思い出の詩人
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:HIRO
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:10月12日〜10月17日
リプレイ公開日:2006年10月17日
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●オープニング
時雨が甘く香る頃、エリーゼ・ハードウィック嬢は溜息がちに物思う。物足りないと。
こうして窓から眺める景色――朱色の陽射しを浴びた貸本屋のやつれた顔のような壁、道すれ違う人々、売り子のしゃがれた声、紳士が硬い大地に打ちつける無骨なステッキの音、馬車の走る物音――はあの日と変わらない、ただひとつのことを除いて。そのたったひとつの相違点が少女にとってすべてであり、幾百幾千の日々が決してあの日を超えられない理由であった。
昔から病弱で寝たきりだったエリーゼの唯一の楽しみは、窓からの景色という限られた空間を眺め空想に耽ること。空想世界では貸本屋の土気色の壁は豪邸の大理石に、道行く人々は重大な使命を帯びた物語の中の登場人物へと、日常の騒々しい物音はサヨナキドリの囀りへと瞬く間に変わる。想像さえすれば、単調でありきたりな日常の風景はいつでも少女にとって現実以上のものとなった。だが・・・・・・・・
どれほど空想を巡らせてみても、あの日に追いつけない。あの日以上の喜びを得られない。そこにはあの人がいないから。
3年前の春、エリーゼが12歳になったばかりの頃だったろうか。彼女の容態はひどく悪化した。肺をひどく患い、呼吸をするのも困難に、駆けつけた医者も「神に祈りましょう」としか言えない状態だった。
その日も時雨は美しく地を濡らしていた。エリーゼはふと目を覚ましただろうか。何やら美しい声が耳に届いていた。
――なんだろう?
起き上がってみる。不思議と体が軽い。詩が聞こえる。何かしらとても心地よい詩だ。窓から伝ってくる。
エリーゼは窓から下を見下ろした。小雨が頬にひんやりと冷たかった。
「なにかしら? とっても美しい音色。セイレーンの唄声みたい。セイレーンの唄声を聞いたことはないけれど」
音楽は真下から聞こえる。エリーゼはぐっと身を乗り出してみた。
そうしてようやく垣間見えた人影。玄関先で雨宿りをしているその人影。見るも美しい少年――月の色に似た見事な銀髪を靡かせる少年が、竪琴を携え唄っていた。
エリーゼは部屋を飛び出し、階段を駆け下り、玄関のドアを開く!
彼は立っていた。
「あなたは誰? 神話の中で愛する人のために歌い続けるオルフェウス?」
詩人は微笑んだ。その笑顔は眩い日を背に受け、霞んでいたが。
エリーゼは両手を組んで嘆願する。
「お願い! もっと・・・・もっとあなたの詩を聞かせてくださいな」
詩人は唄った、世界のあらゆる美しい場所のことを。エリーゼは耽美的な詩に浸りながら、いつしか眠ってしまった。
「・・・・リーゼ・・・・エリーゼ・・・・・・・・エリーゼ!」
何度も何度も呼びかけられ、エリーゼはようやく目を覚ました。だがそこにいたのはあの美しい詩人ではなく、父だった。
「よかった! エリーゼ、お前はもう大丈夫なんだよ!」
何とか峠を越した娘を強く抱きしめる父。
「あの人は・・・・? 詩人さんはどこへ行ったの?」
少女は幾度も問いかけたが、娘の奇跡的な回復に感極まっている父から答えは返らなかった。
「あの人がわたしの命を助けてくださったんだわ」
三年前のあの日を思い、エリーゼはひとりごちた。
あの不思議な日、一命を取り留めたものの、病魔から開放されたわけではもちろんない。未だにベッドの上で闘病生活。それでも物思うのは、常にあの詩人のこと。顔もはっきりとは憶えていない。だがあの唄声だけは記憶に焼きついている。
「あの方はどこにいらっしゃるのかしら?」
その時だった! あの琴の音が風に運ばれてきたのは!
エリーゼは動かすのも辛い体を必死に起こし、窓の外を見やった。
するとどうだろう! ずっと右手の路地の角で弾き語りをやっている詩人の姿が!
遠くて顔もわからない。が、間違いはなかった! あの煌めく銀髪に間違いは!
