小さな酒屋の第一歩

■ショートシナリオ


担当:樋野望

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月16日〜02月21日

リプレイ公開日:2005年02月21日

●オープニング

 夫に先立たれ、子供たちも独り立ちし、自分ひとりしかいなくなってしまった家に住み続けるのは寂しいと考えた老婦人が、一念発起をして自宅を簡単に改装し、小さな酒屋を作った。酒屋で売るための酒も、冒険者たちの協力を得て何とか手に入れることができた。後は、店頭販売を開始するばかりである。
 だがしかし、と老婦人は小首をひねった。
 老婦人の酒屋の近くには、大きな酒屋がある。個人客相手だけではなく、酒場などの大口顧客への販売を主とした酒屋だ。この大型の酒屋が近くにある限り、老婦人の酒屋を繁盛させるのは難しいだろう。
 とはいえ、もちろん大型の酒屋を焼き討ちにするわけにはいかない。
「商売をするうえで大切なことは、集中と選択、だったはずだわ」
 商家の出である老婦人は、呟いた。
 目下、老婦人の店の売り物、つまり物質的な資源はベルモット30本、ワイン20本、発泡酒20本。ベルモットとワインは非常に美味であり、発泡酒の味は上々。売り物としては、どんな店にも遜色はない。ただし、見方を変えれば、大きな酒屋に対抗するための老婦人の酒屋の売り物はこれだけしかないとも言えるのだ。
 しかし、これだけの売り物であっても、それを「集中」して投下すれば十分な戦力となる販売先は必ずあるはずだ。そういった販売先を「選択」しなければならない。
「今のところ、うちのお酒の付加価値は、味がいいっていうことね。ほかには、どんな付加価値をつけられるかしら」
 たとえば、酒を安値で売る。あるいは、酒の迅速な配達を約束する。まだまだ、付加価値をつける余裕はあるだろう。「選択」した販売先にあわせた付加価値をつければ、酒は必ず売れ、店も軌道に乗るに違いない。
「誰でも気軽に、飲みたいだけのお酒をすぐに買えるお店にしたいわ」
 それが老婦人の、夢である。この夢の実現に向けた販売戦略が必要だ。
「‥‥三人寄れば文殊の知恵って言うことだし、また、お願いしましょう」

 冒険者ギルドに持ち込まれた老婦人からの依頼は、以下の通り。

 まずは、主に酒を売る対象(客)を絞り込み、その対象に則した開店キャンペーンを数日間かけて行いたい。五日間以内であれば、日数は自由。この期間内に、ベルモット30本(店頭販売時40C予定)、ワイン20本(店頭販売時30C予定)、発泡酒20本(店頭販売時20C予定)を売り、10Gの売り上げを出して欲しい。各商品の予定価格は、赤字さえ出なければ変動可能。ベルモット1本15C以下、ワイン1本15C以下、ベルモット1本14C以下だと赤字になる。なお、全ての商品を五日間で売りさばく必要はない。
 失敗を恐れて消極的になるよりも、奇抜だろうと何だろうと、とにかくアイデアを出してもらいたい。なお、五日間の短期的な販売戦略ではなく、この先一軒の店が長く繁盛するような販売戦略を立てることが求められる。
 また、今回の依頼に関して必要な経費は老婦人に請求することができるが、売り上げを上げるために自腹を切って酒を購入するのは禁止。
 該当店舗の周辺環境は、閑静な住宅街と港へ近づき騒がしくなる一帯との境にあるため、穏やかさと賑やかさが混在している。住宅街には家族を持つ住民が多く、年齢はまちまち。港へ近づけば、比較的若い独身者の住居が増える。また、周囲には花屋や雑貨店、靴屋などの生活に密着した小規模店舗がいくつか存在している。なお、大型の酒屋は活気はあるが騒々しい港にある。

●今回の参加者

 ea4090 レミナ・エスマール(25歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea8603 ハイレッディン・レイス(30歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 ea8875 劉 水(31歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea9345 ヴェロニカ・クラーリア(26歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9537 ヴェルブリーズ・クロシェット(36歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb1061 キシュト・カノン(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

