シフールの片思い

■ショートシナリオ&プロモート


担当:HIRO

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 41 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月06日〜11月10日

リプレイ公開日:2006年11月11日

●オープニング

 広大なキャメロット。様々な人種、種族の坩堝であるこの大都市には、当然のことながら日々多様な出来事が起き、幾千もの思惑が散らばっている、そう、見上げた夜空に灯る星達のように。これはそんなキャメロットだからこそ起きた小さな小さな物語。

 その日は寒かった。イギリスの冬の訪れは早い。もう秋も終わりに近づいているのだろうか。木枯らしにも似た冷たい風に吹かれ、キャメロットが白む。
「ああ、何てことだ! 僕の些細な幸福はたったひとつの取るに足りないものによって損なわれる!」
 街角で青年は呟いた。吹きつける寒々しい風を防ごうと、古くなった外套を手繰り寄せた。青年の端麗な顔が象牙のように青白いのは寒さのせいなのか、悩み事のためか、あるいはその両方か。
 そんな青年を見守っていた愛らしいシフールがいる。名はティンクといった。
 彼女は自慢の歌声を風に乗せて青年に届けた。
 どこから伝ってくるかわからぬ心地よい音楽に青年はきょろきょろと辺りを見回す。
「たまに聞こえてくるこの唄声。気紛れな風の精が口ずさんででもいるのだろうか?」
 青年はティンクの存在を知らない。だがティンクは青年をよく知っていた。彼女は青年の部屋がよく見えるカシの木の枝に身を寄せ、一日中青年を見守り続けていたのだから。
 シフールの少女は知っていた。彼のことなら何もかも。青年が学者を目指し勉強していること。青年の好きな食べ物。好きな本。好きな場所。そして・・・・好きな人。
 そう青年は恋に落ちていた。相手は裕福な商家の娘。貧乏な彼には高嶺の花だ。
 彼女は青年に言う。もし胸に飾る真っ赤なバラを持ってきてくれたら、今度のパーティで一曲踊ってあげる、と。
 しかしバラは春に咲くもの。冬も間近なこの季節に見つかるわけがない。青年は絶望に明け暮れた。
「バラひとつに幸福のすべてが掌握されているなんて。人生は幾何学よりはるかに複雑だ」
 ティンクは青年の嘆きようにひどく心を痛めた。自分のこと・・・・いやそれ以上の辛苦。
「わたしがきっとあの人にバラを届けてあげよう。そうすれば、彼の顔を覆う濃霧のような陰りも消え失せ、晴れた春の日みたいに明るい顔になるでしょう。彼のその顔を見ることがわたしにとって至高の幸福なのだから」
 ティンクは意気揚々と羽根をはばたかせ、大空に飛び立った。
 いくら季節はずれとはいえ、この広大なキャメロット、探せば一本のバラくらいすぐに見つかるだろう。
 そう安直に考えたのが、間違いだった。
 いくら探しても、シフールの細い身が目に見えて細るほど探し回っても、見つからない。
 ティンクは途方に暮れてしまった。
「わたしがバラを見つけられなければ、彼は永遠に不幸。そうなるとわたしもまた不幸・・・・」
 ティンクは悲しみの淵に沈んでゆく。
 人とシフールが結ばれることはない。自分が青年にしてあげられることは限られている。ティンクはそうと充分に理解していた。だからこそ、今この瞬間だけは青年の笑顔を見ていたい。
「こうなったら・・・・」
 シフールの少女は人の知恵を借りようとキャメロット東部に向かって羽ばたいた。

●今回の参加者

 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea8750 アル・アジット(23歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb3349 カメノフ・セーニン(62歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5549 イレクトラ・マグニフィセント(46歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb8623 極楽 拓郎丸(24歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb8719 アストン・アーバリック(22歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

