【ドラゴン襲来】洞に潜む手負いのドラゴン

■ショートシナリオ


担当:樋野望

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月29日〜12月04日

リプレイ公開日:2004年12月03日

●オープニング

 港町ドレスタッドから徒歩半日程度の場所に、満ち潮になれば奥まで海水が流れ込み、引き潮になれば奥まで徒歩でたどり着くことの出来る洞がある。その洞から、時に空を切らんばかりに甲高く、時に地を這わんばかりに低いうめき声が漏れ聞こえてくるようになった。およそ人のものではない声に、近隣の村人は震え上がり、困惑した。だが、海を相手に長年暮らしてきた者としての矜持を振り絞った村人数人が、声の主が何であるかを調べるべく洞の中へと入った。
 中にいたのは、二体のドラゴンだった。川、そして時折海にも現れる、リバードラゴンである。
 理由は分からないが、ドラゴンたちはすでに手傷を負っていた。しかし、手負いとはいえドラゴンはドラゴンだ。人影を見るなり攻撃をしてきたドラゴンたちからほうほうの体で逃げ出してきた村人たちは、日ごろから頼りにしている村長にして村唯一の聖職者に相談をした。曰く、あのドラゴンたちをどうしたらいいのかと。
 そして、ついに村人たちは、ドラゴンへの対応を冒険者たちに委ねることにした。
「つい先ごろから、ドラゴンたちが群れをなしてドレスタッド周辺を襲い始めたとか。ドラゴンが群れをなすなど、普通では考えられません。一体何が起きているのでしょうか」
 村の代表として冒険者ギルドへやってきた村長は、謹厳実直という言葉をそのまま体現したかのような顔を歪ませて、細く長いため息を吐いた。
「この異常事態のおかげで、我が村の者たちは傷を負ったドラゴンにもおびえ、海へ近づくことも出来ず、漁に出ることも控えている有様です。このままでは、じきに生活もままならなくなるでしょう。そうなる前に、二体のドラゴンを何とかして欲しいのです」
 一度言葉を切った村長は、固い顔をしたまま続けた。
「村の皆は弱ったドラゴンなど殺してしまえと言いますが、個人的には、そのドラゴンを殺してしまうのには、賛成できないのです。もともと、リバードラゴンは比較的気性が穏やかだと言いますし、弱ったものを襲うというのはあまりにも非道ではないでしょうか。テレパシーでなら、何とかドラゴンとも会話が成り立つと聞きます。可能であれば、ドラゴンを説得したうえで、ドラゴンたちに村に危害を加えないよう、約束をさせて欲しい。しかし、手負いの獅子ならぬ手負いのドラゴンですから、人を見れば攻撃してくることでしょう。ですから、止む無くドラゴンたちを殺すことがあったとしても、それは仕方のないことかもしれませんが‥‥」
 村を守る村長としての顔と、生きとし生けるものを慈しむ聖職者としての顔の二つに苦渋を滲ませ、彼は語尾を曖昧に濁らせた。そしてしばらく沈黙した後、村長はきっぱりと言った。
「私の依頼は、あくまでも『ドラゴンが村に危害を加えないようにさせること』です。洞の中で使用する明かりなどは、こちらで用意いたしますので、どうぞ、よろしくお願いいたします」

●今回の参加者

 ea2248 キャプテン・ミストラル(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea6027 ウォ・ウー(40歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea8603 ハイレッディン・レイス(30歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 ea8872 アリア・シンクレア(25歳・♀・バード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

「とりあえずは、リバードラゴンの説得が目的ってことで」
 ハイレッディン・レイス(ea8603)が言う。それを受けて、キャプテン・ミストラル(ea2248)が案内役を買って出た村長に向き直った。
「説得のとき、ドラゴンさんが何か要求してくるかも知れませんが、できるだけ従ってあげてくださいねー?」
「しっかし、物騒よね。ドラゴンが群れで人を襲うなんて」
 頷いた村長をやや遠巻きに眺めていたラファエル・クアルト(ea8898)は、一人のんきな風情で大きく伸びをした。その傍らでアリア・シンクレア(ea8872)が軽く頷く。
「今回のドラゴン襲来はただごととは思えませんね。今後のことを考えれば、なぜ彼らがやって来たのかをつきとめる必要があるでしょう」
 村長は、ハーフエルフの二人が珍しいのか忌避しているのか、そんな彼らを眇めた目で見ていた。
「行こう」
 ウォ・ウー(ea6027)が落ち着いた態度で、彼らを促した。
「そうじゃな。ここで長居をしても仕方ない」
 ヴェガ・キュアノス(ea7463)がウォの言葉に頷き、冒険者たちは洞の中へと足を踏み入れた。

