスタル状の物質を眺め、そう感想を口にしている。その何か彫刻めいた姿に、御前は傍らにいたヴァレンタインに問うた。
「‥‥」
だが、彼は応えない。その瞳には、意思の光が宿っていなかった。
「と言っても、反応はありませんか。まぁ良いでしょう。どうせ、これをエイレン殿にお届けするまでの命ですからね」
楽しそうな、御前。
「さぁ参りましょうか。我が意に染まり、聖杯を、闇の杯に変える為に‥‥」
彼が向かったのは、遺跡から戻る際に使う、地下洞窟だ。と、その時、ヴァレンタインがほんの少しだけ、こう呟く。
「ルクレツィア‥‥」
「まだ、妹の影を求めますか。ふふふ‥‥」
黒き者に捕らわれた貴公子の明日は、未だ見えなかった。
●リプレイ本文
●印章消し
キャメロットを出発した一行は、黒の御前達が向かったと言う遺跡へ、向かっていた。
「さてと。今回は、元領主の奪還か? しかも、天然洞窟か‥・・。急いだほうが良さそうだな‥・・」
馬車の中で、そう繰り返すリュイス・クラウディオス(ea8765)。領主が殺されでもしたら、寝覚めも悪い。答えるかはともかく、気に入られているのは確かなのだから。
「名前は‥・・確か、ヴァレンタイン・マーキスと言ったな。相当色々な事をやっているらしいが、黒の御前と言う者に操られていたのか?」
「その可能性が大きい‥・・と言う事さ。あの少年の話を信じるなら‥‥だが」
叶朔夜(ea6769)の問いに、頷くリュイス。と、彼はこう続けてくる。
「教会で保護された少年は、ずいぶんと心酔しているような話だったな」
「身内は可愛がるタイプと言うのは、どこにでもいるさ。気にいられてたんだろ、たぶん」
ヴァレンタインも、その類だったのだろう。それならば、アシュフォードの街で、それほど騒ぎになっていなかったのも、そのせいなのかもしれない。と、リュイスは言う。
「そうは思えないのですが‥・・」
だがそれには、常葉一花(ea1123)が異を唱えた。懐疑的な表情を浮かべる彼に、彼女は調べて来た事を告げる。
「これでダメージがなければ、受けたのはバンパイアの印じゃない‥・・」
話は、彼女ではなく、フローラ・タナー(ea1060)の事から始まった。自身に刻み付けられた『御前の印』。その正体を探るべく、彼女は、晒したその肌に、ピュアリファイをかける。もし自身がバンパイアになっていたのなら、魔法をかけた瞬間、何らかの反応があるはずである。
「やっぱり‥・・」
だが、印はうんともすんとも言わなかった。そこへ議長が現れ、こう言ってくれる。
「そうか‥・・。バンパイア化していないなら、少し安心は出来たな」
「いいえ。私には心苦しい事ばかりですわ。邪悪と思える相手との対決に及んで、我が身を縛られ、あまつさえ、仲間に刃を向けることがあり得るという可能性に耐えられませんもの」
彼のほっとしたような表情に、首を横に振るフローラ。見てたんですか。と言うセリフは、この際抜きだ。
「フローラのせいじゃない。あれは不可抗力だ」
「わが身の未熟さが招いた事ですわ。しかし、ピュアリファイでダメとなると、後はリムーヴカース‥‥」
気遣ってくれる議長にも、彼女は悔しげにそう言った。そして、施術の結果を踏まえ、もう1つの可能性を示唆してみせる。
「‥‥あの司祭に頼んでみるか」
それを聞いた議長、そう呟く。聖教会の目が光っている確率は高い。しかし、彼もまた、それなりに力を持つ司祭だ。大聖堂の高位司祭に引けを取らない可能性はある。そう判断したフローラは、彼と共に、ユキト少年が保護されていると言う教会へと向かった。
「どうやら、一花も同じ事を考えていたようだな」
その玄関先にいたのは、一花。彼女もまた、『印持ち』の女性である。おそらく、同じ事を考えたのだろう。
「すみません。力及ばずで‥‥」
「いいえ。手段は分かりましたし」
しかし、どうやら失敗に終わってしまったようだ。と、そこへ議長が、フローラを示しながら、こう申し出る。
「失礼するよ。立て続けで悪いんだが、この子も診てやってくれないかな」