リック・ルーヴィン(eb8447

●リプレイ本文

 空は灰色の雲に覆われていた。寒々しい北風が吹き、街を白く染めていく。シフールの少女は堪らず身震いした。その身震いに体を凍らせている時間すら、今の彼女には勿体なく感じられる。
 きっとバラは見つかる。そう固く信じ、今日も街角を彷徨い、路地に迷い込み、教会の窓を抜け、川の水面を渡り歩く。
 それでもやはり見つからない。ティンクは凍えるように揺れる枯れ枝の上に腰を下ろした。
「紅いバラの花。信じて咲かぬわけがない。心に咲く情熱の花はバラと決まっているもの」
 少女は自分を元気付けようと歌を口ずさんだ。
 その歌声に引き寄せられたのか、ある小柄な老人がいつの間にか彼女の座る木の下に佇んでいた。ふさふさの口鬚と顎鬚を生やした老人で、春の花畑のような鮮やかな色彩の上着を羽織っていた。まるで東方の昔話か神話に出てくる仙人のような老人。
 ティンクは不思議そうに瞬きを繰り返し、こう問いかけた。
「あなたはだあれ? 神様?」
「そんな偉いもんではないのう。そんなに口うるさそうなもんでもない」
 カメノフ・セーニン(eb3349)は笑って答えた。その際に多くの皺が目尻によった。
「お前さんみたいな可愛らしい女の子を放ってはおけない爺さんじゃよ」
「わたしと一緒にバラを探してくれるの?」
「いや、わしほど長く生きておるとな、万物の摂理などという物もうっすらと見えてきてな。自然には逆らえんと身に染みて悟るのじゃ。バラは春に美しく咲くために、今は眠っておるのじゃよ。わしが懸念しておるのはお前さん自身の事じゃ」
「わたし自身?」
 カメノフは肯く。
「お前さんには想い人がおるじゃろう」
 ティンクは押し黙った。
「お前さんは『あの人が幸せなら、私も幸せ』なんて言い聞かせておるようじゃのう。じゃが、お前さんが惚れとる青年が他の娘に振り回されているのはお前さんにとって幸せなのかのう?」
 シフールの少女は答えない。
 カメノフはどこか遠い目をして呟いた。
「確かにわしにも若い頃にはそんながむしゃらな青春もあったのう・・・・じゃが、とにかく影からではなくて、正面から当たってみる事じゃ」
「例え、どんなにがむしゃらでもあなたにはチャンスがあった。でもわたしはシフール。人と結ばれる事なんてない。ならわたしにできるのはあの人を笑顔にさせる事くらい」
 ティンクは大空へと飛び去ってしまった。
 深い落胆の吐息を漏らしながら、カメノフは首を振った。
「この時期に真っ赤なバラなんて咲いとるわけないというに・・・・」

 アル・アジット(ea8750)は青年が想いを寄せているという娘の店を訪ねた。彼女の家は毛織物取引で一財産を築いたらしい。
 アルは店に入ると三度笠も外そうとはせず、単刀直入に商売の話を切り出した。
「美しい色合いの毛織物ですね」
「当店の娘さんが大のドレス好きでしてね。一級品の織物を揃えております」
 店員は答えた。
「美しい娘さんと評判ですね。多感な年頃、お相手もいるのでしょう?」
 店員はアルの聞き込みになんら疑うことなく、多くの情報を提供してくれた。彼女には多くの貴族が熱を上げている事、彼女もそのうちの一人を選ぼうとしている事。
 アルはその店で淡紅色の織物を買い、腕のいい裁縫婦の元へと運んだ。そしてシフールの少女のためにドレスをこしらえてくれまいかと頼んだ。年老いた裁縫婦は、今は手が空いているから、シフールのものなら明日までに仕上げてくれると約束してくれた。

「そんなの駄目よ! わたしは彼の前に姿を現すことなんてできないわ!」
 ティンクの言葉に九紋竜桃化(ea8553)は首を傾げた。
「どうしてでしょうか?」
「彼の前に出たら、この想いをきっと歌ってしまう!」
「素敵ではありませんか?」
「その途端に全ては終わるわ! わたしはもう彼の傍にいられなくなる!」
「どうしてそう思うのです・・・・あ、ちょっと!」
 シフールの少女は逃げるように飛び去ってしまった。
「仕方ありません、私だけでバラを探すお手伝いに向かいましょう」

 桃化は悩めるジェラルド青年とともにバラ探しを始めた。二人が向かったのは、バラを栽培している貴族の家。礼を逸しないよう充分に気をつけ、庭のバラを見せてもらえるよう頼む。
 だがやはり、この季節にバラが、それも真っ赤なバラなど咲いているわけがない。庭に広がっていたのは、心を絡め取るような蔓に心を突き刺さすような棘を抱いた花のない藪だけ。
 それでも二人は日が暮れるまで懸命にバラを探し続けた。日がとっくり暮れた時、二人は街角の階段に並んで腰を下ろしていた。
「この季節にバラなんて咲くわけがないのは、哲人でなくともわかります。もういいんです・・・・」
 とジェラルドは嘆息した。
「なら私が手助けできるのもこれまでです」
 桃化は立ち上がった。
「ただ、周りを見て御覧なさい。一人悩みに苦しんでいる時でも、貴方をこっそり助けたいと思っている方は必ず居り、一人で悩み苦しむより、相談し打ち明ける事で、良い道が開ける事も有ります。気付いてあげる事が大事です。向こうからは言い辛い事もあるのですから」

 ジェラルドは酒場でなけなしの金をはたいて、酒を呷っていた。凍える体を温めるため、それと彼女の事を忘れようと。そんな折、彼に近寄ってきたのがイレクトラ・マグニフィセント(eb5549)だった。彼女は事情など何も知らない振りをして青年の横に腰掛け、事情を聞いた。
「この季節にバラ? どう考えても無理難題だな」
「ええ、しょせん、彼女は僕には過ぎた人だったんです・・・・」
 ジェラルドは酒も入っているせいか、ぐじぐじと愚痴り始める。
「馬鹿野郎!」
 イレクトラは青年の頬を思い切り引っぱたく。
 尻餅をつき、バラのように紅潮した頬に手をやりながら、青年はきょとんとした眼差しで彼女を見上げていた。
「男ならやるだけの事をやってみろ、そうでなければそこで終わりだ! そんな情けない男についてくる女はいないぞ!」
 イレクトラの厳しい言葉の裏にはどこか優しさが滲んでいた。
 ジェラルドは決意を秘めた眼差しを向け、肯く。
「そう・・・・そうですね! わかりました、明日一日バラを探してみて、それでももし駄目だとしても、僕の気持ちを彼女に告白してみます!」
「そういう事なら、私も手伝おう」

