●リプレイ本文
●森への道程
村で聞いたところ、コボルトがいるという森の洞窟までは村から徒歩三時間ほどだと言うことで。
また、この辺にはコボルトのほかには人を襲うようなモンスターもいないと言うので。
森へと続く道を歩く一行の雰囲気は結構呑気なものだった。もちろん、最低限の警戒は忘れていないが。
「そう言えば、まだ名前も聞いてなかったわね」
呟いたマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)は、穏やかな笑みを老人に向けた。
「お名前はなんと仰るんですか?」
「おお、そうじゃったそうじゃった。わしはブランと言う」
「おじーちゃん、ブランさんって言うんだ〜。あたしはねえ、キャルって言うんだよ〜」
きゃらきゃらと楽しげなキャル・パル(ea1560)に続いて簡単な自己紹介が続く。
「そういや、コボルトは何をしたんだ? 退治ってことは何かしたんだろ?」
一通り名乗り終わったのち、ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)はふと思い出したように尋ねた。
「いつから棲みついたか知らんが、時々村の畑を荒らしに来るんじゃよ。食料目当てだとは思うんじゃがなあ」
村の主な収入源である畑を荒らされるうえに、いつ来るかわからないコボルトに怯えていては村の生活が成り立たない。
「確かにそれは大変だな‥‥。それまではモンスターが村に来ることはなかったのか?」
「森には他にもモンスターとかいるんだよね?」
風 烈(ea1587)、キャルの続けざまの問いに、ブランは何故か大仰に頷いてから答えた。
「うむ。あの森にはコボルト以外のモンスターも生息しておる。が、積極的に人を襲うようなのはおらん。彼らのテリトリーに入ってしまえば話は別じゃがな」
「はいはーいっ。もいっこ質問〜」
「ん?」
「おじーちゃんはどんなことを調べたいの?」
元気いっぱいのキャルの質問は、ブランのツボだったらしい。途端に早口になって、とくとくと語り始めるブラン老人。
話を要約すればこんな感じだ。
たまに訪れる冒険者の話を聞いて研究を進めていたが、そんな研究にも限界を感じ始めていたブラン老人。とにかく本物を見たいと今回のコボルト退治に便乗したのだ。とりあえず今回の目的は確実に会えるだろうコボルト――退治に行くんだから当たり前だ――で、他のモンスターについてはまたの機会でも良いとのこと。
「わたくしたちはもちろん、ブランさんを守りますけど、ご自分でも気をつけてくださいね」
心配そうに告げたのはリューヌ・プランタン(ea1849)だ。話をもちかけて来た時の様子を見れば不安になるのも無理はなかろう。
「わかっとる、わかっとる」
その安請け合いな返事に一抹の不安を覚えたのはリューヌだけではなかった‥‥。
●森の中へ
「わたくしたちの中にはモンスターの動きを止める魔法を使える者もいますから、どうか先走らないようお願いしますね」
森の入口にて。妙に張り切っているブランに、リューヌはそんなふうに言葉を告げた。
ブランは道中と同じように、まったく考える様子もなく即答で頷いている。
「本当に大丈夫かしら‥‥」
マリトゥエルの呟きは、ブラン老人には届かなかった。
先頭を歩くのは烈とファイゼル、リューヌの三人。老人のすぐ傍にマリトゥエルとイリア・アドミナル(ea2564)、エレンディラ・エアレンディル(ea2860)、しんがりにはシルバー・ストーム(ea3651)。キャルは上空からの偵察係という役割分担で、一行は森の中へと歩を進めた。
「ん〜‥‥あんまりわかんないなあ」
なにせ下は木々生い茂る森の中。葉っぱに邪魔されてなかなかに見づらい。それでも、鬱蒼と――というほどではないから、多少なりと下の様子は見える。
キャルと同じく周囲警戒を請負った――エレンディラとイリアは、優良視力でもってモンスターなどの動きがないか注意する。
森から聞こえるのはほとんどが鳥の囀りと風に揺れる木々の音。獣たちはこちらの気配に気付いてか、近くにいる様子はなかった。
「うーん、やっぱり森はいいな、エルフだからかも知れないけど、癒されるな〜」
天気は良好、ピクニック日より。ついつい、そんな呟きも漏れてしまう。
「本当、気持ち良いですね」
ブランの腕を取り寄り添って歩いていたエレンディラも、イリアの感想に同意した。
色っぽいエレンディラに、ブランがついつい腰を引く――と。
「エルフの女性はお嫌ですか?」
「いやいやっ、そーいうわけではないがっ!」
「‥‥あんまりからかうなよー」
二人のやりとりに、思わず小声でつっこんでしまうファイゼル。声を大にして言わないのは、別にからかうためにブランに寄り添っているわけではないとわかっているからである。
突然暴走されるのを防ぐには、常に確保しておくのが一番良い。戦闘要員は他にいるし、ブランの護衛を役目とするなら、ブランを確保しておくのは至極有効な手段と思われた。
