【エリー一座物語】師と弟子の絆

■ショートシナリオ


担当:HIRO

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月07日〜01月13日

リプレイ公開日:2007年01月14日

●オープニング

 長かった一年が終わったかと思えば、年は明けました。何故終わりが来たかと思えば、すぐに次が始まるのでしょう? 冬枯れに萎んでいたつぼみが春に芽吹くのと同じように、それはごく自然なことだと母は言います。費えていくものから、新しいものは生まれてくるのだと。
「新たな決意を胸に秘め歩みだす者と、自らの役目に見切りを着け終着点を迎えようとする者、この二つの人がいるのです」
「どうして自らを締め括ろうとするの? 年初めにそんな悲しいことを考えるなんて、きっとお馬鹿さんなんだね」
 母は何も言わずに、ある家の窓を示しました。そこに答えがあるのでしょうか?
 僕は迷わずに覗いてみました。
 たおやかな陽射しが淡い影を描き出す、ある静穏な午後の日でした。


 質素な部屋の中には二人の女の人が椅子に腰掛けていました。
 一人は、甘さが香ってくるような亜麻色の髪を後ろで結う若く綺麗な人で、その瑠璃色の瞳は僕が見たことのあるどの宝石よりもきらきらと明るく輝いていました。口は大きく、緩やかな弓なりの弧を描いています。その素晴らしい唇から、どのような音楽的な言葉が飛び出すのだろう? 思わずそんな風に空想を巡らせてしまうほどです。
 もう一人は、老婆というほどでもないけれど、年月を重ねてきた女性です。深く険しい皺が刻まれているけれど、亜麻色の髪は若い女性と同じ色でした。脚を悪くしているのか、右足の動きがどこかぎこちなく、しきりにそこへ手をやっています。
その人は厳しい灰色の目でちらと窓の外を見やりました。
「年月の流れは早い・・・・渓谷から下ってくる川の流れのようにね」
「・・・・そうですわね」
 若い人の明るい顔も窓の外へ向きました。裸の街路樹が並んでいただけの寒々しい景色が面白いのでしょうか?
「・・・・もうここを離れ旅に出てもう5年ですもの・・・・」
「私も老けるわけさね・・・・旅の歌姫イルムガルトここに在りと喝采を浴びた頃が懐かしいよ」
「お師匠様の歌声は昔と幾らも変わっていませんわ」
「いいや・・・・枯れるものさ。才能も人の体と同じように、いつかはね・・・・」
「そんな・・・・」
「いいんだよ、才能は受け継がれていけば。エリー、お前はよくやっているよ。数いた弟子の中でもお前は一番だったよ。風の噂でも、お前のことを耳にするようになってきたからね」
「私ひとりの力じゃありませんわ・・・・色々な人に助けられましたわ」
 ほんのりと紅く染まったエリーという女の人の頬。春の花が咲いたように愛らしく、今にも蝶でも止まりそうでした。
「宿命かね、あんたが歌姫として世界中を旅するようになったのも。鍛冶屋の子は鍛冶屋かね。そして年老いた鍛冶屋は潔く身を引くだけさね」
「でも、お師匠様の歌声は今でも本当に素晴らしいですわ!」
「私の今の役目は歌うことではないんだよ。それはもうとうの昔に終わっていた使命さ。今の私の役目は、新しい歌い手――エリー、あんた達の背を押し送り出すことだよ。そしてその役目も終わろうとしている。最後の弟子、マルガを送り出したとき、音楽に対する私の役目は全て終わるんだよ」
 イルムガラ・・・・ガル・・・・む、僕にはちゃんと発音できない名前のお婆さん(イルム婆さんとよばせて貰おう)が、にっこりと微笑みました。どこか弱々しいけど、今まで厳しかった彼女の表情とは思えない、優しい笑顔でした。そしてこう言います。
「しっかり送り出しておあげ。お前の妹弟子なんだから」
「はい・・・・」
 エリーさんは素直に肯きました。しかし、こうも言いました。
「でも私はお師匠様も送り出すつもりですわ。もう一度、晴れやかな舞台の上へ!」
 イルム婆さんは怪訝な顔を浮かべました。
「エリー、あんたも知っての通り、私の足は長い公演には耐えられないんだよ」
「大丈夫ですわ! 一曲歌うほんの僅かな間なら、立っていられるでしょ? お師匠様の歌声なら、フィナーレに一曲歌って貰うだけでも凄く盛り上がるはずですもの!」
「しかしねえ・・・・」
「大丈夫、お師匠様、私を信じて下さい」
 エリーさんがまっすぐにイルム婆さんの目を見据えます。彼女もどうやら折れたようでした。
「そうだね、かつては歌姫だった者として、最後は舞台で終わりたいという気持ちもあるしねえ・・・・」
「最高の舞台にしてみせますわ! 私、公演を凄く盛り上げてくれる方々を知っていますの。少し前、私もお世話になった方々。彼らは決して暇ではないだろうけど・・・・一生懸命お願いすれば、協力してくれますわ!」
 イルム婆さんの手を取り、彼女の英断を喜ぶエリーさん。
 飛び跳ねるように部屋を出て行き、一座の元へと駆けていきました。

