テムズ川の恐怖
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:HIRO
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 95 C
参加人数:4人
サポート参加人数:7人
冒険期間:12月04日〜12月10日
リプレイ公開日:2006年12月09日
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●オープニング
初冬のテムズ川は白く濁っていた。ぼんやりと貝楼のように揺らぐ霧のせいだろうか。それともキャメロットの灰色の空を水面に写し取っていただけだろうか。
小鳥も眠りから覚めやらぬ早朝のそんな日だったから、寝ぼけ眼で船を出した漁夫も、船に近づいてくる奇妙な影を目にしたとき、見間違いか目の錯覚だと思った。だが違った。その黒い影は確かに、ゆらゆらと浮浪児の如く行き場のない様子で川面を彷徨っている。
厄介なことになったものだ。漁夫は低く呟いた。見間違いでなければ、あれはおそらく人だろう。よくいるのだ、自暴自棄になり川に飛び込む奴が。まあ、間抜けな酔っ払いが酒に酔った勢いで川に飛び込み、そのまま溺れたという馬鹿げたケースもままあるが。
漁夫は見て見ぬ振りをするわけにもいかず、船を近づけ、うつ伏せに彷徨っていた死体をさらった。そしてその瞬間にようやく知ることになるのだ、この一件に纏わりつく凍りつくような恐怖を。
死体の男は見るに耐えない歪んだ形相で目口を開いていた。まさにこの世の絶望を全て味わったかのような苦悶の顔。だがそれだけではない。いや、それは恐ろしさの一端に過ぎなかった。
・・・・無いのだ。腹が。腹部から闇が這い出している、とでも言えばしっくり来るだろうか。それ以上のことを口に出すのも憚られるような凄惨な光景。そのあまりにも無残な死体を前に漁夫は吐いた。
いったい誰がこのようなことを・・・・?
その疑問に答えられる者も、答えようとする者もいなかった。気丈な海の男達でさえ、背筋を走る恐怖に口を閉ざしてしまっていた。
死体の身元はすぐにわかった。二日前から亭主が行方知れずになっていた夫人が騎士団に引き取られた無残な死体を夫だと認めたのだ。男は慎ましい商いを営んでいたらしく、品行方正で、人から恨みを買うような人間ではなかったという。
次に事件が起きたのは、数日後だった。いや、死体が発見されたのが数日後だったというのが正しい。またも腹の肉を根こそぎ引き裂かれていた。同じテムズ川からだったが、最初の事件の時とはかなりかけ離れた位置からだった。死体はひどく腐乱していたが、胸から発見された手紙が何とか識別に耐えうる状態を保っており、身元は確認できた。犯罪に巻き込まれそうもない農夫だった。
その後、数日置きに死体はテムズ川から上がった。どれもこれも歯で齧りついたかのように腹が引き裂かれ、惨殺されている。
どのような化け物がこのような残忍な凶行を犯すのだろう? とても人間の仕業とは思えないが、犯人らしき目撃談も上がっている。正体を隠すようかのように黒い外套に黒い帽子を目深にかぶった不審な人影が、夜の街――しかもテムズ川周辺を彷徨っていたというのだ。
話に聞くもおぞましい猟奇殺人。手掛かりは少ない。だが、早急に何とかしなければ、キャメロットの不穏な霧はいつまでも晴れない。さて、どうする?