「見るからに寒そうな格好だな、ジェラルド殿。これでも着ろ」
 寒さ心にまで染みてくる早朝、イレクトラはあまりにもみすぼらしい青年の服装を見かね、手に持っていた服を投げて渡した。
 二人は日が暮れるまで様々な場所にバラを探して回った。だが、やはり無駄なのか。バラは見つからない。青年は決心した。
「彼女に想いをぶつけてみます。バラはないけど・・・・ないものを悔いてみても始まりませんから」
「そうか、頑張るのだな」
 イレクトラは青年の意気揚々とした後姿を見送った。

「バラがないんじゃ、話にもならないわ」
 商人の娘はつまらなそうに言った。
「バラはないけど・・・・僕には真っ赤に花咲く情熱がある! 君を想い慕うこの気持ちは誰にも負けない!」
「バラひとつ用意できない想いなんてたかが知れているわ。この街には私のために宝石の胸飾りを用意してくれる高貴な人が幾人もいましてよ。宝石とバラでは、どちらに価値があるか、賢いあなたにならおわかりでしょう?」
 彼女はそれ以上、青年に関わりあう事はしなかった。

 暗い夜道、青年はひとり寂しく帰途につく。そんな彼の前に現れた不思議な生き物。
「よう、こんなに綺麗な月夜なのに、お主は暗い顔をしておるんだなあ」
 どこか不思議な声だが、どこか不思議に心地よい声で話しかけてきたのは、極楽拓郎丸(eb8623)である。
 ジェラルドは高い塀の上に腰掛けるその声の主を見つめた。そしてぎょっとしたように後ずさる。
 拓郎丸はからからと屈託なく笑った。
「見慣れない姿に驚いたか? 俺はジャパン特有の種族、河童という奴でな。まあ、西国のこの地ではさぞ珍しかろう」
「カッパ・・・・? そのカッパとやらが僕に何の用だい?」
「用というほどでもないが、ひとつ忠告だ」
「忠告?」
「そう。実は最近お主をずっと見ていたが、こう思うんだ。遠くを見なくてもすぐ近くに見守ってくれる人がいるんじゃないかとな」
「不思議と同じような事を出遭う人々に言われるよ。もしかして・・・・」
 ジェラルドはむっつりと黙り込んだ。
「まあ、よく考えてみる事だ」
 拓郎丸は声だけを残し、いつの間にか青年の前から姿を消していた。

「バラは見つからない・・・・なら、わたしの血で花を紅く染めてみよう。血に染まった命の花なら、バラでなくとも・・・・」
 思いつめたティンクは針で自分の心臓を貫かんとしていた。それを止めたのは偶然居合わせた拓郎丸だった。彼はシフールの小さな体を取り押さえる。
「早まってはいかん! 命を粗末にしては!」
「離して! もうこうするしか!」
「そこまでするのに、どうして真っ向からぶつかろうとしねえんだ!」
「わたしはシフールなのよ! こんな小さな体しか持たない! もしあなたがわたしだったら・・・・」
 少女の言わんとするところを拓郎丸は引き取った。
「俺がもしお主だったら、迷わず正面から突っ込んでおる! 俺だってこんな姿だ、あんたの気持ちはわかる! しかし、もし人に恋したなら、結果がどうなろうと当たって砕けろだ! 後悔するよりはずっとマシだから!」
「その通りです、ティンクさん」
 月を背に現れたのはアルだった。
「依頼内容通りにバラを求めるは良いのですが、一輪のバラに命と釣り合う価値はありません。そして、愛の形は男女の組み合わせの数だけあるという事です。さあ、これを」
 アルが差し出したのは、薔薇色の美しいドレス。
「これを着て、ジェラルドさんの前に」

 星降る夜に優しい夜風のような歌声が流れてくる。ジェラルドは庭の木に腰掛け、心地よく聞き惚れた。そしてふと木の枝に羽根を休めるティンクに目を向けた。
「ずっと知っていた。綺麗な歌を奏でてくれるシフールがいた事を。でも声を掛けると消えてしまいそうで怖かった」
 少女はひらひらと青年の前に舞い降りる。美しい夜会服に身を包んだ少女に彼は手を差し伸べる。
「一曲、踊っていただけますか?」
 少女は肯き、彼の手を取る。
 人とシフールの小さなダンス。星が飾る二人だけの会場に、軽やかなダンスはいつまでも続く。二人の間に小さな絆が築かれた。