●リプレイ本文
ドーバー劇場。ほろ酔いベルモット。そこに併設された楽屋には、出演者が続々と集まっていた。と、その周囲をぱたぱたと飛び回りながら、ユーリユーラス・リグリット(ea3071)が嬉しそうにこう言う。
「お久しぶりの劇場なのです〜。楽団の皆と一緒なのは、うれしいのです♪ ほぼ勢ぞろい〜」
「最後の最後で、蒼穹楽団現活動メンバー勢揃いとはな。面白くなりそうだ」
同じ楽団のガイン・ハイリロード(ea7487)が、うんうんと頷いている。そんな楽しそうな楽団の面々とは対照的に、どよーんと落ち込んじゃったピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ea7050)は、がっくりと肩を落として、こう口にする。
「でも、対ゴルロイス君依頼には入れなかったよ。もう、乗り越えられないのかなぁ‥‥」
「その分、ケンブリッジで頑張っていたのだろう? 公も、そうやって研鑽を重ねている方に、未来を託したかったようだしな」
見かねた議長、やれやれと言った表情で、そう励ましてくれた。立ち直りは早いらしく、ぱっと表情を輝かせるピア。
「そーいや、何人か姿が見えないけど、残りは?」
「ディアッカは、ベルモットに挨拶に行くと言ってたのじゃ。リュイスと一緒に」
ジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)がそう尋ねると、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が舞台の方を指し示す。挨拶がてら、3人して菓子を捧げに行った模様。
「こんにちは。ベルモットさん。今日はお土産話も持ってきたんですよ」
ディアッカ・ディアボロス(ea5597)がそう言って、以前海賊からの挑戦状を叩きつけられた時に会った、お酒が好きな鯉の事を話した。ベルモットが、嬉しそうにその話に耳を傾ける中、リュイス・クラウディオス(ea8765)がこう切り出す。
「今回は、久し振りに劇場公演だが、見にくるかい?」
こくん、と頷くベルモット。彼が落ち着いた状態だな、と判断したディアッカは、リュイスに合図した。と、彼は柱の影から様子を見ていたヴァレンタインを手招きする。道化師姿のまま、仮面を外すヴァレリー。思わずディアッカの影に隠れてしまうベルモット。
「今度から、この人が劇場を管理して行くそうから、仲良くしてあげて下さいね?」
「‥‥よろしく、な」
ぎこちなく、笑ってみせるヴァレリー。何とか溶け込もうとしてはいるらしい。そう‥‥昔、妹にそうやっていたように。それを見たベルモット、精霊特有の勘の鋭さで、悪い奴ではないと判断したのか、答えるようににこりと笑ってみせた。
「もしよければ、劇の演出も一緒にやらない?」
その笑顔を見て、お誘いするディアッカ。
「無理言うなよ。ま、後でお楽しみがあるから、その時にでも出て来てくれればいいさ」
ベルモットの役目は、劇を作り上げる事ではなく、その舞台に祝福を授ける事。おあつらえ向きに、今回はそれが充分に演出になる場面もある。リュイスは、そこで出てくれば良いと、そう告げた。
「ほろ酔いベルモットのニューイヤー公演〜始まるよ〜〜。見に来てくれた人だけに教える小さな秘密を胸に、楽しまないですか〜?」
翌日。ユーリが朝からドーバーの町中を、そう言いながら飛び回っていた。空飛ぶ宣伝ガールの称号は伊達ではない。彼女のその超越した楽器演奏能力に、人々は興味を引かれて集まってくる。
