●リプレイ本文
●旅路
「ふう、騎士学校から強行で来ましたが、間に合いましたか」
そう言って、用意された特別馬車に乗り込むルーウィン・ルクレール(ea1364)。
「ご苦労だったな。アーサー陛下の勅命による探索行。その一端に加われるとは英国の騎士としての誉れ。この剣に懸けて、勅命果たして見せようぞ」
その横では、ヒースクリフ・ムーア(ea0286)が、誓いの言葉を口に乗せながら、軽く剣を鳴らしている。
「もしかし、て私ったら、中々厄介な依頼を受けちゃった? 人助けと軽〜い気持ちで受けちゃったんだけど。あはははは‥‥」
その様子を見て、顔を引きつらせているエルドリエル・エヴァンス(ea5892)。後ろ頭に『やばい仕事請けちゃったかなぁ』と言った汗が浮かんでいた。
「救出‥‥そうですね。厳しい戦いになりそうですけど、やらなくてはいけませんね」
当のルーウィン、そう言って柔らかく微笑んで見せる。その表情に、少し気分を和らげるエル。
「んで? その遺跡ってのは、どんな感じなんだ?」
「地図ではこのあたりだそうですが、詳しい事は、行って見ないとわかりませんね」
馬車の中で、ジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)の問いに、貰った地図を広げるリアナ・レジーネス(eb1421)。
「目的がどんなもので、どう言う敵なのかがわかれば、だいぶマシなんだが‥‥」
「クエスティングビーストと呼ばれる獣につながる物を、デビル達が押さえているので、これを奪還してくる事が目的ですね。ゴルロイス公も動いていらっしゃいますから、彼らだけではなく、アンデッドも出てくると思います」
彼女の手には、コレまでの報告書をまとめた羊皮紙がある。それには、彼の復活により、あちこちのアンデッドが影響を受けている事も書かれており、今回もその状況になりそうな気配はあった。
「ゴルロイス君も来てるんだね‥‥。えーい、再戦はまたチャンスがあるってば! 今回は依頼優先でいかないとっ」
ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ea7050)が、自身に言い聞かせるようにそう言っている。と、アリッサ・クーパー(ea5810)がこう言った。
「ゴルロイス卿ですか‥‥。以前関わった以上、見過ごすわけにも参りませんね。微力ですが、協力させていただきます」
布教と言う名の営業活動をしているわけではないので、相変わらず無表情の冷たい顔だったが、つきあう気はあるようだ。
「私も、聖杯へ至る道を進む事が、ゴルロイス公の前に立つ事であり、与えられた機会に応える事になると信じます」
ソフィア・ファーリーフ(ea3972)も、そう言っている。と、話をまとめるように、JJがこう言った。
「まぁ、つまり。この遺跡のどこかにいる、デビル野郎を捕まえて、そのケダモノパーツを取り返して来いってか。なるほどな‥‥」
「クエスティング‥‥。確かアシュフォードの領主の背中にあった聖痕らしきものに、そんな文字と獣が描かれていましたね」
報告書には、ヴァレンタインの背中にも、何か重要な事が書かれているらしいとある。彼は今、もう一方の冒険者チームが、確保に動いている。
「ピア、以前、ゴルロイス卿と手合わせした事があるそうだが、どんな感じだったんだ? 特に技とか使ってたか?」
それでも、鉢合わせない可能性はないとは言い切れない。そう考えたアラン・ハリファックス(ea4295)は、以前手を合わせた事のあるピアに、そのCOについて尋ねた。
「それがねぇ、もうこてんぱんだったんだよ。ねー?」
彼女に聞かれて、頷くソフィア。仲間の1人が、痛めつけられ、あげくにソードボンバーで、全員ボロボロにされたのは、未だに記憶にこびりついている。
「サンワードで調べた所、リリィベルの奴もいるようじゃのぅ‥‥」
