【聖夜攻防戦】城門の悪魔
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■ショートシナリオ
担当:姫野里美
対応レベル:5〜9lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 64 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月25日〜12月28日
リプレイ公開日:2006年01月05日
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●オープニング
●黒の魅了
それは、クリスマスも近いある寒い日の事だった。
「あれが、御前とやらから提供を受けた品か?」
「ああ。本当の名は失われて久しいが、片手でライトハルバードを振り回しておる。我が力により、完全な形にすれば、そなたの手足として役に立つじゃろう」
女子教員寮を眺めつつ、そう話す女性が2人。片方は、ハロウィンで見かけたル・フェイである。もう1人は、彼女とハロウィンの最終日に行動を共にしていた者の1人だった。
「今年もこのシーズンか‥‥」
教員寮では、窓辺に積もる雪を見て、そう呟くパープル女史がいる。その足元には、薄氷の張った冷水があった。
「っつ‥‥」
痛みさえ伴うほどの冷たい水を、彼女は顔をしかめながらも、左腕へと押し付ける。よく見れば、彼女の手には先日持ってきてもらった薬草があった。
「刺激は‥‥まだ感じる‥‥か‥‥」
難しい表情のまま、その作業を続けるパープル女史。と、そこへふわりとケープがかけられる。
「風邪をひいてしまうぞぇ」
「あら、ル・フェイ」
見ればそれは、ハロウィンの時に見かけた黒髪の女性である。
「それにのぅ、パープル。それは‥‥そう使うものではないのじゃ‥‥」
「え‥‥?」
にやりと意味ありげに笑うル・フェイ。警戒したパープル女史が振り返った直後である。
「そなたの病は、その様なものでは治らぬ。忘れておるかも知れぬがな‥‥」
「く‥‥、何を‥‥」
いつの間にか焚かれていた香が、薬草の持つ匂いを何倍も濃くしたものだと、パープル女史は気づく。だが、とき既に遅く。
「フリーウィルには、そなたがいては邪魔なのじゃ」
ル・フェイの後ろにいた少女が、その本性を現す。
「ゴモリー‥‥!? と言う事は‥‥、ル・フェイ! お前は!」
教会にいた事もあるミス・パープル、デビルの気配くらいはわかるものだ。
「気付いたか。我が名はモーガン。ゴルロイス三姉妹の1人よ‥‥」
「おのれ‥‥、魔の者め‥‥」
自らの真の名を明かすル・フェイに対し ライトハルバードを手に取る彼女。薬がきいてもなお、戦う力を残す彼女に、ゴモリーが目を細め、こう言った。
「だが、その力、このまま殺すには惜しい。我が手駒として、存分に働いてもらうぞ‥‥」
「誰がそん‥‥ぅ‥‥」
拒否しようとしたパープル女史の身体を、脱力感が襲う。見れば、ゴモリーの掌に、小さな白い珠が浮かんでいる。デビルに特有の魔法‥‥デスハートン。
「眠れ、紫の君。目覚めた時、そなたは長年の不具合から解放される。その‥‥強靭なる意思と引き換えにの‥‥」
くくく‥‥と笑うゴモリー。薄れて行く意識。
「嫌‥‥。私を閉じ込めないで‥‥」
闇に落とされる感覚に包まれる中、パープル女史はそう呟くのだった‥‥。
●地下の砦
その頃‥‥ローズガーデンのコレック卿は、整理していた書棚の中から、古びた羊皮紙を見つけていた‥‥。
「これは‥‥」
表情を変えるコレック卿。そこには、パープル女史が入り用だったと言う薬草が書いてある。それには、錬金術の秘法を用いれば、容易く操る素材になるとメモられていた。
「急いで知らせないと‥‥」
