清き流れを取り戻せ

■ショートシナリオ


担当:本田光一

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月13日〜08月18日

リプレイ公開日:2008年09月08日

●オープニング

●大河の祝福
 大河の祝福に国土の大半が護られている地方、メイの国はセルナー領地。
 大国メイの北部に位置し、その広い国土を走る大河によって実り豊かな恵みを持つ平野が横たわる領地。
 この大河の源流には、小さな湧き水や泉、分水嶺により流れ出る小さな水の流れがあり、それらの大本となると特定は非常に難しい。
 そんな中、人々が『心の源流』として抱いている流れは人々の数だけある。
 そんな流れの一つに、クレア川源流があった。
 クレア源流は中原に位置する源流の一つで、山脈の中腹から流れ出ていることが分かっている。
 ただし、人々に知られているのは山脈の中腹にポッカリと開いた洞穴から流れ出る部分までで、その奥にはどのような物があるのかまでは知られていない。いや、知らずとも生活が出来ていた。
 ある事件が起きるまでは‥‥‥。

●水系の破壊
 水系の破壊が進んでいる。
 そんな連絡がメイの冒険者ギルドに寄せられたのは、夏の暑い盛りであった。
 クレア源流の異変に関しては、報告の内容が微妙なものがあり、冒険者に事件解決を依頼するには判断材料が少なすぎた。
 一滴の水も流れない日が続いたかと思えば、急変して濁流が肥沃な土地をも巻き込んで流れ去るという日があり、それも天候に関係なく、この二週間という限定された時期にだった。
「問題になったのは、この源流の状況を確認に出た村人が惨殺されていたと言うことに始まります」
 ギルドからの解説では、源流の洞窟に向かった村人二人が数日経っても帰還せず、それを訝しんだ人々の元に、濁流となった流れに乗り物言わぬ死骸と成り果てた村人が流れ着いたのだ。
「死因は、背後から切り裂かれた鋭利な刃物によるものと思われます。その切断の状況から、かなり膂力のある存在だと思われます」
 もう一人が戻らないことについても、現時点では何者かによって殺されているのではないかという考えが主流であり、この殺人に絡む源流の調査がギルドに寄せられる形となったのだ。
「今回の依頼の趣旨は、居なくなったもう一人の探索、そして村人が殺された原因の特定、加えて、今現在確認が行われていない源流の現状の確認になります」
 自然現象の確認だけなら現地の人間でも十分だろうが、死者が出ていることが今回ギルドに依頼が来る要因となっている。
 斬られた傷の跡から、それに対応する為に人数を集めたいというのがギルドの考えのようで、事件は依頼者が思っているよりは危険が高いものだと考えられている。
「事件が発生する原因にもなった、源流の変化については詳しい調査も必要だと思われますが、それには先ず今回の殺害犯の特定と、行方不明のもう一人の捜索が急務です。それでは、よろしくお願いします」
 農作にも深く関わるだけに、一つ一つ確実に解決していく必要があるとギルドでは捉えられていた。
 その第一歩は、源流付近の危険を取り払うこと……。

