●リプレイ本文
依頼の屋敷に来てみれば、そこは聞いていた通りのすさまじい惨状であった。
門の外から見ただけでも騒ぎはすぐに知ることが出来る。時折響く轟音と、庭のあちこちと壁にまで開けられた穴。あらぬところでデンっと存在を主張する石の壁。
「姉弟で喧嘩をするのは悪い事じゃないと思いますけど、周囲に迷惑を掛けるのはいけませんね。ましてやそれに魔法を使うなんて‥‥」
屋敷の様子を見て、ブルー・アンバー(ea2938)苦笑と共に呟いた。
「ああ、オレも同感だ。喧嘩にはそれなりの理由もあるだろうが、どんな理由があるにせよ、周囲に迷惑をかけて良いものとは思えないからな」
続いて同意の声を漏らしたのは真幌葉京士郎(ea3190)。
しかし言葉にせずとも、それはほぼ全員が思ったことである。
「普通に入っていって大丈夫なのかしら?」
落ちついた様子で、ジョエル・バックフォード(ea5855)は、見える限りの範囲で、屋敷の様子をぐるりと眺めた。
門から玄関までは十メートルほどである。ぱっと見た限り、さすがに門から玄関までの道には穴は開けられていないし壁もない。
「警戒はしておいた方がいいと思いますが‥‥とにかく姉弟に会わなければ話にならないと思いますし、依頼人の方とも話さなければいけないですし」
イサ・パースロー(ea6942)の発言に、一行はとにかく玄関の前まで行くことにした。
さすがにここで石の壁が出現するとかいきなり穴が開くなどということはなく、扉のノッカーを叩くとすぐに中から扉が開かれた。
「お待ちしておりました」
深々と頭を下げたのは、身なりや様子からして使用人頭であるらしい中年の男性であった。
こちらからも挨拶をしようとしたその時。
「いいかげん負けを認めろよっ!」
苛ついた少年の声がしたと思った次の瞬間――廊下を突風が駆け抜けた。廊下に置いてあったらしい調度品が吹っ飛んで行く。
「だ・れ・が・っ! そっちこそ、いい加減自分の非を認めなさいよ!」
選択された言葉は少々子供らしくない気もするが、言っている内容はお子様そのものである。
どこからから伸びてきた植物の蔓が廊下でうにうにと動いていた。
「‥‥もう何日もこの調子でして‥‥」
使用人のこの男性はもう慣れてしまっているらしい。
溜息と共に言葉を吐き出して、再度深くお辞儀をした。
「もうそろそろ今日の魔法合戦は止まると思いますので‥‥よろしくお願いいたします」
男性の言ったとおり、それからしばらくして魔法の音が止んだ。
「魔力が尽きたんやろか?」
静かになった屋敷内の様子に、クレー・ブラト(ea6282)が口を開いた。
「それじゃあ、最初に話したとおり、女性陣はお姉さんのところで、男は弟のところ。僕は連絡役だな」
屋敷に来る前にある程度の作戦はすでに話し合っておいた。カンター・フスク(ea5283)の仕切りに一同頷き、それぞれグループに分かれて姉弟たちを探しに出る。
◆
探す――と言っても、子供たちを良く知る使用人たちに聞けば、居場所はすぐに知ることが出来た。
レナの部屋の扉をノックすると、すぐに少女の声が返ってきたのだ。
「だれ?」
弟がノックなどするわけないと思っているらしい。
言葉と同時に扉が開かれ、見たことのない顔にきょとんと疑問の表情を浮かべる。
「初めまして、わたくしはカノンと言います」
カノン・レイウイング(ea6284)はにこりと笑顔を浮かべて名を告げた。
続けてジョエルと和紗彼方(ea3892)も名を告げて、彼方は無邪気な笑顔をレナに向けた。
「凄い腕前なんだね、びっくりしちゃった。こんちわー」
「えっと……?」
「ちょっとした仕事でこの屋敷に来たんだけどね、さっきの魔法、見たよ。凄いねー」
笑顔を崩さぬままに彼方が言うと、レナは顔を赤くして俯いた。
だが、照れている――という反応とは少々違う。
「姉弟喧嘩というのはよくあることです。わたくしも、弟と幼い頃は喧嘩したものです」
カノンの言葉に、レナはぱっと顔を上げた。そこには期待の眼差しがあったが、初対面の相手にいきなり話しかけるのは躊躇われたらしい。それとも言葉を選んでいるのか。
レナはその場に腕を組んで考えこんでしまった。
「僕もよくお兄ちゃんと喧嘩したけど、何だかんだで仲直りしたよ。なかなか言い出しにくいんだよねー、きっかけがなくて」
レナの反応から、どうやら仲直りのきっかけがなくてずるずると喧嘩を続けているらしいと判断した彼方は、世間話のノリで自分の経験談を口にした。
「喧嘩の原因はなんだったのかしら?」
「‥‥‥‥」
ジョエルの問いに、レナはぼそりと、聞こえるか聞こえないかがやっとの声で答えを返した。
それは本当に他愛もない理由で、聞けば少々あきれてしまうほど。けれど本人たちにはそれなりに重大なことだったんだろう――少なくとも、喧嘩が始まったその時には。
