奪われた恋文
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■ショートシナリオ
担当:HIRO
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 45 C
参加人数:7人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月10日〜01月15日
リプレイ公開日:2007年01月17日
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●オープニング
「どうなされたんです?」
依頼人は震えていた。それはキャメロットを覆う寒さのためではなく、内から込み上げてくる怒りと絶望によるものだという事実に受付嬢が気付くまで、さほど時間は掛からなかった。
「わたしは今どのような顔をしているでしょう?」
ケープを捲り上げた依頼人の顔は、高貴で美しかったが・・・・
「きっと処刑台に上がる罪人のように土気色でしょう? ああ、むしろ処刑に処せられるほうがまだよっぽどマシというものですわ!」
天を仰ぐ依頼人の目には涙が溜まっていた。年の頃、まだ二十歳前後。若さと美貌を兼ね備えた貴族令嬢が何を憂い、こうも嘆くのだろうか?
「まあまあ」
受付嬢は安心させようと、相手の手を握りながら言う。
「死ぬより悪いことなんてありませんよ。落ち着いてわけを話してくださいな」
依頼人はやや落ち着きを取り戻し、おずおずと話し出した。
「若い頃、ほんの少女時代には誰でも些細な過ちを、野に咲く花を摘むように何気なく行うものでしょう? しかしながら、そういった気紛れもごく稀に命取りになることがありますわ!」
ここでまた依頼人は顔を伏せてしまった。
「泣いてばかりいても何も解決致しませんわ。お話頂ければ、きっと道は開けますから」
「ええ・・・・そうですわね。実は、私・・・・強請られているのです」
「強請り・・・・ですか?」
「ええ」と依頼人は肯いた。「レオン・ライトルという男を知っていますか?」
受付嬢は首を振った。聞いたことのない名だった。
「知らないのも無理はありません。表向きは商いを営む裕福で物腰穏やかな青年紳士。しかしその実、強請りで貴族から大金を巻き上げる恐喝屋としての顔も持っているのです」
「その男に強請られているというわけですね? いったいどのような物を種に?」
依頼人はさっと顔を赤らめて、口籠った。
「先程も申しました通り、少女時代の過ちですわ・・・・。私、来月にさる高名な貴族との結婚が決まっているのですが、その方はとてもお気の難しい方で・・・・。何事にかけても完璧というものを求めていますの。当然、婚約者の私にも。ですが、私は聖女でもなんでもない普通の・・・・ましてや昔は今よりも分別のない小娘に過ぎませんでしたから・・・・」
遠回しな言い方に、受付嬢にはいまいち話が見えてこなかった。
「何かいけないことでもしでかしたのでしょうか?」
「ええ・・・・当時はいささかも恥ずべき行為とも思わなかったのですが、今思えば軽率な行為でしたわ。実は・・・・少女時代に仄かな想いを寄せていた人に手紙を送ったのです。今読み返すと、顔を覆いたくなるような、熱烈な恋文ですわ。それをどういうわけか、ミスター・ライトルが手に入れ・・・・」
「それを種に強請っている?」
依頼人は肯いた。不安気な面持ちをいささかも変えないままに、神経質そうに手を擦り合わせていた。
「ミスター・ライトルは手紙を返して欲しくば、要求する額を用意しろというのです。とても払えないような膨大な額をです。できなければ、私の婚約者に手紙を渡すと」
「婚約者さんに事情を話してみればいかがでしょう?」
「それはできませんわ!」
依頼人は勢いよく立ち上がり、反論した。
「彼はとても潔癖な方ですから・・・・。私がそんな不埒な過ちを犯していたと知ったら、婚約を破棄しかねませんわ」
