殺された依頼人
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:HIRO
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月17日〜10月22日
リプレイ公開日:2006年10月21日
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●オープニング
●ずぶ濡れの依頼人
その日は朝から土砂降りだった。もちろんここはキャメロット。天候は寝たきりの病人の如く冴えないが、ここまで激しく降りしきるのも稀だ。昼間だというのに暗雲立ち込め、世界が暗い。
「こんな日は依頼人も来ないかもねえ・・・・」
受付嬢がまったりとくつろいでいたときだ。ギルドの扉は荒々しく開かれ、ひとりのずぶ濡れの男が飛び込んでくる。
「金はここにある」
開口一番そう言い放ち、男は結構な額の詰まっている袋をテーブルに置いた。
「私の名はファン・ハウゼン。もし私に何かあったら、後は頼む」
「え? ちょっと・・・・!」
受付嬢は引き止めようとしたが、男は現れた時のように唐突に消えていった。
それから数日後。謎の依頼人ファン・ハウゼンの遺体はキャメロットの貧民街で発見された。ナイフで胸を一突きにされていた。水溜りを血に染めて。
●届いた小包
「そういえば、この依頼どうしたものかしら」
受付嬢は呟いた。死んだ依頼人の依頼をどうしたものか。その疑問に的確な返答を導くほどの器量は彼女にはなかった。
しかし。答えは向こうからやってくる。死人に口なしというが、遺志はあったらしい。
ギルドに入ってきたのはある太った女性。その焼きたてのパンみたいな丸っこい手には小さな小包が。
「数日前までうちに泊まっていた客が出て行く時、この小包をここまで届けてくれって頼まれてねえ。チップをあんなに弾んでくれたら嫌だっていえないやね。別にそんな手間のかかる用事でもないしさ」
「その人のお名前はもしかしてファン・ハウゼンといいませんでしたか?」
「そうさね、そんな変わった名前だったかね。イギリス人じゃないやね。変な訛りもあったし」
受付嬢はぞっとした。とりあえず、丁寧に礼を言い、女性を見送る。
「どうしよう。開けちゃっていいのかしら?」
悩んでいても仕方なかった。依頼に関わるものなのか調べなければ。
震える手でそっと閉じ紐を解き、上蓋を開く。
そこには一通の手紙と・・・・・・・・夜空の星の如く燦然と輝くエメラルドが!
「わ! わ!」
興奮気味に声を上げる。無理もない、宝石など初めて見たのだろうから。
「おっと、仕事仕事!」
気を落ち着け、手紙の封を切る。そこにはこう書かれてあった・
――これを読んでいるであろうギルドの諸君へ
諸君らがこの手紙を読んでいるとき、きっと私はこの世にいないのではあるまいか。というのも、私の命は悪しき陰謀によって危機に晒されているからである。
手短に話そう。
ことの始まりは、私の妹があの憎々しい悪漢デニス・ガロウズに想いを寄せ始めたところから始まる。ガロウズは悪魔のような甘い囁きをもって妹ベリルをかどわかしたのだ。しかしガロウズの本当の狙いは同梱した我が家の家宝であるエメラルドにあった。妹と一緒になれば、エメラルドが手に入ると思ったのだろう。
私は何とか妹を説得しようと試みたのだが、無駄だった。一度恋に落ちた女の心ほど頑ななものはない。そうこうしているうちに、ガロウズは妹とエメラルドを持ってイギリスへと逃げてしまった。
私は追った。そして遂にヤツの隠れ家を見つけた(その場所は地図を同封しているので、参照されたし)。私は何とか忍び込み、エメラルドだけは取り返したが、妹を連れ戻すまでには至らなかった。ガロウズに見つかり、阻止されてしまったのだ(ヤツめ、なかなかの腕前だ、気をつけてくれたまえ)。
ガロウズはきっとエメラルドを奪い返すために私を殺されるだろう。だから私は先手を取り、宝石をあなた達に預けるという策を取ることにする。願わくば、あなた達の手でガロウズの魔手から妹ベリルを救い出し、エメラルドを彼女の手に。
マルコ・ファン・ハウゼン
「わ! これは大変な依頼だわ!」
受付嬢はにわかにパニックに陥り、すぐに依頼状を作成した。
その依頼状はギルドの壁の一番目立つところにでかでかと貼られることになった。
●リプレイ本文
「まずはベリルさんのお家柄から調べる事にいたしましょう」
間延びした甘い声でセーラ・クレンテス(eb7235)に話しかけたのは、リア・エンデ(eb7706)である。
「そうですわね、名家ならばそれなりの情報が得られるはずですし」
「そうですよねぇ。それなのに、ラズエルさんとヴァルさんはどこに行っちゃたんでしょう? 大事な時なのに〜」
「え? あなたが手分けしましょうと言い出したのではありませんか? だから彼らは貧民街に向かったのに」
「あ、そうでしたぁ!」
リアが小さな顔に描く大きく明るい笑顔に、セーラは呆気に取られてしまう。が、その憎めない笑顔の前に思わず自分も顔を綻ばせてしまっていた。
「がんばりましょうね」
「はい、がんばりますぅ!」
貧民街で情報を得られなかったラズエル・ヴァーネット(eb7725)とヴァル・ヴァロス(eb2122)はファン・ハウゼンの遺体が運び込まれた騎士団に向かった。通常、遺体は教会に送られるのが常だが、殺人などのいかがわしい遺体は一旦騎士団に回される事があるのだ。
