●リプレイ本文
黄泉の国に続いていそうな底知れぬ闇。一度足を踏み入れれば、二度と抜け出す事叶わぬと恐れすら抱く。生か死か。その境界線を見定めようと、シア・シーシア(eb7628)はランタンに火を灯した。小さな炎が広大な闇の中に揺れる。
「へえ、噂通り入り組んだ迷宮って感じだな。ちょっとドキドキしないか。子供達が洞窟の中に宝物が隠されていると思うのも分かるな」
「まったく呑気な奴だな。子供達はきっと恐い思いをしているに違いないんだぞ」
ラーイ・カナン(eb7636)は低い声で呟いた。白い騎士装束の下にスラリと伸びる引き締まった腕が逞しい。
「救出、人命尊重」
と不思議な印象を纏った佐伯小百合(eb5382)が何故か片言でぽつりぽつりと言う。その言葉に同調するのはサラス・ディライン(eb8307)である。
「そうだな。急がないと大変な事になる」
「あ、そうだ! はい、サラス。これ!」
と鳳双樹(eb8121)はサラスに弓を差し出した。
「この前、弓が壊れたって嘆いてたでしょ?」
サラスは弓を受け取り、「迷惑をかける」と言うと双樹は笑って首を振った。
「よし。では行こうか」
ラーイを先頭に冒険者達は歩み出した。その刹那、思い出したようにシアが女の子達に言う。
「君達、くれぐれもラーイに触れないでくれたまえよ。面白い事になってしまうからね」
「何が面白いんだ?」
ラーイはいささかムッとして言い返した。彼は女性に触れられると狂化してしまうハーフエルフなのだ。
一行は自分達が迷わないよう細心の注意を払って進んだ。分かれ道に行き着くとアイオン・ボリシェヴィク(eb8972)は必ずナイフで壁に印を付けたし、シアは羊皮紙に辿ってきた道を記した。
「しかし何て広い洞窟だ」
ランタンの灯油の残りを気にかけながらのシアの呟きに、黒のクレリックらしく服装も髪もこの迷宮の闇に溶け込むように暗いアイオンが続けて言う。
「まったくです。子供というのはどうしてこんなに好奇心が強いのでしょう。好奇心だけでこの冥界のような洞窟に入ってしまうのですから。過ぎた好奇心は身を滅ぼすというのに・・・・しかしその純真な輝きに満ちた子供心もまた美しきかな。ともかく心配です、一刻も早い救出を心掛けましょう」
「そうね、人探しは人海戦術だからね。頑張りましょう。三重遭難だけは気をつけながらね」
そう相槌を打つアルマ・シャルフィ(eb8153)をアイオンはじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「アルマさん、あなたの髪はルビーのように紅く美しい」
そう言いつつ、彼はアルマの髪を弄りだす。
「何なの!」とアルマはどぎまぎして後ずさった。
「すみません。綺麗な物に目がなくて。この世に美より価値ある物など存在するのでしょうか?」
「さ、さあ・・・・?」
アイオンはどこか妖艶な色気みたいなものを漂わせている青年で掴み所がない。彼が人の髪を弄るのにも悪意があるのかどうかさえよくわからない。
「シアさんの髪も綺麗ですねえ。月明かりみたいに淡くて」
「おい、止めたまえよ」
シアはアイオンの手から逃れようと身をかわす。
「嫌ですか?」
「男に髪を愛撫されて嬉しいわけないだろう!」
「・・・・なるほど」
「サラスの髪だって綺麗なもんだぞ。上質のシルクみたいで」
シアは何とかアイオンの矛先を自分から逸らせようと、怜悧な白髪の少女を指差した。が、アイオンは悲しそうに頭を振る。
「おお、私はどうにもハーフエルフを好きにはなれないのです、失礼」
彼自身ハーフエルフでありながら、そのような発言をするとは、よほどの事情があるのだろう。ただ、その事を問い詰めてみる勇気のある者はいなかった。それに触れてはいけないというオーラをアイオンが発していたせいもあるが。
そんな会話のやり取りを眺めていた小百合は双樹にポツリと言う。
「不思議な人、いっぱい・・・・」
「あなたも相当に変わってるけどね」
もう何時間この洞窟を彷徨っただろうか? 半日以上も過ぎ去っていたかもしれないし、まだほんの数時間という気もしないではない。時間が止まったかのような錯覚すら覚える。
とにかく彼らは叫び続けた、子供達の名を。呼べども呼べども、返ってくるのは壁に反響した自分達の声だけという現実に心が折れそうにも、声が枯れそうにもなるが、止めるわけにはいかなかった・・・・いや、時折、優れた聴覚を持つシアとサラスが耳を澄ませ、辺りの気配を探る時だけは呼び声を一時的に静めたが。
「私には何も聞こえないな」
「僕の耳にも嫌になる静寂だけが届いているよ。双樹は何か感じるか?」
一行の最後尾で気配を探る双樹も否定的に首を振った。
「正体不明の怪物って本当にいるのかな? そう思うくらい、静まり返ってるよね・・・・怖くなってきちゃった」
そんな折、ラーイは何かを見つけたのか、手に持っていたランタンを頭上に掲げた。
「見ろ」
ランタンの灯火が照らす壁、そこら一面には判読できない文字や絵が刻まれていた。
「遥か昔にこの地に住み着いていた種族が遺したものね、きっと。興味深いわ」
アルマの言葉にアイオンが肯いた。
「そんな感じですね。呪術的な物かもしれない」
「先人、生きていた証・・・・」と小百合。
「きっとお絵描きが好きな人達だったんですね!」
「そういう事ではないんじゃないか・・・・?」
天然ボケをかます双樹にシアがつっこんだ。
「学術的な興味に浸っている場合ではない。すべき事がある。行くぞ」
ラーイは先を歩み始めた。
その時だった、気をつけていなければ聞き逃していたに違いない程かすかな物音がシアの鼓膜を揺らす。
「あっちだ!」
宝物探しという夢など到底見れない闇の中でひもじさと物寂しさに凍える子供達。歩けど歩けど出口に辿り着かない悪夢の中で、ボブは遂に声を上げて泣き始めた。
「泣くなよ、もうすぐ父ちゃんが来てくれるよ・・・・」
と言うフィリップの声も震えていた。その刹那、彼は聞いた、足音のような物音を。
父が迎えにきてくれたのだと少年の顔は明るくなる。が・・・・その足音はあまりにも重い。人の足音とは思えない。それは徐々に近づいてくる。
そして・・・・二人は見た。闇の中に瞬く赤い光・・・・凶暴な光を宿す野獣の瞳!