 一座は街の広場に場所を取っていました。エリーさんは座長とおぼしき髭もじゃの人に先程のイルム婆さんとのやり取りを話して聞かせます。座長さんはのんびり話を聞き終え、最後に「いいだろう」と大きく肯きました。
 こうしてエリーさんは数日後に迫った公演を前に、一座の馬車を駆っていずこやらへと旅立ったのです。
 いったいこれからどうなるのでしょう? 何故母は僕に彼女を追わせたのでしょう? なんにしても、面白くなりそうです。

●今回の参加者

 ea2913 アルディス・エルレイル(29歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5970 エリー・エル(44歳・♀・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5984 ヲーク・シン(17歳・♂・ファイター・ドワーフ・イギリス王国)
 ea8086 アリーン・アグラム(19歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 eb5634 磧 箭(29歳・♂・武道家・河童・華仙教大国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

オーガ・シン(ea0717)/ リョウ・アスカ(ea6561)/ 七神 蒼汰(ea7244)/ ディディエ・ベルナール(eb8703

●リプレイ本文

 枝葉を縫う木漏れ日の穏やかさはじきに来るであろう春の予兆。春と戯れるその日を待ち侘びながら、母の言う通り、エリー一座に目を向けてみましょう。
 一座は街外れの森で細かな打ち合わせや練習に勤しんでいました。
 ・・・・おや、エリーさんはどうやら多くのお友達を連れてきた模様。見慣れない人達・・・・といっても、人間ばかりではありませんが、とにかく僕の見知らぬ方々が大勢います。
 さて、面白くなってきそうです。

 淡い赤の髪、やや浅黒い肌の控えめな女性、彼女がマルガさんでした。時折見せる横顔が理知的な詩人カイト・マクミラン(eb7721)さんが彼女と共にイルム婆さんのレッスンを受けています。
「どうかしら、アタシの歌声は?」
 カイトさんの問い。イルム婆さんは技術的にはまだ未熟と評価する反面、旅をしてきた奥深さが宿っていて心地よい、と昔を懐かしむように言いました。
「技術は幾らでも教えられる。だがそれだけでは人の心を打つ歌は歌えない。結局は歌も心で歌うしかないのさ。帰ってきたエリーの歌を聞いて驚いたもんさ。旅立つ前、エリーは完璧な技術を身につけていたが、それだけだったからね。こんなに早くあの子がそれを悟る事ができたのも、あんた達のおかげかもしれないね」
 その言葉に思い当たる節があるのか、カイトさんはふっと微笑むのです。
「いやー、さすがさすが! 人生経験を積み重ねてきた女性の言うことは含蓄があるね」
 明朗快活な声の主、ヲーク・シン(ea5984)さん。太陽と同じ色の髪が示す通り、燃えるような情熱家で明るい朗らかな人なのでしょう。そして女性に対しても、並々ならぬ積極性を見せつけます。
「年月を重ねてきた女性は美しい。どうですか、イルムさん、俺と一緒に愛の歌を奏でてみませんか?」
 むむ、イルム婆さんを口説き落とそうとは何とも大胆不敵な人です。そのチャレンジ精神が素敵です。
「本当かい? 夫に先立たれて、娘が一人いるこんな私を嫁に貰ってくれるかね?」
「よ、嫁・・・・?」
 ずいとヲークさんに迫るイルム婆さんの目は・・・・マジです。
 この展開は予想外、ヲークさんは青褪め、身を引きました。


「ドレスタットではぁ、『プリティ☆エンジェル』って歌い手で通ってたんだけどぉ、今、パートナーいないからぁ、一緒にやるぅん! そうねぇ、『W☆エリー』なんてどうお?」
 究極まで昇りつめたような明るさで言うのは、エリー・エル(ea5970)さん。こう見えて一児の母らしいです。そういえば、名前がエリーさんと同じ。ややこしいので、僕はエルさんと下の名前で呼ばせて貰う事にします。
「面白そうですね・・・・」
「でしょう? きっと馬鹿受けよぉ!」
「でも、今からじゃ、練習する時間がないんじゃないでしょうか・・・・?」
 エリーさんも色々大変そうでした。


 陽射しが煩わしくない木陰に脚を折り畳み、木の板を背にした羊皮紙の上にさらさらとペンを走らせる銀髪の女性、クァイ・エーフォメンス(eb7692)さん。溢れ出る創造力に筆の速さが追いつきません。次から次へと詩が出来上がっていきます。
 これだけ詩が書ける愛らしい女性なのに、本職は武器家とのこと。そのギャップにぐっときます。
「今回も素敵な詩を期待していますわ」
「ご期待に添えるよう、精一杯頑張るわ」
 この二人は仲良しこよし、親友のようでした。