少なからず関わっている彼、一応報告書は閲覧している。そこに、偽パープル女史と薬草を分け合った事が書かれている事を知っていたコレック卿、急いでフリーウィルへと向かったのだが‥‥。
「あ、生徒会長さん。今日はまたどうして‥‥」
その頃、フリーウィルでは、授業の帰りだったのだろう。教室から出てきたアルヴィンと、鉢合わせする生徒会長がいた。
「動くな。ここはたった今から、生徒会の名の元に閉鎖する」
「え、えぇぇぇっ!」
おろおろと戸惑うアルヴィンくん。生徒会長さんって、フォレストオブローズの生徒さんじゃなかったっけ!? と言う疑問を口にするより前に、彼は残っていた生徒を、教室から叩きだそうとする。
「いや、君は残ってもらった方が良いね、アルヴィンくん。確か‥‥地下訓練場は、使った事ありましたよね」
その中で、ユリア嬢は地下訓練場に入った事のある生徒を残した。当然、その中にはアルヴィンも含まれている。
「く、遅かったか!?」
そこへ、乱入してくるコレック卿。と、その姿をみたユリアは、剣を向け、「コレック卿、あなたにもご足労願いますよ」と、拘束しようとする。
「冗談じゃないわよっ。アルヴィンくん、こっちおいでっ!」
「は、はい〜っ」
もはや、敬語を使っている余裕なんぞないのだろう。普段使っているオネエ言葉そのままで、アルヴィンを引っ張ったまま、フリーウィルを逃げ出すコレック卿。
「ち、逃げられたか。まぁいい、以後! フリーウィル地下訓練場は、立ち入り禁止とする!」
ユリアが、そう言って教室に木の板を打ち付けさせる。
「まずったわね‥‥」
「どうしましょう‥‥」
こっそりとその様子を見ていたアルヴィンくんが、コレック卿にそう尋ねると、彼はしばし考えた後、こう言った。
「皆を呼んできて。大丈夫、きっとなんとかなるわ。確か、地下訓練場には、秘密の抜け道があったしね☆」
「わ、わかりましたっ」
ユリア嬢の目的は、間違いなく地下訓練場だろう。以前は、閉鎖されたブラン鉱脈だったそこは、砦としてもかなり丈夫に出来ている。そこを使うと考えたコレック卿は、中の地理に明るい生徒を、かき集めさせに行くのだった。
●紫の城門
ところが。
「えぇと、こっちに行ったほうが近かったっけ‥‥」
その生徒達を呼びに行ったアルヴィンくんが、理の門を通りかかったところ。
「お待ちなさい」
「え、え? パープル‥‥先生?」
彼の行く手を阻んだのは‥‥ミス・パープル。しかも、妖精王国騒動の時に身に付けていた‥‥戦闘装備。
「ここから先は、通さなくってよ‥‥」
「って、左腕‥‥治ったんですか!?」
表情の無いままそう言う彼女。その左腕が、愛用のライトハルバードに添えられていたのを見て、驚くアルヴィン。
「ええ、ル・フェイ姉様の力でね‥‥!」
「わぁっ!」
ハルバードが振り下ろされた。普通の品より少しだけ軽く作られたそれは、幾分早いスピードで、彼を襲う。
「い、いたた‥‥」
顔をしかめるアルヴィンくん。大きな怪我は避けたものの、その足は赤くはれ上がり、出血もしていた。
「運の良い‥‥」
忌々しげに呟くパープル女史。
「どうして‥‥」
「御黙りなさい。全てはあの方の為。アヴァロンへ向かう道を確保する為よ‥‥」
彼の問いに、そう答える女史。おそらく操られているのだろう。言動が違う。そう確信するアルヴィン。
(「ど、どうしよう‥‥!」)
だが、それを他の生徒達に告げる力は、彼には存在していないのだった‥‥。
●リプレイ本文
●奪還指令
急ぎ、人数を集めた生徒達は、パープル女史が待ち受けている理の門へと向かっていた。
「まさか、あの薬草が人を操るのに使えるなんて、思ってもみなかったよー」
ため息交じりのセリフをこぼすガブリエル・シヴァレイド(eb0379)。相手の為にと思ってやった事が、裏目に出てしまったせいか、少々気落ち中だ。
「隠匿されていたようなものですから、気にしない方が。ガブリエルさんだけの責任ではありませんし」