必死に声を張り上げるエリーゼ。しかしその弱々しい声は馬車の走音に掻き消される。それでも声にならない声で懸命に叫び続ける。
悲しいことにやはり声は届かなかった。それどころか、病体に無理強いしたためにエリーゼはその場に倒れ気を失ってしまったのだった。
その夜、エリーゼの容態は突如悪化した。ベッドの傍で神に祈る父にエリーゼは言う。
「わたしはもう長くはないわ、お父様。でも・・・・せめてもう一度あの方に会いたい。あの詩を聞きたい・・・・」
「すぐに連れてきてあげるよ」
父は娘の手を堅く握り、そう約束した。
『銀髪が特徴の謎めいた詩人を探し出し、早急にハードウィック邸まで連れてくること』
以上がギルドに持ち込まれた依頼内容である。この広いキャメロット、僅かこれだけの手掛かりで人を見つけるなど、雲を掴むような話かもしれない。
あなたは死に瀕している少女の願いを叶えてあげられるだろうか・・・・・・・・?
●リプレイ本文
「やはり憶えてはいないですか?」
リオ・オレアリス(eb7741)は手に持っていた羽根ペンを置いた。
「すみません。彼は光に包まれていて・・・・唄声は友愛に満ちていた、としか・・・・」
幾分調子が良かったため、エリーゼの話を聞く事ができたが、事前に聞いていた以上の事は何一つわからなかった。彼女の父や使用人に尋ねても、3年前に詩人を見た者はいない。
「詩人があなたに会いに来た目的はいったいなんなのでしょうか・・・・?」
大宗院透(ea0050)は神に性別を間違えられたとしか思えないほど美しい女性的容貌を備えている。
「あの人は雨宿りに立ち寄っただけ。そのお礼に詩を詠ってくれたのです」
ベッドに重く横たわる少女は憔悴しきっていたが、そのつぶらな瞳だけは生き生きと輝いていた。
「最期に会いたいからではなく、その方と友人になれると信じ待っていて下さい・・・・」
透が掛けた言葉。抑揚に欠けた無愛想な声だが、その中には確かな暖かさが秘められていた。死に瀕している少女もそれを見抜けぬほど愚かではない。にこりと会釈した。
皆が去った後、フィーナ・ウィンスレット(ea5556)だけは部屋に残り、安らぐ芳香を発する香木を燃やし、ハードウィック邸の台所を借りて自慢のハーブティーをエリーゼのために出した。
「いい香り・・・・」
窓の外にはしとしとと緋色の小雨が降り注ぎ始めていた。
「エリーゼさん、あなたの思い出の日もこんなお天気だったのでしょうか?」
少女は言葉で答えなかった。いつでもその儚い笑顔が答えだった。
「フィーナさんみたいな有名な方にこんな美味しい紅茶を入れてもらえて光栄です」
「よくない噂ばかりでしょ? 邪笑の麗人とか黒の聖母とか」
「噂ってあてにならないですね。そんな人がこんなにしてくれるわけないのに。フィーナさんは優しい人です」
そんな風に言われるのになれていなかったのだろう、常に謎めいた微笑を浮かべるだけのフィーナの顔に戸惑いが窺えた。
「そんな事ないですわ! あ、薬用人参をお試しになられません? 病気に効くかもしれませんし」
「いえ」
少女は小さく首を振った。
「わたしはもう長くはないです。わかります・・・・自分の体ですもの・・・・」
「そんな・・・・」
少女が物思わし気に見つめる窓には何が映っていただろう?