「管理人の道化師は、怪しいなりはしてても、ベルモットが気を許した御仁じゃ。少なくとも悪い人ではないじゃろう。見に来て欲しいのじゃ」
そこへ、ユラヴィカがそう言って回っている。彼ら宣伝班の歌と踊りにより、ドーバーの劇場には、次々と観客が足を運んでいた。
「なんだよ? この観客立ち見までいて、大盛況じゃねえか?」
舞台袖から、観客席を覗き見たリュイスがそう言った。貴賓席にトリスタン卿と、ラーンス卿。トリスタン卿はこの後依頼が、ラーンス卿は聖杯探索の事後処理が残っている事から、長くは留まれないとのことだ。
そして、公演をひと目見ようと集まった市民、楽団の名前と所属している役者の名声に引かれてきたファンの方々で、通路まで人で溢れかえっている。
「普通に見物に来た客の他、招待客もいますからね。姿は見えませんが、どこかにウィッシュもいるのでしょう」
その様子に、フローラ・タナー(ea1060)がそう言った。ライトで照らし出されたそこには、彼ら一般の見物客ばかりではなく、アシュフォードの住人達や、カンタベリーの子供達。ライの海賊がぽつぽつと姿を見せていたり、無論バンブーデン一家の姿もある。
「とにかく、雰囲気出た公演になり、楽しい宴会になるといいねー」
リオン・ラーディナス(ea1458)がそう言った刹那、開演を告げる鐘の音が響いた。期待感に拍手の起こる観客達。ヴァレリーが開演を宣言すると、緞帳がゆっくりとその幕を開けるのだった。
オープニングは、常葉一花(ea1123)演ずる亡国の王が、義理の娘フローラの結婚相手選びに、頭を抱えていると言うシーンから始まっていた。
「ああ、我が娘よ! これは我が王国に与えられた試練だと言うのか!」
その上、この姫、記憶を失って放浪していた所を、王に保護され、娘として育てられたという設定らしい。
「だから。なんでその名前なんだ」
舞台袖で出番待ちの娘役議長、早くもげんなりした表情だ。その原因は、妖精騎士の名前がギルバードだからだろう。
「来賓も多いから、失敗するなよ。ほら、行って来いっ」
「わ、わかった‥‥」
リュイスに背中を押され、舞台へと登場する彼。リュイスが伴奏の音楽を奏でると、妖精騎士の従者役で出ていたユラヴィカが、コミカルな踊りを見せる。そして、それに乗せて理由をセリフにしながら、最後は議長が全く知らない一言で締めくくる。
「では、ナイト様。私どもはこれで☆ 夜はおったのしみにーなのじゃ♪」
「は‥‥?」
あんぐりと口を開ける議長。まだ本来の出番ではないトリア・サテッレウス(ea1716)が曲を奏で始めた。しかも、それまで周囲にいた筈の兵士役まで、舞台上から消え去り、ライトの魔法が切られている。
「どうやら、してやられてしまったみたいですね」
「考えたのは一花だな‥‥。策謀姫め‥‥」
何をさせたいか理解した出演者のカップル2人。苦笑しきりである。と、議長はやおら彼女を背景として使っていた建物の影に、フローラを誘い込んだ。そして、自分が着ていたローブを彼女に被せ、フローラの兜を外し、配役を入れ替えてしまう。
「姫の方から愛を語るのは、マナーに反するだろう?」
そう言うと、議長はフローラの手を取り、その甲に唇を寄せた。
「姫。この命‥‥全てを‥‥あなたに‥‥」
そこだけは、はっきりと。台本にならぞえたセリフだったが、想いは変わらない。
