●リプレイ本文
「桜が綺麗な所だね。きっと皆気持ち良く走れるよね」
小淵沢村には、所々に、薄紅色の木々がある。その色を見て、にこにこと笑みを浮かべる一色翠(ea6639)。だが、一行が向かった村の広場では、既に人々が黒山の人だかりを作っていた。
「小淵沢の皆様、はじめまして。私、フィーネと申します」
そこに現れたのは、フィーネ・オレアリス(eb3529)の操る鷲頭獅子。飼い主には従順に従う鷲頭獅子は、興味を抱いて寄って来た子供を嘗め回している。そんな中、彼女は西洋式の礼儀作法に則り、優雅に挨拶をした。
「今度の遠乗り大会では、皆様のご期待に添えるよう、一所懸命にたずなを握らせていただきますわ」
拍手が鳴り響く広場。まぁ、半分は見世物気分なのだろう。それでも彼女は、呆然としていた役人さんを見つけて、こう言って微笑む。
「それでは案内をお願いしますね」
慌てて、厩へと案内する彼。と、そんな彼らが向かった厩では。
「あら、遅かったじゃない。テスト組、出発しちゃったわよ?」
その名の通り、薄紫色の和装に着替えたミス・パープルが、にやりと笑ってお出迎え。
「れ、レディ? なんでここに‥‥」
目を丸くする東雲辰巳(ea8110)。聞いてない、と言った表情の彼に、フィーネさんがくすりと笑いながら、こう一言。
「ああ、私が呼んだのですわ。この間、知り合いが世話になったものですから、お花見を兼ねてね」
その台詞に、顔を引きつらせる東雲。
「ふむ。小淵沢は高原の麓、某の心の蔵が持つか心配ではあったが、大丈夫そうだな。いや、愛染にも、負担をかけとうなかったものでな」
鑪純直(ea7179)が周囲を見回しながら、そう言った。山里らしく、空気はひんやりとしているが、息苦しくはない。これなら、耐えられそうだ。
「折角、甲斐駒の産地なので、私も甲斐駒の素晴らしさを堪能させていただきますね。お名前はなんて申しますの」
駒を借りる大宗院真莉(ea5979)の問いに、役人さんは名前を教えてくれた。
「全部、このあたりに由来を持つ名前ばかりですね。どの子がいいかしら」
早速選定に入る真莉。出走まで、まだ時間がある。ゆっくりと選べそうだった。
「出来れば、毛艶の良い、筋力の充分ある馬が良いのですが。いるかしら」
クゥエヘリ・ライ(ea9507)の見た目では、どの子も健康そうだ。これは、選ぶのに結構迷いそうである。
「気性がよい子だと楽なんだけど。勝負根性がある子で、ある程度言うこと聴いてくれるなら、問題ないかな」
荷物を預けていたサラ・ヴォルケイトス(eb0993)、幾つかの項目を元に、駒を選ぶ。今回は、ただ走るだけではなく、技量も必要だとされる競技だ。体格の大きさや持久力、そして『いい子』であるかどうかを重点的に、彼女は駒を選んでいた。
「えぇと。好きな名前で呼んでも良いかな?」
彼女が悩んでいると、テッドが通訳を申し出てくれた。挨拶を済ませ、事の次第を説明し、許可を取ると、駒は快くそれを許してくれたようだ。
「私はこの子にしよう。後はとにかく仲良くすることが大切だよね♪ よろしくね、清泉」
そんな中、翠は瞳の綺麗な駒を選んだようだ。そう声をかけながら、近付くと、馬さんは顔を摺り寄せてきた。
「走る日まで、世話をさせてもらって構わないでしょうか?」
どうやら、遊んで欲しいんだなと判断したテッド・クラウス(ea8988)は、そう申し出ている。他の人も、当日まで馬との信頼関係を築きたいようだ。
「さて、事前に道程を巡っておきたい所。登りや下りの斜面や、道の状態を把握しておきたいしな」