「お前さんと再び共演できるのは、光栄だ」と座員は言います。
「僕も幸せだよ。皆とまた一緒に音楽ができてさ!」
 シフール、アルディス・エルレイル(ea2913)さんの瞳は生き生きと輝きます、音楽の素晴らしさを人々に伝い届け、有名になるその日を夢見て。
「見て見て! クァイさんがね、あたしが歌う歌詞を考えてくれたのよ。すっごく嬉しい!」
 小さな体と同じくらいの羊皮紙を携え、喜びに宙をくるくる踊り回る少女アリーン・アグラム(ea8086)さん。揺れる髪とつぶらで愛らしい瞳は風の色。太陽の恵みを体一杯に受けているのか、肌の血色もよく、溌剌としていて・・・・可憐です。
「アルディスさん、この詩に曲をつけてよ」
 アリーンさんはアルディスさんに添いより、歌詞を見せます。む、ちょっとアルディスさんが羨ましいです。
「うん、凄くイメージを掻き立てられるね。よし、やってみよう!」


「舞台に立つ人は大変ですねえ」
 大きな切株はテーブル代わり。小さな丸椅子に腰掛け、ハーブティーを一口すする妖艶なエルフの女性、フィーナ・ウィンスレット(ea5556)さん。
 河童の磧箭(eb5634)さんも器用に嘴の中にお茶を流し込んでいます。皆は親しげにかわやさんと呼ぶので、僕もそれに倣おうと思います。
「Missフィーナはよいので御座るか?」
「ええ、私は錬金術を使った簡単な実験をするつもりですから。洗練された知識と真理から成る錬金術は、その知識に間違いがなければ、失敗はありませんわ。私はみなさんの練習風景をのんびり眺めながら、このままお茶を頂いてますね」
 皆、大忙し。自分の詩に曲を作ってくれる人がいない事をヲークさんは一人悩んでいました。そんな彼を助けたのは、昔に弾き語りもしていたというエリーさん。得意のフィドルで曲を乗せていきます。その春らしい軽妙な曲にヲークさん、大喜び。褒めちぎる言葉にかこつけて、エリーさんの手を露骨に握ります。
「公演が終わったら、俺と一緒に旅に出よう! 人生という名の旅へ!」
「本当ですか、嬉しいですわ! 今度の公演の後もずっと一座を手伝ってくれるんですね!」
「え・・・・一座・・・・?」
「私の人生は一座とともにあるんですもの」
「いや〜、それは〜・・・・よく考えたら、俺も色々とやる事が〜」
 そらととぼけて身を引きます、ヲークさん。どうやらこの展開も想定外だった模様。
「ぐふ、エリー一座の女は手強いぜ・・・・」
 さすがはイルム婆さんの愛弟子エリーさんです、ナンパな客の対応も教え込まれていたのでしょう。
「優れた弟子は師匠の全てを受け継ぐのでしょうね」
「素晴らしい師弟関係で御座るな」
 フィーナさんとかわやさんがしみじみ言いました。


 さて、いよいよ公演日がやってきました。
 一座は朝から大忙し。馬車を広場に移し、公演の準備。シン家のオーガ老が用意したという見事な舞台道具を、男手がせっせと組み立てていきました。
 吹き始めた緋色の風。山間の合間に顔を埋めていく紅の太陽と釣り合うように昇ってくる満月。完成した舞台の脇に火が灯されます。
 座長が公表した演目とその順番。

1、エリー 独唱
2、ヲーク 独唱
3、アリーン 舞踊
4、カイト 芸談+独唱
5、マルガ 独唱

 〜インターバル〜

6、アルディス 独奏+フレイアの踊り?
7、クァイ 独唱
8、かわや 河童ダンス?
9、エリー、マルガ、イルム、クァイ 合唱
10、イルム 独唱

「げ! 俺、エリーさんの後かよ!」
 ヲークさんが木の棒みたいに固くなったのが分かりました。
「大丈夫ですよ、アルディスさんの伴奏ならよっぽどでない限り大丈夫です」
 エリーさんが励ましましたが、「俺はそのよっぽどなんだよ〜」とヲークさん、頭を抱えます。緊張しているのは彼だけではありません。前半のトリを務めるマルガさんも同じ。
「二人とも自分の力と仲間を信じて。きっと上手くいくわ」
 常に前向きな姿勢のアリーンさん。素敵だなあ。
「その通りよぉん。私はぁ、一番大切なのはぁ、自分も楽しむ事だと思うよぉん。そうそう、願掛けしてあげるねぇん」
 とマルガさんの初舞台が成功するようにと祝福を与えるのは、エルさんでした。
その彼女、ペットのペンペンには蝶ネクタイをつけ、彼女自身は上着に礼服、下は長い脚が太腿まで露になる露出の高い服。そんななりでも恥ずかしげもなく、「どぉ? 可愛いでしょぉん!」と皆に見せ回っていました。


