人斬り魔の悪夢! 護れ、命の尊厳!

■ショートシナリオ&プロモート


担当:HIRO

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:10人

冒険期間:11月22日〜11月27日

リプレイ公開日:2006年11月28日

●オープニング

 冬も間近の寒々しい夜を覆うのは濃い霧だった。罪深いほどに美しい月さえも覆い隠す霧は人の罪をも覆い隠すのだろうか。
 夜警に街を見回っていた騎士は、静まり返った路地に聞こえた甲高い足音に後ろを振り返った。
「誰だ!」
 騎士はただならぬ殺気を感じ取り、鞘に手をかけた。蒸気のようにすら宙を舞う霧の中から現れた謎の人影。
「貴様ひとりか・・・・?」
「誰だ、貴様は!」
 冷や汗混じりに騎士は問う。剣を握る手がどうしようもなく震えていた。それほどまでに向かい合う男が発する殺気が凄まじい。だが騎士である誇りが逃げることを許さない。
 騎士は剣を構えた。
 男は低い声で笑う。フードを目深にかぶっているので顔は見えないが、その残忍そうな口の歪みだけは、はっきりと見て取れた。
「俺はお前にとっての死神よ」
 雲の合間から零れ落ちた一筋の月光が人の背丈ほどもある男の剣を照らし出した。人の生き血を存分に吸った禍々しい刃。
 騎士はその剣を見た時、はっと思い当たる。
「貴様が・・・・噂の人斬りか・・・・?」
「汝とこの世を繋ぐ命という鎖を断ち切ってやろう!」
 切り裂かれた濃霧。騎士の体が人形のように崩れ落ちた。冷たい大地に漆黒の血が染みていった。

 次の犠牲者はゴードンとジェームズという名の二人の冒険者だった。
 一日の疲れを癒すための酒にほろ酔い気分で帰途についていた冒険者達を人斬り魔は襲った。
「いい度胸じゃねえか! 俺達二人相手にやろうってのか?」
 彼らは歴戦の猛者。霧に紛れてふらりと現れる人斬りに恐れを成すほど軟弱ではない。
「二人には二人でお相手しよう」
 霧の中に二つの人影が浮かび上がる。
「人斬り魔は二人いたのか!」
 冒険者達は剣を構える。確かに噂通り、奴らからはただならぬ殺気を感じ取れる。腕っぷしには確かな自信がある彼らでさえ、額から嫌な汗が流れ落ちるのが止まらなかった。
「どうした? 来ぬのか? ではこちらから行くぞ!」
 人斬りはあれほどに大きな剣を持っているというのに、凄まじい速さで詰め寄ってくる!
 ゴードンは最初の一撃をかろうじてかわした。
が、一人目の背後から飛び出した二人目が追撃を浴びせてくる!
 その一撃を避け切ること叶わず、彼は肩を貫かれてしまった!
「ゴードン!」
 ジェームズの叫び声が辺りに響いた時、ゴードンは大地に倒れ伏し、傷口を押さえて呻いていた。
「もう終わりか?」
 人斬りどもが冷笑する。
「ゴードン!」
「来るな、ジェームズ!」
 ゴードンが叫んだ・・・・が、遅かった。猛然と突っ込んでくるジェームズは人斬りの大剣によって、宙を舞っていた。
「ジェームズ!」
 彼の体は転げ回り、無残に地べたを這いずった後、ぴくりとも動かなくなった。
 即死だ。
 ゴードンは吼える。その嘆き声は虚しく虚空に木霊した。
「何故このようなことを・・・・!」
「理由などない。いや、あえて理由を挙げるとするなら、我らの力を誇示するためだろうか」
「なんだと・・・・?」
「そう、この手によって屠られた命が、積み上げられた死体が、我らの力の証明。それを目にするはかくも愉しきこと」
「そんな理由で・・・・人を・・・・」
 ゴードンの目には悔し涙が浮かんでいた。
「そう、屠れるのだよ! 貴様らのように他人のため命を賭す者がいるならば、我らのように己が喜びのために命を奪える者があるのも然り」
「許せぬ!」
 拳をあまりにも固く握り締めたため、手から血が滲んだ。歯を固く食いしばったために、口から血が滲んだ。そして仲間の命を奪われた悲しみに、心からも血が滲んでいた。
 こいつらだけは許せない!
 だが、ゴードンには、殺された人々、そして大事な仲間の無念を晴らす力は残っていなかった。
「一思いに仲間のところへ送ってやるのも慈悲というものか」
 殺人者の冷酷な瞳には一切の感情が窺えない。彼らは人の死を、まるで何かの実験対象の如く冷徹に観察するだけ。そして・・・・また一人の尊い命をここに屠る。
 翌朝、二人の冒険者の遺体は吹き曝しの路地にて発見された。

