●リプレイ本文
一度冒険者ギルドに集まった冒険者たちは、今後の行動を確認しあった。その際、カヤ・ベルンシュタイン(ea8791)は、事前に依頼主であるキーラに確認した事柄を冒険者たちに伝えた。カヤが確認したのは、「海賊側にこちらの味方、つまりスパイがいるかどうか」、そして「おっさんと呼ばれる男に関する情報はあるか」の二点だった。
「こちらの味方が先に潜入している可能性はないそうですわ。ですが、おっさんと呼ばれる男性については、少し面白い話を聞きました。以前、ドレスタットを中心に動く商船の船長をしていた男に酷似しているとか」
しかし、キーラから得られた情報はそれだけだった。それ以上のことは、これから冒険者自身が確かめなければならない。
カヤ、ドロシー・ジュティーア(ea8252)、ゲラック・テインゲア(eb0005)、源靖久(eb0254)、そしてフォーリィ・クライト(eb0754)は、海賊の乗る船への物品運送を請け負っている馬の貸し出し屋へと赴いた。人手不足だという馬の貸し出し屋に潜入したうえで、海賊たちの懐に潜り込もうという計画だ。
「人手と馬が不足してるって聞いて来ました。‥‥あの、雇ってもらえませんか?」
服や髪を適度に汚し、一見すると女騎士とは見えない格好となったドロシーは忙しそうに働いている貸し出し屋の者たちに、控えめな声をかけた。すると、忙しげに働いていた男が振り返った。どうやら、この店の親方らしい。
「ふん。まあ、人手は足りてねえからな」
ゲラックと靖久は男手ということもあり、特に問題なく雇われた。だが、小柄なドロシーとカヤでは大きな荷物一つを運ぶのも苦労しそうだと踏んだのか、どうやら貸し出し屋の店主らしい大柄な男は、ふん、と鼻を鳴らした。
「その体で?」
「でも、私たち、馬を持っていますわ」
「馬の扱いでしたら、出来ます」
馬と二人を見比べた後、店主は仕方がないという風情ではあったものの、カヤとドロシーを雇い入れた。そして、最後にハーフエルフであることを隠していないフォーリィへと目を向ける。
「ハーフエルフか。しかも、馬もねえときてる。本気で働く気があるのか」
とっさの嘘でお金が必要だなどと言い募ると、最終的に、渋々といったふうに親方は頷いた。だが、言葉はぞんざいで、声に暖かさには欠けていた。
「人手不足でもなかったら、ハーフエルフなんて雇いたくねえんだがな。一応は客商売なんだ。なるべく、人様には近寄らないようにしろよ」
ハーフエルフに対する蔑視、あるいは忌避の感情というのは、こうも強いものなのだった。
カヤ、ドロシー、ゲラック、靖久は、自らが志願したこともあり、翌朝出発という、遠方への物品輸送を任された。話から察するに、目的の海賊船への輸送だ。すぐに、というよりは、いきなり、と言ったほうが正しいような勢いで任された仕事に、四人は慌しく馬や荷馬車の準備を始めた。
翌朝、馬の貸し出し屋で働く四人は、荷でいっぱいの馬と荷馬車を連れてドレスタットを出発した。疑いをもたれないように懸命に働きつつ、船に至る道順、見張りの位置や死角となる場所、湾の具体的地形、船の状態を覚える。また、船乗員などと話をして、情報収集することも忘れない。
「この船は、何をしているのだ?」
靖久のいささか覚束ない口調の問いに、船に乗っている男はとくに警戒するようすもなく答えたが、さすがに役に立つ情報は得られなかった。
他の四人とは違い、フォーリィは船の中へと入ることは許されなかった。ハーフエルフを厭う者が多いからである。さして立派な体躯でもないフォーリィに、荷物運びは重労働だ。
「大丈夫かい」
声をかけられて振り返ると、そこにはやけに人のよさそうな男がいた。
「ありがとう。大丈夫よ」
「それならいいが」
ハーフエルフにも屈託のない男と話すことは出来たが、フォーリィの乗船は許してもらえなかった。船に乗る者たちの中にはハーフエルフを嫌うものも多いから、というのがその理由だった。
ゲラックは馬の貸し出し屋で働きながら、そして仮面をつけたフレイハルト・ウィンダム(ea4668)は街の噂を集めながら、海賊が現れるという酒場に関する情報を集めた。そして二人は、夜半にとある酒場へと向かった。そこには確かに、明らかに真っ当な生業にはついていないと思われる男が数人おり、その中の男が一人、ゲラックに向かって声をかけてきた。
