夢を失くした青年
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:HIRO
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月29日〜11月02日
リプレイ公開日:2006年11月01日
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●オープニング
青年は夢を失くす前に記憶を失くした。いや、ひょっとしたら同時に失ったのかもしれない。そして、それ以上に失くしたものも多かった。
忙しい日々に心の安らぎを得るため、家族ぐるみで高原まで野遊びに出た帰り。悲劇は起こった。
歯車は狂う。家族を乗せた馬車は険しい山道を滑り出す! どうしたわけか、馬が驚き、大駆けを始めたのだ。
運命は止まらない。青年がどれだけ必死に手綱を引いても。
そして・・・・飛んだ。馬も馬車も青年も青年の記憶も。
崖の下。砕かれた馬車と・・・・残骸と変わらない無残な姿を晒す命であったもの。
青年だけが奇跡的に命を取り留めていた。そして取り留めていたのは命だけだった。
名前はファリス。ファリス・ランドル。村人がそれだけを教えてくれた。記憶を喪失した青年はファリスという馴染みないような名前を甘んじて受けた。そうする以外になかった。
お前は生まれてからずっと眠っていて、今初めて目を醒ました。そういう病気だったんだよ。
村長は家族の死を知らせるよりは幸せだろうと、ファリスにそう言い続けた。
きっと何かあったんだろう。ファリスは何となく察してはいた。村人のよそよそしい態度。哀れむような視線。ひそひそと囁かれる陰口。居心地が悪い・・・・。変に気を回され、変に気を回さねばならない。ファリスは居場所すら失っていた。
ファリスは村を出て行く決心をした。少ない荷物を袋に詰め、自分探しの旅路へと。
焦ることはなかった。赴きたい地も、赴かなくてはならない地も、会いたい人も、会わなければいけない人もない。
そう、命の他にただひとつ残されていたもの、それは自由。大空を気ままに流れる雲のような果てしない自由だけが、ファリスにはまだ残されていた。
道中、食べ物にはさほど困らなかった。歩けば、森も見えたし、川もあった。贅沢を言わなければ、充分に食料にありつけた。寝床はどこでも良かった。雨風さえ凌げれば。森の木の下で毛布に包まれて寝ることも少なくはなかった。
空を見上げるのが好きだった。雲が彷徨う様を見るのが好きだった。星々の輝きを心に写し取るのが好きだった。気が向けば、一日中、草原に寝転がり、空を見上げて過ごす日もあった。
困ったのは、すぐにボロボロになる靴と服だった。一日中歩くのだ、衣類の傷みが激しいのも仕方ないことだろう。そのため、必然的に金が必要になってくるのだが、持っていた金はいつの間にか煙のように消えていた。
どうして金を工面しようか。考えたが、何もいい案は浮かばなかった。しかし思いもしないところから、解決策は見出せた。
寝付けない夜だった。いつものように森の木陰に寝そべり、目を瞑るが、どうしても寝付けない。そんな時、焚き火にくべるはずだった木の枝をふと手に取った。太く力強い枝。どうしたわけか不思議な魅力、生命力を内包しているように感じられた。そうしようと思ったわけではない。自然に体が動いていた。ナイフを手に取り、枝を削る。それはどんどんと形を成していった。宵闇が朱に染まり始めた頃、生命力に満ちていた枝には確かに命が吹き込まれていた。ただの木枝に過ぎなかったものは神々しい聖母像と化していたのだ。
その聖母像を欲しがる商人と出会った。商人は稀に見る素晴らしい出来だと褒めちぎった上、驚くほどの高値で像を引き取ったのだ。ファリスに取っては願ってもないこと。新しい衣類と靴を買っても、まだおつりはたっぷり来たのだから。
