クリスマスの景色を謡う
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■ショートシナリオ
担当:HIRO
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:12月27日〜01月01日
リプレイ公開日:2006年12月30日
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●オープニング
――冬の始まった頃。
――イギリス。北方の大地。
広大な大地が広がっている。雄々しく山岳が聳えている。川は流るる。雲は厚く群れなし、無限の荒野を流離う。寝静まる冬枯れの季節、たった一つの色だけが世界を抱いていた。
白銀という色だけが。
届かぬ処から降り注ぐ雪が募っていく、人の想いのように。そして埋めていく。どこかにある空白をさらに白く染めながら。
雪の合間を縫い、竪琴の清廉な調べが響き伝わる。
頬に乗る一片の雪の如く、ほっそりと繊細な指先が弦線を軽く爪弾いたとき、一つの音楽は完璧なる終焉を迎えた。物悲しい終焉。
「この地に求めしものはなかった・・・・」
言葉はひとつの音楽でしかなかった。
詩人の端正な横顔は上向いた。雪は降り止みそうもない。
足音は後方から響いた。
「やはり行ってしまうのかい?」
羊の毛皮の防寒服を着込んだ男が訊くが、詩人は答えなかった。
「短い間だったけど、あんたの音楽には本当に世話になったよ」
「その分、私はこの極寒の夜を凌ぐ宿を世話になった」
「お相子・・・・か」男は柔らかく微笑む。「そう言ってくれると助かるがなあ・・・・」
「助かったのはこちらだろう? 貴方達のおかげで野垂れ死ぬこともなかった」
白銀世界の美景に潜む厳しさ、恐ろしさ。それを一番よく知っているのは、この土地に代々住み続けてきた彼らなのだ。詩人はそのことをよくわきまえていた。
「どこに向かうんだい?」
去ろうとする後姿を男の声が追った。
詩人はほんの一時、足を止めた。突風にたなびいた白銀の髪が世界に交わっていくのを止めることもなく。
「求めしものを探す・・・・大陸へ渡るつもりだ。キャメロットから。英霊に季節の祈りを捧げんがためにもちょうど良かろう・・・・」
――聖夜祭間近のキャメロット。
クリスマスに光を失った少年がいた。十年も前のこと。物心のつくよりも幼かった遠き日に少年は病によって突然視界を喪失したのだ。それ以来、少年の見る光景は混沌たる闇でしかなかった。
聖夜祭に浮き足立つ忙しい足音が閉め切られた窓の外から尚も届いてきた。
何よりも残酷な音だ。
少年は立ち上がり、窓を開いた。ひどく冷たい風と、この季節に笑い合う人々の温かい声が同時にマルコ少年を包んだ。
「聖夜祭か・・・・」
白い吐息が宙を舞うが、それに気付くことすら叶わない。
「どうなされたのです、窓辺でそのようにただ佇んでおられて?」
花を運んできた女中メアリの優しい微笑みにも気付けない。
ただ花の香気だけは敏感に感じ取れた。
「その花は何色?」
「今日の空のような白ですわ」
メアリは言った後で、慌てて口を噤んだ。冬を間近に見据えたつぼみのように。
「白か・・・・白とはどういう色なんだろう?」
空があるとされる場所に顔を向ける少年。瞳は堅く閉ざされていた。
「マルコ様の知っている色ですわ・・・・」
何とか取り繕うとする女中の声が虚しかった。
「僕の知っている色・・・・それはたった一つ。この閉ざされた目蓋にうつる色。これが空の色・・・・花の色だったとしたら、世界はひどく醜い・・・・」
鉢植えの花は美しく咲き乱れていた。
「僕はね」少年はやや明るい声で言う。「僕は世界の色を――景色を見たことがあるんだよ。それもこの聖夜祭の景色を! ただ・・・・」
再び沈み込んだ声。少年は囁くように続けた。
「ただ思い出せないだけなんだ。その色は、景色はきっと心の奥底に眠っているはずなんだ・・・・思い出したい・・・・きっと思い出せる・・・・」
服の裾を握り締める少年の拳が震えていた、弾かれた弦のように。
