少年と子羊

■ショートシナリオ


担当:HIRO

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 64 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月10日〜12月14日

リプレイ公開日:2006年12月14日

●オープニング

「ソヴール!」
 ジョン少年は子羊の名を呼んだ。少年にとっては、兄弟といってもよいほど特別な子羊。少年は疲れてきた足を止め、汚れた服の袖で額を伝う汗をぬぐい、空を見上げた。月が情愛に満ちた柔らかな光を大地に零している。
 もう聖夜祭も間近。人々も自然と慌ただしくなる。少しでも人手が欲しいと大人たちが幼い少年二人に羊の放牧を任せたのがそもそもの間違い。この季節、良い牧草が生い茂る場所は決して多くない。少年たちはいつもより遠い丘まで足を運ばねばならなかった。
 そして帰り際、事件は起きた。事件とも呼べないほどの些細な事件。ジョンが寵愛していた子羊の姿がない。羊の頭数を数えてみたが、やはりいない。この辺りで羊が迷い込みそうな場所といえば・・・・寒々しい風にざわめき呻く漆黒の森しかなかった。
 その森は大人でも一人で入っては道を誤るほど入り組んでいる。その上、夜には餌を求め狼が群れを成して徘徊するのだ。だが、少年は躊躇わなかった。引き止めようとするもう一人の牧童の声を軽くいなし、ジョンは森に飛び込んでいった。そして案の定、少年は道に迷う。
 それでも、少年は子羊を捜し求めた、巨人のような不気味な木の影の合間を縫い、道を遮る藪を掻き分けながら。

――チリン。

 聞き慣れた鈴の音が優しく鳴った。少年を導くように。
 そして子羊と少年は再び廻り遭った。深き森の最中で。
「ああ、よかった! ソヴール! 君が見つかって本当に良かった!」
 少年は思わず十字を切り、天を仰いだ。
 子羊を連れ、森の出口を探す少年。しかし一度迷い込んでしまえば、盲目な恋のように簡単には抜け出せない。
 自力ではどうしようもないと諦めた少年は子羊の首まわりを優しく抱きかかえながら、傍に転がっていた粗石に腰掛けた。
「仕方ないよ、下手に動くとますます道に迷ってしまうからね。このまま、朝までここでじっとしていよう。きっと誰かが見つけてくれるよ」
 くるくると柔らかい巻き毛を子羊の頭に押し付け、月明かりに青みがかる毛並みを優しく撫でる少年は何物をも恐れることなく、道中でもいだ数少ない果実を子羊に食べさせた。
「ゆっくりと噛み締めてお食べ。今日はこれしか食べる物がないからね」

「ジョンが森に入ったまま、帰ってこないんだよう」
 少年とともに放牧に出ていた牧童は今にも泣きそうに声を上げた。
「この時期、森に入っちゃいけねえとあれほど言っただろうが!」
 と、大人が口で叱るは容易だったが。
「あの子羊はジョンが最も可愛がってたやつでよう。すぐに戻るから、他の羊連れて先に帰ってろって言うからよう! でもいつまで待っても帰ってこねえんだ!」
 牧童はかわいそうに、ジョンを置いてきてしまった自責と大人に叱られる怖さから、大泣きを始めた。だが本当に泣きたいのは大人たちのほうだったかもしれない。この忙しい季節にまたひとつ問題が持ち上がったのだから。
「仕方ねえ。もう、お前は家に帰ってろ。後は俺達が何とかするから」
 鋼のように重い溜息をつきながら顔を見合わせる大人たち。
「あの森を夜中にうろつくのは俺たち大人でも危ない。飢えた狼がわんさとイナゴのように出るからな」
「……ギルドに頼むか?」
 異論を挟めるほどの良案は残されていなかった。

●今回の参加者

 ea6251 セルゲイ・ギーン(60歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb7628 シア・シーシア(23歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb8240 ソフィア・スィテリアード(29歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb8942 柊 静夜(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb8972 アイオン・ボリシェヴィク(32歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb9033 トレーゼ・クルス(33歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb9534 マルティナ・フリートラント(26歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

エムシオンカミ(eb6708)/ ミッシェル・バリアルド(eb7814

●リプレイ本文

「探し人ならコイツの出番ね♪」
 カイト・マクミラン(eb7721)は猟師に森の地図を書かせ、ダウジングを試みる。振り子が指し示したのは、森の奥深き処。

 森に着くと、一足先にセルゲイ・ギーン(ea6251)のゴーレムと旅立っていたエムシオンカミが捜索の拠点となる野営を築き、待っていた。
「世話になるのう、シオン殿。おかげでわしらは気兼ねなく捜索に赴けるぞぃ」
 冒険者達は二班に別れる。
 片方はアイオン、静夜、セルゲイ、カイトの班。もう片方はトレーゼ、マルティナ、ソフィア、シアの班。さて、彼らは少年達を無事に保護できるのだろうか?

