【い組始末】葱牛と少年

■ショートシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:7人

冒険期間:03月14日〜03月19日

リプレイ公開日:2006年03月19日

●オープニング

 さて、渋谷屋のご主人が、娘の出迎えに躍起になっている頃、同じ町内にある火消し屋『い組』に、ちょっとした客が訪れていた。
「すんませーん。頭、いますかー?」
 年の頃なら10程度。風呂敷包みを抱えた少年が、『火消しい組』と書かれた暖簾をくぐっていく。
「おう、なんだ。渋谷屋の祥吉坊じゃねーか。総領息子が、こんなところに出向いてていーのか?」
「だってよー。手習いより大事なことがあるんだ」
 出てきた『頭』と思しき青年に、親しげに話す少年。名前は祥吉。なりは大店の息子には見えないが、これでも渋谷屋の長男坊である。
「ちゃんに怒られてもしらねーぞ。んで、大事なことってなんだ?」
「おう、入れよ」
 その祥吉が、暖簾の外へと声をかける。そこには、同じ年頃の‥‥農民の子らしい少年がいた。
「こんにちは‥‥」
 小さな声でそう言って、ぺこりと頭を下げる彼。
「友達か?」
「うん。喜助って言うんだ」
 なんでも、近所の村落に住む遊び仲間らしい。
「初めまして‥‥。喜助‥‥です」
「俺は卓次郎だ。い組の頭張ってる。どうしたんだ? いったい」
 頭‥‥卓次郎が、事情を尋ねると、彼はぽつぽつと仔細を話した。
「実は‥‥」
 それによると、彼は庄屋宅の牛の面倒を見ており、牛と仲が良かった。この牛、葱が好物なのだが、何の因果か、品評会で優秀賞を貰うほどの牛。ところが、数日前、庄屋の態度が突然変わり、喜助を追い出そうと言うのだ。身寄りのない彼、そこを追い出されては、行く場所がない。かと言って、庄屋には逆らえない。牛さんと別れるのも嫌。困った彼は祥吉に相談し、ここに至ると言うわけだ。
「なるほどな。けど、それはギルドかちゃんに言ったほうがいいんじゃねぇか?」
「ちゃんは、姉ちゃんのお迎えで忙しそうだし。それに、俺だってそんなに小遣いねぇよ」
 本来なら、そう言った事に関しては、ギルドの役目だが、まだ10歳の少年では、いかに大店の息子でも、数両単位のお金は出せないらしい。
「それで俺っちントコ来たわけか‥‥。おう喜助。おめぇはどうしたい?」
「僕は‥‥」
 控えめな性格なのだろう。口ごもる喜助。だが、祥吉の「ほら、ちゃんと言えよ」とつつかれて、意を決したようにはっきりとこう言った。
「秀丸が心配だから、庄屋やお役人に苛められているようなら、助けて欲しいです」
 牛の名前は、秀丸と言うらしい。話によると、前日からお役人が何人か、庄屋の屋敷に出向いていたそうだ。その時に、秀丸の名前が出ていたとの事。どうやら、庄屋にも何やら事情があるようだ。
「よぅし、わかった。俺っちに任しときな!」
 そんな彼の、硬い決心を知った頭は、頼もしくそう言ってくれるのだった。

●今回の参加者

 ea1435 ノリコ・レッドヒート(31歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea3785 ゴールド・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea8209 クライドル・アシュレーン(28歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9249 マハ・セプト(57歳・♂・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2364 鷹碕 渉(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2756 桐生 和臣(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3701 上杉 藤政(26歳・♂・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb4462 フォルナリーナ・シャナイア(25歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4554 レヴィアス・カイザーリング(33歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

リューガ・レッドヒート(ea0036)/ ヴィグ・カノス(ea0294)/ グラス・ライン(ea2480)/ フィニィ・フォルテン(ea9114)/ フィーナ・アクトラス(ea9909)/ ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)/ クリステル・シャルダン(eb3862