●今回の参加者

 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 eb3114 忌野 貞子(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec5385 桃代 龍牙(36歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●清流の流れ
 清流の流れを感じさせる残滓。
 枯れ果てた苔の乾いた薫りと、川底に残る幾ばくかの透き通った水面が反射する陽光。
「枯れたり急に増えたり異常気象とはちょっと違う感じかな?」
 レフェツィア・セヴェナ(ea0356)は川底にまで降りて、状態を確認した後で首を傾げている。
「もしかしてその犯人さんと何か関係があるのかなあ? ‥‥とにかく、源流に行ってみないと状況はわからないよね」
「では‥‥これを辿り、源流へと森の中を進みましょう」
 ルイス・マリスカル(ea3063)は鼻の下にたくわえた髭を指で半ば隠しながら撫でつけていた仕草を止めて、森を奥へと進む川の跡を見た。
「‥‥はぁ。出来ちゃったよ、俺‥‥」
 水溜まりに向かって、咥えた小枝を落とさずに器用に溜息を吐いているのは桃代龍牙(ec5385)。
「どうしました?」
 急に、高い位置からの女性の声と、上から覗き込まれるような感覚。
「あーいやいや。何でもないっす」
 声の主はシャクティ・シッダールタ(ea5989)だと判り、龍牙は‥‥。
「元気っすよ、ほら」
 と、胸を張ってみせる。
「そうですか‥‥急ぎましょう、皆様。僧侶の出番が無ければ良いのですが」
「勿論ですよ!」
 シャクティの荷物を持って歩くという言葉は空しくも丁重にお断りされた龍牙だったが、他の四人が休憩を終えて再び歩き出すのを見て困り顔になる。
「俺もそれなりに体力に自信はあったが皆元気だな‥‥向こうで禁煙してよかった、でないと今頃へばってた‥‥」
 無理矢理に深呼吸で息を整えると、龍牙はもう一度シャクティの横顔を見てボウッとなる。
「ん〜〜元気補充完了!」
「うふふ、お客さん初めてェ?」
「へ‥‥」
 ヒヤリと、龍牙の背に冷たい気配が立つ。
「‥‥いいのよォ緊張しなくても、うふ♪」
 同じく、この事件に関わることを希望した忌野貞子(eb3114)の吐息とも虫の息とも付かぬ呼気が龍牙の耳朶に触れては流れ、流れてはまとわりつく。
「ふうう‥‥暑い、わねェ‥‥。ああ、仄暗い井戸が‥‥恋しい、わ」
「底‥‥で、すか?」
 何故、こんな暑い日中に背中に冷や汗が流れなければならないのかと、龍牙は引きつりながら貞子に向き直る。
「呪う、わ‥‥真夏の日差し‥‥体、灰になりそう‥‥」
 寒い。何故かは知れないけれど、貞子の吐息はとてつもなく寒く感じる。
「じゃ‥‥怪異を探しに逝きましょ、うふふ‥‥…お姉さんが、手取り足取り‥‥し・た・げ・る、く〜くっく!」
「‥‥はい、です」
 怪異は貴女だと、言いたいような言ってはいけないような‥‥兎も角、再度シャクティの姿を探して体温調整する龍牙であったが。
「そうそう、うふふ‥‥冗談、よ‥‥無理は、しないでね‥‥」
「‥‥え?」
 俯いたまま、しかし貞子の言葉に有無を言わせない重みが勝ったのを龍牙は違和感に感じた。
「冒険者に男も、女も無いから‥‥私達を盾にしても恥じゃ、ないわ。先ずは‥‥生き残りなさいな」


