リンゴ泥棒へのご招待
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■ショートシナリオ
担当:樋野望
対応レベル:1〜3lv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月18日〜11月23日
リプレイ公開日:2004年11月22日
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●オープニング
冒険者ギルドへやってきたのは、この場とは縁のなさそうな風体の、品のよい老婦人だった。
「最近、庭にある木からリンゴをとっていく人がいるの。その人を捕まえて欲しいんです」
何か心当たりはないかと冒険者ギルドの受付係が問うと、老婦人はゆったりと頷いた。
「小さな男の子よ。本当のところ、リンゴは取られてもあまり困らないのだけど、あの木、もうあちらこちらの枝が折れそうで」
そこで、老婦人はさも困り果てたというようにため息を吐いた。
「いつ、あの男の子が木から落ちてしまうかと思うと、心配で心配でたまらないの」
リンゴが欲しいのならあげると声をかけたいのは山々なのだが、老婦人が姿を見せると、その子供はいつも素早く木から飛び降りて逃げさってしまい、彼女が見るのは少年の後ろ姿だけだという。
「だから、あの子を捕まえていただけないかしら。それから、その子を捕まえた後は、私の家に招待して欲しいの。だから、あんまり手荒なことはしないであげてね」
見ず知らずの子供を家に招待するんですかと聞いた受付係に、老婦人は少し笑った。
「一人暮らしで、ちょっと寂しいの」
そして、老婦人はさもいいことを思いついたかのように、ぽんと両手を叩いた。
「ちょうどいいわ。あの子を捕まえてくれた冒険者さんたちも、一緒にリンゴを食べましょう。きっと楽しいわ」
聞いたところによると、老婦人の庭のリンゴはなかなか美味しいらしい。
●リプレイ本文
操群雷(ea7553)の提案で、まずはりんごの木が折れないように枝を補強することにした。群雷をセフィナ・プランティエ(ea8539)が手伝う。必要な板やロープは老婦人の家にあったものの、大工仕事にも似た作業に通じているものはおらず、一同の作業は難航した。それでも、高い枝まで補強することが出来たのは、シフールのアイリス・ヴァルベルク(ea7551)とラフィー・ミティック(ea4439)の協力があったからだ。
子供が現れる前にとばかりに、マギウス・ジル・マルシェ(ea7586)とクラーヴィス・クロスハート(ea1648)が、高い枝で揺れるりんごの収穫を始める。
同じ頃、アム・ネリア(ea7401)が少年に関する話を集めるために、近所の家を回っていた。着実に話を聞きだしていったアムだが、少年の正体を掴むことは出来なかった。唯一有益と思われる情報は、最近、この辺りでは見慣れない子供が北の方へ向かって走り去っていく姿をよく見る、というものだった。
アムがそうして情報を集め、ひとまず老婦人の家へ戻ろうとしている頃、郡雷が木の補強が一段落したところで、冒険者たちの作業を見守っていた老婦人に尋ねた。
「ところで奥サン。りんご泥棒した子供の外見、教えてほしいアル」
「黒い髪で、あまりきれいな服は着ていなかったわ。ズボンなんかは、少し破れていたかしら」
記憶を手繰りながら答えた老婦人に向かって、マギウスが重ねて問う。
「おばあさんは、どうしてりんご泥棒を許すのか、私はそれが知りたいのね」
「私が子供だったころ、とても利かん気が強くてね。どれだけいけないことか分かっていても、お隣のお宅にあった木に登って木の実を無断で失敬するような、そういう子供だったの。それを見咎めてしかってくれたのが、ご近所の方々だったのよ。怒られもしたし、窘められたりもして、恥ずかしかったけれど、それはとてもありがたいことだったと、ずいぶん経ってから思うようになったわ。そんな私の前に、今度は私の木から木の実をとっていく子供が現れるなんて、粋な縁だと思ったの。それが理由」
