【聖夜防衛戦】古木の広場に潜むもの

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 27 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月25日〜12月28日

リプレイ公開日:2006年01月05日

●オープニング

●黒の魅了
 それは、クリスマスも近いある寒い日の事だった。
「あれが、御前とやらから提供を受けた品か?」
「ああ。本当の名は失われて久しいが、片手でライトハルバードを振り回しておる。我が力により、完全な形にすれば、そなたの手足として役に立つじゃろう」
 女子教員寮を眺めつつ、そう話す女性が2人。片方は、ハロウィンで見かけたル・フェイである。もう1人は、彼女とハロウィンの最終日に行動を共にしていた者の1人だった。
「今年もこのシーズンか‥‥」
 教員寮では、窓辺に積もる雪を見て、そう呟くパープル女史がいる。その足元には、薄氷の張った冷水があった。
「っつ‥‥」
 痛みさえ伴うほどの冷たい水を、彼女は顔をしかめながらも、左腕へと押し付ける。よく見れば、彼女の手には先日持ってきてもらった薬草があった。
「刺激は‥‥まだ感じる‥‥か‥‥」
 難しい表情のまま、その作業を続けるパープル女史。と、そこへふわりとケープがかけられる。
「風邪をひいてしまうぞぇ」
「あら、ル・フェイ」
 見ればそれは、ハロウィンの時に見かけた黒髪の女性である。
「それにのぅ、パープル。それは‥‥そう使うものではないのじゃ‥‥」
「え‥‥?」
 にやりと意味ありげに笑うル・フェイ。警戒したパープル女史が振り返った直後である。
「そなたの病は、その様なものでは治らぬ。忘れておるかも知れぬがな‥‥」
「く‥‥、何を‥‥」
 いつの間にか焚かれていた香が、薬草の持つ匂いを何倍も濃くしたものだと、パープル女史は気づく。だが、とき既に遅く。
「フリーウィルには、そなたがいては邪魔なのじゃ」
 ル・フェイの後ろにいた少女が、その本性を現す。
「ゴモリー‥‥!? と言う事は‥‥、ル・フェイ! お前は!」
 教会にいた事もあるミス・パープル、デビルの気配くらいはわかるものだ。
「気付いたか。我が名はモーガン。ゴルロイス三姉妹の1人よ‥‥」
「おのれ‥‥、魔の者め‥‥」
 自らの真の名を明かすル・フェイに対し ライトハルバードを手に取る彼女。薬がきいてもなお、戦う力を残す彼女に、ゴモリーが目を細め、こう言った。
「だが、その力、このまま殺すには惜しい。我が手駒として、存分に働いてもらうぞ‥‥」
「誰がそん‥‥ぅ‥‥」
 拒否しようとしたパープル女史の身体を、脱力感が襲う。見れば、ゴモリーの掌に、小さな白い珠が浮かんでいる。デビルに特有の魔法‥‥デスハートン。
「眠れ、紫の君。目覚めた時、そなたは長年の不具合から解放される。その‥‥強靭なる意思と引き換えにの‥‥」
 くくく‥‥と笑うゴモリー。薄れて行く意識。
「嫌‥‥。私を閉じ込めないで‥‥」
 闇に落とされる感覚に包まれる中、パープル女史はそう呟くのだった‥‥。

●鋼の広場
 さて、その頃‥‥。
「降りそうだなぁ‥‥。早く帰らないと‥‥」
 この時期、どこも人手不足の市場で、アルバイト中のランスくん。今にも雪が降りそうな曇天の空を見上げ、そう呟く。
「クリスマス‥‥か‥‥。今年は、パーティやるのかな‥‥」
 見下ろすと、ちょうどオールドプラタナスの広場だった。そこでは、聖なる夜に向けて、プラタナスもおめかしと言った風情で、色とりどりの糸玉がくくりつけられている。
「ツリーの下で、素敵な告白を‥‥。って、わぁぁぁ、出てくる人が違う〜!」
 ぽーっと恋人たちの夜を夢見たランスくん、思わず知り合いの顔を浮かべてしまい、思いっきり赤面している。
