家出娘と家無き子

■ショートシナリオ&プロモート


担当:HIRO

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月12日〜11月17日

リプレイ公開日:2006年11月16日

●オープニング

 ミリー・エイガーは規律厳しい名家で育った。つきっきりの家庭教師に、正しい作法を習い、学問を教わり、教会で説く倫理観を教え込まれた。幼いミリーは自宅の狭い一室で教わるものが全てだと思い込んでいたし、そうではないと疑うことすらなかった。この世界の全ての人は自分と同じ倫理、宗教観のもと、清く正しく生きているのだと思っていた。
 その価値観が崩れ去ったのは、ある穏やかな秋晴れの日に、馬車で父であるエイガー卿と珍しく日光浴に出掛けた帰りであった。エイガー卿は修理に出していたお気に入りの帽子を受け取りに行こうと馬車を市場の方へと回させた。普段なら、このような雑用は小間使いにさせるのだが、今朝うっかり言いつけるのを忘れ、ならば通り道なのだからと寄った次第。
 父が帽子屋に行っている間、ミリーは馬車で市場の大通りを眺めていた。滅多に訪れることなどない、外出することすらほとんどない彼女にとって、肩を寄せ合い、行き交う大勢の人ごみはどこか不思議で滑稽に見えた。川の流れのようにせめぎあうこの人々の目的は何なのだろう、と考えずにはいられなかった。
 そんな中、あるひとりの少年がミリーの目を惹いた。年の頃彼女と同じくらい、12歳くらいだろうか。黒々とした髪とは対照的な白い肌、聡明そうな灰色の瞳が大きく世界を見渡していた。着ている物は粗末だ。茶色の上着と青っぽいズボンは遠目からでも薄汚れているのがわかる。ブーツもボロボロだった。そんな少年が意気揚々と人の川を逆流するようにこちらに向かってくる。
「何をしているのかしら?」
 ミリーがそう思った時。
 少年の手が注意していなければ誰も気付かないほど素早く果物屋のリンゴを盗み取っていた。
 その光景にミリーは驚き、憤慨し、どうしたわけかひどく裏切られた気分に陥った。
 彼女は馬車から飛び出し、少年に歩み寄る。
「ちょっとあなた!」
 少年は盗んだリンゴを齧りながら、前に立ち塞がる少女の険しい顔を訝しげに眺める。
「そのリンゴ盗んだでしょ!」
「いや」
 悪びれた風もなく少年は平然と嘯く。
「見てたのよ、ごまかしても駄目!」
「じゃあ盗んだからってどうなんだよ?」
「お金を払いなさいよ!」
「どうして?」
「リンゴに対する対価よ!」
「でも僕はこれを盗んだんだ。盗んだものに金を払うなんておかしいじゃないか」
「じゃあ何故リンゴを取ったの? お金を払いたくないのだったら!」
 少年はジロジロとミリーを眺め回した。
「僕にはあんたと違って金がないからね。ないのに払えるわけないだろ?」
「お金なんてないわけないでしょ! あんなもの、家に帰ればいくらでもあるでしょ!」
 少年はその言葉に失笑した。
「金持ちの世間知らずは怖いものなしだなあ」
「どういうことよ!」
 憤慨する少女に少年はリンゴを齧りながら答えた。
「あんたみたいに金持ちの家に生まれたならいいよ。でもそうじゃない奴がいる・・・・いや、そうじゃない奴のほうが多い。そして家族すらない奴もいる、俺みたいにね。生きていけないほど困窮していたら、盗むしかないのさ」
「教会ではいつも人は平等だと説くわ!」
「貴族様の詭弁さ! 命は平等に与えられても、金は違う。そしてそれは致命的な差だよ」
 立ち去ろうとする少年の腕をミリーは必死に掴まえた。だが彼は強引にその手を振り解く。少年の顔は嫌悪感に醜く歪んでいた。
「お前みたいな偽善者ぶった貴族には虫唾が走る! 見てろ、近いうちにお前ら貴族の家をしらみ潰しに火をつけてやる! このウィルがな!」
 そう毒づいた後、人ごみに紛れていったウィルという名の少年を、ミリーは止めることができなかった。