老婦人の返答は、老人の優しい感傷そのものだった。
老婦人が口を閉じた時、老婦人の家の前の小道まで戻ってきていたアムが、声を上げた。
「あら?」
「どうしました、アムさん」
庭にいるクラーヴィスが尋ねた。
「子供が一人、急に北の方へ走っていってしまいました。ちょうど今、最近、北の方へ走っていく子供がいると聞いたものですから‥‥」
「もしかして、身なりが立派とは言えないような子供ですか?」
セフィナが問うと、アムは頷いた。
「木の様子が違うから警戒して逃げたのかも」
ラフィーの呟きを聞くと、アイリスが即座に言った。
「追いかけないと」
そして、りんご泥棒探しが始まった。
ミミクリーを唱えて素早く、そして静かに走れる猫に変身したアイリスは、りんご泥棒らしき少年の走り去った方向へと向かった。彼女と共に行ったのは、テレパシーを使うことが出来るラフィーとアムだ。シフールの二人は、上空を飛びながら少年の後を追うことが出来る。また、ラフィーのテレパシーを使えば、距離を置きすぎさえしなければ、猫に変身したアイリスとも意思の疎通が可能だった。
三人のシフールとひとまず別れた後、ひとしきり上空を飛んで、老婦人の家から最も近い広場を見つけたマギウスは、彼を手伝うと言うセフィナとそこへと向かった。この広場は、ちょうど老婦人の家から北に位置し、また人通りも多いことから、少年のことを知る子供たちがいるかもしれないと踏んだのだ。クラーヴィスも、二人に同行することにした。
老婦人とともに家に残ったのは、群雷だ。群雷はお菓子作りに必要な大抵の材料はうちにあると思うわという老婦人の言葉に甘え、料理人としての腕を奮うことにした。
「子供の説得は皆に任せて、ワタシはちょっと遅い収穫祭の準備をするアル」
それは楽しそうねと言って老婦人は笑った。
猫に変身したアイリスは、やがて怪しい少年の姿を捉えた。
「アムさんが見かけたのは、あの子だって」
上空にいるラフィーのテレパシーを聞き取り、アイリスはにゃあんと小さく鳴いた。
少年は、徐々に貧相になっていく町並みをどんどん進んでいく。アイリスのミミクリーが切れる直前、少年は一軒の家の前で足を止めた。
手布と銅貨で簡単な手品で子供たちの気を引いたマギウスは、集まってきた子供たちに尋ねた。
「林檎の家のおばあさんが、落し物の持ち主を探しているのね。持ち主は、とてもりんご好きみたいなのね」
マギウスの後に、クラーヴィスが続ける。
「りんご大好きな子、知りませんか?」
クラーヴィスの問いかけに、しらなーい、と子供たちが口々に言う。
「あたし、りんごを毎日食べてる子、知ってるよ」
小さな女の子が、手を大きく上げた。
「どこの子ですか?」
セフィナが尋ねると、女の子はこくりと頷いた。
「向こうの小さな家に住んでる友達。体が弱いから、毎日りんごを食べて元気にならないといけないんだって、その子のお兄ちゃんが言ってた」
一瞬顔を見合わせた三人は、その女の子から「小さな家」の場所を詳しく聞き、急いでその家へと向かった。女の子には、お礼としてマギウスが手品に使った銅貨をあげた。
群雷の提案したりんごを揚げて砂糖をまぶすリンゴ・フリッターや、老婦人のおすすめだというぴりっと辛いスパイシーアップルなどの料理の準備は、着々と進んでいる。
「あとは、お客様が勢ぞろいするだけヨ」
味見をした群雷は、料理の味に満足して少し胸を張った。
少年の後を辿ってきたアイリスとラフィー、そしてアムの三人と、女の子からの情報を頼りに「小さな家」の前までやってきたマギウスとクラーヴィス、そしてセフィナの三人は、少年の入っていったという家の前で勢ぞろいした。
「アムさんが見たっていう男の子は、この家に入って行ったよ」