試しにもうひとつ彫り、違う村の商人に持っていった。そこでもやはり絶賛される。
それ以来、彼は彫刻で生計を立て始めた。
雲のように流れ流れて、ファリスはキャメロットに辿り着く。話に聞く大都市を一通りぐるりと一周し、最後にギルドに顔を出した。特に目的があったわけではない。観光の一環としてだ。
受付嬢は丁寧に水を出し、不幸な青年の身の上話に付き合った。
「では有名な彫刻家さんなんですね」
「いえ、全然そんなことはありません。それに僕は同じ物しか作れない」
「どうしてです?」
「他に何を彫ればいいかもわからないですし」
「好きな物を彫ればいいじゃないですか」
「好きな物・・・・そんな物あるのかな。空を眺めるのは好きだけど」
「それは彫れませんねえ」
青年は水を半分程度飲んで、静かに言う。
「きっともう何も彫れなくなる。その時に僕の人生が終わるんじゃないかと思います」
「そんな不吉なこと言わないでください」
「僕が生きている意味がないと思いませんか? 僕には何もない」
「夢を持ってくださいよ!」
受付嬢は精一杯励まそうと頑張る。しかし・・・・。
「夢って何ですか? その意味がわからない」
「夢っていうのは・・・・なんでしょう? こうなりたいっていうような・・・・」
「なりたいものなんかありません。僕があるものになったとして、それが誰にどうなるっていうんです? 家族っていうのもないですし。何もない」
ファリスは儚く笑った。受付嬢には返せる言葉が見つからなかった。
「いえ、いいんです。つまらない話に付き合わせてすみませんでした。では・・・・」
青年は立ち去った。
彼をこのままにしていいのだろうか?
受付嬢は悩む。しかしひとりでうじうじ悩まないのが彼女のいいところ。ギルドに立ち寄った冒険者達にファリスのことを話して聞かせた。どうにか、彼に強い気持ちで生きていくよう説得できないかと。
報酬もない話に興味を持つ冒険者はあまりいない。それでも彼女は懸命に耳を傾けてくれる人を探す。この依頼には、ひとりの青年の未来がかかっているかもしれないのだから。
●リプレイ本文
●朝
聖母の眼差しのように暖かい陽射しが穂波の揺れる草原に降り注ぐ。
その金色の丘に腰を下ろし淡々と聖母を彫る青年がいた。ファリスである。
朝の早い時間に仕事をするようにしていた。何故かと問われても彼自身よくわからない。ただこの時間が最も仕事の手が早い気がするのだ。あと、夜は星零れる夜空を眺めていたい、という部分も多少はあったかもしれない。
絵の具のように雲の白さが広大な青に混ざっている空に聖母像を掲げた。
「素晴らしい聖母像だな」
ファリスは背後からの声に振り返る。
佇んでいたのは褐色の肌に銀髪が映える凛々しい青年騎士。姿勢がよく、威風堂々としている。
「その像は完成したのかな?」
「完成された聖母像など在り得るのでしょうか?」
ファリスは答える。
「なるほど。そうかもしれない。隣に腰掛けてよろしいか?」
ファリスが肯いたのを確認した後、青年は腰を下ろす。
「私はルシフェル・クライム(ea0673)。悩んでいる人を放ってはおけないお節介好きな男と思ってくれ」
「僕が悩んでいると?」
「そう見えるな」
「そうかもしれませんね・・・・僕には生きる意味が分からないのだから」
「生きる意味、か・・・・」
ルシフェルは遠い目でキャメロットの街を見晴らした。
「君は何故その意味を探る?」
「意味なくして存在する価値があるのでしょうか?」
「なるほど、さように考えるか・・・・私の話をよろしいかな?」
ファリスは肯いた。ルシフェルは微笑み、語りだした。
「この世界に在る者を守りたい。そう大仰に考えていた以前の私は己の信じる正義の為に邪悪な者を倒し、人々を守れるのならば、この命が潰えようと構わぬと思っていた。実際、死にかけた事もある。その時、私の軽率な行動で仲間にも傷を負わせてしまった」
苦笑を漏らすルシフェル。