 屋敷に帰り着いた時、ミリーは父に街角で出遭った少年の話を事細かに話して聞かせた。だが彼は笑ってこう言うだけだった。そんなことができるわけがない、と。
「じゃあ教会で教わる事は嘘なの? 救いはないの?」
 激しく混乱し、少女は頭を振り乱す。
父はこう答えた。信ずる者だけに恩恵が与えられる。その少年は神など信じてはいないのだと。
「そんな・・・・じゃあ、神はいつまでも弱い者は置いてきぼり・・・・?」
 少女は部屋を飛び出していた。もうどうすれば良いのかわからなかった。彼女の培ってきた狭い価値観は現実の厳しさの前に脆くも崩壊していた。

 翌朝、ミリーのベッドに彼女の姿はなかった。ただ机の上に「探さないでください」という書置きが残されていたという。
 エイガー卿はすぐに馬車をギルドに走らせた。

●今回の参加者

 ea2890 イフェリア・アイランズ(22歳・♀・陰陽師・シフール・イギリス王国)
 ea5808 李 風龍(30歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea6237 夜枝月 藍那(29歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3021 大鳥 春妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3349 カメノフ・セーニン(62歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3512 ケイン・コーシェス(37歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

小 丹(eb2235

●リプレイ本文

「矛盾を前に心を痛められる純粋さは大事なものですわよね」
「ああ、二人とも賢い子のようだし、早くに世の中の矛盾に目を向けられれば、それだけ成長が出来るという事だ。希望を持ってもらいたいな」
 大鳥春妃(eb3021)の言葉にケイン・コーシェス(eb3512)は相槌を打った。エイガー卿から借りた肖像画を見ても、ミリーが強い信念を抱いた少女である事が窺える。
「とにかくわたくし、お嬢様の居所を占ってみますから」
 黒曜石のような神秘的な瞳を瞑り、テーブルに乗せた水晶球に研ぎ澄まされた意識を集める春妃。結果は導き出された。
「おそらく・・・・貧民街の方ではないかと」
 冒険者達は何となく合点がいったように肯き合った。

 カメノフ・セーニン(eb3349)は市場から貧民街へと続く路地へと曲がった。そこにあったのは、華やかな賑わいを見せる街の影。日が差さず薄汚い壁と吹き曝しの冷たい大地。そんな場所に幾人もの浮浪児が何をするわけでもなく、ただ寝転がっていた。
 カメノフは懐から金貨を取り出し、彼らにこのような少女を見なかったかとミリーの事を問う。彼らは見かけたと答えた。その言葉に偽りはない。カメノフは子供達に金貨を与えた。
「明日の為に美味いもんを食うでも、将来の為に貯めるでもするんじゃのう」
 老人は先を急ぎながらも、後ろを振り返った。
「不憫な時代じゃのう・・・・」

「ふん、そうか」
 ウィルは藁を束ねただけの粗末なベッドに寝転がりながら、先程カメノフから施しを受けた浮浪児達の報告を聞いていた。雨風だけを何とか凌げるような廃屋、彼らの隠れ家である。
「お前の親父さんが金に物を言わせて、お前を探させているようだな。同じ年頃だからと一晩泊めてやったのが大きな間違いだった。所詮お前と僕らとでは違うんだ」
 ウィルは立ち上がった。
「どこに行くの?」
 ミリーは尋ねる。
「お前を追っている奴らがここに来るからな。お前がここから消えるまで、僕が消えるだけさ」