「よろしくお願いします」
頭を垂れ、そう告げる彼女。と、司祭は中へと案内してくれる。差し出した礼金は受け取ってはくれなかったが、聖書は他の信者の為にと言う事で、皆が見れる書棚へ収めてくれた。
「‥‥やはり、カースなのでしょうか」
リムーヴカースをかけ終わった司祭が、首を横に振る。ただ、その反応から、司祭はその詳細を教えてくれた。どうやら、印の正体は確かにカースではあるのだが、人が使うものとは別種である事、そして、何らかの解除条件が設定されている事、そして、一花に施された印と、フローラに施された物は、その解除条件が違うらしい事を。逆に言えば、その解除条件さえわかれば、司祭も呪いを解く事が可能らしい。
「手を打たねばならんな‥‥。そのままにはしておけんし」
残念そうなフローラに、議長はそう言ってくれた。
「後考えられる情報源は‥‥聖教会、かな」
明らかに怪しいと分かっているけれど。向かわないわけには、行かないから。
その結果、手に入れてきたのは、聖教会もまた、今回の聖杯騒動に、強い関心を寄せているそうだ。遺跡が、聖人に関わっていると言う事や、聖杯に繋がるらしいと言われている事で、教会としてもそれを手に入れたいと考えているらしい。御前や、領主の妹、そしてエレインとの関わりは、判別しなかったが、少なくともそのうち2人‥‥御前とエレインが、遺跡へ向かったらしい事は、その情報収集からも裏づけが取れたとの事。何故、教会がその情報を押さえているのかは、分からなかったが。
「その教会情報では、遺跡の事はわからなかったのか? いや、潮の満ち引きで、内部に海水が入る事が有るかな‥‥と思ってな」
「ああ、そう言う事ですか。ええ、確かに、場所によってはそう言う所もあるようです」
朔夜の疑問に、彼女は頷いて、聞いた話をまとめた羊皮紙を見せる。それには、簡単な地図と、注釈が記されていた。地図を見ると、確かに斜線で記された箇所がある。
「相手は、水の中でも平気なアンデッドだしな‥‥、気をつけたほうがいいかもしれん‥‥。今回の目的は、あくまでも領主奪還。なるべく余計な戦闘は、避けたほうが良いとは思う‥‥」
そんな彼に、リュイスはそう主張する。と、テレパシーでもう一組との連絡をとっていたディアッカ・ディアボロス(ea5597)が、こう報告する。
「領主は、やっぱり御前と共に、遺跡へ向かっているようです。もし、洞窟を通れば、鉢合わせする可能性が高いですね。それに、他にも数グループが、遺跡‥‥と言うか、探求の獣に繋がるアイテムを求めて、動いているようです」
どうやら、一花が調べて来た事に、裏づけが取れた形になったようだ。
「それでも、行かなければなるまい。我が力、未だ未熟なりといえど‥‥この戦いの行く末に重なり合う、ひとつの波紋となれるのであれば」
ゼタル・マグスレード(ea1798)の言葉に、一行は力強く頷いて、黒よりの奪還へ動き出すのだった。
●遺跡へ繋がる道
洞窟では、セレナ・ザーン(ea9951)の発案で、次のような隊列が組まれた。
まず冒険者達を三つのグループに分ける。そして、前から順番に、こう並べ替えた。
最初のグループが、ディアッカ、イフェリア・アイランズ(ea2890)、一花、朔夜、セレナ。主に斥候と前衛。
真ん中のグループが、ゼタル、ルーティ・フィルファニア(ea0340)、リュイスの魔道師組。
後方からの襲撃に備えるのが、フローラとレインフォルス・フォルナード(ea7641)。初手の攻撃は防げる面々だ。
「不自然な所は‥‥ないのかしら」
中央部分で、ランタンをかざし、周囲を見回すルーティ。遠物見として優れた彼女の視力は、奥の方まで良く照らしてはくれたが、どこがどう違うのか、罠に対する知識のない彼女には、さっぱりわからない。
「ルーティ様、罠の感知は、我らのグループで行いますわ。ルーティ様は、いざと言う時の為に、魔力を温存しておいてくださいな」
「わかりました。まぁ、知識がないから、わからないですしね」