自分の馬を使う純直もそう言っているので、一行はそれぞれの馬と共に、当日の順路を巡る事にした。まだ準備中なのだろう。道には人々が行き交い、普段と同じ風景を見せている。東雲がそれを確かめる中、フィーネは馬を降り、自分の足でそこを踏みしめている。
「村の大路は、結構硬いですね。落としものも若干落ちてますけど」
「それに、結構入り組んでいますねぇ。遠乗りに使える近道とか、ありませんか?」
真莉さんが、ちゃっかりそう聞き出そうとしたが、当日の遠乗りは、住民も見守っている。うかつに順路を近道をするわけにはいかなそうだ。
「ふむ。ここが最大の難所になりそうだな。雨は降っていないようだが‥‥」
大路を抜けると、最大の難所であるぬかるみだ。が、今はお天道様に照らされ、乾いている。前日に必ず天候が悪くなるわけでもなく、また操作できる術師も居ない為、人工的に作り出す模様。
「少し歩いてみたいが、構わぬか?」
彼の申し出に、頷く役人さん。出来るだけ、当日の状況に近い順路を作る為、その辺の防水槽から、水をまいてくれる。
「せっかくの白毛が汚れるだろうが、後で必ず洗い流す故、済まぬが堪えてくれ。な?」
愛染の鼻を撫でながら、そう言い含める純直、少しばかり湿ったそこを、ゆっくりと歩いて行く。多少の泥はねは致し方ないと言うもの。
「結構日差しがあるな‥‥」
「そう言う時は、お馬さんの目のところに、布でひさしを作って上げるといいんだよ」
その先にあった丘は、日当たりが良く、若干まぶしい。そう言う東雲に、翠は毛布とか切ってね。と、助言してくれた。
「桜並木はあっちか‥‥さぞ、綺麗だろうな」
彼がそう言った対象は、桜だけではないだろう。その先の順路には、花見会場がある。遠乗り順序より、そちらが気になるらしい東雲。丘から見える桜は、まだ七分咲き。しかし、天気がよく暖かければ、数日のうちに満開になるとの事だった。
さて、当日。
「これぞ我が愛馬、鯛夢魔神でござる。本日はこれを駆って風になるでござる〜!」
ちゃららっちゃらー! と、効果音を口ずさみながら、代官屋敷の庭で、自身の馬を披露している暮空銅鑼衛門(ea1467)。
「緊張しないように、ゆっくり歩こうね。清泉」
賑わいを見せるその庭で、清泉の首筋を撫でる翠。ところが、である。
「はて、ミーの短足でどうやって騎乗するのでござろうか?」
銅鑼がそう言った。馬どころか、並の人間より身長の低い種族である。既にその背中に乗っている翠も、足が届いていなかったり。
「うむむ、下からじゃ乗りにくいでござるな。かくなる上は!」
困惑する翠の横で、銅鑼は預けていた四次元バックパックから、あるものを取り出した。
「ちゃららっちゃらーん! 飛行箒〜!」
西洋では、フライングブルームと呼ばれているものだ。
「とぅっ!」
掛け声と共に、その上から、愛馬へと飛び移る銅鑼。見物人が感嘆の声を上げる中、番号の書かれた布を鞍に書け、所定の位置につく。そこへ、係の人が、大きな緑の旗を掲げた。
「それでは、各馬いっせいに‥‥始めっ!!」
どんっと、太鼓が打ち鳴らされ、参加者達は、いっせいに駒を出走させる。
「腕の差があるから、今のうちに距離を稼がないと‥‥って、うわぁ!」
一番先頭で出発した東雲だったが、後続から上がってきた身の軽い集団に、あっという間に追い抜かれてしまう。
「東雲さん、お先〜☆」
「走りやすいうちに、スピード出して行かないとな」
先頭集団を走る翠のような、30kg台の者ばかりではない。技量は同じでも、セピア・オーレリィ(eb3797)の様に身の軽い者や、愛馬で出た分、相性の良い純直にも、追い抜かれ、結局9位に転落中。