「ミリーさんですね?」
 柔和な微笑みを宿し、夜枝月藍那(ea6237)は尋ねた。彼女は部屋の隅から睨みつけてくる浮浪児にも優しい眼差しを向ける。
「新しいお友達ができたのですね」
 冒険者達の物柔らかな言葉にミリーは次第に心を開いていき、自らの複雑な心境を語り始めた。
 ウィルと出遭った事による価値観の揺らぎ。現実と理想の狭間に存在した底の見えぬ溝。それを修正できない無力さ。それに気付かないまま、のうのうと生きていた自分を恥じ、逃げ出した事。そしてさらに思い知った現実の厳しさ。ここでは子供達は生きるためにゴミを漁っている。
「わたしはどうすればいいの?」
 頭を抱えるミリーを前に藍那は口を閉ざしてしまった。
 しばしの沈黙を破ったのは年長のカメノフだった。
「確かに憐れな事じゃ。じゃが、ミリーちゃんが家出すればそれでいいのかのう。今のお前さんがここにいても、周りに迷惑をかけるだけじゃろう? 今まで知らん世界を知ったなら、その世界に馴染めるよう、力を得た方がいいのではないかのう?」
「そうですわ」
 と春妃が後に続いた。
「大切なのは、『これからどうするか』ではないでしょうか? 裕福ならば、裕福な立場だからこそ出来る事がありますわ。どんな慈善事業も、後ろ盾の支援なしでは行われていないでしょう? 全てを捨てた平等が大事なのではなく、如何に様々な物を活かして色んな方々を暮らし易くするかが大事なのですわ。お嬢様にしか出来ない事もきっとあるはず。まずは家にお戻りになられ、見聞を広められてはいかがでしょう?」
 だがミリーは頑なに首を振った。
「でも、お父様は何もしなかった! お父様だけではない・・・・わたしの周りの人、神さえもこの現実を知りながら、見て見ぬフリをしているだけ! きっとわたしも何もできない! 例え、ウィルが飢え、道端に倒れていても、わたしは・・・・!」
 震え泣くミリーの肩を藍那は優しく抱いた。
「その問題に対する明確な答えを持ち合わせていない自分の無力さを悔います・・・・。ですが聞いて下さい。神とは人の心の支えになっているに過ぎません。信じなくても裕福な方は居ますし、信じていても貧しい人は居ます。人は何も成さず、神に全てを委ねる事はできないのです」
「ではわたしに何ができるのでしょう?」
「少年にもう一度会ってみましょう。きっと何かが見えるはずです」

