あの山越えて
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■ショートシナリオ
担当:日向葵
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 97 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月23日〜10月03日
リプレイ公開日:2004年09月30日
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●オープニング
スっと優雅な所作で入ってきた女性は、ギルドの親父の前でたおやかに頭を下げた。
「護衛を雇いたいのですが、冒険者を紹介していただけないでしょうか?」
どう見ても良いところのお嬢様と言った感じの女性が、何故自ら動き護衛を捜しているのか。
腑に落ちないものを感じた親父は、何故護衛が必要なのかと尋ねてみた。
しばし答えに迷ったあと、女性はふいと表情を翳らせた。
女性はシルビアと名乗り、事の経緯を話し始めた。
シルビアには自らの意思で決めた恋人がいる。しかし彼の収入は日々の生活がやっとといった程度で、高い身分があるわけでもない。
一方シルビアの生家は、小さいながらも町を仕切る権力者の家。
シルビアの父親は、当然のように二人の結婚に反対した。
しかしまったく折れることのないシルビアの様子を見て、父親はひとつの条件を出した。
それはとある山の頂上付近にしか咲いていないと言う花を取ってくること。
小さな町から出たことのない、ささやかな日々の暮らしを繰り返していた彼は、自分が戦いになど向いていない事を自覚しているのに。
それでも、シルビアの父に認めてもらおうと、一人で山へと向かってしまったのだ。
「そんな危険なことをしなくても、きっと父もいつかはわかってくれます。頑張るのは良いんです。……でも、肝心の命を失ってしまったら、意味がないんです」
そう言ってシルビアは、ふわりと穏やかな笑みを浮かべた。
「私は、私自身の言葉でそれを彼に伝え、連れ戻したいと思います。ですから、私を彼のところまで護衛してくれる方を紹介していただきたいんです。
……お願い、できますか?」
●リプレイ本文
さて、山へ向かうことが決まったのは良いのだが‥‥。
シルビアの服装は、どう見ても山道には向かないスカートであった。
「ところで、山道を行動するのに適した装備は持っているのかな? あれば良し、無いのであれば、とりあえず動きやすい服装にしておいた方が良いぞ」
李風龍(ea5808)の言葉に、シルビアは改めて自分の姿を確認して頭を下げる。
「ご忠告ありがとうございます。では先に服を買いに行きたいと思います」
山へ向かうのは少々遅れるが、急がば回れというやつだ。
「そういえば、恋人様の名前はなんと言うのでしょう?」
「あ、あと年格好とかも教えてもらえるかな?」
シュヴァーン・ツァーン(ea5506)、和紗彼方(ea3892)の問いに、シルビアはどこか嬉しそうな表情で答えを返す。
「名はイアンと言います。私より二つ上の十九歳で、身長は‥‥一七〇、くらいでしょうか」
それから、髪の色や髪形、瞳の色から喋り方まで。シルビアは事細かに説明してくれた。こんな状況にあるとはいえ、彼氏の話をするのはやはり嬉しいことらしい。
けれど嬉しそうな表情が途中で曇る。
その理由を悟ったジョエル・バックフォード(ea5855)がふいと微笑を浮かべた。
「いつか、なんて曖昧なものを求めるよりも、彼は『勝負』に出たのね。最後までやらせてあげたらどう? せっかくこうして護衛を雇ったんだから、貴女も一緒に。結婚を認めて貰う良いチャンスよ?」
俯いていたシルビアが、ぱっと顔を上げた。そこには心配と不安がありありと映し出されている。
「イアンが、私のために‥‥二人のために行動を起こしたことはわかってます。いつか、なんていつ来るかわからないし、来ないかもしれないことも。でも‥‥」
言いながら、シルビアの顔はまた俯いていく。
「‥‥冗談よ。行きましょう。『連れ戻す』のよね」
今度はシルビアは、無言であった。ただ頷いて答える。
そんな二人のやりとりを、イサ・パースロー(ea6942)はくすくすと笑いを押し堪えて、微笑ましく見守っていた。
「俺もそう思いますよ。‥‥きっと彼は納得しないだろうと思いますし、もしかしたら逆に説得されてしまうかもしれませんね」
シルビアに聞こえないよう小声で告げられた言葉にジョエルが笑みを返す。
そんな会話をしながら一行は、シルビアの服を揃えて街を立った。
◆
一方その頃。
馬を持っているランサー・レガイア(ea4716)とエリア・スチール(ea5779)は先にシルビアから山の場所と彼氏の特徴を聞き、馬で先行していた。
見つけても説得できるとは限らないし、そもそも、シルビアの町と山の場所を聞いて考えれば、こちらが山に着くより先にイアンが山に着く方が早い。
それでも、相手は旅慣れていない町人だ。もしもの可能性と、見つからなければ聞き込みだけでもと思い先に街を出たのだ。
「‥‥やっぱり無理だったか」
山の麓に近い村で話を聞いてみたところ、すでに数日前にイアンはこの村を通りすぎたそう。
「ここから先はもう村、ないんでしょぉ?」
「ああ」
イアンの安否は気になるところだが、ここで先に山に入ってしまってはシルビアとの合流が難しくなる。
二人はこの村で宿を取り、後続組の到着を待ちつつできる限りの聞き込みをすることにした。