その現場に居合わせていたデメトリオス・パライオロゴス(eb3450)がそう言って励ます。彼もまた、薬草を渡してしまった失敗を取り戻しておきたいと考えているようだ。あの時点で、まさか洗脳だの暗示だのに使えるとは、判別していなかったのだから、彼女のせいではないと。
「ありがとう。でも、名誉は挽回しないとね」
と、ガブリエルは明るくそう話す。天真爛漫な性格は、前向きに行動すると言う副産物を生んでいるらしい。
「陰陽師の御門と申します。微力ながら協力いたしますわ」
他の面々と合流すると、御門魔諭羅(eb1915)がそう言って挨拶する。
「母校の危機とあっては見過ごすわけにはいきませんね。速やかに解決できるよう全力を尽くしましょう」
騎士学校の生徒と言うリースフィア・エルスリード(eb2745)も、駆けつけてくれたらしい。そんな彼女達に、「ああ、よろしく頼む」と告げる東雲辰巳(ea8110)。
「えぇと、やる事はミス・パープル嬢を元に戻して、操られている人達を解放する‥‥んですよね?」
「はい。それと、ケンブリッジを騒乱に陥れた人たちを撃退する事です」
その御門の問いに答えるデメトリオス。ターゲットとなる女史の名前が出てきた所で、東雲がこう呟く。
「まったく‥‥。レディのヤツ‥‥。子猫のミトンは装備してるんだろうなー‥‥」
「って、心配はそっちか?」
難しい顔をしたまま、ツッコミを入れるのは、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)。相変わらず仏頂面である。
「微妙な男心としては、気になるんだよ。きっと。さーて、ル・フェイちゃんの野望を阻止して、パープル先生を解放するぞっ」
パラーリア・ゲラー(eb2257)が明るくそう言うと、ガブリエルも「なんとかパープルを元に戻したいのなの」と呟いた。
「ああ。レディを傷つけるものは、何人たりとも容赦はしないさ」
「ま、付き合うのが道理ってヤツだな‥‥」
刀の柄に誓うかのようにそう言う東雲に、エルンストはそう答える。彼もまた、この学園の関係者の一人なのだから。
●姫君を保護して
一行はまず、理の門へと向かったのだが、現場は大混乱だった。何しろ、生徒が二手に分かれるように、同士討ちをしていたのだから。
「これ‥‥リトルフライで避けてくのは、面倒そうですね‥‥。出来るだけ、戦いは避けたかったんですが‥‥」
かなりの広範囲にわたるそれに、難しい表情をするデメトリオス。理の門に続く広場全体で起きた混乱は、彼の腕で飛び越えられるほど、生易しくはなさそうだ。
「生徒の中には、空中攻撃が可能なヤツもいるからな。それに‥‥薬草の匂いは、上にまで流れているみたいだしな‥‥」
そんな彼に、エルンストがそう言った。生徒の中には、魔法を得手とする者も多い。空を飛んだからって、安全とは限らないのだ。その証拠に、微かに流れる薬草の匂い。誰かがどこかから、操る為の薬草を流しているに違いない。
「まずはこいつらを引き剥がさないと、どうしようもない。ガブリエル、リヴィールエネミーを頼む」
「わかったのなの」
頷く彼女。広げたスクロールは、ガブリエルの視界に、誰が敵意を持っているのかを告げてくれる。
「おいそこの! こっちじゃなくて、地下訓練場の方に向かえ!」
「は、はいっ」
その結果、まっとうな意識を持っている生徒を判別したエルンストは、そう言って避難先を指示する。
「あとは、あの辺の雑魚だけだな‥‥」
残った面々を見て、そう呟く彼。横顔に焦りが見えるのは、まだアルヴィンの姿を確認していないからだろう。
「拘束‥‥かな。解放してあげられば良いんだけどなの」
「こいつらは、薬草の匂いで狂ってるだけだから、1回気を失わせれば大丈夫だろう。相手がデビルとは言え、全員に呪いをかけれるとは思えん」
ガブリエルの言葉に、エルンストはそう言った。微かに流れている匂いは、おそらくその為の物だと、彼は判断する。
