●リプレイ本文
●灰燼
灰燼と化した街並み。
その、破壊の爪痕を残した一角を見下ろしながら、冒険者達の懸命な作業は続く。
「まずは索敵をどうにかしなければならない。早期発見、早期迎撃は街に被害を出さないために重要だ」
積極的に街に働きかけて、周辺の地形も考慮に入れた上での物見櫓の制作を言い出したのはアリオス・エルスリード(ea0439)達。
「人海戦術が最も好ましいのですけれどね……」
「そうだな」
アルカード・ガイスト(ea1135)やバルディッシュ・ドゴール(ea5243)達は柵の設置を含めて防衛策を提案していたが、設置の許可は下りたものの、積極的にその建造に参加する者の数は増えなかった。
「矢張り、服部さんの言っていた通りなのかな?」
「そう言う訳でもないでしょう……ただ、ギルドで言われた通りここが度重なる略奪にあっていた事に起因すると思いますけれどね」
スクネ・ノワール(eb4302)は落胆気味の伊藤登志樹(eb4077)に諭して聞かせるように続ける。
「エルさん、偵察はどうでしたか?」
「お借りしたフライングブルームでの偵察で、主戦場となっている平原からの何物かの脱出は見受けられました」
「物?」
アリウス・ステライウス(eb7857)は貸し出したフライングブルームが役だった事を受けて頷きながら、エル・カルデア(eb8542)が言葉を濁した部分を不思議に思う。
「……それはゴーレムや凶獣、と受けて良いのだな?」
「ええ。それらの独特な足跡までは、敗残の状態で消して逃げる事は難しい様です……ですから、接近している物については今も偵察に赴いている服部からの連絡を待つばかりですね」
「シャノン達のお陰で少しは作業は進んでいるんだろ?」
登志樹はゴーレムで作業に就いた際の効率を思い出していた。
重機の無いアトランティス世界で、建造物を建設する際にゴーレム機器の力を用いれば大いにその作業過程を短縮、簡略化する事が出来る。ただ、全域を防衛する為の作業に冒険者達とストーンゴーレム『モナルコス』の2体、そして数名の民では作業は遅々として進まない。
「疲れている……と、言うよりも諦めているって言う感じがする……」
ファング・ダイモス(ea7482)の様に体を動かして作業に就いている者にすれば、実際に肌で感じる部分があるのだろう。
今を生きる事に疲弊しているだけなら良いのだが、戦に敗れてこの地を襲う敵国の兵士達に対して、守って貰える筈の自国の騎士団、戦士達の派遣が遅れ、その事が当然と感じ始めた時に、民の意気が萎んだままになっている。
何度も信じようとして、信じていた筈なのに……。
信頼の失われた関係を修復する事が今の彼らの仕事ではない。だが、その難しさを肌で感じる機会となっている事は間違いがなかった。
●死兵
死兵に剣を向ける事は容易くも、危険である。
「念の為に一人位は尋問用に捕縛をと思ったのだが……爆炎よ、彼の地で踊れ!!」
襲い掛かる敵に対して、味方の存在を確認して叩き込んだファイヤーボムは容赦なく敵を焼き尽くそうとしている。
「……よし」
斬撃を交えながら、バルディッシュは数名の自警団員達が敵を進めまいとして立ち塞がっている姿を認めていた。
「こ、こっちにくるなーーっ!」
「とっとと帰れ! 帰ってしまえ!」
決して優雅とは言えない。そして勇猛果敢とも言えない。
農具でもある刺又を構えて壁となる民を、バルディッシュは背にして守る位置に立つ。
「よく襲われる街、か……」
握るグレートブレーメンソードを一閃。
武器を調達する事までは直ぐには叶わなかったのだが、実際に泥沼の混戦となった時により多くの人の命を奪ったものは武器ではなく、農具や工作器具だったとも聞く。
「難儀なものだが……出来る限り力を貸そう」
自分達の剣だけで、この街を守る事も可能だろう。それなりに戦闘経験もある者が多い上に、今の一翼を担っている戦力にはストーンゴーレムモナルコスがある。
