●リプレイ本文
ケンブリッジのニューイヤーパーティ。その準備の最中、大宗院透(ea0050)はある企みを胸に抱き、フリーウィルへと向かっていた。
「今回は自分の実力を知るよい機会です‥‥」
そう言った彼の姿は、いつもの女子制服ではない。普段、正体を隠す為、西洋風に女装している彼、今回はフリーウィルの男子制服をきっちりと着て、別人の様な美少年になっていた。
「これで良いですね。おっと。口調も変えないと」
いつもの寡黙な言葉使いは影を潜め、どこか年頃の少年らしく、はっきりしたものとなっている。
「名前は、トール・エルにしておこう。あながち嘘でもないし」
暗示をかけるかのように、一人呟く彼。エルと言うのは、母方の旧姓。そんな彼が向かったのは、パーティが行われていると言う食堂だった。
「うーん、結構大変だったんですね。大事な時だったのに、私はキャメロットの依頼に行ってたんですよ」
留守の間に、ケンブリッジで起きた事を、生徒会長ユリアから聞いていたルーウィン・ルクレール(ea1364)が、申し訳なさそうにそう言っている。およそ一ヶ月程の逗留で、都合4回もあちこちを往復していたそうだ。
「そうだ、会長もパーティへ出てみませんか? いろいろあったみたいですし、たまには楽しんでみてはいかがです? 私もそのつもりで出てきたんですし」
ユリア嬢が、それはそれで重要な事だと励ますと、ルーウィンはそう言って、行われるパーティへと誘って来た。
「こういう時は、エスコートをするのがお約束なんだそうですが‥‥」
一方で、マカール・レオーノフ(ea8870)もまた、パーティへ誘うお相手の事で悩んでいた。もっとも、誘う相手は既にランス少年だと固く心に誓っているのだが、問題はその誘い方。
「迎えに行ったほうが、いいのでしょうかー。それとも待ち合わせ? うーん、どうすれば、一番喜んでもらえるか‥‥」
恋する男の子にとっては、好きな相手がどう思ってくれるかと言うのは、とても重要な問題なのである。不安そうな彼が、プラタナスの幹に寄りかかっていると、どこかのお使いの帰りらしいランスがマカールを見つけ、こちらへ手を振った。あわてて、ぼんやりした表情を元に戻し、そちらへ向かうマカール。
「今日はお仕事‥‥ですか?」
「え、ええ‥‥。でも、今日は親方が広場に届け物をしたら、そのまま家に帰って良いって‥‥。なんだか、すごく引きつった顔をしてましたけど」
尋ねると、事情を説明してくれた。何だったのだろう‥‥と、首を傾げるランスくんに、マカールは妹が手を回したんだなーと思い当たる。
「そうですか‥‥。きっと、どこか具合が悪くて、店を早仕舞いするつもりだったんですよ。それで、この後‥‥予定はありますか?」
「い、いいえ‥‥。ご飯を買って、家に帰るだけです」
多少複雑な気分だったが、好意は受け取っておこう。そう思いなおし、マカールはランス君にこう言った。
「だったら、その‥‥パーティへいらっしゃいませんか? 主催はパープル先生ですから、それほど細かい事は言わないでしょうしね。帰りは、送りますから」
あの先生の事だ。寂しくなる事に反対はしても、にぎやかになる事に文句はでないだろう。むしろ助長してくれるに違いない。そう思ったマカールが頷くと、ランスくんは少し照れながらも、「はい、じゃあ‥‥お言葉に甘えて」と、答えてくれる。
「では、待ち合わせはここで」
素直に、言葉が出た。
「よろしくお願いします」
案ずるより産むが易し‥‥とは、ジャパンの誰かが言っていた諺でしたっけ‥‥と思いつつ、その申し出を受けてくれたランス君を、ほっとした表情で見送るマカールだった。