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が、魔法を使った所、道化師姿のシフールらしき者が、遺跡に向かったらしい。それは彼が目の仇にしているリリィベルの事だろう。
「黒の御前一派・エレイン一派・ゴルロイス公一派、そして聖杯騎士。戦闘は避けられないでしょう。それぞれがそれぞれの思惑で戦闘する時こそが奪還する好機と言うわけですね」
「ゴタゴタしてるところに奇襲掛けて、目的物を奪取して逃走ってわけだね」
ソフィアのセリフに頷くピア。
「おし、そう言う事なら任しておけ」
お宝を掠め取るのは、得意中の得意。なぁに、いつもやってる事さ。と、嘯くJJだった。
●暗い道の向こう側
「こんな所に、洞窟なんてあったんですね‥‥。どうやって出来たんでしょう」
天然洞窟の入り口で、ランタンをかざし、周囲を見回すアリッサ。
「もう一組も、洞窟に入っているんだろ?」
「うむ。そのパーティにいる知り合いの話では、途中で、遺跡に繋がっているようじゃ。あと、海にも繋がっているらしい。ヴァレンタイン殿の方は、彼らで引き受けるそうじゃが‥‥」
ヒースクリフの問いに、頷くユラヴィカ。それによると、遺跡の奥は、潮の満ち引きによって時間制限がかかっており、その先の遺跡は、城くらいの大きさがあるそうだと、基本情報を告げる彼。加えて、敵の半分は、向こうで引き受けてくれるとの連絡だ。
「それでも、半分は残ってるんだよな。だったら、少しでも戦いやすいようにはしておくか」
協力体制はしかれているようだが、だとすると、半分は責任がある。そう思ったヒースは、殿を買って出てくれた。
「ん‥‥殺気が感じる‥‥。前の方からだ」
その彼が、そう警告してきた。
「何も見えませんが‥‥」
目を凝らすアリッサ。と、リアナがそれを受けて、ブレスセンサーを唱えた。
「‥‥現在北西の方向に、7個の呼吸を感知。南西に、2個、その間に1個。全て南の方向に向かっています」
「多いのぅ‥‥」
結果を聞いて、頭を抱えるユラヴィカ。『息をしている存在』でそれくらいいると言う事は、実際はその倍程いるのかもしれないと思ったらしい。と、リアナはソフィアにこう頼んだ。
「ソフィアさん、ちょっと調べてたいんで、バイブレーションセンサーで感知してもらえます?」
「わかりましたわ」
頷くソフィア。彼女の魔法で探知できて、ブレスセンサーで探知出来ないものが、アンデッドかバンパイア。つまりゴルロイスや黒の御前達。それ以外が、生身の人間という判断を下したらしい。
その結果、北西の一団がゴルロイス公一派、南西が御前派、残る1つは、聖杯騎士らしいと、ソフィアには感じられた。
「と言う事は、無傷で向かうには、聖杯騎士を落とすのが正解って所だろうな。奴なら、色々知っているだろうし」
そう言うヒースクリフ。確かに、明らかに敵と分かっているよりも、話次第で仲間になってくれそうな者の方が、実害は少ないだろう。それを聞いて、ユラヴィカが「では、少々見てみるのじゃ」と、エックスレイビジョンの魔法を使う。
「ここをまっすぐ行けば、奴の通ってる道に出られそうじゃ」
その結果、いくつかの『道』が発見された。どうやらこの洞窟、途中で何本かに枝分かれているらしい。その1つを、慎重に進む冒険者達。
「ちょっと待て」
「何か‥‥」
先頭を歩いていたJJが、後ろのメンバーを押し留めた。そして、上を見上げながら、こう警告する。
「こう言う道、だーいたい出てくる奴は決まってるだろ。端っこに避けといた方が良いぜ。天然洞窟にみせかけちゃいるが、間違いなく人工物だ。あそこ、遺跡と繋がってやがるし」
そのセリフに「そうなのかの?」と首を傾げるユラヴィカ。と、彼は天上付近の壁を指し示しながら、こう言った。
「見てみな。岩で隠されちゃいるが、所々に、色んな事が書いてあるぜ。例えば‥‥そこの天井近くとかな」
「どれどれー。おお、本当じゃ。古代文字みたいなのが書いておる」
ぴゅーっと自前の羽で飛んで行くと、示された場所に、何やら記号だか紋章だかわからないものが記してある。