「出来るだけ危害は加えないようにして欲しいんですけど」
「やってみるさ」
リースの要請に、東雲がそう言った刹那である。
「ほらほら、こっちだよ!」
「ガブリエルさん?」
離れた場所で、そう言って操られた人達の中へ進んで行くガブリエルの姿があった。周囲の事に注意を払わないその姿に、御門が目を丸くする。
「あれは囮ッ。ミストフィールドッ」
と、そこへもう1人のガブリエルが現れて、魔法を唱えた。どうやら先ほどのガブリエルは、彼女自身が作り出した、アッシュエージェンシーの分身だったらしい。良く見れば、同じセリフを言いながら、全力で走り回っている。
「なるほど。長引くと面倒そうですしね。スリープ!」
視界が奪われた所で、御門が手前から順に眠らせて行く。1日中転がしておく必要は無い為、初級で充分だった。
「うわぁぁぁっ!」
徐々に大人しくなる操られし者達。この調子だと、それほど苦労せずに、大人しくさせられそうだ‥‥と思った刹那、霧の向こうに響く悲鳴。
「アルヴィンッ!?」
たった一言。だが、エルンストはそれを聞き逃さなかった。と、同じ様に目敏くアルヴィンを見つけたパラは、悲鳴が上がった方へと近付く。身に付けた隠身の勾玉とその技量、そして立ち込めた霧が、上手く身を隠してくれた。
「うあ‥‥」
足をやられたアルヴィンが、怯えた表情で‥‥それでも前へ進もうとしている。おあつらえ向きに、木の根元、掻っ攫うには丁度良い‥‥。
「御姫様はいただいてくよっ!」
そう言って、へたりこんだアルヴィンを、パラは横からかっさらうように、抱え込む。そのまま、身軽さを生かして、木を隠れ蓑に、エルンストの所へ運ぶ彼女。
「あ、ありがとうございます‥‥」
ようやく、霧が晴れた後、自身が助け出された事に気付いた彼は、ほっとした表情で、そう礼を言う。
「アルヴィン、怪我は?」
「大丈夫‥‥。痛た‥‥」
エルンストに言われ、笑顔を見せようとするアルヴィン。だが、それでも足は痛むらしく、思わず顔をしかめてしまう。
「無理をするな。これ、飲んでおけ」
「はい‥‥」
そんな彼に応急手当を施したエルンストは、『良く頑張ったな』と言って、リカバーポーションを渡す。使った分は、後で学園に請求してやろうと心に決めながら。
「一体何があったのなの?」
「詳しく話してくれますか?」
ガブリエルとデメトリオスが交互に尋ねると、彼は「実は‥‥」と、事情を話してくれる。それによると、いつもと違うユリア嬢が、しきりと地下訓練場を気にしていたそうだ。
「やっぱり彼女も操られてるか、誰かが化けた偽物っぽいね。それにしても、地下訓練場か‥‥。何か知ってる?」
「知ってるどころの騒ぎじゃない。前にもそんな騒ぎがあったしな」
パラがそう尋ねると、東雲がそう答えている。その様子を見たデメトリオスが、アルヴィンにこう頼んできた。
「彼は正気ですよね。でしたら、地下訓練場の出入り口を、封鎖してきてもらえるよう、お願いできますか?」
「僕で大丈夫なら‥‥」
自信なさそうながら、頷く彼。と、エルンストが、シルバーナイフを彼へと渡し、こう告げた。
「手伝ってくれ、アルヴィン。念の為、これを渡しておく。ただ、焦る必要も、無茶をする必要もないからな」
「はい‥‥」
借り受けたナイフを握り締め、そう答える彼。だが、その直後である。
「あぁら、そんな事させるわけにはいかないわねぇ」
「レディ‥‥」
霧の中から現れる、紫の君。東雲が、複雑な表情で、その名を呟く。
「だって。貴方達は、ここで死ぬんですもの」
「やっぱり、先にミス・パープルをどうにかしないと、先に進めないようですね‥‥」
ライトハルバードをこちらへ向ける女史。敵意だけをちらつかせる彼女に、御門がそう言った。
「時間が惜しい。手っ取り早く仕留めろ。いいな」
「ああ。そういつまでも、デビルの腕に抱かせておくわけには行かないさ」