さて、困ったことになった。今回の依頼内容。それは恐喝屋レオン・ライトルの手にある恋文を取り返すこと。言うは易いが、決して簡単なことではないだろう。
――ライトル邸。
高い門と塀に囲まれた広く美しい庭には耽美的な女神像が佇む。大陸にだけ咲くことを許されているはずの花が愛らしく開いている傍で幾匹もの犬が寝そべっていた。天国にも似た庭を見張らせる豪奢な館の一室に、レオンはいた。
甘い香り漂う室内に佇むイーゼル。キャンバスはまだ下書きの段階だった。素晴らしく精緻な線だ。壁に掛けられた何枚もの絵画は、机にいる主人を取り囲み、見据える。そして見据えられる。
レオンは一枚の手紙をつまらなそうに眺めながら、午後の紅茶を楽しんでいた。
「こんな他愛のない手紙が信じられない財産を生む。信じられるか?」
問いかけられた執事は首を横に振った。
「そうだ、信じられないだろう? しかし、この世の中は有り得ないことで形作られる。つまり、有りそうもないことなら全て信じるに値する。だから、この必要以上にセンチメンタルな詩情で綴られた手紙が、富を運んできてくれるとしても、私はちっとも驚かないよ」
「あまり関心しませんな。貴方様は危ない道を走りすぎます」
執事が紅茶を片付けながらそう呟くのを耳にしたとき、レオンは愉快そうに微笑んだ。
「危ない道だからこそのスリルと報酬がある。誰もが走る道を行っても、勇名を馳せることはできんぞ?」
「悪名でございましょう?」
「どちらにしてもさ」
レオンは顔を上げる。波打つ黒髪から、尖った耳が見えた。どうやら彼はエルフ。
ほっそりとした端麗な顔立ちに穏やかな物腰と雰囲気。切れ長の鋭い目だけが、外見の印象を裏切っていた。
「恨みを買いますな、貴族を侮ってよいものでしょうか?」
「恨み? 募らせても晴らせないのが、奴らさ。弱みさえ握っていれば、借りてきた子猫のように大人しい」
レオンは不敵に笑い、手紙を爪弾いた。
「貴族階級など、社会の掃き溜めに過ぎんよ。百害あって一利なし、だ」
●リプレイ本文
「我々はですねぇ、偽の手紙や複製の類をレオンに掴まされた場合、残念ながら見分ける事が出来ないのですよ」
ディディエ・ベルナール(eb8703)は依頼人に手紙の内容を紙に書いて貰い、封筒の形状・紋章も詳しく尋ねた。贋物を掴まされた時の用心だ。
「無論依頼終了時に本物の手紙と一緒にお渡ししますので、安心して下さいね〜」
中性的な物腰と外見の青年、華月下(eb9760)は以前に依頼を受けたという貴族に嘆願、召使として雇って貰えるよう紹介状を書いてもらい、ライトル邸に潜り込んだ。
屋敷には女性の召使が3人、庭師、御者が一人ずつ、そしてレオンに付き従う執事のレーン、合計6人が住み込みで働いていた。ライトル家ほどの商家にしてはそれほどに多くない数。しかし夜には毎晩のようにレオンの友人という怪しげな男達が数人やってきては応接室で酒を飲んだ。おそらくは彼らが夜の屋敷を護衛する手下共だろう。
月下はレオンの部屋に午後の紅茶を運んでいった。大きな窓からは番犬が5匹ほど寝そべっているのが見えた。
「どう思う、この絵を?」
レオンは描きかけの絵画の感想を月下に求めた。
「素晴らしいのでは? 僕は美術に疎いため、わかりかねますが」
「私はね、この絵で神の威光に成す術もない愚かな凡俗共を描きたいと考えている」
「神・・・・ですか?」
「神は無慈悲なものさ。万物は格差を持って創造される。神は公平を嫌う。美しいもの、醜いもの。力あるもの、無力なもの。叡智授かりしもの、無知なもの。与えた力を用いて世を平定せよ、と神は言うのだよ。だから永遠に争いは絶えん」
「しかし生は平等に与えられますが? それだけで充分ではないでしょうか?」
月下の言葉に、レオンは微笑んだ。
「そうは思わんのが人の業という事だ」
「貴族というの面倒なものだな。実の無い見栄と体裁ばかりだ」