「ミー達は軽い分、機動力があるでござるからな。先行逃げ切り型とは、こうやるでござるよ!」
自信たっぷりに、街中を走りぬける銅鑼。それにぴったりと追走しながら、翠がこう言った。
「皆早いねー。軽いからかな」
「翠さんが一番軽いでしょうに」
同じ様に先頭集団にいたサラ、苦笑しながらそう言っている。彼女達の技量があれば、この程度は朝飯前と言ったところだろう。
「えへへ。お馬さんは、普段の自分に近いほうが、より走れるんだよ〜!」
「むふふ、この風、この肌触り、これぞ乗馬でござるよー!」
楽しそうに走っているのは、翠ばかりではない。落ちないようにロープで馬に結わえた銅鑼も、笑みを浮かべながら、全力疾走中。
「体重忘れてた‥‥。いや、諦めたら、レディにどやされるぞ! 俺!」
翠の倍の重量になってしまっている東雲、一瞬諦めかけた思い。だが、妻に蹴り飛ばされる事を考えると、そうも言っていられない。
「そろそろぬかるみ道ね。テッドは、そのままの速さで入ってるみたい」
その妻ことパープル女史は、ちゃっかり代官屋敷で、競争の状況を見守っていたり。それによると、先頭は男性陣では一番身の軽いテッド。技量も達人級なので、当然の結果だろう。
「他の方々は、ぬかるみ道には、慎重なようですな」
最大の難所であるぬかるみでは、皆足を取られないよう、速度を落としている。街中では、ある程度速度を出していたセピアや銅鑼も、同じだった。
「今の内に‥‥」
が。逆にサラや翠は、体重の軽さを利用して、そこで追い上げにかかる。そのせいで、先頭中盤後方問わず、順位が微妙に入れ替わっていた。
「すっかり出遅れてしまった‥‥」
本当は、先頭集団の後方で、機会をうかがっていたかったんだが、周りの技量がそれを許さなかった。体重が重い分、駒に余力もない。相手を錯覚させようと考えていたのに、すっかりこっちが巻き込まれた感じだ。
「東雲様。そう焦らずに。ここは、ゆるりと桜並木を見ながら、馬を走らせるのも、悪くはありませんよ」
「そう言うわけに行かないんだよ!」
そこへ、のんびりと乗馬を楽しんでいた様子の真莉が、後ろから颯爽と追い抜いて行く。トドメを刺された様な感覚を振り払いつつ、必至で追いすがる東雲。しかし、彼がぬかるみ道を抜ける頃、既に先頭集団は、折り返し地点へと指しかかっていた。見れば、先頭のテッドから、8位の純直に至るまで、全員が速度を上げている。障害らしい障害はない故だろうか。特にテッドは、余り鞭を打っていないにも関わらず、見せ鞭を使って、上手に速度を上げていた。ちなみに、彼の為に付け加えておくと、オーラテレパスは一切使っていない。
「順番は‥‥やはり体重の軽い方が、有利なようね。ウチのが最後尾なのは、仕方がないか」
先頭集団を走っているのは、だいたい体重が30〜40kg台の者達。もう1つ言えば、技量が一段階上の者達ばかりだ。その証拠に、唯一60kg台後半の東雲、すっかり転落してしまっている。
「頑張れー。清泉☆ まぶしかったら、ちゃんと覆って上げるから、怖くないよ☆」
3位から1位まで浮上した翠、桜舞う木漏れ日の中、切り取った毛布の切れ端で、駒の目に覆いを付けている。
「いきますよ! 蒼桜疾風の走りを見せておあげなさい」
その隙を狙って、今まで4位につけていたライが、追い抜きを狙う。幸い、体重の軽さと持久力の良さも合いまって、スタミナには余力があった。
「抜かせないもーんだ!」
「こっちも負けていられませんね。鮮やかなさしをご覧に入れますわ」
翠が抜かされまいと、速度をさらに上げた。追いすがるようにフィーネも馬群から一歩抜け出しにかかる。