さて、パーティ開催当日。東雲辰巳(ea8110)と一緒に現れたパープル女史を見つけた瞬間、わーっと抱き付いて来る生徒が約2名。
「無事で良かったよ〜、心配したんだからぁ〜」
「何かパープル先生がしおらしいっと思ったら、報告書よんで納得だよぉ♪」
いつもより情熱的な赤のセクシードレスでおめかししたミカエル・クライム(ea4675)と、まるごとくまさんにリボンをつけて、可愛らしく森の妖精にチェンジしたパラーリア・ゲラー(eb2257)である。と、そこへ羊皮紙を何枚か持ったセラフィマ・レオーノフ(eb2554)が、それを女史に見せに来た。
「パープルせーんせー! 新作書きあがりましたー! 今回のネタは先生と生徒モノで、生徒の心情描写に重点を置いてみました!」
びっしりと書かれたそれを見て、ニヤリと笑う彼女。時々、小さい文字や『‥‥』が出てくる所を見ると、いわゆる『大人向け』の小説なのだろう。まぁ、第二のヒノミ・メノッサを狙うと、当然過ぎる耽美な内容だったりするのだが。
「あの時はごめんね、先生。非常事態だったから。これはお詫びの品だよ」
そこへ、デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)が聖夜の事を謝りながら、シードルを差し出す。
「気が利くじゃない。じゃ、これ片手に、読書タイムにしようかしら‥‥」
「って、主催が速攻消えてどうする。つーか、お前らいい加減離れろーーー」
飲み物と読み物を手に入れた先生、会場の隅っこで鼻の下でも伸ばそうかなーなんぞと言う態度をちらつかせた瞬間、耐え切れなくなった東雲が、首根っこを掴んで引き戻す。が、そうはさせじと反対側から押さえ込むセラ。
「あーら、お邪魔だったかしら? 恋愛に試練は付き物でしてよ! 私ごときを乗り越えられずして、先生を守れるものですか」
「いいからそこどかんかー!」
一応彼女も、ナイトの端くれ。浪人の東雲に、一歩も引けを取らない。
「おやおや、賑やかな事で。ん? 見慣れない方ですね‥‥」
そんな彼らの様子を眺めて楽しんでいたルーウィンがそう言うと、見慣れない少年が、とことことパープル女史に近付き、後ろから抱きしめる。
「パープル先生、今年も宜しく! それにしても先生は今年も綺麗だね。恋人に立候補したいくらいだよ」
「えぇと、誰だったかしら‥‥」
どこかで見覚えがある子なんだけど‥‥と、眉をひそませる女史。セラ達女の子チームならまだしも、上から下までいかにもナンパな男子生徒の登場に、東雲くん、Gパニッシャーの柄に手がかかった。
「そこの。どけっつーてるだろうが‥‥」
「ああ、失礼。恋人がいるって話だったね。それじゃ、ボクは向こうで新しい恋を探して居るよ」
わざとらしいその謎の少年のセリフに、『だれがじゃああっ』と反論したのは、『そー見えるっ?』と嬉しそうな東雲と対照的なパープル女史。ルーウィンがのほほんと「玉砕ですか。気の毒に」なんぞと呟いているが、仕掛けた本人は、どこか満足そうに、足取り軽くその場を離れて行く。
「うーん。やっぱり分からない‥‥。お酒が入っていたからでしょうか」
ハタから見ると、ばれていたようにも思うが、彼女はそうは言わなかった。密かにそう呟いて、その謎の少年は、髪を結びなおす。そこにいたのは、いつもの透くん。
まだまだ精進が足りないかなと思った彼、それを磨く為に、今度は衣装と性別を変え、男性陣の方をナンパしに行くのだった。
パーティとは言っても、基本的にはただ飲んで騒いで、歌って踊ると言った調子である。そんな中、招待されたかつての花嫁候補達を眺めているミカエル。