セレナにそう言われ、ルーティは明かりの役目に専念する事にする。
「お前も余計な所は触るな。何が出てくるかわからないんだからな」
一花の首根っこを掴んで引き戻し、朔夜が釘を刺す。隠密技能の高い彼、彼女がそう言う類の技能を持ち合わせていない事を、見抜いていた。
「まぁ、人工的な罠が仕掛けられているとは思っていないが‥‥」
鍵がかかっているだとか、解除が必要だとか、そう言った類のものではない様子なのは、周囲の状況からも見て取れる。と、そう呟く朔夜に、ゼタルがこう言った。
「ここ、崩れやすくなっているようだ。そう言う事じゃないのか?」
彼が突付いた足元は、ぼろぼろと小石を落として行く。崖下へ落ちて行くそれからは、反響が返って来ない。彼の見立てでは、あちこちに精霊文字の道標らしき物がある事から、自然に出来上がった洞窟を、過去、誰かが改造したらしかった。
「空気の流れが読めれば良いんだが‥‥」
相当深いな‥‥と認識したゼタルは、そう言うとブレスセンサーを唱える。呼吸する者がいれば、だいたいの位置が特定できる筈である。
「あっちだな」
それによる方向を見出したゼタルは、通路の奥を指差した。反応からすると、何人かがいる計算である。それを、反対勢力だと判断した彼は、それにぶつからないようなルートを選択したようだ。
「ここを下ればいいようですわね。満ち潮で埋まるタイプのようです」
一花が、手元の羊皮紙を片手にそう言った。それによると、今は通れるが、もうしばらくすると、水没してしまうらしい。それまでに戻ってきたほうが良いと、彼女は忠告してくれる。
「罠は‥‥仕掛けられてませんか?」
「ああ。大丈夫のようだ」
念の為、調べている朔夜に、フローラが問うと、彼はそう言って頷いてみせる。
「ちょっと待ってください。誰かが通ったようです」
そこへ、パーストをかけていたディアッカが警告する。彼の魔法によると、つい数分前に、ここを鎧をつけた騎士が通って行ったらしい。
「騎士さんねぇ。ほな。ちょっくら偵察やな〜」
「怪我したら、すぐに戻って来て下さいね」
偵察役を買って出たイフェリアが、すっ飛んで行くのを見て、フローラがそう言ってくれる。
「今のうちに、準備をしておきましょう」
「そうですね。もしかしたら、役に立つかもしれませんし」
その間に彼女は、一花と共に、ダークを地面へと突き立てた。祈りを捧げたそれは、直径15mほどの結界を構築する。
「聖杯騎士か‥‥。円卓の騎士が手傷を追った話もあるしな‥‥。やりあう自体に陥るのは、出来れば遠慮したいものだが」
「わわわっ。いきなりなにすんねん!」
彼女が戻ってきたのは、朔夜がそう言った直後だった。
「ふん。どうやらここにも、獣を狙う奴がいるようだな」
通路の遺跡側から現れた者。腰に短剣をさし、軽そうな胸当て兼鎧に身をつけ、弓を構えた、激昂のような蜂蜜色の髪を持つ、若い騎士だ。
「もしや、あなたがヴァレンタインの妹、ルクレツィア‥‥?」
教会で聞いた話から、妹がその名前で、さらに同じ髪の色を持っていると知った一花が、そう問いかける。
「誰が女だ! 俺の名はカルディス。探求の獣を守りし者の1人。この先に進もうと言うのなら、相手になってくれる!」
そのセリフに、彼‥‥カルディスはそう叫ぶと、再び弓を構える。確かに女顔ではあったが、体つきから判断するに、まだ叙勲前の少年と言ったところだろう。
「待ってください! 私達は聖域を侵そうというのではありません!」
「ならば、その重装備はなんと説明する? おおかた、兄上を相手取っている冒険者どもの1人だろうが!」
それを止めようとするセレナ。彼が勘違いしているのは、自身が身に付けている装備ゆえらしい。弓を突きつけられたままの彼女は、臆する事なく、こう訴える。
「確かにそうですけど‥‥。ですが、目的が違うのです」
「まだ言うか」
弓が引き絞られる。それでもセレナは、落ち着いた調子で続けた。
「わたくし達の目的は、聖杯でも探求の獣でもなく、ヴァレンタイン・マーキス卿という人物の救出ですわ」
「何‥‥?」
