●リプレイ本文
「右を向いても左を向いても、女性ばかり☆ うむ、実に良い依頼だ」
甲府の町は、おとこ衆の半数が鉱山へ働きに出ている関係で、おなご衆が目立つ町である。その為か、現地入りした大宗院謙(ea5980)は、華やかな雰囲気に、終始ごきげんだった。
「それに、こんな美しい同業者の方ともめぐり合えたし♪」
しかも、見ているだけでは飽き足らず、同じ依頼を受けたセピア・オーレリィ(eb3797)の手を取り、うちゅっと指先に口付けちゃったりしている。
「あなたっ」
セピアが二の句を継げずにいると、入れ替わりに駆け寄ってきたのは、彼の妻でもある大宗院真莉(ea5979)だった。
「浮気は上に立つものとして、信頼を失います。あなたも気をつけてください」
彼女が、夫に釘を刺すべく、そう言ったが。既に、そこに謙の姿はなかった。結城夕貴(ea9916)の話では、彼女が話している間に、忍び足でこっそりどこぞへ姿を消してしまったらしい。
「あらあらあら‥‥」
普段は上品でたおやかな、おっとりした武家の奥様と言った感じの真莉だったが、こと夫の浮気に対しては、人が変わるらしく、笑顔を崩しそうな勢いで、拳を握り締めている。
「まったく。英雄色を好むともいうし、浮気は貴族のたしなみ、といったところかしら‥‥。神に仕える身としては、言語道断というべきなんでしょうけどね」
そんな彼の姿に、まだみぬ調査対象の姿を重ねているのか、ため息交じりに、セピアはそう言うのだった。
一行がつつじヶ崎の館についた夜の事である。すっかり夜這い気分で、高坂の寝所に忍びこむ謙の姿があった。
忍び足は、流石に達人の域に達しているらしく、天井裏でも、音一つ立てることなく、寝屋へとたどり着く彼。
「誰だっ」
もっとも、気配を殺す術は持ち合わせていないので、あっさりバレたりするのだが。と、謙はその口元を押さえて、静かにさせながら、こう囁く。
「妖しい者ではございません。お屋形様の浮気、調べに来た密偵にございます」
だったら何で正面から‥‥と言うツッコミもあるが、その辺りは、嫁が怖いんだろう。
「晴信様の、似顔絵を拝借いたしたく参上した次第でございます」
「ふむ‥‥。後で返せよ」
寝巻き姿のままの高坂、そう言って、手文庫の中から、絵師に描かせたらしき肖像画を、渡してくれる。それを懐に収めた謙、寝乱れた姿の彼の手を取り、こう言った。
「確かにお借りいたしました。しかし、晴信様も罪作りな方ですなあなたの様な美しい方がいらっしゃるのに‥‥」
ナンパ行為は、男女を問わないようだ。だが、その時である。
「あーなーたっ!」
襖がばしーーんっと開き、隣の部屋にいたらしき真莉さんが乱入してくる。
「よりにもよって高坂様にまで手を出すとは、不届き至極! 成敗してくれますわ!」
「わははは。ナンパは俺の挨拶代わりだ。では高坂殿、また後で〜」
夜だと言うにも関わらず、そのまま追いかけっこに発展してしまう2人。が、謙の方に応戦する気はかけらもないのか、すたこらさっさと、屋敷を逃げ出してしまう。
「まったく、逃げ足の早い‥‥。後で会ったら、とっちめてやらないと‥‥」
めきょっと拳に青筋が浮かんでいる。その姿に、高坂殿もいたく共感を得られたご様子。
「お互い、浮気性の主人を持つと、苦労するな‥‥」
それには、少し前にたどり着いた真莉さんから、話を聞いた彼、同じ様な境遇に、すっかり意気投合してしまったと言う背景もあるのだった。
さて、奥方様のお説教から逃げ出した謙さんが、どこへ向かったかと言うと、ちゃっかりセピア殿と行動を共にしていたり。
「さて、どこから探そうかしら‥‥。話を聞くと、派手にやっているってわけじゃなさそうだし‥‥」
「ふふふ。そう言う奴がいそうな居場所は見当が付く。ただ、その代わり、セピア殿の協力が、必要不可欠なんだが‥‥」
探索場所を悩むセピアに、謙はそう言った。餅は餅屋‥‥と言う格言を、異国人の彼女が知っているかどうかは定かではないが、郷に入りては郷に従えと言う事で、セピアはその提案を飲む事にする。
