ドラゴン襲来の余波 〜ドラゴンの鱗?〜

■ショートシナリオ


担当:樋野望

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月09日〜12月14日

リプレイ公開日:2004年12月14日

●オープニング

 ドレスタッドのとある広場では、定期的に小さな市場が開かれる。市場への出店を取り仕切っているのは、エルヴィンという名の初老の男だ。市場を取り仕切るとはいえ、出店する者たちから金を徴収するわけではない。ただ、次第に大きくなる市の秩序を保とうと動いているうちに、ごく自然に取り仕切る役目を負ってしまったというだけのことだ。
 小さな市場はその規模に見合うだけの活気に溢れている、穏やかなものだった。だが、つい先頃から、その様子が市場の一部で急変した。市の片隅に、突然人々が異常なほどに集まる店が現れたのだ。怪訝に思ったエルヴィンは、押し寄せる客たちを掻き分け、強引にその店の主に声をかけた。異国から来たらしく、店主は東洋風の顔をしている。
「ドラゴンの鱗を売っていると聞いたが、それは本物か、店主」
 その店に、ドラゴンの鱗を一目見ようとする人が押し寄せているのだ。
「もちろんでさ」
 貧相な小悪党といった風情の店主は、にやりと笑った。
「このドラゴンの鱗を身につけていれば、ドラゴンが襲ってくるこたあありませんよ。ドラゴンの鱗一つもってりゃ、奴らはそれだけで持ち主を襲わなくなる」
 ここドレスタッドにもドラゴンたちが群れをなして襲ってくるという、異常事態が起きていた。誰もが、皆ドラゴンたちを恐れている。ドラゴンに襲われることがなくなるという効能が本当であるなら、喉から手が出るほど欲しがる者はいるだろう。それが、たとえエルヴィンのような一般民にはが出ない1000Gという額であってもだ。
「ドラゴンの鱗に、本当にそんな効果はあるのかね。そもそも、その鱗は本物なのか?」
 あからさまに胡散臭いと考えたエルヴィンは、店主を問い詰めた。
「本物ですとも。これは正真正銘、俺が倒したドラゴンの鱗。もっとも、信じる信じないは買う方の自由ですがね」
「それを見せてもらえないかな」
「残念ながら、それに触れていいのは金を払ったやつだけだ」
 店主は、男の手を振り払った。エルヴィンが「ドラゴンの鱗」なるものを手にとってじっくりと見ることは出来なかったが、頑強で金属めいて鈍く光るうろこ状のそれは、幾分細工をした鋼にも見えるものだった。
「おれをお疑いのようだがね、だんなにこの鱗が贋物かどうか、分かるのかい。効果もお疑いのようだが、鱗持ったことがない人間にゃ、効果のほどは分かんないだろ」
 だが、ドラゴンの鱗を持っていればドラゴンに襲われないなどという話は、これまで聞いたことがない。法外な値といい、明らかに胡散臭い。もし「ドラゴンの鱗」が贋物であれば、店主のやっていることは詐欺である。多くの人々は胡散臭いと思っているようだったが、それでもすでにいくつかの「ドラゴンの鱗」は売れてしまったようだ。
 生真面目が過ぎるほどに、健全な市場を守ることを自らに任じているエルヴィンには、心情的にそんな店の出店は認められなかった。自分が詐欺の片棒を担いでいるように思えるからである。だが、「ドラゴンの鱗」が贋物であるかどうかは分からない以上、乱暴に出店を止めさせるのも気が引ける。悩んだ末、エルヴィンは知人友人と相談し、店主の素性を探ることにした。
 だが、店主の素性は杳として知れなかった。店主を知るものは見つからず、また、市場から去る店主の後をつけても必ず途中で見失ってしまうのだ。見失う直前、男は煙に包まれる。その煙が消えたときには、もう姿はそこにない。またある時は、店主が振り向いた瞬間、後をつけていた者たちは眠りに落ちてしまった。
 そんなことが幾度か続き、エルヴィンたちは困り果てると同時に、店主に対する疑いを深めた。これほどに逃げるのなら、きっと店主の戻る先には何か後ろ暗いことがあるに違いない、というわけである。
 そして、エルヴィンはとうとう冒険者ギルドの扉を叩いた。