「由々しき事態ですね・・・・」
 いつも飛び切り元気な受付嬢の顔が暗く翳っていた。
「ああ」とベテランの受付係は答える。「まさかあいつらが・・・・」
 受付嬢の目から一筋の涙が零れ落ちる。
「許せないですね・・・・人の命を弄んで・・・・」
「ああ」
 これはもう依頼云々の問題ではない。冒険者の誇り、人の誇りに賭けて、このおぞましい殺人鬼と対峙しなければならない。命の尊厳を賭けて戦わねばならない。

●今回の参加者

 ea3179 ユイス・アーヴァイン(40歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb0379 ガブリエル・シヴァレイド(26歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb3310 藤村 凪(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3412 ディアナ・シャンティーネ(29歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5295 日高 瑞雲(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

デフィル・ノチセフ(eb0072)/ デゴーズ・ノーフィン(eb0073)/ リノルディア・カインハーツ(eb0862)/ 紗夢 紅蘭(eb3467)/ 龍一 歩々夢風(eb5296)/ クリスティアン・クリスティン(eb5297)/ サシャ・ラ・ファイエット(eb5300)/ オージン・カン(eb5374)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868)/ ジャン・シュヴァリエ(eb8302

●リプレイ本文

 漆黒の闇夜に重層的な霧が舞う。寝静まった街中を徘徊するのは悪夢の如き殺人鬼。街を悪夢から醒ますため、立ち上がる時。ヴェニーが彼らに告げた「生きて帰ってきて」という言葉の大切さを噛み締める。
「人の命を躊躇いもなく簡単に奪うとは・・・・その無念、俺達で晴らしてやらないとな」
 七神蒼汰(ea7244)が重々しく口を開いた。
「そうですね。討たれた方々が安らかに眠れるように。・・・・ただ、人斬り魔に対しては怒りよりも哀れみの念を感じずにはいられませんね・・・・」
 ディアナ・シャンティーネ(eb3412)の顔色が闇夜の中でさえ、青褪めているのが窺えた。
 ジャンやサシャが特定した人斬り魔の出没地点。狭いとも広いともいえない廃墟に囲まれた裏路地の見通しはやけに悪い。濃霧が立ち込めているから、より一層に。
 箒にまたがり、靡く銀髪を月明かりに染め、ユイス・アーヴァイン(ea3179)は空から不審な影を探す。
「最近は本当に物騒になりましたね〜。夜闇の霧にはご用心〜 と言ったところでしょうか〜。あら?」
 指先で頬をなぞる。血が滲んでいる。頬が切れているのだ。確かに今、物凄い勢いで何かがすぐ傍を掠めて行ったのを感じたが・・・・?
「何でしょうか〜? 不吉ですねえ〜」

「人斬り魔は今日も現れるだろうか?」
「きっと現れます。自分達を探し回っている輩がいる。ならば、出迎えてやろう。好戦的な彼らならそう考えるでしょう。撒いた種からなった実を収穫に来ない道理はありません」
 メグレズ・ファウンテン(eb5451)の問いにシルヴィア・クロスロード(eb3671)が応えた。
「なるほど。種からなる実を刈り取るのは我らか、それとも彼らか」
「どちらにしても私達は負けるわけにはいかない!」
 シルヴィアの強い瞳が霧に白む闇を見据えていた。