「あ、あれ‥‥?」
 ぱたぱたと赤くなったほっぺを元に戻した彼の目に、オールドプラタナスの枝が、にょきりと動いたような気がした。
「今、動きませんでした?」
「オールドプラタナスがか‥‥?」
 広場のハーブティ馬車の店員さんに確かめて見るが、彼はよく見ていなかったらしい。
「気のせいかなぁ‥‥」
 首を傾げるその目の前で。プラタナスの枝が、取り付けられた糸玉を弾き飛ばしていた。
「き、気のせいじゃなかった!」
「誰だ! プラタナスに魔法かけたバカは!」
 とたんにパニックになる広場。と、そこへきしゃぁぁと叫び声が響き渡る。
「モンスター!? どうしてこんな所に‥‥」
 声のするほうを見上げた瞬間、急降下してきたのは、本来なら荒野にすむ筈のヴァルチャー達である。
「わぁぁっ!」
 他にも、やたらと大きなカラスなどが、空中を旋回している。慌てて逃げ出すランスくん。
「坊主! 大丈夫か!?」
「あ、修理屋さん!」
 気が付けば、修理屋街に逃げていたらしい。知り合いを見つけ、かけよる彼。
「くっそー、プラタナスが暴れだしたと思ったら、こんな所にまで‥‥」
「ど、どうしましょう!」
 気が付けば、市場のあちこちにモンスターが現れていた。悔しいが自分達に彼らを除去する手段はない。
「おい、聞いたか? ガッコのミス・パープルが、理の門でなんかやらかしてるらしいぞ!」
 おまけに、街の外へ通じる門には、敵に寝返ったらしいパープル女史が、彼らを逃がすまいと待ち受けているらしい。
「って、なんであのねーさんが! えぇい、そーすると、騒ぎが収まるまで、何とかやり過ごさなきゃいけないか‥‥。親方ぁ! うち、何人まで詰め込めます!?」
「10人くらいなら何とかだなぁ‥‥」
 広い工房を見渡して、難しい顔をする老店主。どうやら、頑丈なそこに、街の人を避難させるつもりのようだ。
「そーすると、女子供だけか‥‥。おい、そこの。前はガッコにメンツを呼び行け!!」
「え、ええぇぇ!?」
 修理屋さんにそう言われ、驚くランスくん。
「大丈夫だ。お前だって学校で色々習ってんだろ」
「が、頑張ってみます‥‥!」
 いかにバイトで色々とやっているとは言え、荒事に慣れてはいない。だがそれでもランスくんは、気丈にそう答えてくれるのだった。

●今回の参加者

 ea1798 ゼタル・マグスレード(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6769 叶 朔夜(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7050 ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(29歳・♀・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ea8484 大宗院 亞莉子(24歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea8870 マカール・レオーノフ(27歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9311 エルマ・リジア(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

セラフィマ・レオーノフ(eb2554

●リプレイ本文

●はじめに
 ランスくんの知らせにより、急遽集まった面々は、急ぎ市場へと向かっていた。
「あたしはピアレーチェ。あ、呼ぶ時はピアでいーよ」