そんなわけで、結局勝負は、体重の軽い翠ちゃんが逃げ切って1位となり、4位から上がってきたライが2位となる。半面、抜かれたテッドが、3位となった。フィーネは最後で順位を上げたものの、腕の差で4位のサラに破れ5位。以下セピア、銅鑼、真莉、純直、東雲と続くのだった。
そして、数刻後、駒達を労い、泥を落として元の厩へと戻した一行は、桜の下に設けられた宴席場で、一献傾けていた。
「この勝利を愛し君に‥‥」
「最下位だったのに、何言ってんのよ」
んで、その頃の東雲は、パープル女史にそう小突かれている。
「そこな2人。夫婦喧嘩せんと、ミーの華麗な舞いで和むでござるよー」
勘弁してくれぇと泣きつく彼と女史の間をとりなそうと、扇をふりふり台の上で踊っている銅鑼。
「これが本当の桜吹雪です」
真莉がそう言って、アイスブリザードの魔法を唱えた。初級レベルのそれは、上手い事桜並木の間をすり抜けた形となり、薄紅色の花弁を、宴の席へと舞い散らす。
「誕生の祝いになったかな?」
「ありがとうございます。本当は、勝利を祝いに貰いたかったのですけどね」
純直が、お団子片手にそう尋ねると、頷くフィーネ。どうやら彼女は、この競技中に、誕生日を迎えるらしい。
「フィーネお姉さん、お誕生日なんだ。おめでとう〜」
馬にお疲れ様の御馳走を上げていた翠がそう言った。それを聞いた銅鑼、ごそごそと荷物に手を入れる。
「おや、そうであったか。ではでは‥‥ちゃららっちゃらー♪ 鼈甲の櫛〜! これをプレゼントしちゃうでござるよ」
取り出したのは、桔梗の意匠が施された櫛。四国の名工が作ったと評判の品だ。
「ありがとうございます〜。では、返礼を‥‥」
何かやろうと、立ち上がりかけたフィーナを、テッドが制する。
「ああ、誕生日の人は、座っててくださいよ」
「えぇと、じゃあちょっと鳥寄せでもしてみようかな。おもてなしされる側は苦手だし」
同じ様に翠も、ただ歓待を受けるのは性に合わないらしく、鳥の声色を真似て、桜並木にご招待。
「ほほう、桜に小鳥ですか。絵になりますねぇ」
軽やかな声で、歌を奏でる彼らに、杯に花びらを浮かべたライが、感慨深げにそう言った。
「いいなぁ、お酒‥‥」
彼女の手元を見て、うらやましげなサラ。おめめが飲みたいと訴えている。が、飲むと盛大なアバレっぷりになる彼女、飲みたい飲んじゃダメの板ばさみになっている。
「大丈夫よ。扱い慣れてるから」
「じゃあ遠慮なくー!」
そこへ、パープル女史、ちらっと東雲を見ながら、そう言った。おそらく、彼に押しつけ‥‥いや、手伝わせるつもりだろう。許可の出たサラ、いっただっきまーす☆ と、大喜びで一口。
「破廉恥‥‥。いや、酒で憂さを晴らすも大人の特権であろうし。無礼講だろうから、特に他の方の挙動は気にせぬよ」
そして、お約束の様に上着を脱いでいる彼女を見て、顔を真っ赤にしている純直。この辺は、まだ純情なようだ。と、そこへ真莉が、良い茶の香りを漂わせた湯のみを差し出す。
「お酒の飲めない方は、こちらをどうぞ。お茶を点てておきましたの」
「なるほど。こちらもまた風流ね」
同じく酒の飲めないうセピアがそう言った。そして、東雲にこう話を降る。
「しかし、ジャパンの女の人って、綺麗ね。ちょっと自信喪失‥‥かしらね?」
「ああ、そうだな‥‥」
当然、彼が見ているのは、やっぱり別の華。
「ふふ。たまにはこんな風にゆっくりするのもいいですね‥‥」
普段は侍の妻として、家を守っている真莉、離れてお茶をたてるのも、また一興。こんな日は、一句読んでみたくなるのが、道理と言うものだ。
『甲斐駒は 甲斐に生うけ 幸想い 桜吹雪を 駆け抜ける』
芽吹く花風 春の賑わい。