 客引きは公演を支える大事な仕事。お客が集まらなくては、幾ら素晴らしい歌姫が控えていても意味を成さないのですから。
 一目でお客の目を惹きつける事ができたのは、河童のかわやさん。お客さん達は物珍しがって、周囲を取り囲みます。ただの河童でも相当に珍しいのに、踊って芸ができる河童なんてまずいません。
「おっと、ミーに恋焦がれたなら、公演を見ていって欲しいで御座る! 後悔はさせないで御座るよ」


 月のように艶美な容姿で主に男性客の注目を集めるフィーナさん。
 火を焚き、その上で鉄板を温めます。何をするのでしょうか?
「さあ、皆さん、お立ち見あれ。なんでもない物から金を生成してご覧にいれます」
 フライパンの上に元からあった物が何やら液状に溶けていきます。フィーナさんはその中にスズを投下。すると、不思議な事にそこには金が生まれたのです!
 高々と掲げられた金に、観客は拍手喝采。彼女はそれに応えるように笑顔を振りまいていました。


 一方のエルさん。
「はぁい、皆さん、見に来てねぇん!」と男性客を色気たっぷりに魅了、女性客にはペットのペンペンの可愛らしさで誘惑します。万事そつがありません。うん、実際、ペンペンの可愛さは尋常ではありませんし。ああ、僕も撫でてみたい・・・・。
 その他には手品をしたり、踊ったり、歌ったりと多彩な技能で老若男女、あらゆる人達を惹きつけました。
 彼女が母親である一面を垣間見せたのは、そのすぐ後の事。
 貧しそうな兄妹を見かけたエルさん、
「舞台はぁ、ただで見る事もできるけどぉ、お終いに幾らかおひねりを投げるのが礼儀だからぁ、はい、これ」
 と、二人の子供に手渡した僅かばかりのお金。されど、舞台を見るのと、その間に飴でも舐めるには充分な額です。
「うぅん、私はぁ商売に向いてないわねぇん」
 笑顔で子供達を見守るエルさんに、優しき母の面影を見ました。


 人はふと足を止めます。一日のほんのちょっとの時間を割いて、夢の一時を過ごすために。一座はその期待に応えなければいけません。舞台始まりの時。人々に煩雑な日常を一瞬だけ忘れてもらう夢の始まり。
 幕は上がりました。
 舞台に立っていたエリーさん、今夜の成功を胸に飾られた銀のネックレスに祈り、お客へ笑みを送ります。 そして歌は夕風に乗りました。皆を包み込むような優しい歌声・・・・始まりの歌。


輝く日 日陰さし 響かせる歌は
緩く吹く 黎明の風となりぬる

生まれる命 目覚めの夢に
漂いて迷える人 守り給え

留まらず飛ぶ鳥は 日向にただ向かう
溢れる光の中 翼に想いの灯を纏って

奏でましょう 優しい歌を


 舞台の右端に胡坐を掻くカイトさんのフルートの音、左端の椅子に座るアルディスさんの竪琴の音とともに歌声が費えた時、盛大なる拍手と熱い視線が一座の歌姫に送られました。
 一礼したエリーさんが舞台袖に引っ込んだ後、入れ替わりに出てくるヲークさん。かちこちです。
「駄目だわ、目が据わってるわ・・・・」
 ヲークさんの顔色の悪さにカイトさん唖然。
 そんなヲークさんを救ったのも、エリーさん。伴奏するためのフィドルを携え、舞台の端から励ましのお言葉。
「公演が終わったら、デートしましょうね、ヲークさん」
 一瞬即発。その単純な言葉が、みるみるうちにヲークさんを甦らせたのです。
「よっしゃあ! 行くぜぇ! 俺の魂込めたシャウトを聞いてくれえ!」
「そんな熱い曲でもないんですけど・・・・」
 エリーさんのフィドルが、カイトさんとアルディスさん、そして一座の奏者をリード。野道を行くような軽妙なテンポ、春の日差しのような暖かい旋律が響きます。


道端で咲くタンポポに、薔薇の香りは無いけれど
道行く人を楽しませ、道行く人を和ませる。
道端で咲くタンポポは、春に黄色い花を付け
道行く人は足を止め、道行く人は春を知る。
道端で咲くタンポポも、秋は白い色になり
道行く人に気付かれず、白い綿毛は散っていく。
道端で散るタンポポの、種は綿毛と風に乗り
新たな息吹を世に残す、道端に咲くタンポポを。
道行く人を楽しませ、道行く人を和ませる
道端に咲くタンポポを