人の姿に戻っているラフィーが、後からやってきたマギウス、クラーヴィス、セフィナに言う。
「じゃあ、きっとその子がりんご泥棒さんね」
マギウスが言った後、皆が自然に家の扉に目を向けた。セフィナがその扉をそっと叩く。
「誰だ?」
中から、勝気そうな幼い少年の声が返ってきた。
「人を探しているんです。よろしければ、お話させていただけませんか?」
声をかけたのは、アムだ。少し間があってから、扉が薄く開いた。顔を覗かせたのは、少し薄汚れた身なりの少年だった。
「実は、りんごの木をお庭にお持ちのおばあさんが、人を探しているんです」
クラーヴィスが言ったとたん、少年の顔色が変わった。
「そんなの、俺には関係ない!」
その時、家の中から少女のか細い声がした。
「どうしたの、おにいちゃん」
「何でもない。おまえは、大人しく寝てろ。また、具合が悪くなるだろ」
「大丈夫だよ。毎日一個、おにいちゃんのりんごを食べてるんだから」
りんごという言葉に、少年の顔色がまた変わった。
「外行ってくる。寝てろよ!」
家の奥に向かって声を張り上げた少年が、外へ出てきた。そして後ろ手に扉を閉めると、ふてぶてしい口調で言ってのけた。
「そうだよ。おれが、あのばあさんの家のりんご、とってんだよ」
「でも、人の家のものを勝手にとってはいけないわ」
アイリスが、説得を始める。
「そんなこと、分かってる。でも、ばあさんは、高い枝になってるりんごなんてとれないだろ。枝で腐るか鳥に食べられるだけのりんごなら、おれがとってやったほうが、よっぽどいいじゃないか」
まったく、腹立たしいほど口の達者な子供である。
「そのりんごは、あなたが食べるんですか?」
口達者な少年が、セフィナの問いに答えられず、口をつぐんでしまった。
「妹さんにあげてるんじゃないですか?」
「あんたには、関係ないだろ」
「確かに、僕たちには関係ないけどね。でも、あのお家のおばあさんには関係あることだよ?」
ラフィーが、気さくな調子で言い、マギウスが続ける。
「あのお家の老婦人は、人を許せる人なのね。悪いことと分かっているなら、きちんとそれなりの対応をするべきなのね」
「許せる? 誰が?」
「おばあさんが、です」
クラーヴィスの根気強い一言に、少年はぱちぱちと瞬きをした。
「おれ、りんご、とったんだけど」
「あなたさえ良ければ一緒にりんごを食べましょう、とおばあさんはおっしゃってますよ」
クラーヴィスの言葉に、少年はよほど驚いたようだった。
「おれ、こんな格好なんだけど」
確かに、少年の身なりはあまりよくない。正直に言えば、ひどい。貧乏なのだろう。
「あのおばあさん、そういうことを気にする人じゃないと思うな〜」
ラフィーが言うと、少年は顔を俯けた
「一日一個のりんごは医者要らずって言うだろ。妹、体があんまり丈夫じゃないんだけど、医者にかかるような金もないし、それならりんご食べればいいって思ったんだ」
「ください、と言えば良かったんですよ」
セフィナが言う。
「おれみたいな格好のがくださいなんて言っても無駄と思ったんだけど、初めからそう言えばよかったのかな」
少ややあってから、少年はぽつりと言った。
「今から謝っても、遅いかな」
「きっと遅くはないですよ。さあ、行きましょう」
アムが少年の手を引くと、彼は目を見開いた。
「どこに?」
「もちろん、おばあさんのお宅です。今日は、これからりんごパーティーですから」
「操さんが家族も招待するといいって言ってたし、妹さんも連れておいでよ」
ラフィーの一言で、初めて少年の顔が緩んだ。
「さあ、たっぷり食べるアルヨ。全部食べるまでは、お開きにはしないアル」
群雷のそんな一言で始まったパーティーの最中、少年は幾度も老婦人に謝罪の言葉を口にし、老婦人は笑って答え、冒険者たちはそれぞれの特技を披露するなどして、場を盛り上げた。楽しいパーティーは夜遅くまで続き、お開きの間際には、それぞれが望むだけのりんごが手渡されたのだった。