時を翔る手紙

■ショートシナリオ


担当:HIRO

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:6人

サポート参加人数:6人

冒険期間:02月02日〜02月07日

リプレイ公開日:2007年02月08日

●オープニング

 その手紙はある日突然に彼女の手の中に舞い降りた。愛らしいピンクのシフールが届けた手紙。差出人――レナード・ブランシュ。思いもかけないその名に、エノレアは胸が締め付けられ、硬直した。そして震える指で封を切る。
 レナード・ブランシュ。昔の――少女時代の恋人だった。何もかもが美しく見え、純粋に世と交われていたあの頃に出会った青年・・・・エルフの青年。ちぢれた金髪が茨のように頭を飾り、象牙のように美しい白い肌、青く澄んだ瞳はどこまでも純粋に世界を捉え、敏感そうな尖った耳は比類ない好奇心に踊り、世界が語る童歌に丹念に耳を傾けていた。アポロンのように美しい青年、それがレナード。そしてあの頃はエノレアも彼に劣らず美しく、清かった。
 二人はお互いに溺れ、世界の美しさの中に身を委ね、永遠にそうであるものと思っていた。いや、そう思っていた・・・・信じていたのはエノレアだけだったのかもしれない。
 別れは突然に訪れた。レナードはイギリスを去る決意を固めた。吟遊詩人であった彼は自らの詩を極めるために旅に出た、エノレアを残して。すぐに帰ってくるから、きっと帰ってくるから・・・・と、彼は言い、彼女はそれを信じた。日々は本のページを繰るように、ただ過ぎていった。
 時は無情だ。そして時間ほど、人とエルフを分かつものはない。
 二人が別れたあの日から20年余り。エノレアもすっかり老け込んでしまい、かつてのみずみずしい若さと美しさはもう残されていなかった。そんな自分に今さら何の用なのか。エノレアは手紙を開く。

『久しぶりだね、愛しいエノレア。随分と君を待たせてしまったようだ。すまないと思う。僕は君との約束を破ってしまった。約束したように、すぐに帰ってくることはできなかった。その理由は長くなるのでここで書き立てるようなことはしないでおこうと思う。それにいくら書いてみせたところで所詮は言い訳にしかならないだろうから。
 しかし・・・・それでも僕はもう片方の約束――必ず帰ってくるという約束だけは何とか守れたように思う。そして僕は変わらず君を想い続けていると、あの頃の気持ちと変わらない、そうここで言う事を許して貰えるだろうか?
 そう、僕はあの頃と変わらず君を想っている。目を閉じれば、君の姿がまざまざと目に浮かんでくる。柔らかく浮かぶ亜麻色の髪、全てを笑って許してくれた大きな口と薔薇の花びらのような唇、そして僕が何よりも愛したあのスミレ色の瞳。まるで君が今も僕の隣にいるかのようにこの瞳の裏に見える。
だけど、君は僕の事を忘れてしまったかもしれない。君には君の生活もあるだろう。それは仕方ないことだ。 あれから・・・・随分と時間だけが無為に流れてしまったからね。もう失われた時間を取り戻すことはできないかもしれない。だけど・・・・それでも僕は今一度君と話がしてみたいと思い、こうしてペンを執る。何も期待してはいない。ただ君から、どれだけ短くともよい、何らかの返事が返ることを祈って。

                   愛しいエノレア・キリスへ  永遠に君のレナード・ブランシュ』

 エノレアは読み終えると、丁寧に手紙を折り畳んだ。そして重い溜息をひとつ漏らす。20年の時に積もった想いを吐き出す溜息だ。
「今さらどうしようというのかしら・・・・? 私はあなたとは違う。いつまでも若くいられるあなたとは」
 彼女は返事を書こうとペンを握った。

『あなたから、今頃お便りが来るとは正直思ってもみませんでした。ですが、私があなたに言える事はもうほとんどありません。あなたと過ごした日々は今も心に残って、それは未だ私の慰めとなる事もありますが、すべては遠く過ぎ去った日の思い出。思い出は思い出として残しておくからこそ、いつまでも美しいもので在り続けるのでしょう。それは私にとって・・・・そしてあなたにとっても。ですから、お互い、これ以上の過去への羨望と固執はこれまでとしましょう。今を生きる二人は、あの頃の屍と忘れ去る事を願います。二人が出会わぬ事が何よりも幸せだと。

                レナード・ブランシュへ 思い出の中で永遠に貴方のエノレア・キリス』

 そう書き終えると壁に掛かっている外套を手に取った。シフール便に手紙を託そうと外に出たはずなのに・・・・彼女は何故かギルドへと向かっていた。

●今回の参加者

 ea7222 ティアラ・フォーリスト(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2933 ベルナベウ・ベルメール(20歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb7341 クリス・クロス(29歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8535 皆守 桔梗(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb9943 ロッド・エルメロイ(23歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

リチャード・ジョナサン(eb2237)/ メルシア・フィーエル(eb2276)/ 日高 瑞雲(eb5295)/ エレイン・ラ・ファイエット(eb5299)/ 木下 茜(eb5817)/ ソル・アレニオス(eb7575