●リプレイ本文

「ったく。めんどくせぇが、受けた以上はなんとかしねぇとな」
 ゴールド・ストーム(ea3785)が、あくび交じりにそう言った。その割には、皆と共に現場となる村まで赴いているあたり、口で言うほど、面倒がってはいないのようだった。
「喜助。お前自身は、何をどうしたいと考えている?」
 彼らがまず向かったのは、喜助の所だ。自分より頭二つ分低い彼に視線を合わせ、鷹碕渉(eb2364)は真剣な表情で、そう尋ねている。
「えぇと。僕は‥‥庄屋さんが、そんな悪い人には、どうしても思えないんです。だから、何か事情があるのなら、力になってあげたいです」
「そうか‥‥。わかった。安心してくれ。俺も必ず力になろう」
 うつむきながら、搾り出すように。それでも自分の意志で告げる彼に、渉は穏やかな笑顔で、頷いてくれる。
「いいのぅ、純粋な心は。そうは思わぬかの?」
 その姿を見て、マハ・セプト(ea9249)は、弟子らしき少女の頭を撫で撫でしながら、周囲に問いかける。頷く一同。
「喜助くんは身寄りがないから、余計に自分が世話した秀丸さんが大事なんだろうね。庄屋さんにも、何やら事情がありそうだし、丸く収めたいよね」
「私は理由が納得できれば良いけど‥‥」
 慧神やゆよ(eb2295)の何とかしてあげたいと願う態度に、ノリコ・レッドヒート(ea1435)はそう言ってため息を付いた。彼女曰く、秀丸と喜助が引き裂かれた理由は、食べるためじゃないかなとの事だったが、そもジャパンでは、四足の獣は食用にしない。冒険者や異国の御仁は別だが。
「そうすると、最悪の場面に立ち合わせない様にする‥‥って線は消えたかな」
「その役人がどこぞの外国人に頼まれてって説もあるが」
 クライドル・アシュレーン(ea8209)がそう言うものの、彼は首を横に振る。江戸には、月道を通って商売に来る外国人も少なくない。そう言った御仁から役人が要望を受け、秀丸を差し出せと脅したとも限らない。例え食用牛ではなくとも、乳牛と言う線だってあるのだ。
「‥‥分からない事だらけだわ」
 食用と言う線が消えて、フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)は困惑した表情になった。品評会や、庄屋と役人の関係。葱好きと言うのに、何か意味があるのか。
「んじゃ、とりあずその辺りの事を、品評会ってのに出た奴から聞き出すとするか」
「まずは情報がなければ、どうにもならなさそうですからね‥‥」
 軽く髪をかきあげながら、そう言うゴールドに、頷くクライドル。彼らが向かったのは、喜助から聞き出した他の牛飼い達のところだ。
「最近、牛の品評会があったんだろ? どう言う趣旨だったんだ?」
 クレイドルが酒を奢りながら尋ねると、その牛飼いは品評会の目的を教えてくれる。それによると、近隣の村で、一番力持ちの牛を決める競技会のようなものだったらしい。
「ふむ‥‥。やはり食べるわけではないのかな」
 一方で、レヴィアス・カイザーリング(eb4554)の確認に、村人はこの辺りでは牛を食する事はないと断言する。他の面々が聞いてきた事も、概ねそれと同じ内容だった。
「お役人の所に、そう言う話はあったの?」
 やゆよが聞いてきたところによると、役人の屋敷に、数日前、異国からの商人らしき御仁が数人、訪れていたらしい。
「なるほどな。どうやら、この一件には、やはり役人の悪巧みが関わっているらしい」
 桐生和臣(eb2756)がそう言って情報をまとめている。黒毛の葱好きな牛は、異国の御仁から見れば、珍味に相当するのかもしれない。
「だとすると、次にやる事は決まってますね」
 そう言うやゆよ。彼女達が向かったのは、その怪しい悪巧みの裏づけ捜査だった。