攻撃の手が、ほんの少し緩んだ。根は悪くない少年だなとわかった彼女は、事情を話す。
「その、『印』によって彼を捕らえ、支配している黒の御前一派こそ、探求の獣を集め、聖杯を邪悪な事に利用としているのではありませんか? 私達とあなたが戦う理由はないと存じます」
「だからと言って、ただで通すわけにはいかん! 行くぞっ!」
そう言うと、彼は弓矢から短剣へと持ち替え、セレナへと踊りかかった。それを見たルーティ、援護射撃とばかりに、グラビティーキャノンを放つ。
「く‥‥。魔法の援護なんぞ、卑怯だぞぉ!」
あっさりと引っかかるカルディスに、ルーティは拍子抜けした表情となる。ダメージには抵抗されている所を見ると、流石と言ったところだったが。
「ならば、未熟ながら、騎士としてお相手いたします!」
やはり、悪い子ではない。そう知ったセレナ、ワイナーズ・ティールを抜いて、彼へと斬りかかる。それを、短剣で受け止めた彼は、にやりと笑ってこう問うた。
「‥‥良い腕だな。名前は?」
「セレナ・ザーンと申しますわ」
彼女が名を名乗ると、カルディスは短剣にかけていた力を抜いて、後ろへと飛び退る。距離を置いた彼が、次にしたのは。
「良いだろう。貴様の腕、信用に足りるもののようだしな」
そう言って、武器を収めた事だった。
「こちらに、ギルドの依頼書の写しがございます。ご確認下さい」
そこへ、ルーティがギルドから写してもらった依頼書を差し出した。正式な手続きを踏んでの物である。それを読んだカルディス、信用はしてくれたらしい。
「わかった。だが、俺もついて行かせて貰う。その御前とやら、探求の獣を狙っているのなら、捨て置けんしな」
それでも、使命感は残っているのだろう。セレナの問いに、彼はそう申し出るのだった。
●求めるものは獣
カルディスの案内で、通路を抜けた冒険者一行は、遺跡の内部へと入り込んでいた。
「広いな‥‥まるで城のようだ」
「ここは、元々ペリノア王の領地だったからなー。今来てる冒険者どもが全員入れる位の広さはある」
周囲を見回して、罠がないかどうかチェックをしていた朔夜に、彼はそう答える。確かに、100人規模の騎士達が生活出来そうなスペースはあった。
「エレイン達はどこにいるのかしら‥‥」
「さぁな。俺だって、感知できる能力があるわけじゃない」
クエスティングビーストの欠片がある場所は、なんとなくわかるが、それ以上は‥‥と、一花の問いに答えるカルディス。
「結構いい加減なんですね」
「なんか、使命感だけで空回りしているタイプって感じですわね」
こそこそと囁くルーティと一花。若い騎士見習いには、よくある性格である。
「あー、おほん。ゴルロイスの配下達も来ている筈なんだけど‥‥、これじゃあ見つけようがないですわね」
空気を変える為か、そう切り出す一花。
「奴らが手に入れようとしている物のありかって、わかりませんの?」
「いやー、管理は主に姉上だからなー。俺は、奴らがその一部を分捕っちまってたのを、こうして追っかけてきたわけで。お前らこそ何かしらないのか?」
どうやら彼は、クエスティングビーストに関わる伝承は、部分的にのみ知っているが、全体像はわからないらしい。逆に問うてくるカルディスに、一花は首を横に振る。
「それが‥‥、色々調べてみたんですけど、全然出てこなくて‥‥」
「当たり前だ。いくらなんでも、その程度で出てくるような情報じゃない」
たかが冒険者風情1人が調べたくらいでは、限界はある。そう続ける彼。
「探し方が甘かったのかしら‥‥」
「そう言うわけでもなさそうだぞ。見てみろ」
一花のセリフに、今度は朔夜が、少し先を指し示した。
「あれは‥‥」
「目的地が同じならば、遅かれ早かれ、出会うってものだろ」
そこには、明らかに冒険者とは異質な存在の‥‥黒尽くめ。通常武器は効かないと思った朔夜は、そう言うと、シルバーダガーに持ち変える。
ところが、である。
「引き上げていく?」
彼らは、冒険者をちらりと見たものの、目的の物体がないのか、そのまま姿を消してしまった。どうやら別に目的があるようだ。