「どうやら、上手く行ったみたいですね〜」
「まだまだ。仕上げはこれからですよ」
伴奏として見守っていたユーリがそう言うと、一花はちちち‥‥と指を動かす。そして、彼女にごそごそと何か耳打ちすると、ヒメニョに頼んで、脚本を少し書き換えてもらうのだった。
第2幕は、一転してアクション演劇となっていた。妖精騎士の仕える王が、何を操られたか、圧政を敷き、そして他国を侵略し始める。だが、もう少しで陥落と言った時、侵略されていた王国が、急に攻勢へと転じたのだ。そう‥‥妖しの軍と共に。
「この戦は、王国を守る聖なる者だ! 異形の軍とて恐れるな。正義は我にある!」
JJが、妖しの軍を指揮する将軍として、そう宣言をする。と、ガイン演じるその手下達が現れ、2幕ではフローラが演じる事になった妖精騎士が、その剣を受け止める。ちなみに、ガインは自前の月桂樹の木剣と、リュートベイルを持参済み。
「何故こんな事に‥‥。いや‥‥理由は問わぬ。今は、虐げられし者達を解放するのみ!」
妖精騎士が、槍を持って敵を倒していく。クーフーリンは、聖槍ゲイボルグの使い手と言う設定なので、舞台上ではそれを使う事になっていた。
「おのれ妖精騎士め。侵略者の手先となるか! ならば、この手で討ち取ってくれる! 覚悟!」
ピアの演じる騎士の一人が、舞台中央でそれを受け止める。乱戦の幻影が映し出される中、2人は剣舞と言うよりは、コロシアムでの試合を思わせる姿を披露する。それもその筈、2人が持っているのは、本物の槍と剣だったのだから。
「ふははは! 鉄壁の力、見たか! 俺はこの為に、遠い異国の地より舞い戻ってきたのだ!」
「く‥‥」
全身を覆うブリガンダイン、顔には鬼面頬、頭部にはドラゴンズヘッドで、正体を隠し、いかにも歴戦の傭兵と言った風情のピア、膝を折る妖精騎士の前で、高々とラージクレイモアを振り上げている。
娘役議長。使っている得物が本物なだけに、事故らないか冷や冷やしている模様。
「私はここで倒れるわけには行かない。愛する者の為にも!」
そのセリフに返すように、妖精騎士役のフローラがそう叫ぶ。そして、落ちていた槍を拾い上げ、振り下ろしたラージクレイモアに合わせるように、横薙ぎにする。金属の触れ合う音が響き、火花が散った。緊迫する舞台。
「やっぱり失敗したか」
そこへ、一度姿を消していたJJが部下を率いて現れる。彼は観客に向けて、邪眼の王が旧友にして片腕だと名乗った。
「やれ‥‥!」
彼はそう言うと、ガイン演じる手下達をけしかけた。それは、妖精騎士だけではなく、ピアの演じる鉄壁の騎士へも襲いかかる。
「あんたの相手は、俺がやってやるぜ!」
ややこしい絡みのない、単純明快な悪役ガイン。そう言って、切りかかった。
「俺との決着をつけるまで、勝手に死ぬことは許さん!!」
さすがに、妖精騎士をピンチに陥れるだけあって、強いと言う印象は与えたいらしい。あっさりと切り殺されるやられ役を希望したガイン、しばらく剣を合わせていたものの、その大きなモーションに合わせて、舞台の下へと転げ落ちて行った。
「‥‥ふん。仲間を手に入れたか。まぁいい、策はあるしな」
敵を一掃した後、妖精騎士の目的を知り、同行する鉄壁の騎士。そのシーンの後、JJはそう言って、マントを翻して去って行くのだった。
語り部、曰く。
妖精騎士達は、色々な苦難を切り抜けて行く。だが、その最中、妖精騎士は姫君を攫われてしまった!
