【神の国探索】闇の公を越えて
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■ショートシナリオ
担当:姫野里美
対応レベル:10〜16lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 49 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:12月29日〜01月01日
リプレイ公開日:2006年01月09日
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●オープニング
●聖杯城マビノギオン
「まさか、『聖杯』の安置されている『聖杯城マビノギオン』が、リーズ城だったとはな」
「リーズ城を知っているのかよ?」
アーサー・ペンドラゴンは自室のテラスで、日課の剣の素振りをしていた。傍らには美少女が居心地が悪そうにイスに座っている。けぶるよう長い黄金の髪に褐色の肌、健康美溢れるその身体を包むのは白いドレス。誰が彼女を、蛇の頭部、豹の胴体、ライオンの尻尾、鹿の足を持つ獣『クエスティングビースト』だと思うだろう。
かつてのイギリスの王ペリノアの居城に、彼女は四肢を分断されて封印されていた。しかも、聖杯によって人間の女性へ姿を変えられて。
これにはクエスティングビーストを狙っていたゴルロイス3姉妹の次女エレインも、流石に騙された。
彼女を無事保護したアーサー王は、キャメロット城へ住まわせていた。
「ここより南東に50km、メードストン地方のリーズという村を治めている城だ。城主は‥‥ブランシュフルールといったな。名うての女騎士だが、聖杯騎士とは」
「聖杯は然るべき時にならなきゃ姿を現さないんだろうぜ。でも、てめぇらが手に入れなきゃ、俺だって『アヴァロン』への門を開けられねぇんだからな」
クエスティングビーストが真の姿を取り戻さない限り、神の国アヴァロンへの扉を開ける事は出来ない。
「しかし、この格好、何とかなんねぇのかよ?」
「グィネヴィアの趣味だ。もう少し付き合ってやってくれ」
クエスティングビーストは王妃グィネヴィアに取っ替え引っ替えドレスを着せ替えられていた。アーサー王との間の子供のいないグィネヴィア王妃にとって、彼女は娘のように思えたのかも知れない。
「アーサー王、失礼します!」
そこへブランシュフルールへの書状を携えて斥候に向かった円卓の騎士の1人、ロビン・ロクスリーが息急き立てて駆け込んできた。
「どうした!?」
「マビノギオンから火の手が上がっており、オークニー兵とおぼしき者達とデビルに攻められています!!」
「何、オークニー兵だと!? ロット卿は動いてはいないはずだ‥‥モルゴースか! デビルがいるという事はエレインもいるようだな。ロビンよ、急ぎ円卓の騎士に招集を掛けろ! そしてギルドで冒険者を募るのだ!!」
ロビンはその事を報せるべく、急ぎ引き返してきたのだ。
そして、アーサー王より、最後となるであろう聖杯探索の号令が発せられるのだった。
●下された使命
「失礼いたします。陛下にはご機嫌麗しゅう‥‥」
「堅苦しい挨拶は良い。実は、そなたに頼みたい事がある」
レオンにそう指示を下すと、議長はアーサー王との面会に向かった。騎士らしく片膝を付く彼に、王はこう続ける。
「今度の戦、そなたと手の者に、護衛を頼みたい」
「それは‥‥構いませぬが、よろしいのですか?」
王の元にも、報告は届いている筈である。だが、王はそれには触れず、理由を述べる。
「ラーンスは、城の守りで動けぬ。それに、クエスティングビーストとは、縁が深いと聞いた。ゴルロイス公の事もある。適任であろう?」
「‥‥して、目的地は」
議長もそれ以上は何も言わず、ただ使命を果たさんとする。
「リーズ城だ。よもやこんな近くに、聖杯が収められていようとは、思わなかったがな」
「かしこまりました」
頭を垂れ、退室する議長。そこへ、不安そうなレオンが近寄ってくる。おそらく、ゴルロイスが混乱に乗じて、直接アーサー王を狙ってくるのは確実だろう。そう簡単に引くとも思えない。
「全てを清算するのは、閣下を退けてからだ‥‥」
だがそれでも議長は、与えられた役目と、自らの過去に決着を付ける為に、そう呟くのだった。
●炎の牙
その頃、当のゴルロイスは‥‥。
