セイレーンの唄を聞け

■ショートシナリオ&プロモート


担当:HIRO

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 48 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月02日〜11月08日

リプレイ公開日:2006年11月09日

●オープニング

 セイレーンという魔物がいる。美しい女の容貌を持ち、美しい唄で人を魅了し、美しく人の命をさらう。この魔物のために幾艘の船が難破したことか・・・・。
 今宵も大海原を覆う濃霧に妖しい調べが響いてくる。海行く旅人をかどわかそうと・・・・。

 エリー・シュワルツコフは今日も広場で歌っていた。その澄んだ歌声は秋晴れの昼過ぎを和ませる。人々はふと足を止め、忙しい日常の一時に安らぎを見出し、歌姫に拍手を贈った。大道芸人にとって、この時ほど嬉しい一瞬はない。彼女は満面の笑みを浮かべ、集った観衆に応える。
「この分なら、キャメロットでの興行は結構な収穫になるだろうな」
 座長は言う。一座はしばらくキャメロットに滞在する予定。連日、今日くらいの稼ぎがあれば、大成功といえる。
「エリーには明日も頑張ってもらわないとな」
 そう、一座の成功は歌姫エリーの双肩にかかっているのだ。
 しかし・・・・。

 日に日にエリーの歌に足を止める人は少なくなっていく。二日目は初日の半数程度、三日目は二日目の半数程度、四日目はそのまた半数だった。
エリーの歌声が枯れてしまったわけでは決してない。むしろ、練習に練習を重ね、日増しに歌の完成度は高くなっているはずなのだが。
「どうして客の入りが悪くなったのかしら?」
 エリーは問いかけたが、キャメロットの星空は答えない。ただただ美しい星々が河を作り、闇の静けさの中で瞬いていた。
 ひとり歌を口ずさんでみる。夜虫の鳴き音色が伴奏となる。冷たい空気に綺麗な歌声がゆったりと伝う。
 やはりわからない。自分の歌声に何が欠けているのか。
 それを知っていたのも広場の数少ない観衆達。
「この一座の歌い手は見た目も綺麗で歌も上手いとは思うんだがな・・・・」
「そう、なんというか、続きの物語を聞きたいとは思わないんだよな」
「面白みがないのかもな。話に聞くセイレーンの歌声みたいにぞっとするものでもあればな。この前も船が一隻行方不明になったというが、あれもセイレーンの仕業かねえ」
「人を死にまで追いやる歌声ってのは、ある意味、至高の歌声なんだろうぜ」
 そんな囁き声を耳にしたとき、エリーは自分でも気がつかないうちに歌うのを止めてしまっていた。
 セイレーン。美しき海の魔物。美しき声の魔物。
「何故死に誘う魔物の歌がそれほどまでに魅惑的なのかしら・・・・?」
 エリーはどうしてもセイレーンに会いたくなった。会ってその歌声を実際に耳にしたい。そうすることで自分の歌に欠けているものを確認したい。
 その想いは生きていたいと望む願望と同じくらいに強い衝動と化していた。
 しかしどうすればセイレーンに巡り合えるのだろう? セイレーンは類稀な魔物であり、出会いたいと願って出会えるようなものでもない。
 エリーにはどうすればよいかわからなかった。かといって諦められるほど、自分の芸術に対する想いは中途半端ではない。歌う限りは、イギリスで、いや、世界でも最高の歌姫になりたい。
 そう思うから彼女はギルドに駆け込んだ。

●今回の参加者

 eb2683 ザグ・ラーン(38歳・♂・レンジャー・ジャイアント・フランク王国)
 eb5188 ベルトーチカ・ベルメール(44歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7212 プリマ・プリム(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb8461 バルスィーム・ナァナーム(20歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 eb8535 皆守 桔梗(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ルナ・ルフェ(eb7036)/ レイディア・ノートルン(eb7705)/ ミッシェル・バリアルド(eb7814

●リプレイ本文

 セイレーン。その美しい唄声が耳に届くと、人は心を奪われ、廃人と化す。セイレーンは生きたまま人を引き裂き食べる。オルフェウスは彼女の唄声を封じるべく、琴を奏で、唄を歌った。彼の音楽はセイレーンの唄声を凌駕し、誘惑されずに済んだという。

 ミッシェル・バリアルドの纏めたセイレーンについての報告書を眺めながら、カイト・マクミラン(eb7721)は物憂げに呟く。
「病的だわ、こんな魔物の唄を聞きたいなんて。そりゃ、歌でゴハン食べてる身として興味はあるわよ。けどねぇ・・・・」
 船は出港しようとしていた。クァイ・エーフォメンス(eb7692)と共に値切りに値切って借りた船。一週間程度の食料と腕のいい船員込み。
「すみません。けど、どうしてもセイレーンの唄の秘密が知りたいんです。人が心を奪われるような唄声がどんなものか。必要経費は後で必ずお返しします」
「気にしない、そんな事! この私が一肌脱いで、船代くらい出してあげるわよ」
 エリーが申し訳なさそうに頭を下げると、ベルトーチカ・ベルメール(eb5188)は威勢よく啖呵を切る。
「航路は割り出せたか?」
 寡黙なレンジャー、ザグ・ラーン(eb2683)の問いに答えたのは、グラン・ルフェ(eb6596)。
「ああ、ベルトーチカさんが母と共に、噂の難破船までの最短航路を完璧に割り出してくれた。いや、さすが自称海の女だけある」
「正真正銘海の女よ、あたしは! でもいざって時はあんたがちゃんとお姐さんを守るのよ? 男の子なんだから」
「へいへい分かってますよ、姐さん」
 グランは肩をすくめて笑った。

