窓辺の贈り物

■ショートシナリオ


担当:HIRO

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月06日〜12月11日

リプレイ公開日:2006年12月13日

●オープニング

 冬の朝の顔は白かった。零れる朝日の柔らかさが心地よく、厳しい北風の中でも仄かに温かい。そんな初冬の美しさに荒みきった貧民街すら彩られていた。
 少女ミニーは窓を開き、白い吐息を宙に浮かべた。新鮮で穢れのない空気。吸い込むと、胸の内側に雪の精が寄り添ってでもいるかのように、冷たく、すがすがしく溜まっていく。
 少女は決して裕福ではない。まだ顔も憶えていない頃に父を亡くし、母と盲目の祖母の三人で必死にその日を食べている。女手だけで暮らしていくのは厳しい。そんな事は幼いミニーですら、とうにわかりきっていた。それでも彼女達が不満を漏らさずに生きていけるのは、この日の朝日のような仄かな温かさがこの家族にはあったから。北風の厳しさを凌ぐために懸命に生きていたし、打ち負けない強さがあった。
 奇蹟というものは、このような人々の上にこそ、零れ落ちるものなのかもしれない。
「あら?」
 窓辺に無造作に転がっていた小さな小さな石。道端に落ちているような石ころではないと少女の目にも明らかだった。その石は見たこともない不思議な色をしていたから。見る角度によって赤、青、黄色というように色が変わる虹の石。オパールだった。そしてその宝石の下には羊皮紙が敷かれてあり、そこには美しい筆跡でこう書かれていた。

     この石があなた方に幸福をもたらさんことを祈って

 もちろん少女には読めなかった。だがそこには何か大切な言葉が書かれてあるに違いない。利発な少女は咄嗟にそう判断し、母を呼びに行った。
 が、盲た祖母は言うに及ばず、母も文字を読むことができない。結局、その手紙の文面を読み上げていたのは、彼女達が通う教会の神父だった。
 神の贈り物でしょう。主は弱き者を見捨てません。彼に感謝し、有難く受け取っておきなさい。と、神父は言う。
 もちろん、彼女達は神に感謝するだろう、毎日そうするように。だが、もし神以外の誰かが贈り主であった場合、神と同じくその人に感謝の念を奉げねばならない。そしてその人を見つけ、お礼を言うまで、オパールは大切に仕舞っておこうと話は決まった。
 だが、貧民街で起きた奇蹟はこの少女の家だけに留まらなかった。他の貧しい家庭でも同じような出来事があったという。脚の悪い老人の窓辺に、医者にかかるだけの金貨が置かれてあったというし、ずっと何も食べていない浮浪児の吹き曝しの寝床にはペリドートが転がっていたという。それら贈り物を見つけたときの彼らの喜びようといったら! 笑ったことなど、もうずっとなかったであろうに。
 これは本当に神の仕業なのだろうか? 誰しもがそう信じて疑わなかったが、純朴な少女ミニーはそれが神であろうと他の誰であろうと、出会ってお礼が言えると信じていた。
 少女はすくった。冬の冷たい路地の上、健気に咲く一輪の花を。

 ギルドの受付嬢は小さな依頼人に柔らかい笑顔を向ける。ミニーはその笑顔に満面の笑みを返した。
「その人を探して欲しいの」
「あなたの部屋の窓に宝石を置いてくれた人?」
「そう、会ってお礼が言いたいの。それでね、お返しにこの花をあげるの」
 少女がさっきすくった花のこと。受付嬢はちょうど傍にあった小さな木の小箱に砂を詰め、そこに少女の花を植えた。賢い子だ、ちゃんと根っこごと花を拾ってきたのだから。これなら数日は持つのではなかろうか。
「その人はね、きっと天使だと思うの」
 少女は言う。
「わたしの部屋は二階だもの。その部屋の窓に石を置くのは、空を飛べないとできないと思うの」
「そうかもしれないわね。でも天使なんて滅多にお目にかかれるものでもないし、そもそも天使ってそんなにお金持ちなのかな?」
 受付嬢は笑いながら答えた。
「天使じゃなきゃ、悪魔?」と少女は首を傾げる。
「悪魔はこんな良い事しないわねえ。天使や悪魔じゃなくても、空を飛べる種族はたくさんいるから。鳥だってそうでしょ? 天使だったら素敵だけどね」
 世にも不思議なこの出来事。神の仕業か、はたまた人の意思が介在したものか。少女の小さな願い事。あなたは叶えてあげられますか?