「なるほど、ようやく時が来たようだな‥‥。長く待ったかいがあったぞ」
遺跡で、リリィベルからリーズ城へ、アーサーが向かったとの報告を聞いた彼は、マントを翻し、悠然と立ち上がる。
「ゴルちゃん、やっちゃえってカンジ?」
「黙れ、御前の手先。人を焚きつけようと言うのなら、無用な策略だ」
だが、その切っ先は、煽りたてようとするリリィベルへと向けられていた。
「げ、バレてる?」
「その程度、見ぬけぬ私だと思うてか」
どうやら、今まで見て見ぬ振りを続けていたのは、彼女達御前一派を踏み台にする為だったらしい。
「へぇ‥‥。じゃ、忠義面する必要はないねぇ‥‥」
リリィベルの声音が、低く変わる。
「切り殺されたいか」
「呪い殺されたけりゃどうぞ。もう死んでるだろうケドね☆」
くくく‥‥と笑う姿は、今までの道化師めいたそれではなく、デビルそのもの。
「なぁんてね。じゃ、リーズのお城で待ってるよーーん☆」
直後、彼女の周囲が黒く染まる。明かりのない遺跡では、視界が閉ざされたも同然だ。
「ここが、聖杯城だったと言うのですね‥‥」
「えーん、御前様ぁ。ゴルちゃんにバレちゃったよーう」
まんまと遺跡を脱出したリリィベルが向かったのは、リーズへと向かった御前のところだった。
「あなた生きてたんですか。てっきりゴルロイスに殺されたと思ってましたが」
「リリィ、あんな死に損ないにやられるほど弱くないもーん☆ それで、御前様。どうするの?」
御前の物言いにも、彼女は慣れているのだろう。そう問いかけてくるリリィベルに、御前は外を指し示す。
「既に、策は動いておりますよ。ごらんなさい」
「わーー。いっぱい燃えてる〜」
リーズの城を取り囲む森では、あちこちから炎が上がっていた。
「メギドに命じておきました。これから、もっともっと燃えますよ。色々な意味でね」
くくく‥‥と、楽しげに笑う御前。その反対側、ちょうど森を見下ろす高台では。
「閣下。大分、混乱しているようですが、どうなされますか?」
炎に包まれる戦場に現れる、ゴルロイス軍。馬代わりには、カンタベリーの遺跡で倒された筈の‥‥パラサイト・クィーン。
「‥‥全軍、リーズ城へ進撃。今こそ、決着を付けてくれる。父親と同じ道をたどった、あの‥‥不義の子にな」
牙を向く、アンデッド軍。高々と掲げられた剣の切っ先は、間違いなくイギリス国王、アーサー・ペンドラゴンへと向けられていた‥‥!
●リプレイ本文
●謁見
リーズ城を見渡せる場所で、冒険者達はアーサー王の護衛を務める為に、準備を整えていた。
「陛下の護衛として戦える事はこの上ない光栄で御座います」
野営地に逗留し、事態の推移を見守っているアーサー王に、レジーナ・オーウェン(ea4665)がうやうやしくそう言って、方膝をついている。そんな中、冒険者は思い思いの手法で、士気を高めていた。
「ムクク、任せときなァ」
「最近はずっとノルマンにいたんですが、私は冒険者である以前に、イギリスの騎士。こう言う時くらいは、母国のために働かないとね」
ヴァラス・ロフキシモ(ea2538)の様に、激励されている者もいれば、母国の危機に、わざわざ異国から駆けつけたスニア・ロランド(ea5929)の様な騎士もいる。
「俺も聖杯なんて正直余り興味は無いね。だけど確かに、悪魔に母国を乗っ取られるのは、楽しくないな」
「俺だって、そんな事はどうでもいい。ゴルロイスとやらが来るんだろう? この戦場に。おれはそう言う強敵と戦ってみたい」
リ・ル(ea3888)や武藤蒼威(ea6202)の様に、聖杯の入手よりも、ただ自身より強い存在を探して、この戦場へとやってきた者もいた。
「そのゴルロイス軍と対峙する事になったんですから、必然的に強敵は出て来るでしょう。敵に不足はありませんよ」
「うむ。楽しみな事だ」
レジエル・グラープソン(ea2731)の言葉に、そう言って頷く蒼威。しかし彼は、少し複雑な表情で、こう続けた。
「ですが‥‥。話を聞くに、ゴルロイス公は半ば私情交じりで戦っていると言う気がしてなりませんね」
「しー。聞こえてますよ」
王への挨拶を終えたレジーナが、指先を唇にあてる。至近距離に、議長の姿があった。
「気にするな。あの方が、そう言った感情で動く方ではないのは、私も知っている。たとえ、蘇った『理由』がそうでもね」
言われた議長は、そう言ってくれる。
「私情であらぶるは、暴虐の極み‥‥か」