 向かいながら、明るくそう挨拶するピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ea7050)。だが、他の面々の表情は、とても厳しかった。
「久々の古巣に帰ってみれば‥‥。聖夜祭に悪魔の跳梁とは、世も末だな」
 微かに聞こえてくるモンスターの嘲笑と、悲鳴に、ゼタル・マグスレード(ea1798)が忌々しそうに呟く。と、そんな彼に、叶朔夜(ea6769)がこう言った。
「しかも、理の門の方では、教師が暴れていると言うし。祭があると聞いたのに、これでは楽しめないではないか」
 ジャパン人の彼にとって、聖夜祭と言うのは、なじみの薄い行事ではあった。が、国こそ違えど、祭には違いない。それを台無しにしたモンスターに、憤慨している模様。
「先生だけじゃないみたいです。ここで頑張らないと、一般の人が大変な事になってしまいます」
 楽しみにしているのは、学園関係者ばかりではない。エルマ・リジア(ea9311)が慌てたようにそう訴える。
「とにかく、混乱して犠牲者が出ないよう、避難誘導だな」
「ああでも、一般の方がたくさんだから、フード被らないと、避難して貰えないかも〜」
 叶のセリフに、わたわたと頭を触るエルマ。ハーフエルフの彼女、自分の立場を危惧しているらしい。と、そんな彼女に、同じくハーフエルフのマカール・レオーノフ(ea8870)がこう言った。
「布でも巻いて置いてください。それに、混乱したこの状況じゃ、誰も気にしてはいませんよ。狂化さえしなければ、ね」
「うー、せっかくの聖夜ですのに‥‥」
 言われた通りにしながら、残念そうにそう言うエルマ。祭を台無しにされて怒っているのは、彼女ばかりではない。
「ホント、やなカンジィ。本当はオールドプラタナスでデートしたかったのにぃ、あのオバサンのせいでだいなしってカンジィ!」
 大事なデートを邪魔されて、頬を膨らませたまま、ぷんぷんしているのは、大宗院亞莉子(ea8484)。
「さぁて、キャメロットのほうでも、ゴルロイス君がなんかしてるって話だし、やることやってトンボ帰りだ!」
 その騒動を片付けるべく、ピアがそう言った。一行が市場へと足を踏み入れたのは、その直後である。

●広場の混乱
 現場は、かなりの騒動になっていた。道筋は、あらかじめランスくんに聞いていたので、迷う事はないが、他の市民達はそうは行かない。モンスターに上空から襲われ、逃げ込んだ先では、他の一般人に襲われる。誰が敵か分からない状況では、自分の身を守る事さえ困難な状況だ。
「落ち着け! 手の空いている者は、怪我した者を連れて避難しろ! 場所は修理屋街だ!」
 混乱する現場に到着するなり、叶がそう叫ぶ。この状況で、どれだけの人間が聞いているかわからないが、言わなければ、被害は増える一方。そう思って。
「そっちに行くな! ち‥‥妨害しているプラタナスの枝が邪魔だな‥‥」
 同じく広場に集まっていた市民を、修理屋街へ誘導しようとしたゼタルだったが、今度はオールドプラタナスが、その行く手を阻むかのように、枝を伸ばしてくる。鞭の様にしなったそれは、目の前で市民を一人、生贄に捧げようとした。
「悪いね。ちょっと枝払いさせてもらうよっ」
 例え曲がっていても、枝は枝。ピアが持っていたホーリーパニッシャーを叩きつけると、ばきりと折れてしまう。固まっているハーブティ馬車の売り子を庇いながら、彼女はこう指示をする。
「修理屋街なら、そうそう崩される事もないよ! 頑丈な建物の中に逃げて!」
 堅牢なる戦乙女、ゴルロイス公に認められたその力は、伊達ではないようだ。
「慌てないで! 慌てれば相手の思う壺です!」
 避難している者の中にも、学園生徒がいたらしく、何人かは自分の技量でもって、避難誘導に参加していた。ところが、なんとかまとまりかけたその時である。
