老女の願いを叶えよ

■ショートシナリオ


担当:本田光一

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月28日〜11月04日

リプレイ公開日:2006年11月04日

●オープニング

 冒険者ギルドには、今日も様々な依頼が寄越されてくる。
 何処の好事家が入れたのか、戦時には必要なさげな美術品や骨董品を探し出して持ってこいと言った類の依頼や、敵を屠るための助っ人という、正に命懸けの仕事まで。
 ただ、一つだけ言えることは全ての依頼が『ギルドの規定を通過した依頼である』と言うことだ。
 だから、正当に依頼を受け、特に不履行となる理由がない限りには、依頼は全て遂行されなければいけない。
 それは冒険者達の中に不文律としてある掟であり・・・・。
 同時に、誇りでもあった。

●老女の願いを叶えよ
 ある日、冒険者達は冒険者ギルドで一軒の依頼を目にすることとなった。
 妙に報酬の少ないその仕事を、冒険者達が見たのも昨今のギルドの状況では仕方のないことなのかも知れなかった。
 何しろ、引く手数多にして仕事に事欠かない・・・・と言えば聞こえは良いのだが。
 要するに、世の中の何でも屋という側面を持つ冒険者ギルドには報酬の大小様々、難易度も赤ん坊が持ち上げる匙の重さから手練れにして屈強な戦士が振り回す戦斧までの差異がある程だ。
 時間が掛かるが報酬がやけに少ないその依頼・・・・一人の青年を捜し出して欲しいという、老女の依頼だった。

「・・・・そうじゃ、私が依頼を出したんじゃ」
 依頼主の家に行くと、一人の老婆がベッド横たわっていた。
 枯れた木の枝よりも細い腕を懸命に冒険者達に向けて延ばす姿は哀れを誘う以外無く、咳枯れた声は細い管を抜ける風にしか聞こえない程に老女の言葉を冒険者達に遠く響かせている。
「戦地に向かった息子が帰って来ないのじゃ。探し出して欲しい・・・・あの子は、きっとまだ村を守るために、戦場で戦っておるのじゃ」
 老女の依頼は冒険者ギルドのある場所から最寄りの戦場跡だった。
 探索は最近まで戦いが激しかったその戦場跡で、戦闘後に略奪が行われている時期という、在る意味では戦場を走るよりも危険な地帯だという情報がある。
 依頼の達成は無事に息子を連れ帰るか、死んでいるならその確認をすることだと告げる依頼主を置いて再び依頼を受ける為にギルドに手続きに戻ろうとした冒険者に、依頼主の家を見ていた男が漏らすのが聞こえてきた。
「あのばあさん、長くないぜ。お前達が帰ってくるまで持つかどうか?」
「・・・・」
 時間は時に無情である。
 更に、男は冒険者達に向かって肩を竦めて続けた。
「実はさ、あの婆さんの息子って奴は前の戦で死んじまってるんだ・・・・それを婆さんに知らせた奴が居るって、俺もたった今聞いたところさ。疑うなら、冒険者ギルドに戻って聞いてみな」
 嘘じゃないぜと、男は依頼料の安さを挙げて冒険者達に片目を瞑ってみせる。
「ボロいだろ? 何せ婆さんの寝言みたいな依頼だ。でも、生死を確認することと、それを報告することが依頼だって言うわけだ・・・・どうにも辛気くさいので俺は受けないことにしたが・・・・ばあさんが寝たきりであんなになっちまう前は、仲の良い親子で知られてたって話だぜ?」
 つかみ所のない表情で噂話だがなと締めて、男は何処ともなく去っていった。
 同業者らしい姿の男の話は、ギルドで尋ねると全て真実だという。
 正式に死んだことは判っている。
 ただ、戦場のただ中だっただけに、死体はそのまま放逐されている。
 死体を探した時に特徴となる髪型、目鼻立ち、そして戦装束に縫い込められた男の名前を聞いて、冒険者達は老女の息子を連れて帰って欲しいという、依頼を受けることとなる。
 略奪が激しいと無事にそれらの特徴が残っているかは定かでは無いのだが・・・・。
 加えて、依頼期間の間にも老女の生命の灯火は徐々にその輝きを失っていくだろうと冒険者達は噂を聞いた。
「彼女の命は保って一週間ではないか?」
 という、噂もギルドでは流れていたのだ。
「深く考えるなよ。こういう依頼もあるさ」
 割り切れよと、言われて歩き出す冒険者達が向かうのは、戦場の熱気収まらぬ略奪の地。