◆
数日遅れで到着した――旅慣れていないシルビアを連れてでは、あまり急ぐこともできなかった――後続組と合流した先行組は、まず村で聞いた情報を伝えた。
イアンはすでに山へ入ってしまったこと。しかし少なくとも、ここまでは無事に来れたこと。
聞いた瞬間、シルビアはキッと強い意思の宿る瞳で宣言した。
「すぐに山に向かいましょう」
しかしここまでの旅を共にしてきた一行は、シルビアがかなり疲れていることもわかっていた。無理して頑張っているが、ここから先は今までよりももっとキツイ山道だ。
「やっぱりついてくる、よね? 本当は麓で連れ戻すのを待っててもらうのが一番安全なんだけど」
彼方の確認に、シルビアは絶対自分で行かねば意味が無いのだと返してくる。
まあ、そうなるだろうことは全員が予想していたから良い。だが、せめてここで一晩ゆっくり休んでもらいたいところである。
イアンのことも心配だが、先にシルビアが身体を壊しては元も子もない。
「お嬢様、急いては事を仕損じる、などとも言います。一刻も早く想い人に会いたい気持ちは分かります。しかし、会った時に貴女が疲れていては、話もお互い意地になってしまいかねません。
ここは、彼らに追いかける事を任せ、その身をおやすめください。本音を言えば‥‥私も休みたい所ですし、ね」
エグム・マキナ(ea3131)の言葉に、シルビアはついと視線を逸らした。
理性では納得できるが、感情では納得できない――そんなところだろう。
「‥‥休むのは‥‥わかりました。けれど、私は絶対、自分自身で彼を追います」
シルビア本人、疲れていたのも確かなのだろう。不承不承ながらも頷いたシルビアの答えを確認して、冒険者たちは手早く役割分担を決めた。
シルビアを休ませる一晩の間にも、出来る限りのことをしようと考えたのだ。
早朝合流の約束で、何人かが先に行き、残る人員はシルビアと一緒に行動。まあ、時差を考えれば一晩で追いつける確率は低いが、イアンが通ったあとだけでも見つけられれば良い方だろう。
◆
翌朝。山の麓で全員が合流した。
「イアンさんがこの山を登ったのは確かのようです」
そう告げたのはイサである。ここ数日のうちに折れた細い木の枝や踏まれた草のあと。他の人間の可能性もないとは言えないが、村人の話によると外の人間で通ったのはイアンだけだし、ここ数日で山に登った村人はいないそうなので、おそらく間違いはないだろう。
「早く追いましょう」
イアンに近づいたことで焦りが増しているのか、シルビアは少々早口に言って歩き出そうとした。
一行は慌ててシルビアを押し止め、きちんと隊列を整えてから山に入る。
何度かモンスターとも遭遇したが、こちらは冒険者が八人もいるのである。シルビアという戦闘外要員を抱えていても、さしたる苦戦もなくイアンが進んだ跡と思われる道を進んで登って行く。
一日山で野宿して、翌日。
やはりイアンも山に慣れていなかったらしい。数日前に登って行ったわりには低い標高で、イアンの姿を見つけることに成功した。
バッと駆け出したシルビアを、この時ばかりは誰も止めなかった。
早速口喧嘩になっている二人の様子を見つつ、一行は歩いてそこに辿り着く。
「もう戻りましょう。ここまで無事だったからって、この先も無事でいられる保証はないんだから!」
「それじゃあ、いつまで経っても君と結婚できないじゃないか。せっかく貰ったチャンスなんだ!」
‥‥話は、どこまで行っても平行線を辿りそうである。
「男って奴は、時に好きな奴の為に、退く事を拒んで魅せたがるもんなのさ‥‥理屈じゃないんだ」
ランサーの言葉を聞いて、シルビアはキッとランサーを睨みつけた。
「じゃあ、皆で花を取りに行く?」
にっこりと笑顔で言ったのは彼方。
「最低限の手助けしかしないがな――でなければ意味が無い」
そう付け足したのは風龍だ。
「ついでに秋の味覚も取ってきたらどう? それぐらいの余裕とたくましさを見せたら、お父様もより安心なさると思うわ」
冗談なのか本気なのか、微笑とともにジョエルが告げた。
「秋の味覚、いいですね。石榴があれば採って帰ってパイ包みにしましょうか」
同じく微笑み、穏やかに相槌を打ったのはイサである。
「あの、本当に‥‥良いんですか?」
イアンが信じられないものを見たかのように呟いた。
シルビアの依頼が『イアンを見つけて連れ戻すこと』だっただろうことを予想しての言葉だ。
「確かに、シルビアさんの当初の意向とは外れますけれど……せっかくの機会を生かさない手はないでしょう?」
おっとりとした様子でシュヴァーンは告げ、ちらとシルビアに視線を向けた。
「‥‥‥‥」
シルビアはまだ少々納得がいっていない様子。
静かに見守っていたエグマが、ここで口を開いた。
「決めるのはお二人です」
ある意味では厳しい言葉だが、それで二人はお互い再度向き直った。
「私だって、イアンと結婚したいわ。‥‥そりゃあ、本当は、危険なことはしてほしくないけれど」
「うん、無理はしないから大丈夫だよ」
「ここに来たのがすでに充分に無理してるのよ」
拗ねたような表情で告げたが、シルビアは、もう反対してはいなかった。
「せめて、先に言ってくれれば‥‥一緒に来たのに」
ぽそりと零れた言葉を聞いて、エリアがぽんっとシルビアの背を叩いた。
「結局一緒になれたし、まずは花を取りにいこぉ!」
元気付ける言葉に、シルビアは柔らかく笑って頷いた。
◆
こうして一行は遅い歩みながらもなんとか山頂まで辿り着き、無事に花を摘んで町に戻ることができた。
二人の結婚式は、その数日後に決まったそうな。