●今回の参加者

 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb7706 リア・エンデ(23歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb8739 レイ・カナン(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb9541 ラグゥ・アレストラ(31歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb9601 イーシャ・モーブリッジ(21歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb9614 ルーン・アーヴィー(21歳・♂・ナイト・エルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

ウェイル・アクウェイン(eb9401

●リプレイ本文

「この国に渡ってもう二度目の冬か・・・・」
 アザート・イヲ・マズナ(eb2628)は空を見上げた。ふと思う、自分がこれまでに何を成してきたか。そんな時、決まって頭の中はこの日の空みたく真っ白に霞んだ。この荒んだ貧民街の人々に奇蹟を与えた「贈り主」以上の事ができていただろうか?
「関係ないか・・・・俺は慈善家じゃない」
 と呟くアザートの後を、彼を慕う子犬が追っていた。

「柄にもなく何をやっているのか・・・・」
 ラグゥ・アレストラ(eb9541)は自嘲気味に口の端を吊り上げた。彼は奇蹟など信じない。人間社会での出来事は何時だって人の意思と行動とが必然を産み続けているだけだと、世界を見定め続けてきた青年は知っていた。なのに彼はミニーの頭を撫で、慣れない笑顔を作る。人生とは試練である事を噛み締め生きて来たから零れる微笑だった。
「すみませんねえ」
 ミニーの祖母に礼を言われ、ラグゥは照れ隠しに上を向いた。
「気にする事はない、我輩はこの一件で絡み合う糸を解きたいだけだ。幾何学と何ら変わらぬ知的欲求を満たす悦楽でしかない」
 と言う割に、彼はよく働いた。朝方は少女と共に彼女の知り合いを一人ひとり訪ねて回り、少女の口から「贈り主」にお礼として、二階の窓に花を置いておくと述べさせた。その後は決まって一家の仕事を手伝い、家事もこなした。そんなわけだから、ミニーがラグゥを兄のように慕うようになるのも無理のない話だった。
「ミニーちゃんは優しい子ですね〜。その気持ちを無にしない為にもなんとかして、贈り主を見つけてあげたいな」
 リア・エンデ(eb7706)は少女に優しい微笑を差し向ける。
「そうですね。この小さな奇蹟が今の生活を抜け出すきっかけになれば・・・・」
 そのイーシャ・モーブリッジ(eb9601)の言葉は、ミニーに投げかけたというよりはむしろ己に言い聞かせるような響きが含まれていた。
 少女との別れ際、アザートが飼っている子犬と雛鳥の世話を東洋のお菓子と引き換えに頼むと、少女は喜んで引き受けた。
「すまない・・・・安心できる」
 その光景にラグゥが笑いを噛み殺す。
「非情な人間に見えて、意外に幼いのだな。面白い矛盾だ」
「俺達ハーフエルフは自然の摂理に矛盾した存在だ。しかしそれを否定する必要はない。生きている限りな・・・・」
「フ、なるほど」
 ラグゥは再び自嘲的に口元を歪めるのだった。

 昼間、各々は独自に行動した。エル・サーディミスト(ea1743)は大量の薬草を用意し、貧民街へと赴き、具合の悪い人を診つつ世間話に興じた。
「最近、不思議な事が起こるんだって?」
 手が石のように硬くなって動かない老人は神の加護だと言う。そしてこうして自分の手を診てくれる人がいる。これも神の加護だと。
「そんな。僕は自分のしたいようにしてるだけ」
 エルは頬を紅潮させるが、老人の感謝の念は絶えなかった。
「おじいちゃんが元気に聖夜祭で顔を見せてくれればそれが一番嬉しいな♪」
 手を振って老人と別れた時、背後からたおやかだが怜悧な声がした。リースフィア・エルスリード(eb2745)である。
「いい役してますね」
 馴染みある顔にエルはほっと一息。
「そっちはどう? 手掛かりあった?」
「駄目ですね。目撃者はいません。違う方向から糸を手繰るが良しですね。吟遊詩人の歌にあるような義賊が悪徳者から奪った富を貧しき者に分け与える話。私は騎士団に赴き、最近キャメロットで窃盗事件がないか調べてみる事に致します」
「じゃあ、僕は宝石商に聞き込みに行ってみるよ」

「神父様が何か知っているような気がするのよね」
 レイ・カナン(eb8739)は「贈り主」が必要な物を必要な所に贈っている事から、貧民街の事情に詳しい協力者がいると考えた。街の住人が通う教会の神父は街に詳しいだろうし、「贈り主」が正体を明かさないのも顔見知りだからと考えると全てに合点がいく。
 そんな思惑からだ、神父を見張ろうと思い立ったのは。闇雲に広い貧民街を彷徨っても極度の方向音痴なので迷子になりそうだというのもあるが。
 だがいつまで見張っていても、神父に変わった様子はない。不審な人物が現れる事もない。レイはすっかり業を煮やしてしまった。
「ええい、もう当たって砕けろだわ!」
 つかつかと早足に神父へとにじり寄り、事情を説明して問い詰めた。それでも神父は柔和な微笑を称えるだけで、ただ短く説教を説いただけだった。
「見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ」

 リアはもじもじしていた。足早に前を歩くアザートに追いつけずに。
「どうした? 早く来い・・・・」
 彼の無表情な声にますます怖気づいてしまう。
「アザート様って、ちょっと怖いですう〜」
 酒場へ一人で行くのは怖いとはいったが、まさか酒場へ赴こうというのがアザートしかいなかったとは。ちょうどそんな時に駆け寄ってきたイーシャ。
「私も同行させて下さい」
「喜んで!」
 リアは目を輝かせた。この気まずい空気に割って入ってくれたイーシャは天使にすら見えていただろう。
「どこにいたんだ?」
 アザートがイーシャに問う。
「商売仲間の処へ話を聞きに」
「貧民街に仲間がいるのか?」
「あ、いえ・・・・」
 イーシャは話し辛そうに火照った顔を背けた。

