恋人たち

■ショートシナリオ&プロモート


担当:HIRO

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 93 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月19日〜10月26日

リプレイ公開日:2006年10月24日

●オープニング

●とある青年貴族の嘆き
「生か死か! 神には見放された! 運命には愚弄された!」
「ちょっとちょっと! どうしたんですか?」
 ある穏やかな日の午後を掻き乱したのは、嵐のように飛び込んできた青年。後ろに撫でつけられた豊かな金髪はほつれ、だらしなく額を覆っていた。顔色はぞっとするくらい青褪めている。それがなければ十二分に好青年で通るのだが。
「お酒でも飲んで気を落ち着けてくださいな」
 受付嬢はコップに葡萄酒を注ぎ始めた。
「僕だってわかっている! 酒が喉の渇きだけでなく、心の渇きをも潤す魔法の薬だと! でも今の僕にはどんな魔法も効果を成さない! それが例えマーリンの魔法でも! 僕のこの干上がった砂漠のような心に多少の雨を降らせることができたとして、いったいどうなるものか!」
「はあ・・・・」
 演劇にでも使われるような大仰な言い回しには辟易してしまったものの、男が真剣に悩んでいることだけは伝わってきた。
「しっかりしてください。どうしたのかワケを話してください」
 受付嬢の柔和な物言いはいつも人の心を落ち着かせる。青年は力なく椅子に崩れ落ち、ややあって言葉を紡いだ。
「僕はエラリィ・・・・人殺しの男だ・・・・」
「ええ?」
 突然の告白。人が恋に落ちるタイミングのように突然だった。
「ある男を僕は殺してしまった。そいつが僕の親友を殺したから・・・・だから復讐心に駆られ、今度は僕が彼を殺してしまったんだ・・・・! 罪を受けるのは当然の報いだ・・・・それは分かる。でもよりによってキャメロットから追放なんて・・・・! 二度と足を踏み入れることは許されない! こんなことなら死刑にしてくれたほうがよっぽど良かった!」
「何言ってるんです! 命が助かっただけでも良かったじゃないですか!」
「君は僕の境遇を知らないからそんな事が言えるんだ・・・・! 君は・・・・人を愛したことがあるかい?」
 受付嬢は真っ赤になった顔を否定的に振った。
「そうか・・・・ならわからないだろう、僕の苦しみが。地獄の業火に焼かれるよりもなお狂おしいこの想い! 僕には愛し愛される人がいた。僕の空気で水で太陽だった。結婚の約束もしていた。そんな女性のいるこの地を追い払われるのは死よりも残酷なことだ! その上、当然のように婚約も反故にされてしまった。キャメロットを追われる前日、僕達は誓い合った。決して二人の間にあるこの高尚で静謐な想いを枯れさせないようにと。彼女はこうも言ってくれた、いつか必ず僕に会いに来ると」
「それからどうなったんです?」
 女に生まれた性だろうか、受付嬢は仕事も忘れて話に聞き入った。
「僕はしばらくイギリス近辺の離島にいた・・・・というよりそこに追放されたわけだが。毎日が単調で・・・・灰色の日々だった。唯一の慰めといえば、アリシアと再開する日を夢見ることだけ。そう、夢のような空想の中でしか僕はその日その日を生きられなかった。キャメロットを離れ、半年も経っただろうか。親しかった友人がわざわざ訪ねてきてくれた。彼の到着は喜びだったが、彼の携えてきた知らせは悲しみだった」
 青年は血が滲むほど唇を強く噛み締め、青いはずの目を真っ赤に染めて、天井を仰いだ。
「アリシアが結婚すると・・・・! 相手はグラスゴーの名門貴族。両家が勝手に決めた縁談で、アリシアは結婚相手の顔も知らないそうだ。ああ、その時の僕の悲しみを想像できるかい? 僕が生きていたいと望む世界は足元から崩れさったんだよ・・・・!」
「お気の毒です」
 受付嬢はしみじみと同情しながら、指先でそっと瞳に溜まる涙を払う。
「アリシアは一週間後にはグラスゴーへ嫁ぎに行くらしい。だから僕は決心した! アリシアを救い出し、駆け落ちしようと! そのために僕は再びこの地に戻ってきたんだ!」