バの国のストーンゴーレムに比べ、メイの国のモナルコスは攻撃力を強化して調整されている。操者が同じ力を持っているなど、全くの互角の状態で闘えばモナルコスの攻撃力が増している。
「そう、同じなら、な……」
怯む敵兵目掛け、切り結ぶ剣の速度を上げていくバルディッシュ。
一撃、二撃を受け止められて、三度の斬撃が敵兵の剣を弾く。
「カオス戦争の影響が此処にも……。バの介入さえ無ければ……」
ファングが奥歯をかみ締めながら、モナルコスの間接部を狙って鎚を振るおうとした敵兵を薙ぐ。
「行けそうですか?」
聞こえているのかは知れないが、モナルコスに向けて叫ぶファング。制御胞の扉を閉じた状態で外部との音声による交信は不可能に近いのだが、視覚的に判断の付く事で何とか意思の疎通は図れている。
「横から来る敵は任せて下さい!」
ゴーレムと言えど万能ではなく、ストーンゴーレムの規格であれば人間の力でも鎧を外して攻撃が可能であれば、素体であるパペットの部分を破壊する事は難しくはない。
死角となるゴーレムの下半身、それも背部を固める事でまさかの頓挫を防ぐ事は可能である。
ファングの意図を汲んだのか、シャノン・マルパス(eb8162)の乗り込むモナルコスは前面に展開した凶獣だけを叩く様に、その巨体に合わせて制作された剣を振るう。
「戦意喪失させることが叶わないなら……倒すしかないな」
制御球に乗せた手を通じて、己の体を動かすのと同じ様にゴーレムを稼働させる。自分が剣を振るう時に比べて、ストーンゴーレムに有る独特の反応の遅れを考えた上で動作を制御するのが鎧騎士、ゴーレムを操る者の常である。
生きたゴーレムとも言える凶悪な凶獣相手には、慎重に対応せざるを得ない。
「?!」
凶獣の動きが一瞬鈍る。
「大地よ、彼の者の動きを阻め」
アルカードの紡ぎ上げた精霊魔法が、凶獣を操る獣騎士を束縛し、その鈍い動きが凶獣にも伝わったのだ。
「今だ!」
すかさず、モナルコスの腕を我が腕と念じて振るう剣。轟音高らかに風ごと凶獣を引き裂く剛の剣は、敵兵の気迫まで引き裂いた様で……。
「逃げていくのか……」
脱兎の如く戦場に背を向ける兵士をシャノンは追わない。アルカードも同じく、自分の守るべき位置を、仕事を確実にこなしていく。
「我は放つ、大地の咆哮!」
まだ戦力を誇示する如くに向かってくる一団目掛け、アルカードの放つグラビティーキャノンは一直線の道を穿つ様にその勢いを殺していく。
「逃げるのは良い……」
向かってくる者ならば、必ず街への侵攻を止める為に手加減なく闘わなければならないのだが、今は街を守る事が優先で命を取る事が優先ではない。それに、仲間の言を借りれば街の自警団員達が自ら街を守る術を、再びその身に自信として身につける事が優先だろう。
「後は任せた……」
戦士達の闘う前衛に逃げる敵を見送り、次いで遊撃として出ている者達が展開して居るであろう林を見つめるアルカード。
彼の呟きが聞こえたのか、服部肝臓(eb1388)は隠れていた茂みで敵兵の動きに合わせて身を投じた。
「次の場所へ……」
隠れ場所を移動しつつ、隠し置いてあった矢を撃ち尽くして、次の隠し場所へと移動。
応戦にも遊撃を取り込んだ戦闘で、街の周囲に用意されつつある防御施設にやや寄り気味の狙撃を最終の阻止限界線としての反撃を行っていた。
「頼むぞ!」
忍犬とグリフォンに指示を出し、自らも矢を放ち敵を討つアリオス。
敵将を討ち取れば戦線を下げる事は容易いと考えていたのだが、時間の経過と共に彼は舌打ちを一つ。
「不味い……敗残の兵だけあって……初めから指揮系統が存在していない……」
かえって、指揮系統が無いが為に、彼の算段した指揮系統を崩す事での早期解決には至らなかった。だが、それでへこたれる様な柔な鍛え方はしてはいない。
「鷹丸、アンブロシウス!」
肝臓と共に、遊撃に転じて敵を撃退し尽くす事に転換した時。バルディッシュ、ファングの双璧が襲い来る敵兵をなぎ払う背をアリオスは援護の矢を放つと同時に見た。
「やるな。俺も負けてはいられない!」
閃光を放つ剣閃。