 洞の中に響くのは、冒険者の足音、冒険者たちが持つ灯りがぱちりとはぜる音、そして時折どこかから聞こえる水音だけだ。
「何か聞こえるか」
 優良聴覚を持つアリアに、ウォが淡々と尋ねる。
「今は、何も」
 アリアは、緩く頭を振った。ハーフエルフの一挙一動が気にかかるらしい村長の微妙な表情が、赤い灯りに映る。
「失礼しちゃうわよねえ。アリアちゃんでそんなに珍しいんなら、私なんて珍獣以上? ドラゴンの生死にまで気をつかうお優しい聖職者様のわりに、狭量ね」
 男だというのにごく自然に女のように話すハーフエルフのラファエルが、あっけらかんと言い放った。さすがに戸惑った様子の村長は、わずかの間の後、細く長い息を吐く。
「申し訳ない。私も、色々と精進が足りないようです」
「別に、かまいません」
 慣れているとばかりに、アリアの返答は簡潔だった。

「この先の広間に、干潮時でも水が引かない淵があります。村人がドラゴンを見たのも、その淵です。そこへかなり近づくまでは、何物の気配もなかったとか」
 狭い洞が突然ぽっかりと開き、村長の言葉どおり広間めいた空間が現れた。アリアは波音に向かってサウンドワードを唱えたが、海水が岩にぶつかる音だという返答しか得られなかった。
「かなり近づくまでは、ドラゴンは現れなかったとそう申されたな?」
 ヴェガの問いに村長が答える間もなく、横から口を挟んだのはハイレッディンだった。
「だったら、近づくまでだな!」
 言うなり、ハイレッディンは淵へと歩き始めた。軽く嘆息めいた息を吐き出したウォが、彼の後を追って歩き始める。
「テレパシーを」
 ドラゴンが出てきたら後方からテレパシーを使って欲しいということなのだろう。ウォは一度振り返って、アリアにそう言った。
「私も行きまーす! ドラゴン説得するなら、とりあえず近づかないと」
 キャプテンも、慎重に波打ち際に向かう。
「あたしは、この辺にいるわ。アリアちゃんが、安心してテレパシーを使えるようにしないとね」
 軽く言い、ラファエルはどう見ても戦闘向きではない村長をちらりと見た。自分たちハーフエルフと共に後方に留まることをよしとするか否かという、無言の問いだ。
「村長殿は、ここに留まるがよかろうぞ」
 ラファエルのあっけらかんとした、だが返答に困る問いをやんわりと和らげたのは、やはり後方に留まるヴェガだった。村長は戸惑った顔をしただけで、何も言わない。
 洞の中の海面からは、波の音以外はしない。切り立った断崖のように波打ち際から急激に深く落ち込んでいる淵は、まさに深淵だ。
 その深淵が、突然揺れた。細かい泡が、一瞬にして海面に立ち上る。数は二つ。
 水際にいた三人の冒険者たちがとっさに身構えて防御姿勢をとった瞬間、海蛇めいた体が続けざまに二つ、海中から飛び出した。大きく開いた口から伸びる牙が、ウォとハイレッディンを襲う。ウォは、とっさに持っていた灯りを投げ捨てるとメタルロッドを構えて、ドラゴンの牙を受け流した。ハイレッディンは、牙を見据えたまま横に飛んだ。牙が、ハイレッディンの肩口の脇で、がちりと音を立てる。体中に傷跡があるが、それでもなおドラゴンたちの動きは侮れない。
「落ち着いてくださーい! 私たちに攻撃をする意思はありません!」
 攻撃を免れたキャプテンは、言うと同時に装備していた剣を地面に投げ捨てた。だが、彼らは彼女にちらりと目を向けただけで、すぐに海中深くに潜ってしまう。後方のアリアはシャドウバインディングを唱えようとしたが、リバードラゴンたちがすぐに海中へ潜ってしまったため、詠唱を諦めた。海面に漂うのは、再び白く細かい泡だけとなった。
「アリアちゃん、危ないわ」
 ラファエルは、アリアを僅かに後方へと下がらせた。
「次が、来る」
 ウォが呟く。同時に、立ち上る泡が再び大きくなった。淵際の三人は、今度は素早くドラゴンの牙による攻撃が届かない位置まで下がった。再び海面から高く飛び上がったリバードラゴンたちだったが、彼らの牙は冒険者たちに届くことはなかった。
「俺は、危害を加える気はない!!」
 ハイレッディンもまた、キャプテンと同じく武器を投げ捨て、突然服に手をかけた。
「決しておまえたちを傷つけはしないぞ〜!!」
 何を考えているのか、ドラゴンたちの前で服を脱ぎ始めたハイレッディンに、幾分離れたところにいたヴェガが思わず声を張り上げた。