「ソヴールを探すために躊躇いなく森に入ったジョン、僕は好きだな」
 シア・シーシア(eb7628)は上を向き、歌うように呟く。
「そうですね、ジョン少年の羊を想う友愛、大切にしたいものです」
 ソフィア・スィテリアード(eb8240)の蒼い瞳が零れる月明かりに優麗に煌く。
「うむ、一刻も早く少年を見つけなければな。狼も勿論だが、飢えと寒さの問題もある事を忘れてはならない」
 と、どんな局面でも落ち着きを失わないトレーゼ・クルス(eb9033)。
「森に慣れているであろう子の捜索などと悠長に構えていられませんからね」
 マルティナ・フリートラント(eb9534)が少年の無事を強く心で祈り、枯れ木を踏みしめたその時。
「何でしょうか、これは?」
 小枝に引っ掛かっていた布切れ。さほどに古い物ではない。少年の物かもしれない。
 マルティナは連れていた牧羊犬のアルマに匂いを嗅がせた。
「この切れ端の主を探せる、アルマ? 鳴いちゃ駄目よ? 少年に狼と間違われては困るでしょ、お前も?」

「子供の純粋さは時に無鉄砲と通じるものがありますね。餌を求める狼が群れ成し徘徊する森に飛び込んだのは単なる無計画です。その勇気は買いますが・・・・」
 黒曜石のような瞳に漆黒の茨にも似た髪。妖艶さ漂うアイオン・ボリシェヴィク(eb8972)が厳しい口調で呟き、枝葉を掻き分けたその後、ふっと柔らかく微笑む。
「しかし一匹の羊に命を賭す事のできる勇気と慈愛、幾千の宝石よりも美しきかな」
「フム、わしもゴーレムのためなら、同じ事をするがのう。尤も、ゴーレムの堅い肉体、狼の牙程度では砕かれんじゃろうから、要らぬ心配じゃが」
 セルゲイが何故か悲しそうに独りごちた。
 一行は暗い道を彷徨う。闇雲に探し回っていたわけではない。ダウジングで示された方角へ、カイトの土地感を頼りに探す。
「ジョン少年は大人しく助けを待っていますでしょうか?」
「そうね、じっとしていてくれるなら、まだ安心できるんだけど」
 柊静夜(eb8942)の問いかけに、カイトは物憂げな表情を浮かべる。
「とにかく早く少年と羊を助けださなくてはなりませんね」
 静夜のいつもは沈着な声音にかすかな焦りが滲んだ時、4、5匹の狼が現れた。
「さっそくお客さんのお出ましね。それもなかなかの大入り」
 カイトから溜息が漏れる。
「ゴーレムがいないと、ちと心細いがのう・・・・」
 とぼやく割に、セルゲイの繰り出す魔法は絶大な効果を発揮した。
扇状に立ち昇る吹雪は狼の群れを巻き込み吹き荒れる。
 戦意も食欲も凍てついた処に、アイオンが魔法の聖光をぶつけたのだから、これは敵わぬと狼達が逃げ帰っていくのも道理だった。
「これで狼の矛先が私達の方に向けば良いのですが」
 静夜は鞘から抜く事のなかった刀を手に月夜を見上げた。

 不確かに揺らめく炎に、一時の平安を求める旅人達。溜息は白く宙に舞い、儚く費える。一時の夢のように。ソフィアは夜空を見上げた。長く伸びる影を生む枝々の合間から、僅かばかりの星と月の面影が垣間見えた。
「きっと綺麗な夜空なのでしょう・・・・」
 どこからともなくサヨナキドリの美声が耳に届いたかと思えば、その艶やかなりし小鳥は焚き火の傍に舞い降りた。
「・・・・ブルームーンです」
 サヨナキドリの囀りは艶美な人の声に変わる。いや、声だけではない、その鳥自体が人の姿へと変容を見せていった。アイオンが魔法で姿を変えていたのだ。
「夜を統べし月という名の女王の顔色は少年の安否を気遣い、憂いているように。夜空で出会う彼女は妙なる美を宿しています」
「あんたは夜空の美女に会いに行くために空を飛び回ってたの?」
 林檎を齧るカイトが言う。アイオンは近くにある粗石に腰掛けた。
「彼女の手も森の深遠まで照らす事叶わないでしょう、空からの捜索も意味を成さないのです」
「少年は大丈夫でしょうか? 飢えてはいないでしょうか?」とソフィア。
「焦りは禁物。アタシ達がへたばったら、少年の運命の火も費えるんだから。しっかり食べて、明日に備えましょ」
 カイトの言葉にトレーゼが肯く。
「そうだな、俺達も旅の疲れが残っている。今夜はできる限り、体を休め、明日は死ぬ気で少年を探す。それが最良だ」
 冒険者達は粗末な食事を取りながら、情報交換。狼に襲われた事、少年の物かもしれない布切れを拾った事。明日は皆で固まって動いた方が良いという事になった。布切れの匂いをアルマに追わせれば、少年に辿り着くかもしれない。
 そう話が纏まると、明日に備え、早々に眠りに就く。セルゲイが魔法の罠を仕掛けたので、交代で夜番をする必要もなかった。就寝前、アイオンは少年達の無事を祈っていた。
 静かにゆっくりと夜は深まっていく。耳に届いてくるのは梟の虚空に応えるような鳴き声と、消えかけている火の揺らぐ音。
 マルティナは眠れずにいた。木の幹に体を寄せ、闇を見据える。ふと肩周りに優しい毛布が乗った。
「この時期の夜は冷えるぞ」トレーゼだった。「眠れないのか?」
「ええ、少年が今も危機に瀕していると思うと・・・・」
 彼女が呟いた時、消えかけていた焚き火が再び赤々と燃え出した。
「何だ、皆、一緒か」
 シアが笑う。他の皆も寝付けずに起きていたようだ。
「なら皆を心地よい眠りに誘えるよう、子守唄でも奏でさせて貰っていいかな?」
 シアは竪琴の弦線を爪弾き、一夜の静けさに溶けるような清廉でなだらかなメロディーを紡ぐと、カイトは「いい曲ね」とそのリズムに合わせ、リュートで伴奏を始めた。
「素晴らしい音じゃ」とセルゲイが囁き、「この子守唄は、シアさん、あなたの髪のように美しい」とアイオンは賛辞を贈る。ソフィアと静夜はただただうっとりと聞き惚れていた。
 こうして森の一夜は白んでいった。