●駆け落ち請負人
「依頼内容はと・・・・」
 さらさらと小川が流れるような筆致で依頼状はしたためられた。
 
――求む! 駆け落ち請負人!
 1週間以内にハークルロード邸から、アリシア嬢を密かに救出。
 その上でエラリィ・モンクリーフともどもドーヴァー海峡まで逃亡させよ。

「でもこれって合法なのかしら?」
 受付嬢は悩む。朝食をサラダで済まそうか、それともホットケーキを焼こうかと考える程度の悩み方だったが。
「まあ、いいわ。不憫な恋人たちを助ける依頼だし。放ってはおけないわよね。人目に触れないところに貼っておけば大丈夫よ、きっと」
 依頼状はよほど注意深い冒険者にしか気付かないような隅っこに貼られる運びとなった。

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea8484 大宗院 亞莉子(24歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb6611 オシキリ・ミズキ(23歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb7051 ゴータマ・シダルタ(44歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb7122 留菜 流笛(29歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb7646 エルレガ・リアリズム(21歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb8153 アルマ・シャルフィ(25歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)

●サポート参加者

グラン・ルフェ(eb6596

●リプレイ本文

「要人救出とはなかなか難しい任務です・・・・」
「私がキャメロットに着いて初めての任務がこんな依頼なんて! これもやっぱ運命? やっぱりぃ、愛は大切ってカンジィ。透、愛しているよぉ」
 人目も憚らずに抱きついてくる大宗院亞莉子(ea8484)に、いつもは無表情な大宗院透(ea0050)の顔が悪寒に歪んだ。
「任務に支障をきたします。人前でべたべたしないで下さい・・・・」
 素っ気無く妻を突き放す。夫婦というよりは風変わりな姉妹といった方がよっぽどしっくりくるが。
 そんな二人を傍目にエラリィは悲愴的に言葉を紡ぐ。
「ああ、募る万感の思い! 君達が羨ましい! 運命は人を裏切っても、愛は裏切らない! いや、裏切りさえ甘く熟れた果実・・・・!」
「エラリィさんは役者さんですかね? あ、違いますか? 成る程、この盛り上がりっぷりは愛の情熱の成せる技ですか。ハハ、若いっていいですね。うん、私も及ばずながら尽力させて頂きます」
 と快活に笑う留菜流笛(eb7122)自身、充分若いのだが。
 透はふとエラリィに向き合った。
「エラリィさん、”駆落ち”して、人生を”駆落ち”ない様に気をつけて下さい・・・・」
 盛り上がっていた場が一気に凍てついた・・・・が、そんなものは亞莉子の愛情の前には関係なかった。
「きゃはは! さっすが透! 今日も冴えてるぅ!」
 ゴータマ・シダルタ(eb7051)は、ぼそりとアルマ・シャルフィ(eb8153)の耳元に囁く。
「愛の力は偉大っすねえ・・・・」
「ええ、ここで認めるのは悔しいけど同意するわ、シャカやん・・・・」
「シャカやんと呼んでくれて嬉しいっす!」
 ゴータマは一縷の嬉し涙をそっと零した。
「そろそろ作戦を始めないとマズいんじゃないかな?」
「私もそう思う」
 エルレガ・リアリズム(eb7646)の初々しく上品な声に、オシキリ・ミズキ(eb6611)は同調した。
「それに私にも変装が必要だしな」
 真新しい魔法学校の制服に身を包んだままでは任務など遂行できない。
「わかってるわよぉ、ミズキ! 今すぐにとんとんと可愛いメイドさんにしてあげるからぁ!」
 亞莉子の声はいつも緊迫感を欠いていた。