「フローラ‥‥!」
手を伸ばす妖精騎士。JJに浚われて行く娘。その傍らで、妖しい色の幻影火に包まれているのは、裏切りの女騎士。配役は一花だ。
「この娘は預かる。あの方が、ご所望なのだから」
一花は声高にそう宣言し、フローラ(中身議長)を設えられた花道から、連行していく。その端まで来た所で、フローラ役の議長にライトの魔法が当てられた。
「‥‥信じて、いる」
たった一言だけ。中身が男性だとバレないよう、低く押さえた声。本当は、ディアッカの魔法で幾らでも誤魔化す事は出来たのだが、そこは本人に言わせるのが吉だろうと言う一花の策略で、議長に言って貰う事に。
と、場面が一度転換し、捕らわれた王女のシーンとなる。傷心らしき音楽が流れ、見張り役らしいユーリが登場。次いでこう歌い始める。
『何故貴女はそこにいる? 何故私は貴女の側にいない? 遠く隔てたこの場所で‥‥私は貴女を見るしかないのか? 私はどうすればいい? 貴女の答えはどこにある? 私は貴女に全てを捧げる覚悟はあるのに‥‥』
恋詩にも聞こえる曲。技芸に秀でた彼女にしてみれば、連歌になるよう作り上げるのは、造作もない事だ。
「王妃と姫‥‥。その血は受け継がれる。愛もまたしかり」
答えたのは、開演時、ヴァレリーが挨拶していた台に乗ったJJ。妖精騎士を信じ、その愛を貫こうとする姫の姿に、心動かされる役だ。設定では、かつて姫に瓜二つな王妃に想いを寄せていた為、姫を捕らえたままにする事が忍びない‥‥と言った所。
そこへ、ひときわ大きな歓声が上がった。見れば、舞台の反対側、ちょうどJJと対になるような形で、ライトの魔法が当てられている。トデス・スクリーに、クリムゾンサーコート。ゴートヘッドで頭部を多い、ブラックローブを被って、顔が観客から殆ど見えないようにしたアラン・ハリファックス(ea4295)だ。その妖しさは、わざわざJJが『我が友、我が主よ』なんぞと歌わなくとも、この劇最大の悪役、邪眼の王ゼファーだとバレバレである。
『全ては、まやかし。想いも、愛も、我が瞳に潜みし力には、無力な戯言』
ユーリの曲にあわせ、答える彼。友人役のJJには、信頼している戦友のように。娘役の議長には、哀しみと赫怒を抑えた無感情な態度で、メリハリを付けて歌い上げる。
「真実を知る時まで、支えよう。それこそが、最大の試練なのだから」
3人の歌声は、物悲しく響いた。歌の中で、この戦の正義が、どちらにもない可能性を、観客に訴える。
『それを邪悪と言うなら、甘んじて受けてやろう。全てを飲み込む事が、我が瞳に宿された‥‥宿命‥‥』
観客席の中から、ため息にも似た啜り泣きが漏れる中、アランは自らのした行いが、決して褒められた行為ではない事を認める歌詞を、その声に乗せる。その後、アランと同じ台へと昇った一花が、その為に私は邪眼王の側に侍るのだと、歌い添える。
「「ああ、どうか‥‥。我が王に、祈りを‥‥!」」
親友を思うJJと、愛人を慕う一花の声は、かがり火の焚かれた夜空に、高く切なく響いて行くのだった。
そんな悲しいシーンの後、待ち受けていたのは、『妖精騎士を罠にかける』シーンだった。
「ご苦労様、ようやく会えたね。待ちかねたよ」
レイピア片手に、マントに礼服、リュートでおめかししたトリアが、拘束された妖精騎士の顎をくいっと持ち上げる。ちなみにここ、中身は議長。
「その首、その身。王に献上するより先に、私が頂こう。かの君には、首だけ捧げれば、お褒めの言葉をいただける故な‥‥」
トリアがそう言いながら、顔を近づける。と、観客席から女性のものらしき悲鳴じみた黄色い声が上がった。役名は妖魔の騎士だそうで、その名が示す通り、妖しげな曲が奏でられている。
「待て!」