 海原は穏やかに揺れる。見渡す限りの青い平原。悠久の大空も同じく青い。その果てしない青さの中に棲む者だけが異なる。船とともに泳ぐイルカ達、空には何処かへと向かう渡り鳥の群れ。
「やっほー! セイレーンの唄、聞けるといいな! 絶対、絶対、ぜーったい聞きたいっ! エリーの為だけじゃなくて、あたしも聞きたいから受けた依頼なのよ」
 穏やかな海の機嫌と同じくご機嫌なプリマ・プリム(eb7212)は歌うのを止めない。くるくると宙を踊りながら歌い続ける。踊るだけなら、バルスィーム・ナァナーム(eb8461)も同じだった。
「風向き順調、見回り見回りー♪ セイレーンの唄もいいけど、やっぱエリーさんが気にかかるから見回りー♪」
 髪も瞳の色も対照的なシフールなのに、明るい性格だけは妙に似通っている。
「あんた達はいいわねえ・・・・一日中空を飛び回っていられるんだからさ・・・・」
 げっそりとやつれた顔でカイトが愚痴った。
「顔色悪いじゃん、カイトさん。もう船酔いかい?」
 バルスィームの問いかけに応じる気力すらなかった。海に出てまだ一日目だが、テムズ川から海までが長かった。それにいくら穏やかといっても、波に乗ると船は大いに揺れる。船酔いが詩人を襲ったとしても、なんら不思議はない。
 だがカイトを悩ませていたのは船酔いではなく、それによってもたらされる吐き気。
「ああ! 苛立たしい! 食べたいのに食べられない! なんという苦渋!」
 カイトは喉を掻き毟って悶えた。

「エリー、ちょっといい?」
 甲板でクァイがエリーに声をかけた。
「余計なお世話かもしれないし、素人意見だから聞き流してね。その、なんだ、駄目なのはあなたの唄声じゃなくて、歌詞なんじゃないかな」
「あるいは余裕か・・・・」と柱に体を預けていたザグが口を挟んできた。
「余裕がなくてはな。何事にも8分の実力と2分のゆとり。客が楽しめないのはお前自身、余裕を欠いているからかもしれん・・・・」
 エリーは俯く。
「そうかもしれません・・・・」
「ま、なんにしてもよく考えて」
 とクァイはエリーを元気付けた。
「あと、これ、私が考えてみた歌詞だけど。お節介かな?」
 エリーは羊皮紙を広げ、歌詞に目を通した。
「素敵な詩・・・・クァイさんは詩人なんですね」

「曇ってきた・・・・好きじゃない・・・・こういう空」
 舳先で海を見張る皆守桔梗(eb8535)は、落日の朱に染まりつつある海と空からただならぬ予感を感じ取っていた。
「どうしたの?」
 とベルトーチカがジャパン語で問いかける。
「この空、どう思う?」
 桔梗の黒目がちのつぶらな瞳に険しい光が宿る。
「空の事は分からないけど・・・・今夜はよくないかもね。濃い霧に覆われそう」
「セイレーン、出るかな?」
「そろそろ噂の海域だしね。出そうな雰囲気はあるわね」
「エリーさんの事だけど、人を狂わすような唄じゃ、きっと人を喜ばせる事なんて出来ないと思う。それともエリーさんが歌えば違うのかな。セイレーンを殺しちゃうのも可哀相だと思うし・・・・」
 ベルトーチカがふっと柔らかく微笑む。
「桔梗は優しいね。でも冒険者なんてやってると、優しいだけでは駄目な時もある・・・・粗岩を打ち砕く波のような強さが必要な時がある。桔梗にはいつまでも今のあなたのままでいて欲しいと思うけどね」
「よ、何の話? ベルトーチカ姐さんがまた年甲斐もなく無茶する算段?」
 グランがすたすたと歩み寄ってきて茶化すように言った瞬間、ベルトーチカの拳が飛んだ。
「いってえ!」
「こういう奴がいるから強くなる必要があるのよ、桔梗」
 沈み行く夕日の物悲しさを感じさせない笑顔が溢れていた。