 ヲークさんが懸念してたほど、彼の歌声は酷いものではありません。むしろ、僕はこの歌が大好きです。
「よっしゃあ!」
 歌い終わったヲークさん、晴々とした顔で舞台袖へ。
「エリーさん、デートしましょうね!」
「は、はあ・・・・」


 ちょっと長めのプレリュード。アルディスさんが風のような軽やかな音色を紡ぎます。
 それに乗って飛んできたアリーンさん、くるっと宙を回って、観客に挨拶。なんと可憐なのでしょう!
 踊ったのは彼女の出身地エジプトの民族舞踊。指先まで神経を尖らせ、まずは照りつける太陽、吹きつける熱風の厳しさ、辛さを。そして後に必ず訪れる太陽の慈悲深さと一筋の旋風の優しさを、繊細かつ表現豊かに踊った後、歌声は響きました。


私は歌になる 旋律の翼を纏って

そよめく空果つ 瞳を閉じて来れば
深き夜の底より 目覚める光よ

さあ今こそ始まりの時 天へ昇れよ 舞の吐息
照らすものは移ろいて 森羅を抱く光 心を重ね

いざこの身に 舞い降り給え


「貴方達に太陽の恵みがあるように」
 歌い終えたアリーンさんが送った言葉。観客は称賛の拍手を惜しみませんでした。もちろん僕も・・・・。


「ご機嫌麗しゅう。アタシはしがない旅芸人。皆様の前で名乗るのもおこがましい。アタシはただただ旅をする。風のように各地を流れ、雲のように果てしなく自由に。放浪ばかりしている怠惰な夢想家だと後ろ指差されようと、いつまでも青空のような清い青を心に抱いていたい。そんなアタシの他愛無い無駄話にしばしお付き合い頂きますよう」
 素直な前置きの後、旅してきた上での色々な話を面白おかしく味付けして、話して聞かせます。
「ウマイ物のためならどこまでも。そんな気分で旅に出た。でも世界には様々な匂いが複雑に絡み合い充満していた。いつしか、ロースト・ビーフの香ばしい芳香と、鬼気迫る危険な匂いの区別もつかなくなる。あれやあれやのうちに事件に身を投じ、そうかと思えば、食欲そそる料理を前に女装に興じている。『七色に煌く女装第一人者』などという拝命を頂き・・・・」
 観客は大爆笑。その渦が冷めやらぬままに、彼は歌うのです。明日へと向かう想いを込めて・・・・。しんみりリュートの音を弾き、旅立ちの歌を。


旅に出るわね
いかなければならない場所に
旅に出るわね
道は誰も教えてくれないけれど
一歩また一歩
諦めない 立ち止まりはしない

荒れ果てた道が横たわろうと
大きな河が立ちふさがろうと
自分を見失ったりしない
魂を無くしたりはしない
強き想いを胸に
いつか目的の場所へ


 笑いでも悲しみでもない何かに包まれ、僕は手を叩いていました。お客も同じではなかったでしょうか? そんな不思議な雰囲気の中、カイトさんは一旦舞台袖に引き返します。そして緊張に震えるマルガさんに言いました。
「さ、今度はアンタの番。しっかりね」
「上手に歌えるでしょうか・・・・?」
「最初っからうまくやろうなんて思う必要ないの。エリーさんだって初めの頃は・・・・おっとこれは秘密だったわね」
 マルガさんはカイトさんの後押しと、そしておそらくは彼の歌った歌にも励まされ、舞台の中央に立ちます。大きく吸った一息。自分の成すべき事だけを見つめていました。


大空を駆け舞う 鳥囁き合えば
陽光降り満ちて 想いの灯茜照らす

雨歌を舞い結う 歌人の奏でし詩は
一吹の旋風 呼び紡ぐ

奏で鳴り響く旋律 空に響き輝けば
羽ばたく祈りの歌 纏いて

新たな光 涙の硝子 記憶の鍵 想いの灯
重なり合い流れ渡り絡み合う精霊の息吹

夕立の緋海を ただ流れる声は
移ろい逆凪ぐ 朧な故郷の歌


 ほっとしたような安堵感に満ちたイルム婆さんの顔。それが物語る前半フィナーレの成功。
「マルガ、いい歌声だったよ」
「ありがとうございます・・・・」
 イルム婆さんに髪を撫でられ祝福を授かると、マルガさんは声を詰まらせました。
「まだ舞台は終わっちゃいないんだがね。しかし私もほっとしちまったよ。もうこれで思い残す事はないんだね」
 幾らか寂しさが尾を引きつつ、イルム婆さんは囁きます。
 アリーンさんは言いました。
「あたしみたいな子供が言っても説得力ないけど、年月を重ねる毎に歌にも深みは増して行くんだと思うわ。イルムガルトさんの人生そのものがきっとお客さんに伝わって、感動を与えると思うの。そういうのはやっぱり憧れるわ。あたしは勢いしかないから。エリーさん、マルガさんもきっとそんな風に思う所あるから、あなたの引き際を惜しんでいるんだわ」
「アリーンさんの言う通りね。老け込むのは早いわよ。出来の悪い最後の弟子がここにいるんですからね」
 イルム婆さん最後の弟子となったカイトさんも励ましの言葉を贈ります。
 それでも、やはりイルム婆さんの決意は変わらないのでしょうか?
「ありがとうよ、でも、ここらでけじめをつけとく必要があるんだよ・・・・私自身のためにもね」