「エリーゼ嬢の話だけ聞くと・・・・それ自体、吟遊詩人の奏でる詩のような話だ」
物静かに言うのは、濃霧のように白くて掴み所のないハーフエルフ、アザート・イヲ・マズナ(eb2628)である。
「結末は俺達次第だ。手分けして探すぞ」
「あたしは詩人がよく出入りしそうな酒場を当たってみますわ。そういう処に顔を出すの得意ですから。ふふ」
ヴェニー・ブリッド(eb5868)は妖しく微笑み、優雅な足取りで去っていく。
「彼は”美人”な”新人”の”詩人”さんかもしれません・・・・」
透は自分の駄洒落に一人無表情に笑いつつ、人知れぬ街角に消えていった。
「あら、ヴェニーさん、奇遇ですわね。こんな処でお会いするなんて」
「ええ、リオさん。お互い考える事は同じですわね」
意味深げに笑いあうリオとヴェニー。
30分後、二人は自らの持つ悩ましい容姿をふんだんに利用して、酒場の詩人達を魅了していた。
「その詩人なら知ってるぜ! 数日前さ。広場の噴水前で弾き語りをしている少年とも青年とも呼べる奴を見たな。確かに見事な銀髪だった」
「彼はどこに行ったか、わかるかしら?」
リオが訊く。
「それはわからねえ。一曲弾き終わるとどこかへと去っちまった」
「ありがとう。あなたって素敵よ」
ヴェニーは男の顎のラインを人差し指でなぞった。
そうして二人はいかなる花の蜜よりも芳しい髪の香りだけを残し、その場を去った。
「幽霊の線は消えたと考えていいわ」
今回一番働き者だったカイト・マクミラン(eb7721)は呟いた。彼はエリーゼに会いに行かず、ヴェニー達より先に詩人の集う酒場を訪ね、詩人の情報を得ていたのだ。
「あら、カイトさん」
住宅街でふと出会ったのはフィーナである。お宅訪問で彼女が得た物は情報ではなく、出された紅茶による満腹感。
「フィーナさん、詩人の情報が得られました!」
「本当ですか!」
「何? 本当か!」
ハードウィック邸周辺の聞き込みに精を出していたラズエル・ヴァーネット(eb7725)とシーン・オーサカ(ea3777)も既に詩人の手掛かりを得ていた。
シーンはグリーンワードで詩人が腰掛けて詠っていたという樹木に問いかけもした。木は枝葉を揺らしリズムを取る。その心地よい音色が詩人の奏でた音楽。
「やっぱり詩人は実在したんや。そうとわかったら、皆と落ち合うために酒場へ行くで!」
「いや、俺はちょっと気になることがあるんだ。先に行ってくれ」
ラズエルはシーンが引き止めるのも聞かずに駆け出した。
「よっしゃ! これだけ情報が揃ったら話は簡単や。うちのバーニングマップですぐに詩人の居場所を見つけたるわ」
「しかしな・・・・」
アザートだけがどこか腑に落ちない表情だった。
「何や? そんなしけた顔せんといてや。ほな行くで!」
ほわっとした火が地図を焼く。残された灰が導くのは・・・・?
空には艶やかな三日月が浮かんでいる。ラズエルは独り西の森を彷徨っていた。彼の勘に狂いがなければ、詩人はこの辺りにいる。
「・・・・この音色は?」
どこからか漂ってくるのは、胸に染みてくるような切ない音色。
その時、ガサガサと藪から物音が!
「あれ? ラズエルはん? ようここが分かったな、なかなか鋭いやんか」
シーンを筆頭に皆がそこにいた。
「聞こえるか?」
「びんびん聞こえるわ。こんな琴の音、初めてや」
詩人はいた。森の奥深くに。
粗石に腰掛け、木の幹に身を溶かし、艶やかな銀髪は夜風に靡いていた。
白い肌は青褪めている。瞳の色も月のような銀。いや、彼自身が月の化身のように美しかった。
「あなた・・・・エルフ?」
フィーナが問う。波から突き出た岩のように銀髪の合間に尖った耳が見えた。
「違うな・・・・あいつは俺と同じ・・・・ハーフエルフだ」
アザートが言う。
詩人は答える。低く澄みきった美しすぎる声だった。
「私はそのどちらである事も捨てた。自然に身を委ね、私はここにある」
「お名前は・・・・」
透が問う。
「クロード・・・・クロード・ムーンレイク・・・・」
「宵闇の中で詠い続ける詩人は眠らないのかしら?」
リオが言った。