「どんな文字かわかりますか?」
「えぇと‥‥良く分からんが、精霊のようなものが描かれておるー」
リアナに問われて、一生懸命それを読み解こうとするユラヴィカ。しかし、専門知識のない彼、さっぱり理解不能と言った表情を浮かべている。
「読めないんですから、形だけ覚えててくれれば良いです」
「うみゅう‥‥」
ちょっと寂しそうなユラヴィカ。それによると、この通路は、かつて貴族が抜け道として使用していたものらしい事が判明した。しかも、何やら大きな獣から、逃げる為に使ったとの事。そして、その獣は、封印されているだけだと言う事。
「獣の攻勢から脱出する為か‥‥。もしや‥‥」
何かに気が付くリアナ。ここが、もしかしたら、探求の獣に繋がる、重要な通り道だと思い始めたらしい。
「誰かの気配‥‥? もしや、モンスター!?」
その時、警戒していたピアが、そう言い出した。
「俺も感じたが、これは獣の類じゃないね‥‥。誰かいるな! 出てきやがれ!」
ヒースクリフも、同じ方向から気配を感じたらしい。剣を、そちらへと向ける。と、出てきたのは。
「‥‥バレちまっちゃ仕方ねぇな」
月光色の髪を持つ‥‥弓を携えた少年が、そこにはいた。
「あなたは‥‥、聖杯騎士‥‥?」
驚くソフィア。彼の鎧には、象徴的な鎧が、刻み込まれていたからだった‥‥。
●聖杯の真実
まず最初に声をかけたのは、ヒースだった。
「貴殿が、トリスタン卿が戦ったと言う、聖杯騎士かな?」
「そう見えるか?」
聞き返してくる彼。ヒースが「違うのか?」と問いかけると、彼はこう言って来た。
「あれは、おそらく兄上だろう。俺はカルディス。まだ叙勲を受けてはいない。だが、その為にも、貴様らより先に、探求の獣を取り戻さねばならないのだ!」
弓に手をかける少年。対抗心を燃やしている割には、素直に身分を明かしてくれる。と、ヒースはやれやれと言った調子で、こう続けた。
「俺達は、そんなに信用ならないかな?」
「冒険者なんて、なんでも屋と同義語だろうに」
矢を番える彼。と、その誤解めいたセリフに、ヒースは穏やかにこう言った。
「一理ある。が、聖杯の手がかりを持つ獣が、悪しき者の手に落ちようとしている。その奪還までは、我々は共闘出来る筈だ。私達が聖杯に近付いて良い者で有るか否かをは、その中でその目で確かめると良い」
聖杯の守護者。悪しき者から守る存在。だが逆に、自分達がそんな者ではないと証明できれば、共闘できる事になるはしないか。対話を試みるヒース。
「人の手に余る力をもたらす聖杯は確かに危険です。しかし、今この国には、その力こそが必要な時ではないですか? ゴルロイス公の復活、悪魔の暗躍、そして前国王の不義という目に見えぬ罪。アーサー王が、聖杯へと続く道を進むにふさわしいか、私達を見て判断してください」
その意見は、ソフィアもまた同じのようだ。ユラヴィカも、「混乱に乗じて、ゴルイロスや黒の御前に聖杯を取られてしまっては、元も子もないのじゃ」とフォローを入れる。
と、それを聞いたカルディスは、弓矢を下ろし、何も聞いてないのかよ‥‥と言った表情で、こう言ってきた。
「貴殿ら、何か勘違いをしてないか?」
「どう言う事でしょう」
怪訝そうなソフィア。その彼女に、カルディスはこう教えてくれる。
「確かに、聖杯と言うのは、力あるもの、だ。だが、その力は‥‥例えば、膨大な魔力だのと言った類ではない。神の国へと導く存在なのだ。貴殿らも聞いた事があるだろう? 神の国、アヴァロン。その神の国への扉を開く為には、クエスティングビーストが必要。聖杯は、その鍵と対になるようなものなのだ」
だからこそ、デビルもやっきになっているのかもしれん。と、カルディスは言う。
「けど、俺達はそのケダモノの欠片をもっちゃぁいない。それがものすげぇお宝だってのはわかったし、俺達に渡すわけにいかないってのも理解できるが、ここは手を組んでもらえねぇかな。一時的な不干渉って奴でも良いからさ」