バルディッシュの狙い違わず、全身の筋力を溜めた一閃が我が剣の芯鉄を唸らせて、竜巻の如く唸る一刀をもって数兵を叩きのめす。
「臨戦態勢で備えよ! 俺達は戦況全体を見ている! 味方が窮地なら援護できる!」
大音声で放つ彼の言葉に、衛士達の表情に高揚の色が見て取れる。
だが、それでも敵は進軍を止めない。
「ここまで来て、まだ……」
闘う為に、生きる為に戦争に身を置く事への葛藤を熟知するが故に、戦士ファングは敵兵の前に愛刀を振りかざして叫ぶ。
「生き残る為か! だが、貴様等はやりすぎた。ここで出会った不幸をかみ締めろ!」
恨みを持つ訳でなく、ただこの戦場で出会った不幸をと、振るわれる彼の剣に、恐れをなして逃げ帰る者達が現れる頃には、既に戦闘は終わりを迎えようとしていた。
「この! この!」
ゴーレムに乗り込んで防衛戦を死守していた登志樹の感覚は既に戦闘開始から数時間の時間が経過した様に感じられていた。
実際には、モナルコスの装甲に傷を付ける事が出来たのは凶獣の攻撃と敵の怒弓だけであったのだが、それらは敵の『とっておき』だったのだろう。
スクネ、シャノン達とローテーションを組んで、二体のゴーレムを三人で運用する効率で、戦闘時間の延長による消耗を抑える事で、モナルコスの稼働時間は大幅に上がっていた。
ただ、体一つで敵と対峙した時の恐怖は登志樹には消えそうになく、ゴーレムでの戦闘でも自らの体を守る様に専守防衛の型を取りがちとなっていた。
「ですが……かえってこちらはやり易くなります……」
『バイブレーションセンサー』の探知を欠かさず行っていたエルは、今のところ完全な防衛の敷かれた街を守りながら闘う事が巧くいきそうだと判断できる要素が時間と共に増えている事を実感していた。
「大地の力よ、敵を乱せ!」
先程までに、ローリンググラビティーによる攻撃で彼も又騎兵や恐獣を戦闘不能に追い込み、今もまたアグラベイションによる戦闘輔佐を巧みに用いる事で冒険者達による護りの強化は知らず知らずの内に衛士達の意気上がる事に繋がりつつある様子だ。
「これで、終わりなのですか……?」
スクネはモナルコスにのしかかる様に息絶えた凶獣を押しのけて呟いた。
ゴーレムの鎧の上を滑る様にして地面に落ち崩れる凶獣を、遠巻きに街の衛士達が見ているのを見て、勝利した事を示してみせると、ようやく彼らの中にも勝利の雄叫が上がるのが判る。
「彼らの笑みを、取り戻す事は出来たのだろうか?」
「どうでしょうか?」
「今が、その第一歩かも知れませんね」
街の中から結果を覗き見する者達。
それらを遠く見て、アリウスが呟いたのにエルとシャノンが苦い笑みをその表情に張り付かせたまま小さく応えた。
「拙者の聞き覚えていた逸話と同じにならずに済んだ様で御座るな……」
「そうそう、同じ結果ばっかりになってたまるかよ。俺達、いわば十の竜が集った結果さ。な!」
肝臓の肩を叩こうとして、登志樹の手は空を切る。
「そうだな」
登志樹の言った例え話をしていた張本人、バルディッシュは肩を小さく上げて彼なりに苦笑してみせる。
それを見て、戦闘で一部が崩れた街の防御壁を直しておかないといけないと指示していたアリウスとアルカードも白い歯を見せて小さく笑う。
「まぁ、治療まで出来るわけじゃねぇが、簡単な診察ぐらいならできっぜ!」
登志樹の申し出もあり、冒険者達はしばし街の復興に手を貸してそのお礼として宴に招待される事になった。
復旧の合間に、冒険者達との対話で勇気付けられたという衛士の姿や、今後、できる限り街を守る気概のある者を増やしていきたいと語る若者の姿を見て、冒険者達の戦いが無駄ではなかったと知った。
そうこうしている間に時間は過ぎ。
宴の準備も整い、街の者達が破壊をまぬがれた屋舎を使って立ち去る冒険者達に一晩の宿を提供するのと一緒に夕食と言う事で開かれた。
手ずから準備してくれた温かいスープと焼きたてのパン、そして奪われていたかも知れなかった食材をお礼にと焼き上げて出された、ささやかながら、心の篭もったもてなし。
それらの歓待を受け、冒険者達は街を後にしたのであった。