「あれは‥‥!」
 成り行きで、避難誘導に参加していたランスくん。その女の子と見まごう容姿に、他の学生が目をつけたらしく、襲いかかるのが、ピアの目に飛び込んできた。
「わぁぁぁんっ。助けてぇ!」
「ランスっ!」
 何を勘違いしたのか、襲っている方は、彼の服を剥ぎ取りにかかっている。悲鳴を上げるランスくんに、マカールが敬称をつけるのさえ忘れて、シルバースピアを割り込ませた。
「それでも黙りませんかっ」
 持っていたナイフを、ディザームで叩き落とすも、相手は『邪魔するなよぉ!』なんぞとほざいている。
「なら、黙らせるまでだ!」
 そこへ、叶が脇から近付いて、みぞおちにスタンアタックを叩きこんだ。さほど抵抗する事もなく、崩れ落ちる彼。しかし、敵はそればかりではない。
「くわぁぁっ」
「マカールさんっ、上からモンスターが!」
 すぐ上で響いた鳴き声と、悲鳴じみたランスくんの警告。と、2人の良く目立つ金髪に惹かれたか、巨大なカラスが急降下してくる最中だ。
「私のランスくんに、近づかないで下さい」
 どさくさに紛れて、とんでもない事をほざきながら、向かってきたモンスターに、マカールはシルバースピアを振り下ろした。と、カラスは両断されてはかなわないと、再び空中へ舞い上がる。
「逃げちゃいましたか‥‥」
 遠距離に攻撃できる手段は、ブラックホーリーだけだ。だが、スピアの攻撃力を生かすため、軽装になっている今は、わわざ武器を置いて魔法を使うのは、得策ではない。そう判断し、マカールはモンスターを追い払うだけに留めていた。
「やっと大人しくなったようだな」
 一方、スタンアタックを食らわされた御仁は、目を回したまま、まだ起きない。その様子を見て、そう呟く叶。
「大丈夫ですか?」
「は、はい‥‥っ」
 マカールに安全を確かめられ、そう言って頷くランスくん。と、彼も「よかった。無事で」とか言いながら、ほっとした表情を見せている。
「愛を語るのは後だ。まずは混乱を防ぎたい」
 そのまま背景にお花が散りそうな光景に、ゼタルがクールにそう言った。慌てて身を離すマカールとランスに、彼はこう続ける。
「まずは工房にいれたところから閉鎖。外部の連中を入れないでくれ」
 操られている者が、どれだけ普通の人間と変わらない対応をするか未知数。それ故に、一般市民の安全を守る為、と彼は説明した。
「しかし、これだけ人数が多いとね‥‥」
「人手が足りないです」
 ピアのセリフに、エルマが困ったようにそう言った。今まで対処しただけでも、軽く誘導している人間の10倍はいる。広場だけでそうなのだから、これから市場の方から逃げてくる人々の事を考えると、20倍には膨れあがりそうだった。
「それでもやらないよりはましだろう。リカバーが使えるヤツは、手当てを頼む」
「わかったー」
 ゼタルの指示に、ピアが持っていた武器をしまってそう言った。
「グラーティアも手伝ってね」
「くぅん」
 エルマのわんこも、鼻を鳴らす。戦闘に連れて行くのは不向きだが、避難する人に付き添ってもらえれば、充分だ。
「避難は女子供が先だ。って、泣くなこらーーー!」
 工房では、修理屋の兄ちゃんが小さな子供に驚かれ、お手上げの状態になっている。そこへ、エルマがグラーティアを近付かせると、わんこは泣いている子供の頬をぺろりとなめた。
「そのまま、一緒にいてあげてね。私の大切なお友達だから、しっかり守ってね」
 ふかふかの動くぬいぐるみ状態のコリー犬に、不安だった避難の人達も、少し和んでくれたようだ。動物によって癒されるのは、大人も子供も変わりないようである。
「怪我している人はいない? 言ったら手を上げてね」
 そこへ、ピアがいかにもと言った雰囲気で、人々の間をまわって行く。看護人を生業としている彼女、怪我の手当ては本職なので、とても手際が良かった。