 何かを隠すような厚い叢雲に満月の青褪めた姿が透けていた。隠し切れないものがある、そういう事だろうか。
「かくも残酷に、かくも儚く、かくも拙く散る花がある・・・・」
 夜風に髪を梳かされながら、アリシアは呟く。
 ノックの音。彼女は答えない。二人の女中は勝手に入ってきた。
「衣装合わせです・・・・」
「結婚衣装は死装束。どちらも白いが、片方は日の色に染まり、もう片方は闇の色にしか染まらない・・・・」
「いえ、貴女が着るのはこちらの女中服・・・・」
 アリシアは振り向いた。そこにいたのは大宗院夫婦。
「エラリィさんがお待ちです・・・・」
「エラリィが?」
「ですから早く。私が貴女の代わりにここに留まります・・・・」
 亞莉子の腕の見せ所だった。得意の理美容技術を駆使し、たちどころにアリシアを女中の姿に、透をアリシアの姿に変える。
「ではここは私に任せて・・・・」
「凄い・・・・声まで私そっくり」
 アリシアは面食らってしまった。
「透ってぇ、凄いって感じぃ!」
「早く行ってください・・・・」
 部屋を出ると護衛がすぐ傍に佇んでいる。変装が見抜かれないだろうかという不安でアリシアの顔は青褪める。そんな様子に護衛は気付いた。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「悪いのはお嬢様。だからぁ、もう寝るみたいなの。静かにね」
 亞莉子は慣れた道なのか、平然と嘯き、アリシアを先に行かせた。

 夜虫の泣き音色が冷ややかな風に運ばれてくる。宵闇に包まれた世界はあまりにも先が見えない。門前に潜み想い人を待つエラリィは気が気ではなかった。
「全てを他人任せなどと! こんな苦痛はない!」
 門は開かれる。エラリィは振り返った。
 そこに佇んでいたのは愛しい人。
 再開。
 溢れる想いに導かれ、二人はお互いを強く抱き締め合う。
「ああ! 夢をも破るこの喜び! この手に握られた幸福は、夢という絵空事を足元にひれ伏せる!」
「エラリィ!」
 お互いの胸の中で至福の時に浸る恋人たち。だが時間だけは無遠慮に二人の間に割って入る。
「早く逃げないとぉ! 透が時間を稼いでいるけど、追手はすぐ来るからぁ!」
「そうだな。行こう、アリシア! 君となら地獄でさえ、イブが生まれた楽園と変わるだろう」
「ええ!」
 エラリィは力強くアリシアの手を取った。

「アリシアが風邪をひいたですって? そんな話は聞いていません」
 アリシアの母の声が透の耳に届いてきた。まずい。いくら完璧に紛争していても、生みの親を騙せるわけはない。
「時は満ちた・・・・逃げましょう・・・・」
 透は窓を開け、外に飛び出した。
「アリシア?」
 開かれたドア。娘の部屋で母が見た物。もぬけの殻のベッド。開け放たれた窓。女の髪のように夜風に揺れるカーテン。
 悲鳴は月夜に木霊した。

 ミズキは馬小屋で馬から鞍と手綱を外すという地味な仕事を黙々とこなしていた。馬が何かを察したのか、軽く嘶く。
「大丈夫。恐れる事はない。安心して」
 優しい声音。馬は瞬きする間もないうちに大人しくなる。
「いい子・・・・」
 最後の鞍を外し終わった直後、騒がしい足音が聞こえ、数人の男が飛び込んでくる。
「何をしている?」
 と男達は厳しい口調でミズキを問い詰めた。
「昼に掃除をした際、箒を置き忘れ取りに来たら、金髪の男に馬から馬具を全て外してくれと頼まれました」
「金髪の男? それでどうした?」
「もちろん断りましたわ。でも怪しいと思い、こうして確認に来たら、この有様」
「その男は何か言っていたか?」
「今日は酒場で過ごし、明日はチェスターに向かうというような独り言を何やら」
「そうか、ご苦労、下がってよい」

 男達が鞍を付け直し、ようやく屋敷の外へ出たその時。
「暴れ馬だー! 暴れ馬だー!」
 喚き散らかしながら、派手に突っ込んでくるのはゴータマであった。
 彼は愛馬を巧みに操り、場を掻き乱す。
 男達の馬はうまく乗せられ、怯み、興奮し、暴れた。
「馬鹿者! さっさとその馬鹿馬を鎮めんか!」
「言う事を聞かんから暴れ馬なんだっ!」
 逆に怒鳴り返した後、わざと落馬したフリをし、木陰に隠れていたミズキの前に転がる。
「流笛さんがお待ちっす。予定が狂って、ミズキさんに囮になってもらいたいっす」
 ミズキは無言で肯くと、流笛との合流場所へと向かった。