果たして本当に、レジエルの思った通りなのかは、本人に確かめないとわからない。出来るかどうかは別にして。
「とにかく、王様を無傷で目的地へ届ければいいだけ。それに尽きる」
「アーサー王の御前で戦えるなど、大変名誉な事です。なんとしても、陛下を護り抜かなければなりませんね」
リルの言葉に、そう答えるレジーナ。クリムゾン・コスタクルス(ea3075)も「あんたを守るのがあたいらの役目だ。ここは任せな!」と、意気を盛んにしている。
「アーサー殿ォ、お命は必ずや守り通して御覧に入れますよォ」
もっとも、中にはヴァラスのように、野望を抱いて参戦している者もいるが。
(「ここでアーサー王を命がけで守ったとなればよォ〜、それ相応の褒美が手に入るかもしれんなァ、ムヒヒヒ」)
「欲得づくで参加すると、かえってご機嫌を損ねるぜ。ヴァラスの旦那」
ほくそえむ彼に、そう突付いてくるクリムゾン。
「そーゆー姉さんこそ、口の聞き方に気をつけたほうが良いんじゃないのか?」
「残念だったな。俺ぁ、ぞんざいなんで、ですます調は性にあわねーんだ。ま、切り殺されるとか言うんでもなけりゃ、改める気はねーけどな」
そこだけ見ていると、傭兵団の一画と言った風情である。
「陛下が気さくな方でよかったですね‥‥」
マナーコーディネーターを生業としているレジーナは、苦笑しながらそう呟くのだった。
●哨戒中
接近していると言うゴルロイス軍。まだ一度も戦った事のないヴァラスは、実際に戦った者から、手合わせした情報を聞き出していた。
「なるほど。王様の今までの事情はまったく知らねえし、興味も無えが、そいつをブチ殺せばいいわけだな、理解したぜェ〜」
かなり、腕の立つ御仁のようだ。と、期待に胸を膨らませているヴァラス。見張りからの報告では、ゴルロイス公は、カンタベリーでかつて騒ぎを起こしていたパラサイトクィーンに乗っていたと言う。それが、結構な強敵だと知ったマナウス・ドラッケン(ea0021)は、まず罠を張ろうと提案する。
「戦場工作なら、ちょっとばかし知識があるんでね。それで、その騎乗動物とやらは、どれ位の大きさで、どんな生き物なんだい?」
「報告書は確認したが‥‥。エル、確か君は直接目撃していたね」
クリムゾンが尋ねると、議長がエルドリエル・エヴァンス(ea5892)を手招きして、そう言った。
「クィーンの事? ええ、見たわよ」
と、遭遇した事のある彼女、クリムゾンにその形状を答えてくれる。トカゲに似た二足歩行の動物だと、彼女は言った。
「ふぅん。じゃあ、モアや馬をひっかけるのと同じ様なもんか‥‥。このロープ、使っても良いかい?」
「ああ。他にも思いついた罠があったら、どんどん加えてくれ。何しろ、向こうは大勢だからな」
クリムゾンが、荷物の中からロープを取り出しながらそう言う。と、同じ場所にバックパックを置いていたジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)が、穴掘りや罠作りの様子を見て、的確なアドバイスをしてくれる。普段はそれを回避する事に専念しているJJ。だからこそ見えるものもあるというもの。だが、実力は彼が一番上なので、マナウスは彼の意見を優先的に取り入れる事にした。
「とにかく、大雑把でもみえみえでも、いちいち避けるのが難しいものを、量産してくれ。その方が都合が良い」
リルがそう要請してくる。彼の要望と、JJのアドバイスで出来上がったのは、深さ20cm程度の穴と、ロープで囲まれた簡単なバリケード、そして身を潜められそうな溝である。
「夜間襲撃も考慮して、鳴子をつけておくのも良いかもしれんな」
「じゃあ、あたいはそっちをやるよ」
その一方で、マナウスの発案で、クリムゾンが釣り糸と細工道具で、本陣の周囲に鳴子を張り巡らせている。
「夜討ち朝駆けは、戦闘の基本。気を付けすぎて困ると言う事はない。皆、がんばってくれ」
そう励ますマナウス。決戦の刻限は、待ってはくれない。ゴルロイス軍が現れたのは、そうやって罠の設置が終わった直後の事だった。
「来たわよ。向こうの小川の対岸にいるみたい」
エルが、敵の接近を告げる。いかにもこれから攻めかからんと言った風情の軍勢に、レジーナがこう忠告する。
「ゴルロイス公も兵法に良く通じた御方。そんな見え見えの手法を使ってくるとは思えませんね。偵察に向かった方がよろしいかと」
既に愛馬ロバートを連れ、剣を携えている。偵察と言った風情の彼女に、マナウスもザインにまたがった。
