高名な道化師

■ショートシナリオ


担当:HIRO

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 46 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月19日〜12月22日

リプレイ公開日:2006年12月25日

●オープニング

 エレナ・シリング嬢が婚約者ヴィクター・ロイドの屋敷でその道化師を見たのは、朝日もまだ眠そうな早朝だった。たまたま伯母の家で一夜を明かしたその帰りに、奇妙な風貌の道化師がロイド邸から出てくるのを目撃したのだ。
 朝靄に覆われた中では視界も悪く、よくは視認できなかったが、道化師の着る色とりどりの派手な衣装だけは、はっきりと目に焼きついた。
 食べ物でも乞いに来たのだろう。エレナはそう思い、一時、そのことは忘れた。
 それから数日後だったろうか。ちょっとした用事で、またロイド邸を通りがかった。この時間、許婚のヴィクターは日課の狩猟に出ていて不在だろうと、馬車の窓から何となく外の景色を眺めていた。
 するとまたあの道化師が屋敷からこそこそと忍び出てくるではないか。
 その日はすっきりと晴れていたので、道化師の風貌をより細かく観察することができた。
 衣装は以前と同じ馬鹿げたもの、背は極度に曲がっていて歩き辛そうだ。化粧・・・・と呼ぶのも憚られるようなケバケバしさで満遍なく白く塗られた顔に、唇と頬には赤みを加えている。頭にはロバの耳のついた帽子をかぶる。まさに道化師の見本のような風体。
 道化師はどこか後ろめたいところでもあるのか、正面の門から出入りしようとはせず、裏口へと向かっていた。その途中、厚かましくも庭園の果実をもいで齧った。
「何なのかしら、あの道化師」
 エレナは美しい顔をむっと膨らませた。社会的に低俗と叫ばれる道化師が屋敷を我がもの顔で出入りしては、ロイド家の体面に関わる。
 その日の午後、エレナは応接室でヴィクターの帰りを待っていた。
「ああ、親愛なるエレナ! 君は通り雨の如くひどく気紛れに僕のところを訪ねてくれるんだね。いったいどうしたんだい?」
 部屋に入ってきたのは、長身の端正な顔立ちをした青年だった。
 二人は軽く頬にキスを交わす。
「ヴィクター、こんなことはあまり申し上げたくないのですけれど。あなたの心に止め処なく溢れる慈悲もよく理解しているつもりですし・・・・」
「いったいどうしたんだい? 僕達の間に遠慮は要らないよ。率直に話してくれていい」
 ヴィクターは彼女の傍に座り、話の続きを柔和に促す。
「ええ、わかってます。ですから、あなたのおっしゃるように率直に申し上げますわ。実は、今朝・・・・と数日前の朝、同じくらいの時間ですわ、このお屋敷から如何わしい道化師が出てくるのを目にしまして」
「道化師?」
 ヴィクターは目を丸くする。
「ええ、申し上げにくいのですけど。あなたのような地位も財産も名誉もあるような人のお宅から、道化師などという人種が出入りするなんて、私、自分の目を疑いましたわ」
「道化師が我が家に出入りしている・・・・? 聞いたこともないな・・・・」
 腕を組んで唸る彼に、エレナは今朝の冒険を話して聞かせた。
「実は私、その道化師の後をつけてみましたの。道化師はあなたの屋敷から出ると、まっすぐに安い酒場へと向かいましたわ。そして少ないお客を相手にペラペラと馬鹿げたお話を始めますの。もちろん、ちょっとした機知を持っていることは認めますわ。聖書からの引用も巧みでしたし。でも道化師の口から語られる聖書の警句なんて、詐欺師の優言葉くらい薄っぺらなものにしか思えません。その後も、道化師は宿屋や広場を転々と回って、そこの大道芸人に混じって歌って踊って。どこを根城にしているのか、突き止めてやろうと思いましたけど、なかなか狡猾な奴でしたわ。気付かれたのでしょう、逃げられ、見失ってしまいました」
「その道化師が僕の屋敷に出入りしていると?」
「ひょっとしたら、忍び込んで何か盗みでも働いているのかもしれませんわ」
「ちょっと使用人に聞いてみよう」
 ヴィクターはベルを鳴らし、屋敷で使っている使用人を一人ひとり部屋に呼び、その道化師に心当たりがないか尋ねた。しかし、道化師を見たという使用人は一人もいなかった。
 ヴィクターはいくらか眉をひそめてエレナの顔を見やる。
「そんなはずはないわ・・・・」
 彼女には納得できなかった。