あわや、美味しく頂かれてしまうのか!? と言ったシーンの瞬間、JJの手から飛んで来るナイフ。ちなみに木製の薄いオモチャなので、彼にとってはいつものカード投げの要領だ。
「お前は!」
「今は無き王妃の為、姫を泣かせるわけにはいかないさ。覚悟!」
驚くトリアのセリフの後、彼はここぞとばかりに台から飛び降りて、舞台上でアクロバティックな動きを見せている。格闘能力より、身のこなしと敏捷性に自信のある彼、それを活かしての殺陣を行っている。その為、付け焼刃ながら、なんとか形になっていた。
「王を裏切ると言うのですか。あれだけ寵愛を受けておきながら!」
「違う。俺はただ、姫を泣かせたくないだけだ!」
トリアの方は、本職なので、問答無用でレイピアを閃かせている。くっついたり離れたりと行ったシーンの中で、妖精騎士を解放した直後、登場する女騎士姿の一花。
「久しぶり、と言った方が良いかしら。妖精騎士ギルバード」
第一部では部下だったはずの彼女、今は邪眼王の愛人である。それでも、妖精騎士は迷いを捨てるように、そう言った。
「ここは私に任せてもらおう! 騎士とやら、一騎うちだ。その女を賭けてな!」
共に出てきたリオンが、挑戦状を叩きつけた。本来は、その対象となるべき姫君は議長だったはずなのだが、まぁこの際、細かい事は抜きだ。
「彼女は‥‥俺のものであるべきなのだ! 妖精騎士よ! 貴様には渡さん!」
台本に書かれていたセリフを、ライトハルバードを構えて叫ぶ。彼の技量を持ってすれば、議長に傷を与えないように手加減しながら、本気で戦うなど、造作もない。羽飾りをつけ、邪眼王軍の証であるブラックローブを翻す彼。
「黙れ。彼女は‥‥私のものだ」
おそらく、渡したくない想いが、そう言わせたのだろう。セリフの影に、一人の男性としての本音が見え隠れする。
「ならば、絶対に離すなよ‥‥。たとえ、奪われてもな‥‥」
リオンの役どころは、先鋒部隊の戦士で、邪眼の王の娘にひそかな恋心を抱いており、一騎討ちを挑むものの、返り討ちに遭うかませ犬的立場。やられる演技をしながら、彼は妖精騎士にそう告げる。その気にさせるかのように。
「役立たずね。ならば、私が相手よ! あの方の為に、死になさい!」
倒れた戦士を踏みつけながら、そう言う一花。頑丈なリオンだ。それくらいじゃ怪我もしないだろう。
「例え旧友と言えど、私は正義を貫くのみ。遠慮はいらぬ。かかってくるが良い」
妖精騎士がそう言うと、彼女はクリスタルソードの魔法を唱えた。前者のリオンが棒状武器でのアクションだったので、ここは気を使ってソードタイプにしたらしい。
「そうだ。それでいい‥‥」
しばらく演舞した後、一花はついに妖精騎士の刃に倒れる。最後は、カウンターアタックを使って、派手に散って。
「自分の気持ちに素直になれない君に、私から最期の贈物だ。余計なお世話だとは思うが受け取って欲しい」
舞台の下に転がり落ちた彼女、ディアッカの幻影でもって幽霊の姿になり、そう言った。直後、光となって消える彼女。
「私は‥‥負けぬ‥‥!」
慟哭が、舞台の上に響いた。
語り部、再び曰く。
ついに、妖精騎士は、邪眼王の城にたどり着く。姫を取り戻し、背負った思いを浄化させる事が出来るのか!?
「‥‥終幕を降ろそうか」
クライマックスとなる場面では、クリムゾンサーコートとブラックローブを外したアランが、この日の為に誂えたと言う半裸の服装と斬馬刀を手に立ちふさがる。その姿は、本人が意図した通り、狂気と邪気が8割程パワーアップしている。場面が変わったので、今度の妖精騎士はフローラだ。
「貴殿に良い事を教えてやろう。あの姫は、王族などではない。はるか昔、お前の仕えし君主が奪いし我が娘ぞ!」