「ここじゃ手狭ですね‥‥。できればもう一軒くらい避難先があれば‥‥」
「厳しいだろうな」
 一方で、表情を曇らせるマカールとゼタル。
「まだ混み始めていなかった時間帯なのが、ラッキーでしたね。これがもっと人の多い時間なら、どうなっていた事か‥‥」
 考えただけでも、背筋が寒くなる。そう言いたげなマカールに、エルマがこう言った。
「男性はできるかぎり自力で逃げ回るか、ちょっと遠いですが、食堂まで逃げるのはどうでしょう? あそこは広いですから男性も入れるかもしれませんし」
「いや、学校の方は操られた学生が多いだろうし、食堂は却って危険かもしれん。ここは、操っている連中を叩くのが得策だろう」
 しかし、それにはゼタルが首を横に振った。確か、そちらでも戦闘が発生していたと記憶している。わざわざ危険に飛び込ませるよりは。警戒と迎撃に当たったほうがいいだろうと、提案する彼。
「現れたぞ」
 そこへ、周囲を警戒していた叶が、敵襲を告げた。見れば、再び上空にモンスターが現れている。
「わ、もう復活したんですか。早いですね‥‥」
 追い払われたカラス達が、再び襲撃の準備を整えているようだ。今にも急降下してきそうな彼らに、難しい表情を見せるマカール。
「こちらの人数は決して多くない。役割は決めておいたほうがいいだろう」
 ゼタルがそう提案し、『市民の先導』『敵からの囮』『市民を逃がした後、敵を追い払う者』に、面々を振り分けている。
「大宗院、撹乱を頼む」
「任して☆ 足の速さは伊達じゃないってカンジぃ」
 囮となったのは、疾走の術を使える亞莉子。そう言うと彼女は、術で加速する。服装自体は、いつもの制服だが、その髪と首には、かんざしと水晶のペンダントが煌いている。カラス相手ならば、充分に役に立つだろう。
「く‥‥! こんな所にも人が!!」
 しかし、敵はそれだけではない。目立つように振舞う亞莉子を止めようと、操られた市民が立ちはだかる。
「ここは俺が食い止める。お前はその間に!」
 彼らが、手にしていた木の棒で、打ちかかって来たのを、持っていた忍者刀で止める叶。
「寝かすのは、こう言う手段でも良かろうっ」
 そう言って彼は、その相手を、スタンアタックで黙らせる。おまけとばかりに、背後へ忍び寄ろうとしたもう1人にも、スタンアタックを食らわせていた。
「んもー、面倒くさいってカンジィ」
 次々と増える敵に、一時停止した亞莉子が、別の忍術を使おうとした。ただ、彼女が唱えようとしたのは、春花の術である。
「こらぁっ! こんな所で春花の術を使ったら、俺達まで寝るだろうが! 風を読め! 風を!」
 同じ忍者の叶が、そう言って止める。確かに酔っ払いを相手にする時には、効果は抜群だったりするが、範囲内には、敵ばかりがいるわけではない。
「難しい事言わないでってカンジィー!」
 そう言った自然に対する感覚なんぞ、亞莉子は持っちゃあいない。とりあえず、逃げる人々ごと、眠らせてしまう彼女。
「きしゃああ!」
「カラスが加勢にきたな‥‥」
 不甲斐ない人間達に、業を煮やしたのか、カラスがこちらへ向かってきた。
「ちっ! 手の開いているヤツ、手伝えッ」
 彼らの足止めをする為にか、ゼタルが街路樹の枝にウインドスラッシュを当て、どさどさと地面に落とす。
「こらぁっ。さっさと起きないと食われるってカンジぃ!」
 彼が障害物を作っている間、亞莉子は自分が眠らせた中から、安全そうな市民をたたき起こし、さっさと誘導している。
「こっちは大人しくなったは良いですけど、このままにしておくとマズいですね。こんな寒空と鳥の下で放置したら、食べられちゃいますよ」
「適当な軒下にでも転がしておけ。毛布をかけておけば、目が覚める頃までもつだろう」