「あっちの木の辺りなんか、見張りに良いんじゃないかしら」
彼の問いに、エルは小川の側に立つ木立を示してくれる。確かにそこに潜り込めば、視力と弓の腕を駆使すれば、先手が取れるだろう。
「仕方ねぇなァ‥‥。結界使ってやるぜェ‥‥」
ヴァラスがそう言って、荷物の中から、五行星符呪を出してくる。だが、マナウスはそんな彼にこう言った。
「いや。この距離では、結界の効果範囲内に、ゴルロイス公がいるとは限らん。確実に見つけてからにしてくれ」
「ち、わかったぜェ‥‥」
呪符の範囲は15m。ここで気付かれては、せっかくの効果が水の泡。そう理解したヴァラスは、呪符を懐にしまう。そんな中、レジーナは配置を整えていたアーサー王に近付き、膝を付く。
「陛下。1つお願いが御座います」
「ん、どうした?」
と、彼女は己のワスプ・レイピアを捧げ持つように捧げ、こう申し出た。
「どうか、陛下の御力を、闘気の輝きを我が剣にお授け下さい。されば、このレジーナ・オーウェン、この身に代えて、陛下の御身に降りかかる万難を排しましょう」
元々、魔法の力が施されたものではあるが、ここにオーラの力が加われば、さらに威力が増そうと言うもの。それを彼女は、覚えたての自分の力よりは、経験豊富なアーサー王の力を借りようと言う心積もりのようだ。ゴルロイス公に、アーサー王の力を見せる為にも、それは重要な意味を持つ。
「わかった。では、我が闘気を授けよう。存分に戦ってくるが良い!」
王もまた、オーラの使い手。その意図を理解したらしく、そう言ってオーラパワーを発動させる。薄紅色のオーラが、王のその身から立ち昇り、彼女の剣へと力を与える。それは、ワプス・レイピアの華麗な装飾とあいまって、一種儀式のような光景となっていた。
「しかし、エクスカリバーと王様の腕、一度この目で見てみたかったな」
「立場ある者は、むやみに前線には出られないのだよ。その為に、君達がいるんだから」
リルが残念そうにそう言うと、既に軍服姿となっていた議長が苦笑してみせる。
「ゴルロイス公が出てくれば、嫌でも剣を取る事になるさ」
「それもそうだな」
JJがそう言うと、納得した表情になるリル。そんな彼らに、エルがぽふんっと手を叩く。
「そうだ。出発前に、JJさんとリ・ルさんにも、祝福を上げないとね」
「「え?」」
2人がきょとんとした表情で振り返ると、彼女はまるで蝶がイタズラをするかのような素早さで、掠めるようにキスをする。その頬に。
「必ず生きて私の店に遊びに来て。そしたらもっと良いサービスしてあげるわね」
唖然とする2人に、エルはにっこりと笑ってそう言った。それが、無事を願う乙女の祈りだと気付いた議長、こう言ってくれる。
「戦場に咲く一輪の舞姫、と言った所かな」
「残念ながら、あたしは踊り子さんじゃなくて、酒場の店員よ」
くすりと笑いながら、議長さんも、祝福が欲しい? と尋ねると、彼は『いや。私の舞姫は別にいるから』と、それを断っていた。
「公の軍勢が、川を越えた! 仕掛けてくるぞ!」
そこへ、偵察に出ていたマナウスが、そう報告してくる。
「あ、そうそう。それと戦闘中は、絶対に上見ちゃ駄目だからね?」
「そんな余裕があれば良いけどな。それじゃ、会いに行くとするか。闇の公にさ」
軽く緊張を解くようにそう言ってくれるエルに、JJは明るく答え、共に戦場へと向かうのだった。
●開戦
ゴルロイス軍の機動力は大きかった。話に聞いていたパラサイトクイーンばかりではなく、ウォリアーと呼ばれるパラサイトも、軒並み彼ら傘下になっていたのだから。
「まったく、クィーンだけじゃないって、どう言う事よ! アイスブリザードッ!」
彼らに向けて、専門レベルの魔法を解き放つエル。氷の吹雪は、間違いなくパラサイト達の足を鈍らせてはいたが、元々死者の彼らは、滅ぼされる事を畏れない為、構わず彼女達の方へ向かってくる。
「あんまり効いてないですね‥‥」
「みたいねぇ。不死者になった分、頑丈になっていると言う事だと思うわよ」
側に居たスニアに、そう答えるエル。モンスター知識の豊富な彼女、生物がアンデッドとなった場合、痛みを感じない分、倒れにくくなる事は、よく知っている。
「修行の成果が試されるわね‥‥」
自身に言い聞かせるスニア。頑丈なアンデッドに通用する攻撃を放てるかどうか‥‥それが重要な位置を占めているように、彼女には思えた。