 宵闇が濃霧のために理不尽な白さに染まった。ベテランの船員達でさえ航路を見失う中、星々の輝きをも見失っていた。一寸先が見えない白い闇が何かの予兆のように迫り来る。
「まずいわね、こんな処でセイレーンなんかに出くわしたら・・・・」
 カイトの懸念は最悪の形で現実のものとなった。
 濃霧に影を映し、迫り来る巨大な影。
「あれは!」
 姿を現したのは、一隻の船。帆は引きちぎられた衣服のようにだらしなく垂れ下がり、船体には至る所に傷跡、損傷が見受けられる。海上を濃霧と同じく静かに漂う不気味な難破船。
「幽霊船かよ・・・・」
 グランは冷や汗混じりに呟いた。
 面舵いっぱい、難破船をすれすれでかわす。その際、冒険者達が無人であるべき甲板に見たのは、独り佇む美しい女。
「やばい! 皆、耳栓をして!」
 即座に耳栓をつけ、マストと自分の体をロープで繋ぐ冒険者達。こうすれば最悪セイレーンの唄声に惑わされたとしても、海に落ちる事はないだろう。
「やった! セイレーン! セイレーン!」
 場違いにはしゃぐプリマは耳栓も命綱もしていない。ただ友人レイディア・ノールトンに念を押されたようにレジストメンタルの魔法だけはかけていたが。
「あれがセイレーン・・・・」
 エリーが呟いた時、幽霊船の女は唄いだした、美しく儚い命の散り際を。

       お帰りなさい 青き命の源へ
       安らぎ湛える母の懐 安眠の底地へ
       優しき波手に御髪撫でられ 夢の深みへ

       さあ 眠ろう
       心に浮いた流木 忘れ
       荒ぶる過去の過ち 遠ざけ
       泳ぐ恋心だけを 胸に止め
       夢を見よう 古語りき夜の夢
       我唄う 子守唄
       そなたを永久(とわ)なる母の胸へと誘うように

「この唄は甘すぎるわ・・・・耳栓していても・・・・駄目・・・・」
 カイトは呻き、魅了される間際にエリーを気にした。危惧した通り、彼女はこの唄に心を奪われている。
「そう・・・・これがセイレーンの唄声・・・・! 死へと誘う唄なのに怖くない・・・・」
「綺麗な唄〜! 待って、今そっちに行くからね・・・・!」
 保護魔法の効果が切れたのか、プリマはふらふらと幽霊船へと羽ばたいて行く。
 彼女をすんでのところで救ったのはザグだった。彼は大きな手を必死に伸ばし、プリマを鷲掴みにする。
「ぐ・・・・シフールの少女。死に魅入られるな。セイレーンが表現しているものは死以外の何物でもない・・・・」
 エリーはその言葉にはたと気付く。自分の唄に無かったもの。
「そう! 私の唄に欠けていたもの・・・・それは表現力! 技術だけでは伝わらない空気の中にこそあるべきもの! 死への誘いこそが彼女の表現力だった! だから・・・・!」
 セイレーンの唄声に誰もが魅されてしまっていた。命綱で縛られていたのが不幸中の幸い。しかし、もしこのまま誘惑に打ち勝てず、命綱を自らの手で断ってしまったら?
 どうする?・・・・その時だ。エリーは唄いだした、命の唄を。

        願わくば この歌を 呼び聞かせたまえ
        緩く吹く海原の風となりて

        まどろむ命 凍れる夢に
        漂いて迷える人 解き放ちたまえ

        空伝い来る鳥は 日向に立ち向かう
        白に鮮やかな翼 
        その先に希望の明日 伝えて

        歌いましょう 命の誕生を

「私の贈った詩だわ」
 クァイは言う。そして聞き惚れた。
 彼女だけではない、その場にいた命あるもの全てが。
 風も霧も星も海も、エリーの唄に惚れていた。
 いつしか彼女の唄はセイレーンの唄をも凌駕していた。かつてのオルフェウスのように。
 自らの唄の魔力が途絶え、敗北したと悟ると、セイレーンは本来の恐ろしい海女の姿と化す。正気に戻った船員達はその姿を前に怯んだ。
「海の男があんなもんでびびってんじゃないよ!」
 ベルトーチカの叱責の矢尻が飛んだ。
「まったくその通り」
 とグランが矢を番える。距離があるので接近して攻撃する事はできない。こういう場面では優れたアーチャーである彼の腕の見せ所。
「いただき!」
 放たれた矢は見事セイレーンの左肩を射抜く! そして、そこと寸分違わぬ箇所に今度は魔法の矢が飛んだ。
「いい歌だったわ。だけどカーテンコールをする気は無いの、ゴメンね」
 カイトが言う。
「ついでにこれも喰らっちゃえ!」
 バルスィームは小さな手の中に生まれた光の球を投げつける。それはセイレーンの目の前で弾けた。

 光り輝く海。晴れてゆく霧。船は順調に魔の一帯から円滑に滑り出している。
 どうやら一行はセイレーンの魔手から無事逃れられたようだ。
「人を貶めず、広大な海で自由に歌ってくれればいいのに・・・・」
 桔梗は雲ひとつ見えない空を見上げ、呟いていた。

 街の広場に今日も安らぎに満ちた賛歌が高らかに心地よく響いていた。
 沸き上がる拍手喝采! エリーは会釈して観衆に応える。公演は今日も大成功。
 おや? 一座は座員を増やしたのだろうか? 何人かの歌い手はつい先日まで見ない顔。特に赤、青と対照的な色の髪を持つ二人のシフールはいつまでも元気よく飛び回る事を止めようとはしなかった。