「私は馬に乗った事はないのだが」
「大丈夫ですよ、私に多少の心得があります。後ろに乗ってください」
 ミズキは流笛に従い、馬に跨り、彼の腰に手を回した。
「そろそろ奴らが追いつく頃でしょう・・・・おっと、噂をすれば何とやら」
 後ろには数人の追手が馬に激しく鞭打ちながら駆けてくる。
「飛ばしますよ、しかと掴まっていて下さい」
「何か叫ばなくていいのか?」
「自分はあまりイギリス語が上手くないもんで。ミズキさんの方が適任かと」
「エラリィさん役なら何を叫んでも問題ないと思うけど」
「そうですか? じゃあ」
 すうっと息を吸い込む流笛。そして大声で叫ぶ。
「アリシア! 会いたかった!」
「いいじゃない」
「そうですか? じゃあもっと。ああ、アリシア! 流れ流れて、チェスターへ!」
 二人は何気にノリノリだった。

 透は空を見上げた。腕には亞莉子が巻きついている。二人の役目はもう終わり、後は仲間を信じるだけ。
「一雨来ますね、エラリィさん達が濡れなければいいですが・・・・」
「あら、私は濡場でも平気よ、透となら」
「・・・・そういう意味ではないです・・・・」
 お株を奪われた洒落に、透は思わず唇を噛んだ。
 
 アルマは踊る。妖艶で魅惑的な踊り。細い肢体は風に答える枝のようにしなやかに舞い、艶やかな赤い髪は月の蒼さに混じる。厚い雲は艶美な踊りに魅せられ集い、称賛の雨を降らす。キャメロットの夜は一気に視界を失った。
「儲けものね、雨が降ってくれたわ。エラリィ達も走りづらいでしょうけど、そのくらいは頑張って貰わないと。・・・・来たわね」
 ちょうど流笛達の馬が森の中に入ってきた、追手を引き連れて。
 アルマは冷静に印を結ぶ。すると藪から物音が聞こえ、長く地を這う影が現れた。
 追手の馬はその影に足を絡め取られ、倒れる。
「蛇だ!」
 混乱する追手。そして更なる不運が彼らを見舞う。
 人影が出でた。野獣が唸りを上げるような不気味な声とともに・・・・。
「どこだ・・・・俺の死に場所・・・・どこだ、俺の記憶! お前達か・・・・俺の死に場所!」
 エルレガだった。月光によるものか、雨を全身に浴びたせいか、それはわからないが、彼はとにかく狂化していた。我を見失い、追手に襲い掛かる。
「ば、化け物!」
 追手は恐れを成し、逃げ惑う。
「どうっすか? 上手くいったすか?」
「シャカやん! エルレガを止めて!」
 ようやく合流したゴータマにアルマの悲鳴が飛ぶ。
「こりゃ大変だ!」
 一目で状況を察したゴータマは巨体を生かし、暴れ回るエルレガを押さえ込んだ。
「俺の死に場所・・・・!」
 悲痛な声でハーフエルフは呟いた。
「エルレガさん、死に場所なんて探しても無意味っす。万物はいつか滅びるようにできてんすから。時が満つれば、いつかは旅立つ場所っす」
「いい事言うわね、シャカやん。神官やってみない?」
「自分はただの農民っす。でも褒めてもらえて嬉しいっす」

 輝かしい夜明け。追手は思惑通りチェスターへと向かったはず。
「行こう、アリシア」
「ええ」
 虹色の朝日が恋人たちの行く道を照らし出す。二人は今、新しい世界へと旅立とうとしていた。
「やっぱり、愛はいいって感じぃ・・・・」
 亞莉子はそっと透に寄り添う。
「たまにはいいかもしれません・・・・」
 透の白い頬は朝焼けに紅潮している。今だけは彼も亞莉子を拒もうとはしなかった。