ゼファーが驚愕の真実を明かす。フローラ姫が実は邪眼王の娘であり、かつて戦乱の折に行方不明になったと言う設定が暴露された。邪眼の王はただ、祖国を守り、自身の娘を取り返しただけだと。
「それでも、娘が欲しいと言うのなら、私に勝って奪うが良い! だが覚えておけ! それでは貴様が嫌う我が軍勢と、なんら変わらぬ事をな!」
勝ち誇った様にそう言うゼファー。この辺りの演技力は、さすがに楽団を率いているリーダーだけはある。そのままの姿で、彼は浪々と歌い上げた。
『黄昏の空に浮かぶ夜の眼よ 我に視力を与えよ 陽は墜ち 我らは立ち上がる』
その歌にあわせ、今まで倒れて行った邪眼王の部下や、妖精騎士の同朋が、次々と舞台に上がってくる。数々の戦いをフィードバックしている演出だ。
『黄昏の呼び声 夜の断片 死の扉の中に眠る悪意 黒き翼に開かれしとき さぁ 我が嘆きを夜の涙に変えよ』
歌い終わった瞬間、両腕を広げるゼファー。
「永遠に光を奪い、醒める事のない悪夢の中へ落ちるが良い!」
そんなセリフを叫んだ直後、ディアッカがファンタズムの魔法を発動させる。黒い雷と称されるに相応しい妖しい光が、妖精騎士へと襲いかかった。
「あぶない!」
その瞬間、妖精騎士の前へと飛び出す鉄壁の騎士。兜と面ががらりと落ち、ピアの素顔が晒される。流れ落ちるは長い銀髪。
「何を、している。奴を殺ったあとで、俺との決着‥‥だ。そう‥‥長くは待って‥‥やらん、ぞ」
「すまない‥‥!」
荒い息遣いと共に、搾り出すようにそう言う鉄壁の騎士。意味ありげな笑みを浮かべるその後ろから、邪眼の王へと踊りかかる妖精騎士。それを見届けると、彼女はゆっくりと崩れ落ちる。懐から、昔、妖精騎士と酌み交わした夜光杯が零れ落ち、倒された事を象徴する。
「邪眼の王よ! 闇の中へ、眠れ‥‥!」
聖槍に刺され、壁へと縫いとめられるゼファー。
「時の流れは全てを押し流していく‥‥か‥‥」
がくりと倒れる邪眼の王。幻影が、彼の周囲を黒い炎で染め上げ、その城が崩れて行く演出が入る。その中を、姫をつれた妖精騎士が、花道を脱出して行く中、舞台に残ったゼファーに近付く一人の人物。それは、一度は裏切った筈のJJだった。
「付き合うぜ。これ以上、あの2人を見ていても、辛いだけだからな‥‥」
静かにそう言って。炎が彼らを包み込んで行く。
「私は、思い出にはならないさ‥‥」
ゼファーのセリフが流れる中、緞帳が幕を下ろして行く。完全に閉まったそこへ、フローラ姫と妖精騎士が出てきて、観客の前で、腹に手を当てて見せる。
「名前は、決めているのか?」
「‥‥ゼファー、と」
騎士の子を身ごもった娘は、その子に悲しい宿命に散った王の名をつけたのだった。
ところが、一花の陰謀はそこから始まっていた。
観客の拍手が鳴り止まぬ中、アンコールの声に、再び緞帳が上がる。そこに用意されていたのは、祝賀会の準備シーンだった。議長、前から頼んでいたカンタベリー産の織物で作れた白のドレスを身に纏わされ、強制的に舞台上に突き出されている。
「辛い戦いを良くぞ乗り越えた。そなたこそ、娘の婿にふさわしい。うちの娘と結婚してくれないか?」
「勿体無いお言葉にございます。ですが、私は‥‥」
父王役の一花に、言葉を濁す妖精騎士。と、そこへ宮廷騎士役のガインが、諭すようにこう言った。
「種族の壁を気にしているのなら、心配しなくていい。抜け道など、いくらでもあるのだから」
ちなみに彼も、一花に言われて仕掛け人になった一人。引きつる議長に、妖精騎士‥‥いや、フローラはこう言って、兜を脱いだ。
「我が心を愛で満たしてくれた人よ。私を貴方だけの者にして欲しい」
軽く膝を折り、恭しく頭を垂れる彼女。もはや、どう頑張っても状況は覆る事はなさそうだ。覚悟を決めた彼は、こう告げる。