 インターバルが終わる直前、エリーさんは売り子に回っていたフィーナさんとエルさんを呼び止めました。客寄せでの芸が面白かったので、舞台でもやってみないか、という話です。
「舞台には変化があった方がいいんです。後半の中頃はお客さんもだれてきますし」
 フィーナさんはそれでも返事を渋っていましたが、ようやく決心したのか、大きく笑顔で肯きました。
「そうですね。何事も経験ですし。舞台に上がる錬金術師も前代未聞で面白いかもしれません」


 後半の幕が上がります。
 拍手に包まれる舞台に立っていたアルディスさん、軽やかに帽子を振りながら深々と一礼します。知る人ぞ知る天才演奏家、遂にその実力を存分に披露する時がやってきました。
 竪琴の弦が震えます。すると空気が震え、人々の心に伝わりました。
奏でられる曲。それは誰も耳にした事がないのに、誰もが知っているようなそんな不思議な曲。ああ、そうか、これは春の吐息です。誰もが心地よく受け止める春の日の清涼な風の音です。その音色に想像力の扉を叩かれ、焼き立てのパンのように膨らんだ雲浮かぶ青空の下、穂波走らせる金色の草原が目に浮かんできました。
「フレイア、そろそろ出番だよ。踊ってくれると嬉しい!」
 月煌く宙を仰ぐアルディスさん。
 彼の願いに気紛れな妖精は応えるのでしょうか?
 ・・・・緋色の満月の中から生まれた小さな影。フレイアです! 妖精は大空高く月を背に急降下! お客の度肝を抜く方法で舞台へと躍り出ました!
 観客は沸きます! アルディスさんも喜びます。
 妖精フレイア、音楽に合わせ、飛び跳ね、くるくる回って、大ジャンプ。その踊りにアリーンさんも参加します。これは他では決して見られない、シフールと妖精の共演! この世で最も愛らしい存在である二つの種族が見せる見事なダンス。
 子供や女性客は夢中で手を叩きました。
「相変わらず素晴らしい演奏でしたわ」
「そうかなあ?」
 エリーさんの賛辞にアルディスさんは嬉しそうに鼻を掻いていました。


 さて、お待ちかね。次は歌う武器商人クァイさんのお出ましです。にこにこ愛想よく観客に挨拶します。美人が舞台に立つと口笛の音が鳴り止みません。
「こんにちは、皆様。僭越ながら一曲歌わせて頂く、クァイと申します。よろしくお願い申し上げますね」
 もう一度、軽く会釈した時でした。クァイさんの魅力(と安酒?)に悪酔いした酔っ払いが舞台に這い上がってきては、一緒に歌おうとクァイさんに迫ります。
 これでは歌うに歌えません。
 そんな時、飛び出してきたのはヲークさん。酔っ払いに当身を食らわせます。「すんません、皆さん」と愛想よく観衆に詫び、酔っ払いの首根っこを掴んで舞台の外へと引きずって行きました。
 思わぬハプニングに調子を狂わされましたが、クァイさんはそんな雰囲気を吹き飛ばすように微笑みます。
「すみませんでした、皆さん。私の歌がもう一度皆さんに夢の時間を取り戻させる事ができればいいのですけど」
 クァイさんは歌います。透き通った歌声で、美しい詩を囀るのです。


草の匂いせせらぎ続く轍を抜ければ
東の丘に黎明の光が舞い降りる

どこで生まれたのだろう
空に浮かぶ白い雲
どこへ向かうのだろう
あの水の流れは

輝ける大地囁く命の声
巡る季節をただ見送りながら

今を生きる喜びを語るように
私に語りかける


「大変でしたね、クァイさん」エリーさんはすぐに駆け寄ってきました。「よくあるんですよ、ああいう事」
「大変ね、エリーも」
 クァイさんは気にしてはいない様子。
「でも、クァイさんの歌が嫌な雰囲気を吹き飛ばしてくれたからよかった。以前よりもお上手になられましたね」
「ありがと」
 二人はくすくす笑い合っていました。