「そこの黒ひげの! あんた、さっき馬の貸し出し屋で働いてなかったか」
しめたとばかりに、ゲラックは即座に答えた。
「おお、確かに。どこかで会っていたぢゃろうか?」
男たちは、馬の貸し出し屋に出入りした時にゲラックの姿を見かけたことを覚えていたらしい。
「黒ひげで覚えてたんだ」
一見して真っ当な生業にはついていないと思われる男たちだが、悪意なく笑う様を見ている限り、気は悪くないらしい。多少なりとも身についている話術を駆使するまでもなく、ゲラックはすぐに彼らに溶け込んだ。
フレイハルトも黙ってゲラックの様子を眺めていたわけではない。彼らの話が一段落つくと、大道芸人らしく人目を惹く立ち振る舞いで一礼すると、さて、と言った。
「ここは一つ、酒の肴にパリで見聞きした門閥貴族の決闘騒ぎの顛末でもお聞かせしよう」
フレイハルトの話に、皆の注目が集まり、皆が聞き入る。
フレイハルトが話し終えると、拍手喝采が起こった。こうなってしまえば、もうフレイハルトとゲラックは海賊たちと完全に打ち解けたも同然だった。酒の効果もあって警戒心も薄れたのか、海賊と思しき男たちは自分たちのことを次々に話し出した。話を聞けば聞くほど、目的の海賊と符号する点が多い。
「この辺りの海は荒いだろう。沈みそうになったことはないのか?」
「ねえよ。おっさんは、船の扱いに関しちゃ右に出るものはいねえ腕だぜ」
「おっさん?」
「俺らの船の船長だ。見た目は人のよさそうなおっさんだが、あれでなかなか肝の据わった野郎だぜ」
その後も歓談は続き、最終的には何故かゲラックは翌日、男たちと同行して船にのるという話になってしまったのだった。
その日の夜、一度ギルドへと集まった冒険者たちは、襲撃を翌日の夜と決めた。
海賊と同行しているゲラックを除く者たちが海賊船付近にたどり着いたのは、夕刻だった。ここまで来るのに飲まず食わずではいられず、保存食などを持っていなかったフレイハルト、靖久、フォーリィは、保存食を多く持っていた者から保存食を買った。
鑪純直(ea7179)は、まず愛馬の竜田を安全な場所につなぎ、油と火打石を馬から降ろした。そして、幾本かの矢の矢尻に細布を巻いていく。巻いた布には油をしみこませ、火矢とするのだ。
また、やや遅れてたどり着いたハイレッディン・レイス(ea8603)は、奪えるような小船はないかと湾に近づこうとしたが、見張りがいるために海自体に近づくことが出来ず、ひとまず、今船を奪うことは諦めたのだった。
そして、冒険者たちは辺りが暗くなるのを待ってから、行動を開始した。
見張りは二人だった。まずは、純直が見張りの一人に向かって慎重に矢を放ち、命中させる。しかし、完全に行動不能にさせることは出来ず、見張りは素早く地面に体を伏して辺りを見回した。その間に、フレイハルトはその見張りに近づき、スリープで眠らせた。もう一人の見張りも、同じようにして行動を封じることが出来た。
そうこうしているうちに、海賊たちと甲板で酒盛りをしていたゲラックは、立ち上がった。
「だいぶ酔ったようぢゃ。一度船を降りて、酔いを醒ましてこよう」
そう言いながら、持ち込んでいた油をこっそりと船縁に巻いていく。そして下船したゲラックは、すぐに冒険者たちと合流した。
見張りがいなくなればこっちのものとばかりに、ハイレッディンは湾の岩陰に止めてあった小船を奪った。しかし、寒い。防寒具を持っていないため、海を吹き抜ける風に耐えられる時間は、そう長くはなさそうだ。とはいえ、ハイレッディンは何とか船を漕ぎ出した。そして、焼き討ちを成功させるために海賊たちの注意を引くべく、松明に火をつけようとしたが、あいにく火をつけるものを持っていなかった。しまったと思いつつ、仕方なく大声を張り上げた。
「俺の縄張りを荒らす三流海賊は、貴様らか〜!! 天誅を食らわしてやる!!」
火と灯すことはできなかったものの、この口上では注意を引かないわけがない。ハイレッディンは即座に海賊の攻撃目標となった。弓矢が何本か降ってきたが、かろうじて矢尻は小船に突き刺さったのみだった。
その様子を確認し、純直は油をしみこませた布を巻きつけたある矢尻に火をつけた。そして、その矢を海賊船に向かって放つ。停泊している船には帆が張られていないため、矢は甲板に突き刺さった。なかなか火は燃え広がらない。続けて火矢を放つ純直を後目に、冒険者たちは船へと向かって走り出した。すでに、異変を察知した海賊たちの中には、武器や櫂を手に取った者もいる。