「今の私はその頃と少々考えが変わったよ。『守る為に守り続ける為に必ず生き延びる』とな。それは共に歩み続けていきたい人が現れた故に・・・・」
無意識に右手は指輪に触れていた。
「街の人達の、友人の、家族の、そして愛する人の笑顔を見守り続けていたい。だから私は今こうして生きている。私の生きる意味も、ただそれだけだ」
彼の話は終わった。
ファリスは悲愴的に首を振る。
「あなたは多くの人に必要とされている。でも僕を必要としてくれる人はいない。ならやはり僕は・・・・」
「それは違う。私は貴殿の笑顔も見たい、そう思うのだから、君にも生きる意味がある」
ルシフェルは立ち上がり、荷を肩に担いだ。
「そろそろ行かねば。もしかしたら、私のようなお節介が君を訪ねてくるやもしれない。その時は嫌な顔をせずに話を聞いてやって欲しい」
●昼
「こんにちは、ファリスさんですね?」
街角で出遭った少年とも青年とも呼べる端麗なエルフに、ファリスは見覚えがなかった。
「どうして僕の名を?」
「ああ、すみません、僕はユリアル・カートライト(ea1249)。あなたを気にする人がいましてね。話を聞いてあげてくれって」
「僕を気にする人・・・・?」
「ええ」
ユリアルは日溜りの如く穏やかな笑顔を浮かべ肯いた。
十字架に架けられた主ジーザスの背後から、ステンドグラスを通じて色鮮やかな七色の光が差し込んでいた。暖かい光だ。その光は長く伸び、長椅子に座る二人を包み込む。
「こういう所でひなたぼっこ・・・・ではないですけど、ぼ〜っとしていると和みませんか?」
ユリアルは朗らかに言う。
「ああ、すみません、生きる理由ですよね」
彼は腕を組んで、しばらく考え込んだ。
「改めて突きつけられると難しい問題です。ただ思うのは、聖母を彫り続ける、そこには何か意味があるという事です。それこそ神がファリスさんに与えた使命なのかも・・・・そういう気がしています」
「彫刻が使命? 聖母像なんて何になるんです?」
ファリスは頭を抱えて嘆く。
「彫刻家とはどういった職種だと思いますか。何にでも形に出来るのが彫刻家なのでしょうか? 私は、人に感動を与える事が出来るのが芸術家であり、彫刻家であると信じています。モチーフなど何でも良い、同じ物しか彫れないというのは問題ではないと思うのです。見て下さい」
ユリアルは救世主を指差した。
「この教会のジーザス像はおそらく幾人もの人の心を癒してきました。あなたの彫った聖母像もきっと同じです。そこでファリスさんにお願いしたいのですが、私と一緒に聖母像を買った人を訪ねてみませんか? ファリスさんの手を離れた聖母像が人々にどう受け取られているか、私も一緒に見てみたい」
ファリスが数日前に聖母像を売った商人を訪ねた。聖母像は未だに店に展示されていた。商人は非常にその像が気に入ったらしく、売却するつもりはないという。
そしてその聖母像目当てに毎日店に通う少女と出遭った。少女は肺を患った祖母のために毎日聖母像を拝みに来るそうだ。
ファリスはこんな物が役に立つのなら、と少女に今朝出来たばかりの聖母像を無償で譲った。
少女は満面の笑みは全てを物語っていた。
「そういう事です」
ユリアルは微笑んだ。
ファリスは今朝のルシフェルの言葉を噛み締めていた。
●夕方
「人が生きている事に理由は要らないと思いますよ、理由や意味を求める事に意味がないと思いますし」
聖母と変わらぬ白く清廉な印象を纏った夜枝月藍那(ea6237)は鼻歌を唄い始めた。
「あなたはどうして唄を口ずさむのです?」
「あら、すみません。癖なんです、嬉しい時の」
「何が嬉しいのです?」
ファリスにはわからなかった。
藍那は楽しそうに言う。
「あなたと出会えた事。自宅に招けた事。いっぱいあるでしょう?」
「・・・・」
「過去を求め続けると明日を見失います。私もかつてはそうでした・・・・」
彼女は目の前で両親を殺されたという暗い過去を思い出していた。変えられるなら、変えたい過去・・・・。