 さて、始まりました! かわやさんのカッパダンス! おや、これにはどうやらエルさんも参戦?する模様。二人は両舞台袖から飛び出し、くるくる宙返りしながら、舞台真ん中まで躍り出ます。
「エリー・エルで〜す!」
「河童のかわやで御座るよ〜」
 背中合わせの決めポーズ、バッチリ決まりました! 打ち合わせもほとんどしていないはずの二人なのに、息はピッタリです!
「これからぁ、私達がぁ、夢のようなダンスを披露しちゃうよぉ!」
「ユー達、見逃すと一生後悔するで御座るよ〜!」
 まさにはっちゃけたダンスでした。エルさんが手品をしている周りを、カッパならではの俊敏さを活かしかわやさんが、飛ぶの跳ねるの宙返り。
 逆にかわやさんがジャグリングを披露している間は、エルさんが不必要なほどノリノリのリズムに乗って、バックダンス。
 一見滅茶苦茶に見えるのに、どうしてでしょうか、エルさん、かわやさんはもちろん伴奏者もお客もすごく楽しそう。皆が一体となって弾けているようでした。
 座長が叩いた大きな太鼓の音に最後の決めポーズ! これもバッチリ決まります。
「皆、ありがとぉん!」
「ミーに惚れるなで御座る!」
 馬鹿受けでした。特に子供からはアンコールの声が鳴り止みません。
「寂しいけどぉ、また今度ねぇん!」
 大きく手を振り、愛する子供達に別れを告げます、エルさん。
「とっても面白かったですよ、お二人とも」
 エリーさんが嬉しそうに一言。
「ミーの刺ある魅力にみんなはメロメロで御座る」
「今度は一緒にやろうねぇん!」
 エルさんはエリーさんの手に絡みつきました。


 さて、急遽舞台に立つ事となったフィーナさんのお出ましです。今度はどのような手品・・・・手品かな? 錬金術とかいってたけど、僕にはよくわかりません。とにかくどのような芸を見せてくれるか楽しみです。
 おっと、これはいけません。またスケベなオジサンが舞台に上がろうとしています。フィーナさんほど色香のある人なら仕方ない事なのかもしれませんが。
 また、ヲークさんが飛び出してくるでしょうか?
 ・・・・いいえ、どうやらその必要はありませんでした。
 シュン! と走った一筋の旋風が乱入しようとした客の頭を掠め、遠くの木の枝をざっくり裂いたのです。どうやらフィーナさんの放った魔法の模様。
 青くなる男。にこにこフィーナさん。
「おイタはいけませんよ。舞台は他人に迷惑をかけないように見物しましょうね」
 さて、フィーナさんの取り出した物、親指くらいの小さな石。どこにでも転がっていそうな何の変哲もない小石です。
「どこにでもある小石ですが、これを黄金に作り変える事が出来ます」
 両手の中に石を閉じ込め、目蓋を閉ざします。いずれは開かれるであろう手の中の世界には何が生まれているのでしょうか?
 フィーナさんはゆっくりと瞳を開き、微笑みました。
「では、ご覧あれ。詰まらない小石でしかなかった物が如何なる変容を遂げるのか」
 開かれた手の中から掴み出されたもの。それは確かに眩い金色の輝きに満ちていました!
 大衆はどよめきます。僕も驚きました。凄い手品です。いったいどんな種があるのでしょう?
「どうでした、舞台は?」
「少し緊張しましたけど、予想以上に喜んで貰えて良かったです。錬金術と手品の見分けはつかないものなんですね。といっても、今のは魔法の部類ですけど。ちょっと邪道だったかもしれませんね」
「旅芸人としては、楽しんで貰えれば、邪道でも何でもいいんですよ」
「あら、気が合いますね」
 フィーナさんはエリーさんと手を取り合いました。どこか通ずるところがあるようです。


 さて、遂にやって参りました! 本日の大目玉、エリー一座の歌姫達による夢の共演!
 まずはクァイさんとマルガさんが登場。そのすぐ後に、エリーさんが今日の主役イルム婆さんに肩を貸しながら現れました。
 さすがに花形が四人も顔を並べると、舞台の見栄えが違います。
「お師匠様、大丈夫ですか?」
「大丈夫さ、最後の一曲二曲歌う間くらいは、ね」
 イルム婆さんは微笑みます。その笑顔にどれほどの重みがあったのか、僕には分かりません。
 伴奏は始まりました。一座全員の想いが乗った旋律に夜空が震えます。

(以下A:エリー、B:イルム、C:マルガ、D:クァイ四人合唱の歌詞)


A:草は
B:光り
C:水は
D:跳ねる

A:虫は
B:歌い
C:木々は
D:踊る

A:空に願いを
B:大地に願いを
C:世界に願いを
D:命に希望を

(以下輪唱)

A:朝は全ての上に訪れ 昨日の涙 空へ還る
B:傷跡残る大地でまだ眠る芽を揺り起こす恵みの雨となれ
C:傷跡残る大地で 慈しみの雨となれ
D:いつか終わらぬ夢に閉ざされたまま眠る芽を揺り起こす恵みの雨となれ