 闇と霧に誘われ、呪われし魂の足音が虚空に響く。
「来たか!」
 日高瑞雲(eb5295)が身構えた。
「途轍もなく嫌な感じや。間違いないやろな」
 藤村凪(eb3310)の額を氷のように冷たい汗が伝う。
 近づいてくる空虚な足音。
「一人・・・・」
「二人・・・・」
 闇のただ中から響く声。表情のない声だ。死体が喋れたとしても、このような無を意識させる声にはならないだろう。
 三人、四人・・・・。ただ数え上げられていく。そしてそれが八人目で止まった時、霧の中には二つの人影が出でていた。
「今宵、我が剣の生贄となる命の数だ」
 臨戦態勢に入る冒険者達を嘲笑う声。
「汝の屍が証明するのは、我らの力。滅び去るがいい、非力という絶望に身を任せ」
 人斬り魔達の大剣が大地を叩いた。
 胸糞悪さに唾を吐き捨てる瑞雲。
「俺も斬るのは好きな方だがな、てめえらのそれとは意味が違うっつー自負くらいあんぜ。人を斬り殺すのが力の証明だあ? へっ、馬鹿げてら! いいか? 力っつーのはこういう風に使うんだよ、てめえらみてえなどうしようもねえ馬鹿野郎をぶっ倒して、生きてる奴らや死んでいった奴らに安息を与える為にこそな!」
「そうなの! 命を弄ぶなんて絶対に許せないなの!」
 とガブリエル・シヴァレイド(eb0379)が息巻く。
「命はいつしか滅び去るもの。そんな物を護ったとして何になる?」
「ごちゃごちゃうるせえ!」
 月夜に吼え、瑞雲が先陣を切って突っ込む! 
「無謀な」
 瑞雲の槍が人斬り魔の片方を狙う! が、人斬り魔は矛先を大剣の刃に滑らせ、そのまま反撃に移行した。
「ぐっ!」
 吹き飛ばされ、廃墟の壁に激突する瑞雲の口から滲み出る血。防具に身を固めていたからカスリ傷で済んだようなものの、まともに喰らえば致命傷になる重い一撃だ。
「これならどうだ!」
 蒼汰はすかさず敵に詰め寄り、羽織を目眩ましに太刀筋を読ませない一撃を狙う。
 人斬り魔もさすがにこの一撃を初見で見切る事叶わない。刃の切っ先が人斬り魔の顔を覆っていたフードを切り裂いた時、彼は両膝を地に着き顔を覆い隠した。もう片方はそんな相棒に気を取られた。そこに詰め寄るシルヴィア!
「どこを見ている?」
 鋭い弧を描く剣! その剣先を人斬り魔は間一髪背を反らせかわしたものの、頬に傷が走る。
「騎士として貴様らの行いだけは絶対に許す事が出来ない! 剣は人を傷つける為の道具ですが、扱う人の心までがそうであってはならない。そなた達が剣で悲しみを生み出すと言うのなら、私は人々の笑顔を守るため剣を振るう!」
 クックック・・・・。人斬り魔達が低く嘲笑う声が冷たい空気に伝わってくる。意図の見えない、ぞっとする笑い声だ。
「け! 強がりか! メイフェ、奴らのビビッてる顔を照らしてやれ!」
 宙に浮かんでいたエレメンタルビーストが瑞雲の命令に反応し、自らをより強く照らし出し、人斬り魔達の顔を白日の元に晒し出す。
「よかろう。我ら兄弟の顔をとくと見よ。そして慄け!」
 兄弟? 冒険者達は生唾を呑んだ。
 人斬り魔の顔・・・・そこには醜く浮き上がった火傷の痕が。ひとりは右頬に、もうひとりは左頬にそれぞれ同じような痕があるのだ。その火傷痕の位置を除けば、二人の顔は瓜二つ。おそらく双子だろう。
「詳しくは語らぬ。正義の名の下に剣を振るい、虐殺を尽くす輩がいた。そ奴らが闇に乗じ火を放ち、両親を暗殺した。その時の傷痕・・・・汝らのいう正義の爪痕がこれなのだ」
「その者達は断じて正義ではない!」
 とシルヴィアが悲痛に叫ぶ。
「そんな事はどうでもいい。ただ正義という理念の下に成される蛮行。赦される武力行使。我らにとって、それが全てだ。現に今も、汝らは正義のために我らが命を奪おうとしている。ならば、汝らから見る我らが悪であるように、我らにとって汝らは邪悪である事を知るが良い!」
「それは・・・・」
 ディアナは言葉に詰まった。彼らに対して感じていた直感的な哀れみは真実の見えない自らに対しての哀れみでもあったのだろう。正義とは何なのか。どこにあるのか。