「私の心は既に決まっている。それは、例え種族が違おうとも、父の名が変わろうと、同じ事‥‥」
衿に巻いていたブルーのスカーフを解き、彼女の首へと授けるギル。
「愛している。フローラ」
「はい‥‥。私も議長‥‥いえ、ギルの事、愛しています。主の御名に誓って」
そこだけは、素顔に戻って。置かれた立場は違うけれど、2人は、舞台の上で愛を誓う。主と精霊と‥‥観客に。と、ニヤリと意地悪く笑った一花、緞帳を下ろすより先に、力強く宣言。
「準備が無駄にならずにすんだようだ。これより結婚式を執り行う。二人の門出に祝杯を挙げようではないか!!」
議長もフローラも、開いた口がふさがらない。と、コメディ役のユラヴィカが鈴を打ち鳴らし、観客の方へと飛んで行く。その先に用意されていたのは、豪華な披露宴会場。
「一花っ!」
「今は亡国の王様でーす☆」
流石に怒る議長。だが、一花はぺろっと舌を出しながら、観客の注意が宴会場を向いている隙に、さっさと舞台から逃亡。
「まったく‥‥」
呆れたように頭を抱えていた議長、そう言って、自身が被っていたマリアヴェールを取り、兜を取ったフローラへと被せる。
「ギル‥‥?」
「花嫁衣裳は、お前の方が似合う。鎧姿よりは、よっぽど‥‥な」
共に、生きて欲しい。立場や異種族と言う壁が、2人を阻むかもしれないけれど。
ヴェールで隠しながら、誓いの口付けを交わす2人を見て、ユーリが、お祝いの歌を奏で始めた。
「ベルモットもお祝いしに来てくれたようじゃの」
ユラヴィカがそう言った。見れば、ベルモットがそれを祝福するかのように、周囲を舞っている。
「ま、めでたしめでたしって奴だろ。さー、晴れて終わって大宴会だっ!」
花道を宴会場へと向かう議長とフローラに、台の上からフラワーシャワーを降らせながら、JJは一行を宴席場へと誘うのだった。
宴会は、盛大なものとなった。
「さぁ、祝杯だねー。後はとにかく宴会を盛り上げるのが我が使命かと!」
リオンがそう言って、あちこちの客に花嫁自身が持ち込んだ酒を注ぎまくっている。テーブルでは、ユラヴィカが巨大エイとの戦いを表現した踊りを見せていた。
「冒険譚ですか。なかなか楽しい事してたんですね、皆さん」
「うむ。色々あったのじゃ」
トリアの感想に、そう答え、その時の話をするユラヴィカ。出演者テーブルでは、出演者御一同が、思い出話に花を咲かせていた。
「怪盗のお稚児さんの振りをする、なんて仕事もありましたっけ‥‥♪」
今となっては、何もかもが懐かしい思い出。と、踊り終わったユラヴィカは、愛用の道具を使って、即席の占い小屋を立てている。
「はーい、議長達に当てられた皆ー、相性占いなんぞいかがかのー」
「そこのおねーさーん、一緒に占わなーい?」
勧誘をナンパの種に使うリオン。だが、相手はバンブーデン夫人。当然、お側仕えのトゥイン嬢に、『御方様に触るんじゃありませんわっ』と蹴りこまれてしまう。
「ぅは、新年早々、敗戦を喫するなんて‥‥。俺、飲んでないのに‥‥」
「良いんじゃないか? めでたい席だし。来賓を楽しませる余興だと思えば」
ケラケラと、面白そうに笑うJJ。だが、そうやって楽しく過ごしている最中、彼は何人か姿を見せない事に気付いた。話を聞くと、リュイスはヴァレリーとどこかに行方を不明し、お供のユキトくんが、慌てて追いかけて行ったとかなんとか。
「ふむふむ。第二会場と言うわけか。そりゃあ面白そうだねぇ」
稼業特有の直感で、何をやろうとしているか、即座に考え付いた彼、ふらふらと様子を見に赴く。
「パーティやってるんだが、どうだ? 皆待っているぞ? たぶんな‥‥」
アタリをつけたのは、ベルモットの祭壇。
「よお、劇場管理人就任おめでとう。あ〜。本当は、年を開ける瞬間、一緒に祝いたかったんだが、公演で無理になったからさ。多分、後で楽団長挨拶に、来ると思うが‥‥。そん時は、よろしくな」