「おぬしは何をしておるのじゃ!」
「やめてくださいよー!!」
 キャプテンにまで怒鳴られたハイレッディンだが、上半身を半裸にしたままけろりと言い放った。
「全裸なら、警戒心も解けるかと思って」
「リバードラゴンが雌なら余計に気を立てるわ、この阿呆めが!」
 ヴェガの怒鳴り声を聞きながら、ラファエルはアリアに言った。
「いろんな意味で頭痛いけど、今がチャンスみたいよ」
「はい」
 アリアが、すぐに気を取り直してテレパシーを唱えた。銀色の光が一瞬洞の中を照らすと、海面のドラゴンたちが低いうなり声を立てた。
「私たちは、あなたたちと話し合うために来ました。危害を加えるつもりはありません」
 それでも彼らのうなり声は止まず、ウォは相変わらず油断なくドラゴンたちの動向を見守っている。だが、彼の目は、攻撃を加えようとするものの目ではなく、もっとやわらかい色味をしていた。
「あー、言葉は分かんないでしょうけど‥‥。見て、私たち無駄に戦いたくないのよ」
 ラファエルもまた、敵意のないことを示そうと、ゆっくりと武器を手放した。
「わしらには怪我を治すことも出来るのだと、伝えてくれないかの」
 ヴェガが言うと、アリアは頷いた。
『人ノ助ケ、イラヌ』
 ヴェガの言葉を伝えると、ドラゴンから鮮明な思念が返ってきた。
「何で怪我して、何でこの洞窟にいるんでしょうか」
 キャプテンが、アリアに向かって言い、アリアがそれをドラゴンに伝える。
『我、探ス。人、我ラヲ、攻撃スル。人、盗ッタ。大切ナ、モノ』
「私たちは、あなた方から何もとっていません。私たちには、あなた方に危害を加えるつもりはないのです」
 だが、ドラゴンはアリアの言葉を聞き入れなかったようだ。
『カエセ!』
 音のない思念がアリアの脳裏を焼くと同時に、それまでテレパシーで会話をしていたドラゴンが、突然飛び上がった。鈍い白に光る牙が、半裸のハイレッディンを襲う。とっさに身構えたハイレッディンだったが、次の瞬間には、冷たい海水をかぶってきょとんとすることになった。ドラゴンは、寸でのところで攻撃を止め、体を翻して海の中へ戻ったのだ。その時、村長を含む全てのものが、ドラゴンから比較的近いところにいた。
『ナイ。我ラノ探スモノ、ナイ』
 それまで『我』としか言わなかったドラゴンが、初めて『我ら』と言った。
「何を探してるのよ」
 ラファエルの言葉を伝えると、ドラゴンは一声唸った。
『大切ナ、モノ』
「それじゃあ、分からないわよ!」
 埒のあかないドラゴンの返答を聞き、キャプテンは率直な願いを口にした。
「この近くの村人さんが、あなた達が怖くて海に出れず生活できないって言ってるんですよー。あなた達の要求には可能な限り応じると言ってますから、村人さん達に危害を加えないって、約束してくれませんか?」
 アリアがキャプテンの言葉を伝えると、ドラゴンは短く、強い思念を放った。
『約束』
 その言葉がドラゴンにとってどんな意味を持つのかは、誰にも分からない。だが、その言葉がドラゴンたちにとって非常に重いものなのだということが察せるほど、その思念は強かった。
『探ス』
「探せばいいのですか?」
 アリアが問うと、テレパシーで会話をしていたリバードラゴンが、そうだと言っているのか、半ば海面に出していた体をくねらせた。
『約束、守ル。人、襲ワナイ。ココニハ、ナイ。探ス』
「何をでしょうか?」
『大切ナ、モノ。契約ノ、約束ノ、モノ』
 そう言うと、ドラゴンはもう一度体をくねらせると、海中へと沈んだ。続いて、冒険者たちを一瞥したもう一匹のドラゴンも、海中へと消える。
『約束。探ス』
 最後の思念を残し、洞は静まり返った。
「‥‥交渉成立、かしら?」
「そのようです」
 ラファエルとアリアが呟くように言うと、ウォが安堵したように緩く目を閉じた。その傍らで、ハイレッディンが勢い込む。
「裸の威力だな!!」
「違います!」
 キャプテンが間髪入れずに言い、ヴェガはもう疲れたとばかりに頭を振った。
「早う服を着たらどうじゃ。まあ、馬鹿は風邪を引かんとは言うがのう」
 そして、冒険者たちは武器を拾い上げると、洞を後にした。

 リバードラゴンたちに村を襲わないと約束させた冒険者たちに、村長は深く頭を下げた。
「心から感謝いたします」
 その言葉は、彼が幾分忌避していたハーフエルフたちにも、等しく向けられたのだった。