青年彫刻師と白き鷲

■ショートシナリオ


担当:HIRO

対応レベル:11〜lv

難易度:やや易

成功報酬:4 G 18 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月23日〜01月29日

リプレイ公開日:2007年01月29日

●オープニング

 白き自由の翼はためかせ、大空を縦横無尽に駆け巡る大鷲がいた。険しい雪山を睥睨する気高き瞳は何を見据えるのか。生きるために容赦はしない、人の肉すら食いちぎる。この雪山のように無慈悲で厳しく、されど雄々しく白き鷲は今日も雪景色を支配していた。


 ある彫刻師の青年がその大鷲の話を聞いたのは、キャメロットからほど近い村の酒場でのこと。隣のテーブルで酒を飲んでいた二人の男の話が、木々のざわめきのように何となしに耳に入ってきた。
「聞いたかよ、ミシェルのこと?」
「ああ、ホワイトイーグルを捕まえに行こうとして、逆に殺られたんだろ? その大鷲、地元の奴らの間じゃ、雪山の覇者とまで恐れられる山の主だぜ? 馬鹿な奴だぜ」
「ああ、無残に食い殺されたらしいな。あの野郎は並みのホワイトイーグルより、一回りでかいらしいからな」
 ホワイトイーグルの標準的な大きさは人二人分ほど。それより一回りとは、結構な大きさのはずだ。
「触らぬ神に祟りなしってね。無闇に捕まえに行ったあいつが悪いんだな」
「違えねえ。それにあんなもん捕まえてどうする気だったのかねえ? まさか飼い馴らすわけにもいくまい?」
「雪山の覇者には逆にこっちが飼い馴らされちまうぜ! 人里に降りてくるわけでもねえんだし、ほっとけばよかったのによ」
 大きな声を上げて笑う男達の話は、青年には気になるものだった。
「それほど見事な大鷲とはいったいどのようなものなんだろう?」


 青年は太陽の昇りきらない朝早くに像を彫る。毎日の日課だ。美しい朝日の出は、いつでも青年の創作意欲を掻き立てた。しかし、大鷲の話を聞いてからだ、彫刻を彫る手が遅くなった。気になるのだ。雪山を神々しく駆け抜ける白き荒鷲のことが。頭にこびりついて離れないほど。そしてその想いは日に日に強さを増していった。
「その鷲を一目でいい、この目で見てみたい。そして・・・・彫ってみたい、その雄姿を」
 彼は彫刻刀と彫りかけの像を鞄に仕舞い、急ぎキャメロットへと走った。


「あら、あなたは・・・・」
 ギルドの受付嬢は青年を笑顔で迎えた。
「ファリス・ランドルです。実はお願いがありまして」

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0862 リノルディア・カインハーツ(20歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

ルフィスリーザ・カティア(ea2843)/ ウェンディ・ナイツ(eb1133)/ メグレズ・ファウンテン(eb5451)/ ウェイル・アクウェイン(eb9401

●リプレイ本文

「ファリスさん、お久しぶりですね。お元気そうでなによりです」
 微笑を零すユリアル・カートライト(ea1249)の手を嬉しそうにファリスは握った。
「ええ、また出会えるなんてこんな幸せな事があるでしょうか。そして」
 ファリスは木陰で腕を組む青年に視線を向けた。
「あなたも・・・・以前、名を聞きそびれてしまいましたが」
「・・・・アザート・・・・アザート・イヲ・マズナ(eb2628)だ」
 ぶっきら棒に言うアザートだったが、ファリスが今日を生きているのを喜ぶかのように、僅かに微笑んだ。


 今回は白鷲を退治するのではない。むしろ戦わずにすめば、それに越した事はない。そのための準備は万端だった。皆、白い防具を用意、あるいはシーツなどを縫い付けるなどして工夫、雪山の色に合わせた。
「はあ、こりゃあ頂上まで登るのは大変そうだな」
 白き鞘を纏った剣山は物々しい雰囲気を漂わせている。閃我絶狼(ea3991)は頬をポリポリ掻きながら吐息を漏らすと、清廉な青い髪靡かせるシフール、リノルディア・カインハーツ(eb0862)も肯いた。
「私は飛んでいけますけど、皆さんは大変そうですね」
 