「やはり、公も探求の獣の欠片を求めておられると言う事でしょうか‥‥」
「追いかけるぞ。このままにはしておけん!」
セレナのセリフに、カルディスはさっさと、その黒尽くめの集団を追いかけて行ってしまう。顔は女の子だが、若い騎士らしい性格をしているようだ。
「見付かっちゃいましたか。まぁ、コレだけ人がいれば、当然なんですけどね」
その黒尽くめが向かった先。そこには、彼らとは正反対の、白い服を着た、クレリック風の青年がいた。人辺りの良さそうな、穏やかな笑みを浮かべている所と、傍らに銀髪の青年を控えさせている事から、彼が『御前』と呼ばれている存在だろう。
「お前が黒の御前か」
「まぁ、そう呼ばれてますけど。しかしまぁ、ぞろぞろと大人数で。そうだ。そこの方、手伝ってくれませんかねぇ?」
レインフォルスがそう言って確かめると、彼は笑顔を絶やさぬまま、一花達を見る。
「ふざけるな! 誰がそんな事‥‥」
「あら、面白そうじゃございませんか」
出来るわけないだろう。と、そう言いたいレインフォルスを制し、前へと進み出たのは、当の一花だ。
「一花さん!?」
ルーティが止めようとするが、彼女は振り向かない。その様子に、朔夜がこう呟く。
「また操られてるようだな‥‥」
「冗談じゃありません。また変な行動をされては困ります」
彼のセリフに、やる気を見せるルーティ。
「では、そこのマダムの印持ち、後ろの方々を殺してください」
「はい‥‥」
こくんと頷く一花。振り返って、クリスタルソードを召喚してみせる。
「仕方ありません。不本意ですが‥‥ローリンググラビティー!」
「きゃあっ‥‥うぐっ」
その彼女が何かを仕掛ける前に、ルーティは魔法を使った。地面へと叩きつけられた彼女が、立ち上がろうとした刹那、後ろから繰り出される一撃。
「人質にされたりしたら厄介なんでな。悪いが眠っててもらった」
スタンアタックを食らわせたのは、どうやら朔夜のようだ。と、彼は彼女を抱き上げて、フローラのところまで連れて行くと、回復してくれるように頼み込む。快く頷く優しき聖姉。
「あれ? カルディスさんは‥‥」
「どうやら、私達が一花さんにかまけているうちに、御前を追いかけてっちゃったようですわ」
ルーティがそう問うと、フローラが首を横に振る。治療の間に、カルディスは姿を消した黒の御前達を追いかけて行ってしまったらしい。一花の手当てが終わった冒険者達は、急ぎ、その後を追うのだった。
●心囚われし者
遺跡は、地上部分へと繋がっていた。そこは、どちらかと言うと、城の中庭の一部‥‥と言った風情で、随所に、崩れかけた壁が見える。
「確か、こっちの方に来た筈だな」
「今のうちに、装備を変えておきましょう。いざとなってからでは、遅いですから」
レインフォルスがそう言うと、セレナは多手を外し、予備の鞭に持ち替えている。印に操られた領主や仲間がいた時の対策用らしい。
「あれは‥‥!」
駆けつけると、そこには、カルディスが倒れていた。すでに矢は尽きている。しかし、それでも彼は短剣を手に、相手を睨みつけていた。
「カルディス様!」
駆け寄って助け起こすセレナ。と、彼は驚いたようにこう言う。
「お前ら‥‥。どうしてここに‥‥!?」
「言ったでしょう。そこの御方に用があると」
彼女が向いた先。そこには、無表情なままのヴァレンタインがいた。その剣には、カルディスのものと思しき血がべっとりとついている。
「アシュフォード元領主、ヴァレンタイン様とお見受けいたします。寵童のユキト様がご心配なされてますわ。一緒に帰りましょう」
セレナの呼びかけにも、彼は答えない。
「聞こえていないようですね‥‥」
カルディスの手当てをしていたフローラがそう言った。と、そんな中、進み出たのは。
「俺がやる」
騎士でもなんでもない、リュイスである。
「風の噂で、笛の音が操ると言う話を聞いた事があるんでな」
もしかしたら、彼もそうなのかもしれない。そう思ったリュイスは、護身用の短剣をしまい、持っていた竪琴を取り出す。
