老人の夢

■ショートシナリオ


担当:樋野望

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月11日〜11月16日

リプレイ公開日:2004年11月15日

●オープニング

 その老人は自身のことを、歴史を嗜むものだ、と控えめに称した。つまり、彼は歴史学者だった。どこからどう見ても、豪奢な衣類も食べ物とも縁がなさそうな痩身の老人は、歴史では食っていけないんだよ、と言って笑った。
「それでも、歴史を知ることが好きなのだから、仕方がないね」
 男一人の糊口をしのぐのがやっとというような生活を数十年は続けているはずの老人は、それでも疲れた風もなく、あっさりと言ってのける。歴史を紐解くことに、何らかの大きな夢を持っているからなのだろう。だが、さしあたって、冒険者ギルドは歴史学者とはあまり縁のなさそうな場所だ。受付係は怪訝な顔を隠しもせずに、学者にその用件を問いただした。すると学者は、悠然と頷いてから口を開いた。
「長い間、ずっと確信を持っている説があるんだがね。いかんせん、証拠が何一つないんだよ」
 慌てる様子もなく、学者はゆっくりと話を続けた。
「だが、ようやくその証拠を見つけられるかもしれない場所を特定したんだ。やっと、ね。それなのに、その場所はモンスターが出るかもしれない場所だというじゃないか。話によると、大したモンスターは出ないということだが、一人でその場所まで行くのは、老人には少々荷が重い。第一、周囲を気にしながらでは、証拠探しに没頭できないからね」
 そう言って、老人はさほど大きくはない皮袋を差し出した。中には、一般的な報酬額の範囲ぎりぎりに納まるだけの金が入っていた。
「金は、何とか工面したよ。これで、私を護衛してくれる冒険者を雇えるかな」
 冒険者ギルドの受付係は、老人が懸命に貯めたであろう金を丁寧に受け取り、依頼を受理した。

 老人の依頼は、目的地までの道中、および目的地調査中の護衛である。老人の目的地は、パリから徒歩一日程度に位置する、海を臨む小高い丘。目的地での調査には余裕を持って三日程度を予定している。特に戦う術を持たない老人の護衛である以上、彼を無傷で守ることが第一優先目的となるが、同時に老人が目的の「証拠」を得ることができるだけの周囲の安全を確保することも、重要な要件である。

●今回の参加者

 ea4795 ウォルフガング・ネベレスカ(43歳・♂・クレリック・人間・ロシア王国)
 ea5640 リュリス・アルフェイン(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea6332 アヴィルカ・レジィ(16歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea7378 アイリス・ビントゥ(34歳・♀・ファイター・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea7383 フォボス・ギドー(39歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea7401 アム・ネリア(29歳・♀・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea7586 マギウス・ジル・マルシェ(63歳・♂・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea7916 仁科 桔梗(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 出立の日は、好天だった。よろしく頼むよと言った老人を囲むようにして、冒険者たちは目的地へと向かった。
「あのね、おじいさん。よかったら、ボナパルトに乗るといいと思うのね」
 丁寧な礼を言った老人は、マギウス・ジル・マルシェ(ea7586)の好意を受け入れ、馬に乗った。
「ところで、おじいさんのお名前は?」
 アム・ネリア(ea7401)が老人に尋ねた。
「テオフィル・マレーというんだ。自己紹介が遅れるとは、申し訳なかったね。改めてよろしく頼むよ」
 でも私のことはじいさんと呼んでくれればいいんだよ、と老人は言い足した。