 山道に馬の繊細な脚は向いていない。雪道ではなおさらだ。しかし連れてくるしかなかった。野営を築く道具類などを運んで貰うために。マナウス・ドラッケン(ea0021)はカンジキを作成し馬の脚に取り付け、馬の背を押しながら歩いた。
「やれやれ、芸術家ってのも厄介だぁね」
 マナウスは髪をかき上げながら言うと、リースフィア・エルスリード(eb2745)は柔らかく微笑んだ。その吐息は踊るように宙を舞う。
「そんな依頼を受けてしまう私達の性分も厄介なのでしょう?」
「まぁね」
「や〜ん、雪に埋もれて、薬草なんか見当たらないよ〜」
 悪く言えば、気まま、良く言えば、自分を持っているエル・サーディミスト(ea1743)の嘆き。
「若干、そうでない奴もいるようだねえ」
「そうみたい・・・・ですね」
 マナウスとリースフィアの頭ががっくりと垂れた。


「北東の方角から十数個のやや中型呼吸。速さと大きさから、狼の類と思われます。こちらに向かってきます」
 雪山の狼の嗅覚はいつにも増して敏感らしい。群れを成した狼が岩を伝い降りてくる。その数リアナ・レジーネス(eb1421)の言う通り10匹以上。彼女の端麗な顔が僅かに強張る。
「血を流させずに仕留めるぞ・・・・白は緋色によく染まるからな・・・・」
「そうですね・・・・白鷲に気付かれては困りますし」
 臨戦態勢に入るアザート、ユリアル二人に狼が唸る。
「色々と制限があってやりにくい・・・・まあこういう依頼も冒険者らしくて良いさ」
 絶狼も剣を抜く。
「俺も手伝おうか?」と後方から声を掛けるマナウスに、絶狼は、お前は頑張って馬の尻を押してろ、とそっけなく言った。
「あ〜、狼と戦う方が楽そうなんだがねえ」
 マナウスがぼやいている間に戦いは始まり、そして終わっていた。
 アザートは確実に急所をつき狼を眠らせ、絶狼がみね打ちでなぎ払い、ユリアルの魔法が狼を一蹴した。
「お見事です、皆さん」とリースフィアが手を叩いた。「無駄に女性に剣を取らせない心意気が素晴らしいです」
「そういうわけでもなかったと思うがな」
 絶狼は剣を収めながら呟いた。


 ようやく辿り着いた山の頂上からの景色。薄く霧が立ち込め、白が白の上に重なり合い、雪景色に謎めいた奥行きを与えている。下の世界が見えない。雄大な光景だ。向かいには対となるような山が聳えていた。
「あっちの山に例の白鷲の棲家があるみたい」
 エルは言う。事前に地元の人間から聞いた話だ。白鷲の姿を見たいだけなら、今現在彼らがいる場所からでも充分に見えるらしい。
「ルフィスリーザが言うには、白鷲は酷く獰猛で近くに寄ったら問答無用で襲ってくるから、この辺でいいんじゃないかな?」
「そうですね、これ以上険しい山道ですと、馬も大変でしょうし。もちろん、ファリスさんがそれで良ければ・・・・ですけど」
 微笑みかけてくるユリアルに、ファリスは肯いた。


 目立たない岩陰に張られた三つのテント。その上に真っ白なシーツを覆いかぶせ、雪景色の色に溶け込ませる。これなら空を舞う鷲の目には止まらないだろう。
 寒さが厳しかったが、敢えて火は焚かなかった。煙によって、鷲の警戒心を煽っては元も子もないからだ。
「何か温かいものでもふるまえるかと思っていたのですが、そうもいかないようですね」
 リノルディアは多少がっかりしたように微笑んだが、それでも保存食を上手く味付けして用意した。同じ冷たさでも味気ない保存食をただ食べるよりも、ずっと美味しかったし、食べる事により体はいくらかなりとも温まった。
「どこに行くんだ?」
 食後、こっそりテントを抜け出そうとしたエルに絶狼は声をかけた。
「あ、その〜、雪を払ったら、思わぬ薬草なんて出てこないかな〜なんて。はは・・・・」
「いつかみたいに変な魔物に捕まるなよ」
「う〜、それは言わない約束」


 厳寒な冬風染みる夜でも、夜化粧を施された大地と星々の散りばめられた夜空は精一杯世界を温かく包んでいるように思えた。この空を白鷲は駆け巡るのだろうか? ファリスの想いは高まっていくばかりだった。
「彫る意欲がある・・・・つまり、生きる意味を見出した。そう思っていいのか」
 いつの間にか後ろに佇んでいたアザートの長い白髪が白い世界に馴染んでいた。
 ファリスは微笑む。
「実のところ、まだ考えてます。だからここに来たいと思ったのかもしれません」
「そうか・・・・」
 二人はただ夜空を見上げた。