レオン邸の応接室でそうこぼすのは、トレーゼ・クルス(eb9033)。
「体裁に囲われて暮らす貴族か・・・・手紙一枚で日々の平穏が崩れる。人は自由になれないものかな?」
どこまでも自由でありたいと願う青年シア・シーシア(eb7628)は呟く。その横には柊静夜(eb8942)とインデックス・ラディエル(ea4910)が座っていた。
執事が出した紅茶は高価な物だ。その香りと味を楽しんでいる間にレオンは部屋に姿を現した。彼は完璧な作法で優雅に挨拶すると、皆の向かいに腰掛ける。
「今日はどのような御用向きですかな?」
「我々はいわば交渉人だな」
答えたのはトレーゼだった。彼は依頼人の名を出した上で委任状を見せ、言う。
「どうも彼女は交渉事は慣れていないようでね」
「ああ、彼女の使いですか。ぞろぞろと大勢で来るので、また何事かと思いましたよ」
レオンは愛想良く笑う。その笑顔からはとても悪名高い恐喝屋とは思えない。
「その件ではもう先方に話がついていますが?」
「貴方の提示する法外な額をとても払えないと彼女はいうのさ」
シアが言うと再びトレーゼが話を継ぐ。
「貴族とはいえ、二十歳ほどの娘だ、これ位が限界だな」
こちらが提示した限度額。レオンはそれを見るなり、話にもならないと一笑にふした。
「私はこの額の10倍以上を要求したのです。この程度のはした金では話になりませんな」
「しかし先程も申しましたように彼女はその額を払えないのです。自身の財産もまだ持たない少女に過ぎませんから。彼女の払える精一杯の額を受け取った方が、私達の依頼人のためにも貴方のためにも有益かと存じ上げますけど?」
静夜は言ったが、それもまたレオンに笑い飛ばされた。
「実のところ、私としてはどちらでも構わないのですよ。あなた方の依頼人が提示額を払えればそれでよし、払えずとも、私は彼らの破滅していく姿を見て充分に楽しめるのですから」
一番性質の悪い部類だ。金だけに固執する輩なら、まだいい。彼のように犯罪行為を一種のスリルと愉悦目的のために行う類の人間は非常に危険で厄介なのだ。
「では、せめて手紙を見せて貰えないだろうか? 本物かどうか確かめたい」
シアは言うが、レオンは詰まらなそうに席を立ち、
「こちらの提示した額も用意できない交渉人に、いちいち手紙を披露する利点がこちらにはありませんね。お引取りを」
と、冒険者達を送らせる為の執事を呼ぶため涼しい鈴の音を鳴らした。
「ちょっと待って!」
声を上げたのはインデックスだった。彼女は聖書を開いて、懇々と人の道を説いた。
「いい? 善い事をした者は永遠の命にはいるために復活し、悪い事をした者は死の罰を受けるために復活するの。この説法を毎日食べるパンと同じように噛み締めなさい。それでも貴方がこのまま悪事を成すというのなら・・・・」
レオンは彼女に最後まで言わせなかった。
「私は芸術に関する側面に置いてのみの宗教しか崇めないのでね、すまないが」
執事が扉を開き、彼らは屋敷を去るしかなかった。
「ところであの壺は見事な物ですね」
静夜は去り際に言う。
「ほう、あの良さが分かりますか。どうやら貴女は幾らか審美眼をお持ちのようだ」
レオンが差し出した手を彼女は握った。
「一番簡単に人の手紙を奪うにはどうしたらいいか判るかい?」
紅茶を楽しみながら、レオンは執事のレーンに問う。
「皆目見当がつきませんな」
「そうかい? 簡単な事なんだが。彼に近い人間、例えば執事を買収するだけでいい。結構な額をその手に握らせてやるのさ。するとそいつは喜んで、自分の主から手紙をくすねてくるだろうさ。考えてもみたまえ、もしお前が金を握らされて私の手紙を盗んで来いといわれれば、お前は断らないだろう?」
「断りませんな」
レーンの返答にレオンは楽しそうだった。
「そうだ。お前はそういう奴だ。だから私はお前を傍に置いている」
「あの時握った彼の手。長年剣を振るってきた皮の堅さがありましたわ。中々に腕が立つ人物の様ですね、武者震い致します」