●森を抜けて
 森を抜けて、山にさしかかっても川の跡は干上がったままの姿を冒険者達に見せていた。
「ともかく‥‥情報が、少ないわ、ねェ‥‥。ここは大人しく、枯れた川を辿っていくしか、ないわね」
 冒険者達の眼前に、確かにそこにあった筈の水が消えて無くなっている、そんな状況が横たわって、延々と見えていた。
「此度は、水難に係る殺人事件を探る事。とにも情報が少なすぎます。無理はせず、皆で固まって行きましょう」
 貞子の呟きを聞きつけたのか、先頭に立っていたシャクティが振り返り、注意を促した。
「矢張り、何か居ますか?」
「いえ、居るかどうかまでは‥‥」
 前衛にいて、警戒を怠らないルイスは何事かの不穏な空気を感じ取っていた。
 首の付け根がチリチリと焼けるような、そんな感覚‥‥殺気を放つ者の存在に似た、感覚だった。
「‥‥神よ‥‥」
 先ず始めに、その存在を確かに認識したシャクティは溜息を。
「‥‥食料が無駄になってしまいましたか‥‥」
 ルイスは必要になったら使おう、必要になって欲しいと心の何処かで願っていた遭難者の為の食事が無駄になったことで、その重みを一層重く感じた。
「ご遺体、持ち帰りましょう」
 遺体があるのは川底でも岸に近い位置。岸へと伸ばされた腕が無情にも木の枝に引っかかり、まるで木に晒されたような形で冒険者達を迎えていた。
「‥‥しかし…急に枯れ、急に増水…ですか。
わたくしは疎いので良くは存じませんが、水魔法の一種なのでしょうか? もしかしたら、魔物ではなくカオス…闇妖魔の差し金かも知れませんわね」
「やっぱり、そうなのかな?」
 ルイスの願いで、川の跡の左右にある岸に則した道まで遺体を引き上げた冒険者達の中で、川の跡にいたシャクティが死骸の引っかかっていた枝を確かめながら続ける。
 そして、一緒に考え込んでいたレフェツィアも我が意を得たりと言った表情で‥‥しかし、何処か暗さを秘めたまま尋ねている。
「村人の命を奪ったのも、何か後ろ暗いものを見られたが故の口封じ‥‥。いずれにせよ、論じ合っても詮方無き事ですわね」
「奪うって言っても‥‥ちょっと待って」
 見上げていたレフェツィアが森の木々、その一点を見上げて叫ぶ。
「! 上だよ! 何か居る!」
 レフェツィアの声で、頭上の存在から距離を置く冒険者達。村人の死骸を一度置き、周囲の見られる場所‥‥川底の干上がった場所へと移動する。
「間一髪‥‥野生の野良モンスターにしては、殺害方法が‥‥手際よすぎに思った‥‥」
 何らかの人為的な介入を予測していた貞子は臨戦態勢を整えて相手の動きを見る。
 数は三。
 人数は圧倒的にこちらが有利だが‥‥相手の肌の色は、混沌に心まで譲り渡した者だけが纏う色‥‥褐色よりも黒く、闇よりも深い肌‥‥カオスニアンであった。
「詰めます」
 一気に、敵の数を見て接近戦に持ち込むルイス。
 日本刀を片手に、聖戦士の盾で身を守りながら間合いを詰める彼の背を、ほんの刹那の遅れで追うシャクティ。
 初めの一撃で、一体のカオスニアンを大地に沈めたのを皮切りに、後方の貞子からも、剣戟の間で接近してきた一体に、アイスコフィンの精霊魔法が飛ぶ。
「‥‥凍れ‥‥」
「プリン、お願いだよ」
 フロストウルフにも迎撃を願うレフェツィア、残る所三体と知り、盾で受け止めつつ、反撃の機会を見ていたルイス達の耳に、遠くからの唸りと、足下の地面を揺らす地響きが徐々に大きくなってきているのが判った。
「! 見て、水が!」
 コアギュレイトで三体目の敵を捕縛したレフェツィアが叫ぶ。
「これは‥‥厳しいです‥‥」
 一気に、何の予備の現象も見せずに濁流が襲い来る。
「何ダ!?」
「‥‥カオスニアンも、知らない?」
 ルイスが身体を自由に動かす事の出来る敵と切り結ぶ中で聞こえる敵の声には、確かに今の状況を知らないで居る様子がわかった。
 カオスニアンが急な川の復活を理解できていないために、冒険者達への対応にも遅れが出ているのがシャクティには理解出来た。
「カオスニアンの動きは無視して、早く川の外へ!」
「森の中へ‥‥速く‥‥!」
 ルイス、貞子がレフェツィアと龍牙に勧めるのを、頷いて移動し始めた二人が岸に登ろうとし始めた時には、濁流が一気に膝まで登り始めて、走ることも困難な質量と、加速度を持った塊にして個々の存在がシャクティ達の足下を襲う。
「無理‥‥だ‥‥」
 万能に思われがちの精霊魔法でも、全ての現象に一つの魔法だけで対応できるわけではない。貞子は水が運ぶ倒木や大小の岩、更には今この枯れ果てた川底をこそぎ落とし、削り抉って生み出す土砂の勢いまでを消すことが出来る精霊魔法を使いこなせない。
「!」
 呼気は確保出来ても、水と一緒に流されてくる木々の枝、幹、更には岩石が横殴りの豪雨の如くに冒険者達に突き刺さっていく。
「岸へ! 早くシャクティさん!」
 濁流と、岩と木と何かに押し流されるアイスコフィンに固められたカオスニアンと、コアギュレイトで固められたカオスニアンは濁流の中に埋没した。
「急ぎましょう」
 ルイスは叫びながら、岸と思われる方角に向き直り、そこに目掛けて歩を踏み出そうとした瞬間に足下を掬われる。
「どちらでしょう?」
 倒されて、転がっても先へと進む。
 彼らの中で、今、この状況は危険だと警鐘が鳴り響いていた。
 カオスニアンが彼らを襲いもせずに、命からがら岸を目指しているのにも、不思議と同情さえ覚える。
 滑稽な風景だか、一つ間違えれば奴らも、いや自分達こそが奴らと同じ運命に飲み込まれて、命を失うやも知れない今だから‥‥。
「走れ! 駄目なら‥‥掴まるんだ!」
 一足先に岸にたどり着いた貞子は、伸ばした腕の先で示すマントを濁流の上にかざして叫ぶ。
「!!」
 やや遅れて、伸ばされたマントの端に取り付いたシャクティ、そしてルイスが引き上げられる。
「うしろ!」
「!?」
 必死のレフェツィアの声に振り返り、見れば灰黒い肌のカオスニアンの腕が伸ばされている。
「ホーリー!」
 突き出されたレフェツィアの腕。
 唱えられたレフェツィアの言葉から生まれた『力』の一撃が、カオスニアンの腕ごと、その悪意を吹き飛ばす。
 腕を庇うように引き戻した次の瞬間に、轟音が続く流れに乗せてカオスニアンを襲った流木が掴みかかっていたカオスニアン諸共に下流に押し流されていく。
「さっきまで、晴れていたのに‥‥」
 山の天候が変わったのかと、龍牙が周囲を見上げても雲一つ無い。
「いや、今も、だ‥‥」
 向かう先の山にも、雲がかかっている様子もない。
 何処までも青い空が広がっているだけだった。
「急ごう。この人‥‥多分、カオスニアンが弄んで殺した人は、多分行方不明の人だと思うけれど‥‥」
 乾燥が強いこの地方では、腐敗より既にミイラ化が始まっている。その死骸には、明らかに先程のカオスニアンが用いていた武器と同じ切り傷があった。
 死骸そのものは、腐敗して動かすことが出来なくなるより先に、判別が付きにくくなるのであろうが、服飾などで地元の仲間に見せれば判断も付くであろうと、冒険者達は託された依頼のもう一つについてを達成する為に先を急ぐことにした。
「見てください。もう水が引いていく‥‥」
 シャクティの言う通り、つい先程まで激流の渦巻いていた川は落ち着きを見せて、既に濡れた川底を見せ始めている場所まである。
「先程の様な状況はこりごりだから、少しでも安全な道を選ぼう」
 龍牙の言うことに頷き、歩きやすい場所を選びながらも、岸に近い部分で先を急ぐ。
「‥‥もう少しですね」
 左右の崖が徐々に迫り、切り立つ渓谷に侵入しようとした場所までレフェツィア達は辿り着いた。
「もう、こんなに水が引いて‥‥」
 辺りに被害をもたらした激流。
 だが、今は普通の流れに収まって見られる程までに勢いは鎮まっていた。
「いつもの流れがどの程度か迄は知り得ませんが‥‥ここが、終着点の様ですね」
 渓谷が一時的に広くなり、大きく穿たれた窪み状の地形の中心に、丸く水を湛えた淵がある。
 その周囲に僅かにある足場に、ルイスは立っていた。
「この淵の何処かに、洞穴が‥‥」
 隆起を繰り返して湧き出ている淵の水。
 その中の何処かに、洞穴があり水はそこから湧き出ているはずだとルイスは目を皿の様にして探し続ける。
「少し‥‥時間を置いて‥‥」
「そうね。時間はあることですし」
 貞子とレフェツィアの提案で、もう少し水が引くまでを待とうという話になった。
 だが、半日が経過しても、水の勢いは留まることを知らなかった。
「この水は一体何処から‥‥」
 天候は晴れが続いている。
 洞穴から湧き出る水と言っても、その源泉は必ず何処かにある筈だというシャクティの意見で、源泉探しを行おうという意見が出た頃だった。

