危険な少女のおもてなし

■ショートシナリオ


担当:樋野望

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月23日〜11月28日

リプレイ公開日:2004年11月26日

●オープニング

 ギルドにやってきたのは、肩に届くか届かないかといった辺りで髪を切りそろえた少女だった。幾分人形めいて整った顔に生真面目そうな表情を浮かべている少女は、ギルドの受付に向かうと礼儀正しい仕草で軽く会釈をした。
「わたくし、ティルデと申します」
 きびきびとした口調は、彼女の風貌によく似合っている。
「わたくしどもの住む村には、毎年ちょうどこの時期に旅芸人がやってまいります。これが、海沿いの小さな村の、大きな楽しみの一つなのです。彼らをおもてなしするのは、毎年持ちまわりで一つの家に任せるというのが習慣となっておりまして、今年は我が家が彼らをもてなすことになりました」
 そこで、彼女は僅かに目を伏せた。
「ところが、先日、わたくしの両親が軽傷を負いまして、おもてなしの準備はわたくしが一手に引き受けなければいけないことになりました。これも大事なお役目ですから、準備をいたしますのは吝かではございません」
 でも、と言って、彼女は僅かに口ごもった。だがすぐに顔を挙げると、彼女はきっぱりと言った。
「わたくし、少々粗忽者なのです。一人きりでおもてなしの準備をする自信が、正直まったくございません」
 生真面目な表情をした少女の潔いほどの断言ぶりに、思わず受付係は勢いに飲まれて大きく頷いてしまった。
「そこでお願いなのです。冒険者の方々というのは、色々なことがお出来になると聞いております。ぜひ、おもてなしの準備をお手伝いいただけないでしょうか。もちろん、すばらしいおもてなしの方法をご教授いただけましたら嬉しい限りですが、何もお考えがないようでしたら、おもなしの準備についてはわたくしからご指示申し上げますから、難しいことはございません。おもてなしの準備が何事もなく終われば、それでいいのです。村へのご滞在の最中のお食事や宿泊場所については、わたくしがご用意いたしますから、ご心配なさらず」
 生真面目な少女の危険性の感じられない依頼を聞いた受付係は、これは簡単な依頼だ、と内心で呟きながら、受付用紙とペン、そしてインク壺を少女に向かって差し出した。
「こちらに依頼申請のご署名を」
「はい」
 彼女が、ペンに手を伸ばしたとたんだった。どう手元が狂ったのか、彼女の掴んだペン先がインク壺を引っ掛けた。そして、インク壺は見事に宙を舞って、床に叩きつけられた。
「もうしわけございません」
 相変わらず落ち着いた様子の少女は、割れて大惨事の様相を呈しているインク壺を拾おうというのか、僅かに体を引いた。その瞬間、彼女の後ろに置かれていた椅子に脚を引っ掛けたらしく、椅子が盛大な音を立てて傾いた。倒れる椅子を何とか支えようというのか、彼女が椅子に向かって手を伸ばす。だが、彼女の手は、結果的に椅子をさらに突き飛ばすことになってしまった。そして盛大に飛ばされた椅子は、壁際に置かれていた飾り棚に直撃し、その上に乗っていた花瓶を叩き落すことに成功した。
 インク壺を床に叩き落してから花瓶まで破壊するのに彼女が要した時間は、わずかに五秒。
「わたくし、本当に粗忽者で。いつもこうなのです。外出中は、これでもずいぶん気をつけているつもりなのですけれど」
 五秒でこれだけ物を破壊できるなら、もてなしの準備をする間に何が起こるかは、想像に難くない。溜息を吐いてはいるものの、どちらかといえばきびきびとした動作で辺りを見回す生真面目な風情の少女のとんだ破壊者ぶりに、受付係は唖然とした。
「‥‥いっそ、冒険者に指示だけだして、じっとされていてはいかがです」
 大人しくしていろとはかろうじて言わず、受付係は控えめに提案した。だが、彼女は生真面目な風情で首を振った。
「いいえ。わたくしたち村の者を楽しませてくれる旅芸人の方々をおもてなしするのは、村に生まれた者の大切なお役目です。わたくしが、何もしないでいることは決してなりません」
 あなたが何もしないでいることが、最高のおもてなしへの第一条件ではないか。口の先まで出かかった言葉を何とか飲み込み、受付係は話を変えた。
「ところで、ご両親が怪我を負ったそうですが‥‥?」
「はい。母は、わたくしと薪を家の中へ運んでいる時に。父は、わたくしと海岸沿いを散歩している時に」
 案内係は、その時彼女の両親に何があったかは、もう聞かなかった。黙って彼女の依頼を受け入れ、そして依頼内容を丁寧に記したのだった。