 エレナはなかなかに執念深い。女である性かもしれないが。とにかく、真っ白な毛布についた一点の染みも見逃すことができない性分だった。
 朝早く、ロイド邸を見晴らせる目立たない路地に馬車を置き、じっと注意深く見張った。
 そして・・・・やはり道化師は現れた! 以前と同じように、こそこそと使用人の出入り口から出てきた。
「間違いないわ!」

「それで、その道化師の正体を暴いて欲しいというわけですね?」
 受付嬢はさらさらと羊皮紙にペンを走らせる。
「ええ、もしかしたら、道化師がヴィクターの弱みか何かを握って、それを元に脅迫しているのかもしれませんし・・・・とにかく、許婚の屋敷に如何わしい道化師が出入りしていると思うと安心できないのです!」
 さて、道化師の目的は何なのか? そしてその正体は?
 聖夜も間近のこの時期に、また新たな謎がギルドに持ち込まれた。

●今回の参加者

 eb7706 リア・エンデ(23歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb8703 ディディエ・ベルナール(31歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb9601 イーシャ・モーブリッジ(21歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb9806 サーシャ・ラスコーリニコワ(23歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb9822 ジョージ・ロドゲリス(34歳・♂・ナイト・ドワーフ・イギリス王国)

●サポート参加者

サラ・フランティス(eb9807

●リプレイ本文

 厳寒な北風すら心地よく思える雰囲気に街は覆われていた。今年最後の賑わいを大いに見せる市場。家の玄関から吊るされたヤドリギ。外套を手繰り寄せ行き交う人々の口の端は心なしか柔和な笑みに釣り上がっているように見える。
 酒場には陽気な人の声がクリスマス・ツリーの上を飛び交っていた。装飾を施されたツリーは、着飾った女性のように全く違った印象を与える。そんな綺麗なツリーをリア・エンデ(eb7706)は澄んだ碧い瞳を細め、うっとりと眺めていた。
「この季節はいいですね〜。心癒されます〜」
「そうですね」
 と肯くのは、艶美なハーフエルフのイーシャ・モーブリッジ(eb9601)。この季節なのに、どこかメランコリックな横顔から小さな吐息が漏れる。
「神はすべて者を赦し、慈悲を与え給うものでしょうか?」
 聖夜祭直前に起きた珍妙な今回の事件。リアはてっきりイーシャがその事について言及しているのだと思った。
「そうですね〜、地位も名誉もなく世間から爪弾き者とされる道化師が貴族様のお屋敷を出入りする。吟遊詩人のわたくしがこう言うのも難ですが、一体どういう事なのでしょう〜。ディディエさん、どう思います〜?」
「ちょっと待ってくださいよ〜。これを食べ終えるまで」
 ディディエ・ベルナール(eb8703)はやや不機嫌な口調で、牛肉のエール煮を細かく切り分け、口に運ぶ。
「さて」食事を終えた後、ようやくディディエが話を切り出した。「エレナ嬢のお話を伺った限りでは放っておいても差し支えは無さそうなんですがねぇ〜。まあ、こっちもお仕事ですからねえ〜。まず気になるのは道化師さんが何故きまって早朝に動き回るのかという事ですかね〜。酒場で営業するなら夜の方が稼げそうなものなんですが」
「それは〜、わたくしが思うに道化師さんの正体は〜」とリアが自身の見解を述べ始めた。「・・・・と考えると全部辻褄が合うんです〜」
「なるほど、それは気がつきませんでした。リアさん、見かけによらず賢いですな〜」
 一瞬照れ笑いを浮かべるリアだったが、彼の言葉の棘に気付き、今度はむっと顔を膨らせた。
「見かけによらずってどういう意味ですか〜?」