 権力をもった連中と言うのは、どこでもろくな事をやらかさない。今回の事件も、事の発端はどうやらそこにあるようだ。
「推理するに、おそらく役人が、秀丸を納めると言ってきているんだろうけど、その原因は庄屋さんと役人、どちらかに正しいのかしら」
 フォルナリーナがそう言って考え込んでいる。と、上杉藤政(eb3701)がその話を裏付ける話を、彼女に告げる。
「話を聞く限りは、役人に非がようだ。さきほど、街の酒場で耳を傾けてきたら、こうだった‥‥」
 彼が、役宅の近くにある店で、耳を傾けていると、後ろで植木職らしき2人が、庄屋は喜助に伏せている事があるそうで、その原因が、役人にあると言う話をしていた。
「ふむ‥‥」
 そのまま耳を傾けていると、庄屋のところに出向いていた役人と言うのは、つい最近着任したばかりで、庄屋ばかりではなく、近在の有力者に、貢物を出せと通達をだしていたらしい。その標的として、喜助に白羽の矢が立ったそうだ。
「もしかして、役人の目的は、最初から秀丸じゃなくて‥‥喜助?」
「庄屋は、その被害から、彼を遠ざける為に、閑を出した‥‥」
 フォルナの台詞に、頷く上杉。そう考えれば筋は通る。ちょっと色好きの殿様が、行儀見習いの奉公兼側室代わりと称して、若い娘を召し上げるなんて良くある話だし、それが小姓に化けたとしても、不思議はない。そして、喜助の年くらいで、身売りさせられる話とて、聞かないわけではないのだ。
「それなら、確かに卓次郎殿の話とも、辻褄があうのう」
「可愛がっていたそうだからな‥‥」
 マハとレヴィアスが、卓次郎から聞いたところでは、庄屋は喜助をいずれは養子に迎えて、後を継がせたいと考えていたようだ‥‥との話だった。
「庄屋自身は、喜助の話を何かしていたとか、聞いてません?」
「ため息は多かったようだぜ」
 その大事な後取り候補を強制お召し出しとなれば、頭を抱えるのも当然と言った風情だろう。
「なるほど。そう言う事なら、庄屋さんも話をしてくれるんじゃないかしら。秀丸を食用にするしないにしても、話を聞く限り、悪い人には見えないし」
 それを聞いたフォルナ、そう言って、庄屋宅へ乗り込む事を提案する。
「葱と言うのは、賢くなる食べ物だと言う伝説もある事だし。その牛に話を聞いて見るのも、悪くないだろうしな」
 上杉が、どこからか聞いてきたらしい伝説を披露する。
「無作法にならないようにせんといかんな」
 一応、村の重役ではある庄屋。それなりに地位もあるので、無礼にならないようにしたい。そう主張する彼に、桐生は「その辺りは任せておけ」と、応えてくれるのだった。

 そんなわけで、一行は村の中心部にある庄屋宅へと赴いていた。
「庄屋さんも悩んでいるみたいだし、私達冒険者の意見や話を聞いてくれるといいのだけど‥‥」
 そう言うやゆよ。不安そうな彼女が門をくぐると、荷物を載せていた牛さんが、モゥと鳴く。
「あれは秀丸じゃな。んでは、先にちょっと話して見るかのぅ」
「私もちょっと占ってみるね」
 テレパシーの使えるマハと、占いの使えるやゆよは、そう言って秀丸に近付いていった。一瞬咎めた使用人さんも、桐生が事情を話すと、すんなりと通してくれる。
「うむ。やはり知らない者を何度か見かけたようだ」
 マハ老の話によれば、事件前、喜助を撫でる様に見ていた知らない人と、自分の所に来た知らない人が、同じ人だったそうだ。
「このままだと、秀丸はやっぱり役人の所に行っちゃうみたい」
 何も努力せずに終われば、当初の予定通り、喜助とは引き裂かれてしまうだろうとの事。二人がそうやって調べている間、桐生は庄屋宅に赴き、渋谷屋の名前を出した。江戸の大店の子息からの依頼と言う事で、驚いた庄屋は、慌てて奥から顔を出し、一同を客間へと案内してくれる。どこか強張った表情のその御仁に、桐生はその育ちの良さそうな身なりでもって、こうきり出した。
「何でも、最近困りごとがあったとお聞きしたものですから。渋谷屋さんに、力になってやってほしいと頼まれたんですよ」
「と、申されても‥‥」
 口ごもる庄屋。視線をそらした所を見ると、知られたくない隠し事をしているようだ。その様子に、今度はフォルナが、持っていた十字架のネックレスを手にして、こうきり出す。
「お顔の色がすぐれませんね。なにか悩み事でも? 心を癒す魔法をおかけしましょう」
 異国の僧侶とは言え、神に仕える者には変わりない。そう判断したらしい庄屋さんは、大人しくその術を受けてくれる。
「喜助の事、本当は心配しているみたい。食事にはありついているかとか、体壊してないかなとか、そんな感じだったわ」
 ただし、彼女が使ったのは、そう言う魔法ではなく、心を読む魔法‥‥リードシンキング。少しばかり後ろめたさを感じつつ、その表層思考を読んでみれば、出てくるのは親心ってなものである。
「やはり、庄屋さんには、事情があるようだな」
 それを聞いたレヴィアスは、本人にも聞かせた方が良いだろうと、渉に呼び寄せさせる。
「隠さないでも構いません。喜助さんは、ご自身のことよりも、秀丸の事を気に病んでいましたよ?」
 それを知った桐生が、庄屋にそう言うと。彼は沈んだ表情を見せる。そこへ、マハ老がどこぞのご隠居めいた口調で、こう諭した。
「庄屋殿、何故喜助殿を追い出すのじゃ? わしには慈悲深いものに見えるのじゃがのう。言いにくいのであれば、短い間じゃが心の中で会話することも可能じゃよ。嫌ならせぬが、わしはお子達に悲しい思いを味合わせたくないのじゃ。のう? 喜助」
「出て良いぞ」
 連れてこられた喜助は、渉に付き添われるようにして、部屋へと入ってきた。
「喜助くん。勇気を振り絞って、庄屋さんにその胸の内を打ち明けてみたらいいと思うの。ね?」
 驚く庄屋さん。と、フォルリーナはそう言って、彼を促した。
「庄屋様。おいら、大丈夫だから。男だし」
 喜助は、2人に背中を押される様にして、そうとだけ言う。その姿を見た庄屋さんは、そう言って事情を説明した。概ね、調べた通りの話だったが、明らかに向こうに非があると語る庄屋。その話を聞いたマハ老、こう尋ねてくる。
「その約束は、反故にできぬのかの?」
「出来るなら、とっくの昔に断ってます」
 首を横に振る庄屋。出てくるのは、ため息ばかり。
「役人さんの所業を、お役所に報告したら、辞めさせる事は出来ないの?」
「とんでもない。この国では、異国の様に、お上に訴えて‥‥となると、逆にこっちが痛い目をみるかもしれませんので」
 フォルナリーナの問いに、やはり首を横に振る庄屋。こう言った場所の場合、司法と行政が同じ所にあったりするので、何か悪事をやらかしても、年貢を盾に、言いぬけられてしまう事が多いと。
「けど、二度ある事は三度あるって言うし。役人さんの言うことを聞いてたら、今後はもっと要求が無理難題になっていくかもね」
 かと言って、そのまま従っていれば、しまいには屋敷ごと乗っ取られかねない。やゆよの意見に、頷く庄屋。
「冒険者の介入で、解決できる事であれば、協力できますし」
「もし、喜助がどうしてもと言うなら、500両までは払ってもいい」
 残る手段は、その役人にいくばくか握らせる事。しかし、そう言う桐生と渉に、庄屋は断ってみせた。そう言えば、人並みの正義感は持ち合わせていると言っていた事を、渉は思い出す。
「後は‥‥その役人を、説得するしかないだろうな。真摯に話せば、聞いてくれるかもしれんぞ?」
 そんな庄屋に、渉は純真で真っ直ぐな瞳で、正攻法での攻略を、主張するのだった。