「まず、宣伝することが必要ですね。あとは試飲サービスとか、店の一角にちょっとコーナーを作ってその場でも一杯飲めるようにするとか、プレゼント用のラッピングサービス、値引きとか‥‥」
 まずは、ヴェルブリーズ・クロシェット(ea9537)が切り出した。
「でしたら、カウンターや小さなテーブルを置いてはどうでしょうか」
 レミナ・エスマール(ea4090)の提案を聞いた、依頼主でありこの家の店主である老婦人が、あらかじめシフール便によって届いていたヴェロニカ・クラーリア(ea9345)の手紙を読み上げた。
「カウンターの設置には時間がかかるから、テーブルを設置したらどうかと書いてあるわ。皆さんにお手伝いをしていただく日数も限られているし、テーブルの方がいいかもしれないわね」
 ヴェロニカの手紙には、酔っ払いが店にいついては困るだろうと考慮して、さほど長居できないように机一脚に椅子三脚くらいを置くのがいいだろうという提案も書かれていた。
「私がテーブルを見繕ってきます」
「お願いするわ」
 そして、老婦人はため息を吐いた。
「せっかくお願いに応じていただいたのに、ヴェロニカさんにお会いできないのは残念。お顔のことなんて気にしないで来て欲しいけれど、女性ですものね‥‥」
 ハーフエルフのヴェロニカは、顔にひどいできものが出来てしまい人に会える状態ではないためシフール便で連絡をすると、老婦人に断っていたのである。
 続いて提案をしたのは、ハイレッディン・レイス(ea8603)だ。
「俺は、とりあえず魚を釣ってくる。釣った魚をさばいて酒屋で出せば、酒の肴になるだろ。まあ、俺は料理は出来ないんだが」
「私がやるわ」
 料理のスキルを持つものがいなかったため、魚をさばくのは主婦暦数十年の老婦人が引き受けた。
「では、私はご近所の奥様方の井戸端会議などにお邪魔して、こちらのお店の宣伝をしてきましょう」
 劉水(ea8875)が提案すると、老婦人は笑って頷いた。
「もう一つ提案があるのですが、開店キャンペーン中は全てのお酒の値段を通常料金に5C上乗せした金額を提示して、そのうえで5Cの割引セール実施中、と銘打ってはどうでしょうか。そして、キャンペーン後は、ご好評につき引き続き5Cの割引中、として実際は通常料金で売るんです」
 劉の言葉に、老婦人は少し考え込んだ。
「ひとまず、皆さんの思いついたことは何でもやってちょうだい。考えるのは、結果が出てからで十分よ」
 そして、皆はひとまず開店前の準備に取り掛かった。

 まず、レミナは店内に置くテーブルの調達をするべく、街へと出た。
「出来るだけ安く買いたいものです」
 しかし、あまり悪いものは置きたくない。一軒の店の前で足を止め、レミナは中へと入った。ここは、商人知識を活かして交渉しなければ。

 同じ頃、ヴェルブリーズは工作スキルを活かして看板作りを始めた。木材などは、老婦人の家にあった廃材を利用する。戦場向けの工作スキルだが、何とかなるかもしれない。
「小さいけれど、暖かみのある、こんなお店は大好きなんです。おばあちゃんの酒屋さんがうまく軌道に乗るように頑張ってお手伝いしますね」
 廃材を物置から取り出してきた老婦人に、ヴェルブリーズは工具片手に言った。

 劉は、ご近所の女性たちが集まりそうな場所を探していた。しばらく歩き回っていると、昼間の買い物時ということもあり、あちらこちらで井戸端話に花を咲かせている女性たちは比較的容易に見付かった。。
「こんにちは。ご歓談中失礼いたします。もしよろしければ、お話に混ぜていただいてもよろしいですか?」
 穏やかに礼儀正しく話しかけたが、突然話の輪に加わった男に女性たちは驚いたようだ。だが、じきに劉は女性たちの中に溶け込んだ。育ちのよさそうな顔が功を奏したのかもしれない。どこから来たのかという質問に答えながら故郷の話をして、女性たちの好奇心をくすぐりつつ、劉は何とか新規開店する酒屋の話を始めた。
「ワインというお酒は、美容に良いと言って故郷の貴族や金持ちの家の女性は皆競って呑んでいるのですよ。それも、味が良い方が効果があるのだそうです」
 もちろん、味のよいワインを仕入れていることをアピールすることも忘れず、劉はさらに付け足した。
「皆さんには必要ないかもしれませんが、無料で試飲会もしますから、是非お試し下さい。開店祝いに商品の割引もありますよ」
 女性たちは、劉の言葉をおおむね好意的に聞いてくれた。話の内容もさることながら、幾分恥ずかしげながら懸命に主張する劉の態度に好感を持ったのかもしれない。

