大人なんて大嫌いと子供は言うのだけれども

■ショートシナリオ


担当:樋野望

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月17日〜03月22日

リプレイ公開日:2005年03月20日

●オープニング

「お父さんなんて、だいっきらい!」
 父親が年頃の娘に言われる言葉としては、決して珍しくない言葉だろう。だが、父親であるミュラーにとっては、非常に困った言葉だった。娘のケイトがまだ幼い頃に妻を亡くし、男手一人で育ててきた娘に「きらい」と言われてしまうと、立つ瀬がない。
 だが、まだ幼い、十歳にしかならない娘とのこういった口論は、よくあることなのだった。毎日繰り返しているといってもいい。
「お父さんなんて、私の言うこと、全然聞いてくれないじゃない」
 父がどれだけ仕事が忙しいんだよと言っても、娘からはそんなことは分かっているという返事が返ってくる。
「それが分かっているなら、我慢しなさい」
「大人なんて、みんな、そう言うのよ。だから、きらい」
「ケイト」
 つい声がきつくなったミュラーをにらみつけたケイトは、ついに「だいきらい」という言葉を投げつけて、家から飛び出して行ったのだった。ミュラーは、娘を追わなかった。こうして娘が家を飛び出していくのは、いつものことだ。また、夕方近くなってから、いつも娘が遊んでいる広場に迎えに行けばいい。そう思ったのだ。
 だが、その日、夕方にいつもの広場へ行っても、娘はいなかった。慌てたミュラーは辺りを探し回った。その晩、ミュラーは、一人で娘を探して走り回った。そして翌日は近所の大人総出で、少女の捜索は続いた。
「駄目だなあ、大人は」
 そうして大人が走り回る姿を見ながら、一人の子供が呟いた。周囲の子供たちも、口々にそうだよねと言って頷く。
「でも、見つけてあげてほしいよね」
「そうだよね」
 そして、数人の子供たちは軽い足音を立てて、どこかへと走り去った。

 大人たちは誘拐されたのかとも考えたのだが、身代金目的の連絡も何もないまま、娘の行方は依然として確かにならない。疲労困憊したミュラーは、ついに冒険者ギルドへと赴いた。娘を見つけ出して欲しい。彼の願いは、それだけである。

●今回の参加者

 ea9085 エルトウィン・クリストフ(22歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea9517 リオリート・オルロフ(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 ea9935 ユノ・ユリシアス(35歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb1259 マスク・ド・フンドーシ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

「むふぁー!!」
 さてこれから行動を開始しようというまさにその瞬間、顔だけ見れば仮面舞踏会へと向かう途中のような蝶を模した仮面をつけ、それでいて体には褌一丁といういでたちの男が、突然両腕を振り上げたかと思うと、次いで両手を胸の前で組み合わせた。胸の筋肉が、ぴくぴくと何かを主張するように動いている。
「我輩こそ、イギリスからの親善大使、その名も雄々しきマスク・ド・フンドーシなり〜!!」
 自らをマスク・ド・フンドーシ(eb1259)と名乗った男に、皆、絶句した。しかし、マスク・ド・フンドーシは一向に気にした様子はない。
「子供のことは子供に聞くのが一番だと、我が輩は思うわけだが!」
 また異なるポーズを取りながら、マスク・ド・フンドーシは高らかに宣言した。
「そ、そうなると、家出した娘さんの交友関係から洗うのがいいと思うな」
 些か動揺を隠しきれていないエルトウィン・クリストフ(ea9085)の言葉に、同じく些か度肝を抜かれた様子のユノ・ユリシアス(ea9935)が頷いた。
「わ、私もそれが一番いいと思います。‥‥子供の我侭に振り回される親御さんの気持ちも分かりますけど、私にもそういう時期があったから、何とも言えないですね。無理矢理連れて帰るのも嫌ですし、どうしましょうか」
 ユノが気持ちを落ち着かせながら言うと、リオリート・オルロフ(ea9517)が口を開いた。
「上手くは言えないのだが、色々考えたり疑ったりする者というのは、大変なものなのだな‥‥。それはともかく、自分はこのナリだから、子供には怯えられるのが関の山だろう」
 純粋培養でお坊ちゃまめいた気質のリオリートには、ケイトという少女が家出したことがいささか不思議らしい。
「いい考えがあるよ、リオ君」
 エルトウィンが友人であるリオリートの腕を引いた。
「エド。何か、案があるのか?」
「うん。リオ君、借金取りの用心棒にならない? 娘さんを探す代金を工面するために方々に借金したお父さんが、借金のカタにどこか遠く連れて行かれそうだって噂を流すの。お父さんが借金した相手が私ね。」
 エドの欠片ほども悪意のない提案に、リオリートは些か考え込んだ。
「嫌?」
「‥‥それで娘御が戻ってくるのなら、構わないが‥‥」
 リオリートの言葉に、マスク・ド・フンドーシが大きく、熱く頷いた。
「それでこそ男! いや漢だ、リオリート君!! すァて! そうと決まったら、借金取りの噂を流しつつ、家出嬢を探しに行くぞ!」
 言うなり、褌一丁で家出したケイトを探しに行ってしまったマスク・ド・フンドーシを見送ったユノは、半ば呆然と、半ば諦めに近い境地で呟いた。
「あの人が借金取りの噂を流してくれたら、色んな意味で噂の回りは早いでしょうね‥‥」
 ユノの言葉を受けて、エルトウィンとリオリートも揃ってこくりと首肯した。
「しかも、信憑性もつくよ」
「‥‥そうだな」
 何はともあれ、家出少女の捜索は始まった。