●今回の参加者

 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3062 リア・アースグリム(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea4815 バニス・グレイ(60歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb4141 マイケル・クリーブランド(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb7900 結城 梢(26歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb7907 ソーマ・ガブリエル(34歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8427 ベイヴァルト・ワーグウィン(41歳・♂・ウィザード・エルフ・メイの国)

●リプレイ本文

●世界の暗部
「‥‥これは、酷い‥‥」
 サリトリア・エリシオン(ea0479)は結城梢(eb7900)と共に、ベイヴァルト・ワーグウィン(eb8427)が戦場跡で活動する者達と接触しているのを遠目に見ていた。
「あの‥‥」
「辛ければ、見なくても良いのだ。ただ、忘れてはいけないことだがな‥‥」
「こういうお仕事は初めてですので、ドキドキです‥‥」
「そうか‥‥」
 戦場という独特の虚無感と無力感に苛まれる場所に異世界から来た少女が立つと、どの様な思いを抱くのだろうと、サリトリアはどこか人ごとのような思いを抱いていた。
 戦場にはサリトリアが危惧したとおり、先のカオスニアンとの戦いで死んだ兵士と、黒く邪悪な色に染められた肌を持つ混沌の先兵たるカオスニアンの死骸が転がされている。
 国を護って戦った兵士達を丁重に弔ってやりたいのだが、その数の多さと乾燥しているとはいえ数日が経過した死者の肉体から漂う腐臭は周囲に異様な臭いを漂わせて、健康な者であっても長い時間立っていられない様な空気のよどみを生み出していた。
 まるで、死者の魂がこの戦場に残って渦巻いている様な‥‥そんな気配だった。
「‥‥こういう戦場という雰囲気‥‥そして死体‥‥多分慣れないでしょうね‥‥」
「‥‥」
 それでも、気後れしないようにと深呼吸をしてみせる結城にサリトリアは好感を抱いていた。
 気丈な天界人だな――と。

「それにしても‥‥」
 子を想う母が狂おしいまでにして居る姿を思い出し、サリトリアは柳眉を歪める。何時の世も、母が子を想う気持ちに変わりなく、その願いの通りに生きていれば良かったのだが、事実は変えられはしない。
「せめて、彼を母の元へ連れ帰るまで‥‥」
「ええ。でも‥‥この辺りでは、生存者は居ない様子ですし‥‥」
 確認してみたのですけれどと、梢が言うのに頷いてサリトリアもその場を歩き出した。
 梢が精霊魔法を用いて探ったのは呼気。
 生ける者ならば必ず行う活動を、彼女は精霊の力を借りて探ったのだが、周囲に延ばした精霊の力でも自分達と死骸から荷を剥ぐ者達の呼気以外には感じられるものはなかった。
「この世界では写真という物が無いですから‥‥」
「シャシン‥‥とは何だ?」
「写真って言うのはですね‥‥印画紙を暗室でですね‥‥あ、そうじゃなくてデジカメのデータをプリンターかパソコンに取り込んで‥‥あれ?」
 聞き慣れない言葉を耳にして、尋ねるサリトリアに梢が説明しようと記憶を巡らせると漠然とした説明は出来るのだけれど彼女が求めている答えはそれじゃない気がして、その度に説明を考えようと四苦八苦だ。
「‥‥そうそう、これ。これ(似顔絵)なんですよ。それが本物そっくりに誰でも出来ちゃう物なんです」
「成る程」
 探索地を訪れる前に描いて貰った似顔絵を取り出して、梢が説明するのを頷いたサリトリアだが、実のところ答えが本質を突いているかどうか考えあぐねているところだった。
「‥‥似ている死体‥‥死体‥‥」
 栗色の髪に青い瞳、痩身の中背。
 まるで呪文を唱えるようにして特徴を唱えながら死骸を見て回る。
 彼ら全てがカオスニアンの侵攻から国を守るために闘い、命を散らした者達である。闘いの場に身を置いた経験のあるサリトリアだけでなく、梢もこちらの世界に来て何度か話に聞いただけに、悲惨を絵にした風景であっても座り込まずに老女の息子さんを探すために懸命であった。