 夜は二班に分かれて、貧民街を捜索した。リースフィア、イーシャ、リアが初日の夜街の見回り。ラグゥを除いた残りの三人が明日。
「今回の一件に犯罪的な匂いはありませんね。宝石の盗難事件もないようでしたし」
「アザート様もそんな事を言ってました〜」
 リースフィアの言葉にリアが続く。リアの足取りが昼間と違い、軽い。共に歩くイーシャとも楽しそうにひそひそ話。
「リース様って格好いいですね〜、憧れちゃいます〜」
「そうですね・・・・羨ましい限りです」
 と、イーシャはやはりどこか翳りのある面持ちで答えた。
 その日の貧民街に変容はなかった。そして次の日も同様に。奇蹟の変容に僅かばかりでも近づけたのは三日目の事。
「あれは何でしょう〜?」
 視力優れたるリアが見つけた満月の最中に浮かんだ小さな影。
「見逃す術はありません、追いかけましょう」
 リースフィアの掛け声に三人は影を追い始めた。

 ラグゥは世間の珍しい逸話を子守唄代わりに語り、ミニーを寝かしつけていた。父親のない不憫な子だからこそ、少しでも大人の優しさを感じて欲しいものだ。辛辣な仮面を外した青年の穏やかな本音。少女はすやすやと心地よい夢の最中へ。
 ちょうどそんな時。窓から小さな物音が。ラグゥは物陰に身を潜め様子を窺う。
「よいしょ、と」
 重そうに窓を開いたのはシフールの少女。彼女は窓辺の花の周りをぐるぐる飛び回ったが、どうしようもないというように溜息をついた。
「こんな重い物運べないわ」
「手伝おうか、お嬢さん?」
 ラグゥに気付き、すぐさま逃げようとするシフールだったが、彼は素早くシフールの体を掴まえた。その時、頃合良く、部屋に飛び込んできた見回り班。
「あなたが贈り主?」とリースフィア。
「違うわ! 私は彼じゃない」
「彼?」
 シフールは慌てて両手で口を塞ぐ。冒険者達が問い詰めると、どうやら「贈り主」は別にいるらしかったが、シフールの少女はそれ以上喋ろうとしない。
 ミニーはふと目を醒まし眠い目をこする。その少女を指差し、リースフィアは穏やかに言葉を紡いだ。
「この子はただお礼を言いたいだけなのです。この無垢な顔に悪意が感じられますか?」
 ようやくシフールも折れた。彼女は明日の朝、この場所に来るようにと贈り主の居場所を告げ、飛び去って行った。

 翌日、冒険者達がミニーを連れて訪れたのは見るも立派な屋敷。少女は多少怖気づいて顔を伏せた。この小さな花を受け取って貰えるのだろうか?
「一輪の花が何にも増して価値ある時がある。行こうか、ミニー」
 ラグゥが少女の肩を押した。
 執事に通された広大な玄関から二階へと上がり、とある一室へと通された。
 そこには昨夜出遭ったシフールと、上半身だけを起こしベッドに横たわる青年がいた。顔色が良くない。ほっそりとして翳りを帯び、弱々しい。それでもその青年は優しい微笑を宿し、来客を迎える。
「ようこそ。僕はアーサー・ミロ。あなた方が贈り主と呼ぶ者です」
 アーサーは問われる。どうしてこのような恵みを貧しき人々に施すのかと。
「僕は幼い頃に両親を亡くし、天涯孤独の身です。親から莫大な財産を受け継ぎましたが、使い道もありません。僕が天に召されれば、財産を巡り、僕の知らないような遠い親族の間で骨肉の争いが起こるでしょう」
「あなた、気になってたけど、病気なの?」エルが問う。
「ええ、もうずっと心臓が悪く・・・・自分でも分かりますが、もう長くはないと思います。なら僕の死後、争いの種になる財産を遺すくらいならいっそ・・・・それが貧しい人々の境遇を変えるきっかけにでもなればと願い。神父や友人のシフールの少女に手伝って貰ってもらったのです」
「どうして秘密にする必要があったの?」とレイ。
「名前を出せば、恵みが必要でない人々も続々とここに押しかけてくるでしょう。財産も無限ではありませんし、僕は必要以上に多くの物を贈りはしません。その人が今を生きるに必要な分だけを」
「人はさほど容易に変われるのでしょうか? 過去に縛られる者は・・・・」
 請うようにイーシャが呟く。答えたのはアザートだった。
「変われるさ。そう望むなら。過去など関係ない。過去が無くとも変われた青年もいた。要は押し潰されない信念を抱く事だ・・・・」
 ミニーは青年の前に歩み出た、一輪の花を両手に持ち。
「わたしはあなたに元気でいて欲しい。お友達になって貰いたいから」
 青年は微笑んだ。
「どのような宝石よりも、生きて咲く花の方が美しいのかもしれない」
 そしてか細い手で精一杯輝こうとする花を受け取るのだった。