 三人は早速道化師の現れるという酒場を回り始めた。この時期の酒場はどこも同じようなもので威勢のいい声、粋な掛け合いが飛び交い、活気付いている。大道芸人も商売繁盛だろう。その酒場にもある道化師がいて、面白おかしい舞踊を踊りながら、決して上品ではない冗談を延々と喋っていた。踊りも雑談も決して褒めれた物ではないが、客は愉しそうに応対している。
「よ、そこのお嬢ちゃん」道化師はリアに呼びかける。「可愛いねえ! オイラのとこに嫁に来ないかい? 何もないオイラだけれども、夜だけは満足させるぜ?」
「絶対に嫌ですぅ〜!」嫌悪感をありありと顔に浮かべ体を震わせる。「だからこういう所は嫌なんですぅ〜」
「まあ、確かに上品ではないですがね〜」
「私は慣れてますけど」
 少女と形容しても差し支えないイーシャから人生の疲れが滲んだ苦笑が漏れたその時、テーブルで酒を飲んでいた男が彼女に呼びかけた。酒を一杯付き合えというのだ。彼女は妖艶な微笑で応え、テーブルの席に腰掛ける。相手の差し出す酒を断らず、あっという間に打ち解けてゆくその様は確かに手馴れているが、その作り笑いから決して相手に心許していないのが垣間見える。
「ところで、最近よくこの酒場に面白い道化師が来ると聞いたのですが?」とイーシャ。
「面白い道化師?」
「早朝にやって来るらしいのですけど?」
「ああ、あいつか。あんたの言うようにたまにやって来るけど、あいつの芸は外見とは裏腹にちっとも面白くねえよ。堅苦しい聖書の引用をやるだけでよ、聖書なんて読んだ事もねえし読めねえ俺にはつまんない芸さ」
「あら、そう。そんなにつまんない道化師を見るのも一興かもね」
 イーシャはここで少し引く。
「明日あたりまた来るんじゃねえかな? どうだい? 俺と一緒に朝まで飲み明かして待たねえかい?」
 イーシャは微笑み、軽く男の手をポンポンと叩いた後、席を立った。
「ご免なさい。今日はご覧の通り、連れがいるものですから」

 街は暮れなずむ。灰色の空の色は夕闇に染まりつつあった。不思議なものだ、朝と夜の空はまったく違うのに、見慣れているせいか、違和感を覚える人はいない。
「明日は早いですよ。睡眠を怠らないようにというわけで、皆さん、明日までご機嫌よう」
 ひとり寂しく帰途につくディディエの後姿。
「不思議な人です〜」
「色んな人がいますよ。夜空に散りばめられた星の数ほど人はいるのですから。その中で、一瞬でもいい、輝けたら・・・・と思いますね」
 リアとイーシャもそれぞれの帰り道に別れた。

 朝靄立ち込め、見通しが悪い。それでも目のいいリアは道化師らしき人影がロイド邸から出てくるのを見逃さなかった。
 道化師が蜘蛛の巣のように張り巡らされた細かい路地をすり抜け向かった先は昨日の安酒場だった。客は少ない。三人は後ろの目立たない席に陣取り、道化師の芸に目を向けた。なるほど、聖書や神話からの引用に独自のジョークを交え、弁舌巧みに言葉を滑らせる。下品な訛りもなく、言葉の節々から洗練された知性を感じさせる。ケバケバしく塗りたくった顔料や馬鹿げた格好にそぐわない冗談は確かにある種の滑稽さを醸し出している。
 道化師が芸を終えた後、分かる人には分かるのか、僅かながら拍手と硬貨が飛び交う。道化師は曲がった背をさらに曲げて一礼を返す。
今こそ道化師を問い詰めようと席を立つ三人。
 その時だった! 道化師は目を疑う足の速さで酒場を飛び出した!
 しまった、尾行に気付かれていたのだろうか? ともかく彼の後を追う!
 道化師の消えた路地の角を曲がらんとした時だ、馬車が飛び出し彼らの目前を走り去って行く! その窓には道化師の姿が。
「やられましたね、馬車を置いていたとは想定外でした」イーシャが悔しそうに呟く。
「でもはっきりした事があります」リアは言う。「彼は高名な道化師さんという事です〜」