 枯葉が絨毯織り成す獣道を牧羊犬アルマの嗅覚を信じて進む。ダウジングで示されたのも、この方角。決して少年から遠くはないはずだ。
 トレーゼは、果実のもがれた形跡ある枝に逸早く気付いた。
「最近採られた跡だな、獣の可能性もあるがこちらに進むか?」
「それで正しいと思います」
 マルティナはぬかるんだ地を指し示した。羊の足跡らしきものがポツポツと残っていた。きっと少年は近い。ここからはより注意深く進もう。シアは優れた耳を研ぎ澄まし、辺りの物音を探る。
 
――チリン

 ふと耳に届いた鈴の音。
「あっちだ!」
 誰もが一斉に駆け出していた。

 森が鳴る。子羊が鳴く。少年は子羊を自分の後ろに隠した・・・・が、これほどの狼の群れに取り囲まれては。
 それをわかっているのか、狼は笑うように唸る。それでも少年の眼差しに潜む強さはたじろがない。
 構うものか、とばかりに少年の喉元目掛け襲い掛かる狼は、一瞬の後、少年の頭上高くに吹き飛ばされ、大地に叩きつけられていた!
 間一髪間に合った、ソフィアの魔法!
「少年はもちろん、羊だって狼の餌食にはさせませんわ! 彼の想いを無にしないためにも!」
 狼の群れは怒りに唸る。
「セルゲイさん、お得意の魔法で何とかならないものでしょうか?」
 静夜の声に、魔法詠唱を始める老人。
 巻き上がる吹雪は、だが、二匹の狼を呑み込んだだけだった。
「むむ、こうも散開されては昨日みたく一撃とはいかんわい」
 確かに昨日と違い、狼の動きは統率が取れている。一回り大きな狼がいるが、そいつが頭なのだろう。
「厄介ね、一匹一匹地道に相手するしかないわね」
「頭の足止めは自分がする、魔法で援護を」
 カイトが魔法を唱えている間に、トレーゼが剣を構え飛び出した。マルティナも彼の後に続く。
 が、その隙を縫い、狼の一匹が子羊に襲いかかった!
「危ない、ソヴール!」
 子羊をかばった少年の右腕に噛み付く狼! 少年の右腕から鮮血が迸る。
「離れよ!」
 アイオンの魔法が狼を直撃し、静夜が狼を薙ぎ払った。
「大丈夫ですか?」
 彼女は少年を抱きかかえる。
「最早、悠長に狼の相手をしている場合ではない」
 シアは手を大きく広げ歌い始めた。魔の力を込めた友愛の歌を。
「戦いの後に何が残る。屍の山だけであろう。屍で腹は満たされない。今すぐに戦いをやめて家に帰るのだ」
 その歌に戦意を喪失し大人しく森の深き場所へと帰っていく狼達の後姿に、トレーゼは剣を収めた。
「無為に命を奪う事もない」
「少年は無事ですか?」とソフィアが珍しく声を荒げる。
「私に任せてください」マルティナは魔法で少年の治療を試みる。
 少年は気を取り戻したのか、薄く目を開いた。
「ソヴールは・・・・?」
「大した子ねえ。まだ子羊の心配をしてるんだから」とカイトが安堵感から吐息を漏らす。
「がんばりましたね、貴方もあなたの友達も、もう大丈夫ですよ」
 静夜が腕の中にいる少年の目を見据え、聖母のように微笑んだ。
「自分の命を考えんで一人で森に向かうとはのぅ。お主が羊を心配したように家族もお主の事を心配しておるぞぃ」とセルゲイ。
「この美しき少年に祝福在らん事を」
 アイオンが十字を切ると、少年は二本の指を突き出し、こう言う。
「無駄に命を奪わず、僕達を救ってくれたあなた方にも同じ祝福を」
 冒険者達は思わず顔を見合わせた。自分の事よりも羊を気にかけ、人に祝福できるこの少年は誰よりもこの季節に見合う人だと。