 依頼人の要望は、旅芸人をもてなす準備の手伝いをし、何事もなく準備を完了させること。だたし、依頼人とともに「何事もなく」準備を完了させるには、依頼人の行動に相応の注意を払うことも必要となるだろう。

 これが、冒険者ギルドに舞い込んできた依頼の一つである。

●今回の参加者

 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7906 ボルト・レイヴン(54歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 ea8106 龍宮殿 真那(41歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8603 ハイレッディン・レイス(30歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 ea8684 御剣 平四郎(66歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「よろしくお願いいたします」
 家に迎え入れた冒険者たちに対して、きれいな一礼をして顔を上げたティルデだったが、その勢いが過ぎたのか、一歩後ろに蹈鞴を踏んだ。バランスを崩した彼女の手が、見事な手刀となって横にいたハイレッディン・レイス(ea8603)の顔に向かう。
「うおっ」
 奇妙な声を上げたハイレッディンだったが、かろうじてティルデの手を避けた。よろけたティルデが、何とか体勢を持ち直してから、ほう、と溜息を吐く。
「申し訳ございません。わたくし、先ほどからこんなことばかりで、おもてなしの準備がまったく、全然、これっぽっちも進みません」
「‥‥それだけきっぱりはっきり断言できるほど進まないというのも、ある意味見事じゃの」
 龍宮殿真那(ea8106)が小声で呟くと、ボルト・レイヴン(ea7906)が重々しく頷いた。
「彼女には、十分な注意が必要ですね」
 そして冒険者たちは、ところどころが酷く散らかっている、あるいは破壊されている家の中を見渡して溜息を吐いた。
「さて。わしらは何から始めればいいかのう」
 ヴェガ・キュアノス(ea7463)が素早く尋ねた。質問をして、ティルデの動きを封じようというのである。
「まずは、お部屋を片付けなければ。それから、お料理も」
 生真面目な顔で指折り数えるティルデに、矢継ぎ早に真那が一つの提案をする。
「ジャパン流の飾り付けをするのは、どうじゃろう。花や書道などでの」
「ぜひ、お願いいたします」
 こくりと頷いたティルデに、御剣平四郎(ea8684)がさらに一つの提案を口にした。
「もてなしの宴に、俺はジャパンの剣技を披露しよう。いい余興になると思うんだが」
「そちらも、ぜひお願いいたしますわ」
 やはりこくりと頷いたティルデに対して、次に口を開いたのはハイレッディンだった。ティルデの手刀のこともすでに忘れたのか、ひし、と彼女の両手を手にとって、その顔を覗き込む。
「俺は、ハイレッディン・レイス。海賊だから、奪うことはお手の物だ。今回の獲物は、ティルデのハートさ!」
 ありとあらゆる意味で間違った方向性のナンパに出たハイレッディンに対し、ティルデは手を握り締められたまま、ぱちんと瞬きをした。
「わたくし、ハトは持っておりません」
「‥‥ハトじゃなくて、ハート」
「波頭?」
「‥‥奪うものとしては、波頭はちょっと大きいよな‥‥」
 暖簾に腕押し糠に釘のティルデに、ハイレッディンはがっくりと肩を落とした
「お笑いはもう十分じゃ。さっさと準備に取りかからなければ日も暮れようぞ」
 ヴェガがぱんぱんと手を叩きながら、ハイレッディンとティルデの間に割り込む。
「では、準備に入る前に」
 ボルトがティルデに向かって印を結び、グットラックをかけた。何もやらないよりは、いいに違いない。