 ユノは、まず少女の家の近くにある広場へと向かった。子供たちが、数人鬼ごっこに興じている。
「ねえ、かくれんぼしてる子っていない? 大きな鬼さんから逃げたまま、まだおうちに帰ってない子」
「しーらなーい。今日は、鬼ごっこの日だもん!」
 そう言うと、子供たちはユノを置いてさっさと鬼ごっこに戻ってしまった。
「じゃあ、いつかくれんぼをするのよ」
 殆ど無視された格好になったことに軽く拗ねたユノが言うと、一人の男の子が言った。
「だって、かくれんぼの上手な子がもうずっと来ないんだもん。ケイトちゃんがいないと、かくれんぼ、つまんないよ」
「ケイトちゃん、どこにいるのか分かる?」
 子供たちの目線にあうようにしゃがみこんだユノに向かって、男の子は首をかしげた。
「分かんない」
「それじゃあ、もしケイトちゃんに会ったら、お父さんが借金取りに追われて大変なのって教えてあげて」
 うん、と子供たちは一斉に頷いた。
「でも、シャッキントリってなぁに?」
 ユノは結局、借金取りとはいかなるものかを、子供たちに延々説明することになってしまった。

 その頃、マスク・ド・フンドーシは港近くで、石畳に白墨で絵などを書きつけて遊んでいる子供たちを見つけた。
「我輩こそ〜!」
 マスク・ド・フンドーシが名乗りを上げようとしたとたん、目を丸くした子供たちが一斉に叫んだ。
「鳥の巣ー!」
「もじゃもじゃー!」
「すごーい」
「へんたーい」
 聞き捨てのならないことを言われたようにも思ったが、マスク・ド・フンドーシはとりあえずここは冒険者としての使命を全うすべく、きちんとしゃがみこんで子供たちの顔を見ながら尋ねた。
「さ〜て嬢や坊、我が輩の質問に答えてくれんかの。ケイト嬢は‥‥あ痛ったァ!! 我が輩の神々しき髪を乱暴にひっぱるでな〜い!!」
 興味を持って興奮してしまった子供を大人しくさせるのは難しい。ようやく子供たちを落ち着けたマスク・ド・フンドーシは、髪の毛を手で押さえながら子供たちに話し始めた。
「家出中のケイト嬢のお父上が、借金取りに追われておるのだ。借金取りを怒らせたら、地の底まで追ってきて、金払え〜と襲ってくるのだぞぁあたたたた、だから我が輩の芸術的な頭髪をひっぱるなと言っておろう! あ。褌はもっと引っ張ったらいかん!! 我が輩が捕まってしまう!!」
 そんなこんなでマスク・ド・フンドーシの捜索も、なかなかに困難な状況に陥っていた。

 そして、夕方。一頻り目ぼしい場所で出会った子供たちに「借金取り」の噂を流したエルトウィンは、ようやく仕事の手が空いたというミュラーとゆっくりと話すことが出来た。エルトウィンの傍らには、もちろんリオリートがいる。
「ずいぶん忙しいようだが、娘一人養うのには、それほどの額が入用なのだろうか」
 リオリートの問いに、ミュラーは苦笑いをした。
「貧乏暇なし、ですよ。あの子もまだまだこれから物入りになるでしょうし、それに私も船乗りの端くれです。いつ、母親のようにあの子の前からいなくなるか、分かりません。それを思うと、どうしても金をためておかなければいけない気になってしまって」
「‥‥お父さんも大変ね‥‥。やっぱり、娘さんには自分の意思で戻ってきてもらわなきゃ」
 だからね、と言ったエルトウィンはミュラーに借金取り計画の話をした。それは面白いかもしれないとミュラーは、少し笑った。