しかし藍那は強い眼差しを上げ、ファリスと向き合う。
「過去に憧れても過去に戻れるという事はありません。貴方の進む道が貴方に新しい過去を創り、明日を見て未来を創れるのです。人の一生は苦しい事が多々あります。死にたいくらいに辛い事もあるでしょう。しかしながら、自らの生を止める事は逃げる事、生きていく事こそが人に与えられた試練なのです」
「過去のない僕にも明日を見つめられるのかな?」
この問いは自問だったかもしれない。
「過去がなくても明日はきます。そして明日もいずれは過去になります。生きていれば未来があります。死に急ぐ事はないのです、新しい出会いは待っていますから。私達がこうして巡り会えたように」
様々な思いが二人の間を過ぎった。こんな時代、人の人生は愉しい事だけで構築されはしない。人並み外れた苦難に見舞われる事もある。
藍那は気を抜いたようにふっと笑った。
「説教臭くなりすぎましたね、お茶でも煎れてきます」
●夜
星空はいつでも輝いていた。人の命のように。輝かしく、神々しく。ファリスはそんな輝きを見つめるのが好きだったのかもしれない。
「生きる道は見えたのか・・・・」
ふいに耳に届いた声にファリスは驚き、振り返った。
いつの間にか霧のように静かにそこに現れ、佇んでいた青年。その顔色は月影のように青褪めている。
「あなたは?」
ファリスは問う。その顔色と同じ無表情な声で青年は応えた。
「俺の名など、どうでもいい・・・・ただお前の話を聞いてやれと頼まれただけだ。お前の人生には、流れ星が落ちる瞬き程度の間しか関与しないから安心しろ・・・・」
「悲しいですね・・・・出遭えた人が去っていくのは」
アザート・イヲ・マズナ(eb2628)はファリスとともに夜空を見上げた。
「去っていく悲しみがあるから、出遭う喜びもある・・・・」
アザートは横笛を取り出し、音楽を奏で始める。美しい音だ、夜風に乗り、星々まで届くような。
「お上手ですね」
心からの賛辞だった。ファリスは音楽に心打たれ、溢れる思いを話した。アザートは耳を傾けていたが、音楽を止める事はなかった。ファリスの話は音楽に紛れ、費えていく。それでいい、その話は語られる必要も無いのだから。
歌口からアザートの唇が離れる。
「今度は俺が話す番だ。つまらないなら、聞き流せ・・・・」
アザートは語った、彼自身の過去を。
親を知らないこと。言葉も何もかも知らず教わらずに育ったこと。物心つく頃から砂漠で荷を運び行き来するだけの存在だったこと。数年前まで遠い国の奴隷であったこと。異端(ハーフエルフ)と呼ばれる種族であること。帰る場所を失い、砂漠を彷徨ったこと。見知らぬ人間に救われ、多くを教わったこと。恩人を殺されたこと。独り生きるために盗み、殺してきたこと。
ファリスは熱心に耳を傾けた。アザートの話はまるで物語のように幻想的ですらあった。
「そしてまた多くを学び、今ここにいる・・・・」
ここでアザートは話を止め、こう締め括った。
「生きる目的や意味・・・・それは本人のものだ、好きにすればいい。死を拒絶する必要はない、死があるから生もある。そう謡った詩人もいたな。俺に言える事はそれだけだ。後は自分で考えろ・・・・」
こうしてアザートは現れた時と同じく一時の幻のように、ファリスの前から消えた。
●そしてまた朝
青い大空に雲が流れる。自由気ままに。青年は決心した。
「ファリスさ〜ん」
受付嬢が手を振りながら、駆けて来る。
「あの、どこかに旅立つのですか?」
「ええ」
彼は晴れた顔に雲のような柔らかい笑顔を浮かべた。
「夢って生きる事なのかもしれませんね」
彼は明らかに昨日までの彼ではない。その変貌ぶりに受付嬢も驚いた。
「僕にもやりたい事ができました。あなたと・・・・あの四人の像を彫ってみたい。もしそうする事であなた達が笑ってくれるなら」
「頑張ってくださいね!」
大空の下、二つの笑顔が輝いていた。