「俺は魚釣りに行って来るぜ! 漁師のスキルとくと見よ。釣って釣ってつりまくるぞ〜〜!」
 ハイレッディンが勢いよく宣言する。
「そして、ティルデに俺の凄さを見せつけ身も心も‥‥グフっグッフフフフ〜」
「実も虎口も? この辺りには、ハトはいてもトラはおりませんわ」
「‥‥ハトはもう終わった話だから‥‥」
 相変わらず微妙なティルデの返答に、ハイレッディンは一人悲哀の表情である。
「何にしても、トラのように危ない獣がおらんのは良いことじゃ」
 ハイレッディンとティルデに会話を続けさせると何事も進まないと踏んだのか、真那が強引に場の収拾を図る。
「そうじゃの。さて、わしは台所を借り受けようかの。料理には少々心得があるゆえ。この辺りの郷土料理などを教えてはくれんかの、ティルデ」
「もちろんです。わたくしも、お手伝いしますわ」
「それは頼もしいの」
 ヴェガはそういって頷いて見せたが、もちろんティルデのような危険人物に料理の手伝いをさせるつもりはない。
「料理も大事だが、部屋の片付けもしなくてはな」
「そうでしたわ」
 平四郎の言葉に頷いたティルデに、ボルトがさらに言う。
「部屋の片付けは、家の方がいないと始まりませんからね。まずは、ヴェガさんに料理のレシピをお伝えした後、すぐに片付けにとりかかるというのはいかがでしょう」
「分かりました。そういたします」
 これで、少なくともティルデが料理に手出しをするという事態は、何とか阻止できた。

「何かありましたら、いつでも声をかけてください」
 ヴェガに一通りの料理法を伝えた後、ティルデは言った。
「ありがたい言葉じゃの。じゃが、おぬしには部屋の片付けという重要な仕事があろう。わしのことは気にせず、仕事に精を出すのじゃぞ」
「はい」
 生真面目に頷く少女を台所から見送って、ヴェガは軽く嘆息した。
「‥‥悪い子ではないのじゃがの‥‥」