そんなわけで、聞き込みを開始したセピアさんは、自分が異国から流れ着いたその手のお姉さんっぽく見られるのを良い事に、郭の客を捕まえて、『金回りの良さそうな、それらしき客』を聞き出していた。
「教えてくれないかしら‥‥。何でもするわ」
行き先を知っていそうな御仁を見つけたセピア、騎士らしい装備は外し、そう言い寄っている。その一言に釣られたおにーさん、声を潜めて、こう教えてくれた。
「な、なら言うけどよ。確か、街外れの茶屋に、それらしき御仁を見たんだ。こんな場所に不釣合いなって思ってさ」
「へぇ‥‥。確かにこの人なの?」
セピアの手元には、謙が手に入れてきた晴信公の肖像画がある。もっとも、名は入っていないのだが。
「ああ。髪形は変えてたが、間違いない。とゆー事で、ひとつお相手を‥‥」
太鼓判を押したその兄さんは、そう言うや否や、セピアに抱きついてきた。動けないでいる彼女に、おにーさんは、耳元でこう囁く。
「俺、異国の姉さん好みなんだよなぁぁぁ」
「あら、それは光栄ね‥‥」
その恵まれた体で、異性をからかう事は、慣れている。セピアは、その経験を活かし、やんわりとそう言って、おにーさんの攻勢から、抜け出そうとした。と、その時である。
「おぉっと。そいつは無理な相談だな」
後ろから、げいんっとおにーさんを小突く謙の姿があった。
「てめぇ、俺の女に手を出すたぁ、ずいぶんな了見だな。本来なら、重ねて4枚にしてやるところだが‥‥」
「ひぇぇぇ、お助けを〜」
特に武器は持っていないが、酒を片手に剣呑な雰囲気で脅されて、そのおにーさん、慌てて逃げ去って行く。
「よし、これで暫くは寄って来ないな。セピア殿、協力感謝する」
話は襖の外で聞いていたのだろう。おにーさんを尻目に、言われた店へと向かう謙。
「‥‥これって、美人局って言うんじゃないのかしら‥‥」
その後姿に、セピアがそう呟いたが、聞こえていないようだった。
さて、一方。浮気者を追いかける奥さんと結城くんは、別のルートで、お屋形様が向かったと言う町外れの郭へとたどり着いていた。
「逗留宿の話では、夜しか時間は開いていないから、そう遠くまではいかないですわね」
高坂の紹介状を元に、真莉がお屋形様の居場所を尋ねた所、直接そちらへ向かえとばかりに、詳しい予定を教えてくれた。
「その距離で、人目につかず、なおかつ雰囲気のありそうな場所と言うと‥‥このあたりかしら。明日向かうって言う、金山衆の館にも近いし」
そのおかげで、2人は時間を逆算し、行きそうな場所を割り出す事が出来たのだ。
「宿の方が、協力的でよかったですね」
結城がそう言った。逗留宿の従業員に尋ねると、抜け出した時間と、向かった方角は教えてくれた。その先は、自分達で調べるしかなかったのだが。
「ええ。ところで、その格好は?」
「芸者風なら、お屋形様も引っかかりやすいかなって」
その結城の衣装を見て、そう問う真莉。彼女の方は、いかにも良家の奥方様らしい豪奢な着物を身に付けているが、彼の方は、色街のお姐さんらしい衣装だ。
「あ、源氏名はお結って言いますので、そう呼んで下さいな」
「はい、お結さんですね。では、参りましょうか」
考えて見ると、不思議な光景だったりもするが、本人達は、まったく気にする素振りもなく、そう言いあって、てくてくと目的の場所へと向かったのだが。
「あら‥‥?」
その店の裏手に回りこもうとする、見慣れた後ろ姿と、異国風の女性。それは、高坂の屋敷で別れたきりの、謙とセピアだった。しかも、セピアもまた、そのスジの女性だとわかるような、化粧を施されていた。
「まだ熟れ切っていない果実‥‥。うーん、美味しそうに見えるよ。セピア殿☆ 良くお似合いですし。ふふふ、これで合法的に‥‥」
「なんか、騙されているような気がするけど‥‥。仕方がないか」