それを聞いたJJがそう言った。その口ぶりから、敵意は薄れているらしいが、油断は出来ない。ピアも、不安そうに「そりゃあ、納得できないことは信じられないってのもあるけどさ‥‥」と、出来れば戦いたくない表情で、思いを告げる。
「いや。貴殿らといい、先ほどの冒険者達といい、貴殿らが悪い御仁ではないと言う事は、良くわかった。デビルやアンデッドに渡すよりはマシだろうとは思う。ただ、やはりタダで渡すわけにはいかんがな」
持っていた弓を、背中へと押しやるカルディス。どうやら、自分達へ攻撃を仕掛けるのは、止めた模様。と、そんな彼に、ピアがこう提案する。
「そうだ、あたしたちと一緒に来れば? その獣の一部、守りたいんでしょ?」
「うむ。その後の事は、その後で考えさせてもらうとしよう。行くぞ」
その提案を受け入れたカルディスは、付いて来るのを疑いもせず、くるりと背を向け、遺跡の方へと歩き出してしまう。
「どうやら、上手く行ったようじゃの」
もう一組と連絡を取りつつ、彼の説得材料を集めていた事に、ほっと胸をなでおろすユラヴィカだった。
●傭兵公ゴルロイス
カルディスの案内で、冒険者達一行は、遺跡の内部へと入り込んでいた。
「向こうも、洞窟を抜けて、遺跡に入ったようです」
ブレスセンサーで、もう一組の冒険者の動きを感知していたリアナがそう言った。その事を聞いて、エルがこう言う。
「と言う事は、おっつけこちらに駆けつけてくるわねー」
「それまでになんとか黒の御前から、アレを取り戻せれば良いのですが‥‥」
タイミングを計れば、比較的危険も少なく、奪還出来るだろう。リアナの提案で、タイミングを計ろうとするソフィア。重要なのは、JJの突入タイミングだ。
「うふ。頑張ってね☆ JJ、アラン☆」
そんな彼らを励ますように、軽く頬にキスをするエル。
「って、お前なーー」
「良いじゃない。幸運のおまじないよ。ああ、それと‥‥、逃げ道が分からなくなると困るから、コレ、結んで言ってね」
複雑な表情を浮かべているJJに、エルはそう言って、赤い毛糸を小指に結びつけた。その先は、先ほどの洞窟へと繋がっている。
「何故赤い糸なんだよ‥‥」
「ただの色だから、気にしないで☆ この方が分かりやすいでしょ♪」
逃げ道を知る為に、転がしておいたらしい。まぁ、目立つ色ではあるのだが、若い女性が使うと、なんだか意味深である。
「ピアも準備しておこう。レジストデビルっと☆」
それを見て、ピアも武器をいったん横に置いて、自分に魔法をかけている。
「あれは‥‥」
そして‥‥ブツの引渡し現場、ちょうど中庭部分にいたのは、この遺跡には場違いな貴族令嬢風の女性と、それに相対する‥‥黒髪の騎士の姿だった。
「久々の再会を喜びたい所だが、これはいかがした事だ? 娘よ」
初対面の者もいたが、会話の内容から、その騎士がゴルロイス、女性がエレインだと見て取れる。
「黙りなさい。アンデッドに成り下がった父なぞ、もはや父ではありません!」
「そうか。ならば、私も言わせて貰おうか。デビルの手先に成り下がった女なぞ、もはや娘ではないとな」
「デビルの手先になど成り下がっていません。その力を利用しているのです」
しかし、すでに話は済み、エレインはゴルロイスを、父ではないと認識したようだ。ゴルロイスも、デビルと共にある娘を、身内だとは思わない様子。
「始まってるみたいだな‥‥。あれが、黒の御前か」
そのやり取りを、まるでお芝居でも見物するような笑みを浮かべている、白い服の青年。それが、報告書に出ていた黒の御前だと判断したアランは、ゴルロイスのいる方向へ進み出て、こう言った。
「ゴルロイス卿とお見受けする」
まるで、円卓の騎士に接するかのように。と、彼はアランの方を向き、それに答えてくる。
「誰だ、お前は」
「蒼穹楽団団長、アラン・ハリファックス」
舞台に立つ時と同じく、優雅な仕草で一礼する彼。注意がこちらに向いた所で、JJとソフィアが進み出る。
「よう。おっさん」
「お久しぶりでございます。閣下」