「もう始まっちゃってましたか。御家族への挨拶をしていたら、遅くなってしまって」
そこへ、ランス少年を連れたマカールが、遅参の理由を告げた。彼としては、夜遅くになってしまう事を考えて、ランスくんの家族に連絡を入れただけなのだが、そこは腐れ女子。目を輝かせて聞いてきた。
「もしかしてお兄様、あのセリフを言ったんですか!?」
「な、何の話ですか! そ、そりゃあなんかお母様らしき御夫人に、『息子をよろしくお願いします』とかは言われましたけど‥‥」
即座に否定するマカール。だが、何を勘違いしたんだか、ランスくんの親御さんに、深々と頭を下げられてしまったらしい。それを知ったセラ、大騒ぎだ。
「ところでアルヴィンくん。この間怪我をされたそうですけど‥‥大丈夫ですか?」
彼女は、マカールにツッコまれる前に、アルヴィンに話を振ってしまう。
「はい。もうすっかり‥‥」
「それはよかったですわ。それで、その後エルンスト先生と何か進展は‥‥」
セラは、その辺りを聞き出したいようで、メモ帳代わりの木板を片手に、そう聞いていた。
「そ、そんな‥‥。進展だなんて‥‥」
ぽっと頬を染めて、言葉を濁すアルヴィンくん。
「って事は、何かあったのね。もしかして、怪我をなおしてくれたりとか‥‥」
「は、はい‥‥」
彼の話では、あの後エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)は、彼を背負い、治療棟まで連れて行ってくれたらしい。まぁ、彼にしてみれば、危難が去った後、ゆっくりと治療すれば良いと思っていただけなんだろうが、ずっと側に居てくれたらしいことを聞いて、セラちゃんまたもや大騒ぎ。
「こらセラ。プライベートを詮索するんじゃありません」
マカールがそう言って、アルヴィンから引き剥がす。そして、少し離れた場所で、ある事を頼み込んだ。
「えーーーー! ドレスアップ!?」
「しーーー。聞こえちゃうじゃないですか!」
思わず声を上げるミカエルに、慌てて口を塞ぐマカール。あー、ごめん。と謝った彼女、拳を握り締めて、やる気満々の表情を見せた。
「そういう事なら任せて。ね? セラちゃん」
「ええ、もちろん! 力の限り協力させてもらいますわ」
ランスくんデコレーション作戦に乗っかったのは、彼女達2人だけではない。そう言う事にだけは、聴覚が倍増するらしいパープル先生。にこおっと笑顔でこう申し出てくる。
「あら、面白そうね。先生も混ぜてよ」
「いいよー。うふふふ。せっかくだし、花嫁衣装は気合入れないとね!」
で、それを拒む理由は、愛を叫んだ乙女と、二代目ヒノミ・メノッサには存在しない。
「ほ、本当に任せて大丈夫だったんでしょうか‥‥」
彼氏役マカール、その様子に、思いっきり眉をひそめてしまうのだった。
んで。
「さて。エルンスト先生とアルヴィンくんは‥‥っと。この辺りにいたと思ったんですけど」
パープル女史から頼まれたセラ、賑やかな会場を離れ、平屋棟の入り口あたりを探していた。
「おやーん。あれは‥‥。そして、進路方向には、アルヴィンくん! これは‥‥ネタですわ!」
そのセラの目が、きゅぴーんっと輝く。パートナー待ちをしている生徒達に紛れて、見慣れない女性が一人。そのターゲットアイは、きょろきょろと周囲を見回しては、ため息をついているアルヴィンに注がれていたから。
「先生、遅いなぁ‥‥」
女性が、アルヴィン君へとたどりついたのは、彼が残念そうな表情をしながら、もう、先にパーティ会場へ行ってしまおうか‥‥と考えていた時である。
「あら、待ち人来たらずですか?」
そう言って微笑む女性がいた。困惑した表情になるアルヴィンの手を取り、その女性はこう囁く。