●リプレイ本文

 豊かな銀髪を靡かせる少女ティアラ・フォーリスト(ea7222)は考えるよりも先に体が動く。気がつけば一人、エノレアの元を訪ねていた。エレノアさんの本当の気持ち、レナードさんに伝えたい、手紙だけでない何かを届けられないでしょうか? 少女は問う。儚く笑い首を横に振るエノレアの口元に皺がよった。
「過去に置いてきたものは時間だけではないのです。私はあの頃の私を置いてきたのです。彼のために」
「難しい・・・・ね。ティアラもエルフだから、他の種族さんとの歳月が違う事、考える事もある。最善の答えがあるとは思わない。けど・・・・それでいいの?」
 エノレアは肯いた。彼女はもう少女ではなかった。貴婦人と呼べた。そういう事なのだろうか。
「では、レナードさんにあなたのお手紙届けに行きます。ここにしたためられた気持ちを届けに」


 小さな海賊さんは恋の話に興味津々だった。大好きな海のように青い目をキラキラ輝かせながら、天真爛漫に大きな口を開く。そんなベルナベウ・ベルメール(eb2933)の話し相手に捕まったのはお年頃の忍者、皆守桔梗(eb8535)。
「ねね、べうと女の子同士の秘密のお話しよ? ズバリ、恋ばなー! 最近気になる人っている?」
 桔梗は伏目がちに目線を逸らした。いつもの瑞々しい曇りない表情はどこへやらといった具合に。
「いるのぉ!? ねね、どんな人? カッコいい? カッコいいの、その人?」
 好奇心旺盛、根掘り葉掘り訊いてくるべウに、桔梗はついポロリとこぼしてしまう。
「好きな人っていうか・・・・よく転ぶような危なっかしくて、照れ屋で仲間思いで苦労性の人が好みかなあ・・・・」
「随分具体的だねー!」
「え・・・・うん、べうちゃんは?」
「え? べうはぁ・・・・誰にも言っちゃダメだよ?」
 ベウの声は小さくなった。
「XX前のX屋のおにーさんとか〜、OOに住んでるおにーさんとか〜あ、この前△△で見かけたエルフのおにーさんもステキだった! あとね」
 エンドレス。どうやらベウの好きな人は浜辺に転がる貝のように、至るところに散らばっているらしかった。
 ふふ、と怜悧な貴婦人フィリッパ・オーギュスト(eb1004)は微笑む。ベウの話が次第に熱を帯び、彼女の耳にも届いたのだ。
「ベウさんはまだ本当の恋を知らないのでしょうね。もちろん時が満つれば、いずれは経験なさる事ですけれど」
 ベウとロッド・エルメロイ(eb9943)を除く全員がレナードの元へ向かう。この旅路の果てに人とエルフの想いが交錯する事を祈って。


 レナードは毎日詩を書いた。書いても書いても言葉は溢れてきた。20年の空白は彼の情熱を掻き消すには短すぎる時間だった。事実、レナードはまだ若々しい。美しい髪も肌の色も損なわれてはいない。ただ昔に比べると幾らか頬がこけ、やつれていた。この20年の間に何かがあったと物語るように。
 彼の元に客人が来たのは、あるくすんだ夕暮れの日だった。
「貴方達は?」
「お手紙をお預かりしてきました」
 クリス・クロス(eb7341)が礼儀正しく切り出した。
 レナードは手紙を受け取り、エノレアからのものだと知ると、貪るように読み出した。そして一通り読み終えると、ぐったりと椅子に沈み、項垂れた。
「そうか・・・・やはりもう遅かったのだろうか」
 思い悩むレナードにフィリッパは言った。
「女性に取り、ただ時が過ぎるだけでも無情なもの。ましてや思い人を待ち続けるのはいかがなものでしたでしょう? それが人とエルフならばなおさらに。尺度の差は想像以上に大きく、心の差というのは更に大きなもの」
 そうだな、とレナードは息を吐いた。
「ですが、想いを全て断つのならば手紙を焼き捨て、目を背けて逃げてしまえばすむはずでした。我々に依頼する必要は無いでしょう。エノレアさんは結局思いを捨てきれず、我々に判断を託したのではないでしょうか?」
「そうだな、僕は振り返ってしまった。冥界から抜け出る時に恋人を振り返ったオルフェウスのように。だが、一筋の光明が差すのなら、そこを目指してみたいと思う」
 レナードが口ずさんだ時、桔梗がもう辛抱溜まらないとでもいうように口を開いた。
「ちょっと自分勝手じゃない? 20年も手紙の一枚も出さずに放っておいたのに! 今更、やり直そう的な期待なんて! 本当にエノレアさんが好きなんだったら、一緒に旅に出たってよかったんじゃない?」
 若さだろうか。こうもはっきりと物事を言い切ってしまえるのは。レナードはそんな桔梗に昔の自分を重ね合わせ、君の言う通りだと微笑んだ。
 ティアラは胸の前で両手を組み合わせた。
「レナードさんのお話、聞かせて下さい。彼女を待たせ、各地を旅してきた間の事。何を思っていたのか。どうして早くに戻る事が出来なかったのか」
 レナードは語り始めた。もうずっと遠くに思えるあの頃の事。彼は旅立つ決心とともにエノレアを置いていく決意をした。旅立とうとしている地では戦火が絶えないと聞いていたから。そんな地に愛する人をともに連れて行く勇気はなかった。恋人を残してまで、赴くべき場所なのかと問われれば、返す言葉を彼は持ち合わせていなかったが、戦乱はしばしば優れた芸術の源泉となる。彼はそう信じ、旅立った。
 そうして辿り着いた異国の地。彼はそこで様々なものを見た。人の戦う姿、散り行く姿。彼は戦ったわけじゃない。しかしそこに居合わせた事、それは既に戦渦に巻き込まれていたという事。何があったとしても文句は言えない。彼は事実無根の咎で幽閉された。そして20年、ずっと日の当たらない場所に忘れ去られていたのだ。
「ようやく僕は解放され、この地に戻ってきた。獄中でもエノレアの事を忘れた事はなかった。彼女に対する想いだけが、僕の生き甲斐だった」
「そっか・・・・大変だったんだ」
 桔梗がほろりと一縷の涙を零した。
 フィリッパは言う。
「彼女が老いたと知って、彼女に痛みを与えてしまった事を知って、それでもなお追いかけたいというのなら我々が御案内しましょう」
 レナードは思い悩んだ。手紙にある通り、彼女はもう再会を望んでいないのかもしれない。
「思い出としては若い姿の時のままの方が良いのかも知れませんが」普段口数の少ないクリスが口を挟んだ。「人とエルフの想いが交錯するから、自分のような存在もある。時間が全てではないでしょう」
 レナードは肯き、顔を上げた。