十分に近づいてから、フレイハルトがシャドゥフィールドを唱えた。すると、早くも下船していた海賊の一人が、フレイハルトに切りかかろうとする。それを防いだのは、早くもその海賊に狙いを定めていたドロシーだった。
フレイハルトのシャドゥフィールドは、船上に残る海賊たちの目を奪った。
その頃になって、ゲラックのまいた油の上にようやく火がついたのか、船に火が回り始めた。闇に閉ざされた海賊たちが、何もかもを放り出して一斉に逃げ惑い始める。海に飛び込んで逃げる者も多かった。しかし、冒険者たちには逃げていく海賊たちを追う余裕はない。
一斉に下船してくる海賊たちに阻まれて乗船することが出来ず、皆は甲板から降りてくる海賊たちに対峙することになった。向かい合う海賊は、わずか四人。中には、武器を構えていない者もいる。
「こんばんは、海賊さん」
帽子を脱ぎ捨ててハーフエルフであることを明かしたカヤが、指を突き出して言った。
「覚悟はいいですか? 私は出来ていますっ」
しかし、敵を目前にして詠唱をしている暇はないと判断したカヤは、素早く武器を構えていない敵に抱きついた。そして、胸を押し当てる。明らかにそれと分かる柔らかい感触にうろたえた海賊に向かって、カヤは間髪いれずに高速詠唱によるオーラショットを打ち込んだ。これには敵わず、海賊は昏倒した。さらに、ドロシーの一撃により、もう一人の海賊がよろめく。その海賊に止めを刺したのは、靖久のバーニングソードによるみね打ちだった。その時、フォーリィが突然高笑いを始めた。見れば、髪の毛が逆立ち、目が赤色に光っている。狂化だ。
「殺されたい奴から、かかってきなさいよ」
明らかに嗜虐性を帯びた声で低く呟くと、フォーリィは海賊に向かって切りかかった。容赦のない一撃だったが、海賊を殺すには至らない。横から、ゲラックが日本刀を振るい、その海賊は倒れた。
「待たせたな! 俺が来たからには、もう心配は要らん」
その時、ハイレッディンが小船から降りてきた。言葉は颯爽としているのだが、真冬に海の上で防寒具もなく過ごしていたため、体は冷え切ってしまっている。海賊に一撃を食らわせたものの、一撃で倒すには至らなかった。そこへ、純直の打ち込んだ矢が飛んできた。
全ての立ち向かってくる海賊が倒れ、後は逃げ惑う海賊たちだけになった頃、一人の男が比較的落ち着いた足取りで砂浜を歩いてきた。どこからか、おっさん、と呼ばれたその男は、振り返りもせずに緩く手を振って冒険者たちに近づいてきた。
「船長ぢゃな」
「ああ。黒ひげ先生か。そっちには、ハーフエルフの子もいるね。まだ、落ち着きそうにはないかな」
「うるさいわよ!」
人のよさそうな男はゲラックと、そして冒険者に押さえ込まれたフォーリィに目を向けて、軽く肩をすくめた。
「君たちの目的は?」
「三流海賊の討伐だ!」
ハイレッディンの勢いのいい返答に、尋ねた男は少し笑った。
「それなら、三流海賊代表として私が討伐されようか。それで、そちらの面子も保てるだろう」
確かに、船長だというこの「おっさん」を捕らえれば、海賊討伐はなったと考えてもいいだろう。第一、真冬の海に飛び込んでまで逃げている海賊を全て捕らえるのは不可能だ。
「なぜ、おぬしはそのようなことを簡単に言うのだ」
純直が訝しげに問うと、男は軽く肩をすくめた。
「私がいなくなっても、じきに私のような輩は現れるからね。ドラゴンに家族やら船やらを奪われて、色んなものをなくしたのは、何もあの船に乗っていた何十人かの話に限ったことじゃない。よくある話だ」
商船の船長を勤めていた男は、ドラゴン襲来により家族を失った。塞ぎこみ、何もかもを投げ出していた時、紫のローブをまとった男にドラゴンの宝が領主のもとに持ち込まれたという話を聞いた。ドラゴンがドレスタットとその周辺を襲ったのも、その宝を取り返すためだと。しかし、男は紫のローブの男が何者であるかについては、何も知らないという。
「だから、その宝を領主から奪ってしまおうと思ったんだよ。それがドレスタットにあれば、またドラゴンがやって来るかもしれないじゃないか」
人のよさそうな男は、何もかもに疲れ果てた顔をして少し笑った。
海賊の頭目を捕らえ、海賊討伐は幕を閉じたのだった。