 晩秋の色鮮やかな空をシフールの少女が小鳥のように軽やかに飛翔する。
「あ〜、やっぱり空を飛び回るっちゅうのは気持ちええわ」
 夕暮れの空の色に染まる髪を雲に梳かし、イフェリア・アイランズ(ea2890)はにっこりと微笑んだ。だが少女はのんびり風と戯れている場合ではないと、広大な街並みの中にウィル少年の姿を探す。
「ウィルはんが見つからん事には何も始まらんし。なあ、蒼風はん」
 蒼風というのは李風龍(ea5808)の飼っている鷹である。
「あや?」
 市場の果物屋から見事とも呼べる手つきで林檎をくすねている少年がイフェリアの目に飛び込んできた。黒々とした髪に世界を睥睨するかのような灰色の瞳。おそらくウィル少年。イフェリアは直感的にそう感じた。
「蒼風はん、はよ主を連れてきい!」
 鷹が風を切り疾走する姿を見送った後、彼女は皆への合図にとスクロールを広げ、稲妻を大地に落とす。これで仲間はこの場所へと集うだろう。
「む! 性懲りもなくまた盗もうとしとるで」
 イフェリアは市場の人ごみの中へと急降下! 果物を盗もうとしている少年の後頭部に蹴りをかました!
「痛え」
 少年は振り向いた。
「あんたウィルはんやな? 林檎盗んだやろ?」
「いや」
「ごまかしても無駄や。うち、一部始終を見とったからな」
「それで?」
 と少年は悪びれた風もなく言う。
「盗んでばっかしとったら、いつか捕まって牢屋に入れられてまうで? 現に、うちにこうやって捕まっとるやんか?」
「そいつはいいな。牢屋に入れられたなら、飢え死にする事だけはなさそうだ。だが残念な事にコソ泥一人に牢屋を与えてくれるほど、騎士団領も広くないだろうよ」
 少年の屁理屈に少女がかっかしながら言い返している間に、ケインと風龍が駆けつけた。
「彼がウィル少年か」
 とケインが言うと、ウィルはいかにも気だるそうにこう呟く。
「説教臭そうなのがまた増えたな」
「残念だが、その通りだな、ウィル殿。ミリー殿の話によると、放火を考えているとの事だが?」
 風龍が問うと、少年は屈託なく笑った。
「そんな事をしてどうなるんだい? そりゃあ、高慢な貴族共に一泡吹かせてやりたいとは思うが、そんな事をしたところで俺達が食っていけるわけでもない。ミリーを脅かすために言ったまでさ」
「そうか・・・・まあ、そうとしても、しばし我らの話に付き合って頂きたい。俺は口が上手い方ではないから、流派の教えを説くだけだが」
 風龍は混じり気のない実直な瞳で少年を真直ぐに見据え、教えを語りだす。
己こそ己の寄る辺、誰でもなく己自身が最も頼れる存在。己を確かに持てば、何が起きても身を守る事が出来る。
 肉体(力)と精神(正義の心)は分かつ事は出来ない。力無き正義は無力、正義無き力は暴力である。
 半ばは己の幸せを、半ばは他人の幸せを考えよ。人は一人で生きておらず、汝だけでなく皆が幸せでなければ、平和で豊かにはならない。
 汝が悪行を成したなら他の誰でもなく汝が悪い。過ちは結局汝自らで解決するしかない。
「今まで一人で生き抜いてきた事は認めるが、悪事を為すなら、いつか自分にもそれは返ってくる。これが俺の信念だ」
 風龍は聞いてもらった一礼に頭を下げた。
 少年は反論する。礼には礼をもって。
「僕にはあなたの言い分が理解できない。力無き正義が無力であるならば、僕は正義を行えない事になる。何故なら僕には力がないからだ。そして僕らは正義無き力に虐げられてきた。そしてあなたは他人の幸せを考えよと説くが、僕ら浮浪児は力を合わせて生きてるんだ。生きるために盗まないといけない・・・・ただそれだけだよ。正義なんかない、その意味もわからない」
「いや、それは!」
 風龍を押し止めたのはケインだった。
「説法ではこの少年を諭せないようだ」
 ケインが少年と向き合った。
「俺は俺自身の昔の話をしようと思う。兄が3人、病気がちな弟と、末に妹がいた。食費、薬代、バカにならなかった。おそらく、君が浮浪児達の面倒を見ているのだろうがそれと似たようなものだ。俺達皆必死で働いた。妹が弟の看病をこなせるようになるまで、俺が弟の看病をしながら妹を育てたんだ。じきに俺は食扶持を減らすため家を出、各地を放浪し、いつしか冒険者になっていた。色んな境遇で育った奴がいる。だがそれで幸不幸は決まらんさ。俺が不幸そうに見えるか?」
 威風堂々と佇むケインのどこをどう見ても不幸に憑かれているようには見えなかった。
 少年は悲しそうに頭を振る。
「僕ら浮浪児は家族に捨てられたんだよ。産むだけ産んで我が子を川に流す親がどれだけいると思う? そんな僕らに働く場所があると思うかい? 無いのが現状さ」
「ウィル! ならあなたはどうやって生きていくの?」
 その声はミリーのものだった。彼女は目に涙を溜め、訴えた。その思いを引き取ったのは藍那である。
「ウィルさん、あなたを取り巻く境遇を理解できたとは言いません。ですが、あなたが盗みを働いても何も変わりはしないはずです。あなたの家族とも言うべき子供達を救えるわけでもないでしょう? 悲観的にならず、彼らを養うための仕事を見つける事から始めてみませんか? 自分にあった仕事はきっと見つかると思います。私達と探してみましょう」
 藍那は手を差し伸べた。その手に届きかけた少年の手。だがやはり彼は首を振らねばならなかった。風龍、ケインの言葉も正しいだろう事はわかる。だが。
「世の中、耳に心地よい言葉だけで構築されはしない。俺は働けるだろう。だからといって、あいつらが働けるとは限らないんだ」
 立ち去ろうとした少年をミリーが呼び止めた。が。
「僕に構うな! お前には帰る家があるんだろう・・・・ならそこへ帰れ」
 少年は人ごみの中へと消えていった。夢幻のように。
「仕方ない・・・・あの少年の目にする現実はわしらが思うより辛いものじゃ」
 カメノフは首を振る。
「畜生! それでも俺は・・・・俺は自分の信念に殉ずるだけだ!」
 風龍が吼え、ケインは首を振った。
「家族か・・・・」
「私達に救えない命があり、解けない真理の壁がある・・・・」
 藍那の強き瞳はやるせない現実をひたむきに見据えていた。