「たとえ双子であっても姉であることに変わりありません。年長者としての余裕とレディとしての慎みが必要ですわ。そのようなことでは素敵な王子様からそっぽを向かれてしまいますわよ」
にっこりと穏やかな笑みのカノンに、レナは思うところもあったらしい。
レディと言われて気を良くしただけかもしれない。だがまあとりあえず、
「うんっ」
レナは元気な笑顔で頷いた。
◆
一方こちらは弟組。姉と同様、ルネも自分の部屋にいた。
部屋の扉をノックすると、バタンッと勢いよく扉が開かれて、
「なんだよっ、僕はぜーったい、謝らないからねっ!」
ぶすっと不機嫌な態度が返ってきた。
イサはその場にしゃがみ、ルネと同じ視線の高さにして口を開く。
「何を怒っていらっしゃるのですか?」
「ほえ?」
いきなりの言葉に、少々驚いたらしい。わけがわからないと言いたげなルネに、四人はそれぞれ名を告げてから話を続ける。
「一体、お姉さんと何があったの? 良ければ教えてくれないかな」
ブルーが微笑んで問うと、ルネはぶっすりと拗ねたような顔でそっぽを向いた。
「争いなんてものは、ほんの些細な行き違いから起きるもの。真剣に話を聞いてみて、言い分のズレを知るだけでも解決策は見えてくるものだ」
「だから、僕の言い分を話せってこと?」
京士郎の言葉に、ルネはちらと横目で四人を見る。
「せや。喧嘩するんはええけど、このまま気まずいとお互いに辛いと思うんや。多分、お互いに引くに引けなくなってるんとちゃうかな?」
双子の弟を持ち、しかもその弟と喧嘩別れしてきてしまっているクレーは、自分の経験からそんな言葉を口にした。
「‥‥‥‥」
そしてクレーの言葉はどうやら図星であったらしい。返す言葉なく沈黙したルネに、イサがにこりと穏やかに微笑んだ。
「ルネさんは、お姉さんの事が大好きでいらっしゃるんですね」
問いではなく確信を持った声で言われて、ルネはカッと顔を赤くした。
「べっ、別に。そんな、大好きってわけじゃあ‥‥」
しかし嫌いとも言わない辺り、やっぱり好きなんだろう。
「では、お姉さんは、どうして怒ってらっしゃると思いますか?」
そう問われて、ルネはぷくっと頬を膨らませた。
「そんなのわかりきってるよっ」
それからルネは、堰を切ったように事の発端からなにから暴露してくれた。勢いついて止まらなくなっているらしく、今回の喧嘩に関係ないことまで延々と。
他愛もないその理由にこっそり苦笑を浮かべつつ、幼い頃の喧嘩なんてそんなもんだと妙に納得して。
4人はルネの話が終わるまで愚痴に近しいその言葉に付き合った。
◆
姉弟の話を聞きにそれぞれ分かれて行った一行を見送り、カンターはぽつりと呟いた。
「姉弟喧嘩か‥‥ひとりっこの僕には無縁だったな」
そう言いつつ、脳裏を掠めるのは幼馴染の少女をいじめて泣かせた記憶だったりする。
姉弟から直接原因を聞ければ必要ないだろうと思いつつ、使用人たちにここ数日の姉弟の様子を聞き込み、適当な時間を見繕って姉弟の様子を見に行った。
その頃には両方とも一通りの話は終わっており、どうやらお互い、仲直りのきっかけを掴めずにいただけらしい。
両方の状況をお互いに伝え、会った途端に喧嘩にならないよう気をつけつつも、姉弟を引き合わせることにした。
しかし相手がいないところ――第三者相手では素直になれても、当の喧嘩相手にはそう簡単に素直にはなれないらしい。
姉弟は顔を会わせた途端むっとした表情になった。さすがに、さっきの今では魔法合戦にまでは発展しなかったが。
じっと睨み合ったまま進展しない状況を見て、カンターはまるで他人事のような態度でぽつりと呟いた。小声だが、聞こえるようにあからさまに。
「これだけの被害を受けた屋敷を直すのは大変だろうなあ」
先に聞き出した話から、それに関して姉弟は多少なりと反省の色を持っていると判断しての台詞である。
うっと気まずい顔をした二人は、ちらと互いに視線を交わした。
だがまだ、言葉は出てこない。
「うん。喧嘩で魔法使うのは良くないと思うよ。ばれたらお父さんに怒られるし、魔法はそういう事に使っちゃ駄目って習ったし」
ダメ押しとばかりに彼方が言うと、姉弟は今度はギッとお互い睨み合った。
そして。
「元はといえばレナ姉が――」
「元はといえばルネが――」
お互いまったく同じ言葉をまったく同時に叫びかけ、途中でピタリと言葉を止めた。
むすっと頬を膨らませることしばし。
表情を変えたのはどちらが先だっただろう。
言葉はなかったが、どうやら喧嘩は収まったらしい。
「元気なのは良いけれど、ほどほどにね」
くすりと笑ったジョエルに言われて、姉弟は照れたように顔を赤くする。
そして、
「ごめんなさい」
二人は一緒に頭を下げた。
依頼は喧嘩の仲裁――だったはずなのだが、いつの間にやら片付けにまで駆り出されて。
けれどおかげで、屋敷の主が帰ってくる頃には屋敷はすっかり元通りになっていた。
仲良く笑う姉弟に送り出されて、冒険者たちは主の帰還の前に、屋敷を去ったのだった。