「ヴェロニカさんから、お酒に巻くリボンが届いたの。メッセージが書いてあるものもあるわ」
 再びのシフール便を受け取った老婦人が、酒屋に残っていたハイレッディンに向かって封筒を差し出した。
 一本のリボンには『恋は外で飲む酒のようなもの 一時の喜びに身を焦がす 愛は家で飲む酒のようなもの ゆっくりと幸せをかみ締めるもの』と書いてあり、別のリボンにはまた別の文句が丁寧に書き込まれている。
「これを、プレゼント用の包装として1〜2Cで受け付けたらどうかって、ヴェロニカさんが。見本に、幾つかリボンを巻いたお酒をおいておきたいの。私、老眼で手元が見にくいから、巻いてもらえないかしら」
「いいぜ」
 リボンを数本受け取ったハイレッディンは、がさがさと大雑把な手つきで瓶にリボンを巻き始めた。
 その後、すぐにレミナが安く購入してきたテーブルなどが持ち込まれ、店内の準備は徐々に整ってきた。ヴェルブリーズの作った看板も、それなりの出来となった。
「あとは、内装の仕上げですね。それから、ご近所のお店に配らせてもらうチラシも作りましょう」
 ヴェルブリーズの提案により、店に戻ってきた者たちは店内の準備の仕上げに取り掛かった。
 そうして、翌日の開店に備えたのだった。

 翌日の早朝、ハイレッディンは海に出ていた。海岸で釣りである。
「来いよ、魚〜。ばあさんがおまえらを美味しく料理してくれるっていうんだ。ありがたく餌に食いつけ!」
 そんな言葉に魚つられたわけではないのだろうが、魚は順調に釣れた。美味そうな魚も多い。明日の開店一日目に出す酒の肴としては、それなりの量になりそうだ。
 そしてハイレッディンの釣ってきた魚の調理も終わり、老婦人の酒屋は静かに開店した。
「まずは、お客さんを呼んできましょう」
 そう言ったレミナは、外を通りかかった人などに声をかけようと外に出た。劉は、並べられたワインの横に『美容の為に一日一杯のワインを』と書いた小さな看板を置く。その傍らには、5Cの割引をしているかのような値札が置かれていた。
 小さな看板を身につけたヴェルブリーズは、得意なオカリナ演奏をしながら辺りを練り歩くことにした。一人では少々寂しいが、簡単なちんどん屋もどきだ。もちろん、作ったチラシも忘れずにもっていく。
 夕方近くになると、辺りには買い物客が増えてきた。宣伝効果もあり、酒屋への客足も徐々に増えてきた。やはり、いかにも家庭もちといった様子の女性や子連れの客が多い。
「今、30C以上お買い上げいただきましたら、お客様が他のお店でお買い物をしていらっしゃる間、お子様をお預かりしております」
 レミナが子連れの女性に声をかける。
「ですが、五人以上となりますとこちらでもお預かりできませんので、ご希望でしたらお早めに‥‥」
 暗に早々に30C以上の買い物を決めないと子供は預かれないと言うレミナの言葉に乗る女性は、案外いるものだった。託児は、なかなかに好評だ。同時に、レミナは店の片隅に客から聞いた感想を書き留めるための石版を置いていた。あまりにも評判が悪いサービスは、早々に止める必要がある。石版に書き留めた感想は、その判断の根拠とするのだ。
 そろそろ日が完全に沈むという頃合になって、ハイレッディンがさも客のような顔をして店にやってきた。そして、入り口近くで試飲を行っている台に近づき、酒を煽った。酒を飲み干したとたん、ハイレッディンの表情が明らかに変わった。
「う」
 あまりにも明瞭な「う」という音に、周囲を歩いていた者たちがハイレッディンを振り返る。
「美味いぞ〜〜〜〜〜!!」
 大きく口から光が飛び出さんばかりの勢いで叫んだハイレッディンに、周囲の視線が集中した。だが、ハイレッディンはまったく意に介さずに、一人大きな独り言でワインの美味さを褒め称えている。その言葉に惹かれたのか、あるいは引いたのか、周囲の人々は暫く立ち止まってハイレッディンを眺めていた。
 しかし、客足はなかなか順調だった。劉の礼儀正しい接客態度などもあり、店の評判はおおむね好評のまま日々が過ぎていく。

 キャンペーン期間が終わるまでに売れた酒の本数は、ワイン14本、ベルモット12本、発泡酒10本だった。売り上げは、合計で11G。ワインの宣伝が多かったためか、ワインの売り上げが一番高かった。また、買った酒を肴付きでその場で少し飲めるということも、一部の男性客の興味を惹いたようである。しかし、やはりもっとも多かった購入者層は主婦だった。
 最後に、レミナはこの五日間で集めた客たちの店に関する感想や、大きな酒場で行っているサービスなどの調査結果を老婦人に話した。
「ご参考になるといいのですけれど」
「もちろんよ」
 レミナの報告に、老婦人は大きく頷いた。
「皆さん、本当にありがとう。最後のお願いなのだけれど、ヴェロニカさんにお礼のお手紙とできものに効くお薬をシフール便で届けてくれないかしら」
 そして、老婦人は丁寧に礼を言って、冒険者たちを見送ったのだった。