「なら、私と踊ってくれませんか?」
「あの、その‥‥」
彼は、断るに断りきれず、おろおろしている。その姿に、可愛いですよ‥‥なんぞと、女性が口走った直後、背後に殺気。
「何をしている、そこ」
ずもぉぉぉぉんっと、今にも雷を落としかねない表情で、女性を睨みつけているのは、エルンスト。ほっとした表情を見せるアルヴィン。と、彼は低い声音で、女性にこう宣告する。
「残念ながら、その子は既に売約済みだ。お引取り願おう」
「それは失礼しましたねぇ」
それ以上しつこく絡む様な事はせず、女性はさっくりと謝って、彼らの前を辞した。そして、てくてくとセラが待ち受ける花壇の向こう側へと、足を進める。
「もう少しで落とせたのに‥‥。しかし、疑われなかった所を見ると、父親の血が流れているからでしょうか‥‥」
人が見ていないからか、いつもの口調へと戻ったのは、透だった。だます事には成功したものの、フラれた格好となっている。まぁ、ナンパ自体は成功したから、やはり血は争えないと言ったところだろうか。
「怪我は、もう大丈夫だったな?」
「はい‥‥。遠出、出来るかどうかわかりませんけど」
そんな中、エルンストはアルヴィンに体の具合を問うていた。と、彼は頷いて、大丈夫ですと答えている。そんな少年に、彼は少し申し訳なさそうな表情となりながら、こう言った。
「本当は、事故さえなければ、ドーバーの劇場に、お前を連れて行きたかったんだがな‥‥。すまない」
新年公演があるとかで、外に行きたがっていたアルヴィンに、見せてやろうかと思っていたらしいのだが、停車場で事故があり、敵わなかったそうだ。まぁ、知り合いの話では、立ち見まで出る大盛況だったらしいので、入れるかどうかも怪しかったが。
「謝る事じゃありませんよ。先生が悪いわけじゃないんですし」
「そうか‥‥」
首を横に振るアルヴィン。その顔を見ると、嘘偽りはなさそうだ。が、中々進展しない事に、見ているセラの方は、苛々しっぱなしである。
「ああもう、やきもきしますわー。ダンスタイム、始まっちゃったじゃないですかー」
その彼女が気にしているのは、パーティで行われるダンスタイム。もう既に、楽しげな音楽が聞こえてきていた。
「皆、楽しそうですね」
その会場では、ルーウィンが、ミカエルとパープル女史に着替えさせられているランスくんを見て、同情と好奇心の入り混じった顔をしていたり。
「どうせ正月ですから、目一杯お洒落さんにしてみました」
「似合うーーー」
ランス君が着ているのは、白の女物礼服に、豪華なマント、銀のネックレスに水晶のティアラをつけた、どこぞの御姫様と言った風情の衣装である。
「では姫、お手をどうぞ」
「マカールさん‥‥」
その彼に、貴婦人を相手にする態度そのままで、手を差し出すマカール。
「いやまぁ、その。できれば、ダンスにお誘いしたいな、と。あまり上手じゃないという自覚はあるんですけど‥‥」
「はい、喜んでその申し出、受けさせていただきます」
嬉しそうにそう言って、その申し出を承諾するランス。「ありがとうございます」と礼を言うマカール。断られたらどうしようかと思っていたが、どうやらそんな心配は杞憂だったようだ。
「マカールさん良かったね。素敵な伴侶を手に入れられて」
だが、ほっとしたのもつかの間。緊張が取れて、少年らしい口調に戻ったデメトリオスに、そう言われてしまう。
「ははは伴侶って、そんな! 私はただっ」
「いいんじゃないかな。好きな人同士が、一緒に踊るんだからさ」
反論しようとするマカールに、彼はそう言って、『プリンセスが待ってるよー』なんぞと囃し立てる。