「ご両親は多忙なためお仕事で年中大陸に、話し相手といえば私だけ。たいした愉しみもなく本当にかわいそうなお方なのです、マルコ様は。それも理知的であるばかりに余計に」
「それはまた気の毒な話ですねえ」
メアリの話に感じ入ってしみじみと肯くのは、ギルドの受付嬢。
ただ彼女にはメアリが何故ギルドを訪れたのか、そこのところがよくわからないままだった。目の治療なら、医者に相談すべきではないか。
メアリは受付嬢の言わんとするところを即座に察し、話を続けた。
「マルコ様の目に光は永遠に戻らないとお医者様が・・・・」
「そうですか・・・・」
「ここにこうして伺ったのは、そういうことではなくて。その、つまり、以前、ある詩人さんが貴族様の娘さんの望みを叶えてくださったという噂を耳にしまして。そのお方は、余命幾許もない少女が望む光景を見せてくだすったとか」
「そうなんですか?」
渡り鳥のように伝っていく噂を聞き及んだだけなのだろう、メアリが正確なところを述べていたわけでは決してないが、次の一言は紛れもない事実だった。
「その詩人さんを探し出してくれたのが、ギルドの皆さんだったとも聞きました」
受付嬢は過去の報告書を確認する。確かにそれらしき事件があった。
――クロード・ムーンレイク。
詩人の名だ。ハーフエルフ、心を溶かすような音を竪琴で奏でる。世を疎み、気難しいところがあるらしい。それ以外のことは不明。
「でも、この詩人さんがキャメロットにいるかどうかもわかりませんし・・・・」
いない人は見つけられない。二人は黙り込んだ。
一縷の望みを繋ぎとめてくれたのは、ベテランの受付員である。彼は机上の報告書に目を止め、
「ああ、こんな依頼もあったな。そういえば、昨日酒場で一緒に飲んでいた商人が不思議な詩人を見かけたといっていたなあ」
「もっと詳しくお願いします!」
受付嬢はずいと身を乗り出して迫る。
「ああ、なんでも隣町から仕入れを終えての帰り道に殉教者のような形(なり)で道行く吟遊詩人を見かけたんだと。通り道なら馬車に乗せてやるぞと勧めたらしいんだが、詩人はもう少しで目的地だからと丁重に断ったそうだ」
彼の容貌は?――受付嬢の声はますます熱が篭ってくる。
詩人は稀に見る端麗な青年で見事な銀髪だったそうだ。
少年の望みは叶えられるかもしれない。ほんの僅かだが、希望が垣間見えた瞬間だった。
●リプレイ本文
聖なる夜に清廉な調べが響く。その調律が人の定めにどのような変調を与えうるか。
それを見定めたい詩人がいた。
聖夜祭の余韻に浸る街の吐息は清く澄んでいた。まだもう少し。もう少しだけ、この吐息が止まないように。そう誰よりも強く願っていたのが、今回の依頼を受けた冒険者達だった。
「聖夜祭、綺麗だものねぇ。この季節、終わらないうちにマルコに届けないと」
パラの歌い手、赤の髪が季節に似合うクリスティーヌ・チェイニー(eb9605)が呟く。
「そうですね。自分も騎士として人のためになりたい。自分が今できる事は何でもしてあげたいのです。この季節にはより強くそう思います」
「そやな、マルコ君がエエ聖夜祭を過ごせるよう力を尽くすで!」
確かな決心の色がブリード・クロス(eb7358)の穏やかな瞳に灯った時、シーン・オーサカ(ea3777)は明るく皆の気持ちを代弁した。
「詩人はんはちっととっつき難そーな人やけど、話せばわかるエエ人やと思うわ」
マルコ邸。
この季節に他人の家で久々に顔を合わせる奇妙な親子がいた。
「透っ!一年ぶりだねぇん。元気してたぁん」
「いつキャメロットに来たのですか・・・・」
エリー・エル(ea5970)が息子の大宗院透(ea0050)に抱きつくと、彼はやや照れ臭そうに、そしてやや他人行儀に言葉を返した。
「おや、こんな所で親子の再会を目にできるとは。また素晴らしい偶然ですね」
優しき騎士マリウス・ゲイル(ea1553)が言う。
「そうなのぉん、この子ったら、ちっとも会いに来てくれなくってぇ!」
とても人の母には見えないエリーが突き抜けた明るさで寂しさを表現した・・・・が、全く伝わらない。