既に死者となった身ではあるが、それでも、公には違いない。最大限の礼で持って望むソフィア。対照的に、砕けた感じで声をかけるJJ。と、ゴルロイスは「あの時の者達か」と、そう言ってくれる。
「覚えていてくれるなんて、光栄だねぇ。おっと、あんたと戦う気はねぇよ。まだ、真実の扉、開ききってないんでな」
両手を挙げて、抵抗する意志のない事を示すJJ。実際、ゴルロイスと戦おうとは思っていない。色々な意味で。そう‥‥真実をつかむまでは。
「死してなお意志を失わず、力衰えず、外見の美しさも変わらず‥‥か。俺も見習いたいものだ。その力、もっと巧く使えば、英雄の称号すら得られると思うのだがな‥‥」
2人が、言いたい事を言い終えたのを見て、アランもそう言った。しかし、ゴルロイスは、そのセリフを振りきるかのように、こう告げてくる。
「くだらぬ。英雄の称号など、私には興味はない。あるのはただ、不義の子の率いられたこの国、その行く末を案じる想いのみ。顛末と言い換えても良いがな」
彼は、今だこう思っているのだろう。不義の子に率いられた王国なぞ、最初から立ち行きはしない‥‥と。考えてみれば、今までの行動は、その証明の為なのかもしれない。
「話は終わったようですね。アンデッド風情が。まとめて始末して差し上げます!」
と、そこへエレインが、指を鳴らす。現れたのは、向こうの一団の前に現れていた黒ローブの集団。そう‥‥洞窟で魔法に引っかかっていた者達だろう。その間に、彼女は姿を消してしまう。
「エレイン殿、相手を見くびっておられます。公の力を押さえるには、これくらいの子を用意しませんとね」
いらんちょっかいと言わんばかりに、そう言う黒の御前。彼が差し向けた刺客達の中で、冒険者達へ剣を向けているのは、そう‥‥ヴァレンタインだ。
「おるのじゃろう! リリィベル! 隠れてないで出てくるのじゃ!」
勢力はそれだけではないだろう。そう思ったユラヴィカが、そう叫ぶと、壁の向こうに見慣れた道化師帽子。
「見つけたのじゃ! リリィベル!」
「きゃーーん☆」
小石を投げると、ぴょいっと飛び出してくる道化師姿のシフール。と、そんな彼女に、御前がこう言った。
「じゃあ、そのまま働いてくださいねー。私はこれ持ってかないといけませんから」
「えー。ぶーぶー」
不満そうに口を尖らすリリィベルを残し、御前もまた、部下達に時間稼ぎを命じて、姿を消してしまう。
「く‥‥。せっかく、真実ってお宝を手に仕掛けたのに‥‥」
目的のものは、その黒の御前が持っているクリスタルのケース。悔しげにそう言うJJに、ソフィアがこう言った。
「この場を切り抜けて、また貴方の前に立ちましょう。それこそが、与えらた機会に応える事と、私は信じてます」
彼女が言った『貴方』とは、ゴルロイス公の事。
「そうだな。アンタのくれた機会‥‥無駄には、しないさ」
JJも、話を締めくくるかのように、そう宣言する。
「冒険者よ。試練を受けたいと言うのなら、望み通りにしてくれる。だが、ならばこそ、この程度で四苦八苦してもらっては困るぞ」
「望む所だよ。また会いに来る。そのうち絶対、キミを超えるからね!」
ゴルロイスは、どうやら再戦の機会を設けてくれはするようだ。その宣言に、ピアは槍を掴んで、そう宣誓してみせる。
「出来るなら、やって見せるが良い!」
「うひゃぁぁぁっ。逃げろぉっ」
その証とばかりに、ソードボンバーが飛んで来る。冒険者達は急ぎ、黒の御前を追うのだった。
●奪還の果てに
そして。
「御前様ぁー、こっちにも冒険者がいるよー」
「ち‥‥」
隠れていた冒険者達に、リリィベルが指をさす。そこだけは、緊張感のないかくれんぼのような風情だったが、『鬼』にされた方はたまったものではない。舌を打つJJの前で、ユラヴィカが外へと飛び出し、リリィベルへと注意する。
「えぇい、そこのお子様! 何でもかんでも、告げ口するんで無いわ〜!」
「リリィ、おこちゃまだもぉん☆ 最近は、ロリ娘が人気だしぃ♪」