と、その時。
上空にいたキャルがひゅっと下へ降りてきた。
「もうすぐ洞窟だよ。それと、あっちの方から近づいてくるのがいるよ。上からじゃあどんなモンスターかまではわかんなかったけど」
キャルの報告に、一行の間に適度な緊張感が生まれる。
ガサリっと大きな繁みの音に続いて現れたのは、野犬と思しき獣であった。
チャキリと剣を構える前衛に、後ろからイリアの声がかかった。
「ここは僕に任せて」
唱えたのはアイスコフィンの魔法だ。
「無益な殺しはしないで、氷漬け、なんちゃって」
言葉の通り、野犬は見事氷の棺に閉じ込められている。
「この天気だと二、三時間くらいでしょうか」
「充分だ。先を急ごう」
こうして一行はさらなる森の奥へと歩いて行く。
幸いにも森でモンスターに遭遇したのはこの一回のみで、一行は無事に洞窟へと辿り着いた。
●コボルトの洞窟
俄かに張り切るブラン老人。先ほど、モンスターかと思ったらただの野犬だったのが相当に悔しかったらしい。
「楽しみじゃのう。これでコボルトのページが作れると良いんだがのう」
‥‥どんな図鑑を作るつもりだよ。
こっそりと思ったのはファイゼルである。さすがに口に出せはしなかったが。
「あの。本当に、本当に気をつけてくださいね」
「怪我したら、おじーちゃん、発表できなくなっちゃうよ」
リューヌとキャルが口々にブランに告げるが、ブランは頷いているだけでまったく耳に入っていない模様。
「まあ、コボルトは俺たちでどうにか抑えるから。ブランさんが飛び出してこないように気をつけてくれ」
この烈の台詞は、当然ながらブランにではなくブランの護衛役を担当するマリトゥエル、エレンディラ、キャルに向けられたものである。
前衛には烈、リューヌ、ファイゼル。後方にイリアとシルバー。真中にブランとその護衛役という隊列で洞窟に入る。
頭数が少ないためか、そこまで頭がまわらないだけか。洞窟に見張りの姿はなかった。
「一本道のようですね‥‥」
マリトゥエルがランタンをつけて中の様子が見えると、シルバーが道の先を眺めて告げた。
「棲家って言うか、雨風凌げれば良いって感じだな」
慎重に先の様子を探りながら一行は洞窟の奥へと進んで行く。
数分も歩いた頃だろうか。
「奥から何か聞こえるわ‥‥」
マリトゥエルが静止の声をかけた。
「コボルトがいるのか?」
しかしこの先は少々道が曲がっていて、ここからでは見ることはできなかった。
「あたしがちょっと見てくるよ〜」
ブランの真上を飛んでいたキャルが、ひょいと先へと進んで行く。キャルはすぐさま戻ってきた。
「なんかねえ、食事中みたい」
「は?」
キャルの報告に一瞬思考がついていかなかったのは一人だけではなかった。
向こうも生物である以上、物を食べるのは当たり前だが。
「‥‥なんつうタイミングだ」
こちらに都合が良いといえば良いのだが。なんだか緊張感がへろっと緩んでいった気がして、ファイゼルはついつい声を漏らした。
「よし、なら不意打ちで行こう」
烈の提案に反対はもちろんなかった。キャルの報告によれば、中に居るのは五体――村人に確認されていないコボルトがいなければ、そこにいるのが全てと言うことになる。
「行くぞっ」
小さな掛け声とともに、まずはイリアの魔法とシルバーのショートボウが飛んだ。
洞窟の奥の小さな広間はたちまち喧騒に包まれた。
浮き足立っているコボルトと、広間の入口ギリギリの場所で囲まれないよう戦う前衛陣と。
どちらが有利かは一目瞭然であった。
「我が鷹の爪の一撃を避けれると思うなっ!」
目の前に飛び出してきたコボルトの一体を、烈の鋭い蹴りが襲う。
「はっ! おい、まだ殺しちゃいかんぞ!!」
戦闘の勢いに呑まれていたのかぽけっとしていたブランが、慌てて身を乗り出そうとする。
「おじーちゃんっ、待って〜っ」
「ブランさん、危ないですよ!」
「あとで観察させてあげるから、少し大人しくしててね」
口々にいうのは護衛係のキャル、エレンディラ、マリトゥエルだ。
「コアギュレイトっ!」
リューヌの魔法がコボルトの一体に当たり、不運なコボルトが呪縛されて動きを止めた。
動揺するコボルトたちの隙をついて、ファイゼルのロングソードが閃いた。
そして数分後。
食事中の不意をうたれたコボルトは、あっけないほど弱かった。
「一体いれば充分ですよね」
コアギュレイトの効果で動きを止めているコボルトを指してリューヌが尋ねる。
「ああ、とりあえずは充分じゃ!」
とりあえずなのか‥‥。
心のうちに沸いて出たツッコミは一応、喉の奥に飲みこんでおく。
「ふむふむ」
まるで子供のような無邪気さでコボルトの観察を続けるブラン。
コボルトはいい災難である。
毛を引っこ抜かれるわ、血を持っていかれるわ、口を無理やりこじ開けられるわ、耳の奥まで覗きこまれるわ。
ついつい、コボルトに同情したくなってしまった冒険者たちであった。