「‥‥‥‥ま、まぁそう言う事にして置きますよ」
強引な祝福に、マカールは抵抗する事を諦めたのか、大人しくランス君を抱き寄せ、踊りの輪へと加わっていた。
「ふふふ。次回はこれよっ。社交界の逆玉の輿ストーリー。苛められていた美少年が、友達の力を借りて大変身。いける、いけるわぁぁ!」
セラ、早くも次回構想を練り始めたようだ。
「また何か企んでるでしょ」
「いえーす☆ 最近は絵の腕も多少上がりましたし、挿絵もいれたいところです。と言うわけで、モデルになってくださいませね。お兄様にお姉様。さー、そろそろ第二幕ですわー」
浮かれモード彼女、会場の片隅で、静かに杯を傾けるエルンストと、アルヴィンくんのカップリングウォッチングを、再び開始する。
「そういえば、あまりおまえ自身の事を聞いていなかったな。家族とかは、いるのか?」
「いません‥‥。名前も付けてもらえなかったくらいですから」
その頃、舞踊曲を何気なく聞いていたエルンストは、アルヴィンにそう尋ねていた。が、彼は首を横に振り、ためらいがちながら、自身の素性を答えている。
母親は、生まれてすぐに亡くなったか、自身の責任を放棄したかのどちらかだろう。しばらくは教会に預けられていたらしいが、事情で放り出されていたと言う。詳しい事は大人の事情なので分からないけれど、それからはずっと、野良犬同然に過ごしていたと。ハーフエルフには、時たま起こりうる仕打ちである。自身も同じ種族のせいか、気持ちは痛いほど分かるエルンスト、しばし思い悩んでいた様子だったが、思い切ってこうきり出した。
「すぐになるかどうかは分からないけれど、自分が旅に出る時に、一緒に来るか?」
「それは、嬉しいけど‥‥」
やはり、旅に出る話をすると、彼は落ち込んでしまう。そう感じたエルンスト‥‥あまりでない表情に、真剣さを宿らせながら、その理由を問うた。
「もしかして、何か不都合があるのか?」
首を横に振るアルヴィン。そんな彼に、エルンストは諭すように続ける。
「正直に話してくれ。花嫁修行の時に、互いに相談して対策を取るのがいい、と教えたはず。個人的には、冒険者コースでもう少し訓練を受けてからでも遅くはないと思うしな」
理由を聞けば、何か協力が出来るかもしれない。同族として、力になると約束したのだ。違えたくはなかった。
「先生‥‥。それまで‥‥。僕が一人前の冒険者になるまで、待っててくれますか?」
顔を上げたアルヴィンは、エルンストの正面を向いて、はっきりとした口調でそう聞いてきた。
「ああ、もちろんだ」
即答する彼。
「良かった‥‥。不安だったんです。僕が、ちゃんと旅に出る前に、先生が居なくなっちゃうかもしれなかったから‥‥」
知識欲はある。けれど、それを満たす前に、彼がどこかに行ってしまう事を、アルヴィンは思い悩んでいたようだ。
「アルヴィン‥‥」
「先生と一緒なら、どこまでもついて行きたい。だから、もし旅に出るような事があったら、連れて行ってください‥‥!」
エルンストの側に居たい。離れたくない。彼の瞳はそう言っていた。
「ああ。約束しよう。ここに誘ったのはこっちだ。それぐらいは付き合うから」
彼を一人前の冒険者にする。初めての弟子とも言える少年に、エルンストはそう言って微笑みながら、固く誓ってくれるのだった。
パーティは大変賑やかな状況になっていた。中央でダンスをしていたと思えば、テーブルで食べ比べ競争をしているデメトリオスがいたり、静かにドライシードルを傾けているエルンストがいたりと、様々ではあったが。
デメトリオス、リトルフライとペットの飼い猫、イドラ&キドラを使って、空中ダンスを披露している。酒の入った御仁達から、拍手が起こった。