「見ろ、あれ!」
「え?」
 一際、大きな隆起が生まれた瞬間に、淵の中央に巨大な塊が浮かび上がってきた。
「待て‥‥」
「暫く様子を見てみよう」
 用心深く、レフェツィアは浮かび上がった物の行方を見ていると、流れる水の勢いに乗って下流に流されていきそうになっている。
「大丈夫そうだな‥‥」
「引き上げてみようか?」
 その物体の正体を確かめようとした冒険者達の前で、巨大なそれが岩の岸に激突して、突如回転をして見せた。
「凶獣‥‥?」
 淵から浮かび上がったそれは、小型とはいえ凶暴にして強力な凶獣、ヴェロキラプトルだった。
 詳しく調べようとしても、人間に比して巨大な凶獣は流れに押され、徐々に淵から下流へと流されていく。
「固い、何かにぶつかったような跡ですね‥‥」
 丁度、先程岩の岸に当たって出来たような傷が凶獣の体表のあちこちにある。
 徐々に流されていく屍を見送り、シャクティは凶獣の死骸が浮かび上がった淵をじっと見続けていた。
「あそこ‥‥少し暗くて、穴があるんじゃないかな?」
 ルイスに指さされた場所をじっと見続けていると、徐々に湧き出る水が透明度を増してきたのか、淵の底が透き通って見えるようになってくる。
「穴‥‥そうですね、洞穴の様にも見えます」
「水が澄んできても、この勢いだと‥‥それに、何故凶獣が?」
「あの洞穴の中を、水流に押し流されて出て来たのは判るけれど‥‥」
 カオスニアンがこの淵の側に居たことも気に掛かる。水の流れが収まるまで時間を取りたいと願った冒険者達だったが、やがて皆の食料が底を突き、発見された人物達を村に託して帰還することになった。
「水が流れていることは、村人にとっては嬉しいこと‥‥ですね」
 渓谷を、淵の側にまで来ていたカオスニアン、そして凶獣が存在していた淵。
 いずれ水が引けばと連絡を請い、メイディアへの帰途につくのであった。