「詩人は詩を紡ぎ、夢を見る」
「エリーゼさんを知っていますね?」
切り出したのはフィーナだった。時間はもうあまりない。
「知らないな」
答えは冷たいものだった。人を拒絶するような口調。
皆で詩人に事情を説明した。できるだけ詳しく。だが・・・・。
「私は世界を彷徨っているが、キャメロットの地を踏んだのは今回が初めてだ。3年前に私がその少女に出会ったわけがない」
「でも!」
「薄々気付いているのではないか? その少女の話はあやふやで矛盾点が多すぎると。まず三年前にその詩人を見た者は彼女だけ。そして彼女自身、顔も憶えていない。重病人で体を起こす事すら億劫な少女に階段を駆け下りるような力があるとも思えない。それに・・・・時雨とは秋の終わりに降る雨の事。春に降るわけがない」
「つまりどういう事だ?」
ラズエルが頭を悩ませる。
「詩人はエリーゼという少女の思い出の中にのみいる」
「要するに、三年前の詩人は空想の産物だったと」
アザートが言う。
「そんな!」
フィーナの膝が青褪めた大地に落ちた。
「じゃあ、どうしたら・・・・?」
「そうや! ほんならクロードはんに一緒に来てもらえばええねん! 嬢ちゃんは詩人の顔憶えてへんねんから! 嘘つくのは気が引けるけど、この際仕方ないわ」
「そうですわね、その方がよろしいかと」
カイトも相槌を打つ。
「一緒に来てくれますか?」
皆の気持ちを代弁するようにフィーナが嘆願した。
その夜、エリーゼの容態が急変し、昏睡状態に陥っていた。もう明日の朝日を見る事叶わぬかもしれない。
それでもうわ言の中でさえ彼女は求め続ける、あの日を。
天使の羽がひとひら落ちるような優しさ。そんな琴の音にふと目を覚ます。窓の外に浮かぶ月。
そして――
「ああ!」
エリーゼは歓喜に胸を奮わせた。窓辺にはあの日に出会った銀髪の詩人が。
「お連れしました、あなたの探していた詩人さんです・・・・」
フィーナが言う。いくらかの後ろ暗さも感じながら。
「夢じゃないのね・・・・? あの日のように詩を聞かせてくださるのね・・・・」
少女が差し出す震える手を詩人の手が優しく包んだ。
「あなたが昔に聞いた詩とは違うかもしれない」
「構いませんわ。新しい詩を聞かせて・・・・」
「ではあなたが夢の世界へ辿り着くまで、詩を紡ぎましょう」
クロードが竪琴を奏で始める。ノクターン――全ての場所へ清水の如く無理なく浸透し、心の奥底へと沁みていくような詩。超越していた。音楽とはこうまで気高く深遠な境地に辿り着くものなのか。耳を、いや心を持つ者なら誰しも時を忘れて聞き惚れるに違いない。
エリーゼの目にいつしか浮かんでいた涙。
「ありがとう、わたしの詩人さん・・・・ありがとう、皆さん・・・・。やっとあの日に追いつく事ができた・・・・」
安らかな寝息。閉じられつつある瞳。
「うちもあんたと一緒に歌わせて」
「私も詩人の端くれとしてあなたと歌いたい」
シーン、カイトは口々に申し出る。詩人は肯いた。
彼らだけではない。その場にいる皆が歌っていた、詩人とともに。
ノクターンはいつしか鎮魂歌へと変わり、屋敷の外で待っていたアザートの耳へと届く。
彼は独り月を見上げた。
「夜明けだ・・・・」
朝焼けが闇を美しく切り取ろうとしていた。
琴を奏でる詩人の指が止まった。安らかな表情で眠るエリーゼの額をそっと撫でる。
「永遠の楽土エリュシオンで美しい夢を」
「まさか・・・・エリーゼさんは亡くなられたのですか・・・・」
透がいつにも増して沈んだ声で問う。
「残念ながら、詩に人の命を救うほどの力はない。それができたのは、この少女の思い出の中にいた詩人だけだ」
部屋が哀しみの色に染まった。フィーナは椅子に崩れ落ち、顔を伏せた。
「哀しいですね・・・・」
ヴェニーの呟きにクロードは答える。
「その哀しみがあるから生きる喜びがある。自然はいつも警告している。死を拒絶するな。死があるから生があると。そして・・・・」
少女は至福の時に迎えられた。あなた達と・・・・詩人の唄声に見送られて。淡い朝日に照らされ輝く少女の途絶えない微笑がそう証明していた。