エルンストの忠告に、東雲はそう答える。まるで‥‥その役目は自分だと言わんばかりに。
●奪われた紫の君に
Gパニッシャーを抜かないまま、東雲は悲しそうな表情で、パープルにこう言った。
「レディ、もしかして俺のことも忘れてしまったのか?」
「‥‥覚えているわよ。ちゃんと。ただ‥‥私は本来の役目を思い出しただけ」
だが、彼女はそう言うや否や、表情を消して、東雲へと襲いかかる。
「うわっ、問答無用かよ!」
振り下ろされたライトハルバードを、なんとかメイスで受け止める彼。
「フルパワーだな‥‥。普段は手加減してたって事か‥‥」
しかし、その重い一撃で、痺れる腕。関節がどこかおかしくなっているかもしれない。普段、何かあるとすぐ追い掛け回してきてはいたが、それさえ彼女にとっては半分しか力を出していなかったらしい。
「少しでも動きを止めるのなの! アグラベイション!」
「をほほほほほ!」
ガブリエルがスクロールを広げるものの、高い声で笑うパープル女史にとっては、効果がないようだ。
「あんまり効いてませんね。これは、最大の障害かもしれません。ホンモノでしょうか‥‥」
「ミトンは付けてる‥‥。間違いない」
御門の疑問に、頷く東雲。ライトハルバードを握る彼女の手には、自分がはめた子猫のミトンが収まっている。
「あれは、福袋買った奴なら、持ってる可能性高いぞ」
「試してみましょう。月の鏃よ、ミス・パープルに!」
エルンストのセリフに、御門がそう言って、ムーンアローの魔法を放った。初級なので、大したダメージは出せないが、本物かどうかを確かめるには、充分だ。
「ふん。この程度、かすり傷ね」
命中した月の矢の後を、うっとおしそうに払いのけるパープル嬢。それを見て、エルンストがこう言った。
「ホンモノか‥‥。やはり操られてると見て正解だろうな。えぇい、だとすれば、遠慮している余裕はない」
彼が唱えたのは、ストリュームフィールド。強く巻き起こった風は、パープル女史の行動を、制限する。
「って、おいエルンスト!」
「うるさい。時間が惜しい。パープリンには、こいつで動きを阻害している間に、さっさと正気に戻ってもらう」
容赦のない行動に、東雲が突っかかるが、エルンストはそう言って、首を横に振った。
「こしゃくな真似を‥‥。人をそんな事言う子には、先にお仕置きが必要ねッ」
「うわ、怒った!?」
2人の間を裂くように、パープル女史がハルバードを振り下ろす。その行動とセリフに、ガブリエルがはたと気付いた。
「それだ。本人ならば、NGワードが効果ある筈です!」
「なるほど。可能性があるなら、試してみないとね」
ガブリエルが頷く。事情を知らない御門が、「言うとどうなるんです?」と尋ねてきたので、彼女は「むちゃくちゃ怒る」と、答えておいた。
「しかしだな‥‥」
「心を込めて叫べば、呪いを先生自身が打ち破れるかもしれませんよ。東雲さんだって、このままにはしておけないでしょう?」
難色を示す東雲に、デメトリオスはそう諭す。その言葉に、「そりゃあそうだが‥‥」と、しぶしぶ了承する彼。
「何をごちゃごちゃしゃべっておるか!」
「うわぁぁっ」
操ったであろうデビルの口調に良く似た声で、ライトハルバードを横薙ぎにするパープル女史。そこへ、エルンストがこう言った。
「これ以上押さえるのは、骨だぞ! 早くしろ!」
「やむをえん。せーので叫ぶぞ」
魔法の効果は無限ではない。促され、東雲はそう答える。
「その‥‥ごめんなさい、パープリン!!」
リースフィアも、申し訳なさそうな表情をしながら、皆と合わせて大きな声でそう言った。
「誰が、なんですって!?」
ぷっつんと、理性がキレる音。
「わーーー! 逆に怒ったー!」
「当たり前だーーー!」
逃げ回る生徒達。確かに衝撃は与えたようだが、その分怒りも増幅させてしまったらしい。その姿に、リースフィアがこう指摘する。