 その日の午後、三人はロイド邸の門を叩いた。懇切丁寧な執事は時期の挨拶を述べ、三人を広い居間に通した。屋敷の主ヴィクター・ロイドが姿を表すまで時間はかからなかった。
「こんにちは。ギルドから来られたと聞きましたが?」
 温かみのある優しそうな顔を僅かにしかめながら、ヴィクターは安楽椅子に腰掛けた。
「ええ、実は貴方の婚約者エレナさんが、この屋敷に出入りしている道化師を気にしていまして〜」とリアが切り出す。
「道化師? そういえば、そんな話をしていましたね」
「わたくし達、今日はその道化師に会いに来たのですが〜」
「そんな道化師はここにはいませんが?」
「いえ、いますよ〜。わたくし達の目の前に」
 その言葉の意味は明白だった。しかしあえてリアは言う。
「ロイドさん、あなたが道化師さんですね〜」
 ヴィクターは何か言葉を発しようとはしたが、代わりに大きな溜息を漏らし、椅子の中に深く沈みこんだ。
「やはり見破られてましたか・・・・どこで僕だと気付きました?」
「聖書の引用を多用すると聞いた時からです〜。字が読める道化師も少ないのに、聖書に造詣のある道化師なんてまずいません」
「それに馬車を持つとなれば、疑い濃厚ですね〜」とディディエ。
「ええ、その上、馬車にはロイド家の紋章もありましたし〜」
「おっと、そこまで見ていましたか、リアさん。お目々が良いですな〜」
「しかし何故そんな事を?」イーシャが問う。
 深い嘆息を漏らし、ヴィクターは口を開いた。
「僕はロイド家の跡取り。生まれてからずっと規律正しい生活を営んできた。勉強をする時間、狩をする時間、食事の時間。毎日毎日、同じ事の繰り返し。それに嫌気が差した事もおかしな事だとも思った事はないけれど・・・・ある日、馬車で広場を通りかかった時、ある道化師の芸を目にしたんだ。彼はどこまでも自由だった。生き生きと目が輝いていて・・・・正直、それまで道化師なんてくだらないと思っていたにも関わらず、僕は笑っていた。心の底から。そして気付いた・・・・僕になかった物。自由。いつしか僕は欲求を堪えきれず、道化師に化ける事を愉しみとしていた」
「自由になりたくても、なれない鳥もいるのに・・・・」
 イーシャの声には幾らか苛立たしさが込められていた。
「決まって朝に出かけたのは、またどうして?」ディディエが問う。
「そりゃあ、夜はエレナが訪ねてきたりとどうしても忙しいからですよ。そうだ、エレナにはこの事は黙っていて貰えないかな? 僕はこのささやかな愉しみを、自由を失いたくはないんだ」
「構いませんけど〜、どうエレナさんに納得して貰いましょう? 一番いいのは、誰かに道化師さんになってもらって、エレナさんが見ている前でロイドさんに追い払ってもらえれば〜」
「何ですか、その目は?」
 一同の熱い視線に気付き、ディディエがたじろぐ。
「うん、素晴らしい! 僕が貴方を華麗に変身させてあげましょう!」
 ヴィクターが晴れ晴れしく言う。どうやらディディエには否定権がないらしかった。

 そして翌日。
「さあ、エレナ。今から、忌まわしい道化師を追い払うよ」
 ヴィクターと共にエレナは道化師の登場を待つ。
 道化師はひょっこりと現れた。ヴィクターは「あっちへ行け」と道化師を追い払う。
 エレナは安心して許婚の胸に飛び込んだ。
 ヴィクターの送ったウィンク。道化師ディディエの笑いはどうやら引き攣っていたようだ。
「その姿も似合ってますよ〜」リアが茶化す。
「これっきりにして貰いたいですね〜」ディディエの声は抑揚を欠いていた。
「でも、エレナさんを騙す結果になってしまいましたね〜」
「慈愛と寛容の季節なのでしょう? このくらいの罪なら神もお赦しになられます」
 イーシャが白く霞む空を見上げた。