●生きる為
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
 マイケル・クリーブランド(eb4141)を見つめるベイヴァルト・ワーグウィン(eb8427)は、バニス・グレイ(ea4815)がその背後に静かに並んだのに気付くまで少し時間があった。
「どうかな?」
「いや、どうやら難しい様子じゃがな。よく似た死骸は何体も転がっておる様子じゃからな‥‥」
 年かさを喰ったような口調のベイヴァルトだが、外見だけはバニスの半分程の人生を歩んだ様子だ。元々、ベイヴァルト達エルフは長寿の種族だ。
 実際の年齢は今回の依頼に関わる者達の中でずば抜けているのだろうが、それ以上に口調が年の功を漂わせている。
「‥‥駄目だ。もう日が暮れる‥‥」
 マイケルは戦場に転がる死骸に向かって奥歯を噛みしめながら呟いた。
「なんて‥‥無力なんだ‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
 まだまだ若き青年、マイケルの強く握られた拳を見て、バニスとベイヴァルトが視線で頷き合う。
「そろそろ頃合いと見たのか、あの者達も仕事を再開するようだ‥‥」
「え? まさか!」
 マイケルが背にした弓を構えるのを見て、老騎士とエルフはそのマントとローブの陰に成年を隠すように立つ。
「年寄りにも任せてみるもんじゃ。の?」
「‥‥はぁ」
 釈然としないものを感じながら、マイケルは構えた弓を降ろすのだが、それでも万が一に備えて矢筒の位置は何時でも把握出来て動けるようにしている。
「お若いの! わしらはギルドの仕事でここに来ておる。先のカオスニアンとの戦で死んだ御仁の母御からのたっての願いでな!」
「‥‥」
「本当だ」
 距離を置いて観察している男達に頷いてみせると、バニスもベイヴァルトの横に並んで立つ。
「必要なのは、栗色の髪で青い瞳の人物だけで、他は盗らぬ」
 神妙な様子のベイヴァルトに、少し話し合った後に男達から答えが返ってくる。
「‥‥既に譲り受けた者の中にそのような者も何人か居ただろう。それらについて返せと言われると困るが?」
「それについては、確認してからの相談じゃの」
 銀貨100枚の入った袋を三つ――。
 ベイヴァルトが出したのを見てバニスも愛馬から酒を取り出して来る。
「エルフのおっさんには悪いが、俺達は物貰いじゃない。‥‥対価は、相応の物を頂くことにしよう」
「‥‥そうか。まぁ、それならそれで良いのじゃがの」
 肩を竦めてみせるベイヴァルト。
 銀貨の入った袋を辞して、バニスから酒を受け取った彼らが知っている限りの特徴の重なる死骸を教えられると、マイケル達はその場から去った。
 死体を漁って糧を得る彼らにも、彼らなりの筋の通し方があるのだと言うことを改めて知らされた気がした。