●リプレイ本文
乱雪華(eb5818)と七神蒼汰(ea7244)はそれぞれ愛馬を駆り、テムズ川を疾走する。
「今回はどうも動物的なものが絡んでいるような気がするんですが・・・・血生臭い感じがして」
「確かに。それも、おいおいわかるだろう。皆も手伝ってくれている。きっと事件は解決できる。いや、しなければいけない」
幾人もの犠牲が出ているのだ。これ以上、正体が何であれ殺人鬼を世にのさばらせておくわけにはいかない。蒼汰の聡明そうな瞳に強い決心が宿っていた。
グラン・ルフェ(eb6596)は身体の前半分が馬、後ろ半分がイルカという姿の獣ヒポカンプスに跨り、川面から捜索していた。死体は川から上がる。ならば肉食の水棲獣である可能性もある。
「ベル姐さん、そっちはどう?」
川沿いを捜索しているベルトーチカの姿を見かけ、声をかける。
「さっぱりね。そっちは?」
グランは否定的に首を振る。
「それにしても、気分屋のあんたがよくこんな恐ろしい依頼受けたわねえ。惨殺された被害者の無念を晴らしたいという義憤から、なんていわないでしょうねえ?」
「もちろんそれもありますよ」とグランが答える。「だけど、こういう『謎の敵』に挑戦する。そういう状況にワクワクする自分がいる・・・・不謹慎ですかね?」
「かなりね・・・・」ベルトーチカは力を抜いて、ふっと笑う。「でもまあ、それでヤル気になるならね。頑張りな」
「ベル姐さんもね」
デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)がまずした事は、乱のゴーレムは一般人に害なす存在じゃないと近隣の住民に説明して回る事だった。
「トラブル起きたら元も子もないものね」
天真爛漫な瞳を大きく見開き、空から世界を見晴らす。魔法の力で空を散歩するのはいつでも良い気分だが、今はそんな愉悦に浸っている時ではない。それでも空から見るキャメロットの遠景は美しい。この街で凄惨な事件が起こっているとは到底信じられないくらいに。
「この世界のようにおいら達は綺麗になれるはずなんだ・・・・」
ひとりそう呟かずにはいられなかった。
「これはおそらく・・・・」
騎士団に運び込まれていた被害者の遺体を前にジークリンデはひとりごちた。遺体に残る傷跡や歯形から、怪物の正体が判る事もある。
「犯人は極めて獰猛ですね。血も涙もないような奴に違いありません」とクル。
「そうでしょうね・・・・」
ジークリンデは窓の外を見上げる。空の泣いた後のような紅い顔に暗い影が落ちようとしていた。
「穏やかなのに冷たい夜・・・・」
青褪めた夜の顔。雲に移し身する満月の淀んだ明かりが、夜空を見上げる乱の雪のように白い頬をも青く染めていた。
「不気味。この国の平和が呑まれそうで・・・・」
「呑まれそうなら、守り抜くまでです」
メグレズは言う。
今宵テムズ川に謎の殺人鬼は現れるのだろうか?
テムズ川は黒く流れていた、東洋の女の髪のように。この広大で深遠な川底に見も知らぬ怪物が潜んでいるのか、それとも・・・・
「無闇に探していてもやっぱ無駄なのかな? どう思う、アル兄?」
「そうだなあ、音楽に耳を傾けるような風流な相手でもなさそうだしなあ」
シフールのアルディスは難しい顔をする。
蒼汰はマヤに渡された地図を広げた。殺害現場と思われるポイントが記された地図。遺体が揚がったのはテムズ川だが、聞き込みによると、ここ最近奇妙な血痕が路上に染みている事がしばしばあったと云う。しかし、あくまで見つかるのは血痕だけ。その原因である遺体なり何なりが忽然と消え失せているのだ。そして痕跡が残っていたのは、いずれもテムズ川近辺の裏路地。これらの状況証拠を結びつけて考えないのはあまりにも想像力に欠ける。
「きっと何かあるな・・・・」
その時、蒼汰の耳に悲鳴のような叫び声が聞こえた。空耳かと疑うくらい微かな声。かなり遠くからだろう、耳の良い彼だからこそ聞き取れたが。
そこからの彼らの連携は素早かった。アルディスはデメトリオスに知らせ、デメトリオスはまず近くにいた乱に知らせた。そして乱はランタンの明かりを揺らし、向こう岸にいるはずのグランに合図を送る。グランからランタンの合図が返った。
テムズ川西部沿いの路地。白煙のような濃霧に覆われ見通しが悪い。
逸早く駆けつけたのは空を飛べたデメトリオス。彼はそっと路地裏の壁に身を寄せ、仲間の到着を待ちながら霧中に炙り出されている妖しい人影の動向を窺う。
「何してるんだろ?」
とひとり呟いた時、蒼汰と乱がようやく追いついてきた。
「こう霧が濃くては、何をしているのか遠目からでは判別できませんね」
「うむ、とりあえずグラン殿が来るまで様子を見るか」
肌にざらつく嫌な風が吹く。その瞬間、雲も霧も、無音に押し流されていく・・・・
青褪めた肌を闇色の世に現す月が零した一筋の涙のような月明かり。
そのおぼろげな灯火が照らし出した光景の中に蹲っていた後姿。
漆黒の擦り切れた外套に身を包み、鍔広の帽子を目深にかぶるその人影は、大地に転がる物体の上に覆いかぶさり、蠢いている。
「何だろ? 何かを食べてるのかな?」
デメトリオスは大きな茶色の目をくっと細めた。
そしてその瞬間に思わず漏れ出た驚愕の吐息。
大地に染みていく暗色の液体・・・・血。
人・・・・人だ! 謎の人影が覆いかぶさっているのは間違いない、人なのだ。年の頃三十代前半の男性で、既に事切れているのは明白。それもそのはず、その怪人物によって臓物を貪り喰われているのだから。
「何だ、コイツ!」
蒼汰が思わず声を上げてしまった瞬間、それに気付いた怪人物がこちらを振り向いた。その顔は生きた人の物ではない。腐っているのか、焼け爛れたように肌が醜い。その腐臭が匂ってきそうだ。
ズゥンビか?