「実戦が決戦とは、厳しいが‥‥」
一方、味方の軍にも、騎乗している者がいた。冒険者達の中では、レジエルがその一人である。彼は、この戦が初陣となる愛馬ジオットの首筋を撫でながら、こう言った。
「いつもどおりやってくれれば良いよ」
騎乗訓練は、それなりに行っている。愛馬が答えるように軽く鼻息を立てるのを見て、彼はライトショートボウを構えた。番えた矢には、レジーナのオーラパワーが付与されている。放たれたそれは、アンデッド達に裁きの矢を降らせていた。
「余り前に出るなよ!」
「伊達に軽業を練習していたわけではありませんから! 多人数相手は、それなりに得意なのよ!」
一方では、スニアが数多いスカルウォーリアーを、長巻で薙ぎ払いながら、そう言っていた。だが、中には素早いものいて、彼女の一撃を避け、襲いかかってくる。
「その程度では、私を倒す事は出来ないわよっ」
卓越した回避の技は、スカルウォーリアー如きの攻撃を食らう事はない。その為彼女は、アーサー軍を飲み込もうとするアンデッド軍を、1人で押し留めていた。
「乱戦だと、こっち使うしかないわね。ウォーターボムッ!」
そんな中、エルはと言うと、彼女を巻き込まないよう、魔法の種類を変えていた。高速詠唱を使って、回避の苦手そうなリルのフォローに回る。
「おう、すまねーな!」
「これくらいはお互い様よ。出来るだけ、私の前には居ないでね! 巻きこまれても知らないから☆」
ウォーターボムは、仲間を巻き込む危険性は少ないが、あまり数を撃つ事は出来ない。出来るだけ敵を減らしたいと思っていたエルは、後ろへと下がりながら、そう警告していた。
「さすがに初陣だと長くは保たないかな‥‥。まだいけるか? ジオット」
レジエルが声をかけると、愛馬は「大丈夫」と言いたげに、小さくいななく。
「そうか‥‥。ならこっちも、撃たせてもらうっ!」
そう言って、愛馬に乗せていたシルバーダガーを、レイス騎士へ投げつける彼。
「中々減らないわねぇ」
「こうなると長期戦ですか‥‥。取り憑かれてしまえば、勝利に貢献するどころではなくなるから、無理してでも、エリベイションを使うしかないのよね‥‥」
数を減らさない敵に、そう言いあうエルとスニア。アンデッド軍の中には、レイスも見かけられる。うかつに倒せば、彼らは取り付く先を探すだろう。それが‥‥自分以外であるとは限らない。
「あたしが道を作る。スニアはそっちに徹してくれ」
「わかりました」
周囲の雑魚敵を相手にしていたクリムゾンがそう言った。そして、返答を待たずして、アンデッド軍の中に突き進んで行く。
「乱戦脱出の鍵を握るのはエルさんです。護衛を優先させてもらいますわ」
「ありがと。心配してくれて。でも、大丈夫よ」
残ったスニアがそう言うものの、エルは軽く笑ってスクロールを取り出した。リトルフライの専門スクロールだと、彼女は言う。いざとなれば、それで脱出するつもりだろう。本当は、空へと舞い上がったまま、魔法を撃ちたかったのだが、この戦場で、空へ攻撃できる者がいないとは限らない。
「ムッシャ――――ッ!」
その頃、クリムゾンが向かった先では、ヴァラスが奇声を上げながら、アンデッドへと襲いかかっていた。殺し屋稼業の狂戦士、その二つ名に相応しく、隠身の勾玉で気配を消し、背後から、両腕に構えた短刀「月露」と、榎の小柄で、ダブルアタックを仕掛けている。相手がスカルウォーリアーな為、ポイントアタックは大した役目を果たしていなかったが、成功率の高い攻撃は、モンスターを一体づつ削って行く。
「避けろ! ヴァラスの旦那!」
「ム!」
彼女の怒鳴り声に、彼は素早くサイドステップを踏んだ。空をきったそのアンデッドに、彼は『オラオラオラァァァァッ!!』なんぞと叫びながら、ダブルアタックを叩きこむ。
「旦那ばかりに、いい格好はさせないぜ!」
そこへ、クリムゾンが特攻して行った。だが、彼女が使えるのは、主にシューティング系のコンバットオプション。技量的にはヴァラスと変わらないが、前線では次第に追い込まれてしまう。
「えぇいっ!」
「すまねぇ!」
露払いに徹していたスニアが、フォローをするように、彼女の目の前に居たアンデッドを薙ぎ払う。そんな彼らの戦いぶりを、後方から指揮していたマナウスは、矢を補充しながらこう言った。
「バラバラに戦ってもダメだ。弓は数集まれば進軍速度を緩ませられるし、敵の勢いが有ればあるほど、相対速度でダメージが増せるはず! 集中して狙え!」