A:幾つもの違う旋律 それぞれの言葉 重なる心
B:幾つもの違う旋律 それぞれの言葉少しずつ近づきあえる
C:幾つもの違う想いで幾つもの声で 一つの 同じその願い
D:幾つもの違う想いで繋ぎ合う手と手の中幾つもの同じその願い

A:翔けゆく風に抱かれてまた舞い上がれ 高い空へ
B:愛の喜び 歌いどこまでも届けておくれ遠い空へ
C:翔けゆくこの風に抱かれ 舞い上がれ 輝く明日へ
D:いつも優しい歌になって 届きますように貴方の許へ


 月明かりの中に途絶えていったカルテット。去りゆく尊き足音を慈しみ、明日への道を踏み出すように。
「これで・・・・本当にお師匠様と一緒に歌うのは、最後なんですね・・・・」
 エリーさんは顔を伏せました。
「お前は歌うのに私の手助けは要らないだろうよ。さて、励ましの言葉を掛けとくれ。私が悔いを残さず、最後を歌えるように」
 イルム婆さんの胸に顔を埋めるエリーさんの言葉。
「よい一時を歌えますように・・・・」
 三人はイルム婆さんを舞台に残し、舞台袖へと去りました。
 フィナーレの時。
 真摯な顔を向けるカイトさんのフルートの音から入っていきました。


風の調べに そっと瞳を閉じれば
聞こえてくるのは 懐かしき故郷の歌

夕暮れの茜色が 寂しげに揺らめくのは
誰かが旅立つ人を 見送っているから

星空を連れて 地平線に溶け行く
儚く散る名残日に包まれて

見果てぬ夢燃え尽きた火のように
月が微笑みかける・・・・


 万感の想いを乗せて、イルム婆さんは歌い終えました。決して鳴り止まない、温かい拍手に包まれ、今、彼女は・・・・。
 エリーさんは・・・・エリーさんだけが出てきました。イルム婆さんを祝福するために。
「お師匠様、お見事でした・・・・忘れられない・・・・歌声でした」
「これで私は役目を終える事ができた。エリー、あんたのおかげさ。そして、ようやくもう一つの役目に戻れる。何かわかるかい?」
 エリーさんから言葉は返りませんでした。ただただ目を赤く腫らしていて、言葉にならないのでしょう。
「私が長らく放棄していた・・・・そうせざるを得なかった役目さ。私には多くの弟子がいたからねえ。お前だけを特別扱いにはできなかったけど・・・・。ようやくその役目に戻れる、お前の母親という役目にね」
 そうです。エリーさんとイルム婆さんは血の繋がった実の親子だったのです。おそらく、ずっと親子でありたかったのだろうけれど、そして事実そうであったのだろうけれど、そう名乗る事だけはできずにいた親子。最後の弟子マルガさんを見送って、ようやくこの二人は本当の親子に戻れたのでしょう。
「お母様!」
 エリーさんが誰の目を憚る事なく、母の胸に飛び込みました。飛び込む事ができた、と言うべきでしょうか。
 イルム婆さんは穏やかな顔で、子供のように泣きじゃくる娘の背中を撫でます。
「悪かったね。苦労をかけ通しの悪い母だと思っているよ」
「そんな・・・・お母様がいたから・・・・私・・・・」
「これからはたっぷり甘やかすからね。覚悟しておいで」
 エリーさんは肯きます。
「じゃあ、その前に最後の仕事を済ませておいで。フィナーレを飾るのは私じゃないからね。この一座の歌姫はあんたなんだ。お客は最後にあんたの歌を聞きたいんだよ」
「でも・・・・」
「いいから。ほら、あんたの仲間達も皆あんたの歌を期待してるんだよ」
 冒険者達は、そして一座の皆は笑って肯きました。
 カイトさんが皆の気持ちを代弁します。
「最高の音色でアンタの歌声を追いかけるわよ。ね、アルディスさん」
「もちろんさ!」
 一日が終わろうかという頃に、エリーさんの歌声が響き、明日へと繋がれていきました。
 公演はもちろん大成功。
 興奮はいつまでも僕の胸で踊っていましたが、もう眠る時間です。僕も母の元へと戻らねばなりません。


「やっと分かったよ。師と弟子の絆から、母と子の絆へと。昨日の役目が終わると、明日の役目が始まるんだね」
 きっと僕の答えは正しかったのでしょう。母は優しく微笑みました。
「そうですね、費えた使命の後、すぐに新しい使命へと導かれる。人は・・・・世界はそういうものなのです。そういう輪が永遠に回り、万物を形作っているのですから。終わりが来る事などないのですよ。さあ、それが分かったら、明日に備えて眠りましょう」