 残った操られ組に、マカールがそう言うと、叶が近くの店を指した。と、エルマは首を横に振り、転がっていた面々に魔法を唱えてゆく。
「いえ、それでは手間がかかりますし、こうして行けば良いと思います」
 モンスターが入れない程度の間隔で転がしてある人にアイスコフィンを唱えれば、あっという間にバリケードの出来上がり。
「よし、これでしばらくは持つな。後は‥‥あいつだ!」
 いつの間にか、ぐるりと自分達を取り囲んでいるカラス達。それを見て、エルマがこう呟く。
「なんとか引き寄せられませんかね」
「それならこうすれば良いってカンジぃ」
 カラスに向かって、春花の術を唱えようとする亞莉子。
「わぁぁっ。ちょっと待ってください。だからそっちは風下です〜!!」
「常に風上に立っててもらわないと、皆寝ちゃいますよ。ほらほら、あっちへどうぞ」
 ばたばたと身体を張って止めようとするエルマに、マカールがそう言って、風の方向を指し示す。おかげで、カラスが徐々に高度を下げ始めた。
「食らえ! 風の刃を!」
 そこへ、ゼタルがウインドスラッシュを叩きこむ。だが、対象が一匹しかとれない風の魔法は、数匹でかかられると、かなり辛い。
「ちっ! 間に合わないかっ!?」
「援護します!」
 そこへ、エルマがアイスブリザードを唱えた。初級で放たれたものだが、カラス達には充分効果があったらしい。羽根をやられて、逃げて行くカラス達。
「何とか退けたな。余力は、どうだ?」
「大丈夫ですけど、魔力を残しておきたいです。なんだか嫌な予感がするし」
 他のカラスを片付け終えた叶が、そう尋ねると、エルマは首を横に振る。同じく、まだ余力を残しているらしいゼタルもこう言った。
「そうだな‥‥。おそらく、こいつらはあくまでも雑魚‥‥。本命は別‥‥」
「敵に操られてる人が居たり、オールドプラタナスが動き出してたりするから、もしかすると広場には、悪魔が潜んでるのかも知れないね」
 ピアが、レジストデビルを自分にかけ、その理由になった疑問を投げかける。
「広場に行ってみよう。何か分かるかもしれない」
「そうですね。私も魔法をかけておきます」
 ゼタルの提案に、頷くマカール。そう言って、レジストマジックを使う。自分も魔法は使えなくなるが、元々使う気がないので、四の五の言ってはいられない。前衛の自分が操られるよりは、遥かにマシなのだから。

●古木に潜む悪魔
「流石に誰も居ないか‥‥」
 広場は既に避難が完了し、閑散とした表情を見せていた。あちこちに放置されたままのハーブティ馬車、転がった花壇などが、さらに寂しさを際立たせている。
「どこかに潜んでるかも。デティクトアンデット!」
 ピアがそう言って、魔法を唱える。
「あれは‥‥」
 その効果により、あぶりだされたのは、太い枝の上で、さながら玉座に微笑む姫君のような女性だった。
「あそこ! オールドプラタナスにいるよっ!」
「ふん、バレてしまっては仕方がないのぅ」
 ピアが指先を女性へと突きつける。と、彼女は透明化していた姿を解き、さながら天使の光臨が如き姿で、プラタナスの上から舞い降りてくる。
「あなたは‥‥いったい‥‥」
「我が名はゴモリー。長きに渡り、この騒動を裏で操りし者」
 マカールの問いに、彼女ははっきりとそう言った。口元にこそ笑みは浮かんでいるが、瞳はまったく笑ってはいない。
「アレがゴモリーですか‥‥。なるほど、それらしい姿をしてますね」
 一応知識はあるエルマがそう言った。名前だけは聞いた事がある。魅了と言魂を使い、異性を誘惑して、悪の道に誘っていると言う、デビルの一人だと。
「くくく。愚かな人間が、のこのこと殺されに来たか。丁度良い。返り討ちにしてくれる」
 その知識が示す通り、彼女は男性なら思わず我を忘れそうな、エキゾチックな容姿をしていた。
「く‥‥誘惑か‥‥」