「ねぇ、透はクロード君に会った事があるんだよねぇん。どんな感じの人? 術で変身してみてよぉん」
「それは私からもお願いしたいですね」
「種族も違うので雰囲気しか真似できませんよ・・・・」
西洋でいう処のマントがふわりと舞い、透を隠した次の瞬間、彼は詩人へと早変わり。
「なるほど、これは目立ちそうな風貌ですね。すぐにも見つかりそうです。マルコ君、朗報を待っていて下さい」と、マリウスは部屋を出ようとしたが、何かを思い出したかのように立ち止まった。「おっと、忘れる処でした。メリー・クリスマス」
マリウスが少年に手渡したプレゼント。目は見えないが、少年は微笑んでそれを受け取った。
「さて少年のために俺達に何が出来るか・・・・」
ドワーフのジョージ・ロドゲリス(eb9822)の言葉に悲壮感を湛えて応じたのは謎めいた老人ポキール・キバヤシ(eb9910)。
「目が見えぬはむしろ良き事かも知れん。偉大なる預言者が警告する世の破滅を見ずにすむのだから」
そんな迷信を信じているのかと一笑に付すジョージだが、ポキールの顔色は冴えない。彼の内に在る世界では予言は絶対であり、彼を形成する全てといってもよかったのだ。
「もう、そんな事ばっかり言ってないで、行くよ」
「おうともよ!」
クリスティーヌの言葉にジョージから威勢の良い返事が返った。彼らはまだ聖夜祭の残り火に賑わう商店を目指して走った。
一方、以前と同じようにスクロールで詩人を見つけ出そうと試みたのはシーン。地図の灰が示したのはテムズ川北部。ブリードを箒に跨り一足早く上空から捜索する。マリウスは行く人々に話を聞いて回り、シーンは草木のざわめきに答えを見出そうとした。
「クリスマスの“景色”は、ツリーが“形式”的にたてられます・・・・」
透は駄洒落を言いながら、酒場へと向かった。
夕闇迫り来る空。一年の終わりを感じさせる物悲しい朱に暮れていた。
そんな時、ふと耳に聞こえてきた賛美歌。知らず知らずのうちに引き寄せられる深さと心の内に染みゆく音色・・・・耳のいいシーンにはすぐにわかった。それは詩人の音だと。
賛美歌は途絶えていた。主を讃える歌のない教会は、火の灯されていない蝋燭のように物悲しい。透は、そしてシーンは万感の想いを込めて教会の扉を開いた。
聖火は費えてはいなかった。この夜更けでも、蝋燭の火が夜空の星のようにひたむきに教会を照らし続けていた。
彼はいた。祭壇の前で祈りを捧げる青年。それが詩人だった。
「クロードさんですね?」
「静粛に」語りかけるブリードに振り向かず、詩人は言う。「キャメロットの英霊達に敬意を払いたまえ」
聖夜祭の終わりに詩人と共にキャメロットの御霊に祈る冒険者達。その祈祷が終末を迎えた時、透が改めて口火を切った。
「お久しぶりです・・・・」
詩人はこの時、初めて周囲の人間に気付いたように透を横目で見やった。
「いつぞやの少年か」
「貴方に一つ頼みたい仕事があるのですが・・・・」
「そうや、盲目になってしもてお祭りの楽しさとか色々なモンを見失いかけとる子がおんねん!」
シーンの事情説明の後、透はこう話を結った。
「聖夜祭の風景を詩によって現すなど、並みの詩人ではできない事ですので、依頼人は貴方を所望しているのです・・・・」
「あんさんの音楽を聞かせてあげたいんや、この通りやで!」
シーンは頭を下げたが、詩人は冷たく顔を背けた。
「駄目だ」
「どうしてや?」
「その少年に聖夜の光景を思い出させたとして何になる? 光は少年の目に戻りはしない。一時凌ぎに思い出した光景に恋焦がれ、益々悲観的になるだけだ」
そうかもしれなかった。ただ、それが真実だとしても・・・・人は足掻く。
「確かに病気を直せる訳ではありませんが、気持ちの持ち用ともいいます」ブリードは言う。決して折れない信念と、少年を想う気持ちを抱きながら。「行動しなければ何も起こりません。だから人は奇蹟を信じ、足掻くのです。・・・・手伝って貰えませんか? 我々の足掻きに」
詩人は口を噤む。