「わかった!」
そのセリフを耳にしたレジエルは、ジオットを後方に下げ、敵から距離を取ってみせる。そして、今度は銀の礫を相手へと降らせて行った。
「目前の雑魚には構うなよ! JJ!」
「ほっとくわけにいかねーし! 俺のとりえつーたら、トリッキーな動きだろ! せいぜい引っ掻き回してやるさ!」
シルバーダガーを手にしたJJが、王の前にいるモンスターを盾代わりにしたいクリムゾンの申し出を受け、回避と軽業を使って、彼らの進撃の邪魔をする。
だが。
「えぇい、どけ! お前達!」
低い声がして、アーサー王の陣へと迫っていたモンスター軍が、潮が引くかのように、両側へと割れた。
「アンデッド騎士が引いて行く!?」
驚くマナウス。それはまるで、主を導く道を作るかのような動きだ。
「‥‥やはり、この程度では役に立たんな」
そして、彼らの主と言えば、この戦場では、たった一人しか居ない。
「久しいな。再び戦場で会うとは、縁と言うのは異な物か」
パラサイトクィーンを、黒毛の名馬が如くに操り、そう言う黒衣の騎士‥‥それは。
「コーンウォール公‥‥ゴルロイス‥‥閣下‥‥」
死を纏った黒き王の登場に、レジーナは緊張した面持ちで、そう呟くのだった。
●闇公の真意
「く‥‥突破されたぞ! 王の側から離れるなよ!」
「分かってる!」
スニアの警告に、ハンマーofクラッシュを、自身が編み出した蒼天二刀流の構えでもって、振り下ろすリル。だが、ゴルロイスの乗るパラサイトは、伊達にクィーンの称号を抱いているわけではないらしく、その程度では怯まない。
「アーサーよ。貴様が聖杯を受け取るに足る者だと言うのなら、我が剣、受けてみよ!」
「く‥‥」
クィーンの上から、ゴルロイスがアーサーに向けて剣を振り下ろす。エクスカリバーが引き抜かれ、王がまさにそれを受け止めようとした刹那だった。
「させるかぁっ!」
蒼威が、愛馬ブランマクリーアにまたがり、その間へと割り込む。戦の女神が掘り込まれたガディスシールドは、勝利を導く予兆であるかのように、公の剣を受け止めていた。
「よく、受けたな」
「ただの剣なのに‥‥。なんて重い一撃なんだ‥‥」
ゴルロイスが振り下ろしたそれは、彼が今まで闘技場で出会ってきたどの強敵よりも、重い。おそらく、まともに食らえば、腕の1本くらいではすまないだろう。
「陛下、ここは、我らに任せてお下がり下さい」
「‥‥わかった」
その間に、レジーナがそう言って、王を後ろへ下がらせた。
「ゴルロイス卿、気持ちは分からなくはないが、こちらも依頼だから、まずは俺達の相手をしてもらおう」
その間に、リルが同じくハンマーofクラッシュを手に立ちはだかる。
「ふん。ここにもアーサーに誑かされし者がいるか」
「何を‥‥」
そんな彼らに、ゴルロイスが言ったのは。
「お前らが担ぎ上げし王は、しょせん不義の子。その宿命からは逃れられん。例え、聖杯に導かれし者だったとしてもな!」
「どういう事です!?」
見下したようなセリフに、レジーナが問い返す。だが、彼はそれには答えず、剣を振り下ろした。
「知らぬのなら、配下に聞いて見るがいい!」
「ぐぁっ」
攻撃力は高いが、回避はそれほどでもないリルが、ゴルロイスに弾き飛ばされる。鎧の隙間から、血が噴出していた。
「幾ら盾が分厚くとも、使いこなせなければ、役には‥‥たたん!」
「何ッ!」
返す刀で、蒼威をウォーホースから引きずり落とすゴルロイス。愛馬こそ無事だったが、やはり、軽傷では済まなかったようだ。
「このままじゃ‥‥えぇい、邪魔だ! 騎士ども!!」
クリムゾンが加勢に赴こうとするものの、王の戦いを邪魔されては困ると、レイス騎士が立ちはだかる。ゴルロイスほどではないにしろ、彼らもまた、優秀な戦士。中々前に進ませては貰えない。
「だいたい、なんでこんなもの復活させるのよ。危ないじゃない!」
おまけに、彼らが騎乗しているのは、ただでさえ強敵のパラサイト・ウォリアー。凶暴そうなその外見に、エルが苛立った表情で、シャドウバインディングを放つ。それでも、数が多い為、焼け石に水と言った感が拭えなかった。
「慌てるな。先に狙うのは騎乗動物の目と足の関節だ。継ぎ目は弱いのはどの生物でも同じ、目を狙えば混乱を呼べるし、関節が壊れれば進軍は難しい!」
マナウスがそう指摘する。と、レジエルがこう言って、『とっておき』を取り出す。