んで、それに煽られるように、ミカエルがファイヤーコントロールを使って、炎をリボン代わりに操っている。ちょうちょ結びになったり、ハートマークやお星さまになっていて、中々綺麗な迫力を見せていた。
「流石に宴会ですから、色んな人がいますねぇ」
「ルーウィンさんも、こっちきて一緒に踊りましょうよーう」
その様子を眺めていたルーウィンが、デメトリオスに誘われる。
「あ、はい。一曲お願いできますか。会長もどうです?」
楽しみたいのは確かなので、彼は連れていた生徒会長を誘い、踊りの輪へと加わった。簡略化された民族舞踊は、とてもリズミカルで、誰でも楽しい気分にさせてくれる。
「あー、楽しかった。ケンブリッジに来てよかったな。平和になってクエストリガーでの依頼はもうないといううわさを聞いたけど‥‥」
一通り踊り終わったデメトリオス、火照った身体を冷ましながら、そう言った。残念そうな彼に、ルーウィンがこう言ってくれる。
「クエストリガーがなくなっても、事件が無くなるわけじゃないですし。お呼びはきっとかかると思いますよ」
「そうだね。それに、本業だってあるし。冒険できたのは短い時期だったけど、これからの勉強にいろいろ活かしていきたいと思う」
向学心の強いデメトリオスに、彼も「デメトリオスさんなら出来ますよ、きっと。彼女もね」と、同意してくれる。その先では、必要以上に明るく振舞うミカエルの姿があった。
「なんか、から元気ってカンジだね。どうしたんだろ、いったい」
「報告書を見ましたが‥‥。ル・フェイさんを倒してしまったようですし、きっと‥‥助けたかったんでしょう」
一見、楽しんでいるように見える彼女。だが、ときおり、悲しい表情を垣間見せる。それは、モーガン・ル・フェイのような黒髪の‥‥年上の女生徒を見かけた時、顕著だった。
「さぁ、もっともっと騒ぐわよーーー!」
同じ学園の生徒として、討ちたくはなかったのだろう。最悪の結果に、沈みがちな心を無理やり奮い立たせている。それを知ってか知らずか、パープル女史は止めようとはしなかった。
「いつか、その悲しみが癒えるといいね」
「大丈夫だと思いますよ。楽しい友人もいるみたいですから」
デメトリオスがそう言うと、ルーウィンはセラの方を示してみせる。パープル女史に、自分の目標を嬉しそうに語るセラ。女史が応援してるから、頑張ってね。と応援している。そんな彼女にに真剣な眼差しを注いでいたかと思うと、東雲は意を決したようにこう言った。
「レディ、ちょっと‥‥いいか?」
「ん? え、えぇ‥‥」
何かマズい事でもやったかしら。いや、自分はいつもの通りだ。と、不安と疑念を交互にちらつかせる彼女を、東雲は「借りてくぞ」とか言いながら、会場を出て行く。デメトリオスが「はーい。ごゆっくりー」と、お気楽に手を振った。
「ここなら、誰もいないな‥‥」
東雲がそう言ってパープル女史を連れ出したのは、誰もいない地下訓練場の裏だった。
「記憶は、まだ戻らないのか?」
「うん。でも、戻らなくても良いと思ってる。って言うか、戻ると色々不都合が出そうだし」
未だ、紫の君の過去は戻らない。だが、当の本人は、あまり気にしないで欲しいようだ。多分、今の自分を大切にしたいんだろうな‥‥と、東雲は思う。
「そっか‥‥」
「あの騒ぎが起きる前は、記憶を探しに行こうかな‥‥と思ってたけど、止めたわ。まだ、ここでやるべき事がある様な気がするから」
一年の計は元旦にあり‥‥とは、故郷ジャパンで誰かが言っていた様な気がするが、彼女はそれと同じ意味に捉えたらしい。そう告白するパープル女史。