詩人の閉ざされた目蓋に在る光景。その光景を少年に届けられたら。誰もがそう切に祈っていた。
「挑戦です、マルコ少年のためにサンタクロースとなるも、聖夜祭の景色を色鮮やかに描いて見せるも、一つの修練、己への挑戦です・・・・」
透の言葉に詩人はふっと微笑んだ。
「己への挑戦か・・・・余りにも容易い挑戦だが・・・・よかろう。少年のために謡おう」
その一言を冒険者達は待っていた。喜びに互いの手を叩く。
早速マルコ少年の元へ! が、詩人は彼らを制止した。
「いつぞやの時のように、死の床に伏せっている訳ではあるまい。歩いて来れるなら、少年が自らの足で歩いてくる方がよかろう」
では俺達が、とジョージとクリスティーヌが馬車で少年を迎えに走るその間にマリウスは言う。
「プレゼントと似た言葉にプレゼンス、存在という言葉があります。クリスマスの精神は、他の人のために自分の存在を差し上げる事ではないかと思うのです。マルコ君に最高のプレゼントを与えて下さい。プレゼントは貰う方よりあげる方が楽しいですから」
「存在か・・・・」
詩人は呟きの言葉を漏らした。
窓辺に立つ人の母。彼には見えないと知りつつも、エリーは優しい微笑をマルコに差し向けた。その想いは充分に伝わっていたろう、少年は様々な事を実の両親に対するように彼女に話して聞かせた。エリーはそれとなく、少年の思い描く景色を探ってみる。が、そこにはやはり色も景色も描かれてはいなかった。
エリーが戻らない息子を杞憂したその時、屋敷の前に馬車が止まった。それからすぐにクリスティーヌ達が部屋に飛び込んできた。
「詩人が見つかったわ! さあ、行こう!」
少年は手を引かれていく。エリーに、クリスティーヌに、ジョージに、そしてメアリに。
少年は言う。詩人が望むように馬車ではなく、自分の足で歩いて行くと。
「ハッピー・クリスマス」
教会に現れたマルコにプレゼントを贈るブリード。
「これはうちからや」
シーンが贈ったオカリナ。
「目が見えんでも、耳は聞こえる。音楽はきっとあんさんの世界を素晴らしいモンに変えていけるて。いや、あんさんだけやなくて周りの世界も、きっとや。さ、詩人はんに会いに行き」
覚束ない足取りだが、確かな意図を持ち、少年は祭壇の前の詩人へと向かう。透の真摯な眼差しに、マリウスの微笑に、ポキールの不安気な表情に、そしてメアリの献身的な想いに見守られながら。
少年が辿り着いた時、詩人は振り返った。そして少年の固く閉ざされた瞳を見据える。
「一つ言っておこう、少年。私は君の目に光を戻す事はできない。ただ、君が遥か彼方の忘れられし時間に見た光景をほんの一時呼び戻すだけに過ぎない」
その事実を伝える事は余りにも残酷だった。だがいつかは告げねばならぬ事。
「知る事は時に知らぬ事より辛い。己を見定めよ。思い出した景色にすがりつく事なく、それを糧とし、明日を生きると約束できるならば、君のためにクリスマスの景色を謡おう」
少年は肯き、詩人と指を交えた。
詩人は肯き、銀竪琴を携えた。
「さて、今度も共に謡ってくれるのか?」
投げかけられた問い。
「もちろんやで!」
「マルコの最高の笑顔を取り戻すために」
シーンとクリスティーヌが口々に決意を述べると、マリウスも言う。
「私も自信はありませんが、出来うる限りの事を」
詩人の指が弦線を弾く。
琴の音は震えた。それは冬の厳しさを教えた。
深く沁みゆく旋律。真っ白な雪が大地に沁みる音。
幽玄かつ雄大な和音は、山々が連なる壮大な光景を連想させた。
そして皆で謡う賛美歌。それがクリスマスの精神を伝えた。
「見える・・・・見えるよ! クリスマスの景色が! 世界はこんなにも美しい・・・・!」
少年の目から溢れた涙。
エリーはそっと一縷の涙を零し、息子の肩に両手を回した。透も母の温かさを否定しようとはしなかった。
目は見えずとも、マルコ少年はこれから先もきっと強く生きていけるだろう。その心を詩人は伝えてくれた。最高のクリスマス・プレゼントに少年は初めて心の底からこう言えた。
“Merry Christmas and a Happy new year!”