 部屋の片付けは、ティルデがいない間も、ボルトと平四郎によって着々と進んでいた。もっとも、進んでいたのは、ティルデが余計に散らかした、あるいは破壊した部分だけであり、部屋全体がきれいに片付き始めたというわけではない。
「わたくしも手伝います」
 台所から顔を覗かせたティルデが、足元に転がっていた木彫りの置物らしきものに足をとられてバランスを崩した。このまま転べば大惨事、となる寸前で、平四郎がティルデの体を支えた。平四郎は、思わず呟いた。
「間一髪だな」
「ありがとうございました、平四郎さん」
 そして、ティルデがまた溜息を吐いた。
「わたくし、どうしてこうなのでしょう」
「いや、十分よくやっているよ」
 平四郎が、慌てて口を挟む。ここでティルデが己を省みて、「もっと頑張ります」などと言いって本当に頑張り始めたら、片付くものも片付かない。それが分かっている平四郎は、ボルトにも話に乗るように目配せを送った。
「そうですよ。あちらの隅の棚など、よく整理されていますし」
 平四郎の目配せを受けて、ボルトも慌てて話を合わせる。
「あちらの棚は、母が怪我をする前に片付けておりましたから。そういえば、しばらく埃を払っていませんでした」
「棚掃除は、私がやりましょう。布はありませんか、ティルデさん」
「こちらです」
 ボルトがティルデの機先を制すると、彼女は比較的手近にあった布を彼に差し出した。
「ところで、ティルデ嬢。ジャパンのことは知っているかな?」
「いいえ」
 そしてティルデが何かし始める前に、平四郎が先手を打って話を始める。会話を主体としてティルデの気を片付けから逸らし、比較的被害が及ばないだろうと思われる行為をさせたうえで、平四郎は彼女の行為を必要以上に称えた。これで、ティルデがほとんど何もしないまま、「何かをした」という気分にさせるのである。
 そうこうしていると、花を持った真那と魚入りの桶を持ったハイレッディンが戻ってきた。
「秋の花は華美さにはかけるが、趣があるものじゃ」
 そう言って、真那はようやく片付けられ始めた部屋の片隅にあった花瓶を手に取った。それを見たティルデが、真那に言う。
「お花を生けるのなら、お手伝いしますわ」
 その場に居合わせた者たちは、そろって目配せを交わした。花を生けるという作業なら、花瓶さえ割らせないように気をつけていれば、危険は低い。皆が目でそう語り合った後、真那は微笑んだ。
「では、手伝ってもらおうかの」
「はい」
 花束を受け取ったティルデに、ハイレッディンが桶を突き出して中を指差す。
「魚、たくさん釣れたぜ! ほら」
 そして、ハイレッディンは改めてティルデの顔を見た。
「ティルデの目は、魚の目みたいに丸くて可愛いよな」
「ジャパンという国では、魚の目も美味しく料理するそうです」
「‥‥魚の目の食べ方の話はじゃなくて‥‥」
「魚介類を例えに出して、女性を口説こうとする奴がいるか。不甲斐ない」
 どこかずれた呆れ方をしている平四郎を諸共に、三人の台詞を受け流した真那とボルトが大雑把に口を挟む。
「確かに、ジャパンの魚料理は絶品じゃ」
「その魚も美味しく料理してもらえるといいですね」
 すると、台所からヴェガの声がした。
「はよう魚を持ってきてくれんかえ」
 もてなしの準備は、着々と進んでいる。

 そして、もてなしの準備は、何とか終わった。玄関先には、書道風の看板が出されている。きれいに片付けられた部屋には、ティルデが生け、真那が徹底的にジャパン風に飾り直した花が置かれた。テーブルには、ヴェガが腕を奮った料理が並んでいる。
 家へやってきた旅芸人たちも、そしてそれまで家の一室で療養していたティルデの両親も、もてなしの見事さを口々に褒め称えた。何かをしたように錯覚しているものの、結局は何もしていないティルデもだいぶ満足そうである。ティルデの立ち振る舞いは、真那に徹底的に仕込まれた礼儀作法により、なかなか大人しいものとなっていた。
 旅芸人に混じって、平四郎がジャパン流の剣技を披露するなどして、もてなしの宴は盛況となった。
「ところで、妾の良人をご存知の方はいないかのう。復興戦役以来行方が分からんのじゃが‥‥。戦死したか、行方不明か、それも分からん有様でのう」
 しかし、方々を旅している旅芸人たちも見覚えのない顔だと言うのを聞き、真那は重い溜息を吐いた。
「いつか、きっと見つかります。絶対です」
「‥‥そうじゃな」
 ティルデの断言に、真那は小さく笑って頷いた。するとハイレッディンが、勢い込んで言った。
「そうだ! 俺がティルデと運命の出会いを果たしたように、真那だってきっといつかまた良人に会えるに決まってる!!」
「果たし状ですか?」
「‥‥決闘じゃなくて‥‥」
「まこと、面妖な会話じゃの」
 ヴェガがあきれ混じりに呟くと、皆そろって溜息を吐いたのだった。

 もてなしも無事に終わり、冒険者たちは依頼を果たしたとして、ティルデの家を離れることになった。ありがとうございました、とティルデが丁寧に言う。そして、彼女は初めて生真面目な表情を崩し、大きな笑みを浮かべた。
「とても、楽しかったです」
 その言葉と共に、冒険者たちの仕事は終わった。