本当は、口先三寸で引きつけようとしたのだが、リリィベルの挑発的な一言に、「なんじゃとぉーーー!」と、頭に血が上ってしまっていた。
「いいのですか? アレほっといて」
「構わん。その間にオーラかけてくれ」
ルーウィンがその様子に、心配そうに尋ねるが、アランは首を横に振り、逆にそう頼んでくる。「分かりました」と頷いて、言われた通りにする彼。
「悔しかったら、ぺっぺろべーーー♪」
「おにょれーーー! 待つのじゃあ!!」
一方のユラヴィカとリリィベルは、ユカイな追いかけっこの真っ最中。と、そこへ黒の御前の方から、先に介入されてしまった。
「何遊んでるんですか。まったく」
「いったぁ〜」
頭を押さえるリリィベル。瞳がちょっと涙目。と、御前はそんな彼女を、ぽいっと放り出すと、ヴァレンタインにこう言った。
「邪魔ですね。ヴァレンタイン、さっさと片付けちゃってください」
頭を垂れる彼。そして、無言で剣を向ける。
「あなたが‥‥。負けませんよ。オーラの一撃、受けてみますか」
ルーウィンが自身の槍にオーラパワーをかけてもなお、彼は動じない。
「答えはなし、ですか。なら、全力で行きます!」
その為の軽装備だ。そう言って、地を蹴るルーウィン。
「今がちゃーんす。JJ様の手腕、特とご覧あれってんだ」
彼が戦っている間に、JJはこっそりと、黒の御前へと近付く。隠密行動には自信がある‥‥筈だった。
「お見通しですよ。そんな事」
「く‥‥」
御前の笑顔。それは、JJにとって脅威の的だ。
「悪くない手段ですけどねぇ」
「褒められても嬉しかねぇや。何度でも、チャレンジさせてもらうぜ」
だが、まだ回避はこっちの方が上のはず。そう信じたJJ、向こうが行動を起こす前に、岩場の影へと潜む。
「無駄ですよ」
(「それでも、やらなくちゃなんねぇんだよ!」)
ここで諦めてしまったら、みすみす聖杯をデビル達に渡してしまうに等しい。しくじっても何をしても、奪還出来るまで、止めるつもりはなかった。
「さすが世紀の大ドロボウだな、俺も負けてられん」
その様子に、アランが動く。槍を片手に、JJへこう言った。
「あいつは俺が引き受ける。その間に、ケダモノを奪還して来い」
「恩に着るぜ。後は任した」
頷いて、進み出たアラン。御前が「助け合いの精神とやらですか。反吐が出ますね」と、デビルらしい事を言う。
「何とでもほざけ。デビルなぞには、理解してもらおうなんて思わないさ。無論、そんな奴に、心をとらわれた奴にもな‥‥」
煽るようなアランのセリフにもなお、ヴァレンタインは答えない。やはりな‥‥と言いたげな彼は、心に秘めていたある策を、実行に移す。
「クックック‥‥。ヴァレンタイン・マーキス。ルクレツィアが黄泉で泣いているぞ」
「何‥‥」
その一言に、攻勢が止まる。御前が、感心したように「ほう‥‥。妹を押さえましたか」と呟いた。
「そうだ。彼女は今、俺の手の中にある。お前の最も大切なルクレツィアを‥‥彼女を奪う喜びを、貰おうか」
冷ややかな‥‥悪意のこもった笑みを浮かべ、そう言葉を書けるアラン。何でも良い。彼の意識を、こちらに向かせれば、自分が悪役と受け取られても、構わない‥‥。
「貴様‥‥!」
「そうだ。それで良い。ルクレツィアが大事なら、心を取り戻せ。糸を引いているのは、そこの黒の御前だろうが!」
宣言されて、彼の動きが止まる。それを見てとったアランは、一気にその脇を駆け抜け、御前へと迫った。
「いまだ!」
あわせるように、JJが動く。狙うは‥‥御前の持つクリスタル。
「ち‥‥っ。余計な事を、知っているようですね‥‥。ならば、死になさい」
「させないよっ!」
そこへ、ピアが割って入った。2人の奪取、ぜひとも成功させなければ、再戦する明日もないのだから。
「邪魔な盾ですねぇ!」
「うぐっ」
その時になって、御前はようやく、剣を抜いた。飾り気のないものだったが、その一撃は、ピアを地へと叩き伏せるのに充分な一撃だ。
「残念。死にませんでしたかー」
「当たり前だ。その為に鍛えてるんだから!!」