 エノレアは一人の少女と礼儀をわきまえた青年を部屋に招きいれ、お茶を出した。
「手紙を届けに行ってくれたのではないの?」
「それは他の方が」ロッドは有難くお茶を頂戴しながら、答えた。「我々は貴方のためにできる事があるのではないかと思い、こうして訪ねたのです」
「そう! もしべうがエルフで、同い年くらいの人間に恋してお互い好きってなっちゃったら、最初は幸せでなんにも見えないかもしれないけど、ある日ね、ふと気付くと思うの。どんなに愛し合っていても、エルフと人間は寿命が違うから、べうは必ず、ひとりぼっちになるんだって・・・・それってとっても怖いと思うの。でもね、べう考えたんだ。自分のほうが長生きできるって事は、最愛の人の最期を看取ることができるって事なんだって。最愛の人を失う悲しみを背負うのはじぶんだけでいいんだなって」
「私が彼の衰え、死にゆく様を見る事はない。それは良い事なのでしょうか?」
 エノレアは憂鬱に呟いた。
 思い悩む彼女にロッドが穏やかな口調で囁きかける。
「これから私の言う話にご気分を害されないよう。確かに時の流れとは、かくも残酷なものですが、それが全てを断ち切るなどという事はないはず。貴方もどこかでそう信じるから、希望と救いを心の中に持っているからこそ、我々に手紙を委ねたのでしょう」
「そうね・・・・そうかも知れませんわ」エノレアは言う。
「長き時を生きるエルフに取って、人との交わりは――ベウ嬢のいうように――常に取り残される苦しみを味合うのですが、それでも接する事を止められないのは、人の持つ輝き、生きる力に憧れるからでしょう。レナードさんも貴方の魂の輝きに未だ惹かれるからこそ、手紙を送ったのでしょう。貴方にはまだ選択する時間が残されています。自分が悔やむほどに、人は年老いる事はない種族ですから」
 ロッドが話し終えると、ベウがエノレアに手を差し伸べた。
「レナードさんに会いに行こうよ」
 エノレアは躊躇いがちに、少女の小さな手を取った。


 夕暮れの大地を潤していた小雨が降り止んだ。空は鮮やかな緋色に染まっている。夕日に火照らされたエノレアの頬は昔のように赤みがかり、幾分若々しく見えた。
 キャメロットから半日程度の丘陵。エノレアはそこで前を歩いてくる青年に気づき、胸が震えた。体は硬直して、心臓と一緒に止まってしまいそうだった。
「エノレア・・・・一目で君だとわかった」
 レナードはゆっくり歩み寄ってくると、優しい声音でそれだけ言った。
「嘘だわ。私は歳を取り過ぎてしまった」
 エノレアは彼から目線を背けた。
「そんな事はない。君は変わっていないよ。いや、唯一つ、僕の顔を見てくれない事を除いて」
「見て・・・・あなたの顔を見てどうしようっていうの?」
「わからない。ただ、それを考える時間くらいは僕達二人均等に残されているはずだ」
 レナードは手を差し伸べた。そしておずおずとだが、エノレアの指先が彼の手に触れた。
「ティアラもいつか恋をするのかな。いつか素敵な恋をしたいとは思うけど、何が待ってるのかちょっと怖いかな」
 ティアラの呟きに、フィリッパはこう言葉を結んだ。
「いつしかあった恐れがいつしか歓びとなっているのでしょう。それが恋かもしれません」
 二人の恋人はいつまでも夕日の中に佇んでいた。