 翌朝。
 ファリスは誰よりも朝早くに目覚め、朝日を見つめながら鷲を待った。
「今は鷲の事で頭がいっぱいなのでしょうね」
 ユリアルは隣に腰掛けた。そしてファリスの目を見て、微笑んだ。
「あの時と違い、目に迷いを感じません」
「あの時はそんなに酷かったですか?」
「ええ。ですが誰しも通る道ですから。今のあなたなら、きっと素晴らしい彫刻が彫れますよ」
 友愛を浮かべたユリアルの笑顔が淡い朝日に輝いていた。


「あれじゃないか?」
 誰よりも目のいいマナウスがそう叫んで指差した。皆はその方角に目を凝らす。
「よく見えませんわね・・・・」
 リアナがそう呟くのも尤もだった。ずっと向こうに見える崖の辺りを小さく飛び回る姿がかろうじて見えるだけなのだ。
「野生のものを見るというのは大変ですね」
「どうですか、ファリスさん、ここからでも彫れるでしょうか?」
 リースフィアは心配そうに言った。
 ファリスはやってみる、とだけ答え、馬の頭ほどの木片を前に彫刻刀を握った。木片は見る見るうちに鳥の形を現し始めた。
「わあ、すっごい! 上手だね〜」
 感嘆の吐息を漏らエルに、リアナは諭すように言った。
「さ、今はファリスさんを一人にしてあげましょう」


「この糞寒い中我らが依頼人は夢中な様だな・・・・まあ熱中出来る事があるってのは良い事なんだろうな」
 防寒着を手繰り寄せる絶狼にリアナは言った。
「素敵な事じゃないですか」
「そうですよね」と肯くのはリノルディアだった。「最初は興味本位にしては随分危険だな・・・・とも思いましたけど、ファリスさん、必死なんですね。応援したくなります」
「皆さん、同じ想いですね」
 リースフィアが微笑んだ。


 皆の期待を背負うが、ファリスの手は止まった。想像力だけでは、白き鷲の本当の姿を見極められない。その時、後ろから声がした。絶狼だった。
「お前、あの二人と面識があったんだな。言わねえんだもんな、あいつら。まあ、アザートはああいう性格だから、仕方ねえけど」
 ファリスは笑った。
「大切な人達です。僕の限られた過去に携わってくれた人達だから」
 ファリスは自分が記憶を失った事を告げた。すると絶狼は顔を逸らし、溜息を漏らす。
「記憶か・・・・思い出さん方がよいかも知れん」
「何故?」
「俺達は今を生きてるからな。過去に束縛される必要はないさ」
「でも過去があれば、その分の想いを刻めたかもしれない」
「そうかもしれんがな・・・・」


 白き鷲が舞い降りてきたのは、その日の午後だった。真っ白な太陽を覆い隠す大いなる翼が風に乗る様、そして空を翔る鷲の雄々しき姿は、ファリスの目に焼きついた。
 旋回した鷲は太陽に届き、太陽の中から降ってきた。
 鷲は冒険者達に気付いたわけではなかった。鷲が標的としたのは馬の方。ちゃんと繋いでいたのだが、ふとした隙に手綱が緩くなり、飛び出してしまった際に運悪く鷲に見つかったのだ。
「来るぞ!」マナウスが叫ぶ。「だが、あくまで俺らの目的は奴を倒す事じゃない。忘れんなよ?」
「それは分かっていますが・・・・」
 リースフィアは唾を飲む。
 間近で見る白鷲は話に聞いたより、ずっと大きい。
「追い払うにしても・・・・!」
 こう飛び回られては、剣での牽制も無意味。
 リアナは電撃魔法で何とか鷲の動きを止めようとする。少なくともファリスだけは護ろうと。
「ここは私に! 合図をしたら、皆さん隠れて下さい!」
 リノルディアが叫んだ。
 そして合図は飛ぶ。リノルディアは魔法で羊の群れの幻影を作り出した。白鷲はまんまと幻影に嵌り、羊を追って飛び去った。
「やれやれ。鳥目鳥頭でたすかったな」とマナウス。
「ええ。ファリスさんが一生懸命彫り上げようとしている鷲の命を奪う事にならず良かったです」
 ユリアルは胸を撫で下ろした。


 日が沈もうとしていた。自由の白き翼がはためく様を、ファリスは見つめていた。
「僕は君に憧れていた。孤高で一人でも強く生きていける君に。だけど君ほどに僕は強くない。一人では生きていけないし、僕にはともに生きてくれる人達もいる。だから、憧れを抱きながらも、君の強さを羨む事なく、ここに刻めるんだ」
 紅く染まりつつある雪山を眺め、白き雄々しき鷲の姿を、ファリスは今ここに彫り上げんとしていた。