(「とは言え‥‥。説得できれば良いんだがな‥‥」)
自信は全くなかった。メロディーの魔法は、彼は使えない。スクロールさえ持ち合わさぬ身で、どこまで通用するかわからないが。
近付いた瞬間、ヴァレンタインは、剣の切っ先を、リュイスへと向けてくる。
「聞く気なしか‥‥。なら強行手段取らせてもらうぜ‥‥!」
そう言うと、リュイスは魔法を唱えた。それは、幻の光景となって、彼の意識へと入り込む。
「何を!?」
「今、奴には蔦を絡みつかせてある。あいつの記憶に、ヒントが隠されているはずだ‥‥」
セレナの問いに、そう答える彼。そして、ディアッカへと合図する。と、彼はリシーブメモリーの魔法を唱えた。印象に残った記憶を引き出すそれは、ヴァレンタインのもっとも大切な記憶‥‥妹、ルクレツィアの事を、華立ってくれる筈である。それが、いかに古い記憶であろうとも。
「‥‥邪魔だ」
その時点で、初めてヴァレンタインが言葉を発した。冷たい調子で、蔦を振り払うように、剣が横薙ぎにされる。それは、間違いなくディアッカを狙っていた。
「させるかっ!」
朔夜が、忍者刀を手に、割り込んで入る。重い一撃だったが、何とか受け止めてみせる彼。
「俺がアイツの動きを止める。記憶を探るのは、それからだ」
レインフォルスが、そう申し出る。カルディスとの戦いで、ある程度消耗しているとは言え、まだまだその技量は衰えてはいないのだから。
「俺の一撃、受けてみろ!」
後ろへ避難したディアッカに変わり、ロングソードでフェイントアタックをかける彼。それでも技量は、ほぼ互角。以前、刃を合わせた時よりも、攻撃も防御も、ワンランク上になっている。その分、魔法を使わないのは、御前に操られているせいだろうか。
「わぁぁんっ、ライトニングサンダーボルトがちっとも聞かへんやんか〜」
それでも、魔法に対する抵抗力は高いのだろう。イフェリアのライトニングサンダーボルトのスクロール程度では、びくともしない。それを見て、セレナが「削るより、撹乱に専念して下さい!」と指示を飛ばす。
「なんだか乱戦になってますねぇ。リリィ、引っ掻き回してあげなさい」
「はぁーい☆」
だが、敵もさるもの、御前の背後から、ひょっこりと現れる‥‥リリィベル。
「あれは‥‥、この間の!」
「また会ったねぇ。あ、そっちの人は確か‥‥オモチャ、元気?」
ルーティが、顔色を変えると、彼女はえへへ〜☆ と、まるで友人にでも会ったような口調で、手を振ってくる。
「この‥‥いつかのお返し、まったくの私怨で申し訳ありませんが、地に落ちてもらいます!」
「ひゃあああっ」
高速詠唱使用のローリンググラビティーに、吹っ飛ばされるリリィベル。御前がのんきに「おやおや、飛んでっちゃいましたねぇ」と呟く中、彼女は背中の羽を動かして、空中へと留まっている。
「酷いなぁ。珠のお肌が台無し〜。よし、お礼に玉あげちゃう☆」
くすっと笑ったリリィベル、今度は彼女に、その位置から、丸い岩を落としてくる。菓子か何かをバラまくかのように。
「く‥‥。は、早く、ヴァレンタインをっ!」
降り注ぐそれから身を守りつつ、彼女は今の内に、目的の人物の保護を願う。と、朔夜がシルバーダガーで、彼女をリリィベルの妨害から守るかのように、踊りかかった。
「朔夜、援護するぞ!」
「礼は言わないからな!」
それを見て、ゼタルがウインドスラッシュを放った。中々勝負の付かないそれに、黒の御前がおもむろにこう言う。
「このままじゃ、負けちゃいますねぇ。まぁ、コレも手に入れた事ですし、処分するとしますか。リリィベル」
「はぁーい☆」
その途端、リリィベルの表に浮かんでいた笑みが、邪悪なデビルのそれへと変わる。
「させませんっ!」
セレナが割って入る。ヴァレンタインの意識が、そちらへ向いた瞬間を、リュイスは見逃さなかった。
「ディアッカ! アレを使え」
頷いたディアッカが、先ほど、リシーブメモリーで知った、『もっとも印象に残った記憶』を、ファンタズムで作り出す。
「ルクレツィア‥‥」