「ここからどうするかですね‥‥」
 クライドルが、具体案を思案する。喜助と秀丸、双方渡さないで済む方法を、ただいま模索中だ。
「キミは、自分が全てを失うことになっても秀丸を助けたいのかい? それならば、その思いを直接、役人にぶつけてみたまえ」
 その役人を説得する材料として、レヴィアスは喜助自身に訴えかけさせる事にしたらしく、一緒に連れてきている。
「秀丸の替玉を用意してなどとも考えたが‥‥。全てを丸く治めるのは無理じゃと思うのぅ。何処かに、大きな歪が発生せねば良いのじゃが‥‥」
「後の事を考えると、役人側から手を引かせたいところだな。買収が使えないとなると、後は秀丸の価値を下げておくか」
 そう言うゴールド。秀丸が喜助の変わりにならず、喜助自身に奉公するつもりがなければ、諦めるかもしれないと言う案である。
「来たみたいですよ」
「牛を変装させるなんて、初めての経験だな。こんなもんか?」
 約束の刻限に現れるお役人。物は試しと言うわけで、ゴールドは周囲にあった品物を使って、秀丸の毛艶を悪く見えるように、偽装する。彼自身、魔法が使えるわけではないのだが、要領は戦場工作と同じだ。
「ほら、喜助」
「あの‥‥。秀丸を庄屋さんから取りあげないで下さい!」
 その間に、喜助はレヴィアスにつつかれて、役人に訴える。
「秀丸も、喜助さんと離れるのが嫌で、こんなに悪くなってしまったんですから」
「喜助少年の今後にも、良い沙汰をお願いしたい。渋谷屋総領との懇意も、今後に向けて損は無しですし」
 上杉と桐生の助言に、お役人さんは「‥‥うぅむ」と呻くと、踵を返してくれる。
「わかって‥‥くれたんだろうか」
 渉の言葉に、首を傾げる桐生。何も言わないで去って行った所を見ると、話はついたようだ。
「さて、良い牛を手に入れたんだが、世話をする子がおらなんだな」
「牛飼いが必要なら、いい小僧を知ってるぜ」
 その一方で、ゴールドが庄屋に喜助を改めて雇わせている所を見ると、「一応丸く収まったから、良いんじゃないんでしょうかね」と言う彼の台詞も、あながち間違ってはいないようだった。