「彼らの言う事もあながち間違ってはいませんからね〜。表面で甘い言葉を吐く人に限ってあくどかったりしますから〜」
 ユイスが呟く。が、シルヴィアは首を横に振った。
「私は・・・・自分の信念に殉ずるだけだ。この剣に賭けて!」
「そうだな、最後に信ずるは己自身の誇り! 大敵臨戦、雌雄決戦、いざ参る!」
 剣を構え特攻するシルヴィアに続くはメグレズ。
 シルヴィアの剣が人斬り魔の剣と交り合い火花が散る。そこにメグレズが割って入るが、人斬り魔の背後からは人斬り魔の影が飛び出し、メグレズに反撃の一撃を見舞った!
「兄者と俺は二人で一人! 何人たりとも我らが間に入る事叶わぬ!」
 メグレズは唸る。掠った程度だが、腹からは血が滲んでいた。
「相手に乗せられたらあかん! 作戦通りにいかな!」
 なるほど、皆熱くなりすぎている。信念を揺さぶられ、敵が見えないでいる。
「この人数、いささか手が焼けそうだな。ならば」
 と、人斬り魔の兄の方がひゅっと甲高い口笛を吹く。すると二羽の鷲が夜風を切り裂き、冒険者達を取り巻いた。
「さっき私の頬を掠めたのはこれでしたか〜。次から次にペースを掻き乱してくれます〜」
「鳥さんは空を飛んでいるから、剣は不利なの。だから私達魔法使いが鳥さんの相手をするなの! だから皆は敵よりも自分の心に負けないでなの!」
 ガブリエルはスクロールを広げ、念じ出す。すると磁場が歪み、鷲が大地に叩きつけられた。
「無闇に命まで奪わないなの! そうでしょ?」
「その通りだな」
 蒼汰の素早い剣戟に、演舞の如く優雅なディアナの槍が乱れ飛ぶ。これら全ての攻撃を大剣で防ぎ切る事はできない。 人斬り魔が初めて後ずさった。
「うちらも続くで! シルヴィア君、騎士道も武士道も気持ちは同じってとこ、見せたろ!」
「ああ!」
 シルヴィアの第一撃はかわされたが、彼女はそのまま肩で敵にぶつかる。よろめいた人斬り魔弟の腹に、凪の十手がすかさず入った。
「おのれえ! 蛆虫共が!」
「かかってこいや〜!」
 吼える人斬り魔共に瑞雲が吼え返す! そして何と人斬り魔達が振り下ろした重い一撃を敢えて避けずにその身に受けたのだ! 吹っ飛ぶ瑞雲の全身から血が噴出す!
心配したディアナが駆け寄るが、彼は歯を喰いしばって立ち上がり、大丈夫だと告げると、人斬り魔に一歩一歩、歩み寄っていく。
「空には影を刻んでくれる“光”があるのですよ〜」
 人斬り魔の影は大地に縫い付けられた。ユイスの魔法だ。そこにメグレズの巨人ならではの重い一撃が入っては堪らない、人斬り魔・弟の膝は遂に大地に落ちた。
「むう!」
 兄の方も弟を気遣う余裕もない。
「夢想七神流抜刀術、『霞刃』!」
 蒼汰の止めの一撃を受け、兄もまた膝をつきそうになるが、そこはぐっと堪え剣を構える。そこに立ち塞がったのは瑞雲。満身創痍といった体だったが、その瞳に漲る活力はいささかも衰えてはいない。
「この身に受けたのは、てめえらが過去に受けた痛みだ! 今度はてめえらが自分達の犯した罪の重みを受けろ!」
 振り下ろした渾身の一撃は、人斬り魔の大剣を打ち砕く!
 決着の時。
 シルヴィアは剣を鞘に収め、静かにこう言葉を紡いだ。
「例えそれが無駄だとしても私は命を護り続ける。それが私達騎士の使命だと信じているから」
「そう・・・・そうですわ。正義が見えなくとも、自らの心が信じる道がある。それを守り通すだけ」
「そうやな。それが武士道っちゅうもんやで」
 ディアナの言葉に凪が肯いた。
 だが人斬り兄弟は笑う。
「ならば、我らが道も間違ってはいなかった。そして我らが敗北するとは、こういう事だ」
「待ちなさい!」
 シルヴィアの言葉は一寸遅かった。その言葉が闇夜に響いた時、彼らは懐に隠し持っていた短刀で喉元を突き、絶命した。
「馬鹿野郎! 死んじまったら、何もならねえだろうが! てめえらは悲しい卑怯者だ・・・・」
 瑞雲の血の涙が蒼い大地に零れていた。