 彼の依頼は、店主の後を追ってその住処を見つけ、可能であれば「ドラゴンの鱗」なるものが本物であるか否かを調べて欲しい、というものである。

●今回の参加者

 ea7612 斬 大楼(32歳・♂・ファイター・ドワーフ・華仙教大国)
 ea8603 ハイレッディン・レイス(30歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9085 エルトウィン・クリストフ(22歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 冒険者たちはひとまず冒険者ギルドに集まり、ざっと打ち合わせをした後、とりあえずは問題の男が現れる市場へと向かった。朝から始まっている市は、正午を回ったこの時刻でも、まだ十二分以上に賑わっている。
 ドワーフの斬大楼(ea7612)は、市場に立ち並ぶ店を、まるで一介の買い物客といった風情で覗くことから始めた。
「ああ、あの鱗売りね」
 果物を売る店の女主人は、あからさまに顔をゆがめた。
「うさんくさいったらないよ。あんなものに大金払う奴らがいるなんて、あたしにゃ信じられないね」
「何故胡散臭いと思われるのじゃ、店主殿?」
「だってあの男、自分のこと、何一つ話しゃしない。話さないってことは、話せないってことじゃないか」
 女主人の言い草に苦笑しつつ、大楼は彼女の話に耳を傾けた。
「知ってるのは、あの男がどの辺りに住んでるかってことだけだよ。正確な場所は分からないけどね。この市場に来る時も変える時も、必ず東の大通りから来るんだ。あっちの方に住処があるんだろ」
 相当に大雑把な情報だが参考にはなるだろうかと、大楼はひげを撫でつけながら思案した。

 だが、今日、「ドラゴンの鱗」を売るという男はなかなか現れなかった。冬の日が暮れるのは早い。気の早い一番星が、西の低い空に一つだけ浮かんでいる。その星を一人で見上げ、ハイレッディン・レイス(ea8603)はぽつりと呟いた。
「お星様〜お願い」
 律儀に両手と組み合わせ、ハイレッディンは星に向かって言った。その様は、まるで恋する乙女のような真摯さすら感じさせるものだった。
「調査が成功しますように」
 生真面目な口調の祈りだった。
「尾行まで行きませんように。それから、海賊として大成しますように。ついでに、女性にもてますように」
 乙女のような祈りが何か不穏な色合いをまとい始めたことにも気づかず、興がのったハイレッディンはきっぱりと言った。
「もてもてになった暁には、たくさんの女性とこんなことやそんなこと、とても口には出せないあ〜んなことまで全部できますように!!」
 その祈りが聞き届けられるのか否かはともかく、さしあたって、ハイレッディンは打ち合わせ通りに動くため、寒風吹きすさぶ場所で一人、男が現れるのを待っている。