「状況‥‥最悪ですね。それでは切り札を‥‥!」
それは、凶邪を滅する力を秘めているとされる手裏剣「八握剣」に、ロープをつけたものだった。5つ程用意されたそれを、彼はスリングを投げる要領で、ゴルロイスへと投げつける。
「この程度で、我を倒そうなぞ、おこがましいわ!」
彼の射撃の技量は、ゴルロイスに当てる事は出来たものの、その鎧に阻まれて、かすり傷程度しか与えられていない。
「あ、余り効果がないみたいね‥‥」
「く‥‥出し惜しみしてる場合じゃないか。ゴルロイスの旦那に会うまで‥‥ギリギリまで立ち向かってみせる。ポーションも根性もクソ力も全部持ってけ!」
戦慄の表情を覗かせるエルを庇いながら、JJがそう言った。そして、らしくないなと思いながらも戦神の加護を受けたと言う、ティールの剣を持ち出す。
「おまえに怨みはないが、俺は強い奴と闘いたいんだ。相手してもらうぞ。強制的に‥‥な!」
その間、蒼威は今までにあった事のない敵に、笑みさえ浮かべ、クリムゾンと共に、彼の周囲にいるレイス騎士に、スマッシュをあびせかけていた。
「今まで培ってきたモノを全て絞り出して戦わないと、失礼に当たるだろうな。いくぜ!」
「まずは地面に引きずり落とさねば‥‥な!!」
リルと二人がかかりで、蒼威はそう言うと、ゴルロイスの乗るクィーン・パラサイトへと、持っていたハンマーofクラッシュを振り下ろす。
「小賢しい!」
「ぐぁっ!」
クィーンの攻撃は、意外と早い。リルがその一撃に弾き飛ばされ、血を吐き出す。だが、その彼女が持つ巨大な鎌を、何とか避けた蒼威は、その頭上に、スマッシュを叩きこんでいた。
「こっちだ! ゴルロイス卿!」
動きを止めつつあるクィーン・パラサイト。その上から引き摺り下ろし、攻撃の隙を作らせようと、JJがサイドステップを踏みながら、彼を招きよせようとする。
「安い挑発だ。近付くと思っているのか!」
乗ってこないゴルロイス。それでも構わなかった。仲間が彼に一撃を与えられる、その手助けになれば、と。その為、JJは振り払われても、地面に叩きつけられてもなお、ゴルロイスへと向かう。
「く‥‥ぅ‥‥! 今だヴァラス!」
満身創痍‥‥と言った風情のリルが、撃ちかかられたジャイアントソードを受け止めながらそう叫ぶ。
「隙だらけだぜマヌケ! もらったァアアア――――ッ!」
3人がかりで押さえ込んだそこに、背後へと忍び寄ったヴァラスが、ダブルアタックを食らわせる。
「欲をかいては、我には勝てん!!」
「ぐぁぁっ!」
ダメージこそ与えたものの、代償は大きい。至近距離に近付いた彼を待っていたのは、どてっぱらへの強烈な一撃。
「こ、この老いぼれのジジイがッ、ぜ、全然怯みやがらねえ! なんつう執念深さよ!」
げふっと血を吐きながら、そう呟く彼に、ゴルロイスはこう言った。
「執念? 違うな。我にあるのは‥‥いや、これ以上は語らぬ方が得策よな」
どこか、使命めいた表情。その顔に、何かを感じ取ったJJは、たまらずこう叫ぶ。
「何故‥‥。どうしてなんだ! ゴルロイス公!」
「我はアンデッドになった身。王を撃ち滅ぼさんとするは、当然の行い」
平然と、ゴルロイスは答える。しかし、JJにはそうは思えない。
「違うだろ、ゴルロイスさんよ。あんたには、ある種の敬意のようなものを感じてる‥‥それこそ、アーサー王よりも、ずっと。だからこそ‥‥気にくわないんだ。あんたみたいな人が、都合のいい悪の親玉を演じてる事が」
「閣下、正直にお答え下さい。どうして‥‥。王に刃を向けるのです。まさか、私怨で闘っているとはおっしゃいますまい」
その彼のセリフを聞き、レジーナも悲しい表情でそう尋ねた。レジエルが言った一言が、ずっと引っかかっていたらしい。と、ゴルロイスは彼らにこう告げた。
「蘇った理由は、ただの私怨さ。だが、今は違う。不義の子に、この国の未来を任せておけると思うか? 幾ら力をつけたとて、既に、私と同じ道を歩み始めていると言うのに!」
「まさか‥‥」
噂される王妃とラーンス卿の逢瀬。疑いをかけるレジーナに剣を突きつけ、ゴルロイスは首を横に振る。
「お喋りの時間は終わりだ。そこをどけ。我が目的はアーサーのみ。貴様達などではない!」
「嫌です。どきません、閣下」
自身の技量が、ゴルロイスに挑んでも、返り討ちが関の山だと言う事は、百も承知だ。だが彼女は、それでもそこを退くわけには行かなかった。
「女騎士‥‥いや、レジーナとか言ったな。よほど死にたいと見える」