酒場で軽くエールを嗜む静夜。ディディエが後に続いた。
「お庭も結構なものでしたね〜。木々や花壇も念入りに手入れを施されて。いやはや、あんな庭を持ってみたいですな〜」
「やはり忍び込むしかないなあ。手紙の隠し場所だが・・・・」
シアは頭を掻く。
「僕は彼が何度か机の引き出しから書類の出し入れをしているのを見ました。そこではないでしょうか?」月下が言う。
「では月下の言葉をひとまず信じて、手筈通りにいってみようか。僕は呪歌で出来る限り時間を稼いでみる」
「色々と乱暴な事になりそうですな〜」
ディディエがやや影のある顔で締め括った。
物思う夜空に響き伝う子守唄。母の懐のように包容力に満ち、耳を傾ける者の心を誘引する。
おやすみ、光の世界の子。
夜空に月が昇ったら、夢の世界で遊ぼう。
明日の太陽が昇るまで、夢の世界で歌おう。
おやすみ、光の世界の子
屋敷は静まり返った。シアの歌声に眠りについただろうか? 庭を護る番犬は安らかな吐息に背を揺らしている。
この時間を無駄にしてはいけない。覆面をした冒険者達は急ぎ、レオンの書斎に忍び入る。暖炉の火は燃えていた。ゆらゆらと心許ない青い揺らぎは、彼らの心にある不安の揺らぎに酷似していた。
机の引き出しを開いた。書類は確かにそこに。だが、それは脅迫に用いる手紙類ではない! 商用の契約書類だ。
「やはりこんな所に隠しているはずもありませんでしたか・・・・!」
月下は唇を噛む。
とにかく探すしかない。皆で手分けして。
インデックスは少しでも時間を稼ぐためのボヤ騒ぎを起こしに、屋敷の向こう側へと走った。
本棚を調べていたシアが奇妙な一冊を発見する。よく見ると木製の作り物なのだ。軽くその本を押してみる。すると、何らかのカラクリが仕組まれていたのか、すぐ隣の柱から小さな扉がぱかっと開いた。
隠し扉だ。そこには荘重な装飾の施された小箱が鎮座していた。
シアが掴み出した書類の中に依頼人の手紙があった。
「そこまでだな」
喜び勇むのも束の間、レオンは現れた。捉えたインデックスの喉元に剣を据え。
「中々美しい歌だったが、私は眠りが浅くてね。手紙を探すのに時間が掛かりすぎたのが、君らの失態だ。さあ、私としても手荒な真似はしたくない。その手紙を返したまえ」
シアは従うしかなかった。仲間の命にはかえられない。シアは手紙を返し、レオンは潔くインデックスを放した。
その瞬間!
「御免!」
静夜がレオンに斬り掛かる! が、彼女の刀をレオンは受け止めた。
「武に秀でた貴方とお手合わせしたいと思っていました」
「女を斬る趣味はないな」
激しい剣戟に火花が可憐に散った。それほど彼らの剣技が鮮やかという事。
お互いの剣はお互いを掠める。静夜の覆面は解け、レオンは人差し指の血を舐めた。
「中々の腕だ、女。だが」
打ってくる静夜の剣線を紙一重でかわし、剣の柄で彼女のみぞおちに一撃を加える。
「剣は攻守一体。君の剣の太刀筋は鋭いが、守がいま一つだったようだな」
静夜の顔が歪む。
「うっ!」
だがその声はレオンからのものだった。
インデックスの魔法がレオンの体の自由を拘束する。
その隙にトレーゼは彼から手紙を奪い取り、暖炉に投げ入れた。手紙は虫に食われたように黒く変色していき、遂には灰へと変わった。
「皆さん、もう充分です! 今のうちに逃げますよ〜」
ディディエの声と同時に響いてくる足音。手下達は迫ってきている。長居する必要はない、もう目的は達したのだから。冒険者達はレオンを残し退散した。
「大丈夫ですか、ライトル様?」
執事は彼を助け起こした。だが彼はその手を払いのけ、立ち上がる。
「ですから言いましたでしょう。貴族を侮ってはならぬと」
レオンは愉快そうに笑った。
「あの大胆さ、行動力は腑抜けた貴族共ではないな。もっと愉快な連中さ」
月夜に光り輝く冷たい眼差し。
「ギルドの奴らめ。私を楽しませてくれる」