 魔法の使えない叶が、引きこまれそうな姿に、唇を強くかみ締める。そんな中、彼女は歌うように続けた。
「わらわは長き封印を余儀なくされた。闇の中、糸を引き、絡めた取ったベルが、わらわを封印から解き放ってくれた。だが、我が内に荒れ狂う怒りと恨みは、今だ消えぬ」
 それが、魅了の力をもったものだと言う事は、魔法をかけていない者達の苦しみぶりからも、良く分かる。
「封印‥‥。ベル‥‥。そう言う事ですか‥‥」
 はっと気付いた様子のマカール。同じくレジストデビルの効果により、影響を受けていないピアが、「どうしたの?」と尋ねると、彼はこう答えた。
「ランスくんから聞いたんですよ。コレック卿の受け売りだそうなんですけどね」
 それによると、その昔、ケンブリッジには、ゴモリーの跳梁があったそうである。余りにも昔で、御伽噺だと思っていたが、どうやらそれが本当の事らしいと。
「ほほぅ。貴様は我が意に従わぬようだな。ならば、我が恨み、まずは貴様で晴らしてくれるわ!!」
 彼ら2人の様子を見て、ゴモリーがその表情を変える。立ち上った雰囲気は、まさにデビルそのもの。
「オバサンが正体を現したってカンジィ」
 それを見て。いち早く回復した亞莉子がそう言った。愛する人との大事なデートを台無しにされて、頭にきているようで、その優秀な足を使って、彼女の攻撃を誘うように走り回る。
「えぇい、うっとおしい! 目障りな小娘め!」
「きゃあっ」
 しかし、幾ら足が速くても、魔法を止める力にはならない。サンレーザーを食らい、足を止められる亞莉子。
「死ね!」
 再び、レーザーが放たれた。高速詠唱を使ったそれは、今度こそ彼女を消し炭にしようとする。
「危ないっ」
 レジストマジックを唱えたままのマカールが、その盾となる。
「ごめんってカンジ」
「気を付けてください。相手は‥‥デビルですから」
 謝る亞莉子に、彼はそう言った。気を抜ける相手ではない、と。
「わかっている。銀の武器だな」
 ようやく誘惑を振り払った叶が、そう言って持っていたシルバーダガーに装備を変える。
「行きますよ。どうやらこの人が、諸悪の根源のようですから!」
 そう叫ぶや否や、シルバースピアを踊りかからせるマカール。
「甘いわ!」
「外した!?」
 かなり技量の高いはずの彼の攻撃は、あっさりと回避されてしまう。逆に、彼女が何か唱えると、急激な脱力感が襲ってきた。見れば、ゴモリーの手には、白い玉の様な物が握り締められている。
「マカールさん!」
「大丈夫、このくらいは!」
 心配してそう叫ぶランスを、隠れているように制し、彼は再び戦場へと向かう。
「ははは! 効かぬぞ! 効かぬぞえ!」
 そこでは、叶のシルバーダガーが、まったく役に立たない状況が続いていた。ダブルアタックを使えば、当たらないわけではない。しかし、当たったとしても、さほどダメージを与えているようには見えないのだ。
「流石に強いな‥‥」
「ボスだからね‥‥。こんな所でもたついてる場合じゃないのに‥‥」
 中々致命傷を与えられない情況に苛立ちを募らせるゼタルとピア。
「さぁ、わらわの怒りを鎮める血を!!」
 そこへ、ゴモリーは再び魔法を放つ。
「く‥‥。ダメで元々。援護しましょう!」
 エルマがそう言って、高速詠唱でアイスブリザードを唱えた。あわせるように、ゼタルが威力の高いライトニングトラップを解き放つ。
「させないよ!!」
「ピアさん!?」
 それが、彼らデビルに特有の魔法だと見抜いたピアは、自ら前へと進み出る。
「キミを倒して、早くゴルロイスくんと対戦するんだからっ。こんな所で、引き下がってなんて、いられないんだよ!」
「ぐぁぁぁっ!」
 力強く振り下ろした聖なる鉄球‥‥ホーリーパニッシャー。加護の与えられたそれは、他の武器と違い、確実にダメージを与える事に成功する。