「それも断る。未来や希望、理想ってのは生者のためにあるんだよ。それが分からないのは血迷っている証拠だ」
回避能力の低さから、何度も攻撃を食らう事になったリルも、再び立ち上がる。そこへ、後ろから矢をいかけ続けていたマナウスがこう言った。
「もう終わりにしよう、死者達の宴も。過去の因縁も、さ。過去に引きづられままじゃ、哀しすぎる」
彼の手にしたヘビーボウが、思いを受けてぎりぎりと引き絞られる。
「ゴルロイス公。あなたの想いは分かる。だが、未来を作れるのは、今を生きている者達だ。それを守る為なら俺は‥‥いや、俺達は、何度でも絶望を超え前に踏み出す、踏み出してみせる!」
「良いだろう! 望み通りにしてやる!」
力強い宣言に、ゴルロイスは今度こそ躊躇う事無く、手にしたジャイアントソードを振り下ろす。そこへ、突き刺さったのは、マナウスの放った1本のシルバーアロー。
「そのガチガチな頭、開けてやる! その鍵を‥‥盗んでやる!!」
自身の防御力の薄さも省みず、特攻するJJ。彼が握りし剣の、その刀身に刻まれたルーン文字の意味、それは‥‥勝利。悲しい気持ちで胸をいっぱいにしながら、それでもJJは、剣を振り下ろす。
「ゴルロイス公! アーサー王の御力を賜りしこの剣により、貴方の現世での迷いを断ち切りましょう!!」
愛馬の機動力を生かし、その卓越した戦馬の操作能力を生かし、ゴルロイスへと肉薄する。
至近距離になったその刹那だった。
「ふ‥‥良い部下を持ったな‥‥。アーサーよ。これなら、安心できそうだ」
彼女にしか聞こえぬ穏やかな声で、彼はそう言う。
「え‥‥」
困惑するレジーナに、彼はそれでもジャイアントソードを振り上げた。
「閣下‥‥? まさか‥‥!!」
「‥‥さらばだ。未来ある者達よ!」
振り下ろしたそれに、迷いは見えない。疑念を浮かべている場合ではない。レジーナは、浮かんだそれを打ち消すかのように、ワプス・レイピアを彼の胸に向かって突き通す。
「せめて、生きているうちに、出会いたかったものだな‥‥」
その切っ先に貫かれ、ゆっくりと崩れていくゴルロイス。
「‥‥ゴルロイス様‥‥!!」
その身を受け止めようとしたレジーナの口から出てきたのは、目上を示す敬称。差し出した腕の中で、ゴルロイスは、まるで彼女に身を任せるかの如く、灰になって行く‥‥。
「公よ、貴方が真に武人であった事は忘れません‥‥」
散って行った黒の公に、マナウスは思いをかみ締めながら、そう呟くのだった。
●屍を越えて
「そうか‥‥。ゴルロイス公がそんな事をな‥‥」
戦が終わり、手当てと治癒の終わった冒険者達から、事の顛末を聞いたアーサー王は、感慨深げにそう呟いていた。
「陛下は、ゴルロイス様にとっては、恋敵の子であると同時に、愛する女性の子だったのですから‥‥その行く末を心配するのも、道理でしょうね‥‥」
「そうだな。皆、良く戦ってくれた」
アーサーの母親が、かつてはゴルロイスの妻だった事は、まぎれもなく事実である。それを知っている議長のセリフに、アーサー王はそう皆に労いの言葉をかけた。
「アーサー殿ォ、このヴァラス・ロフキシモの名、覚えていただければ光栄です」
言われた方のヴァラスはと言うと、特徴的な喋り方で、そう答えている。
「漁夫の利を狙ってそうな奴は、今のところ彼だけだな。蒼威、陛下の事、頼んだぜ」
「任せておけ」
隙を狙って、暗殺者が来ないとも限らないと警戒していたリルは、そんな彼に、別の意味での言葉を呟きながら、蒼威に、無事キャメロットまで送り届けるよう依頼している。
「終わったら、お店に遊びに来てね☆ あ、そっちのお2人には、マンツーマンで接待しちゃうわ♪ もちろん陛下にもね」
エルが店の場所を教えながら、彼女はにこりと営業スマイルを浮かべていた。その表情に、彼らの緊張が一気にほぐれる。
「そう言えば、聖杯ってのはどうなったんだっけ?」
「陛下の所じゃないのかな。ま、どうでも良いけど」
クリムゾンの問いに、そう答えるJJ。ここに冒険者が集った一番の目的は、聖杯を手に入れる事。だが、彼ら護衛組は、それよりもゴルロイスとの戦を終え、無事王を守りきった事の方が重要のようだ。
「そうだな。じゃ、一応、コイツでも投げとこうか!」
最後に彼は、持っていたカードを、リーズ城に向けて、大きく放り投げる。
『JJ参上』
それには、自身の存在を示すように、そう書かれていた‥‥。