「あまり気持ちいいものじゃないな、死人の顔をこうして眺めるのは」
ラズエルが呟く。
ヴァルは遺体から手掛かりを導き出そうと、致命傷となった傷跡を観察する。
「フム、こいつは明らかな殺害目的あっての傷だな。傷がここまで深いという事は、息の根を止めようと念入りに力を込めた証だ」
「へえ、よくわかるもんだ。凄いじゃないか」
ヴァル自身格闘術の達人であるため、このくらいの結論を導き出すことは造作もない事だった。
「しかし、まだガロウズが殺ったという確証には至らないがな」
「もう少し何か手掛かりがあればいいんだが・・・・ファン・ハウゼンさんの命を奪ったナイフとか?」
ラズエルが意味有り気に投げかけた物憂げな流し目。見張り役の騎士はその意味に気付き、引き出しから一本のナイフを取り出した。
「へえ、本当にあったわけか」
ラズエルはひょいと無造作にナイフを取り上げ、険しい面持ちで刃や柄を食い入るように見つめた。
「どうだ? 何か変わった特徴でもあるか?」
「一見変わったところのない普通のナイフだがな・・・・ん?」
「どうした?」
ラズエルはファン・ハウゼンの遺体に歩み寄り、衣服を調べた。
「見ろ、こいつ(ナイフ)の柄にある紋章と、遺体の着ているブラウスにある紋章が同じだ」
「どういう事だ?」
「・・・・とにかく皆と合流しよう」
「ガロウズが黒という線が濃いだろう」
ラズエルがエールをテーブルに置いた。
「そうですね、ファン・ハウゼン家は名家らしいですし、ベリルさんをかどわかして一財産成そうと企んでいてもおかしくはないでしょうね」
ほつれてきた美しい銀髪を耳にかけながらセーラが応える。
「イマイチよく分からないのは、凶器のナイフが現場に残されていた理由と、柄にファン・ハウゼン家の家紋が彫られていた理由だが」
「きっとガロウズさんはファン・ハウゼンさんの自殺に見せかけたかったんじゃないでしょうかぁ? あるいは最悪の場合、ベリルさんに殺人の罪をなすりつけて――みたいな意図があったんでしょう」
「なるほど、ガロウズは身の保身を図ったわけですね? そう考えると納得がいきます」
リアの発言にセーラは納得して肯いた。
「なかなか賢いじゃないか、嬢ちゃん。いつもはボ〜っとしてるくせに」
リアの頭をポンポンと軽く叩くヴァル。彼女は思わず顔を赤くする。
「なんですかぁ、失礼ですよ! わたしは暦年齢でいうとあなたより年上なのに!」
「そんな事でいばるなよ、子供みたいに小さいくせに」
「ま!」
確かにジャイアント並みに大きなヴァルと、パラ並みに小柄なリアでは対照的だ。
「とにかく、どうガロウズの正体を暴くかですね」
セーラが場を取り成すように穏やかな口調で言う。
「俺に任せてくれ。ひとつ策があるんだ」
自信たっぷりにヴァルの目が妖しい輝きに彩られていた。
「何ですかな、話というのは? ミスター・・・・ガルでよろしかったですかな?」
突然の訪問客に椅子を勧めるガロウズは年の頃三十代前半の好青年で、礼儀作法も申し分ない。一見とても悪事に携わっている人間とは思えないのだが、瞳の奥に灯る凶暴な輝きだけはその印象を裏切っていた。
「あなたが世にも珍しいエメラルドを所有していると聞きましてね。お分かりでしょう? ファン・ハウゼン家の家宝の事ですよ」
マスカレードで顔を隠した男が応えた時、ガロウズの眉がピクリと上がる。
「私がそれを所有していたとしてどうだと言うのです?」
「率直に申し上げれば、譲って頂きたい。金は手付けでこれだけあります」
ガルは金の詰まった小袋をテーブルに載せた。
「ファン・ハウゼン家のエメラルドといえば、売れば生涯遊んで暮らせると言われるほどの宝石ではないですか? それに対してこの程度ではねえ?」
「勘違いしないで頂きたい。私の主はいかほどの対価を支払う事も厭いません。後日出直しましょう」
「あなたの雇い主の名は?」
「それは明かせません」
「信用できませんな。顔を隠し主人の名も言えぬなどと。それに私は宝石を持ってはいませんよ」
「あなたは持っている。だからここにこの金は置いていきましょう」
「お好きなように」
ガロウズは肩をすくめた。
「あ、帰ってきた! もう、どこに行ってたんですかあ!」
問い詰めてくるリアを軽くかわし、ガルはワインを注文した。
「ガロウズに会ってきた」
そう言い、マスカレードを外して素顔を露わにしたのはヴァルだった。彼は皆にガロウズとの取引を話して聞かせた。
「決まりだな、ガロウズは黒だ。それも随分と腹黒いじゃないか。手元にない宝石をさも所有しているように匂わせながら話を進めるとはね。宝石はこちらの手にあるってのにさ」
エメラルドを無造作に宙に放りながらラズエルは言う。
「ではこちらも計画通り、ガロウズを叩きのめしちゃいましょう〜」
「そうですね、作戦始動です!」
リア、セーラが口々に言った。
その日の朝は厚い雲がキャメロットを暗く覆っていた。いまにも泣き出しそうな空模様だ。その陰鬱な街角に琴の音による美しい調べが聞こえてくる。通りがかったなら、誰でも一度は耳を傾けるだろう。音楽に乗り、詩は紡ぎだされる。ガロウズの成した悪事を揶揄した詩が。
「人の家の前で何やら不穏な詩を歌ってくれるじゃないか」
詰め寄ってきたのはガロウズだった。
「何の事でしょう?」
リアはとぼける。
「それとも何か心当たりでも?」
「そんなわけないだろう!」
動揺し、リアの喉元に剣を据えるガロウズ。もう全ては明白だった。
「女の敵! 赦せん、覚悟!」
見かねて飛び出してきたのはセーラ!