「たとえレディがどこの誰だったとしても、これからずっと護っていきたい‥‥その気持ちに変わりはない」
そう言うと、雪の中、膝をつく東雲。ジャパンの礼儀作法ルールに乗っ取った、忠誠の誓いを。そしてその後、顔を上げて、こう言い出す。
「そう言うわけだ、女子寮から‥‥二人で暮らせる一戸建てに引っ越さないか?」
「え‥‥」
きょとんとするパープル女史に、東雲は真摯な表情のまま、こう続ける。
「ずっと側で、守っていこうと決めたんだ。俺の申し出、受けてくれるよな?」
「そんな真剣な顔で言わないでよ‥‥。こんな場所でプロポーズだなんて‥‥」
やっと意味を理解したパープル先生、顔を耳まで真っ赤にしている。「晒し者になるよりましだろ」と、言い放つ東雲。
「なぁ。あのドレス‥‥まだ持ってるか?」
「そりゃあ、捨てる道理なんてないし‥‥」
その彼に尋ねられ、パープル女史は頷く。それどころか、ずっと大切に持っていたい品だと思ったなんて、恥ずかしいから言ってやらないけれど。
「だったら‥‥今日、あの服着てくれないか?」
「でも、あれってウェディングドレス‥‥」
東雲に貰ったのは、冠婚葬祭用の礼服ドレスの中でも、結婚式で使うものだ。パーティには派手すぎるんじゃないかしら‥‥と、口にするパープル女史に、東雲は「だから、だよ」と、答える。
「せめて、形だけでも式を挙げたいと思うんだが。ダメか?」
正式な報告は、終わってから教会にでも行けば良い。だが、こうして皆が集まっているのだから、報告しておきたい。そう続ける東雲。その真意が、『少しでも早く、紫の君の守人として未来を誓いたい』と悟り、当の貴婦人は、こう言ってくれた。
「べ、別に構わないわよ。しょーがないから着てあげるわっ。せっかくプレゼントしてくれたものだし、さ」
その時だけは、いつものようにそっぽを向かず、正面を‥‥東雲の顔を見つめ、はっきりと。今にも、茹蛸になりそうな表情になりながら。
「こう言うのは、マナーに反するかもしれないけどな」
そんなパープル女史を抱き寄せる東雲。重なる2人。誓いのキス。
「いー事聞いちゃったな♪」
その影で、デメトリオスが悪魔の微笑みを浮かべながら、他の面々にご注進に及んだのは、それから間もなくの事である。
東雲とパープル女史がそれを知ったのは、2人が着替えを取って会場へ戻り、パーティの参加者に、事の次第を告げようとした時だった。
「「「「「おめでとーございまーーーーすっ」」」」」
ずらっと並んだ生徒達が、いっせいに拍手する。
「は、早っ! もうバレてるしっ!!」
報告する前に、参加者中に知れ渡ってしまっているらしい。東雲が、影に気付いて空を見上げると、そこには大凧に乗ったパラの姿があった。しかも、あるオマケつきで。
「レディ、外を見てみろ‥‥」
多少引きつりながら、それを指し示す彼。と、そこには『祝・パープル先生・東雲さんご結婚』の垂れ幕が、ぶら下がっている。そのせいで、関係ない生徒も、ケンブリッジ名物教師のハートを射止めた奴はどこのどいつだと、集まっているようだった。
「こらーーーー! パラ! 何恥ずかしい垂れ幕下ろしてるのよーーー」
「きっこえないもーーーん☆ 幸せは、ケンブリッジの皆に祝ってもらいたいだけなのーーー」
パープル女史が怒鳴りつけるが、パラは全く聞く耳を持たずに、大空を優雅に舞っている。
「良いじゃないですか。めでたい席なんだし。ねぇ? お兄様」
「ええ。祝いの席は無礼講ですよ。東雲さん、とうとうパープル先生に告白したとか。おめでとうございます」
セラに同意を求められ、頷きながら2人を祝福するマカール。その傍らには、こちらもランス少年が、まるで婚約者か何かの様に寄り添っていた。