「こ、この調子だと。先生を操っているのは、呪いとか魔法とかじゃなくて、何か他に原因があるかもしれませんねっ」
「近くに術者がいるはずだ。俺が止めてる間に、さっさと探して来い!」
東雲が、反撃される事も厭わず、前へと進み出る。大したダメージは叩き出せないメイスに、次第に傷の増えて行く彼。
「押されてるよ! 東雲さん!」
「レディと心中なら、本望だっ!」
心配するその声に、叫び返す東雲。そう、ここで止めなければ‥‥あの時と同じ。記憶にあるパープル嬢と同じ顔の‥‥彼女をこの手にかけたその時と。
「ど、どきなさい‥‥!」
「いやだ。もう何があっても、絶対に放さない!」
痛みを堪えながら、引き寄せる。もがくパープルを、問答無用で押さえつけるように。暴れるその心を、自分の体ごと封じ込めたくて。
「ったく‥‥。パープルの事になると、見境がつかなくなるな‥‥。ガブリエル、固めてやれ」
「この際しょうがないよね。一時的に無力化させてもらうなの!」
仕方なさそうに‥‥けれど、どこかうらやましそうに、エルンストがガブリエルにそう言った。と、彼女は2人にまとめて、アイスコフィンをかける。抵抗しようとする彼女。その身を、抱きしめながら、東雲はこう囁く。
「閉じ込めるなら、俺も共に‥‥!」
穏やかに、囁かれたセリフは、5文字。大人しくなったパープル女史の身を、氷の棺が包み込んで行く。
「死ぬなら一緒だ‥‥。レディ」
まるで、弔いの鐘を鳴らすように、東雲はそう呟くのだった。
●地下訓練場
ところが。
「はい、これでOKですよ」
御門がそう言って、にっこりと笑った。見れば、パープル女史を閉じ込めていた氷の棺が、ぷしゅぷしゅと湯気を上げて融けている。てっきり、一緒に死んだものと思い込んだ東雲、目を瞬かせる。
「アイスコフィンはただの封印。氷を溶かせば元に戻るって、忘れてたでしょ」
「そ、そう言えばッ」
ガブリエルにそう言われ、はうぁっと茹蛸状態になる東雲くん。そこへ、パープル女史が目を覚ました。きょろきょろと周囲を見回し、不安そうな表情になる。どうやら、元に戻ったようだ。
「目ぇ覚めたみたいだな。良かった‥‥」
ほっとする東雲。原因は良く分からないが、心に衝撃を与えたのが効いた模様だ。
「まだ頭がくらくらする‥‥。それにしても、何か嫌な事を言われた気がするんだけど‥‥」
ちくりとやり返した後、今度はデメトリオスを睨む女史。『ひー』と顔を青ざめさせた彼、わたわたとこう言った。
「あれは不可抗力ですって! それに今は、そんな事やっている場合じゃありませんよ。すべてが終わってから謝るから、今はケンブリッジの危機を乗り越えましょうよ」
「そうね。落とし前は、きっちりつけてあげないとね」
ライトハルバードを杖代わりにして、立ち上がるパープル女史。
「ですが、安心は出来ん。左腕は、まだ麻痺したままなんだろう?」
エルンストの問いに、頷く女史。しかし、『いつもと同じになっただけだから、大丈夫』と、言い切っている。
「一番は、一番は元凶を断つことだから、それを探すなの。私達の目的は地下訓練場の奪還で、門で足止めされてるわけにもいかないから、早く向かうなの」
「抜け道がある。案内しよう」
ガブリエルがそう言うと、東雲がくるりと踵を返した。すでに、地図は頭に入っている。自身が仕掛けた罠も、当然ながら把握済みだ。戦場工作の腕は、伊達ではないと言った所か。
「入り口には、すでにアルヴィンが行っている筈だ。もし、ヘイドリック達が生きていて、何かやるにしても、そちらを使わざるを得ないだろう。鉢合わせする可能性が高いが、その方が手を打ちやすいしな」
エルンストがそう言って、地下訓練場の裏へ続く扉へ案内する。と、待っていたアルヴィンが、こう言った。
「ついさっき、数人の生徒さんが‥‥。止めるよりは‥‥見張ってた方が良いと思ったから‥‥」