「今日はもう駄目かしらね」
 ハーフエルフに対する露骨な忌避の目や通りすがりに投げつけられる罵声にも飽きたのか、ラファエル・クアルト(ea8898)が大きく伸びをした。ハーフエルフの彼だが、明らかな忌避や異端への激しい嫌悪、あるいは好奇の目を気にした風もなく、特徴である耳を隠そうともしていない。
「待って、あそこ」
 こちらは髪で耳を隠したエルトウィン・クリストフ(ea9085)が、ラファエルの腕を引いて広場の隅を指差した。貧相な体躯だが抜け目のない動作の男が、今頃店を開こうというのか、敷物を敷き始めている。辺りには、すでに人々が集まっているのが見て取れた。
「ほら、今日も来たわよ」
「ドラゴンの鱗を売ってるっていう?」
 周囲から、そんな声が聞こえてきた。一度顔を見合わせた二人のハーフエルフは、急いで男の店へと向かった。
「こういう時、ハーフエルフって便利よね」
「気にならない?」
「ならないわ。私を否定する人は、愛し合うって行為を侮辱してる人だもの。その程度の人間に何を言われてもどんなふうに見られたって、気にもならないわよ」
 皮肉の欠片もないさらりとした口調で、自分をよけていく人の波を眺め、ラファエルは軽く笑った。そして、結果的に人が減ってしまった店の前に、エルトウィンともども割り込んだのだった。
「ハーフエルフに売るもんはないぞ。消えろ」
 ぴしゃりと言った男にそれ以上続けさせないよう、エルトウィンは巧みな話術で口を挟んだ。
「ねぇ、オジサン。ドラゴンの鱗を売ってるって聞いたんだけど、それって自分でドラゴンをやっつけたってコトよね? すごいなぁ、尊敬しちゃうよ。ねえ?」
 エルトウィンはラファエルに、男に見咎められないよう素早く片目を閉じて合図を送った。
「本当ね。スゴ〜イ。てか親父さん、凄腕冒険者とか? 冒険者の端くれとしては、ちょっと嫉妬するわね」
 ごく自然にラファエルも、エルトウィンに調子を合わせる。手放しで褒められて気を緩めないでいるのは、難しいものだ。男はそれでも嫌そうな目を向けたが、それ以上ラファエルを遠ざけようとはしなくなった。
「ねぇちょっと、聞いた? このオジサン、ドラゴンの鱗を持ってるんですって‥カッコいいなぁ‥‥。鱗、見せてほしいなぁ‥‥だめ?」
 エルトウィンの言葉に、周囲の客たちが数人頷いた。買うと決めた者にしか触れさせない「ドラゴンの鱗」だ。ろくに見たことがない者は多い。噂が一人歩きしている現状、「ドラゴンの鱗」を見たがる者が大勢いても不思議はなかった。
「私、この前にドラゴンの見たんだけど、実物見たら恐くてさ〜。鱗が効くならやっぱ欲しいわよね。襲われるのなんて、二度とごめんよ」
「まったくまったく。わしも、ドラゴンが怖くてのう。我が身惜しさに、噂を聞いて駆けつけたんじゃ」
 立派なひげを撫でつけながら、こちらもごく自然な動作で割り込んできたのは、大楼だ。品定めをする目を見咎められないよう、マントを深く被っている。
「どうじゃ、ご主人。一度、ドラゴンの鱗とやらを見せてもらえんかのう」
 男はそれでも頷かなかった。だが、巧みに周囲の見物人までもを巻き込むエルトウィンの説得に押し切られそうにはなっている。後もう一押しだ。三人がそんな思いで顔を見合わせたときだった。
「ダ〜ハッハッハッハ〜〜〜〜ハハハハハハハハ!!!」
 その場に居合わせた人々は、冒険者たちを除いて、皆驚いて声の聞こえてきた方向を見上げた。視線の先には、二階家の屋根に立つハイレッディンがいた。寒風吹きすさぶ中、この時のために星に祈りながら屋根にへばりついていたのである。気合も入るというものだ。ハイレッディンはまっすぐにドラゴンの鱗を売る男を指差して、声を張り上げた。
「貴様の売っているドラゴンの鱗は、俺が昨日の内に掏り替えて置いた真っ赤な偽物だ!! 嘘だと思うなら確認するんだな」
「確かに男の気をひけとは言ったけど、誰か、あそこまでやれって言った?」
 ラファエルの低い声に、大楼とエルトウィンはかすかに首を横に振った。
「言わないよ」
「あれは、完全にハイレッディン殿の趣味じゃろうな‥‥」
 三人のぼやきとも呆れともつかない会話はともかくとして、男の顔色が変わった。
「馬鹿な」
「あれ、もしかしたら最近噂の凄腕すりってヤツじゃない? オジサン、本当に大丈夫?」
 呟いた男の不安を、適当な嘘を口にしたエルトウィンが巧みに煽る。
「そうよ。念のため、確認したら?」
 ラファエルもその尻馬に乗った。すると、店主が慌てて、「ドラゴンの鱗」が入っているらしい袋の中を改め始めた。よほど慌てたのか、そのうちの一枚がぽろりと零れ落ちた。それをエルトウィンが素早く掴む。そして、流れるような動きでその「ドラゴンの鱗」を大楼に押し付けた。大楼は、「ドラゴンの鱗」に向かって目を眇めた。鍛冶に長けている大楼には、「ドラゴンの鱗」が何であるか、すぐに分かった。これは、明らかに鋼だ。なかなかに精巧な細工が施されており、「ドラゴンの鱗」らしいかはともかくとして、何らかのもっともらしさを持っている。お守りらしく見えるとでも言うべきか。
 とはいえ、これは贋物だ。
 瞬時にそう判断した大楼は、くしゃみを一つした。それが、合図だ。ラファエルとエルトウィンが反応すると同時に、何を察したのか、男がとるものもろくにとらず、その場から飛びのいた。そして、そのまま全速力で駆け出した。
「その男を捕まえるのじゃ! ドラゴンの鱗というのは贋物じゃ! あれはただの鋼の板に相違ない!!」
 大楼が、周囲の見物人や客に向かって声を張り上げた。その間にも男は人ごみを掻き分けるようにして走り、ラファエルとエルトウィンがその後を追う。
「東の大通りの方へ行ったぞ!!」
 屋根の上に陣取ったままのハイレッディンもまた声を張り上げ、男の逃げる方を指差した。
「皆、捕まえて! 詐欺師だよ!!」
 エルトウィンが詐欺師という言葉を強調すると、急展開についていけなかった周囲の人々が、ようやく逃げる男を捕まえようと動き出す。
「待ちやがれ!」
「よくもだましやがったな!」
 そんな声と共に、逃げる男に向かってその場に居合わせた人々の手が伸び始めた。こうなると、さすがに男の逃げ足も鈍る。一度、何らかの術を使おうというのか、足を止めて印を結ぼうとした男だったが、結局周囲から伸びる手を払いのけきれず、あえなく御用となった。男の住処は彼の自供によってすぐに判明し、そこへ向かった冒険者たちは、「ドラゴンの鱗」を作るために使ったと見られる道具を見つけたのだった。男に術を使わせる間もなく証拠を掴んだ冒険者たちの、作戦勝ちだった。

「大成功だね!」
 結局は贋物だった「ドラゴンの鱗」を売っていた男を、市場を取り仕切るエルヴィンに引渡した後、エルトウィンは嬉しげに笑った。
「市場で晒し者状態のあの男の顔は、見ものじゃったな」
 大楼が、情けない男の表情を思い出したのか、笑い声を立てる。
「そうよね〜。いい気味よ」
 星が瞬いている夜空を見上げ、ラファエルは満足げに伸びをした。
「俺が、お星様にお願いした効果もあったってわけだな!」
 至極自慢げに言うハイレッディンを見て、他の三人は揃って溜息を吐いた。だが、じきにエルトウィンが笑い出す。
「でも、まあ、ちょっと星にお祈りしたくなるくらいには、イイ気分だよね」
「確かに、いい星空じゃ」
「これで流れ星でも拝めれば、完璧ね」
「そうだろ?」
 そんな会話をしながら、冒険者たちは笑いあったのだった。