 翌々日。今日も少女を探し、噂を広めていたユノは道端でマスク・ド・フンドーシに遭遇してしまった。百メートル先からでも間違いようがない。
「‥‥こ。こんにちは」
「むふぁー!! 今日もいい日和だ!」
 意思の疎通があるのかないのか、非常に微妙な挨拶をした後、時折マスク・ド・フンドーシが奇妙なポーズを取る以外の時は、二人は至って真面目に状況について話し合った。
「あ!」
 そんな二人の耳に、突然鋭い声が飛び込んできた。
「借金取りのもじゃもじゃあたまー!」
 そう叫んだとたん、一人の少女がぱっと踵を返して走り去っていった。走っていく方向は、ミュラーの働く港がある。ユノとマスク・ド・フンドーシは顔を見合わせると、即座に少女の後を追った。

 船の荷卸をしていたミュラーだが、昼時ということもあり、休憩をしていた。傍らには、エルトウィンとリオリートがいる。三人は談笑をしていたつもりなのだが、どうやらそうは見えなかった者がいるらしい。甲高い悲鳴じみた声が、突如、港に響き渡った。
「あー! もじゃもじゃじゃない借金取りまでいる!」
「ケイト!」
 樽の上に座っていたミュラーが腰を浮かせると、それをエルトウィンが制した。ところで、一目で借金取りだと指差されたリオリートはショックを受けており、完全に無言である。
「キミがケイトちゃん?」
「そうよ」
 勝気そうな目で睨みつけてくる少女に向かって、エルトウィンは不敵に笑った。
「良かったね、お父さん。娘さんが見つかって。‥‥というわけで、貸したお金を返してもらうよ」
「お父さんは、お金なんてもってないもの!」
「それじゃあ、借金のカタにお父さんはアタシがもらう! アタシ、ずっとお父さんが欲しかったんだ」
「そんなの駄目!」
「どうして? お父さんのこと、嫌いなんでしょ」
 ケイトが叫ぶ。子供が殆ど涙目になっていることにエルトウィンは気づいていたのだが、ここで黙るつもりはなかった。ようやく少女に追いついたユノとマスク・ド・フンドーシも、黙ってエルトウィンのやることを見守っている。
「これでは悪役だぞ、エド‥‥」
「でも、これくらいやらなきゃ」
 小声で諌めてきたリオリートに言い返しつつ、何だかんだ言ってこの「悪役」を楽しんでいるエルトウィンはミュラーの肩を突付いた。すると、ミュラーが「打ち合わせ」を思い出して慌てて口を開く。
「お前が無事で安心したよ。お父さん、もう思い残すことはない。借金のカタになるのも、悪くはないかな」
「そんなのやだあ!」
 ついに泣き出したケイトに、さすがに父であるミュラーは慌ててしまった。思わずケイトに駆け寄ったが、ケイトも相当な頑固である。嫌だと泣きながら、後ずさりしていく。
「今度こそ、捕まえないと駄目ですよ。お仕事なら、私たちがちょっとお手伝いしておきますから」
 ユノの言葉に大きく頷き、ミュラーは振り返りもせずに娘に向かって走っていった。そして、泣きながら怒っている小さな体を持ち上げて抱きしめたのだった。

 その後、律儀に仕事に戻ったミュラーを見送り、冒険者たちはケイトに様々な話や提案をした。マスク・ド・フンドーシが、不在がちの父に我侭を言ったという自分の過去と照らし合わせて、仕事をする父の姿を見よと仰々しく、だが真っ当なことを言った。リオリートは懸命におやつなどを我慢したり手伝いの時間を増やしたらだろうだろうと提案した。また、「悪役」だったエルトウィンも、自分から父と過ごせる時間をつくらないと駄目だと諭し、ユノはこっそりミュラーの仕事仲間に、もう少しミュラーに暇を上げて欲しいと頼んだ。

 その甲斐があったのだろう。その日、ミュラーとケイトは二人で手をつないで家へと戻っていったのだった。