遅ればせながら、そう挨拶するリュイスに、ヴァレリーはこう申し出る。
「挨拶なら既にされたさ。それより、今はお前と過ごしたい。ダメか?」
不意打ち禁止令を出していない状況だったのなら、そのまま持っていかれるところだったのだろうが、彼は約束どおり、答えを聞いてきた。断る筈のない答えを。
「‥‥好きにしろよ」
そう言って。でも、なんだか悪くない気分のまま、結ばれたばかりのカップルは、月明かりに口付けを交わす。
「トリス様、貴方が何者だろうとこの想いは変わらない‥‥。想い人を作れない、言葉の呪縛‥‥私が解き放ってみせます」
「ありがとう、一花。好意だけ受け取っておくよ。それに、まだ恋は、右も左も分からないから‥‥」
一方では、一花に呼び出されたトリスタン卿が、はにかんだ表情で、そう答えていた。
「そう、ですか‥‥」
玉砕覚悟とは言え、断られたかな‥‥と思った彼女、うつむいて悲しそうな表情をしている。やはり、女性なのだろう。と、その顔を見たトリスタン卿、どうしていいかわからず、おろおろし始める。が、ややあって、思いついたようにこう言った。
「泣かないでくれ。一から学びなおす事にした。恋人の作り方、ご教授願えるかな?」
「はいっ☆」
恋人になるにはお友達から。一花は、祖国ジャパンで『千里の道も一歩から』と言うことわざが有った事を思い出し、明るく返事をしてみせる。
「あっちもこっちもラブラブでうらやましい。一人身にとっては、寂しい限りですねぇ。おや?」
聖夜からずっと一人身だったトリア。そんな彼に、恋の女神様は、ちゃんと相手を用意してくれたらしい。ヴァレリーにフラれた格好となったユキト少年は、一人涙をこぼしていた。
「悲しい顔をしないで。こんな素敵な夜です。今宵一度きりの恋、と言うのもまた趣がありませんか?」
そんな彼を、背中から抱きしめ、トリアはこう囁く。
「あなたの痛み、慰めてあげますよ。私でよければ、ね」
「ありがとうございます‥‥。じゃあ、お言葉に甘えて‥‥」
そのまま、身を預けるユキト少年。その身が、トリアのマントで包まれる。
「おめでとう、議長。良く似合ってたぜ」
一方、半ば強制的に主役にさせられた議長は、フローラと共にいる所を、アランに強襲されていた。「イヤミか」と呟く彼に、アランは少し真剣な顔になって、こう伝えていた。
「そう言う意味じゃないけどよ。最後のお別れって奴で。今月中には他国へ渡ろうと思うし」
一瞬、驚く議長だったが、ややあって、穏やかに答えてくれた。
「そうか‥‥。キャメロットの留守は預かる。もし、疲れたら何時でも戻ってくるが良い」
「ああ。今まで我侭を通して頂き、至極感謝している」
いつか、故郷が懐かしくなった時、帰る家を用意しておくのも、自分の役目。そう言ってくれる彼に、アランは改めて礼を述べた。
「私は何もしていないよ。ただ、役目を果たそうとしただけだ」
「またまたぁ、本当はフローラの事が頭にあったんだろ。前から好きだったくせに」
口ではそう言うものの、その傍らには、伴侶となったフローラの姿。以前から、バレバレの態度を覗かせていた議長に、アランはニヤリと笑ってそうツッコむ。「それは‥‥」と言葉を詰まらせる彼に、花嫁が問うた。
「そうなの、ですか?」
「いつしか、無くてはならない存在になっていたのは、事実だ」
出来れば、いや是非これからも、そうでありたいと願っている。そう口に出す議長。嬉しそうなフローラが頬を朱に染めている。
「だったら、良いじゃないか。二人の幸せを、遠く異国の空から祈ってるぜ」
特等席でそれを眺める事になったアランが、笑いながらそう告げた。
イギリス王国の未来に、幸多かれ。