 道中では穏やかな時間が過ぎ、冒険者たちと老人は無事に目的地へ到達した。
「まずは、辺りの安全を確認しないとな。ちょっとそこらを見回ってくる。それまではあまり動くなよ、じいさん」
 海風の吹き抜ける目的地に着いたとたん、持ってきた発掘道具を背負いだした老人を制し、ウォルフガング・ネベレスカ(ea4795)はゆったりと辺りを見渡した。海に臨む小高い丘であるこの場所は草原だが、後ろを振り返れば、何かが出てきそうな森がある。また、海と丘の境は、見事なまでの断崖絶壁だ。
「俺も行こう」
 ウォルフガングに呼応したのは、リュリス・アルフェイン(ea5640)だった。
「それでは、わたくしはおじい様の周りに」
 そう言ったのは、仁科 桔梗(ea7916)だ。傍らで、フォボス・ギドー(ea7383)が頷いた。
「貴殿が盾となるのなら、自分はご老人の側からは少し離れることにしよう。モンスターが現れた時に、すぐに迎撃できるように」
 冒険者たちが周辺と自分の安全に配慮している間にも、気がはやるのか、老人は少し落ちつかなげな様子で、背負ったままの荷物を降ろそうともしない。それを見かねたのは、アイリス・ビントゥ(ea7378)だった。
「お、おじいちゃん。荷物は、あたしが持ちます」
 大丈夫だよという老人と、一時、なごやかな言い争いをした後、アイリスと老人は荷物を半分ずつ持つことになった。
「おじいさん、どの辺りを重点的に調べるの‥‥?」
 アヴィルカ・レジィ(ea6332)が、ペットのドンキーの鼻先を撫でながら言った。
「この辺りから、崖の辺りまでだろうね」
 ちょうど自分の立っている辺りを指差した老人に、アヴィルカはこくりと頷いた。
「その辺りには、危ないものは何者も近づけないようにする‥‥」
 老人が丁寧な礼を言うと、アヴィルカはまた一つ頷いて歩き出した。
「モンスターはいなかったが、あっちの崖は相当危ないな。気をつけてくれよ、じいさん」
 海側の崖を見てきたリュリスが戻ってくると、じきにウォルフガングも戻ってきた。
「森の方には、危なそうな場所はないな。もっとも、何が出てきてもおかしくはない雰囲気だが」
 その報告を聞くなり、老人は嬉々として発掘道具を取り出し始めた。それを、アイリスが手伝う。アムやマギウスも、小さなものを手に持って老人の手伝いを始めた。
「大物を運ぶなら、言ってくれ」
 その様子を眺めてそう言った後、ウォルフガングはデティクトライフフォースを唱えた。
「これで安全確認は、ひとまず完了だ。気の済むまで調査してくれ」
 老人は、大きく頷いた。

「こ、ここを掘るんですか?」
「そうだよ」
 目を丸くしたアイリスを後目に、草原の真ん中で発掘道具を取り出した老人は平然としている。調査を極力手伝おうと、老人の傍らにいたウォルフガングにしてもさすがに呆れ顔だ。ふわりと空を飛んで、空から現れるかもしれない何かを警戒していたアムが口を挟んだ。
「何もなさそうに見えますね」
「長い間、放って置かれた場所なんだよ」
 アイリスやアムと会話しながらも、老人が土を掘る手は止まらない。そして、アイリスとウォルフガング、そして老人は、掘り進めていた場所に現れた大きな石を揃ってどかすことに専念した。
 特別な成果もないまま、その日は夕暮れを迎えた。アイリスが腕を揮ったため、保存食だけの味気ない食事になるはずが、思いのほか楽しめる夕食が揃っている。
「食料にも困っているかと思ったが、案外、準備がいいんだな、じいさん」
「ここを発掘するという夢を叶えるための準備を怠るのは、もったいないじゃないか」
 ウォルフガングの言葉に、老人はゆっくりと答えた。
「なるほどな」
 少し笑ったウォルフガングが口を閉じると、リュリスがふと何かを思い起こしたように食事をしていた手を止めた。
「じいさんは、魔剣について詳しいか。どこかの遺跡に封じられている、とか」
「残念ながら、そういった話は聞いたことがないな。ただ、神話に聞く魔剣は、持ち主にまで被害をもたらす。実在したとしても、それを探すのは薦められないね」
「そうか」
 初めから大した答えは期待できないと察していたのか、リュリスは落胆するわけでもなくあっさりと引き下がった。続いて、桔梗が口を開いた。
「おじい様は結局のところ、何を探しているのかしら」
「人が住んでいた跡が見つかればいい、とは思っているんだが、どうだろうね」
「それは、どうして?」
「私はね。遠い昔、ノルマン王国が打ち立てられるずっと以前に、我々の祖先がここから船に乗って、遠いどこかへ旅立ったんじゃないかと考えているんだよ。この先の海には、南から北への強い流れがある。その流れには、この辺りではこの場所から乗るのがもっとも簡単だ。その流れにのって、私たちの祖先が遠い北の海を越えて、この国では誰も知らないような場所に行っていたのだとしたら」
「だ、だとしたら?」
 アイリスが、身を乗り出してたずねた。
「すごいと思わないかい」
 子供のように無邪気に言う老人に、マギウスがすいと老人に顔を近づけて言った。
「あなたは、とても幸せな人ね。あなたの言うことが本当なのか違うのか、それは分からないけれど、追う夢があるのはとても幸せだと思うのね。ギドーさんも、そう思うよね?」
 唐突に話を振られた、マギウスの友人であるフォボスは軽く肩をすくめて苦笑いした。
「そうだな」
 老人が二人のやり取りを見て笑う。どこか誇らしげな老人の様子に、少し離れた場所にいたアヴィルカが興味深そうに目を瞬かせた。