化け物は大口を開けて吼えた! その口の中にずらりと並び揃う鋭い牙。
「ズゥンビではない!」
乱が叫んだ瞬間、化け物は月夜に咆哮すると、食事を邪魔された憤りからか、襲い掛かった。その素早い一撃を間一髪何とか飛んでかわす冒険者達。
「グールよ!」
グール――死食鬼。その名の通り、人の死肉を喰らう鬼。夜な夜な人を襲い、飽食を貪っていた者の正体! 死体を川に投げ込んだのは発覚を遅らせるためか。グールにそこまで考えられる知性があればだが。
「くそ!」
蒼汰はグールの俊敏な連撃を剣で捌きつつ後退する。
「グールって事はアンデッドなのか? 俺の刀で倒せるのか?」
「大丈夫です! グールは銀の武器でなくとも・・・・?」
立ち上がろうとする乱の手に、べとつく液体が纏わりついた。何だろう? 掌を見てみる。血――グールの餌食となった男の血。そして目にするは、無残な遺体と・・・・そこから出でた血溜まり。
「おいらの魔法なら、武器がどうのこうのなんて!」
デメトリオスの手から一筋の閃光が走り、グールの肩を焼く!
己の武器でも敵を斬れると理解した蒼汰は精神統一。目を瞑り、剣を鞘に収めた形で身構える。それは夢想流が反撃へと移行するための型。
「ならば心置きなく相手をしてくれよう。夢想流の真髄、見せてやる!」
見開かれた両眼! その刹那、目にも止まらぬ電光石火の一撃がグールの腹を裂く!
なのに蒼汰の顔は浮かない。手応えに欠けるのだ。無理もない、死者の肉体を斬るようなものなのだから。
戸惑う蒼汰の背後から走った疾風。
乱・・・・? と呼びかける間もない合間に、死食鬼の顔面に入った飛び蹴り。グールは土埃を噴煙のように舞わせ、大地を這いずり回る。
「魂無き愚者を相手にするにはこのような戦い方もあります・・・・」
無表情な声。ぼんやりと蒼いオーラを纏う拳を握り締め、虚ろな紅い目でグールを見下す乱。おかしい。彼女の瞳は海のような深く優しい蒼のはず。
「なんか怖いな、今日の乱殿」と蒼汰。
「そうか! 血溜まりを見て、狂化しちゃったんだ!」
その通りだった。乱は大量の血を目にすると、狂化してしまうハーフエルフ。
どれだけ殴られようが斬られようが痛みは感じないアンデッド。致命の一撃を与えるまで戦いは終わらない。グールは立ち上がった。が、何を思ったのか、三人に背を向け、駆け出した。三人は追うが、グールは俊敏だ。このままでは逃がしてしまう!
その時。
「逃げられると厄介なんでね。じっとしていて貰おうか」
解き放たれた矢尻が空気を引き裂いた音。矢はグールの足と大地を縫い付けていた。
遅れてやってきたアーチャー。それはもちろんグラン。
「しまった。グールには銀の武器でなくともよかったか。一矢無駄にしたな」
「遅いや、グランさん」とデメトリオス。
「スミマセン。一番遠くにいたものでね」
グールをぐるりと取り囲む四人。これでもう逃げ道はない。
「悪しきアンデッドなら、気兼ねする事もなかろう。落とす命もない。この刀で在るべき場所へ帰してやる」蒼汰が月光に煌く刃を構え直す。
「そうだね。それだけ酷い事をしているからね」
とデメトリオス。
「死者に餞を・・・・」
「そういう事だな。死者が生者の魂を貪り喰おうとはおこがましい」
狂化冷めやらぬ乱が呟き、グランが矢を番えた。
グールは吼え猛り、乱の喉元に襲い掛かる! が、デメトリオスの魔法が直撃し足が止まったところに、乱の渾身の一撃が入る!
その刹那、グランの矢がグールの眉間を貫いていた。テムズ川へとよろめくグールの懐にはいつの間にか蒼汰が忍び込んでいた!
「魂輝かぬ者、土へと還れ! 夢想七神流抜刀術『霞刃』!」
残酷なほど鮮やかな斬撃に真っ二となったグールの体が月夜に散り、テムズ川の奥底へと呑まれていった。
「一件落着・・・・ですかね」
グランは弓を肩に担いだ。
不気味な雲は去った。空は晴れ渡り、幾千もの星が再び輝きだす。保たれたキャメロットの平和を象徴するように。この平和を護っていきたい。それが四人の違わぬ想いだった。