「ああ、充分だ」
無茶をして、怪我をするよりはよっぽどマシである。褒めるエルンスト。
「ち、こんな所にもモンスターが!」
中に入った瞬間、クレイジェルが待ち構えていたように、襲いかかってきた。数は1匹しかいないが、硬い分強敵である。
「今度は遠慮なんかいらないよね。アイスブリザードッ!」
「ライトニングサンダーボルトッ!」
うさばらしとばかりに、遠慮なく魔法をぶっ放すガブリエルとデメトリオス。パープル女史も攻撃に加わり、クレイジェルは崩れ去ってしまう。
「先生、敵が地下訓練場で何をやろうとしてたか、覚えてます?」
「はっきりとは‥‥。ただ、そこに大切な物があってどうの‥‥って言う話をしていた気がするわ」
そのデメトリオスに尋ねられ、パープル女史はそう言った。それを聞いて、エルンストがこう推測する。
「それを押さえに行ったか。とすると、パープルや市場の騒ぎは、巨大な陽動と思って間違いないだろうな」
本命は、この地下。他にも、向かっている面々がいると聞いているから、そちらに任せておけば平気だろうが、手は打っておいた方が良さそうだ。
「先生、ここに足跡が‥‥」
「ふむ。調べて見てくれ」
アルヴィンの指摘に、エルンストはパーストのスクロールを、ガブリエルへと渡した。自分では読めないが、精霊碑文学に堪能な彼女なら、読みこなせるだろうと思っての事である。
「ユリア生徒会長?」
「おかしいな。こんな所にいるはずないんだが‥‥」
彼女が見たのは、ユリア嬢と思しき女性が、入って行く姿だそうである。他にも、何人か生徒が見えたらしい。
「パープル先生の偽物がいた事を考えると、他の人の偽物がいてもおかしくないのなの」
「確かめてみるか」
ガブリエルの指摘に、エルンストはそう言って、ブレスセンサーを唱えた。中に他の生徒が居ない事を考えると、ソレに引っかかるのは、ほぼ敵側の人間だけである。
「いた!」
その導きに従い、地下訓練場の奥へと進むと、そこから遺跡へ通じる横穴付近に、ユリア嬢とその配下らしい面々が、群がっていた。
「ここは立ち入り禁止にした筈ですが‥‥。何故ここに?」
呼び止められて、まるで不審者でも見るような雰囲気で、振り返るユリア嬢。
「偽物を排除しにな」
「どこにそんな証拠があるんですか」
エルンストが指摘すると、彼女はそう言って嘯く。刹那、御門が、ムーンアローの魔法を唱えた。
「月の鏃よ、エルフの生徒会長、ユリア・ブライトリーフに!」
が、目標を見失った矢は、ユリアではなく彼女自身に命中する。
「きゃあっ」
「ははは。どこを狙っているんです?」
悲鳴を上げる御門に、揶揄するように笑うユリア嬢。その表情は、今まで彼女が見せたことの無いものだ。
「やはり‥‥な。お前、偽物だな‥‥!」
「ばれてしまっては、仕方ないのぅ」
きっぱりと言い切るエルンストに、ユリア嬢はニヤリと不気味に笑う。おそらく、後ろにいる生徒達も、同族だろう。口調を変えて、魔法を発動させる偽ユリア嬢。その対象は‥‥一番実力のありそうなパープル女史。
「きゃああっ」
「危ない、レディ!」
東雲が、彼女の前に立ちふさがり、その盾となる。崩れ落ちる彼を抱きとめ、しばし呆然とする女史。直後、自身をにらみつける彼女に、彼女はこう言った。
「予定が狂ったが、まぁいいかの。やってしまえ、我が下僕」
抱きとめられた腕を押しのけるように、東雲がゆらりと立ち上がる。その表に、表情はない。
「ち、今度はヤツが相手か‥‥」
「どこかに、デスハートンの玉を持っているはずです。それを取り返せば、すぐに元に戻ります!」
パープル女史よりは、まだ楽な相手だが、それでも油断は出来ない。そう告げるエルンストに、リースフィアは、ここに来るまでに聞き出した、デビル魔法の事を口する。
「よぉし。そう言う事なら、任せてっ。偽物だってわかったら、遠慮いらないものねっ」
ガブリエルがそう言って、ウインドスラッシュを放つ。