にやにやと顔を緩ませる謙に、いぶかしげな表情を浮かべるものの、元々異性をからかうのは嫌いじゃないセピア、割とノリノリで、軽く一礼していたり。
「と言うわけで、お屋形様に、是非紹介したい異国の芸子を連れてきた。ここにいるのは、既に承知している。この娘っ子を手土産に、会わせてもらえまいか」
じろっと一瞥したものの、宿の連中は、咎める事もなく、すんなりと奥の部屋へと通してくれる。と、そこには先客がいた。
「しーーーっ。謙さんとお屋形様を、一網打尽にする為です。協力、お願いしますね」
お結となった結城である。真莉も一緒に居て、こそこそと、策を話す。路線は多少変わったが、結果は変わるまい。そう思い、協力する事にするセピアだった。
「あれが晴信公ですか‥‥。もう少しお年を召した方だと思ってました」
姿を見せた源武晴信公らしき御仁を、そう評するお結さん。妻二人以上、愛人1人以上と、盛大な経歴を持つ割には、まだ若い領主‥‥と言って差し支えないだろう。
「見慣れぬ子がいるな‥‥。初めてか?」
店の人と、晴信公が、何やら話しているのを見て、お結さんは、ここぞとばかりに頭を垂れる。その姿が気に入ったらしい彼、そう言って奥の部屋へ連れて行こうとした。
「む? 何奴!?」
「源武春信様ですね。安心してください。別に告げ口する気はありません」
と、そこへこっそりと忍び寄った謙が、確かめるようにそう言った。そして、事情をかいつまんで説明してみせる。
「ばれない様に浮気をするなら、もっと慎重に行動してください。バレなければ、皆、幸せにですから‥‥」
表情を曇らせる晴信公に、謙はそう続け、こそこそと何やら教授中。それによると、おおっぴらに出歩けば、咎められるので、見付からないように出歩くのが肝要との事。
「なるほど。忍びに行くのも、また一興だな‥‥。では早速この子で‥‥」
試してみようではないか。と、続ける晴信公。その意気ですと、頷く謙。
「まずは別室に預けて」
「周囲を安心させた所で、忍んで行くと言うわけだな」
何時の鐘が鳴ったら、この方面から忍んでいけばだの、見張りの巡回は、何刻に1回だから、見付からないだのと、結構詳細な打ち合わせに入ってしまう。どうやら、すっかり意気投合しているようだ。
「お屋形様もわかっていらっしゃる」
「いやいや。そち程では」
まるで、代官と越後屋の悪巧み。そんな彼らの会話に、お結さん、すっかり表情を強張らせて、乾いた笑い。
と、その時だった。
「そうはさせませんわよ!」
すぱーーんっと、再び襖が勢い良くあけられて、烈火の如き怒りを滲ませる、真莉さん登場。
「あなた、何をしていらっしゃいましたの?」
「い、いやぁ。今回はどうみても調査のためだろう。俺は、晴信様に、浮気の極意を‥‥あ」
後ずさりしながら、言い訳を口にして、墓穴を掘る謙。その刹那、真莉さんは物凄く冷たい雪女の様な瞳で、アイスブリザードの魔法を唱える。
「問答無用! 食らうが良い!」
そのまま、容赦なく専門級の魔法を食らわせる真莉さん。怒りを反映するかのような、極寒の吹雪に、謙はくるりと回れ右。その姿に、駆けつけたセピアが、諭すようにこう言った。
「晴信様、浮気がいかにに恐ろしいか、良く分かりましたか?」
「う、うむ‥‥」
都合が悪いかのように、明後日の方向を向いたままの晴信公。
「まったく。逃げ足の早い‥‥。晴信様、わたくしも未熟ですが、侍の妻として、奥方様の気持ちをお伝えに参りました。お盛んの様ですが、愛のない行為は、決してあなたの糧にはならないと思います。素敵な奥方様がたくさんいらっしゃるのですから、そちらに注力していください」
「今度から気をつける」
戻ってきた真莉が、そんな晴信公に、釘を注している。棒読み同然で、こくこくと頷く彼。
「絶対に反省してないですね。あの態度は」
「うん。またやるでしょうね」
その姿に、大人しくしてこの場をやり過ごそうと言う、浮気者特有の感情を見透かす、セピアと結城だった。