「うああ!」
巨大な影が少年達の頭上に棒を振りかぶる!
瞬間、化け物の棍棒に砕かれた濁音が洞窟内に木霊した。
砕かれたのは少年達・・・・ではなかった!
「ふう、ぎりぎり間に合ったな・・・・」
少年達の危機を救ったのは俊敏なサラス。彼女は化け物の棍棒が少年達を砕く前に、二人を抱きかかえ身をかわしたのだ。
「大丈夫か?」
ラーイがランタンで化け物の正体を照らし出す。
熊の雄々しい体に猪の頭部。茶色の毛並みが覆う全身には、奪い取ったものだろう、古めかしい皮の鎧が装着されていた。バグベアだ! こんな処に!
「排除開始」
「弱い者イジメは許さないんだから!」
誰より早く臨戦態勢に移行したのは小百合と双樹である。この東国出身の二人は見かけの小柄さ、愛らしさからは想像もつかない豪快な一撃を次々に化け物の腹に叩き込む!その剣戟は怪物の鎧を見事打ち砕いた!
怪物は痛みに甲高い呻き声をあげ、憤激に棍棒をがむしゃらに振り回す!
「おっと、じっとしてろよ!」
シアとアイオンの魔法の光が怪物に直撃、足を止める。そこにラーイの稲妻の如く凄まじい一撃が落ちた。
「止めだ、サラス!」
狙いすまして放たれた閃光の如きサラスの矢はバグベアの赤い目を射抜いた!
怪物は声もなく、闇に溶け込むように息絶えた。
「あら、皆強いのね。私が何もしないうちに倒しちゃうのね」
アルマが安堵の溜息を漏らしつつ笑った。
サラスは子供達の前に膝をつき、水を入れた袋を差し出す。
「・・・・よく頑張ったな」
「元気? 皆、心配した」と小百合も食べ物を差し出す。
「お、もっと飲むか?」
シアも給水袋を懐から出したが、その手はラーイに止められた。
「子供に何を飲ませる気だ?」
「固いなあ。こっちのが体も温まるのに」
シアはぐびりと音を立てて、酒を呷った。
「とにかく皆無事でよかったよね」
「そうね」
双樹とアルマが笑顔で肯き合った。
だが本当に辛いのはここからだった。来た長い道を今度は子供を背負い、戻らねばならない。
「もうちょっとだからね・・・・」
双樹は背に背負うボブにそっと呟いたが、疲労に眠る彼の耳には聞こえてはいなかったろう。この背中の温かさが母になるという事なのだろうかと、彼女はふと感じた。
「どうやらこのまま素直に帰してくれはしないようだな」
シアとサラスは前方から近づいてくる物々しい足音に悪寒を催した。
「誤算だな。もう一匹いたか・・・・」
フィリップをおぶるラーイが憂鬱に呟いた時、物陰からバグベアが現れる。それも先程よりもずっと大きい奴だ。冒険者達もさすがに疲労困憊。立ち向かえる気力は残されていない。
「みんな、目を瞑って!」
アルマの声が響いた瞬間、彼女の体が魔法の光に眩く光り輝いた!
ただでさえ物凄い眩しさだ、この暗闇に慣れた怪物の目には堪ったものではない。
「今よ! 皆、走って!」
バグベアが目を眩ませているうちが勝負だった。全員最後の力を振り絞って走る!
だが子供を背負っているハンデは否めない。
「あっ!」
双樹は小石に躓いた!
迫り来るバグベア!
その時だ! 後方から放たれた矢が怪物の両眼を射抜いた!
「こっちです、皆さん!」
その懐かしい声に少年達が声を上げた!
「父さん!」
ボブの父はボブを背負い、フィリップの父は膝をすりむいて走れない双樹を背負って走った! 失われた視界に嘆き悲しむバグベアを尻目に、彼らは逃げ切った。
「ふう、今回はやばかったなあ」
シアは月夜にひとり乾杯した。もう全員くたくた。しばらくは動けそうにない。焚き火を囲み、空腹を凌ごうと新鮮な空気を腹に溜め込む。
そんな状況を救ったのは小百合。手近に見つけた野草や木の実を使い、自慢の料理の腕を披露した。
「あったまる、どうぞ・・・・」
「いいねえ、みんなで乾杯と行こうか!」
秋の夜の森に、ささやかな宴会が開かれていた。