ロングソードで鮮やかな弧を描き、ガロウズに斬りかかる!
後を追うようにリアのムーンアローの光も飛ぶ!
「ち!」
ガロウズはたまらず一歩下がった。が、ここで怯むほど彼は軟弱者ではない。その凶刃はリアの喉元をしつこく、そして射抜くように狙った!
「そうはいくか!」
ガロウズの攻撃を防いだのは全身に闘気を漲らせたラズエル。彼の内に灯る闘志のように真っ赤な髪が戦闘の緊張に逆立つ。
「くそ、多勢に無勢か!」
ガロウズは後ずさる。
「ヴァルさんは?」
リアが問う。
「後から来るってよ」
「怠け者さんです」
「ん? 噂をすれば何とやら」
再度マスカレードで顔を隠したヴァルが仲間達を無視し駆け寄ったのは敵。
「災難に見舞われているようですな。助太刀しよう」
「頼む!」
とガロウズが応えたその時。
「どうしたの?」
一人の麗しい婦人が姿を現した。ベリルである。
「おお、ガロウズの奥方! 実はあなたのエメラルドを譲ってもらおうと話していた時に邪魔が入りましてな!」
ヴァルが白々しく言う。が、それはベリルを驚愕させるに充分だった。
「何ですって! 我が家に伝わる家宝を!」
「嘘だ!」
ガロウズは取り乱す。その隙をつき、ヴァルは渾身の力を込めたスマッシュで敵を地に切り伏せた!
「止め!」
「やめなさい! それ以上やると死んでしまうわ!」
セーラは身を賭して、狂化してただ無感動に殺戮に走るヴァルを止める。
「それに・・・・無駄な殺生が私達の目的ではないでしょう」
「兄が殺された?」
エメラルドと同じ輝きを放つベリルの目が、柱に縛られたガロウズへと向かう。
「嘘だ! 何もかも嘘だ! お前は恋人である私よりそんなならず者を信じるのか! その証拠に私は宝石を持っていない」
「そう。宝石は私達が持っています。ここに」
セーラが掌を開くと眩い光が零れる。
「見ろ! こいつらがマルコを殺して宝石を奪ったんだ!」
ガロウズは吼える。
「違うな」
冷静に反論するのはラズエルだった。
「この手紙を読んでくれ、ベリルさん」
ベリルは震える手で手紙を開いた。そして愕然とする。
「筆跡でわかるだろう? あなたのお兄さんが俺達に残した手紙だ。残念だがマルコさんは殺されてしまった。ガロウズの手によって。見も知らない俺達を信じろとは言わない。だがお兄さんは信じてあげて欲しい。今、俺達の手にある宝石は彼の云う事が真実であるという証明なのだから」
セーラはベリルの手に宝石を握らせた。
涙に濡れ始めた宝石は煌きを失い始めていた。
「兄さん・・・・」
一件落着。しかし釈然としないものは残る。悪人を裁いても、死人は生き返らない、という事か。
「あれ? ヴァルさんはどこに行ったんですぅ?」
ヴァルはいつでも遅れてやってくる。
「悪い。ちょいと野暮用でな」
ちゃっかりガロウズに預けていた金を回収していたのだ。
ベリルは故郷へ帰る船に揺られていた。舳先から見る大海原は静かに波を立てていた。夕方の水平線は悲しみの朱に染まってゆく・・・・。
伸びた腕。放られたひとつの輝き。
類稀な美しさを持つ宝石は悲しみの海の底に沈んでいった、ゆっくりと・・・・。