●有情
「死骸のある場所、ここもそうですか‥‥」
 リア・アースグリム(ea3062)は風に乗って流れる鉄の錆びた薫りに眉を寄せていた。
 思いがけず略奪者からの情報があったと聞いて、彼らへの実力行使には及ばないと判断したのか、彼女の剣は鞘に収められている。
 勿論、何時でも抜刀出来る程度に緊張はしているのだが、コアギュレイトによる制止行動を行わずに済んだことは無益な殺生を好まないリアには僥倖だった。
「彼らの作業後でも、話次第ではと聞いていますから‥‥」
「‥‥俺。戦争を身近に感じた事は無かったから、少し緊張してます‥‥でも、負けられませんよね。あのお婆さんの為にも」
「ああ、そうだが‥‥そうだな」
 ソーマ・ガブリエル(eb7907)は音無響(eb4482)の発言にある種の逃げを感じていたが、それ以上の追求はしなかった。
 天界人が時々口にする『自分は戦争を知らない』という言い回しに、それならば何故危険な地域、危険な仕事に首を突っ込んでくるのかと尋ねたくなる。
 命のやり取りがあり得る場所で、不慣れを理由に助けを求められることを戦士は最も嫌う。
 だが、ここに立った以上は本人にしか知れない決意を胸に居るのだろう。
「ここで挫けたら、きっとお婆さんは苦しいままだ。負けられない!」
「‥‥行くぞ」
 二体の死骸を確認して、食事を戻しそうになっていた響の瞳に宿る色が、先程とは少し異なる事を確かめたソーマとリアが再び歩き始める。
「御守り、か‥‥」
 呟くソーマに頷いて返したリアが、風の薫りが変わったのに気がついて歩を止める。
「どうしたんですか?」
「静かに」
 胸を抑えながら尋ねる響を片手で制して、リアは迂闊でしたと心中で囁いて右の手に彼女の得物を掴んで構える。
「右、来ます!」
「俺は左を!」
 リアと同時にソーマが弾けるように飛んで、走り込む直前に勢いを乗せた一撃で死骸に寄って来た野犬を吹き飛ばしていた。
「こいつらが人肉の味を覚えたら厄介だと思うぞ?」
「同感ですね」
 ソーマの言に一理あると、リアもその場は野犬を追い払うことに集中する。
 飢えた牙を突き立てる肉を奪われることを察したのか、野犬の発する殺気は目の前の剣を持つ者達にも恐れることを知らぬ殺戮者の如く膨れ上がっていく。
「は、速い?」
 響とリアの身体では押し負ける勢いの突進を見せる野犬が飛びかかった瞬間、人間の体躯を越える巨身に見える姿が陽光を背に襲いかかる。
「!」

 ――ギャーン!

 恐ろしげな呻きを上げて野犬が大地に墜ち、その体躯を震わせながら立ち上がった跡を見ると赤黒い血の溜まりが出来ていた。
「梢、貴女はそこで居て下さい!」
「は、はい!」
 梢の先導で数十体の呼気が集まりつつあることを聞いたサリトリア達が馬で駆けつけたのは丁度ソーマがリアの背に襲いかかった野犬を切り落とした時だった。
「マイケル、そのまま援護を!」
「ああ!」
 途中でバニスの馬上から飛び降りたマイケルの矢が突き刺さり、襲いかかった所で気勢をそがれた野犬が下がる間にも、彼らを囲む呼気の数は増えていく。
「野犬が人の肉の味を覚えれば厄介じゃぞ!」
「うむ」
 ベイヴァルトがやれやれと言いたげにローブの裾を翻すと詠唱に入り、バニスが彼の守備につく。
「聞いたような話を‥‥っと」
「?」
 響の言葉に一瞬引かれた梢だが、剣の閃く風切りの音と、野犬の肉を引き裂く重く、鈍い音が意識を急に引き戻してくる。
「‥‥闘い‥‥」
 命のやり取りをしている現場に居合わせる。非日常の光景だったものが、今や日常とはいかないまでも当然の存在としてある世界に自分が居るのだと実感する。
 野犬を追い払い、野に点在する死者達を集めて荼毘に伏すまでは出来なかったが、後を任せられる者達に託して彼らは戦場跡に背を向ける。
 依頼主である老女の元へ、彼女の息子が残した護り袋と彼の髪を携えて。

●老女の死
「天国って有るのかな? ‥‥お婆さんはきっと、そこでまた息子さんと仲良く、というのは生きている人の勝手な思いなのかな」
 彼らが帰還して、息子の死を老女に伝える為に赴いた村で、既に彼女は事切れていた。
 息子が帰って来ると、世話をしていた隣家の者に語って、笑って逝ったのだそうだ。
「だろうな」
 響の呟きに、聞き慣れぬ声がする。
「虫の知らせって奴だろうな。あの婆さん、お前達が村に入った頃に逝ったそうだ‥‥」
 ご苦労様だったなと、男は冒険者達に告げて去っていった。
 蒼天に流れる雲が命の灯火を消した老女の昇っていく姿のようにも見える、そんな秋の日だった。

【END】