軽く言われて、言い返すピア。この程度でへたばっていたら、ゴルロイスに、自分を証明出来ない。そう、思って。
「ジョーイくん! アランくん! こっちに!」
「助かったぜ!」
そこへ、ひょっこりとエルが顔を出した。見れば、別の通路らしき場所に、半身をもぐりこませている。
「お友達を見捨てるなんて出来ないからね。そぉれ、ブリザードッ!」
その位置から、魔法を放つエル。手ごわい連中だと言うのは承知だ。いきなりアイスブリザードを仕掛けても、どこまでダメージがあるかは分からない。
「今の内に逃げるのじゃ!」
「って、逃げるなーーー!」
その間に、充分引きつけ終わったユラヴィカは、お尻ぺんぺんしながら、リリィベルから遠ざかって行く。追いすがってくる彼女に、「待てと言われても待てんのじゃ〜!」と言いながら。
「こっちは、大丈夫だぜ!」
一方で、JJは見事、御前から奪還する事に成功したようだ。追撃を命じる彼を尻目に、さっさと逃走するJJ。長居は無用と言う奴だ。
「ピア、壁を!」
「わかってるよっ」
エルがミストフィールドのスクロールで、アランとピアが、その彼から、獣の欠片‥‥いや、JJを守る為に、前へと出る。援護するように、リアナがライトニングサンダーボルトを放っていた。
「まったく‥‥。あちこち動き回って、うっとおしいですねぇ。リリィベルと変わりませんな」
「だったら重い一撃でも食らって見ろ!」
そう評してくる御前に、併走したヒースが、ロングソードを振り下ろしながら、そう言う。
「嫌ですよ☆ そんな事」
「ぐあっ」
まるで岩でも殴っているような、思い手ごたえを感じたか思うと、突き飛ばされる。
「ストーンウォール!」
「アグラベイション!」
転がった彼の前に現れる、エルの防御壁。周囲には、ソフィアの魔法。
「助かったっ」
そのおかげで、距離を稼いだヒースは、霧に紛れて、脱出するのだった。
●探求の獣、その正体
1時間後。
「ここまでくれば、大丈夫でしょう。怪我は、私が治します」
アリッサの手当てを受けている冒険者がいた。後ろからは、潮の匂いが漂ってくる。向こうからの情報によると、満ち干の都合で、遺跡側の出入り口がふさがっている為、そう簡単には追いかけてこられないとの事。
「これが、クエスティングビーストの‥‥ん?」
箱状のクリスタル。それをじっと見ていたJJは、ある事に気付いた。
「これ‥‥人間の太ももに見えないか?」
「見えますね‥‥」
透き通った中に見える、褐色の物体。それはどう見ても、人間の体の形をしていた。と、怪訝そうなソフィアに、いつのまにか合流していたらしいカルディスが、こう言った。
「お前ら、知らなかったのか? クエスティングビーストは、力を封じる為に、女性の姿に変えられているんだ。今、遺跡の各所に散らばっている四肢は、全て人間姿のままでな。全部元に戻さないと、扉は開かないと聞いている」
「何ーーーー!?」
聞いてないぞ! と言いたげな冒険者達。と、彼はこう言った。
「そうだな。俺も見習いとは言え、聖杯騎士の1人である以上、このまま大人しく引き下がるわけにはいかないが‥‥」
その厳しい口調に、ヒースが「やるつもりか?」と、剣を握る。
「勘違いすんじゃねーよ。お前らが実力のある冒険者だと言う事はわかったさ。だが、他の冒険者もそうだとは限らない。そこで、兄上にお伺いを立てた上で、その処遇を決定してもらうと言うのはどうだ? 俺ら聖杯騎士に、負けるとも劣らない技量を持っているようだしな」
カルディスの視線は、ヒースではなく、ソフィアに注がれていた。と、気付いた彼女は、礼儀正しく一礼しながら、こう言った。
「ありがとうございます。この国の騎士でもない学生の私ですが、この国を愛する気持ちをケンブリッジで学び育んだつもりです。その気持ちは、この国の騎士にも負けませんから」
「ああ、そこだけは、認めるさ。あんたは立派なこの国の戦士だ」
浮かんだ笑顔は、もはや敵のものではなく、力を認めたライバルのそれだった‥‥。