「あ、今度からミスパープルじゃなくて、ミセス‥‥になるんですよね?」
「いいのよ! 人前ではレディ・パープルって事で! あ、でもマダムだったら良いかも」
そのマカールの疑問に、パープル女史は、おばさん扱いされるのは嫌だと言った態度を見せる。妻となっても変わらない姿に、遠巻きに祝福していたらしいエルンストが、気の毒そうにこう言った。
「苦労するな。東雲」
「良いんだよ。一生かけてでも、レディをこの世で一番の幸せものにしてみせる‥‥から」
失った過去の代わりに。これからの思い出を詰め込もうと。
「はいはーい。そんな御馳走様なおめでたい東雲さんには、ケンブリ名物女装セットを用意してみましたーー」
のろけモードを炸裂させる彼に、大凧宣伝活動を終えたパラが押し付けたのは、女性ものの礼服だ。
「なんだ。野郎全員女装か? なんだったら付き合うぜ」
それを見て東雲、ノリノリで申し出た。その代わり、いっそ性別逆転とかやろうぜーー。なんぞと言い出している。せっかくなら、回り中を巻き込んで、弄られた分、倍返しで応戦してやろうと言う心持のようだ。
「いつの間に名物になった‥‥」
頭を抱えるエルンスト。と、それを見たミカエル、ぽむっと手を叩きながら、きゅぴーんっと目を輝かせた。
「そうか。別に、東雲さんに限らなくても良いわよね」
じーっと注がれた視線は、アルヴィンに向けられている。花嫁さんは綺麗にデコレーションしないねーと、指先をわきわきと動かすミカエル。
「うちの可愛い弟子を巻き込むなぁぁぁ!」
そんな彼女に叩き落とされる雷。
「そんな2人の相性は‥‥大吉〜」
セラが、自分で作ったらしいカードの束を、タロット占いの様にかき混ぜながら、一枚引かせ、『大当たりー』と騒いでいる。まぁ、手品の知識も占いの技術も有していない彼女、ただの演出なだけなのだが。
「細かい事は気にしない方が良いと思うよ。あ、これは2人への祝福の品。受け取ってくれると嬉しいな」
デメトリオスがまぁまぁと言いながら、東雲とパープル女史に、スターサンドボトルを差し出した。星の砂が入った小壷は、カップルの幸せを願うもの。結婚式の贈り物には、最適だろう。そんな‥‥祝いの品をもらった2人は、持ってきた衣装を生徒達の手で強引に着付けられてしまう。
「よし、外でお披露目だよ」
集まった生徒達の前に、そんな彼らを突き出すデメトリオス。逆らえない状況にして、半ば強制的に祝ってしまおうと画策しているらしい。そこへ、パラが凧に乗って、花びらに見立てた色とりどりの布を空から撒き散らした。
「門出ですか。まさに新しい年にふさわしい。新年なので、新しい信念をもって挑みましょう‥‥」
参列者の一人になってしまった透、ジャパンの流儀に従い、桜の花びらが袖と裾にあしらわれた、白の振袖を着て、新年とそして‥‥女史の角出を祝う。恒例の駄洒落が、何故か場に相応しく聞こえた。
「ふふ。至らないこともあるかもしれないが、ずっとよろしくな‥‥」
「こちらこそ、ね」
そんな中、東雲は新妻にそう囁く。その時だけは、パープル女史も一人の女性に戻って、そう言ってくれた。
「とりあえず、ここで一区切りだけど、みんなみんな幸せになってほしいの☆」
祝福の輪に加わったパラがそう言った。誰に、とは言わず‥‥ケンブリッジで過ごす全ての者達に。
(「すべての皆様にありがとう‥‥か」)
感謝の念を込めて、教員寮へ向かう東雲とパープル女史。
「やっぱり、こう言う光景を、彼女にも見せてあげたかったな」
新年会が祝賀会に変わって行く中、ミカエルは、そう呟いていた。
今は亡き、友達だった女性の幻を心に浮かべながら。