「あれは‥‥、もしやエボリューション!?」
 その様子に、エルマがはたと気付く。確か、デビルが使える魔法には、一度食らった攻撃を無効化する方法があった筈だ。
「ち‥‥」
 ゴモリーが表情を変えたところを見ると、おそらく正解なのだろう。
「ならば、手はあります! ランスくん、剣を!」
「はいっ!」
 それを聞いたマカールは、既に使ったシルバースピアを、月桂樹の木剣へと切り替える。瓦礫の向こうで見守っていたランスが、預かっていた聖剣を投げて渡す。
「月桂樹の剣よ! 魔の者に死の制裁を!」
 勝利の栄光のシンボル。ぱしりと受け取ったそれを、マカールはゴモリーへと振り下ろした。
「その程度の武器で、わらわが倒せると思うてか!!」
 持ち前の素早さで、その一撃を避けるゴモリー。しかし、足を踏み入れた先は、逃げ場を失うように張り巡らされたライトニングトラップ。
「今です!」
「わかってる!」
 その瞬間、マカールは叫んだ。ある程度ダメージを受けた身では、避けるのもままならないだろうと。
「させるかぁ!」
「こっちのセリフだよ!!」
 受け止めようとしたその拳に、ピアは全体重をかけ、ホーリーパニッシャーを振り下ろした。カウンターアタックの要領で放たれたそれは、ゴモリーへと炸裂する。
「ぐはぁぁぁ!! バカな‥‥! この私が‥‥!!」
 清められた聖なる鉄球により、彼女のケンブリッジの人間ばかりか、妖精王国のディナ・シー達やゴクマゴクすら影で操り巻き込んだ古からの所業は、文字通り打ち砕かれたのだった。

●その後
 そして。
「良かった。これでゴルロイスくんに怒られなくて済みそうだよ」
 ほっと胸をなでおろすピア。これからすぐにキャメロットに向かうそうで、挨拶もそこそこに、荷物をまとめて、市場を後にしていた。
「聖夜祭終わっちゃったってカンジィ」
 残った亞莉子、周囲を見回して、ふくれっ面をする。
「仕方がなかろう。壊したのは私達なんだから」
 そう言って、自分が蹴倒した花壇を元に戻す叶。他にも、バリケードに使った樽やテーブルがそこかしこに散らばっている。まずはそれを片付けないと、祭りのやり直しも出来ない。
「あれ? マカールさんはどこ行っちゃったんです? ランスくんも居ないですけど‥‥」
 が、その片付けをしている最中、エルマは約2名姿を消した事に気付いた。
「ははーん。さては‥‥」
 恋する乙女な亞莉子ちゃん、2人が一体何をしに行ったか、直感的に悟る。その予想通り、マカールとランスは、プラタナスの木陰で、こんなやり取りをしていた。
「あの、これ‥‥受け取ってもらえますか?」
 ジーザスの聖誕日には間に合わなかったものの、聖夜祭そのものは、続いている。そんな言い訳を考えているのではないだろうが、マカールはそう言って、手にはめていた指輪を、ランスへと差し出していた。
「これは‥‥」
「聖夜のプレゼントです」
 受け取ってもらえると嬉しいのですが‥‥と、照れたようにそう言う彼。
「なくさないように、指にはめてたんで、もしかしたら傷が付いているかもしれませんが‥‥」
「ありがとうございます。大切に‥‥します」
 にこりと微笑んで、指輪を受け取るランス。と、彼はそれをマカールの目の前で、はめて見せた。
「って、ランスくん!?」
 驚く彼。そう‥‥ランスがつけたのは、自分の‥‥左手薬指。
「大切な人からもらった指輪ですから。つける場所は‥‥ここで良いですよね?」
 悪戯っぽくそう言う彼に、やられたーと言った表情のマカール。
「そうか。これが祭のプレゼント交換と言う奴だな」
「ちょっと違うかもってカンジー」
 妙に納得した表情の叶に、ツッコミを入れる亞莉子。悔しいので、終わったら友達にネタとして提供してやろうと、心に誓う彼女だった。