「先生は、東雲さんのダンスの相手を! その間に、こっちでなんとかします!」
「最初からそのつもりよっ」
リースフィアのセリフに、女史は東雲の前と進み出る。
「さて、どう仕掛けましょうか。討ち取れれば良いのですが‥‥」
ナイトとしての直感が、それは難しいと告げている。殺気は、今まで出会ったどの敵よりも、強かった。そんな中、じっと彼女を観察していたパラが、金髪に光るそれを見つけ出す。
「見つけた! 偽会長の髪飾り!」
「持っているならば、やりようがありますねっ」
それさえ手に戻せば、東雲が元に戻り、パープル女史の手間が省ける。そう思ったリースフィアは、躊躇わず聖剣アルマスを構える。狙うは‥‥彼女の首。
「どこを狙っているのじゃ」
「あなたの首ですよ!」
しかし、相手の技量は、彼女よりも上だったらしい。まだまだ修業の必要なチャージングを、偽ユリア嬢は、鼻で笑いながら、かわしてしまった。
「丸ごとじゃなくてもいいんだよ!」
それは、囮。注意がリースフィアに向いた瞬間、パラが持っていたフットボールを蹴り飛ばす。卓越した体術で蹴り飛ばされたそれは、軽く弧を描きながら、偽ユリア嬢へと命中する。
「何!」
「いっただきぃ! アルヴィンくんっ! パスっ!」
その拍子に外れて落ちた髪飾りを、拾い上げたパラは、持ち前の射撃スキルで、アルヴィンに投げつけた。
「よし、でかした! さっさと東雲に飲ませろ!」
「ははははいっ」
軽くパニくりながらも、エルンストの指示に、彼はパープル女史と格闘中の東雲に、走り寄る。調度、パープル女史が、東雲を右腕1本で組み伏せた所だ。まるで、押し倒したような格好となった彼に、女史はその白い玉を飲ませた。そう‥‥彼がどうやったって拒否出来ない手段で。
「おのれ。良くも‥‥」
忌々しげにこちらを睨んでくる偽ユリア嬢。
「それはこっちのセリフだ。俺の紫の君を、よくもコケにしてくれたな。制裁は、受けてもらうぞ」
「エルスリードの名に懸けて、あなたを討ちます!」
東雲が元に戻った事を知り、リースフィアはそう宣言する。例え技量が低くても、聖なる剣は、必ずやデビルに裁きを与える筈だと。そう信じて。
「く‥‥。仕方ない。こちらのルートはナシにしてやるぞぇ!」
程なくして、偽ユリア嬢が、逃走を図ったのは、言うまでもない。
●事が終わって
そして。
「結局、あの生徒会長の正体って、わからなかったね。デビルだったのかな」
「さぁ。だが、それに属する者であった事は事実だ。パープルも元に戻ったし、めでたしめでたしじゃないか?」
パラの疑問に、そう答えるエルンスト。納得した表情となった彼女は、パープル女史にこう尋ねた。
「そうだね。ねぇ、先生。ヴァレンタイン・マーキスって人と、妹のルクレツィアって人を知らない? 黒の御前でも良いんだけど」
「ごめんなさい。麻痺は元に戻ったけど、記憶までは‥‥」
言葉を濁す彼女。どこか遠い目をしているのは、思い出した事があっても、それを言わない方が彼の為だと思ったからだろうか。
「いいじゃないか。それで。あーあ、服が酷い事になってるな。ほら、これ」
そう言って、用意していたらしい紫のドレスを差し出す東雲。
「あ、ありがとう‥‥。って、礼服じゃない。これじゃ似合わないわよ」
礼を言ったパープル女史の、差し出した両手には、まだ子猫のミトンがつけられたままだ。
「そんな事ないぞ。こうすればいい」
さっさと外してしまったその左手薬指には、一緒に渡した誓いの指輪が煌いている。パープル女史の顔は、既に赤い。
「着てくれないか? いやよ、要するに‥‥ずっと一緒にいてくれないか‥‥と言う事だっ!!」
恥ずかしそうに、言い切る東雲。
「そ、そんな事、大声で言わないでよっ。こ、答えなんか、分かりきってるんだから‥‥さ」
そんな彼に、くすりと笑って、指でマルを作ってみせるパープル女史だった。