剣の向こうのヴァレンタインの表情が、ほんの少しだけ変わる。動きが止まったそこへ、フローラが穏やかにこう言った。
「ヴァレンタイン。私にあなたと御前の過去はわかりません。しかし、正邪を越えて形は違うかもしれませんが、忠誠や信頼はあるはずです。この御前の仕打ちは、あなたの心の中の確固たるものを微動だにさせないというのですか?」
彼の心には今、その説得が、幼き日のルクレツィアに言われているかのように聞こえているに違いない。まるで、やめろ‥‥と言いたげに、頭を押さえるヴァレンタイン。剣が、からりとその手から落ちた。
「今ですわ!」
その刹那、セレナが朔夜へと合図する。彼は、忍者刀でスタンアタックをかけ、ヴァレンタインの意識を奪う。それを確認した彼女、気を失ったヴァレンタインをレインフォルスに預け、引き上げを宣言する。
「待て! どこへ行く!」
「私達の目的は、あくまでもこの方の救出。御前一派を倒す事ではありませんから」
カルディスがまだ戦いは終わっていない! とばかりにそう言うと、セレナはそう繰り返した。
「潮が満ちる前に、脱出せねなるまい。俺も、そうもたすわけには行かないぞっ!」
ウインドスラッシュを、リリィベルに向けていたゼタルがそう叫ぶ。御前が参戦する気配がない為、サイレンスを唱えていないものの、もし、彼が動けば、彼もまた、魔法が放てなくなる。彼が苦戦していると思い、セレナはその盾となる‥‥。
「こっちです‥‥!」
その間に、ルーティがグラビティーキャノンで、崩れた岩を、強引に削り、道を塞ぐ。余波で他の道が塞がれたが、この際気にしては入られない。
「セレナさん! ゼタルさん! 早く!」
最後に残った2人を、促すルーティ。と、カルディスがバリケードの向こう側へと躍り出た。
「俺は奴を追う! それが使命なんでな!」
カルディスは、その場に踏みとどまる事を選んだようだ。彼の技量なら、この場を切り抜ける事も出来るだろう。そう判断したセレナは、「御武運を!」と言い残し、その場から脱出するのだった。
●素直になれない
1時間後。洞窟で、ようやく落ち着いた冒険者一行に、フローラが回復魔法をかけていた。無論、ヴァレンタインにもである。
「ピュアリファイをかけても平気だとはな‥‥」
彼女が、自身にかけたのと同じ魔法である。普通、バンパイアならば、それで怪我を負うものだが、彼はむしろ落ち着いたようだった。
「ん‥‥。ここは‥‥」
その彼が目を覚ます。しっかりとした口調を見ると、元に戻ったようだ。まだ、印がなくなったかどうかは、分からなかったが。
「良かった。元に戻ったようですね」
「ったく、前とは、エライ差だな? しっかり目を覚ませよ。お前、操られるのは、プライドが許さないだろ?」
ほっとした様子のセレナの横から、すぱんっと後頭部をはたくリュイス。困惑した表情のヴァレンタインに、フローラが事情を説明して、こう締めくくった。
「議長も私たちも、あなたを救いたいと駆けつけた者たちです。せめて今はそれだけ信じてほしい」
「ユキト様が、私達にあなたの救出を頼んできたのです。それでも、信じてはもらえませんか?」
セレナにユキトの名を出された彼は、しばらく黙っていたが、ぽつりと呟く様に問うた。
「‥‥あの子は、無事なのか」
「はい。今は、議長のお知り合いに、保護されておりますわ」
うつむいたままで、表情は見えない。それでも、心配はしているのだろう。そう思ったセレナが、頷く。
「わかった‥‥同行しよう‥‥。だが私はけして‥‥っつ‥‥」
「バカ。安い悪役セリフほざいてるんじゃねぇよ。素直になれって」
ひねくれたセリフを言いかけたヴァレンタインに、リュイスが釘を刺す。と、一花も「議長には、私から状況の報告を兼ねて、保護をお願いしておきますわ」と、口添えしてくれた。
「‥‥ふん。れ、礼や謝罪なんぞ、恥ずかしくて言えるかっ」
素直に感情を表現する事が出来ないだけなのだろう。頬を染め、そっぽを向きながら、不器用なセリフを言う彼に、冒険者達はくすくすとおかしそうに笑うのだった。