 夜の間、皆で交代に見張りをしながら火を絶やさなかったためか、モンスターも危険な野生動物も姿を現さなかった。そして朝もアイリスが腕を振るった食事をし、それが終わると老人はいそいそと発掘作業に勤しみ、冒険者たちは昨日のように辺りの安全に気を配っていた。しかし、その日、老人が何かを発見したという喜びの声をあげることはなかった。

 翌日も、辺りは至って平和な様相だった。老人は黙々と土を掘り返しているが、未だ、土の中からは何も出てこない。誰もが僅かな退屈を覚えていた昼過ぎ、老人が声を上げた。
「出た!」
「え、え、ほ、本当ですか、おじいさん!」
 石をどかしたりするなどして、側で老人を手伝っていたアイリスもまた声を上げた。その時だった。辺りを警戒していたアヴィルカが、すっと指を伸ばして森の辺りを指差した。
「何かが動いた‥‥」
 その言葉で、冒険者たちの表情が変わった。素早く森の辺りへと目を凝らす。ゴブリンがいた。
「四体だな」
 素早く数を確認したフォボスが、迎撃するべく剣に手をかけた。それまで発掘現場を覗き込んでいたアイリスも素早く立ち上がり、モンスターへ対峙した。リュリスも、彼らに合わせて動き出す。アムが、素早くコアギュレイトを唱え始めた。傍らでは、マギウスが重い外套を脱ぎ捨てている。後衛に回ったアヴィルカは、素早く夕べの焚き火の後から灰を握り締めると、アッシュエージェンシーを唱え始めた。二人の声に、外套を脱ぎ捨てたマギウスのサンレーザーの詠唱が重なり、辺りの緊張感はいや増した。桔梗は、老人を素早く立ち上がらせると、彼を促してモンスターから遠ざけた。そんな彼女の行動を確認してから、ウォルフガングがブラックホーリーを唱える。
 ゴブリンが近づいた瞬間、フォボスが剣を振るった。繰り出されたスマッシュは、過たずにゴブリンをとらえ、その体に深い傷をつけた。よろめいたゴブリンに、リュリスが側面からの攻撃を加える。残りのゴブリン三体。
「え、え〜い」
 やや気の抜けた掛け声ながら、アイリスの流れるような動きの剣閃は正確にゴブリンの体を切り裂いた。残る二体のゴブリンがゆらりと動き、その場を離れようとしている桔梗と老人に視線を向けた。そのとたん、アッシュエージェンシーを唱えていたアヴィルカが赤い光に包まれ、彼女の分身が現れた。
「ゴブリンの注意をひいて」
 分身がゴブリン二体の前に無防備に飛び出すと、ゴブリンの意識が分身に向けられた。そして、ゴブリンが分身に向かって攻撃すると、瞬時に分身は掻き消えた。その瞬間、アムのコアギュレイトが発動した。一体のゴブリンが動きを止める。間髪をいれずに、マギウスのサンレーザーがそのゴブリンの体を貫いた。次いで、最後にウォルフガングのブラックホーリーが最後のゴブリンを倒した。
 それを見届けた老人は、冒険者たちに向かってありがとうと何度も繰り返しながら頭を下げたのだった。

 翌日までに十分な証拠を掘り出した老人は、冒険者たちと共に街まで戻ってきた。そして、一人一人に丁寧な礼を言いながら、謝礼金を渡したのだった。ウォルフガングやリュリスなどは老人へ金を返そうとしたのだが、老人は頑として彼らの申し出は受け入れなかった。
「夢のためにお金を使う楽しみを、老人から奪うのはひどいと思わないかな」
 そう言われては、ウォルフガングとリュリスにしても引き下がらずを得なかった。
「次は、あの海を渡った人たちを追いかけて、船で調査に行くのも楽しいかもしれないね」
 もっともそれには先立つものを貯めないと、と言って笑う老人は、本当に楽しそうだった。